pixivに2023年に投稿した作品です。
莉愛様のドッペル実装を記念して書きました。
正直、読みづらくなってしまったと思っている。
矢宵かのこが堤防を下りると、そこは砂浜だった。リゾートのビーチのように、とても広いわけではない。砂が真っ白なわけでもない。
けれど、空はどこまでも青くて、水平線の向こうでは、入道雲が縦に伸びていた。
ビーチサンダルを脱ぐと、足の裏に熱を感じる。
太陽の光と温度が、空気の中に満ちていた。
「あら、矢宵さん、早いですわね」
かのこが振り向くと、阿見莉愛が、堤防の階段を下りてくるところだった。彼女の後ろには、胡桃まなかと梢麻友が続いていた。みんな、水着に着替えていた。
「折角の海なので!」
かのこの声は飛び跳ねるようだった。
「かのこさん、今日はあのマーリンギ・ミラクルスイマーじゃあないんですね」
まなかの視線が、かのこの身体を頭から爪先までひと撫でする。
「ううん。これもマーリンギ・ミラクルスイマーだよ」
「どういうことでしょうか?」
麻友が首をかしげる。かのこは腰に手を当てる。
「改造したのよ。去年のものは、着脱しにくいという欠点があった。そこで、水着を胸の部分と腰の部分の上下二パーツに分割し、その問題を解決!」
「なるほど……?」
麻友はまじまじとかのこの水着を見つめる。
「それは一般的にはビキニといいますわ」
莉愛がツッコミを入れる。
「苦渋の決断だったけど、頭の部分やヒレ、尻尾も取り外したの。だけど、身体を覆う面積が大幅に減ったから、空調のファンも不要になったわ!」
「そもそも、普通の水着には元から冷却装置はついていませんわ」
莉愛は頭に手を当てる
「改造されたマーリンギ・ミラクルスイマー、名付けて、MMS改!」
かのこはファッションモデルのように、くるりとその場で一回転した。
髪がふわりと揺れた。背後の海は、陽光を反射して煌めいていた。
「確かに色合いは、マーリンギ・ミラクルスイマーに似ていますね」
まなかはMMS改のデザインに、僅かな原型を見出した。
「それはともかく、早速、海で遊びますわ!」
莉愛が話を戻す。
「そうですね!」
かのこはすぐさま、波打ち際に向けて駆け出した。
「ふふふ」
「行きましょう!」
麻友とまなかもそれに続き、ビーチサンダルを脱いで、太陽に向かって走り出す。
「あ、ちょっと、なんで私が置いていかれたみたいになっているの!」
莉愛もその後を追いかける。
砂浜に、四人の足跡が刻まれていった。
かのこ達は、足が届くか届かないかくらいの所を漂っていた。
沖と言うには陸に近すぎて、しかし、浅瀬と言うにはちょっと深い。そんな、ゆらゆらした距離感。
四人で円く手を繋いで、何をするわけでもなく、波が生み出す水の動きに身を委ねていた。
時折、顔にかかる海の水は、しょっぱい匂いがした。
「こういう、のんびりしたのもいいよね」
かのこの言葉を、右隣の麻友が受け取る。
「そうですね。私達以外、誰もいなくて、静かでいいです」
麻友の言葉はさらに右隣の、莉愛へとパスされる。
「当然ですわ。私が雑誌の撮影の時に、カメラマンさんから聞いた、穴場スポットですもの」
この海水浴場は、神浜市から電車を一回乗り換えて辿り着く、小さな海辺の町にあった。特段、観光地というわけでもない。
「折角、私が誘ったのだから、皆さん来れば良かったのに」
「先輩の人徳の無さの現れですね」
「そ、そんなことは無いわ! 私は水名女学園の友達に連絡しましたわ。つまり、水名女学園が忙しい時期だったということですわ」
まなかから莉愛へと、流れが逆になる。
「中学や高校は夏休みにはまだ少し早いし、祝日でもない、普通の土日ですから」
麻友がフォローした。
「そっか、梢さんは、大学生なんだった」
かのこはゆっくりと記憶を確かめる。この一年、色々なことがあった。数多の戦いがあった。けれど、全てが終わって――。
「オレの方が速いぞ!」
「絶対あちしだって!」
――え?
