みぎわのきみ〜座礁した海洋ポケモンを調査する話〜   作:猫島 合

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剥製標本回


麗海驢は静かに眠る

「いらっしゃいホップくん!」「待ってたよホップくん!!」「クッキーあるよ、紅茶も容れるよホップくん」

「おじゃましま〜す……」

 

玄関より足を踏み入れたホップくんに対して、普段から人間とコミュニケーションに難がある私の同僚たちが一斉に詰め寄った。彼らは将来有望で、朗らかで愛嬌のあるホップくんが大好きなのである。私は何度か一緒に調査に赴いたことがあり、友好な関係を築いているので慌ててクッキーを振る舞う必要も無い。

 

「やあ、ホップくん。来てくれて助かったよ」

「よ、よろしくお願いします」

「いつも通りタメ口でいいよ。私と君の仲じゃんか」

 

まだラボは少し緊張するらしい。いつもは私に対して気安く接してくれるというのに、寂しいものだ。遠くからヒソヒソと「俺らに対するマウントだアレ」とかなんとか聞こえるが、それは無視する。

 

「ラボにゆっくり立ち寄るのは初めてだったよね? ちょっと中を案内しよう」

 

私達のラボは、バウタウンの隅の方にある。窓を開ければ、海の音が聞こえ、潮の匂いがするとても良いところだ。

 

施設自体はそんなに大きくは無いが、一通り設備は揃っている為、不自由は無い。

 

事務所で軽くラボメンバーの自己紹介を終えると、私とホップくんは施設の中を探検し始めた。

 

三階までぶち抜きで通っている大きな水槽を見て、彼は感嘆した。水槽の中には沢山のポケモンが泳いでいる。怪我をしていたところを保護されたポケモンや、群れからはぐれてしまったポケモン、トレーナーが面倒を見るのを放棄して捨てられたポケモンなど、様々な経緯でこのラボに来た子たちだ。

時が来れば、自然に返したり、新たなトレーナーの元へ迎えられる。

 

研修員の手持ちの子らも泳いでおり、私の手持ちもそこにいる。

 

「会うのは初めてだったよね。あの沈んで寝てるのが、私のパートナーのラブカスだよ」

「この地方にはいないポケモンだよな?」

「うん、本来ならね。私が子供の頃、浜辺に流れ着いてたのを保護したんだ。他地方の海から泳いできたのかもね。

……最近、歳のせいで、体内の“浮き袋”がおかしくなっていてね。上手く泳げなくなっちゃったんだ。一応、『みずでっぽう』とかを推進力にして移動することは出来るけど、疲れるからああやって普段は寝てる」

「そうなのか……」

「ラブちゃーん。ホップくんが来てくれたよ〜」

 

声を掛けると、彼女はパチパチと目を瞬かせた。気が付いたらしい。身体を横たえたまま、ゆっくりとこちらに近寄ってきた。口から『みずでっぽう』を緩やかに出して、器用に進んでいる。ただ、進行方向とは逆を向きながらバック走のように進むので、ぶつからないようにノロノロと慎重にこちらへ向かっている。

 

最後、コツンッとおしりが軽くガラスにぶつかって止まった。

 

「ラブちゃん、この子がホップくんだよ。仲良くしてね」

「よろしく!」

 

ホップくんが手を振ると、彼女はニッコリと微笑んだ。

 

「ガラルには、好きな相手に告白する時にカジッチュを贈ったりするけれども、他地方も、ラブカスを愛しい人へ贈る似たような風習があるんだ。ラブカスの鱗も恋愛成就の御守りとして人気なんだよ」

 

ただ、そのハート型の鱗を得る為に乱獲された事もあり、一時は絶滅も危ぶまれた。

実は、このラブカスを海岸で拾った時も全身の鱗を毟り取られた状態だった。無理やり毟られたせいで血を流していた所をぺリッパーに食べられそうになっていたのを、幼いときに必死で保護したのだ。

 

