エルデンクエスト   作:凍り灯

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青い木蔭

 

 

 

 

 

「おお…なんとも懐かしい気配…あなたはもしや、メリディアン様の縁者ですね?」

 

────(なか)ば諦めていたことだった。古い時代、母を知る人物と会えることを。

 

鏡を張り合わせた不思議な兜をすっぽり被ったトロルの老人。ブライヴが古くから世話になってるという鍛冶師である彼は"イジー"と名乗り…そしてメリディアンにとって重大な言葉を溢したのだ。

 

「イジ爺…どういうことだ…?」

 

…そう言えばブライヴにはまだ言っていなかったな、と気が付くメリディアン。結びの教会にいなかったブライヴは彼の詳しい出自────覚えている限りでしかないが────を聞けていない。

 

「ふむ…その様子、ブライヴにはまだ伝えていなかったようですね」

「ちょうど彼がいない間に話してしまってな…どうにも、言った気になっていた…すまない。だがまずは紹介だけ済まさせてくれ」

 

共に歩むメリナ、アレキサンダー、トレントを順にイジーに紹介し、自身は記憶も名も失くし、メリディアンという、母の名を名乗っていること。今回ここに来たのはブライヴの仕事を手伝うためだということを簡単に伝えた。

 

ブライヴはそこで思い出す。

 

メリディアンという名前、最初彼と会った時に聞き覚えがあったような気がしていた。一体、それをどこで聞いたのかわからずにそのまま忘れてしまっていたが…まさに、目の前のイジ爺その人からだったのだ────(はる)か昔の話、巨人戦争、その後の"黄金樹の時代の始まり"…その()()の話。

 

「慣れ合わぬ男が、珍しいこともあるものだと思っていたところですよ。しかし成程…()()()()()()納得がいくものです」

「よしてくれ、イジ爺」

「私であれば…とは?」

「ああ、勘違いなさらないで下さい。私は貴方を知るわけではありません。…かつて我々トロルは女王マリカのためにあの遥か高い"山嶺(さんれい)"で戦い、その縁を持つことになりました。ですが、私は後に古い約定のためにレナラ様のもとへ麾下(きか)した身であるからして、長く黄金の(ふもと)にいたわけではないのです」

「では母は、母の血筋とは、それ程イジー殿の信頼に、長い年月が過ぎ去った今でも足る存在だったと」

「ええ。間違いなく」

 

確信、している。

 

妄信ですらあるそれは、しかし危うさは見られない。何がそれ程までに…

語った言葉が全てかはわからない。ブライヴすら、イジー殿のその様子に困惑しているとは言え、それを問答するには、今は間が悪いか。

 

聞きたいことはたくさんある、だが彼らの主を待たせるわけにもいくまい。ブライヴもまたそれは同じで、好奇心の目をそのままに、今はこれ以上追及する気はないようだ。

 

後ろ髪を引かれならもメリディアンたちは鎮座する城館へと、ブライヴの先導の元、歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

「────レアルカリアの学院が王家を裏切った時、カッコウの騎士どもはここを襲撃した」

 

奇妙な、人の手指のような姿をした"ユビムシ"。床より飛び出す魔法の槍の罠、突如として姿を現す騎士の霊体。それらを全て何事もなく横切っていく。

おお!と感動して近づいていくアレキサンダーをなんとか引っ張りつつ。

 

「不意を突かれたとはいえ、カーリア王家の力はそこまで生温くはなかった。結局卑劣な騎士どもは尻尾を巻いて逃げ出したが…そこで使われた魔術の罠が残ってしまったのさ」

 

身体を休める狼の群れを抜け、イジーと同じトロルの騎士に頭を下げつつ大階段を登る。すぐ側には、異端である"ラズリ"の教室に学んだとは言え、対立しているはずのレアルカリアの学徒までがそこにはいた。

 

