みぎわのきみ〜座礁した海洋ポケモンを調査する話〜   作:猫島 合

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座礁鯨王調査録

『本日15時50分頃、ガラル地方××海岸にて、ホエルオーが座礁し、死亡しているのが発見されました』

 

それを夕方のニュースで知った私は、食事の手をすぐさま止めて、荷物を纏めた。

 

◆◆◆

 

私は海洋ポケモンの研究をしている。浜辺に打ち上げられ、座礁したポケモンがいれば、すぐに駆けつけその原因を探るのも仕事のうちである。

 

海洋ポケモンは、陸に上がったとしても死にはしない。身動きが取れなくなった所を外敵にすぐさま襲われる場合もあるが、普通なら技を上手く使って水を作り、陸地でもバトルが出来るほど活発に動き回れる。

弱った状態でも生きていれば、ポケモンの性質を使い小さくなって波に乗れば、海に戻ることも容易い。

 

であるので、『打ち上げられたから死亡』したのではなく、『死亡した後に打ち上げられた』場合の方が多い。

 

今回のホエルオーもそうであった。

 

体長は15m程。推定体重は390.0kg。打ち上げられた時には既に死亡していて、腐敗も進んでいたようだ。私が現場に到着した時には、腐敗臭が海岸一面に漂っていた。

 

「ああ、胸びれがあんなに上がってる」

「上がってると、どうなるんだ?」

「そろそろ爆発するサインだよ」

 

「えっ」と驚いた声を出したのは、最近マグノリア博士から紹介された研究者の卵の男の子、ホップくんである。素直で明るい良い子で、私含めほかの研究者からも可愛がられている。

 

こうしてストランディング(座礁)したポケモンの調査に勉強の為に来てくれているのだ。

 

研究者というのは、教えたがりな生き物である。純粋な瞳で「これは何?」「あれはどういうこと?」と訊ねられると嬉々として教えたくなるものだ。私も例外では無いので、作業着を着用しながら、ホップくんへの“授業”を勝手に始めた。

 

「ホエルオーやホエルコは、身体が厚い脂肪で覆われてるのは知ってるね? それで寒い海でも平気で潜水できる。でもそれは、体外へ熱が放出されないということだから、亡くなっても身体の中の温度は放出されず、高いまま維持されることになる。さて、ホップくん。真夏の日、常温でお肉を放置するとどうなる?」

「すぐに腐る!」

「そう。亡くなったホエルオー達は凄く腐り安いんだ。そして、腐敗が進めばガスが出る。ガスが溜まれば体がパンパンに膨らむ。膨らむに連れて、ああやって胸びれが起き上がってくる。空気を入れて膨らませたゴム手袋は、指の部分までピンと伸びるだろ?それと同じさ」

 

そして、最後には空気を入れすぎた風船のようにパァンと弾けるのだ。分かりやすいだろう?

 

ホップくんは、ごくりと生唾を飲み込んでいた。先に現場に到着していた研究者が、不用意に近寄ろうとしたホップくんへ注意をした意味が分かったらしい。注意した時点で、どうしてなのかをすぐに教えてやれば良かったというのに、不親切なものだ。

 

「じゃあ、どうすれば?」

「第一刀で、ガスを抜く必要があるね。……まあ、その時はもっと臭いよ。覚悟しておいて」

「はい……」

 

私達の今回の仕事は、ホエルオーの死因の救命。そのために解剖を行う必要がある。何度も言うが、もう腐敗がだいぶ進んでいるので、内臓は既にドロドロになっている可能性が高いが、それでもやらなければならないことだった。

 

ベテランの研究者が大きな解体包丁を持って、第一刀を試みる。ブシュッと炭酸の抜けるような音と共に血飛沫が吹き上がった。「うわぁ!」と叫びたい所だろうに、彼はそれを堪えている。口を開けたら血が入ってしまうから仕方ない。辺りにはよりいっそう悪臭が漂っている。

 

「ホップくん、じゃあ記録係お願いね」

「はい!」

「具合が悪くなって倒れそうになったら、無理をしないで交代してね」

 

見たところ、身体の表面には、サメハダー等の外敵に噛み付かれたような形跡のように目立った外傷は無い。捕食者に襲われたわけでは無さそうだ。定置網に引っかかった跡も無い。

 

私も大きな包丁を手に取って、解剖作業を行っていく。まずは胃の部分から調べなければ行けない。内容物が採取できれば、何かしらの手掛かりになる。

 