それが褒められた行為であるかは、きっと意見が分かれる。見方を変えれば、あのぺリッパーのご飯を奪ってしまったことになるからだ。でも、人の手で虐げられ捨てられたラブカスをあのまま見捨てることは、幼い私には出来なかった。

 

『一度自然界のものに手を出したら、最期まで責任を持たなきゃいけない』そう思って、彼女と今の今まで共に過している。

 

最初こそ、人間不信であったラブカスだったが、今ではこんなにも気を許してくれている。それが本当に嬉しい。結局は私のエゴかもしれない。それでも、そう思う。

 

ポケモンの寿命は、種によって様々だがラブカスのものはそんなに長い訳では無い。なので、きっとこの子はもうすぐ旅立ってしまう。だから、それまではせめて幸せに過ごしていて欲しい。

「私の手持ちは今のところこの子だけだよ」

「バトルとかはしないのか?」

「うーん、技の指示を出すの苦手だから、あんまり。見てる方が好きかな」

 

ぐるりと施設を見て周り、最後に辿り着いたのは、今回ホップくんに来てもらった“理由”がある部屋である。

 

扉を開くと、独特の匂いが漂っていた。

台の上には、もう何時でも作業が始められるように準備がされている。

 

そこにいたのは、死してなお麗しい姿をしたポケモン__アシレーヌだった。

 

私達は今日これから、この子の身体の全てを標本にする。

 

◆◆◆

 

先月、アローラ出身のトレーナーから、ラボへ連絡が入った。子供の頃からのパートナーであるアシレーヌが亡くなったので、その亡骸を引き取って今後の研究に役立てて欲しいとの事だった。

 

ポケモンが亡くなった時、供養の仕方は人によって様々だ。自身でそのまま埋葬する人もいれば、ポケモン専用の葬儀業者(ガラル地方だと“ヒトモシ葬祭”などだろうか)に依頼し、手厚く葬儀儀礼を人と同じように執り行った後、お墓に埋葬する人もいる。または、埋葬せずに海に流したりする場合もある。最近だと宇宙へロケットで送るサービスなんかもあるそうだ。

 

そして、中には研究施設へ引き取ってもらい、後学のために役立てて欲しいと思う人もいる。

 

うちのラボにも時折そうして欲しいという方から連絡が来ることがある。

そうなった場合、然るべき公共機関に手続きをした後、冷凍保存されたご遺体を引き取り、研究対象とさせてもらう。

 

なお、この時金銭のやり取りが発生すると、それは違法である。あくまでも『寄付』という扱いだ。

 

人によっては、やはり忌避感を覚える方もいるかもしれないが、研究者としては有難い。

 

「かわいそう」という気持ちだけでは、我々は何も知ることが出来ず、未来へ生かすことも出来ない。昔、ポケモンを人々が恐れていたのは、無知ゆえであるから、彼らを知ることは、共生のためにも重要な事である。

 

私達は、作業を始める前に、このアシレーヌへ黙祷を捧げ、冥福を祈る。この子が生きた証を、この子のトレーナーの想いを決して無駄にしないことを心に誓う。

 

「__よし。じゃあ、始めようか」

「はい」

 

冷凍保存されて硬くなっていた身体は、既に解かされている。表皮の状態などを観察しつつ、私はホップくんに声をかけた。

 

「ホップくんは、アシレーヌを見るのは初めてだったよね。この子の性別はわかる?」

「えっと……メス?」

「どうしてそう思ったか教えて貰っても?」

「なんというか、見た目が女性的な感じな気がして、なんとなく」

「うんうん。なるほどね」

 

ポケモンの性別というのは、なかなか面白い。メスオスどちらか片方しかいないポケモン、メスとオスそれぞれで姿や進化先が異なるポケモン。見た目は女性的、男性的であるが、実際の性別とは関係ないポケモン。

 

アシレーヌはホップくんの言った通り、どちらかと言えば女性的なポケモンである。体のラインや、顔付き、綺麗な高音の声。アシレーヌが発見された時は『メスしかいない』なんて説を唱える人も居たくらいだ。

