みぎわのきみ〜座礁した海洋ポケモンを調査する話〜 作:猫島 合
ガラル地方のサニーゴは特殊であると知ったのは、テレビで見た他地方のサニーゴを見た時だった。
ガラル以外に住んでいる彼らの身体は鮮やかなピンク色で、生き生きとした瞳をしていた。朗らかに笑いながらトレーナーに抱かれる姿は、当時十代だった私には衝撃的だった。
ガラルのサニーゴは、真っ白い。あんなに綺麗なピンク色の角もない。真ん丸の穴が空いた石みたいで、間違えて蹴り飛ばしてしまったら呪われてしまう、怖いゴーストタイプのポケモンだ。
不思議に思って、図鑑を捲った。ガラルのサニーゴがこういう姿なのは、大昔、ガラルに大きな隕石が落ちてきた時、環境の変化に耐えられずに死んでしまったサニーゴ達の魂がああいう形で彷徨っているからだとか。
じゃあ、彼らも大昔にはピンク色の可愛らしいポケモンだったのだろうか。大昔って、どれくらい昔なんだろうか。
ガラルの大陸は、昔は大部分が海だったらしい。その海を今も探しているのだと本にはあった。(調べている過程で、ドラメシアも同じように無くなった海を探しているらしい事が分かった。他にもそういうポケモンがいるのだろうか?)
私は、ノートにサニーゴについて調べたことを書きまとめた。自分なりの考察や、実際にサニーゴ達を観察した様子も全て書き記した。私の初めての研究ノートである。
見せる相手は、パートナーのラブちゃんぐらいだったけれど、とても楽しかったことを覚えている。
そして、今日。その研究ノートが、母親から手渡された。曰く、本棚の掃除をしていたら出てきたらしい。懐かしくなって、私にも見せたくなったと。私もあまりの懐かしさに思わず笑った。ラブちゃんに見せると彼女も覚えていてくれたようで、にっこりと笑っていた。
このノートの後半は、ラブちゃんの観察日記なのである。
話の種になるかと思い、職場に持っていくことにした。字も汚いし、内容も拙いが、それなりによく出来ている気がしたのだ。
「アマモさん、子供の頃からアマモさんだったんですねぇ」なんて、同僚がそのノートを眺めつつしみじみと言う。意味がわからなくてその同僚が作った今日のクッキーを齧りながら首を傾げる。
「はぁー、それにしても、そっか。俺はアローラの出身だからピンク色の生き生きとしたサニーゴが当たり前だと思ってたけど、ガラルっ子にとってのサニーゴは、ゴーストタイプのおっかないポケモンなんだな。ホップくんもそうなの?」
「初めて知った時はびっくりしました。ピンクの方は進化もしないって知って、更にびっくり」
「まあ、同じ種類で同じ姿でも地方によっては進化しないなんてこともあるしな〜」
ホップくんに、私の研究ノートが渡される(たまたま近くで用事があったようで、そのついでに顔を見せてくれたのだ)。
それをまじまじと眺めて、ぐ、と眉間に皺を寄せた。どこか気に触ったのだろうか。子供の頃に書いたやつなので、多少は勘弁して欲しいが。
「アマモさん、このレポートの書き方って、誰かに習った?」
「いや、別に。図鑑の書き方とか見て真似した程度かな」
「そっか……」
ホップくんは、しょぼしょぼとした顔になった。話を聞くと、マグノリア博士に出された課題が上手くいっていないらしい。なにやらレポートを提出しなくていけないらしいのだが、それがどうにも滞っていると。
「人に読ませることを意識した書き方で、今まで書いたものを書き直してみなさいって言われて。アマモさん達の調査を手伝わせてもらう度に、レポートを書いてはいたんだけど、どうにも自分用の備忘録みたいな感じになっちゃってて……」
ポケモントレーナー達は、自分のポケモンの成長記録などをとることが多く、手持ちを育てる時に活用しているので、書き物自体は不得意では無いはずだが、やはり自分だけが見返すように書いてる事の方が多いらしい。なので、人に見せる用の論文とかとはまた書き方が異なるのだとか。
