みぎわのきみ〜座礁した海洋ポケモンを調査する話〜 作:猫島 合
冠雪原付近の海域に住むクレベースは、ゆったりと漂う様にガラル本土近くの海まで周遊してくることがある。背中にカチコールや他のポケモンを乗せて、船のように少し長い距離をぷかぷかと浮かんでやってくる。
大きいクレベースにちょこんと乗ったカチコール達の様子は、大変可愛らしいため、ファンも多い。彼らが訪れると海岸にファンが集まり、静かに着岸するのを見守るのだ。
今回も、そのはずだった。
「……なんかさ」
「うん、……なんかあの、今回……」
海岸に集まったファンクラブは、遠くに見え始めたクレベース“達”の様子にどよめいた。
そこに居たのは、1頭や2頭では無い。
「数、多くない?」
そこに居たのは、クレベースの“群れ”。
彼らは犇めき合い、自らの身体の縁をゴリゴリと削りながら、一挙に海岸へ押し寄せてきた。異様な光景である。それが、ゆっくりと近寄ってくる。
人々は、それを固唾を飲んで見つめていた。
「このままじゃあ、」
「もしかして、」
「詰まるんじゃない?」
◆◆◆
「見事に詰まってますねぇ」
「詰まりますかね普通」
「普通じゃないから詰まったんじゃないですかねぇ」
ギチギチと岩場に挟まって身動きが取れなくなっているクレベース達を見ながら、私達は呆然とそんな会話をした。もうほぼ現実逃避みたいな感じになっている。
端から岸に上げようにも、最前線が引っかかってるのは小高い岩場であるので、クレベースの骨格的に足を上げることが出来ず、上陸させることも出来ない。
沖側の方から順番に解散させるしかないので、そっちの方はレンジャーが対応している。
私達は、浜でウロウロしているカチコール達を保護しながら、クレベース達に見物人や野生のポケモン達が近寄らないように目を光らせている。
「今朝、近隣のバカガキが“クレベース渡り”とか言って上に乗って動画撮って遊んでた時は肝が冷えましたよ……」
「うっかり隙間に落ちて挟まれでもすれば、死にますからね」
同僚が遠方を眺めながら身震いをした。クレベース渡りは、バラエティ番組で一昔前に流行ったゲームである。ぷかぷかと等間隔に浮かんだクレベースの背に飛び乗って、向こう岸を目指すのだ。
大分まえに「ポケモンを足蹴りするとは何事か」と大炎上したので、それ以降は本物ではなく似せて作られた“浮き”の足場を使ってる。
そも、クレベースの上はツルツル滑るものなので、本当に飛び乗るのは危ない。カチコール達は、足を凍りつかせて背に固定して乗っているから安定した姿勢を保っていられるのだが、普通に転んで腰やら頭やらを強打しかねない。危ないから真似をしないでね。
同僚が足元にちょこちょこと歩いてきたカチコールに視線を向けた。私もつられて足元を見る。
「カチコールも多いな。次々渡ってくるから、このままだと浜辺も全部埋まるぞ」
「カチコール以外も来てるね……、ピカチュウが降りてきた。可愛い」
クレベースがこんなに沢山いれば、その分背中に乗って移動してくるポケモンも多い。その大多数は上陸して、心配そうに海を見つめていた。
「ここまで大規模な移動なんて、今まであったか?」
「今、各研究所の過去のデータを調べてます。あと、ナックルの資料館も」
ポケモンの集団移動というのは、普通によくあることだ。他地方で例えればバッフロンやシママ、ゼブライカ。彼らは群れで生息する草食ポケモンであるが、時折普段の群れよりも大きな集団で大移動をすることがある。他の種族も入り交じり、大勢で移動をするのだ。季節ごとにぐるぐると食べ物や水場を求めて周遊する。
勿論、大勢で動いているから安全、なんてことは無い。人でもポケモンでも旅には危険が潜んでる。目的に着く前に外敵に襲われて怪我をしたり、最悪死ぬことだってある。だが、移動しないでいると、その土地の食べ物を全て食べ尽くしてしまい、一族全員で飢え死にしてしまう。
クレベースが海をプカプカと浮いて周遊しているのも、餌を求めて動き回っているからという説が最も有力である。彼らは浮いて漂ってきた海藻や木の実などを食べる。広い海を漂い、餌を探し求めて泳いでいるのだ。