かのこ達の声がシンクロした。
水音を立てて、猛スピードで泳いできたのは、深月フェリシアと三栗あやめだった。
「あの、阿見先輩、ここって穴場スポットじゃあなかったんですか?」
「そのはずなのだけど……」
まなかの手を放し、莉愛はフェリシアとあやめに近付く。
二人も、他の魔法少女達の存在に気付いたようだった。
「あ、ピュア様」
「違うよフェリシア、デュダ様だよ」
「だ・か・ら、阿見莉愛ですわー! 一体、どうしてここを知ったんですの⁉」
あやめがフェリシアの方を向く。フェリシアは口を開く。
「やちよが雑誌のカメラマンから聞いたって」
「七海やちよー!」
莉愛は叫ぶ。
「流石にそれは八つ当たりでは……?」
まなかもフェリシア達の方に来た。
さらに、夏目かこが、陸の方から泳いで来た。
「二人とも泳ぐの速いよ……」
麻友とかのこも集まる。
「かこちゃんも一緒だったんですね」
「三人だけでお出かけ?」
フェリシアとあやめは揃って胸を張る。
「そうだぞ。やちよが許可してくれたんだ」
「このはと葉月も、大丈夫だって」
莉愛は頷く。
「まあ、今や神浜の情勢は安定しているし、自動浄化システムも全世界に広がった。神浜を離れても、さほどトラブルは無さそうですわね。夏目さんもいるし」
「なっ! オレ達だけじゃ不安って言いたいのか⁉ あやめはともかくオレは――」
「フェリシアはともかくあちしは――」
フェリシアとあやめの視線がぶつかった。
「ケンカはダメだよ」
かこが間に割って入る。
「先輩が余計なこと言うから……」
「私のせいですの⁉」
「半分くらいはそうでしょう?」
波の合間に、少女達の声が響いた。午後の太陽は、空の青と、海の青とに明るい光を投げかける。
「静かなのもいいけど、騒がしいのもいいですね」
麻友は、波に揺られながら、かのこにそう言った。
かのこの視線の先では、とうとう水の掛け合いが始まっていた。
「――そうですね」
かのこは微笑んだ。
しかし直後、その顔に水が飛んできて、かのこは掛け合いに乱入していくのだった。
夕日が空を橙色に染めていた。
海水浴場から、予約していた旅館に戻る途中で、かのこ達は一休みしていた。
錆び付いたシャッターが下りた駄菓子屋。その前の自販機で、みんなはジュースを買って、暗くなっていく海を眺める。
心地よい疲労感が全身を包んでいた。
「かこちゃん達も、同じ旅館だったんですね」
麻友の方をかこは向く。
「はい。他に旅館が無いみたいで」
「言っては悪いですが、この町はだいぶ寂れてますからね」
まなかは駄菓子屋の色褪せた看板に視線をやる。どうやらこの店は、かなり前に潰れてしまったようであった。
「商店街も、全然、開いてねーしなー」
フェリシアが、左の方を見る。そちらには、誰もいないアーケード街が続いていた。
潮風が吹き抜けていく。遠くから、波の音が聞こえた。
「さっきから静かですけど、大丈夫ですか?」
かのこは、隣でシャッターに寄りかかる莉愛を見る。
「ちょっとはしゃぎ過ぎただけですわ。というか、私がいつもうるさいみたいな言い方ですわね」
「そんなことないです。阿見さんの周りは、賑やかで楽しいです」
かのこは、手にした缶ジュースを一口飲んだ。
「正直、ちょっと不安でした。誘われたとはいえ、私はまなかちゃんや梢さん程、阿見さんと関わりがあるわけじゃあないから。でも、今日は、そんなこと気にせず楽しめました」
莉愛は笑う。
「私は全然、気に留めませんわ。矢宵さんとは、同じ魔法少女で、同じ水名女学園で、同じように、夢を追っていると思っていますわ」
「夢……」
かのこは呟く。
「……そうですね! 私は一流のファッションデザイナーに――」
「私は一流のファッションモデルに。必ず、私達は辿り着いてみせますわ!」
莉愛はシャッターから背中を離し、しっかりと両足で地を踏みしめる。
かのこは「おー!」と言って、拳を天に突き上げる。
空の端では、一番星が瞬いていた。
「商店街へ探検に行こーよ!」
あやめがジュースを飲み終え、勢い良くアーケードの中へと駆け出していった。
「オレも行くぞ!」
「二人とも待ってくださーい!」
黄昏の町に、元気が満ちていった。
アーケードを抜けると、既に空には宵闇が広がっていた。
「旅館は、アーケード街の西口のすぐ裏手だから……」
莉愛はスマホで地図を確認すると、歩き出した。
みんなも莉愛に続き、潰れた店舗の裏側にぐるりと回る。するとそこには、こぢんまりとした和風の旅館があった。
受け付けを済ませ、それぞれの部屋に別れる。
「かこちゃん達は、一緒の部屋なんだね」
