TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
森を出たあたりで人とすれ違った。
三十くらいの地味な男だった。男は驚いているようで、口を開けて固まっている。
対するアリアは平然と声を掛けた。
「どうかされましたか?」
我に返った男は、咎めるように言った。
「こんなところで何をしている!? まさか――っは」
途中、口を抑えた。
そのまま怯えるように周りを見渡した。
「とにかく早く逃げないと――」
そう言って走り去っていった。
まるで魔物から逃げるような様子だった。
――誰が魔物じゃ。
アリアはぷんすかした。
気を取り直し、王国の陣地へと向かう。
若干急いだ。
近づくと、本軍が到着したようで大きくなっていた。
近くの兵に顔を見せると、すぐに案内を受けた。案内された幕舎には、気難しい顔をした人間がいた。
「まったく何をしていたのだ。待っていたぞ」
アデレードだった。
眉間にしわを寄せたアデレードは、偉そうに椅子に腰掛けている。実際偉い。
ともかく、アリアは疑問を口にした。
「こんなとこで何してんですか」
「何とは何だ。我がここにいることを喧伝していること以外にあると思うのか?」
「城を空けてもいんですかって意味ですけど」
「大丈夫だ。城にはリリアナを残している」
「城で反乱が起こるかもって意味ですけど」
「問題はない、――というわけではないが、今この時には反乱は起きないだろう。ここが長期に停滞するか、敗北するかすれば起こり得るがな」
アデレードは達観していた。
「そもそも王国騎士の本隊がここに来た以上、我が城にいようと関係ない。起こるものは起こる。むしろ変に人質にされかねん。それよりは少しでも勝率を上げるためにこの身を使った方がいい」
「相変わらずのようですね」
「この地で我が死ぬことで勝てるなら、命を使ったっていい。いくらでも危険を冒してやるさ。城には後事を託せるやつもいることだしな」
そう言うアデレードではあったが、アリアとしては適当に後ろに下がっていてほしいのが本音である。役割的に危機が訪れても守れない。
「でもリリアナちゃんはよく引き受けましたね。一緒に来そうなのに」
途端にアデレードは目を逸らした。
「陛下?」
追及されると気まずそうに口を開いた。
「実はしれっと仕事を増やして気付かれない内に抜け出して来た」
「えぇ……」
アリアはリリアナに同情しかけた。
「じゃあ後からリリアナちゃんが追っかけて来たりして」
「いや、城兵に厳命したから大丈夫なはずだ。それに身代わりもある」
「身代わり?」
「何やら『アリアちゃん人形』なるものを作らせたらしく、毎日自分の横に置いて仕事してる。寝る時も一緒だそうだ。とても活力が湧くらしい」
「こわい」
アリアの同情しかけた心の動きは完全に霧散した。
これ以上の詳細は聞きたくないので、話題を現地の内容に戻した。
「しかし、よくここまで兵が集まりましたね」
「まあな」
アデレードは、にやりと悪そうな顔をした。
「あやつらにとってはチャンスだろう。挽回するのも、差をつけるのも」
ベネディクトを追うことから始まった出来事ではあったが、ベネディクトの家自体は取り潰すことはしなかった。子のオフィーリアを当主にすることで、敵対していた派閥の反撃を抑えている。また兵を出させることで、過去を水に流すことを暗に示している。
「これまでの分を取り返すくらいに頑張ってくれるだろう。それこそ命懸けでな」
「悪の女王ここにあり」
「食料品全部増税するか」
「そんなご無体な」
そんな本気か冗談か分からないやり取りに、アデレードは気を緩めた。
「お前はいつも通りのようだな」
「というと」
「息子やその周辺のやつは、早く城に戻れだのなんだのうるさくてな」
「当然とは言えば当然ですけどね」
「どうせここで負けたら終わりだということが分からんらしい」