私はトレーナーでは無いので、寧ろそういうレポートの書き方の方が分からないが。
「うーん、慣れるしかないよねぇ」
「だよなぁ……」
「そういえば、ホップくんって大学とかってどうするの?まだまだ先のことだろうけど、どこに行きたいとか考えてる?」
「それも悩み中……でもやっぱりタマムシ大学の携帯獣学部かなぁ……」
「定番だけど、ガラルからだと遠いねぇ。でも、一度ガラルを出るのも楽しいかもね。それこそ、リージョンフォームも実際に見られるだろうし」
ホップくんはまだ幼いので、大学入試は少し先だが、博士号を取るなら通る道である。博士を名乗るためには実績が必要だが、それ以前にどこで学んだかも重要になるのだ。
どんなに素晴らしい発見でも、今はまで何をしていたか分からない人間が発表するのと、キチンと学んで来た人間が発表するのとでは、説得力が違う。
タマムシ大学といえば、ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士の出身校である。その他にも多数の有名な研究者を卒業生に持つ名門中の名門。
距離はかなりあるが、あそこに入れば間違いは無いのだろう。ただし、毎年倍率がエグい。
「アマモは、イッシュ地方にあるサザナミ海洋大学だっけ?」
同僚が、そう言いながら、手に着いていたクッキーのカスをペロリと舐めた。それにウェットティッシュを渡しながら頷く。
「へー、どういう所なんだ?」
「別荘とかがあるリゾート地って感じかな。すぐ側にマリンチューブっていう海底トンネルがあって、たまに来るホエルオーとかを教授や学友とずっと観察してたなぁ。潜水士の資格とかも取れるし、海洋ポケモンについて学ぶならそこが一番いい環境だって思って選んだんだよ」
懐かしいキャンパスライフを思い出す。癖の強い教授もいたが、すごく充実した日々だった。だが、一つだけ忘れたい記憶もある。
「トラウマ、かもしれないなぁ」
「何かあったのか?」
遠い目で呟いた私に、ホップくんが首を傾げた。同僚もキョトンとしている。そして、途端にワクワクした顔になった。どうやら、私の顔色を見てどんな話か察したらしい。前にも少しだけ言ったことがあった気がする。
「『あの話』か? そろそろ詳しく聞かせてくれよ。なにがあったんだよ」
「いやぁ〜……うーん……」
正直、話したくは無い。あんな恐怖体験。だが、ホップくんも聞きたそうな顔になってしまっている。私は、ため息を吐いた後、ポツポツと話し出した。
◆◆◆
あれは、私が大学生の時の話である。その日は、朝から晩までマリンチューブの中に居て、泳いでいるポケモン達を観察していた。天気が良く、水も濁っていなかったのでかなり遠くまで様子が見えた。
マリンチューブでは、色んなポケモンに出会うことが出来る。マンタインやママンボウ、バスラオ、稀にホエルオー……そして、プルリル。
明け方や夜には、プルリルをよく見ることが出来る。彼らはふよふよと漂うように海中を泳ぎ、時折ジッとマリンチューブの中を通る人達を観察している。
その日は、やたらとプルリルが多かった。水色と桃色のプルリル達は、優雅にダンスを踊るように波に身体を揺らして、笑いあっていた。私は、もしかして繁殖期か何かなのかもしれない、と思って観察を続けていた。隣にいた学友も、カメラを回しながら、その様子を眺めていた。
プルリルは、普段は深海に住んでいるポケモンなので、こんなに沢山浅瀬に来ることは珍しい。
フリルのような触手が、ヒラヒラとしていて、とても綺麗だった。幻想的なその風景を、私達は食い入るように眺め、気がついたら三時間ほど経過していた。
プルリルは、みず・ゴーストのポケモンで、図鑑の説明文もかなり物騒だ。イッシュでトレーナーをやっていた友人に見せてもらったことがあるのだが、『ベールのような手足を巻きつけ痺れさせると、八千mの深海に連れこんで殺す』とか書かれていた。