「…というのは方便だ。実際にはそのまま侵入者に対する迎撃の罠として使っているに過ぎない」

()()()()()()()()()…ということか」

「そうだ。城の奥にいる存在を気取らせないための、子供騙しのようなものさ…だが、カッコウの騎士を徹底的に叩きのめした()()は確かに効果があったぞ」

 

おかげで破砕戦争最中の混乱の中でも誰も近づきやしなかった、とはブライヴ。近づいたとしても、皆等しく(しかばね)になったと。

 

階段を登りきった先、円を囲うように幾つも椅子が並べられた水の張られた大広場。そこに(たたず)む軍馬に(またが)った長身の騎士の霊体をも通り過ぎ、ブライヴは城の裏手、最も高い立地へと彼らを連れていく。

なんとその先、目的地の手前には飛竜をも待ち構えているではないか!それもまた、素通りだ。

 

ブライヴの主は、それ程の器の持ち主か…それともイジーの語ったカーリア王家の"盟約"のおかげか…

どちらにせよ、それ相応の人物なのは間違いない。

 

程なくして狼たちが守護する、幾つかある"魔術師塔"の一つへと辿り着く。そこは薄い霧で覆われ、辺りに生え散らばる青い結晶の光を淡く、ぼんやりと浮き立たせている場所。

鈴虫の羽音にも聞こえる、静かな軽い金属音のような音色がどこからか流れるここは不思議な心地よさが(ただよ)っていた。

 

光の当たらない場所、眩しすぎる陽光から身を隠すための木蔭(こかげ)。そんな場所だ。

 

メリディアンは来たことがあるはずないのに、どうにも懐かしい気持ちになる。

メリナもまた、似たような感覚を味わっていた。しかしメリディアンのそれとは少し理由が変わっている。懐かしさを感じるのは、この場所の雰囲気ではなく…塔の最上階にいるであろう人物の気配からだ。

 

何かが分かるかもしれない。そんな予感を胸に抱いてメリナは塔を見上げる。

アレキサンダーはいつのまにか飛竜に「貴公、良い飛竜だな!」と話しかけて…だるそうに"輝石竜アデューラ"に足で転がされていた。

 

どかり、とブライヴが狼のたむろする階段へと腰かける。彼は寄ってきた狼たちを無視しながら、メリディアンの暗く青い両目を見上げた。

 

「俺はここまでだ…後は、アレキサンダー…はあのままでいいか。お前たち二人が話をつけてこい」

「…いいのか?お前もいかなくて」

「言ったろう、信頼できると…それに、俺なんぞいなくとも、"ラニ"は十分身を守れる」

 

 

"ラニ"

 

 

それがブライヴの主の名前…主にしては気安いな、とは思いつつも、主従関係は人によってそれぞれなのだから気にするところではない。それにメリディアンの予想が正しければ彼らは"神人"と"影獣"の関係。

ただの主従とは、言えないだろう。

 

"大いなる意思"より神人として定められた者に与えられる影獣。それが半狼。

そうなれば必然的に、ブライヴの主がどのような存在かなど明確である。

 

「…」

「行こうか」

 

ここで問答をすることに、今は意味がない。

それをわかっていたメリナも黙ってメリディアンの後について塔の中へと入っていく。

 

やがて誰にも声を聴かれないところまで進んだ時に、彼女は口を開いた…しかし、珍しく歯切れが悪い。

 

「月の王女ラニは────」

「うん?」

「どうして大ルーンを捨てたのだろうか」

 

円卓の百智卿、ギデオンは語った。デミゴッドであるラニは大ルーンを捨てたのだと。

 

故にエルデの王を目指さんとする円卓からは大ルーンを持たないがために標的として除外されている存在、それが女王レナラの娘、ラニ。

 

ブライヴのレナラへの態度もこれで説明が付いた。悪く言えるはずもあるまい。

それとレアルカリアへの罵詈雑言(ばりぞうごん)も納得である。

 

「大ルーンを捨てた理由か…もし、いつか聞くことが出来るならば、そうしてみよう」

 