「弱点が増えたことには違いませんからね」
「我を囮にするくらいの気概がないのかと」
「有効であっても外聞とかありますからね」
アデレードはむっとした。
「お前はどっちの味方なんだ」
アリアは答えれなかった。ただのツッコミ待ちだったからである。わざと反対のことを言って誘っていた。
相手の身分を考慮しなければ問題はなかった。
「最近の王子はこの辺の会話が出来るようになってきました。血筋を感じさせますね」
「人の息子を歪めるんじゃない」
アリアはツッコミ要因を増やそうとしていた。真面目に育成に励んでいた。
相手の身分を考慮しなければ問題はなかった。
「それより成果はどうだ?」
「あれ、聞いてないんですか?」
「どうせ報告外にもあるんだろう? お前のやる事なす事、何故か敵の不利益になるんだ。くしゃみですら嫌がらせになりかねん」
「えっくし」
「今ので敵兵が一人死んだな」
「そんなわけ」
真実は闇の中である。
「とにかく早く終わらせて帰らないとな。長引けば我らの敗けだ」
「焦っては下手を打ちますよ。重要な時ほど慎重にするべきです」
「リリアナを待たせすぎると拗ねるかもしれんぞ」
「何ですかその理由」
「そう言えば、お前のためにカスタードプディングなるものを作ったとか言っていたな。卵を使った不思議な食感の甘味らしい。偶然用があってリリアナを訪ねてた大臣が味見して『世界が変わるほど美味い』と評したそうだ。この世で初めて食べたの自分だから、己の名前を付けようとか言っていたそうだ」
「ちょっとその大臣の名前を教えてください」
アリアは剣に触れた。
「味方を誅殺しようとするな」
「ご命令さえ賜れれば」
「賜らせるか」
謀略はとん挫した。
仕方ないのでアリアは急ぐことにした。
「もうなんて言うか、帰る用事も出来たんでさっさと終わらせませんか」
「今しがた焦るなと言ったばかりだろ」
「おぼえてないです」
「おい」
そもそも生粋のめんどくさがりであるアリアは、初めから首切ればいいじゃんね精神でさくっと終わらせようとはしていた。
急ぐ理由も出来たことで実行を早めるべく、アリアは指揮所に向かった。
そこではハーヴェイとアラスターが話していた。意見が割れているようだった。
ハーヴェイは攻撃を主張していた。
「危険を承知でも、攻めるべきだ。向こうは一枚岩ではない。何よりこちらが先に整っている。待っていれば不利になるだけだ」
互いの動員可能な兵数を考えれば、待てば待つほど危険度が上がる。時間は味方ではなかった。
対するアラスターは防御を主張していた。
「こちらが先に整ったと言うが、それはこちらの数が少ないことに起因する。向こうが一枚岩ではないと言うのは否定しないが、それはこちらも同じことだ。寄せ集めの貴族の兵は状況が悪くなれば逃げる可能性が高い。崩れないことを最も優先させるべきだ」
アラスターは自分たちが出払った今、残った貴族が兵を率いて王国の中央を牛耳ろうとすることを恐れていた。攻勢に移ったことで苦戦におちいれば、後ろが怖くなる。
それに守備には自信があった。負けない戦いをすれば、それなりに公算が大きいと考えていた。
実際、王国騎士は守備に長けているというのは国外でも知られていることでもある。アラスターからすれば、この状況になった段階で実質的に勝利だと思えた。ヴェネディクトを国から追い出し、貴族たちが曲がりなりにも一つになった。国の危機に国内が団結する。これが続くけば繋がりが強固になっていくと思えた。これこそが一番の戦果であると。
しかしハーヴェイには別の狙いがあった。
「いや本当に優先するべきは――」
ハーヴェイはその引き分けのようになることを恐れていた。己の戦功を欲するところがないわけではないが、それ以上にエリオットにさらなる戦功を積ませたかった。ハーヴェイも貴族は信用していない。だからこそ、そんな貴族を味方にしておくために、エリオットに絶対的な存在になってもらうことで解決しようと考えていた。中央など取られてもいいとすら思っていた。ここで自分たちが勝てば、そいつは勝手に破滅するのである。