しかし、クレベースやカチコールは、周遊に来ることはあっても、この土地には定住せず、すぐにどこか別のところに行ってしまう。
ただ、潮の流れで流れ着き、立ち寄ったに過ぎない。
気候が合わないからだ。キルクスタウン近辺の土地なら住めるとは思うが、あそこは小高い山に囲まれた地帯であるので、漂着する海からあそこまで移動するのは一苦労だ。
山間部に生息する個体も別の地方にはいるが、やはり海へと行き来するルートがある所だった。ガラル本土では、そういうルートは見つかっていない。
「アマモさん、こっちに来てくれだって!」
ホップくんが、私の名前を呼ぶ。私は慌ててそちらに向かった。
そこに居たのは、もう息も絶え絶えなクレベースだった。最前列で身動きが取れなくなって数十時間経過し、体力が尽きてしまったらしい。小さくなって、岩の隙間に退避した所を保護して陸に連れ出したのだとか。彼が先程までいた所は一瞬だけ空洞が空いて、その隙に先程まで挟まってニッチもサッチも行かなかったクレベース達を救出した。
チラホラと、体力が追い込まれたクレベース達が同じようにポケモンの特性である『弱ると身体を小さくして退避する』という機能を使って行くのが見えた。そのおかげで、隙間が生まれてクレベース達が動き出す。しかし、それは小さくなって退避した個体は危険な状態だということを意味する。
また、急に動きが生まれた事でクレベースの上に乗っていたカチコール以外のポケモンが海へ落下したのが見えた。氷タイプのポケモンでも、クレベースに挟まれでもすれば最悪死んでしまう。すぐさま待機していたエスパータイプのポケモンが浮かせて救出し、陸へ保護する。クレベース数匹も同じように引き上げて、陸へ上げた。
持ち上げてくれたポケモン達が、何故か首を傾げている。
「どうしたの?」
「……」
サーナイトが手話で何かを言っている。彼女は賢いので人間とのコミュニケーションを手話で行っているのだが、あいにく私には少ししか分からない。辛うじて分かった言葉は『軽い』『いつもより』
氷の面積が削れているので、その分軽く感じたのだろうか?
作業は深夜まで続いたが、死亡が確認されたクレベースを含めたポケモンは30体以上。人的被害は無かったが、原因不明の悲惨な出来事として、翌日には全国的にニュースとなり、すぐに原因の究明をと我々学者に求められた。
今も海岸にはクレベースの群れが滞在している。数は多少減ってスペースが出来た為、何とか峠は超えたらしい。
私の所属するラボのメンバーと、現地で集合した海洋ポケモン研究者のチームは、それぞれ海岸に横たえたクレベースの遺体を観察していた。
平均的なクレベースの体重は505kg。高さは2.0mだが、今回は1番大きいもので、推定体重450kgで高さ1.5m。背中の氷は端が削られて、形が変わってしまった分、重さも高さも小さい数値になっている。(重さはあくまでも推定であるので、実際はもう少し差があるかもしれない。)
彼らの氷は、身体にくっつけている外付け鎧のようなものであるため、欠けてしまってもすぐに治る。日中の活動で亀裂が入り、段々と深くなっていくが、気温が下がる深夜帯に修復し、翌日の朝にはつるりとした綺麗な背中に戻るのだ。
この氷の下には、岩に似た硬い皮膚がある。氷を体に纏い鎧にすることで、更に硬く堅牢になり、また氷は水に浮くので、泳ぐときの『浮き』となる。
「なんかさ、氷の中に不純物が多くない? 石みたいな……なんだろう。これ」
私がそう言うと、他のメンバーもマジマジと氷の中にあるそれを見始めた。
氷を作るのに、海水を使っているのだから不純物が混ざるのは当たり前だ。何が混ざっているのかを調べる事で、そのクレベースがどこの海域で氷を作ったのかが分かることもある。例えば、ポケモンの毛や海藻なんかが混ざっていれば、それらの生息地を調べて何処のルートを通ってきたのか割り出すことが出来る。
であるので、観察を終えたクレベースの氷を割って採集してみることにした。
「冷た〜……」