ここはデミゴッドの一人、ラニの領域。大ルーンを捨てたとはいえ、一線を(かく)す存在だ。

メリナの疑問も何か理由があるのだろうが、それをこの場で推察することは畏れ多い。まずは、会って話さないことには、どうなるかメリディアンにも、そしてブライヴにもわからないのだから。

 

────けれどもメリディアンにもラニという存在に、一つ気になることがあった…が、これもまた全ては顔を合わせてからだと、一先ず心の中に仕舞うのだ。

 

最上階はすぐ目の前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────以前お話しした、黒き刃の"陰謀の夜"…

その実行犯は、永遠の都の末裔(まつえい)たる、暗殺者だと言われています。

 

────…"黄金のゴッドウィン"を亡き者にした凶刃の夜のことだったか。…しかし、永遠の都?

 

────あぁ、これは失礼しました。永遠の都とは、太古の昔に地下深くに滅ぼされたと言われている都です。

 

────その暗殺者たちは姿隠しの衣を(まと)い、銀の鎧に身を包んだ、女性ばかりの一団であったと…そして彼女たちの武器、黒き刃には、儀式により"死のルーン"の力が宿っていたと。…お願いです。"それ"を私に、一時預けて頂けませんか?

 

 

"黒き刃の刻印"

 

 

リエーニエの端、偶然立ち寄った地下墓でもって見つけた刻印。ロジェールはそれをメリディアンに求めていた。

ブライヴとの合流を控えていたメリディアンたちは、その地下墓に深入りするつもりは本当はなかった。しかし、グラングより預けられた"獣の瞳"が震え、ここに"死の根"が存在することを感知。ゆえに約束した協力のためにと最深部まで足を運ぶことになる。

 

そこでロジェールの言う暗殺者、黒き刃の刺客を打倒し、これを手に入れたのだ。

 

デミゴッドを殺すために必要な"死のルーン"、しかしその力を宿すためには、それなりの儀式が必要なのだという。

そして儀式の刻印はその主の痕跡を、どこかに必ず残す。これを調べれば、きっとあの夜の主犯がわかるはずだと。

 

メリディアンはロジェールにそれを預け…

 

 

────…やあ、貴方。お待ちしていました。

調べは終わりました。この刻印はお返しします。

 

────もういいのか?

 

────ええ。何分、最早ここから動けない身ですから、随分と調べるのに集中させてもらいましたよ。学者を目指すのを諦めた身ですが、久々に昔に戻った気分で悪くない。

…それに、儀式の主、つまりは陰謀の夜の主犯も、見当がつきましたよ。

 

 

"月の王女ラニ"

 

 

────王配ラダゴンと最初の妻レナラの、子供たちの一人。将軍ラダーン、法務官ライカードの兄妹たるデミゴッド。

刻印には、彼女の名が隠されていたのです。

 

ロジェールは言う。

 

"運命の死の呪痕(じゅこん)"と呼ばれるものがラニの身体に刻まれているはず。それを手に入れてはくれないかと。そうすれば、追い求めていた答えがわかるかもしれない。ロジェールはそう、静かに、けれども(たぎ)る瞳で言うのだ

 

さらに続けて言う。"死に生きる者たち"、Dなどに言わせれば、その存在すら許されぬ(けが)れた者たち。ロジェールはその動けない身体を揺らしながら、彼らを救いたいのだと語る。

懸命に生き、その結果黄金律から外れてしまっただけの哀れな存在。

 

呪痕こそが、救いための一手になる。彼は、そう確信していた。

 

 

────死に生きる者たち。

 

肉体を失い、魂だけとなった者。"霊体"、"遺灰"もまたそれらの一つ。他にも一例ではあるが、一度砕いた程度では死ぬことのないスケルトンたちもまた。

ロジェールが語るには、律の傷に触れてしまったことで彼らは生まれたという。

 

"律の傷"…それはエルデンリングが砕かれたことを指すのだろうかとメリディアンは考える。

 

砕かれたエルデンリング、砕かれた黄金律。その隙間から滲み出してきた"死"。各地に芽吹いた"死の根"…グラングはメリディアンに言葉少なに"それこそが死に生きる者たちを生み出す源"だと語った。その言葉を鵜吞(うの)みにするならば、何らかの理由で芽吹いた死の根に触れた者こそが死に生きる者たち…?