流れるとてつもない血の量に、ホップくんの顔色が悪くなるのが分かった。

 

ポケモンの研究者は、生きてる姿だけを観察するのでは足りない。こうやって亡くなったポケモンに会い対する機会も多い。死因が分かれば、今後何かしらの対策をとり、死亡事故等を減らす為に役立つデータとなる。こういう活動も大切な事なのだ。

 

ホップくんもそれがわかっているのだろう。顔色は悪いが、決して目は背けなかった。

 

◆◆◆

 

解剖は手早く行うのが理想だが、ホエルオー程の巨体となると、中々どうして時間がかかるものである。キリキザンやストライクなど、斬るのが得意なポケモンに任せられればもっと早いのだろうが、こういった解剖作業にポケジョブ(人様のポケモン)を使うことは出来ないので、今回は全て人の手で行う。

 

朝早くから行われていた作業が、佳境に入る頃には、海岸に見物客がチラホラ見え始めていた。

 

悪臭に耐えられないと鼻を摘みながら、恰幅の良い男性が近寄って来たのが見える。彼は、ザクザクと砂場を蹴散らしながら一番近くにいたホップくんに怒鳴り始めた。

 

「なあ、この死体、この後どうするつもりなんだ!? 臭くって堪らねぇ!」

「えっ、と、骨格標本にしてナックルシティに」

「ナックル!? そんな、海に還してやらないのか!? 可哀想だろ!?」

「確かに可哀想だとは思うけど……」

 

良くあることだ。そして、難しい問題だ。私は、作業の手を止めて彼らに近寄った。血塗れのでかい包丁を持った人間が近寄ってきたのに男性は一瞬たじろいだが、私がか弱そうな女だと分かるとまた声を荒らげ始めた。

 

「ポケモンをこんなふうに切り刻んで、可哀想だと思わないのか!?」

「その気持ちも分かります。しかし、何故このホエルオーが亡くなって、ここに流れ着いたかを調査しなければいけないので……」

「そんな事しなくても、海に返してやれば良いだろ!? それが自然に一番あってる」

「自然のままって、このまま遺体を放置するってことになるんですよ。この巨大なので、海に戻すにしてもとても大きいクレーンが何台も必要になりますし、沈めるにも重りを付けて沈めないとなので、どっちみち人の手が入って、全くあなたの言う『自然』では無いんです。なので、ここで解剖して死因を調べたあと、然るべき場所に運び埋葬します。明日には作業は終了する予定なので、申し訳ありませんが、悪臭についてもご容赦ください。……まあ、遺体が臭うのも『自然』なので」

 

埋葬、と言っても、何年か後に骨を掘り出してそれを骨格標本にするのだが。

 

ちなみに、こういう風に意見を言いに来る人に対しては毅然に振る舞うことが大切である。真摯に向き合って説明すれば、わかってくれることの方が多い。決して包丁をチラつかせながら話してるから相手が引いてる訳じゃない。

 

「せっかくですし、今から胃の内容物を洗ったものを並べるので見ていきます?」

「えっ」

「このホエルオーの事を想ってご意見を下さったわけですし。我々がどうしてこのような行為をしているのかを口で説明しても分かりにくいかと思いますので、直接見ていただいた方が良いかと」

「でも、その」

「ホップくん、この方と一緒にこっちおいで」

「はい! こちらへどうぞ!」

「えっえっえっ」

 

胃の中から出てきたものをトレーの上に並べてある。それが置いている場所に男性を連れてきた。ホップくんは、手に持ったカメラで内容物を撮影し記録を取ってけくれている。

 

「これって、」

「はい。直接死因には関係が無いようですが、ゴミですね。ホエルオーは毎日1トン近くの食事を取ります。その時、口を大きく開いて海水ごと大量に飲み込むわけですが、海にこういったものが漂っていれば、当然一緒に飲み込んでしまうんです」

 

今回、発見されたのはモンスターボール1つと何かのプラスチック片が数欠片。モンスターボールは、見たところ、古いもののようだ。飲み込んでから相当経っているようだ。塗装が所々禿げて劣化している。壊れているようだが、中のデータは無事なようだ。少なくとも製造地ぐらいは分かると思うので、これは研究施設に送って解析してしまう。

 

