TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
互いに、虚を突かれた形になった。
両軍はにわかに動き出し、攻撃態勢を取った。今にも動き出す構えである。
ハーヴェイは判断に迷った。
「――馬鹿な。何故動く」
敵の攻撃の意図が読めなかった。だが、ここに来て中止するのは危険が大きすぎる。とはいえ考えなしに軍を当てるわけにもいかない。最悪なのは、こちらの攻撃意図を読んだ上の対抗行動だった場合である。
――どうする。
数瞬、いくつかの可能性が巡った。判断を誤れば全てが瓦解する可能性がある。恐れが思考の足を引っ張るが、凡庸の男ではない。頭脳が避けるべきものを導き出した。
「このまま行くぞ!」
ハーヴェイは攻撃を続行した。
攻撃態勢から防御態勢に変わる移行を敵に突かれる方が痛いという判断だった。上のバタつきは下に伝わる。兵には問題ないと思わせなければいけない。
また軍の頭は二つある。ハーヴェイが攻撃を、アラスターが防御を担当している。アラスターからの要請があるまでは攻撃に専念しようとした。
両軍ともに、本軍は後ろにある。前に出ている軍は、ソルグレン兵と自分たちだけである。
――日和るな。
ハーヴェイは己に言い聞かせた。
前回の戦闘で、ソルグレン兵の実力はある程度把握している。大きく逸脱するようなことがなければ事故はない。
ハーヴェイは攻撃のために二つに分けていた軍をそのまま前に出した。左はエリオット、右は旧リスリア兵を中心とした軍。先の戦いで活躍したイザベラの軍を右にやることで、敵の注意を右に逸らした。
そのイザベラの横にアリアはいた。
アリアは声を掛けた。
「打ち合わせ通り、存分に暴れてきて」
「加減はいらないのだったな?」
「出し切ってどうぞ」
イザベラは得意気な笑みを浮かべた。
その役割は、敵を打ち破ることでも、敵将を討ち取ることでもなく、荒らすことにあった。
攻めて来る敵に対し、イザベラの軍は真っ向からぶつかった。その初撃で一方的に敵兵を蹴散らすと、生じた乱れに兵を差し込んでいった。
「まるで手ごたえがないな!」
そのまま暴れまわるも、イザベラは奥に入り込まないように軍を抑制した。
苦境に陥ったソルグレン兵はまさしく悲惨だった。
「くそっ、このままじゃ」
「撤退の許可をっ」
「ぎゃあっ」
本軍が助けに来る様子はなく、このまま蹂躙され続けることが兵たちの脳裏に浮かんでしまった。絶望が勇気を挫き、士気を著しく下げた。
少し経ち、ほとんど崩れかけたところでようやくソルグレン側は援軍を送る動きを見せた。
その出どころは、中央の本軍ではなく、逆側でエリオットと戦っているソルグレン軍からだった。
その様子を確認していたハーヴェイは、兵の割き方に訝しんだ。
――敵の本軍は動かないつもりか?
ハーヴェイは不安に駆られた。いまだに敵の意図が読めていない。見落としがあるように思えて仕方なかった。
そんな懸念をよそに、前面の敵が減ったエリオットたちは少し楽になった。
左右の戦況がともに優勢になっていく中、戦況を注意深く伺うハーヴェイは、不可思議なものを見た。
ハーヴェイはエリオット向かって叫んだ。
「エリオット様、あれをっ!」
気付けば、エリオットの前方に敵の皇旗が上がっていた。
あまりにも予想外のことだった。もしあそこに皇族がいるのなら、周辺にいる兵の質は恐ろしく高いことが予想出来た。
何よりの問題は、こんな前線に皇旗があることである。罠か、切り札か。それすらも分からない。
――俺は何か見誤ったのか。
ハーヴェイは、エリオットだけでも後方に退げることを考えた。
だが戦況はさらに好転していった。まるで誘い込まれるかのように、軍が前に進んでいく。
――もしや欺瞞なのか?