かのこの視線の先では、フェリシアとあやめが同じ部屋に入っていった。
「はい。ちょっとわくわくします」
「二人とも寝相悪そうだよね」
「実際、やちよさんとこのはさんから『寝相悪いから注意して』って言われてて」
かこは少し笑った。
「寝相の変化……。ひょっとして、それを活かせば、オシャレなパジャマのデザインが……!」
「そ、そんなことあるんですか……?」
かのこは手を顎にやって、少し考える。
「うーん……。まあ、今日は疲れたし、取り敢えず寝よう」
「そうですね。お休みなさい」
「お休みー」
かこは部屋に入っていった。かのこも自室に向かった。
風呂を済ませると、かのこは早々と布団に入った。
布団で寝ていると、昼間の、波にゆったりと揺られていた感覚が蘇ってくる。畳と蚊取り線香の匂いがする。
そのままかのこは、眠りへと落ちていった。
「――かのこさん、かのこさん」
「え、あ、な、何?」
私は辺りを見回す。川だった。頭上には青空が広がっていた。セミの声がどこからか聞こえる。
そして、私の隣には、環いろはがいた。私は河原に、彼女と並んで座っていた。二人で、素足を川の流れに浸していた。傍らには二組の、脱ぎ捨てられたソックスと靴があった。
「えっと、なんだっけ?」
蒸し暑い空気が肌に纏わりつく。足だけは涼しかった。記憶がはっきりしない。なんで私はここに……?
「聞きましたよ。ファッションデザイナーとして、デビューしたって。おめでとうございます」
いろはは微笑んだ。河面で冷やされた風が吹き抜けた。私達の髪が揺れる。
「え――⁉」
いろはは立ち上がる。
「何か、お祝いをしたいです。大したことはできないけど……」
――何かがおかしい。ファッションデザイナーになれたのも、いろはがそれを喜んでくれるのも、嬉しいけれども……。全てが、致命的に間違っているような……。
「どうかしましたか、かのこさん? ちょっとこっちに来てください」
いろはは、川の中を、向こう岸へと歩いていく。撥ねた水で、スカートの裾が濡れないだろうか、なんて思った。
よく分からないまま、私も立ち上がって、川を渡ろうとして……
「起きてください! かのこさん!」
かこちゃんの声がした。いつの間にか、彼女の手が私の腕を捉えていた。
――ああ、これは夢なんだ。
かのこが目を開くと、そこにはかこがいた。魔法少女に変身していた。
「そうだよね。私はまだ、デビューできてないし、いろはは自動浄化システムに……」
上体を起こす。
「かのこさんは、いろはさんを見たんですか?」
「かこちゃん、なんで私の部屋に? というか、かこちゃんも誰かを――」
「これは魔女の罠です! ソウルジェムを見てください」
かのこはソウルジェムを指輪から宝石状に変化させる。そこには、半分ほど穢れが溜まっていた。
「え、これ……⁉」
「同じようなことをする魔女に、私は遭ったことがあります。ちょうど去年の夏。私は終わらない夏休みの夢に閉じ込められていました。そこで、ソウルジェムにじわじわと穢れを溜めさせられて……」
かのこは頭を振って立ち上がる。
「他のみんなは……」
「今、あやめちゃんと起こして回っています。多分、夢に捕らえられています。私達もそうでしたから。……私の場合は、夢に出たのはねむちゃんでした……」
私は線路を歩いていました。レールは錆び付いていて、もう列車は通っていないようでした。私の前には、フェリシアちゃんとあやめちゃんが歩いています。そして、私の隣には、ねむちゃんがいました。
「こうして四人で線路を歩くのは『スタンド・バイ・ミー』を想起させるね」
ねむちゃんは、ゆったりとそう言いました。
「スティーヴン・キングですよね」
「そうだね。ホラー作家として有名だけれども、それ以外にも、色々と書いているんだ。映像化された作品も多いね」
打てば響くように返ってきます。
「『シャイニング』とか、有名ですよね。ドアの裂け目から顔が出るシーンで有名な」
「あのシーンだけ、やたらと有名になっている気がするけどね」
青い空では、白い入道雲が成長していっています。温度と湿度を含んだ風が、私達のスカートを揺らします。前からは、フェリシアちゃんとあやめちゃんがじゃれ合う声が聞こえます。
「こうして、ねむちゃんとお喋りできるのは嬉しいです。文学を愛する者同士、一度、話してみたいと思ってたけど……」
――あれ? 「けど」の後、私は何を続けようとしていたのでしょうか。というか、ねむちゃんは、普段は車椅子だったような……? そもそも、私達はなぜ線路を歩いているのでしょうか……?