手袋をしているが、元々の手が悴んでいるので、寒くて仕方ない。ホップくんを見てみると、頬が真っ赤になっていた。だけど、彼は気にせずにジッと氷の中から出てきた石を見つめている。
「アマモさん、これ、『かるいし』だ」
『かるいし』とは、ポケモンに持たせるとそのポケモンの重さが半分になる不思議な効果がある石である。バトルをする際に活用する場合もあるので、ポップくんには馴染みのある物だろう。
なるほど、サーナイトが『軽い』と言っていたのは、これのせいだったか。
では、推定体重が450kgであるから、その半分として225kg程になっているということだ。(それでも普通に重たいが、体重が半分になれば、とうぜん動きや技に影響は出るだろう)
ポケモンは、何度も言うとおり身体を小さくできる。ならば、逆に大きくなるダイマックスだって当たり前にできる。これは、マグノリア博士の門下生であるホップくんの方が馴染み深い研究であるかもしれない。
身体の大きさを変えられるのなら、体重だけ軽くしたり重くしたりも可能なのである。なんら不思議なことでは無い。ポケモンの姿は移ろいやすい。ほんの少しの外的要因(アイテムやパワー)が加わるだけで物理的な法則なんて無視して姿形が変わるのだから、面白い。
話が逸れてしまった。今は『かるいし』についてである。『かるいし』は、マグマが急激に冷やされて固まった物である。中に入ってたガスが抜けた場所が空洞になるから、ポコポコ穴があき、軽くなるのだ。
水に浮き、漂い、クレベースの氷の中に紛れたのだろう。他のクレベースやカチコールの氷からも同様に出てきた。
「『かるいし』がこんなにあるってことは、海底火山でも噴火したのかな……」
「地質学チームからたった今連絡ありました。確かに、冠雪原近海の海底火山の活動が活発化しているみたいです。噴火記録もクレベース達が移動し始めた時期の前後とも重なるそうです」
「じゃあ、それから逃げてきたってことかな」
かるいしの効果で身体が軽くなり、いつもより泳ぐスピードが出たことで、それを沢山持った後続が先に逃げ出した前線のメンバー追い付いてしまい、押し合い圧し合い、運悪く詰まった。ということだろうか。逃げ込んだ先の地形が、蛸壺みたいに入口が狭まっていたのも詰まった原因だろう。
「再発防止、と言ってもね……入江を塞いでも、クレベースは問答無用で押し入ってくるし」
「ネットを張っても、問答無用で突っ込んできて破りますもんね。この間だって、定置網があるのにお構い無しに突っ込んでいってブチブチと……」
「流氷戦艦だからねぇ……」
後ろから、しずしずとサーナイトが寄って来た。そして、手話で語り始める。
「なに? えっと、」
「通訳しますよ、アマモさん」
手話を私よりも習得している後輩がフムフムとサーナイトに向き合った。
私も私で、頑張って読み解こうと最近読んだばかりの指南書を思い出しながら見つめる。
サーナイトやエスパータイプのポケモンは賢いので、人に意思疎通を図るのがほかのタイプのポケモンより上手い。脳内に直接テレパシーで語り掛けてくる個体もいるが、やはりポケモンと人間では語彙が違うのか、流暢に話す個体はなかなかいない。必ず齟齬が生じる。よく映画なんかで見るようなシチュエーションは、なかなか現実では無いようだ。
だが、その代わりに手話を覚えさせることで、もっと流暢な意思疎通ができるようになった。その研究の第一線の成果が、このサーナイトなのである。
手話を覚えるのは人でも苦労することが多いが、彼女は記憶力が良く、するりと会得したらしい。
『お疲れ様でした。』
『少しお話が。』
『“みらいよち”で、海が黒く染まるのを見ました』
要約すると、そんな内容だった。私達は首を傾げる。海が黒く染まる、とはなんだろうか。サーナイトも原因はよく分かっていないようで、それ以上は説明ができないそうだ。
それが、いつの光景なのかもよく分からない。だが、留意するに越したことはないだろう。
タンカーが重油を零すとかでは無いことを祈りつつ、視線を海へ向ける。
長時間に渡る作業のおかげで、浜辺は広々とした景色に戻った。まだ数十頭のクレベース達はいるが、ギチギチと詰まってはいない。多くは沖に戻され、瀕死のものは保護(回復次第、野生に戻す)。残念ながら死亡が確認された個体は、それぞれのラボや施設に引き取られて研究に役立てられる。