 

それがロジェールの言う、陰謀の夜に盗まれた"死のルーン"とやらのせいなのかはわからない。

 

…だが、であれば霊魂の宿った"遺灰"、そしてメリナのような身体を失った者たちは、何なのだろうか?全てが死の根に触れた存在なのだろうか?

 

違う。

 

疑問の中、メリディアンはかつての掠れ切った古い記憶を思い出す。

 

ほんの僅かだが、覚えている。

 

 

()()()()は、霊を扱った。

 

 

エルデンリングの砕けが死に生きる者たちを生み出したわけではない。それは助長させただけだ。そうだ、いたはずなのだ。霊魂だけの存在、霊体となって生き続けた存在。

 

()()()()()()()()()()()()。彼は、()()()()()()()()()()

 

黄金律は律の支配下の"生"と"死"を律している。"還樹"という習わしがそれだ。死んだ者を地下墓地へと運び、"樹根"を通じて黄金樹へと還すこと、それこそが正しい死だったと、当時の概念はさしものメリディアンも覚えている。

 

しかし、黄金律の元でも、黄金樹に還れない者たち、或いは還る事の出来ない者たちがいたはずだ。

"律の傷"、それはおそらく、最初からずっとあった。律の砕けにより大きくなったに過ぎない。

 

────自らの前に立った邪魔者の多くを排除したマリカ様は対して、彼らを虐げていたわけではなかったはずだ。いや、むしろ、愛おしくすら思っていた、そんな覚えがある。

 

 

何故?

 

 

思い出せない。

…思い出す出さない以前に、メリディアンがそもそも知らなかったことなのかもしれないのだが。

 

けれど、メリディアンはメリナとの会話で一つ確信している。

その背景には、自分の母という存在が少なからず影響していたということを。

 

ロジェールは彼らを救いたいと言った。

彼らを、死に生きる者たちを────その願いは、またメリディアンの使命にもある種、通ずるものがあった。

彼にとっても、ロジェールの願いは有益になるかもしれない。

 

 

…しかしメリディアンは呪痕の入手に難色を示した。

 

 

「────ロジェール。出来得る限りの協力はしよう…だが、君の言う月の王女ラニ、彼女が拒んだ場合は、それを保証できない」

「…陰謀の夜の主犯、エルデンリングを砕く要因となった彼女を、何故庇うのですか?今の世界の在り様も、彼女のせいかもしれませんよ?」

 

それは責めていたわけではなかった。純粋な疑問、デミゴッドを殺し奪う褪せ人らしからぬ発言への…興味。

ロジェールの言葉に一瞬、メリディアンは迷ったが、しかと、正面から言葉を返した。

 

「私の仲間が、その王女ラニの臣下の可能性が高い。彼もまた大事な仲間だ…出来得る限りはする、けれどもすまない…天秤には、かけられない」

 

メリディアンは嘘偽りなく答える。

 

ブライヴがカーリア王家の者だと聞く前から、メリディアンとメリナはブライヴの所属に当たりをつけていた。影獣は神人と共にいる者。必然、選択肢は絞られ、ブライヴのレアルカリアへの態度などからおおよそだが推測できていたのだ。

ブライヴもまた、ある程度心を許した者たちには分かり易い男なのだ。やはり似たもの同士…という感想はメリナの心にそっと仕舞われた。

 

だからこそ、確約は出来ない。

 

ブライヴは仲間だ。いずれ道を別つとしても、裏切ることは出来ない。契約という関係でしかないが、メリディアンは誠実でありたかった。

 

その壊れた世界で久しく見ることのなかった在り様に、ロジェールは目を細める。

 