遅ればせながら、偽りの可能性を考えた。
戦場では互いに複雑な事情があり、見たままの状況が真実とは限らない。霧がかかっているように見えないものがある。思わぬ不幸も幸運もあり得る。
そうこうしている間に、遂に右のイザベラ側の戦況が動いた。
銅鑼の音が鳴り、ソルグレン兵が後退していく。一部では、隊列を乱し背中を向けて走る姿もあり、敗走のように映った。
ここまで進行すると、それまで動かなかった後ろの本軍も動き始めた。
ハーヴェイは、安堵と不安を覚えた。
――頼むぞ。
作戦の第一段階が完了した。
一撃で首を刈り取る必殺の剣。全てはその刃圏を届かせるためにある。
エリオットから声が上がった。
「ハーヴェイ! 一応、あそこを攻めた方がっ――」
その声で前に目を向ければ、皇旗付近まで詰めれそうになっているのが見えた。
真偽はともかく、英雄エリオットが敵の皇旗を奪う事実は欲しい。士気も風評も期待出来る。
――とはいえ、罠の可能性は捨て切れない。
汗が首筋を伝った。
戦いは、勝つべくして勝つことも、負けるべくして負けることもある。賢人は、勝敗は戦う前に決まると言うが、始まってみなければ分からないこともある。
それを踏まえて勝利を企図するのが将である。
ハーヴェイは決心した。
「詰め寄れ!」
皇旗に向けて、剣を突き出した。
兵が動き、併せてハーヴェイ自身も前に出た。万が一の時に自信の護衛兵がエリオットの助けに入れるためである。
エリオットが皇旗に向かう様子に、周りの兵の士気が上がる。己の手柄よりも、エリオットの勇姿を見たがっていた。
道が開かれていく。
皇旗付近、ハーヴェイの目にもきらびやかな鎧な着た男が映った。あまりにもあからさまで、さすがに影武者だと思えた。だが無視する理由もない。
その男の叫びが聞こえてくる。
「くそっ! 何故崩れない!? 何故押される!?」
まるで勝利を確信しているような言葉だった。だが、現状崩れる要素は見当たらない。発言の意図を探る中、新しい叫びが上がった。
「敵の後ろで魔物が暴れ出すんじゃなかったのか!?」
何やら恐ろしいことを口走っている。もしそんなことになれば、即座にアリアを呼び戻して突っ込ませるような要件である。
狂言であるかを確かめる暇はない。だが捕える価値は増した。
戦況はすでに有利、周りを固める兵も優秀。エリオット本人も、訓練に戦闘経験も重なり、実力が高い。決して蛮勇ではない。
あとわずかの距離まで詰め寄った。
伸ばした手が届いた。
「――捕えた!」
まさしく英雄の功績である。
◇◆◇
後退したソルグレンの鎧を着た兵の一部は、そのまま戦場を去った。
戦場において逃亡兵は出るものであるが、事情は一通りではなかった。命惜しさもあれば、負け戦は勘弁という功利もある。
それらに当てはまらない者もいた。
その集団は、戦場から脱すると、目的をもって都市にまで向かった。
日が傾き、空が茜色に染まる頃には、近くの街々で戦況が伝わった。
戦況の悪さに市民は身の危険を感じた。それは城塞のある都市であっても同様で、
逃げる民も出て、人の出入りが多くなった。
やがて月が昇った頃、落ち着かない静けさが漂う都市で、忍び込んだ影たちが動いた。
「――行くぞ」
先導するのは、事前に都市にある小城の構造を調べていた夜の鳥。把握とまではいかないが、ある程度は掴んでいる。
「今回は絶対に失敗出来ない」
聞かされる誰もが分かっていることであるが、発言者はあえて重ねて言った。
この度、王国が取った作戦は至極単純だった。
敵の重要なところに桃色を送り届け、その必殺の一撃で刈り取る。敵将の首を超えるものが一つある。大義名分となっているヴェネディクトの身柄である。それこそが、一貫としてあった最優先目標だった。
その在処を調べるためにフェザーは敵地に潜んでいた。
フェザーからの最終的な知らせを受けたアリアは、リスリア領に残されていたソルグレン兵の装備を着て、敗残兵に化けて奥に潜り込んだ。ハーヴェイの作戦もそれを達成するために立てられていた。そのため、イザベラの活躍は実に喜ばしかった。
多数の軍がぶつかり合う場所にアリアを置くよりも、兵数が限られるような空間に向かわせる方が効果が高かった。
慣れたものである。
闇に紛れ、音もなく近づき、城の外周から忍び込んだ。
警戒態勢とはいえ出入りが多く、隙があった。
警備の兵を即座に黙らせ、アリアたちは中に入っていく。
その間、少し遠くから警笛がなった。
「――流石に簡単にはいかねえか」
フェザーはある方向を指した。
「恐らく、あそこのはずだ」
フェザーはアリアに最低限の位置を伝えると、時間稼ぎに切り替えた。その目的はアリアを自由にさせることにある。かつて自由を望んだ少女は、今では多くの人から自由を求められた。
ここまで来れば小難しい作戦はいらない。個人技で押し切るだけである。
アリアは城内の廊下を走った。もはや時間以外に惜しむものはない。アリアの剣が、妨害しようとした城兵を即座に無力化していく。簡単に阻める自由ではなかった。