子供向けのポケモン図鑑に『殺す』とかいう直接的な表現で書かれているとは思わず、ドン引いた。子供向けなんだから、もっと柔らかい表現をしてあげて欲しい。そんなんだから、水死体海月なんて物騒な渾名がつくのだ。(なお、ガラルのポケモン図鑑の方はもっとマイルドである)
彼らの狩りの仕方を見ると、確かに怖いと感じる人もいるのだろう。
あの綺麗な触手でクルクルと包まれ、毒を打ち込まれ、身動きが取れなくなった獲物を海底に引きずり込む。その際、彼らはニコニコと笑顔なのである。ゴーストタイプなのも相俟って、本当に怖い。
だが、大きな獲物を捕まえられたら、そりゃ笑顔にもなるだろう。私だってお腹が減っている時に美味しそうなご飯が目の前にあればニッコリと笑う。彼らだって生きているのだ。弱肉強食は自然の摂理だろう。
それに、私達はいま分厚いアクリルの壁にぐるりと囲まれている。危険は無い。安心して、彼らの舞踏会を見ることが出来ていた。
「月明かりが綺麗だから、彼らの透けた体がキラキラしているね」
学友が、そう言ったのに頷く。
本当に綺麗なポケモンだと思った。
もしかしたら、ポケモンが繁殖する場面をカメラに捉えられるかもと期待したが、彼らはそんな素振りを一切見せることなく踊っていた。
「それにしても、更に集まってきたな。何匹いるんだ?」
「五十は軽く超えてるね。奥の方もいるみたいだから、もしかすると、百は超えてるかも」
「プルンゲルも増えてきたな。やっぱり、舞踏会と呼ぶのが相応しいよ」
会話しながら眺めていると、背後に気配を感じた。見てみると、ニコニコと笑いながらアクリル越しにプルリルがこちらを見ている。学友も笑いかけて手を振った。それに応えるように、そのプルリルも触手をふりふりと振る。
「うわー、可愛い。見て、フレンドリーな個体だよ」
「そうだね」
学友を見つめながら、プルリルはゆったりと揺れる。まるで、ダンスのお誘いのようだ。
「ふふ、口説かれてるんじゃない?」
「まじか。照れるね」
学友も見様見真似でフリフリと身体を揺らすと、プルリルは嬉しそうにくるりと回った。
私は、学友からカメラを預かって、踊る彼女とプルリルを撮影し始めた。野生のプルリルがこんなに友好的なのは珍しい気がしたから、映像資料として残そうと思ったのである。
ふりふり、くるくる。ふりふり、ゆらゆら。
可愛らしく踊るプルリルが、ペタりと触手をアクリルにくっつけた。そして、呼ぶように口を動かしている。本当に求愛……いや、違う。
私はここで漸く気が付いた。
違う、これは求愛なんかじゃない。
これは、狩りだ。学友を連れていこうとしている。そう直感した。アクリル越しじゃなかったら……私はゾッとした。そして、まだ踊ってる学友の腕を掴んだ。
「今日は、ここまでにしない?」
「ねえ、私、あの子をゲットしたい」
「無理だよ。ここからじゃ、ボールだって投げられない」
「でも、あの子は私のことが気に入ってるみたいだし、……あ、そうだ。浜辺まで来てもらえばいいんだ」
学友は、ニコニコと笑いながらそう言った。やめた方が良い。嫌な予感がする。
「ね、帰ろうよ。寒くなっきたかも。浜辺もきっと風が冷たいよ。それに、今日はもう遅いし、外が暗いとまともにボールも投げられないよ」
「大丈夫だよ、月明かりがこんなに眩しいのに。ピッピだって踊り出しそうな位に明るい満月だよ?」
何かがおかしい。深夜テンションでハイになっているのだろうか。
学友は、ペタリとアクリル越しに両手で触れた。プルリルの触手と重ねるように。にこにこ、にこにこ、プルリルが嬉しそうな顔をしている。
「ね、ねぇ、」
私はハッとして当たりを見渡した。先程までその辺で踊っていたプルリル達が、皆一斉にこちらを見ている。
にこにこと笑いながら、赤い瞳を、口を三日月のように歪めながら。ぐるりと、マリンチューブを取り囲むように、ゆらゆらと波に誘うように揺れながら。
おいでおいでと、呼ぶように触手を靡かせて。