「あっ!」
「ちょっ! フェリシア!」
何をどうしたのか、私の方にあやめちゃんの身体が飛んできました。
「えっ⁉」
私は避ける間も無く、衝突し、お腹に鈍痛が走って――
はっと目が覚めた。
「ねむちゃん……。私の、心残りだったのかな……?」
かこのお腹の上には、あやめの足が乗っていた。あやめに蹴られて、目が覚めたらしい。寝相が悪いというのは、本当だったようだ。
しかし、それよりも問題だったのは……。
「魔女、いえ、使い魔の反応!」
それも、間近だった。
あやめの足を退けて変身する。
使い魔は、浮き輪に足が生えたような姿をしていた。そして、その背中に、眠っているフェリシアを乗せていた。
「フェリシアちゃん⁉」
かこは得物の槍で、使い魔を突き刺そうとする。しかし、先端が到達するより早く、使い魔は網戸を突き破って、夜の街へと逃げていってしまう。
「フェリシアちゃん!」
フェリシアは連れ去られてしまった。
「ど、どうしよう……⁉」
一人で追いかけても危険だ。それに、他のみんなも、夢を見せられているかもしれない。
かこは手を握りしめる。そして、まずはあやめに声を掛けた。
「なるほど、そういうことが。私も、誰かを起こしにいくよ」
かのこは変身する。
「じゃあ、莉愛さんをお願いします。私は麻友さんを。まなかさんのところには、あやめちゃんが行っているので」
「分かったわ」
かのこは莉愛の部屋に向かう。
そこで見たものは、破られた網戸と、使い魔の魔力の残滓だった。
「遅かった――!」
「かのこ!」
あやめが入って来る。
「阿見先輩は……!」
まなかも一緒だった。
「ごめん。もうちょっと早く来ていれば……」
かこと麻友も集合する。
「かのこちゃんの所為じゃあないです。どうしようもないことです。それより、これからどうしますか……?」
麻友がみんなを見回す。
「二手に分かれましょう。フェリシアちゃんと莉愛さんを救出する組と、魔女本体を叩く組です」
かこの提案に、みんなは頷く。
「じゃあ、私は救出組に。私はスピード型だから、使い魔を追いかけるのなら任せて」
かのこは真っ先にそう言った。
「あちしも救出組に入るよ。あちしもスピードなら得意だし、それに、フェリシアはあちしが……!」
「残りは魔女本体組でいいんじゃないでしょうか」
まなかの言葉に、かこと麻友は同意する。
「けど、魔女はどこにいるんでしょう? 上手く魔力反応を隠しているみたいですけど……」
麻友はソウルジェムで探っていた。
「夢を見せる能力が、この旅館全体に、作用しているとなると、そんなに遠くにはいないと思いますけど……」
かこは首を捻る。
「とにかく、旅館の敷地を手当たり次第に探してみるしか無さそうですね」
まなかは部屋を走って出る。かこと麻友もそれに続くいた。
「私達も行くよ、あやめ!」
「了解!」
かのことあやめも、網戸の穴から飛び出していった。
魔力反応を追って、深夜の街をかのことあやめは走る。
暗かった。光は、月と、所々にある街灯だけだった。
「なんで使い魔はフェリシアを……!」
走りながら、あやめはそう呟く。
「推測だけど、夢に深く囚われた人を攫って、さらに追い詰めるためじゃあないかな」