すぐに目的の階層にたどり着いた。
廊下、その奥。扉が開け放たれている部屋があった。
――逃げたか。
とはいえ、閉める暇はなかったようで、まだ近くにいることが分かった。
近くの足音を耳で探ると、焦りのある不規則な足音が下方から聞こえた。
急いで走り、階段を降りる。邪魔者を斬り捨て、出た廊下の先、――遠くに背中が見えた。
懐から笛を取り出し、鳴らす。
鳴らし終わる前に、背中が消える。
後を追い、さらに一つ階段を降りた辺りで、また背中が見えた。
背中は大きな扉の前で止まると、空間を低く震わせる音と共に中に消えていった。
即座に中に詰め寄る。
そこは講堂のような広間だった。
お目当ての人間は、広間の奥で怒声を発していた。
「――だから、あれほど言ったのだ!」
その怒声はアリアではなく、発声者の横にいた男に向けられていた。
詰められている男は、銀色の甲冑に身を包んでいた。動きやすさも考えられた軽装の鎧である。窓から入る月光を受け、鈍く反射している。その鈍色は、使い込まれていることの証明だった。
「手抜かりがあったことは認めよう。だが、事は簡単に解決する」
甲冑の男とアリアとで、目が合う。
戦士としての一種の合図である。
戦意を表に出した男は腕を交差させると、腰から細長い双剣を抜いた。
「違う! そいつに正面からやるな! 罠だ!」
吠えるヴェネディクト。
だが男は笑った。
「何を言っている? そいつからは酷い血の匂いがするぞ」
アリアの手には既に刀があった。遊びはなかった。
地上を滑る木の葉のように、すっと近寄るアリア。
互いの刃圏に入る前に、止まる。
死線を探る意思の糸を、男は感じた。
「……なるほど。事の原因は本当にお前だったらしい」
剣の先から命を覗き見るアリアの様は、人を超えた何かのようだった。
「この俺が命の危機を感じるのは久しぶりだ」
「何を今更っ」
ヴェネディクトは咎めるように言う。
「伏兵を警戒しろっ」
「お前の敗因はそこだったというわけだ」
「何!?」
「ここに出入口は一つしかない。つまり乱入者はあいつの後ろからしか来ない。――いや、そもそもそういう話でもない」
男は狩人のような顔つきをした。
「こいつは獣だ――」
地を蹴り、右手を振りかぶる。
双剣の利点は手数の多さからなる攻防一体の動きである。大振りの右、隙は左で埋める。反撃の隙を与えない左の横振り、間を置かずに反動を利用した右の横薙ぎ。少し身を引き、反撃に対する回避行動と共に、突きの予備動作に移行し、右の突きへ派生する。
細く長い剣から繰り出される突きは、鋭く早い。
空振るも、突いた後の引きの動作を、左の剣が補う。その補いの一振りは防御の役目だけではなく、相手を追い込むような攻撃的な一振りになっていた。
だが、有効打はなかった。
男は一歩大きく後ろに退くと、称賛した。
「やるな」
これまでの攻防を、アリアは危なげなく対応しきった。相当に戦いなれていることを表しており、男に万が一を考えさせるには充分であった。
男が時間を稼ぐべきかを頭を巡らせた時、隙とばかりにアリアが前に出た。
三日月を描くような振り下ろし。
男は身を逸らし、さらに身体の前に置いた双剣で斬撃を流す。
間を置かず、今度は三日月が下からせり上がってきた。
剣の質が違っていた。まさしく斬るために特化された剣。死を想起させた。
男はたまらず床を後ろに蹴り、死から距離を取ろうとした。
しかし、退がる身体に追従され、距離が離れなかった。
纏わりつく死。
「っ」
後退行動により開いた身体に、追撃の一振りがやってきた。肩口からの袈裟斬り。生命を流出させる。
男はたたらを踏むと、後方に倒れそうになる身体を前に傾けた。倒れれば確実な死が待っている。しかし既に自重を支えることが出来ず、膝を付いた。
首を上げると、窓から月光を浴びた少女が見えた。
眩しさを覚えたと同時に、意識が消えた。
ヴェネディクトは理不尽を叫んだ。
「お前はっ、一体何なんだっ!」
アリアは笑った。
「獣らしい」
ようやく終わるということで、少し気分が良い。
「そう言えば、過去にくだらない理想を聞いたことを思い出した。誰も望んでもない理想に付き合わされる他者は大変なものだね」
「下等文明の人間が理解出来なっただけだ! それも王制なぞ信望しているような――」
「ああ、民主主義だっけ? お前はただ自分の上にいる存在が気に食わなかっただけさ。頭の中は南の島でバカンスでもしていたらしい。それとも途中で飛行機が事故って不時着でもしたのか」
「――お前はっ」
互いに確認が取れた。
興味を失ったアリアは、背中を向けた。
「お前に止めを刺すのは今ここじゃない。それに相応しい人間もいる」
交替で、笛の音により駆け付けたフェザーたちが広間に入ってきた。
ヴェネディクトは昏倒させられ、運ばれる。
「急ごうか」
闇に消えた。
持ち帰るまでが任務である。
明日と明後日とで
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