 

だが、今回の個体は、オスである(そもそも、アシレーヌは8割がオスらしい)。所詮、『男性的、女性的な見た目に見える』というのは、人間の主観に過ぎない。

 

「ポケモンの性別の見分けってのは、よく見ないと難しい。昔は攻撃力とかを数値化した時、高い方がオスとする見方もあったけど、直ぐにそれは否定されて、個体値に性差は無いことが分かってる。

ピカチュウの尻尾みたいに、性別によって体の一部や見た目が違うポケモン以外は、人の目で見て見分けるのは難しいかもね」

 

だが、メスの方が基礎体温が高いので図鑑などの機械を通して判定すれば、すぐに調べることが出来る。

 

その他の方法だと『めろめろ』など、違う性別のポケモンにしか効果の無い技を掛けてみる、などだろうか。

 

アシレーヌの腹からメスを入れていき、皮を剥がしていく。丁寧に、丁寧に、ゆっくりと傷をつけないように、全神経を使って作業をして行く。このアシレーヌの全長は1.7m。身体が大きい分、凄く疲れる作業である。一筋縄では行かない。

 

「ポケモンには、人間と違って性器が無い。でも性別はある。不思議だよね。彼らがどうやってタマゴを作っているのか、長年の研究テーマなんだけど、全く分かって無いんだ。……目を離した隙に、タマゴを抱いているから、産んだ瞬間を見た人も居ない」

 

また、人間は人間同士、必ず同じ種族で子を産むが、ポケモンは違う。必ずしも同じ種族でタマゴを作る必要は無い(そもそも、オスメスどちらか片方しかないポケモンもいるのだから、当たり前と言えばそうだが)

 

姿かたちが何処と無く似通ったポケモン同士(タマゴグループと呼ばれている)であれば、メスはタマゴを作ることが可能だ。メタモンのような例外もあるが、本当に不思議だ。

 

なお、タマゴグループに関する論文は、ポケモン性別学研究チームが、全国の育て屋さんなどの協力を経て発表された。今現在も研究は続いており、今後も細かくグループ分けされて行くかもしれない。

 

「『ポケモンと結婚した人がいた』『昔はポケモンも人も同じだったから当たり前だった』。シンオウ地方の神話にそうあるけど、もしかしたら昔は……いや、この話は辞めておこうかな。人によっては割とタブーだし」

 

ラボメンバーがひっそりと「相変わらずよく喋るなアイツ」と呟いてるのが聞こえた気がするが、無視。

 

ホップくんが、興味深そうに聞いてくれているので大丈夫です。

 

「ホップくん、こいつがうるさいなって思ったら普通に『うるせぇ』って言っていいからね」

「わかりました!」

「ホップくん??」

 

確かに口は動かしているが、手はその倍動かしているので褒めて欲しい。

 

そうこうしているうちに、アシレーヌの毛皮を全て剥ぐことが出来た。我ながら上出来である。今度は、この毛皮に残ってしまった肉や筋を全て取り除いていく。ここが甘いと、カビが生え、痛む原因となる。とは言っても、あんまり必死に取りすぎると、皮を破いてしまったりするので、そこを見極めるのも大切だ。

 

アシレーヌの毛は、髪の毛以外は、顔からから足先に向かってビッチリと一定方向に向かって生えている。毛の流れに沿って触ると、スベスベとしていて気持ちが良い。泳ぐときに水の流れを邪魔しないように全て同じ方向に生え揃っているのだ。

 

これは、トドゼルガなども似たような特徴を持っている。毛の他にも、骨格や食性など共通点が多い。タマゴグループも一緒であるので、番えばタマゴも作れる。

 

アシレーヌの違うところと言えば、体内脂肪の量だろうか。トドゼルガは寒い地域に生息するポケモンであるので、沢山の脂肪を蓄えているが、アシレーヌは温暖な地域のポケモンであるので、皮下脂肪は最小限だ。