もしも、ファッションデザイナーに成れたという虚構を受け入れて、いろはについて行ったら、かのこも使い魔に連れていかれていたかもしれない。
「深く囚われる……。……フェリシアの前からは、いろはも、ういもいなくなって……。あちしだって、もしもこのはと葉月がいなくなったら……」
フェリシアは、いろはとういの幻覚を見せられているのだろうか。
「あれ、じゃあなんで、私はいろはの幻を……?」
同じ神浜の魔法少女で、友人ではあったが、すごく深い関わりがあったわけではない。昼間に、自動浄化システムの話が出たからだろうか。
「かのこ、結界!」
路地裏に、それはあった。
「やあッ!」
あやめの斧が、空間を切り裂く。二人は魔女結界の中へと飛び込んだ。
「うわぁ。うじゃうじゃいる」
そんな言葉が、かのこの口を衝いて出た。
水色で満たされた、海底のような世界に、六本足の浮き輪がひしめいていた。
「奥に、フェリシア達の反応があるよ!」
あやめは斧を振り上げる。
「こいつらを突破しないとね」
かのこもレイピアを構え、態勢を低くする。
二人は息を合わせて、使い魔の中へと突撃していった。
――前に、ただ前に。一心に武器を振るった。
レイピアが使い魔を貫き、斧が道を切り開く。そして――
「フェリシア!」
遂に奥へと辿り着いた。あやめが、倒れているフェリシアに向けて、手を伸ばす。
「良かった……!」
「――!」
その刹那、かのこは、使い魔の飛ばしたゴム毬が、銃弾の如く、あやめへと飛んでくるのに気付いた。
「あやめ、危ない!」
かのこは咄嗟にあやめを庇う。ゴム毬はかのこの腹部に直撃した。
「ぐぅッ!」
かのこは膝を突く。
そこに、四方八方から、使い魔達が飛び掛かってくる。
「かのこ!」
あやめは、固有魔法「残す力」を使って、魔力の防壁を展開し、かのこと自身を守る。
「不味いよ……」
斧を握るあやめの手に、汗が滲む。
防壁には、使い魔達が群がっていた。ここで防壁を解除したら、一瞬で圧し潰されてしまう。
「まだ……私は……」
かのこは立ち上がろうとする。しかし、衝撃が身体に残っているようだった。
魔力には限りがある、いつまでも、防壁を維持はできない。
「やっとここまで辿り着いたのに……! フェリシアっ!」
あやめは、親友の名を叫ぶ。その眼から、一滴の涙が零れ落ちた。
――いただきまーす!
みんなで、手を合わせる。みかづき荘のみんなで。
「今日は、フェリシアの大好きな牛肉よ」
やちよがオレの方を見る。
「よっしゃー!」
「わたしが、最強の焼き加減に調整したからね!」
鶴乃がガッツポーズをする。
「サラダは私が作りました」
さなもそう言う。今日の料理当番は、さなだった。
そして――
「おいしいね、うい」
「うん。色んなタレがあるんだね」
ここには、いろはとういもいた。焼き肉を味わっていた。
みんな笑っていた。オレも笑っていた。
でもなんでだろう。何故か、気を抜くと、泣いてしまいそうな気がする。
――フェリシア!
「今、オレを呼ぶ声が……」
いろはは首を傾げる。
「何も聞こえなかったけど……?」
――フェリシアっ!