そんな話し合いの最中に、アリアが来た。
アリアはすぐに言った。
「攻めましょう」
その瞬間、アラスターは己の言説が退けられることを予期した。勝てる気がしなかった。
一応何かしら言葉を弄してみたが、アリアの弁舌には敵わなかった。言い負かすのではなく、意見を一致させて自然と誘導するような弁。理不尽に強かった。もはや卑怯だった。
話がまとまると、準備に移った。
◇◆◇
ヴェネディクトは、ソルグレン領内にいた。
領主が去った後の城に待機させられている。軟禁に近いもので、外に出ることが出来なかった。とはいえ罪に問われているわけではない。ただその身の置き場が他になかったのである。利用価値ないしは役割として、これ以上後ろに下げる意味はなく、前に出すのも危険なだけで意味はなかった。
そんなヴェネディクトは、何度も警告を発していた。
今日も本国から来たという指揮官らしき男にあれこれと言っている。
「今からでも遅くない――」
警告の理由は、帝国が王国を甘く見ていることだった。戦えば勝てる。策を弄せば全て通る。帝国はそんな雰囲気だった。
そのためか、ヴェネディクトの危機感はまったく共有されなかった。
「警告は有り難いが、戦場に絶対はないことを武官は知っているものだ。悲観し過ぎるとかえって下手を踏む。いい加減大人しくしてはどうか」
ヴェネディクトは言葉に迷った。適切な言葉が見つからない。必死になればなるほど、己の失態を小さく見せようとしていると捉えられた。ソルグレン軍が一度撃退されたことさえ、軽く扱われていた。ソルグレン兵が弱すぎるという見解だった。
ヴェネディクトは焦らされ続けている。
――何故だ。何故分からないのだ。
ヴェネディクトからすれば、せめて舐めてかかることくらいは改めて欲しかった。
――あの小娘はこの過信を絶対に利用する。そこから莫大な戦果をもたらそうとするに違いない。
現地を含め、ヴェネディクトだけがアリアを警戒していた。王の首よりも優先するべきだと本気で思っていた。だがそれを伝えようと試みても、荒唐無稽な話として扱われてしまっていた。
伝わったのは必死さだけだった。
「――まぁ、分かった。向こうには餓狼も入っている。そこまで言うのなら、お前の言う人間を狙わせよう」
「頼むからそうしてくれ」
ヴェネディクトは、アリアを排除出来ればそれだけで勝つと思っているし、存在していればそれだけで圧倒的に有利な盤面でも覆されかねないと思っている。
念を押した。
「一刻も早く消すべき存在だ。妨害するだけでも効果はある」
「伝統的に王国の防諜は弱い。用はすぐに終わるだろう」
「いや大きく改善されていると思うべきだ。影はあいつの指揮下にある」
ヴェネディクトは何がどうなっているかなんて分かりはしないまま、結果だけを手繰り寄せていた。非常によろしくないことだけは確信している。
「そこまで言うのであれば優先するように伝えておこう。だが意味はないだろう」
「意味はない? 何故だ?」
「もう作戦が実行される頃だ。手筈は整っている」
「作戦?」
ヴェネディクトは仔細を聞いた。
難しい顔をした。
「……そんなことを察知されずに行えたと言うのか?」
「全て報告しろと伝えてある。たとえどんなに関係ないようなことでもな」
男は小さな紙をベネディクトに渡した。
「鳥の足に括り付けられていた報告書だ」
「――これはっ」
ヴェネディクトは絶望した。
報告の手紙には、確かに作戦は完了したと書いてあった。だが、完了段階で桃色髪の少女とすれ違ったと書いてあった。
ヴェネディクトはどういう理屈かまでは分からないが、作戦が失敗することを悟った。だが伝える言葉がない。あの桃色髪に察知されたという事実が、作戦の失敗を意味するものであることを天啓のように理解させられた。