うちのラボも、近いうちにこのクレベースを剥製にするのだが、“氷タイプのポケモン”の剥製は、中々難易度が高い為、万全に準備を整えないといけない。
ひとまず、クタクタの体を引き摺って、私達はホテルへ帰った。
◆◆◆
その後、複数体のエスパータイプ達が、同じような光景を“みらいよち”で見たと伝えていた。
私達は、各種機関と連絡を取り合い、不測の事態に備え始めた。
◆◆◆
さて、クレベースの剥製作りについてである。
氷タイプのポケモンは、その身に氷を纏っていることがある。身体の一部が氷で出来ていたり、つらら等が生えていたり。クレベースのように、身体の一部を氷で覆っていたり。
うちのラボで制作する剥製は、なるべく生きていた頃の姿に近付けられるようにしている。
だが、当然。氷は溶ける。生きているポケモンにくっついていれば長持ちするのだが、死んでしまっているポケモンでは常温保存ができない。
特殊な樹脂を代用として見た目を近付けるのだが、クレベースの身体を覆うほどの氷の大きさを再現するとなると、とてつもないほどコストがかかる。剥製師をやっている知り合いが以前、ツンベヤーの顎髭を再現するのに溶けない氷を使っていたが、あれは値段が高過ぎる。
予算が足りない。
泣く泣く剥製作りは保留となった。亡骸は冷凍して地下に保存することに。然るべきところに依頼するような形で稟議を進める。きちんと予算を組んでから、しっかり取り掛かろうと思う。
手に入ったクレベースは一体だけでは無いので、もう一体は特定の場所へ埋めて、骨格標本にする。これも、出来るまで3年以上かかる。彼らの皮膚や体組織は頑丈なため、地中でも朽ちるまでに長い時間が必要なのだ。
クレベースの骨格は、コータスやカジリガメに似ている。大きく違うのは、背中の甲羅の有無だろうか。
コータスやカジリガメは、甲羅は身体の一部であるので、外すことは出来ない。
彼らの甲羅は、人間で言うところの肋骨である。それが大きく背中を覆い臓器を守る役割を果たしている。甲羅の材質は爪や角などと同じ『角質』。硬く、強く、外敵の攻撃を軽々と弾く。『殻に籠る』という技がお馴染みだが、その技ですっぽりと甲羅の中に頭と手足を納めてガードすれば、更に守りが固くなる。殻に準じた部位を持つポケモンでも、この技を覚えることがある(厳密には殻では無いものでも、便宜上の技名として『殻に籠る』と言ってる場合もある)(ポットデスの入っているティーポットは殻扱いしていいのかと言う議論もあるが、私には専門外の話である)。
クレベースは骨格こそ似ているが、彼等の甲羅は全て氷で出来ているので、無くなることもある。以前、暑い気候の地方へトレーナーと共に旅行に出掛けたクレベースが、あまりの暑さに弱り、冷気を上手く操れなくなったことがあった。結果、身体を覆っていた全ての氷が溶けてしまったのだ。
その姿は、忽ち話題になった。誰もそんな姿を見たことがある人なんていなかったのである。……そんな暑い地方に連れていったトレーナーは、『虐待』だとSNSが炎上したが。そもそも、その地方にはクレベースの持ち込みが出来ないはずであったのに、なにやら怪しげなルートを使って無理やり連れてきたらしいと別件でしょっぴかれていった。いくら相棒と一緒に居たかったからと言っても、ルールは守らなくてはいけない。相棒のためにも。
「あー、あれ、毛を全て狩られたウールーよりも衝撃的な映像だったわよね」
そう言って、『お客様』が紅茶を優雅に口に含んだ。
彼女は私たちのラボがあるバウタウンのジムリーダー様である。水タイプのポケモンの使い手である彼女は、時折こうしてここに足を運ぶのだ。今回はクレベースの件の調査記録を見に来たらしい。その間のティータイムである。同僚が作ったクッキーを勧めると1枚だけ食べてくれた。
「ごめんね。いま糖質を控えてるから、1枚だけ頂くわね。ん、美味しい。サイトウも好きな味かも」
「サイトウさんって、甘いものがお好きなんですか」