忠誠でもない、信仰でもない。魅入られたようなドロリとした(おぞ)ましさもない。執念すらも感じない。例えるならば狭間の地で見ることのできない真っ青な青空のような、純粋で、また平坦。それは混沌としたこの世界から見ればいっそ無機質ですらある。

 

誰もが何かに縋っているというのに、これは異常だった。ロジェールはメリディアンのそれを、身震いしてしまうような異質なものに感じる。

あぁ、けれども褪せ人はあらゆる場所からこの狭間の地へと流れ着いている。文化の違い、信仰の違い、社会思想の違い、そして時代すらも。

 

であるならば彼のような人も、きっとどこかにいたのだろう。或いは、自分がとうの昔に忘れてしまっただけなのだろうか?

それを思い出すには、あまりに失い(死に)過ぎた。

 

────彼は一体、どのような場所で生きてきたのでしょうね

 

「あなたは眩しい人ですね…少し怖いほどだ」

 

自身の発した言葉の後に、ロジェールは気が付く。あぁそうか、だから私も彼につい、こんなことを頼んでしまっていたのか。

 

Dが彼にグラングを紹介したことをロジェールは不思議に思っていたが、ようやく彼も理解する。その何者でも横に立つことを許してしまいそうな、彼の人懐っこさというべきなのだろうか。それに当てられたのかもしれない。

裏表のない純粋さ、しかし引き際は心得ているところがまた上手い。

 

────かつて黄金律が、対立する理をすら受け入れる、寛容(かんよう)なものであったという。

それが砕け、歪み、修復が必要となった今こそ…こうした在り様が重要、なのかもしれない。

 

ロジェールはかつて黄金樹と満月が交わった奇跡を思い浮かべながら、そう、思うのだ。だからこそ、少し残念でならない。それは彼もまた、自分と同じようにDとは決して相入れない在り方だったからだ。ロジェールが追い求めているものとは、元々そういうものであった。

 

願わくば、メリディアンとは相対(あいたい)せずにいたいと、思わずにはいられない。

そしてメリディアンが自身にとっての吉報を持って戻ることを少しだけ期待するのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…久しぶりだな。あの時は、確かレナと名乗っていたか」

 

ブライヴ、アレキサンダーの二人と出会う前、カーレのいた廃教会、とある夜にメリディアンは彼女と出会っていた。

 

異端の魔術師を示す尖り帽。雪のような冷たい色のローブとスカート。灰銀の毛皮のマント。しかし何より特徴的なのは彼女自身の身体────それは少女人形であった。

身につけた装束と同じ冷たい青い肌、四本の腕。目はメリディアンと似た青色だが、こちらは青く輝いている。まるで祝福を持った瞳のように。

 

また彼女の右目は閉じられ…何かと()()()()()()ようだ。それ以上のことはメリディアンにはわからない。

 

…思えば、あの夜はまだメリナが今のように表に出ていることが少なかったために、彼女たちは互いに顔を突き合わせるのは今回が初めてとなる。

そのメリナは、ラニの装束に、どこか既視感があるようだが…

 

「トレントも息災のようで何よりだが、褪せ人よ、何ゆえその名を名乗る…ふむ、顔まで()()だとはな…思っているより(ゆかり)ある者らしい」

 

メリディアンは無礼のないようにと、普段の騎士兜は外され、小脇に抱えていた。弓はブライヴに預けており、そんな大事なものを任せるなと小言を言われていたり。それは蛇足だ。

 

枯れ葉色の頭髪は、前髪を後ろに撫で付け後ろで結ぶ総髪にすることで顔はよりよく見えるようになっている。その顔を見てのこの発言。ラニは、イジーと同じくやはりメリディアンの母を知っているようだ。

ブライヴに事前に自身の過去を話すことが出来ていなかったため、ラニもまたメリディアンとその母の関係を知らぬのだろう。

 

────もしかすれば母のことを知ることが出来るかもしれない。

 

そんな想いに(ふた)をし、(うやうや)しく片膝を突く。

 