◇◆◇
同時刻、ソルグレン陣にて。
領主のレンドルは、援軍でやって来た本国の将から作戦を伝えられた。
「……は? 我らだけで戦えと?」
援軍としてやってきた将は、神経質そうに眼鏡のズレを修正すると、傲慢さを隠すことなく言った。
「己の領地は己で守るべきでしょう」
まるで虫でも払うような言い方だった。
レンドルは食い下がった。
「我らは、そちらの作戦に従って行動しているのですが」
「伝えた作戦に『勝手に攻めて敗北しろ』と指示がありましたか? それは信じ難いことですね」
「何をっ――」
侮辱に頭に血を昇らせたレンドルは、元凶である皇子ルキウスに加勢してもらおうと視線を送ったが、肝心のルキウスは逃げるように視線を降ろしていた。
レンドルは湧き上がった感情を抑え込むと、この場を指揮する者として聞かねばならないことを聞いた。
「……では、何のためにここに来たのか教えてもらえますか?」
「あなた方の尻拭いですよ。これ以上の人員と時間は割けないというのが、本国の意向でしてね」
「であればなおさら共に戦うべきでしょう」
「いえ、そんな非効率的なことはしません。向こうには勝手に滅んでもらうことにします」
「は? それは一体――」
レンドルの疑問は当然である。
「完了の知らせが出たそうです。後は待つだけになりました」
「完了……?」
「向こうの後ろには広大な森があるでしょう。強力な魔物が多く棲むと言うね」
「……おびき寄せるとでも?」
「本国の開発局が言うには魔物の誘引剤の開発に成功したそうです。よって、この地で実証実験を行います。現在分かっている欠点は、誘引された魔物が興奮し過ぎて規模を操作が出来ないことです。そのため帝国に被害が出ないように我らが派遣されたというわけです。ですので、我らは基本的にあなた方の戦闘には参加しません」
レンドルは理解を追いつかせるために、時間と情報を欲した。
「その、念のため聞かせていただきますが、作戦完了とは本当なのでしょうか? 察知された可能性もあるかと……」
その時間稼ぎの問いは、無駄な心配とばかりに鼻で笑われた。
「敵の防諜能力がたとえ優れていたとしてもやれます。疑いが持たれないように、念入りに工作されてます。あの地にはあなた方の諜報員だけが入り込んでいたわけではありません」
「何故それが我らに共有されていないのでしょうか」
「知らなければ漏れようがない。それだけですよ」
話を終わらせたいのか、将の男はレンドルの様子に構うことなく話すことを話した。
「一つの策を複数人で分けて行動させる。もしどこかで補足されたところで、当人たちは何の作戦で動いているのかを知らないので、吐きようがない」
続けて可能性を話した。
「もし失敗するとすれば、森の魔物が事前に間引かれているような場合くらいでしょうか。もしくは我々も認知しない忌避剤のようなものがこの世に存在していて、たまたまあの場にあるか」
どれもあり得ない想定と言えた。
「我らは興奮した魔物が帝国内部にまでやってこないための防波堤です。その他は些事となります。これで納得されると助かります」
レンドルは、相槌すら打てずにうなだれた。
将の男は視線をルキウスに移した。
「それと、殿下には中央から言伝があります」
「な、なんだ」
「『戦功を立てられよ。さすれば全て不問とする』とのことです」
ルキウスは目を見開いた。
何かを覚悟したようなルキウスに、レンドルは心を乱された。
――待つだけと言ってをおきながら、皇子には攻撃を促すようなことを……?
何か裏があるのは明らかだった。だが、己に出来ることが限られ過ぎている。皇子の決定に逆らうだけの権力を持ち合わせていない。何より予感したことがあった。
――恐らくは。
善悪を超えた利害がある。
レンドルは己にとっての最善を尽くすしかなかった。領地を少しでも守るために何が出来るか。