私は怖くなって学友の頭をぶっ叩いた。そして引き摺るようにマリンチューブから抜け出して、尚も浜辺へ向かおうとする学友を引っ張って寮へ帰った。
その数日後、教授にその事を話すと彼は「あー、なんというか……うん、」と歯切れ悪く呟いた。
「ニュースって見た?」
「なんのですか?」
「ああ、見てないの。そっか……そうだね、フィールドワークに行く時は、近辺で起こったニュースとか調べておくと良いよ。何がヒントになるか分からないからね。えっとね、君らがマリンチューブに篭ってた日、沖で水難事故があったんだよ。船が沈没したの」
「え、……?」
「ホエルオーウォッチングのね、格安ツアーがあってね。……で、まだ乗客は一人も見つかって無くて……」
普段からニュースを見る習慣があまりなかったので、知らなかった。今朝のニュースらしい。船が帰ってこなかったのを、ツアー会社が隠蔽して自分達で解決しようとしたらしく、発覚が遅れたのだとか。
「大量発生する時ってさ、繁殖期で集まるのもそうだけど、『餌が豊富』ってのもあるよね。これ、マジで嫌な推測なんだけど……ね? 分かったでしょ。良かったね、君らも浜辺に行かなくて。撮ってた映像、確認した? まだ? そっか、万が一があるから、僕が預かってもいい? 下手するとなんか映ってる可能性もあるし」
「…………」
私は絶句した。
「水死体クラゲって、伊達に呼ばれてないよね」
ぶっちゃけ、そう言ってあっけらかんと笑う教授の方が怖かった。
話終わると、皆沈黙してしまっていた。そして我に返った同僚が恐る恐る口を開く。
「学友ってどうなったの……?」
「生きてる生きてる。元気いっぱいだよ。あのあと、プルリルのことを言ったら『懐いてきたら可愛いー!ってなるから、仕方ないよね……』って泣いてた」
教授に言われて、暫く海辺には近寄らせて貰えなかったが。
「プルリル、見た目は可愛いけど調査の時に近寄ってきたら距離を取らないと危ないからね。ホップくんも気を付けてね。普通に人間襲うからねあの子ら。……まあ、プルリルに限らず、基本的には野生のポケモンは、一定の距離を保ちながら観察するのが一番だからね。無闇矢鱈と近付くのはダメだよ。お互いのためにね」
ホップくんは、少し青ざめた顔で頷いた。
「プルリルといえば、ガラルだと『海底に沈んだ古代都市の住人がポケモンになった』ったっていう伝承があるね。サニーゴやドラメシヤ達が探してさ迷っている地殻変動で失われた海とはまた年代が全然違うだろうけど、こっちは こっちで興味深いね」
古代都市だと、恐らくデスバーンも関連している。あれは古代の壁画にデスマス(元は人の魂だと言われている)が取り付いたものであるので。ひょっとしたら、プルリルになった人とデスマスになった人は、知り合い同士かもしられない。なんて。
「そういう歴史関連のは、ソニア博士の方が詳しいだろうから、気になるようだったら彼女に聞いてみると良いかもね」
「オカルトは専門外だと思う」
「それもそうだ」
ゴーストタイプだって、列記とした生きているポケモンだ。不気味な所はあれど、そういう生態なだけである。サニーゴだって、進化の過程でゴーストタイプを得て、種を残すことに成功している。
ゴーストタイプのポケモンは寿命が恐ろしく長いことが多いので、簡単には絶滅もしないだろう。その分、繁殖力は抑え目だが、それでも充分過ぎるほど個体数は安定している。
逆にゴーストタイプを得ていないピンク色のサニーゴは、乱獲されていることもあるが、徐々に個体数を減らして行っている。このままでは、あちらは全滅しかねないので、特にアローラ地方では保護活動が盛んに行われている。
「サニーゴといえば」
お菓子作りが趣味の同僚が、得意げな顔をした。彼はポケモンの食性を研究しているので、それ関連の話だろう。
「ホップくん、ガラルのヒドイデとドヒドイデはサニーゴには興味が無いけど、アローラ地方の彼らはサニーゴが好物なのを知っている?」
「この間、テレビで見たような……」