「ええ、普段は控えてるからあまりイメージは無いでしょうけど。あの子オススメのプロテインとか、みんな甘くて美味しいのよ」
「プロテイン……」
私には無縁の飲み物である。
「アマモも、ある程度運動はしてるんでしょ? 力仕事だから」
「流石にジムに行ったりとか、走り込みとかはやってないですし、プロテインのお世話になるまでには行かないですね……通常業務で辛うじて着いた体力と筋力ですよ。それ以外は座ってパソコンデスクと睨めっこなので」
「ふーん。今度一緒にジムに行ってみる?オススメのところ紹介するわよ」
「いやぁ〜……」
「昔からそうやって濁すわね。ほんと」
一応、私と彼女は付き合いが長い。彼女が小さい時にジムチャレンジで町を離れたときに少しだけ疎遠になったが、なんだかんだ会ってこうやって一緒にお茶をする仲になった。
実は、実家もめちゃくちゃ近所である。
「幼馴染なんだし、気を使わなくてもいいのに」
「いやぁ〜」
「やめなさいよそれ」
だって、疎遠になった期間がそこそこ長いし……。私よりもソニア博士とかの方が『幼馴染!』って感じだろうから。
私はジムチャレンジに参加しなかったので、ジムチャレンジ参加組同士のあれこれを差し置いて『ジムリーダーと幼馴染です!』とか言える勇気は無い。下手すると貴女のファンに刺される。
「あら、ジムチャレンジ、今からでもやる? 推薦状書くわよ」
「むりむりむりむり!」
「冗談よ。アナタのパートナーに無理をさせる訳にもいかないしね。確かに10代の時とかはバトルに夢中で、バトルをしないアナタと会う機会は減ってたし、今もお互い忙して中々会えないけど、ずっとアナタのことは大切な友達だと思ってるんだから。てか、敬語もやめて欲しいんだけど」
「はひぃ………」
「それ、鳴き声? それとも“YES”って意味?」
美人に口説かれてる。私がなんかが。
「私なんかが、って。アナタ、その筋の界隈じゃ結構有名なんでしょ? ソニアも言ってたわよ。『アマモ博士は天才だ』って」
「はひぃ……」
「ねえ、やっぱそれ鳴き声? 」
クッキーを摘んで照れた気持ちを落ち着かせる。
「そういえば、館長は? せっかくだから挨拶していきたいんだけど」
「先月からアローラ地方に行ってます。学会で」
「やっぱり忙しいのね。ジムリーダーを退任してから少しだけ時間が出来たのかと思えば、セカンドライフで更に忙しくなっちゃうんだもんね」
「あの人は常に動いてないと窒息しますから……」
「まあ、そうね」
このラボの館長は昔は水タイプ遣いのジムリーダーだった。私たちが子供の頃の話である。それころ、彼女らかジムチャレンジをしていた時分の。流水のように自由な人で、一箇所に留まるのが苦手だったのでジムチャレンジ期間ですらフィールドワークに行ってしまい色々とすっぽかすなんてしょっちゅうだった。
噂によると、カブ選手とめちゃくちゃ仲が悪かったらしい。炎タイプ遣いと水タイプ遣いだから、ということではなく、当時の館長の就任態度があまりにも酷く……というアレである。普通に館長が悪いと思う。
今も顔を合わせると、館長は「ゲェ」って顔をする。失礼だからやめた方がいいと思う。
「さて、雑談はこのくらいにしましょうか。エスパータイプ達が一斉に予知した『海が黒く染まる』って件だけど。心当たりある?」
「過去に起きた海が黒く染まる現象は、あらかた調べました。しかし、判断材料が少なすぎて断定は出来ません。各所、予防線を張ろうにもどう動いていいのやら……一応、彼らが予知したエリアは分かりますので、その一帯を封鎖して、野生のポケモン達も入れないように対策を取ってます。が、範囲が広すぎる上に『いつ』そうなるのかが分からないので……完璧にとは……」
「そう……私に出来ることがあれば、なんでも言って」
「心強いです。ジムリーダー」
それから少しお互いに出来ることを話し合った。過去の資料をいくつか共有して、すぐに動けるように対策を練った。
「じゃあ、何かあったら、すぐに連絡をちょうだい」
「はい。そちらも、何か気がついた事があればいつでも連絡してください」
