TS剣客少女(闇)は、乙女ゲームの世界で自由気ままに生きる 作:さえぐさ
夜中、ハーヴェイは作戦完了の狼煙が上がったことを確認した。
同時に敵の動きも変わった。ハーヴェイから見て、右前面の敵が薄く伸びていく。陣形としては脆弱性が上がったが、内からのものを逃さないように動いているのが見て取れた。
――大体の場所は分かった。
ハーヴェイは最後の一勝負だと、気を引き締めた。
必ず帰還させなければならない。ともなれば、それを阻もうとする敵の陣を乱す必要がある。
怖いのは、敵の左と中央の動き。ここまで来て大人しくするとは考えられない。
予想は的中した。
敵の残りの二軍が一挙に攻めて来た。
対応しようとする自軍の動きはあまり芳しくない。
――上手くやりすぎたか。
昼の戦いではこちらが大きく優勢だった。その分多く動くことになった。疲労度はこちらの方が大きい。
――耐えれるか……?
その時、自軍の中央から雄叫びが上がった。
王国騎士団が味方を追い抜く形で前に出ていく。
騎士団だけで、敵の二軍を同時に相手しようとする構えである。
遅れて伝令が来た。
『ここは任せてもらう。代わりに未来は任せた』
意味するところは明らかだった。
「あの爺さん、死ぬ気か――」
国のめに生き、国のために死ぬ。まさしくそれを体現しようとしていた。
感傷に浸っている余裕はまるでない。伝令から間を置かず、敵の二軍をアラスターに任せることに決めた。
ハーヴェイは、敵陣を打ち破るために三角形の陣を三つ作った。左から一つ目にエリオットを中心とした軍、中にはイザベラの軍、端になる右には旧リスリア兵からなる軍。
それらを敵の薄く広がった陣に食い込ませるように突っ込ませた。
勝算はあった。一番厄介な所をアラスターに任せられたのが大きい。残りの軍を攻撃に専念させることが出来るなら、ソルグレン陣を打ち破ることが出来る想定だった。
「なっ――」
想定通りとはいかなかった。
ハーヴェイの作った三つの鋭鋒は、敵陣に食い込まなかった。弾き返されないまでも、拮抗する形となった。
確認しようと目を凝らしていると、ソルグレンの旗が倒れて別の旗が立ったのが見えた。
「本軍の旗だと!?」
理解してしまえば、実に簡単な詐術だった。仕掛ける側が何か用意してるくらいは当たり前であるが、夜間とはいえ完全に一杯食わされた形になった。反面、アラスターの負担は減ったが、こちらに援軍を送れるような状態でもない。数の差もあり、少なからず苦戦は強いられているはずである。
――予備も全部突っ込ませるしかないが。
その予備も自分の周りにいる兵しかいない。
焦りが募る。
このまま拮抗が続けば地力の差で押し込まれる。アラスターが耐えれている間に何とするしかなかった。
だがこの状態で打てる策なども思いつかなかった。イザベラ辺りが何とか突破してくれることを祈るくらいだった。
「あいつがいれば……」
思わず弱音のような願望が口からでた。
しかしハーヴェイは失念していた。願望であるそのアリアは、現地にいるのである。指揮下にいないだけで、敵の裏にいる。
そのアリアは、敵の動きを見て合流の難しさを悟っていた。
早々に単独による突破を諦め、味方の動きに呼応しようと、自軍の動きの把握しようとしていた。
平面からでは、戦闘中の軍がどう動いているかは正確には分からない。アリアは、ハーヴェイの思考の癖から自軍の動きを予想した。まずは悲観的に考えた後、どこかで思い切りよく攻める。そこには必ず合理がある。
――あの旗は。
算段が付いた。
アリアは、一番外側にいる旧リスリア兵からなる軍に向けて突っ込んだ。目の前の敵を切り捨てることだけなら難しくない。
だが前に進むごとに敵に厚く囲まれた。
敵兵は屈強で、一人斬り伏せるのに時間がかかった。進むよりも、包囲が厚くなるほうが優さっていた。
「大丈夫かこれっ」
フェザーから余裕がなさそうな声が上がる。
アリアは答えなかった。とにかく前の敵を斬ることに専念した。
次第に包囲で圧殺されそうになった。
敵の奥から叫び声が上がる。
「――お嬢様をお救いするぞ!」
アリアの期待はそこにあった。
アリアたちを包囲するために、周辺の敵が集中した結果、薄くなった箇所は当然ある。位置的な条件から、近くの兵から割かれることになる。つまり旧リスリア兵の周りから割かれた。
旧リスリア兵たちは自ら死兵となった。己の命を顧みない、無茶な突貫。この状況においては必要なことだった。
厚みが増す包囲ではあったが、先端がこじ開けられ、繋がった。水滴が吸収されるように、アリアたちは中へと入り込んだ。
「――姉さん!」
アリアは軽く手を上げた。
反転すると、敵の様子を確認した。
敵は次の動きに移っていた。
陣ごと包囲しようとするように、外側に伸びていっている。
アリアは弟のディルに、外側に伸びる相手の軍に対応するように要請した。
兵が動く。
互いの頭を抑えようと、二匹の蛇が進むように軍が動き出す。
その動きにいち早く呼応したのがイザベラだった。
上がった歓声や動きの変化から、必要なものを奪取したことを確信した。
だが、退かずに敵に対応しようとしているところを見て、何となくアリアの考えであることを悟った。