「ガラルのサニーゴは、硬い殻だけの身体で角は実体がないから齧る所がないんだけど、ピンク色のサニーゴは角も身もヒドイデ達にとっては、ごちそうなんだ。ドヒドイデが通ったあとは、サニーゴの食いかすが散らばっているなんて話もある」
ガラルのサニーゴは元々食いでがないから、その美味しさをヒドイデ達は知らないらしい。
「まあ、サニーゴは自己再生するから、ヒドイデにわざと折った角を差し出して、それを食べてる間に逃げたり、彼らの弱点である技の『だいちのちから』で追い払ったりするから、やられっぱなしでは無いよ。
それでもじわじわと数は減ってる。まあ、海洋汚染とか乱獲とか、その他の要因もあるからヒドイデ達だけを悪者にすることは出来ないんだけど。
そもそも、彼らの食物連鎖は気の遠くなる前から行われている生命の営みなんだから、僕ら人間が「サニーゴのような可愛い生き物を食べるなんて!」って憤慨するのも違うよね。
ヒドイデ達だって生きてるんだから、ご飯は食べなきゃだし。可哀想だから食べないで、なんて人間の感情、彼らには知ったこっちゃない
まあ、サニーゴの角はアローラでは工芸品の材料になるんだから、ヒドイデに食べられちゃったら職人さん達は困るだろうけど、それはそれ。これはこれ」
それでね、と話を続ける。
「さっきも言った通り、ガラルのヒドイデ達はサニーゴの美味しさを知らない。食べられるものだとも思ってない。代わりにバチンウニとか食べる。食べようとした時にビリビリ感電したりするけどね」
「バチンウニ……」
「君の手持ちにも居たね。バチンウニ。まあ、彼らのトゲも再生するから、多少かじられてもなんとかなる。ドヒドイデはトゲだけじゃ物足りないだろうけどね……」
「ヒェッ」
「うちの館長の相棒はドヒドイデだから、気を付けてね。まあ、勝手に人のポケモンを食べたりはしないようにしつけてあるけど、わざと近付けたりはしないように。そういう事故が起きないように管理するのもトレーナーの勤めだからね」
余談だが、野生から捕獲してきたポケモンは、キチンとポケモンフーズの味を覚えさせて『待て』が出来るようになるまで街中で自由にさせてはいけない。
野生が抜け切ってない場合、狩猟本能のままに通りすがりのポケモンを襲って食い殺してしまうことがあるからだ。いくらモンスターボールに収めて飼い慣らしたと思っても、彼らにとって狩りは生きるために必要な行為で、『悪いこと』ではない。
だからこそ、そういった事故が起きないようにトレーナーはしっかりとパートナーを見張ることが義務付けられている。
他人のポケモンを盗ったら泥棒だが、他人のポケモンを食べるのはもっと重い罪である。自分の手持ちに悪気はなくとも、トレーナーには重い罰が貸される。(なお、トレーナーにはそんな時の備えの保険に入るように勧められている。私は入ってない。ラブちゃんしか手持ちがいないので)
「で、この間。館長がアローラに出張に行った時の話なんだけどね。ガラル生まれガラル育ちの館長のドヒドイデが、生まれて初めてピンクのサニーゴを目にしたんだ。どうなったと思う?」
「えっ、普通に無視した、とか?」
「走っていって、そのまま食べようとしたんだ。勿論、館長がごんぐりつけて止めたけどね。初めて見るはずなのに、食べ物だって認識しちゃったんだね」
「へ、へぇ……」
ホップくんはゴクリと生唾を飲み込んだ。私もその話を館長から聞いていたが、本当に凄まじい勢いで走っていって触手のドームの中にサニーゴを詰め込もうとしたらしい。
「ヒドイデとドヒドイデは嗅覚が鋭いんだ。水中に漂う匂いや、空気中に漂う匂いを感知して餌を探すことが出来る。
そして、『好きな食べ物』か『嫌いな食べ物』か、匂いだけで判別している。
だから、館長曰く、「余程美味しそうな匂いがしたのかもしれない」だそうで……それから色んなものの匂い嗅がせて観察してる」