「やっぱり、呼ばれてる。きっとあやめだ。オレ、行かなくちゃ」
オレは立ち上がる。
「どうして、ずっと、ここにいていいんだよ」
ういが引き留めた。けれど――
「お前らは、いろはじゃあないし、ういじゃあない」
なんとなく、これが夢だって、分かっていた。
いろはが語りかけてくる。
「私達と一緒にいようよ。全部、忘れて、ずっとここに……。それとも、フェリシアちゃんは、私達と一緒にいたくないの?」
「そんなわけ、ねーだろ……! できることなら、いろはやういと、一緒にいてーよ!」
オレは叫ぶ。
「……でも、二人とも、もういない。オレ達みんなのために、ここを去ったんだ。だから、それを忘れて、無かったことにしちゃダメなんだ! オレはもう、無かったことにはしねーんだ!」
オレは変身していた。手には、いつものハンマーが握られていた。
オレはそれを振り下ろした。
「ウルトラグレートッ! ビッグハンマァァァアアアアッ!」
魔力が弾けた。紫色の光が、使い魔達を蹴散らす。
やがて、その光と、使い魔達は消えた。そしてそこには、フェリシアが立っていた。
「フェリシア! いつまで寝てんだよ!」
魔力の防壁を解除し、あやめはフェリシアに飛びつく。
「うおっ!」
フェリシアはあやめの身体を受け止める。
「あやめのおかげで、ばっちり目が覚めたぞ」
二人は少しの間、そのままでいた。
「――私も回復したわ。次は阿見さんだね」
かのこは立ち上がって、更に奥で倒れている莉愛の方に目を向ける。
フェリシアとあやめも、身体を離して、そちらを向く。
「起きてください、阿見さあああ――」
かのこは名前を呼びながら近付いて、しかし立ち止まる。
「不味いわ、この魔力は……!」
かのこは身構えた。
――そして、莉愛のドッペルは現れた。
その形状は、透き通った人型だった。頭部は無かった。絵画のように、額に囲われている。
「眠っている時間が長過ぎたんだ。穢れが溜まり切って……!」
かのこの頬を、汗が流れ落ちる。
ドッペルが変形する。より、美しい体付きへと。額は円くなり、そこから、後光のように白い光が発せられる。そして、その光の周囲に、無数の槍が出現した。
「あの槍、やちよのやつに似て……」
フェリシアが言い終わる前に、槍が射出された。
「やばッ!」
かのこは飛び退く。直後、そこに槍が降り注いだ。
「あちしが!」
あやめが防壁を再び展開し、フェリシアと、戻ってきたかのこを守る。
魔力の盾と、魔力の矛が衝突する。
暴風雨の如く叩き付けられる槍に、あやめは歯を食いしばる。
しかし、槍の数は無限とも思われるほどだった。一瞬にして、防壁にひびが入っていく。
「これくらい……! ワルプルギスの夜の攻撃にだって、耐えたんだから……!」
「無茶すんな、あやめ!」
「早くドッペルを解除しないと……!」
かのこはレイピアを握りしめる。
「オレが鶴乃からウワサを引き剝がした時に近いやり方で、解除できるって聞いたぞ」
「知ってるわ。コネクトで心を通わせ、ドッペルという『心の影』から『心の光』を助け出す」
かのこは、一つ深呼吸する。そして言った。
「私がコネクトするわ。きっと、阿見さんと心を通じ合わせられるはず!」
「この中なら、一番いけそうだけど、ホントに大丈夫か?」
フェリシアの瞳を、かのこは真っ直ぐ見つめ返す。
「どうにかする!」
あやめが呻くような声を出す。
「ごめん、そろそろ……」
防壁は崩れかけていた。矛盾する魔法は、矛が勝とうとしていた。
「わかった、あやめ。後は、オレとかのこに任せろ!」
フェリシアはハンマーを構える。
「よっとッ!」
かのこはハンマーの上に跳び乗る。フェリシアはハンマーを振った。それに合わせて、かのこはジャンプする。勢いよく、かのこは上空へと舞い上がった。莉愛のドッペルは地面にいるあやめ達を攻撃していたので、上に向けては槍を射出していない。
かのこはそのまま空中で体勢を変え、急降下する。落下地点には、地面に横たわる莉愛の身体があった。
「コネクト!」
かのこは手を伸ばした。
私はポーズを取った。有名ブランドの夏物の服に、私は身を包んでいる。フラッシュが瞬く。カメラマンも、監督も、誰もが、私に心奪われているのが分かる。この服も、私の美貌によって、更にその美しさが引き出されている。