 

胸元や腰あたりのヒラヒラとした部分は、体内に溜まった熱を放出し、体温を調節するためだと言う説がある。

 

「さて、こんな所かな……ホップくん、そっちはどう?」

「こんな感じ……かな」

「上出来! やっぱり器用だね」

 

ある程度毛皮に着いていた肉を削ぎ落とすことが出来たら、塩でよく揉む。水ポケモンの身体は亡くなっても水分が多いので、しっかりと抜かないと剥製標本にした時の仕上がりが悪くなる。

 

暫くは、塩に漬けておかねばならない。1週間ほどしたら、また様子を見る。その後は、ミョウバンをよく皮に刷り込み、更に1週間寝かせ、その後鞣し材を塗り込んでまた更に寝かせる。上手く処理が出来れば、ビロードのような美しい毛並みをずっと保つことが出来る。

 

ここで一旦休憩を挟む。半日近くもほぼぶっ通しだったのだ。疲れが出てくると、仕事が雑になったり、怪我に繋がる。

 

エプロンを脱いで、手を良く洗う。

 

取った記録を確認し、意見交換などをしながら、職員が趣味で作ったクッキーで頭に糖分を補給する。今日はチョコチップクッキーだった。美味しい。

 

「ホップくん、クッキー美味しい? 紅茶も飲んでね」

「はい!ありがとうございます。とっても美味しいです 」

「やったー! 沢山焼いたから、いっぱい食べて!」

 

彼は、私の同僚の一人である。主に海洋ポケモンの食物連鎖や食性について研究している。特技はお菓子作り。ラボメンバーの殆どは、彼に胃袋を掴まれている。ホップくんの胃袋も掴むつもりらしい。

 

「この間は急だったのにサメハダーの調査に行ってくれてありがとうね。僕も行きたかったんだけど、ちょうど大事な会議があったからさ……この喋りたがりだけだと、すぐ突っ走って危ないし、君みたいな旅慣れして落ち着いた子が居てくれて助かったよ」

「喋りたがりって……」

 

彼は、私を指さして「コイツ」と言った。やめて欲しい。クールで頼りになるお姉さんのイメージが崩れる。

 

「コイツ、作業中に永遠と話してるでしょ。昔っからそうなの」

「でも、為になる話を沢山聞けるから楽しいです」

「やっぱりめちゃくちゃ良い子だな君……」

 

ラボメンバー達が、眩しいものを見るようにホップくんを見た。スれた我々の心に、彼の笑顔が染みる。

 

「ホップくん、将来このラボで働かない……?」

「考えておきます」

「考えておいて……」

 

私たちは、彼の皿にそっとクッキーを1枚ずつ置いた。ホップくんは「こんなに食べられない」とケラケラ笑っていた。

 

 

作業を再開する。

 

次に、皮を剥いだ後の身体である。内臓を全て取り出して、エタノール漬けにするのだ。内臓は痛みやすいので、今日中に処置を行う必要がある。

 

中を傷付けないように慎重に腹部に刃物をいれる。取り出した内臓の重さをそれぞれ測りながら、作業して行く。処置を施した後、エタノールに浸すことで防腐効果があり、長く保存することが出来るようになる。

 

「ああ、内臓の綺麗さを見るとこの子が如何に大切に育てられてきたかが分かるよ」

「本当に。綺麗な内臓をしてるね……歳はそれなりに高齢だけど、健康的だ」

「まあ、外的な死因だから、病気をしていたわけじゃないしね」

 

この子の死因は、野生のポケモンとのバトル中に起こった事故によるものである。頭を強く打ち付け、急性硬膜外血腫(脳と硬膜の間に血が溜まり、脳を圧迫してしまう症状)を発症し、トレーナーが気が付いた時には手遅れになっていた。

 

頭の怪我は、人間でもポケモンでも油断はできない。出血しているのが内部だった場合、治療用スプレーも効きにくい。むしろ、表面的なダメージのみ回復されてしまう為、異常に気が付きにくくなる。