ガラルのドヒドイデが、サニーゴを美味しそうだと認識した瞬間、館長は止めるのに必死で記録は撮れなかったと言っていたが、マジで危ない実験だったのでもう生体のサニーゴを使ってやらないで欲しい。普通に怒られ案件である。館長があんなんなので、時々かなり不安になる。
「で、帰ってきてからガラルのサニーゴを見せたんだけど、ドヒドイデはガン無視。美味しそうな匂いはしないんだね。食べ物として認識はしなかった。この一連から、彼らは食べ物を匂いで判別していること後わかった。だから、もしこっちのサニーゴが美味しそうな匂いをさせていたらバリボリ食べようとするんだろうね」
「ひえ……」
「本当に凄かったらしいよ。食い付きが。本能のままに襲いに行った感じだったって。遺伝子になにやら刻まれてるのかもしれないね……」
「俺、バチンウニはこのラボで絶対に出さないようにする……」
「その方がいいかもね。いや、別に普段からそんなガッツいた子じゃないよ。館長のドヒドイデでは。寧ろ、食べるのを面倒くさがってて、館長の手からじゃないとご飯を食べない甘えん坊ですらある。
可愛いんだよ。本当に。昔っから館長のことが大好きで、ずっとべったりで……館長もドヒドイデのこと愛してるから、寝る時も一緒って言ってたし、なんかドヒドイデの毒に耐える身体を手に入れたとか言ってたし……」
「耐えれるの、あの毒……」
「普通に無理。手袋しないで触るのはNGなんだけど、館長は素手で撫でてる。絶対に真似しないで。てか、この間めちゃくちゃ触ったあとに腫れてたからね、館長」
「怖……」
「ドヒドイデが? 館長が?」
「館長さんが」
「僕達も時々怖くなるよ」
そのうちドヒドイデの毒で死ぬんじゃないかあの人、なんて職員に心配されている。海洋ポケモン研究の第一人者が、パートナーの毒で死ぬとか笑い事では無いからやめて欲しい。
「研究者の人って、ひょっとして変わってる人が多い……?」
「ホップくん、なんで私を見ながら言うの? 別に普通でしょ私は」
君もそのうち研究者になるんだから、そういうことは胸の内に閉まっておくものである。
「アローラには、ポケモンの技を自ら浴びる博士もいるらしいよ」
追い打ちをかけるように、同僚がそう言った。ホップくんがドン引きしてるからやめてあげて欲しい。これで研究者になるのを辞めるとか言い出したらどうするつもりなんだ。
「ほ、ホップくん、 レポートに行き詰まったら、いつでも相談に乗るからさ!」
「え、あ、はい。お願いします……」
「敬語やめてよ私と君の仲でしょう!?」
急に他人行儀になった彼に、思わず泣き付くようなさ声を出してしまう。私のどこが変わっていると言うのだろうか。
「え、アマモさんこの間、素潜りで真冬の冠雪原の海に飛び込んで、案の定死にそうになりながら片脇にタマザラシ抱えて帰ってきませんでした? 普通やりませんよそんなこと」
「あれは、あの子のトレーナーが困ってたから……人助けじゃん……あの逃げ出したタマザラシ、泳ぐの苦手で沈んでたんだよ」
「トレーナーの方もドン引きしてましたよ。まさかそのまま飛び込むとは思ってなかったって」
「いや、あれぐらいうちの大学の恩師もやってるし……別に普通……」
「ホップくん、この人ね。本当に向う見ずなことするからね。あとフィールドワーク大好き過ぎて、西で座礁したポケモンの調査やってクタクタになった翌日に東に行って調査やってるからね。
それで「疲れたぁ〜」とか言ってるからね。当たり前だよ休めよっていくら言っても聞きやしない。また一緒に調査する時もあるだろうから言っておくけど、見張っておいて本当に。
館長のドヒドイデよりも突拍子も無いことするから。このおしゃべり」
「はは……」
力のない愛想笑いで返事をされた。私は拗ねながら水槽の底で横になってるラブちゃんに近寄って「ラブちゃん、皆が私のあることないことホップくんに言いふらしてるよォ」と水槽に縋り付いた。ラブちゃんは、ニコッと笑ったあとふるふると首を振った。なにそれ。諦めろってこと?