結果、イザベラはさらに攻撃的に軍を動かした。敵が包囲するために脆弱になった所に攻撃を集中させ、敵を分断しようとした。横のエリオットの軍もその動きに気付き、敵の協力を阻害するように軍を動かした。やがてイザベラの軍が裏に抜けると、包囲を仕掛けていた敵軍の根元を絞っていくように敵軍を圧迫し、続けて逆包囲を仕掛けた。
こうなれば敵は包囲どころではなく、崩れないための動きに切り替わった。分断された味方と合流を狙うように、後退していく。
この時、アリアは完全に自由になった。
アリアは味方の間を縫うように移動していくと、エリオットの元にやって来た。
「王子、ちょっと協力を――」
「分かった」
エリオットは何も聞かずに了承した。腕利きの兵をアリアに預けた。
すでに瓦解しかけた敵陣を強引に通り、後ろに抜けた。そのまま敵の指揮所へと向かう。その付近は乱れていて、崩壊を抑えることにかかりきりになっているようだった。
戦いが始まってから、いくらかの時が経っている。
遠くの空では朝陽が登り始めていた。
けれども地上はまだ薄暗く、いまだに月明かりの世界だった。
そこで闇に身を溶け込ませた少女が戦場を駆けている。
狙いはいつも通り。
視線に捕えた先。
責務か、それとも己の進退か。焦りが顔に出ている将がいた。
「何としてもここはっ――」
朝焼けをわずかに映した眼鏡の下、首元に一筋の月光がきらめいた。
◇◆◇
太陽が真上に登る頃には、夜の冷たさは過ぎ去り、地上は暖かさに包まれた。
戦場となった一点に、静かな空間があった。見守る誰もが口をつぐみ、その時を待っている。
細く煌びやかな剣を持ったアデレードの前に、縛られたヴェネディクトが跪かされていた。
アデレードは感情を映さない声で言った。
「――最期に言い残すことは?」
問われたヴェネディクトの返答には、憎しみが交じっていた。
「……お前に負けたわけではない。このような程度の低い人間どもに負けたのでは――」
静かな罵倒。
なれども、アデレードの心は揺れなかった。
「誰が誰に勝ったかは重要ではない。ただお前が負けた、その事実さえあれば」
煌びやかな剣が天に掲げられ、陽光を受けて輝いた。
「最期の言葉通り――敗北を抱いて死ぬがいい」
アデレードは剣を振り落とした。
流れた血により、戦いは幕引きとなった。
損害もさることながら大義名分が失われた帝国に講和を持ちかけられ、交渉に移った。
この先は政治である。
話し合いは順当とはいかなかった。
帝国は国力差を背景に、都合の良い要求を通そうとしてきた。
『講和を持ちかけてきたとは思えん』と、アデレードは腹立たしさを感じながらも妥協するしかなかった。
そんな妥協もあり、講和はなった。
後日。
アデレードは、アリアを連れてリスリアにある都市を訪れた。
その都市にある地下牢に用があった。そこには捕えられたルキウスがいた。
アデレードを見たルキウスは、敵意を前に出して言った。
「俺をさっさと解放しろ! 次は必ずこの国を滅ぼしてやるな! 今回はお前たちの運が良かったに過ぎないことを教えてやる!」
そんな喚き声に対し、アデレードは表情一つ変えなかった。
「確かに勝利したとはいえ、帝国との交渉は我が方の思い通りとはならなかった」
その言葉にルキウスは得意気になり、鉄格子の中から威勢よく罵った。
「当たり前だ! 弱者が強者に言うことを聞かせられるわけがないだろう!」
「まったくその通りだ。よもや賠償金すら取れんとは思わなかった」
ルキウスはアデレードを見下した。
「そもそも余計な抵抗せずに国をあけ渡せば良かったのだ。愚か者は施しに気付かないとは本当らしいなっ」
アデレードはルキウスの言葉には反応せず、共として連れてきた者の名を呼んだ。
「アリア」
呼ばれたアリアは、牢屋の鍵を開けた。
鉄格子の扉が開かれると、ルキウスは自分で歩いて出てきた。
併せて、アデレードは少し距離を取った。当然の成り行きだとばかりに偉そうにするルキウス。アデレードからため息が出た。
「まさかその首に大層な価値を付けられるとは思わなかった」
「……何?」
ルキウスは怪訝な顔をした。
アデレードは呆れたようにルキウスに見た。
「皇子の首をやる。それで戦いを終わらせるとさ」
その言葉に、ルキウスは口を開けて固まった。
「金だけは払いたくないらしい。首なぞいらんから賠償金を寄越せと言ったら、もう一度やるかと脅された。確かに強者の言うことには逆えんな」
アデレードは視線を切ると、出口に向かって歩き始めた。
しかし数歩で止まり、振り返ると、
「――ああそれと、首だけは確実に送り届けろとのことだ」
冷徹な帝国の意思を伝えた。
アデレードからすれば、現状で帝国の権力争いに構っていられる余裕はない。一国の皇子が使い捨てられるように前線に出てきたことも、周りの兵の抵抗が甘かったのも、全て知ったことではなかった。
アリアが剣を抜いた。
「ま、待て――、俺は、こんなところでっ」
血が流れ、牢番の兵が後処理に入ってきた。
二人は牢を出た。
歩きながら話す。
「これが物資代とはな。そんなに価値のある首とも思えんが」
「どちらかと言うと手間賃ですね」
「まったくだ。忌々しい」
賠償金は得られなかったが、物資は融通された。とはいえ、とても満足するような量ではない。不幸な誤解と、勘違いして先走った皇子の謝礼ということだった。
「だがここからだ――」
国が強くなれば、良い交渉も出来るようになる。次世代を考えれば、国の未来も悪くない。アデレードはそう思うことにした。
明日、同時刻に投稿します。