 

「髪の手入れも完璧だったし、本当に愛されてたんだろうな……」

「編み込みとかされてたしね」

 

それぞれ部位ごとに丁寧に処置液に収める。内臓はこれで全ての処置を終えた。

 

「アシレーヌの腸の長さは約65m。人間の5倍近くある」

 

クッキーの彼が目を輝かせて話し出した。ホップくんは、彼の言葉に素直に耳を傾ける。

 

「通常、肉食のポケモンの腸の長さは、草食のものに比べるととても短い。草の方が肉より消化に時間が掛かるからね

 

「例えば、リングマ(肉食)とゴロンタ(草食)は、骨格などが似通っているけど、ゴロンダの腸の方がリングマよりも倍以上長い。

 

「野生のアシレーヌの主食はヨワシ。普通に考えれば、ヨワシを消化すること自体に、そんなに時間はかからないから65mもの長さはいらない。

 

「でも、アシレーヌやトドゼルガなどの海洋のポケモンは、長い腸を持っていることが多い。

 

「理由は何個か説がある。

 

ひとつは『食べ物から効率よく水分を吸収するため』。

 

「彼らは海に住んでるから、水を飲めない。塩水をがぶ飲みしたら体に毒だからね。だから、口にした食べ物の水分を身体に多く取り入れる為に、腸が長くなった説。

 

「あとは、『水中で浮力を得るため』なんてのも考えられてる。安定した姿勢で泳ぎ続けるために、『水中1のタマゴグループ』のポケモンは体内に『浮き』を持っていることが多いけれど、その機関の代わりとして腸も使ってる説がある」

 

同僚は、一通り得意げに語ったあと、見事なドヤ顔を披露した。私のことを「喋りたがり」だの言っていたが、この人もそんなに変わらない。周りをちらりと見ると、自分も得意分野を語りたくてウズウズしているようだった。

 

だが、あまり語りすぎてもウザったいだろうので、そこは程々に我慢して、あとはホップくんからの質問に答えることを中心に会話を進めた。

 

骨格標本は、明日以降に制作に取り掛かることになったため、一旦お骨は冷凍庫へ。剥製標本も2週間は期間を開けてから次の工程に移るため、今日の作業は終了した。

 

ホップくんを見送った後、私は私のラブカスの元へ行った。彼女は私に気が付くと、嬉しそうに寄ってくる。

 

「ラブちゃん、お待たせ。ご飯は食べれた?」

 

こくり、と頷く。だが、以前よりは食べられる量は減った。固形食ももう食べることが出来ない。なるべく栄養を取れるように気を配ってはいるが、それを吸収する機能も衰えているので、日に日に痩せている。

 

…………この子は、きっと数年内に死んでしまう。

 

老衰かもしれないし、その前に身体機能に異常を来してしまうかもしれない。

 

このことは、十何年の付き合いだ。長い間、苦楽を共にしてきた。私の、たった一匹の手持ち。

 

水槽に掌を付けると、彼女はアクリル越しに私の手に擦り寄った。

 

この子が死んだ時。私はこの子を剥製に出来るのだろうか。

 

アシレーヌの亡骸を寄付してくれたトレーナーは、『この子の姿形が、土に還り、無くなってしまうのが耐えられない』と泣きながら言っていた。そういう考え方もあるのかと思った。

 

この地方に、ラブカスはいない。だからこそ、研究のために剥製にしてこの地に残す事は、大きな意味がある。研究者としては、そうした方が良いと感じる。

 

だが、ラブカスの“トレーナー”としての私はどうだろう。

 

……分からない。

 

「ラブちゃん。ラブちゃんがもし……」

 

口を閉じた。聞けなかった。

 

私は、私が死んだら検体として大学病院に自分の遺体を搬送する予定である。もう手続きもしている。医学のために役立てて欲しいと思っている。私にはそういう意思がある。

 