「こんなものを飲み込んでしまって、可哀想に……」

「アナタは、地元の方ですか?」

「ああ、毎日海岸でゴミ拾いをしているんだ」

「そうなんですか。いつもありがとうございます。確かに、この浜辺はとても綺麗ですね」

「昔は酷かったけどね。もともと、色んなのが流れ着きやすくて」

「他地方のポケモンが流れ着いた記録もありましたね」

「ああ! あったあった。あの時は大騒ぎだったね。ナミイルカ? だったっけ?」

 

現地の人からの話は有難い。記録には残っていることでも、実際に見た人から話を聞けると新たな気付きもある。

 

数年前打ち上げられたその亡骸は、当日とてもニュースになった。『新種のポケモンか!?』と一面を飾り、私達のような海洋学者にも沢山の取材依頼が来ていた。調査の結果、ガラルから約3000km離れたパルデア地方から海を超えて流れついたことが分かった。もともと回遊をするポケモンであるが、身体に傷が多かったことから、外敵に襲われ逃げてきた説が有力であった。しかし後ほど、打ち上げられていたのは『ナミイルカ』ではなく、進化先の『イルカマン』であった事が判明。イルカマンは正義感の強いポケモンである為、逃げたのではなく、誰かを守る為に行った激しい戦いの末、力尽き、ここまで流れてきたのでは無いかと考察されている。

(余談だが、そのイルカマンの骨格標本は、いまパルデア地方のとある研究施設に安置されている)

 

「……このホエルオーの死因は、何だったんですか? まさか、他のポケモンやハンターに襲われて……?」

「いいえ違います。恐らく、老衰……ですね」

「老衰?」

「はい。ホエルオーは、歯を縦に割ると年輪が出てくるので、それでだいたいの年齢が分かります。それで、この個体はかなり長生きしたものだと分かりました。死因になるような外傷も無いため、今の所、老衰の可能性が1番高いです」

 

内臓が腐れてしまっているので、病死かどうかまでは判断出来なかったが、年老いた末に身体が弱り、力尽きたのは確かだろう。

 

男性は静かにホエルオーの遺体を見た。いつの間にか、鼻を抑えるのはやめていた。

 

そして、静かに手を合わせて黙祷した。

 

「アナタがゴミを拾ってくださっているお陰で、この子は最期にこんなに綺麗な浜辺に来られました。本当にありがとうございます」

 

と声を掛けると、男性は私とホップくんに頭を下げて立ち去って行った。

 

恐らく、彼はこれからもこの浜辺を綺麗に保ってくれるのだろう。

 

◆◆◆

 

日が落ちる前に解剖作業が終了した。私達はホテルに戻る前に脂と血の匂いが染み付いた身体をどうにかしなくてはならない。直接的な作業をしていないホップくんでさえもヤバい匂いを漂わせているので、私はもっとヤバいだろう。

ほかの研究者達もお互いの臭いを嗅ぎあって「ウォッ」と声を出している。作業中は不思議ときにならないが、終わるとふとした瞬間から臭い。鼻がイカれてて分からない人も多いが、すれ違う一般の方々が凄い顔をしているので、やはり臭いのだろう。

 

海の家のシャワーを貸してもらったりして、最低限の血と脂を落として、近場の大衆浴場に入る。脱衣場でそそくさと服を脱ぎ、ビニールに入れて固く口を縛るとやっと石鹸で全身を洗うことが出来た。

 

爪の間まで念入りに落とさないと、しばらくふとした瞬間に臭うので注意が必要だ。

 

風呂から上がると、神妙な顔のホップくんがぼうっと海を見つめていた。

 

「今日はお疲れ。初めての大型ポケモンの解剖現場はどうだった?」

「……すごく、疲れたんだぞ。あと、臭いもすごかった」

「素直で率直だなぁ。まあ、そうだよね」

「あと、風呂に浸かってる時、色々考えたんだ。『海に戻すのが自然なことか』ってこととか」

 

確かに、そういう意見は多い。

だがまあ、

 

「彼にも伝えたけど、『自然』にするってことは、あのまま浜辺に放置するということだよ。水葬しかり、埋葬しかり、基本的には人間の文化でしか無いのだもの。そりゃあ一部のポケモンは死んだ仲間を弔う種もいるけれど、だいたいなら、自然界で死ねばそれっきりだもの」

 

人がいない場所であるなら、あのまま放置されて人知れず腐り、骨となり、また波に攫われるなどするかもしれないが、あそこの浜辺は住宅地も近い。悪臭を放つ腐った遺体を放置すれば、疫病の原因にもなりかねない。

 