背筋を伸ばして帰路に着くルリナさんを見送って、私はまた資料へ向き合った。
その次の日。『その時』は訪れた。
◆◆◆
「黒い、海……?」
「これ全部ですか!?」
「これ全部だねぇ……」
早朝5時半頃。知らせを受けて、私達はすぐさま現場に駆けつけた。予知通り、海が黒く染まっている。
異様な光景だった。この間はクレベースがぎっしりと詰まっていたせいで白く見えた海だったが、今回はその逆。(と言っても、黒に近い灰色と言ったところか)その原因を浜辺で拾う。
「かるいし、ですよね?」
それは、海面を覆い尽くす程の大量の『かるいし』だった。
この間のクレベースが大量に押し寄せた原因は、海底火山が噴火したことにも関係があるという調査結果が出たが、その時に噴出されたかるいしが、プカプカと漂い、ここまで流されてきたらしかった。
このままでは、海の中に光が届かず、光合成が無くなるため海藻が死滅し酸素濃度が下がる。そうなると、海に住んでいるポケモン達が呼吸困難になる可能性がある。かるいしを誤飲したりするかもしれない。
「とりあえず近所だから来たはいいものの、こんなんどうしろって言うんですか?」
「拾い集める……?」
「何万個あるか分からないのに?」
「でも、さっきから大量に拾ってる人いますよ」
「バトルアイテムだからねぇ。自分で使うのか売るのか……」
「どちらにせよ、価値は大暴落ですね。しばらくかるいしには困りませんよ」
「軽口叩いてないで、働いてください」
「かるいしだけに?」
「叩きますよ」
浜を見ると、コイキングが何匹か打ち上がっていた。もう既に息絶えている。口の中に手を突っ込んで中に引っかかっているものを取り出すと、やはりかるいしだった。えらにも大量に細かい石が詰まっている。
「重機で取るにしても、こんなに広範囲だと無理だろ」
「潮の流れが変われば、沖に流れていくでしょうけど、流れ着く先によっては酷いことになりますよ 」
「うーん、せめて一箇所にまとめることが出来れば……」
現地で集まったそれぞれの分野の人達と頭を抱える。みんなでどうしようか海に視線を投げると、かるいしの間を分け行ってクレベースが泳いでいるのが見えた。
流石、流氷戦艦と言った所か。スイスイと気にすることなく進んでいる。背中には不思議そうな顔で海を見つめているカチコール達が乗っていた。小さな群れらしく、五体ほどのクレベースがこちらへ来る。コツコツと身体に軽石をぶつけながら、彼らはやってきた。
それを見て、私は1つ閃いた。
「あの、ポケモンレンジャーを呼んでもらっていいですか? あと、道具と重機を一式……」
思いついた作戦を皆に伝える。到着したレンジャーさんからも「やってみます」と力強く頷いた。
準備を整えて、クレベース達をレンジャーさんがキャプチャする。そして、彼らに大きな網の紐を括り付け広がって端から進んでもらう。このままずっと泳いでもらって、広範囲に広がったかるいしを集めてもらおうと言うシンプルな作戦である。
クレベースは、障害物をものともしない。何かに引っかかっても、そのまま進み続ける。屈強な肉体と絶大なパワーで、ぐんぐんぐんぐん、気の向くままに行きたい方向を曲げることなく、突き進んでいく。
であるので、いくらかるいしが海面に敷き詰められていようが、関係ないのである。
これは、クレベースにしか出来ない仕事だろう。2体のクレベースそれぞれに網の片側を取り付け、共に進んでもらう。集まったら陸に待機させた重機を使ってトラックに乗せ、運んでいく。それを何度も繰り返す。
ひとまず、この海から速やかに退けることが重要だ。潮の流れが変われば、流されてしまい、また別の場所で被害が出る。
私達も浜辺に漂着しているものを拾い集める。猫車を押して何度も往復し、運び出す。だが、人手が足りない。キリがない。
早朝から作業をしているのだが、もう正午を過ぎた。まだ終わらない。これは更に時間が掛かる。悴む風が体力を削っていく。みな、黙々と作業をしているのだが、余りの先の見えなさに辟易し始めているようだ。先程から動きが鈍い。だが、何とか気力で持ちこたえ、拾い集めていく。そうこうしているうちに、誤飲するポケモンが出てしまう。