だけど、ラブカスはそんなことは露ほども考えていない。

 

ラブカスだけでなく、今まで私が標本にしてきた子達全て、同意を得た訳じゃない。

 

もう片手では数え切れないほどの標本を作ってきた癖に、自分の手持ちを標本にするかどうかで悩むのは、変だろうか。

 

『正解』とか『不正解』の話ではなく、結局私の気持ちの問題でしか無いのかもしれない。

 

ゆるゆると、ラブカスが水槽の縁に沈み、横たえた。ちょっと疲れてしまったらしい。

 

水槽の上からラブカスに向けてモンスターボールのスイッチを押し、中に入ってもらう。

 

「おうち、帰ろうね」

 

そう言うと、返事の代わりにボールが震動した。

 

◆◆◆

 

数週間後。アシレーヌの剥製標本が完成した。出来栄えは最高。生前の姿を完璧に再現することが出来た。彼を寄付したトレーナーさんが、是非会いたいと言うので、ラボに招待すると、大きな花束を持って現れた。

 

「レイ……」

 

アシレーヌの名前を呼んで、彼に花束を捧げる。「撫でても良いですか」と尋ねられたので、私たちは静かに頷いた。

 

優しいて付きで、頭を撫でる。そして、綺麗に整えられた髪の毛を見て目を細めた。

 

「綺麗だよ。この世の何よりも」

 

その後、トレーナーさんと少し話した。彼は、目に涙を浮かべながら、「実は、今日まで本当に剥製にして良かったのか悩んでいた」と語った

 

「彼はプライドの高い子でいつも身なりに気を付けていた。編み込みをテレビの特集で知ってからは、毎日私にソレをするようにと強請られました。最初は下手くそだったので、何度もやり直しをさせられましたよ。

 

他地方のコンテストにもたくさん出場して、美しさ部門で優勝もしました。

 

彼は自分の美しさを誇りに思っていたし、私もそんな彼を誇りに思っていました。

 

だから、彼が亡くなった時。ただ埋葬して、土の下で朽ちていく姿を想像して、なんとも言えない物悲しい気持ちになりました。彼の美しさが損なわれてしまうと思ったのです。

 

土に埋め、自然に還ることの方が、摂理には合っているのでしょう。

 

でも、私には、それが酷く残酷な事のように思えてしまいました」

 

だから、このラボにお願いしたのです。と、同僚の容れたお茶を一口飲んで、話を区切る。そして、少し気恥ずかしそうにしながら、また口を開いた。

 

「依頼を出したあと、『私の自分勝手なエゴ』で、この子の眠りを妨げてしまったのでは無いかと何度も思いました。巷では、やはり相棒であったポケモンを剥製にしたいと考える人は少数です。親族からも、「可哀想だ」と言われてしまいました。

 

でも、今日。一目、レイの生前も変わらない美しい姿を見て、そんな悩みは吹き飛びました。

 

私のエゴで良いんです。この子が、この子として美しくいてくれるのなら。それだけで、遺された私がこれから生きていく理由になるのです。

 

……少なくとも、私はそう思います。

 

あの、またレイに逢いに来ても良いですか? 今後も、ちゃんとアポを取って、皆様の邪魔にならないように気を付けて来ますので」

「ええ、もちろん。彼はいつでもここで、安らかに眠っていますから」

 

深々と何度も頭を下げてからようやく此方に背を向けて帰っていくトレーナーさんを見送りながら、私は考えた。

 

きっと近いうちに、私のラブカスの遺体をどうするか、決断をしなければいけない時がくる。

 

私は研究者としても、相棒としても、悩み続けて、その時にどんな選択をしたとしても、後悔だけはしてはいけない。

 

後悔することが、一番この子達にとっての冒涜になる。

 

その答えを見つけるまで、残された時間は少ないが、精一杯悩もう。

 

そして、今ある時間を大切に過ごそう。

 

私は、静かに眠るアシレーヌにそう誓いをたてた。

 

 

 

 

 

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