「『そのまま海に戻す』『埋葬する』『標本にする』その全ての選択は、所詮人のエゴ。自然なものなんてひとつも無い。だから、私は自分にとって1番のエゴを選んでる。解剖して死因を調べて、最後は標本にする選択をする。私は生物学者だから」

 

研究結果が何に繋がるか、役立つか、研究時点では分からないこともある。でも愛すべき隣人であるポケモン達について知ることは、決して無駄なことでは無いはずだ。

 

「『可哀想』って感情は間違ってはいないけど、そこで止まってしまったら何も分からなくなるからさ。ホップくんも大いに迷いなよ。迷ってるってことは、少なくとも停滞では無いからね」

 

彼がどんな研究者になるのかは分からない。マグノリア博士の所で勉強をしているからと言って、ダイマックスについての研究を中心にするということも無いだろう。

 

「海洋ポケモンに興味があるなら、うちのラボにいつでも遊びにおいで。この間引き取ったアシレーヌの標本を作る予定だから、完成したら見に来るといいよ。手伝いに来てもいいよ。むしろ来て」

「アシレーヌ?」

「アローラ地方のポケモンだよ。凄く可憐なポケモンだから、ファンも多いんだ」

 

あわよくば、彼みたいな優秀な人材を確保したい。そんな下心を隠して、私は彼に笑いかけた。

 

その後ホップくんに焼肉でも食べに行くかと誘ったが、青白い顔で「いや、もう暫くお肉は見たくないんだぞ」と断られてしまった。うーん素直で率直。

 

残念。明日も作業の続きなので、どっちみち見るものは見ます。

 

◆◆◆

 

後日、胃から発見されたモンスターボールの調査結果が出た。元々ホエルオーが入っていたものだったらしい。

使用済みボールには沢山の情報が記録されている。解析を更に進めた所、『親トレーナーの名前』『ホエルオーのニックネーム』『トレーナーとホエルオーが出会ったところ、日付』などが全て分かった。

 

このホエルオーのニックネームは『アオウミ』。ホウエン地方の129番水道でトレーナーと70年以上も前に出会ったという。

 

次にトレーナーについての調査したところ、彼は12年前に亡くなっていたことが分かった。親族曰く、トレーナーが亡くなった後すぐに、このホエルオーは行方不明になっていたそうだ。

つまり、ホウエン地方からガラル地方まで。このホエルオーは長い旅をしてきたことになる。

パルデア地方から来たイルカマンよりも遥かに長い旅だ。

 

「凄いなぁ」

 

この調査結果をホップくんに伝えると、そんな一言が返ってきた。私もそう思う。この分だと、もっと色んな海を旅してきた可能性もある。トレーナーの形見であるボールを大切に腹の中に仕舞っていた事も驚きだ。排出されてもおかしくなかったのに。もしかしたら、最初は口の中に仕舞っていたのを謝って飲み込んだのかもしれない。どのみち10年も腹の中に留めて置くのは至難の業だろう。どうやったのかはついぞ分からなかった。

 

「でも、トレーナーの親族がいたんだろ? このホエルオーは、ホウエンに帰さなきゃいけないのか?」

「いや、トレーナーの親族って言っても、ちょっと遠い親戚って感じで身元引受人をやっていただけらしい。ホエルオーについても返還は求めないそうだ。むしろ『ホエルオーがその地を最期に選んだのなら、そこに居させてやって欲しい』ってさ。予定通り、ナックルシティの資料館に寄贈されるよ」

 

骨格標本を作る方法は幾つかあるが、今回は土中放置法と言って土の中に数年間埋葬してから取り出す方法を取ったので、完成は約2年後と云った所だろう。

 

「……また座礁したポケモンの調査があったら、呼んで欲しいんだぞ」

 

ホップくんは、そう言ってモニター越しに微笑んだ。私もそれににっこりと微笑み返す。

 

「分かった。じゃあまた明日お願いね」

「えっ」

「今度は○○海岸でサメハダーの集団座礁があったから、それの調査だよ。いやー助かるなぁ」

 

ちなみに、とある地方で発生するストランディングの数は年間300件である。私達海洋学者は、結構忙しい。

 

モニター越しのホップくんが、頬を二度叩いて気合いを入れているのが見えた。

彼がどんな研究者になるかは分からないが、きっと逞しい研究者になることだけは、解剖しなくてもよく分かる。

 

私は、未来の研究者にそっとエールを送ったのだった。

 

 




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