「けれど、これでいいのかしら……」
薄々気付いていた。これが夢だって。
「いいのよ。ずっと眠っていて」
私が私に囁く。
「大丈夫。目が覚めなければ、永遠にこの夏は終わらないわ」
「だけど、これは……」
「ここでは、全てが思いのまま。私の望みは、なんでも叶う。目覚めてしまったら、何一つ保証の無い世界よ。何も叶わないかもしれない」
「確かにそうだけど……」
「大丈夫よ私。私に全てを委ねて。まるで、波に揺蕩うように――」
いっそ、それもいいかも知れない。
爪先から、私の身体はガラスのように透き通っていく。
「私はもっと美しくしてなれますわ。任せて……」
私の身体は透き通っていく。脚が、腰が、胴が、胸が、そして、この両手も――
「莉愛さぁぁぁぁああああん!」
私を呼ぶ声がした。
かのこさんが、私に手を差し伸べていた。
「かのこさん……! どうして……⁉」
「同じだから。私も莉愛さんも、同じように、夢を追っているから」
昼間の会話の記憶が蘇る。
「そして、私も、自分の夢のことで、迷うことがあるから」
「かのこさんも……?」
彼女は頷く。
「夢を持っている人なら、誰だって、きっとそう。だけど、どんなに迷っても、私は、眠って夢を見るんじゃあなくて、夢を抱いて現実を生きたい。先へと進みたい!」
「現実の世界は、思い通りにいかないかもしれないとしても……?」
かのこさんは、それでも、強く頷いた。
「だって、いろはの夢の向こう側に、私達は生きているから。いろはは夢を叶えた。私達みんなが、夢を叶えられる世界を創ってくれた。だから、私の手を取って! 夢は、一人で見るものじゃあないんだから!」
私は、かのこの手に触れる。透き通っていた身体が、指先から、色を付けていく。まるで、デザインされていくように。
「そうでしたわ。波に揺られていても、私達は手を繋いでいた」
私はかのこさんの手をぎゅっと握る。私の身体は、完全に色付いていた。
「今の私の姿、どうかしら?」
「いつも通り、世界一カワイイですよ」
「当然ですわ!」
私は、かのこさんと一緒に、一歩踏み出した――。
月曜日がやって来た。水名女学園で、青空の下、かのこと莉愛とまなかは、お弁当を食べていた。
「魔女を見つけ出すのが大変だったんですよ」
まなかが、昨日のことを振り返る。
「結局、どこにいたの?」
かのこが訊く。
「潰れた駄菓子屋の中でした。あの駄菓子屋、旅館のすぐ近くなんですよね」
旅館は、アーケード街の西口のすぐ裏手にある。そして、駄菓子屋で、海を見ていたフェリシアが左を向いた方に、アーケード街はあった。昼間は、海の方に太陽があり、また、神浜市から近いことも考えると、海は、南の方にある。つまり、駄菓子屋はアーケード街の西口にあるのである。かのこ達は、一旦、フェリシアとあやめを追って、アーケード街に入った後、戻ってきて、アーケード街から出て、旅館に行ったのである。
「魔女を斃してくれて助かったわ。救出組の方は、かなり疲弊していたから。かこちゃんと梢さんにも、お礼を言わないと」
かのこは、ドッペル解除の後、フェリシア以外、地面に倒れ伏していた光景を思い出す。
「今回の件では、みなさんに随分と助けられましたわ。特に、矢宵さんには」
莉愛は、自身の白い手に視線をやる。そこにはまだ少し、温かさが残っているような気がした。
「珍しく殊勝な態度ですね」
「珍しくとはなんですの⁉」
まなかがさらりと毒を吐く。
「何かお礼がしたいですわ」
「あ、それなら……」
かのこは、スケッチブックを見せる。
「じゃーん。寝相によってオシャレになるデザインのパジャマです。是非、阿見さんに着てみて欲しくて」
「……この肩のやつは何かしら……?」
「スギヒラタケです。昔は東北地方で食べられていたんですけど、実は毒キノコだということが二〇〇四年に発覚して、今では禁止なんですよ」
莉愛は沈黙した。何故スギヒラタケなのかを一瞬考え、分かるわけが無いと考えるのをやめた。
「かこちゃんとの会話から、ヒントを得たんですよ」
かのこは笑顔だった。莉愛は天に向かって叫ぶ。
「夏目かこぉおおおおおお!」
一方、その頃、神浜市立大学附属学校にいたかこは、首を傾げた。
「あれ、何故か今、とばっちりを受けたような感覚が……?」
神浜市の上に広がる夏空は、どこまでも続いていた。
おしまい