顔は寒いのに、汗はかく。汗は冷えて、体温を奪う。吐く息が白い。上を見ると、チラチラと雪が降り始めていた。
こんな中で、作業するのか。人数もそんなにいないのに。と思って心が折れそうになったとき。
「おまたせ。『私に出来ること』しに来たわよ」
さっそうと、青いメッシュの入った髪を靡かせて、まるでランウェイを歩くような足取りで彼女は、否、“彼女達”は現れた。
スコップや猫車やらを携えて、大勢の人達が歩いてくる。その隣にはキリリとした頼もしい顔付きの相棒たち。
「わ、ワア!! ルリナさんッ!」
「人を集めるのなら任せなさい。さ、皆、頑張りましょう!」
「応!!」と頼もしい声が、海岸に響いた。
人手が増えたこともあり、作業スピードは格段に上がった。ポケモン達も手伝ってくれて、海に浮かぶかるいしも効率よく回収されていく。
誰かの手持ちのイワークがバリボリと回収したかるいしをおやつ感覚で食べ始めた。結構な勢いである。身体が大きいので、沢山食べられるようだ。ルリナさんが連れてきてくれた彼女のファンの方数名がイワークを何体か連れてきてくれたので、どんどんと数が減っていく。
「ポケスタで募集をかけたから、もう少し来るわよ。さ、朝からずっと休まないで動いてたんでしょ? 炊き出しでカレーを作ってもらってるから、食べてきなさい」
「なにからなにまで……なんとお礼を言ったらいいか……」
「友達でしょ。気にしないで」
ばちん、と片目を閉じる彼女が輝いて見える。ヘトヘトに疲れた私達は、一旦離脱して暖かいカレーとスープで腹を見たし、冷えた身体を温めた。
「この量のかるいし、どう処分しようかと思ったけど、イワークがめちゃくちゃ食ってくれてるからそこそこ減ったな……一山分は余裕でペロリだぞ」
「イワークにとっては、かるいしなんてカステラみたいなモンなんでしょうね。それにしても咀嚼音が気持ち良すぎる。なんでしたっけ。AMSR?」
「ずっと聞いてられる……」
先程まで無言で死にそうな顔をしていたラボメンバー達が、ようやく軽口を叩き始めた。良かった。元気が出たようだ。
「クレベース達も大活躍ですね。見てくださいよ。海に広がってた範囲もだいぶ狭まりましたよ」
「彼らが居なかったら、除去作業はもっとめんどくさいことになってましたね……」
さて、もうひと踏ん張りである。
私達は、温まり活気を取り戻した足取りでまた作業に戻った。
■■■
やはりというか、なんというか。
かるいし騒動のあと、バトルタワーを初めとしたポケモンバトルでは、かるいしを持たせた戦法が流行ったらしい。手軽に手に入るようになったからである。
フレンドリーショップの買取価格は暴落したが、その分お買い求めは容易い。
バトル以外にも、イワークのような石や岩を食べるポケモンに与えるオヤツとして販売されたり、園芸用品の陳列コーナーに細かく砕いたものが売られるようになった(鉢植えに混ぜると水はけが良くなるらしい)。
各方面の人達の協力のおかげで、廃棄や置き場に困る、なんてことは今のところないらしく本当に良かった。
私はラボ二階の窓からバウタウンの港を眺める。先程入れたばかりのココアが熱すぎて口をつけれれないので、冷めるまでぼうっと白波がゆらゆらと揺れるのを見ていた。
一日とて全く同じ海なんて無い。日々なにかが代わり、移ろっていく。大きなものが漂着することもあれば、逆にこちら側からなにかが遠く沖へ流されていくこともある。
その一つ一つの変化が、営みとなり、我々人間を、ポケモンを、育んでいく。
それがどんな小さな変化でも、巡り巡って、どこかへ繋がっていく。
不思議なものだ。
「あっつ、」
冷めたと思って口に含んだココアがまだ熱かった。
「おーい、アマモ〜! 大変だ!!」
少しピリピリする舌先を気にしていると、私を呼ぶ声がした。同僚からである。
「××海岸に、海外の珍しいポケモンが漂着したって!! 今から準備して調査に行こう!」
「分かった!今行く!」
まったく、海というのは、本当に慌ただしい。
私はココアを諦めつつそう思ったのだった。
了
感想お待ちしております。