「ラブちゃんは賢いからなぁ〜、あんまり無茶するのはあやめろってさ。てかお前、昨日寝たのいつ?」
「日付変わってから、大体四時くらい。読みたい論文読んでたら楽しくなっちゃって……」
「寝ろ」
「ホップくんが来てくれてるのに!?」
「そういう所だよお前」
ホップくんも困るだろうし、早く仮眠室に言ってこい。そう言われて、部屋から追い出された。ホップくんがヒラヒラと手を振って「またな」と言ってくれた。あの子は本当に優しい。大学を卒業したら、ウチのラボに来て欲しい。切実に。
◆◆◆
ホップは、アマモの残していったサニーゴの観察日記をまた開いた。十代の子供が書いたとは思えないほど細やかな観察記録は、本当に素晴らしい出来である。描いてあるスケッチもとてもわかりやすい。
「絵か……」
「あー、スケッチな。描けると結構助かるんだよな。今から練習してた方がいいよ。ホップくん、普段ってポケモンの絵とか描く? 得意?」
「リザードンとウールーなら、描くのは得意です」
「リザードン、描くの案外難しいけど、ガラルっ子はよく描くよね。ダンデさんの相棒だから人気もあるし」
俺はライチュウとかずっと描いてたな。アローラの姿ね。ラボの職員がサラサラとミスコピー紙の裏にライチュウを描いた。大きいしっぽの上に乗っている。
「ライチュウ……?」
「アローラのライチュウって、しっぽに乗って飛ぶんだよ」
まじまじとそのイラストを見る。やはり、ポケモンは面白い。姿形、生活が地方によって全く異なる。今はまではガラルのポケモンにばかり目を向けてきたが、他の地方のポケモンとの違いを比べるのも面白い。ホップはウズウズとした気持ちになってきた。
「やっぱり、他の地方にも行ってみたいな……」
「おー、それがいいよ。世界はこんなに広いんだから、未知のポケモンもまだまだ沢山いるだろうし。色んなの見て、自分が知りたいって思ったことをとことん突き詰めていけば、いつの間にか博士にもなってるんだよ」
分からないことがあれば、先駆者がいる。アマモも、俺も、みんな教えたがりだからね。どんどん吸収して、どんどん成長していきなよ。
ホップは、その言葉を聞いて力強く頷いた。そして、お礼を言って、ラボを後にした。
マグノリア博士から出された課題をこなして、もっとポケモンのことを知って、もっとポケモン達と仲良くなりたい。ボールがカタカタ揺れた。まるで、ホップを応援してくれているかのように。
彼は、パンパンと両頬を叩いて前を向いた。希望に満ち溢れた、キラキラとした目だった。
『ポケモンは怖い面もあるけれど、それは知らないから怖いと思ってる場合が多い。愛しい隣人のことを知ることは、彼らともっと仲良くなるってことだよ』アマモの言葉である。
彼の道は、困難に溢れている。だが、それと同じくらい、否、それ以上に希望に満ち溢れている。
ホップは心機一転、新たな気持ちで、また一歩踏み出した。それは小さな一歩だったが、ポケモン研究の世界に取ってみたら、とても大きな一歩に違いなかった。
了
感想お待ちしております