メリナは、何かを思い出すかのように少しだけ眉間に(しわ)を寄せていたが、メリディアンの(かしこ)まった所作に、一瞬、悩んだものの後に続こうとした。

 

それを止めたのはラニだ。

 

四本ある腕の一つをメリナの顔へと向け、待ったをかける。ラニは枯れ葉色を見下ろしながら呆れながら口を開く。

 

「片膝を突くか。される義理などないと思うが?」

「エレの教会にてお会いしました時、無礼を働きました」

 

────そう言えばこいつ、話しかけたのに調理に夢中でしばらく気づきもしなかったな…

 

そうなのである。

すり鉢で、ソースためにと木の実をごりごりすり潰していたのだ。カーレが苦情を言いに来るぐらい意外と大きな音がするものだから、聞こえなかったのである。おまけに兜まで被ったままだった!常在戦場!しかも鼻歌まで歌っていた!常在、戦場…?そもそもそこまでして声に気が付かない時点でダメであろうに。

 

メリディアンはそんな中で、五回目くらいまで自分を呼ぶ声に気が付かないとくる始末。

なんとかして彼の耳に届いた時にはややイラついた呼びかけになっていて、その時も謝りはしたが、改めて謝らないと色々と申し訳が立たない。

 

メリディアンにも言い分はあるにはあるのだ。

メリナからトレントを預けられ、その上でトレントの引っ提げた荷物に()()()調理道具なんぞが入っていたものだったから浮かれていたのである。

 

しかも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その時のことを思い出してメリディアンは居た(たま)れない気持ちになる。

あれ以降、そういった不注意をなくすように気をつけるようになったのは良い…良いのだが、つまり、よりによって一番気を抜いていたタイミングでの出会いだった。今となっては冷や汗もの。

 

そういった謝罪半分、だが同時に、彼のかつての立場からしてもこれは至極当然の行動でもある。

 

ゴッドフレイが従えた騎士の一人、それが彼だ。王の敵は黄金律の敵。その敵を打ち砕く斧。そしてデミゴッドを守るための盾でもある。

とはいえゴッドフレイ諸共メリディアンが追放された後、ラダゴンが女王マリカの王配となった時に外戚(がいせき)としてデミゴッドとなったのがレナラの子であるラニら兄妹。彼がまだ王都にいた当時は、言ってしまえば守るべき対象ではなかった。

 

今、見捨てられたとはいえ、彼女もマリカの子、デミゴッドである。であるならばと、メリディアンはかつての自分に(なら)うことを選択した。…いや、どうやら選択の背景には他にも理由はあるようだが…

 

────その様子から、ラニはメリディアンの内心を看破する。

おおかた申し訳なさと、騎士時代の精神が抜けきっていないらしい、と。大当たりである。

 

「…ブライヴから聞いた通り、妙なとこで律儀な男だ。分かり易い男というのも、それもまた、その通りだな」

 

────あいつ(ブライヴ)全部言いやがったな…否定できない…!

 

メリディアンは以前よりしっかりと、なんか色々自分が分かり易い男であると自覚があった。とはいえ、言われて何も思わないかと言われれば別である。

出会う前から内申点低めなのでは…?少し焦るメリディアン。

 

しかしラニはそんなことはどうでもよい。大事なのは、質問の答えだ。メリディアンもそれを忘れたわけではない。

改めて謝罪の意を伝え、メリナのことを軽く紹介した後に、自身のことについて話せば、ラニはメリディアンから見た限り、ではあるが大して驚くことなく受け入れた。

 

「────母…なるほど、ブライヴは思っていたよりも面白いやつを連れてきたらしい。あいつの嗅覚も、血肉(食料)ばかりを嗅ぎ取るだけではなかったか…」

 

メリディアンの脳裏に「ラニ、頼むからよしてくれ」と苦言を挟むしかめっ面のブライヴが現れては消えた。

 

「では"メリディアンの子"よ。お前はブライヴと契約し、そしてそのためにあいつの仕事を手伝う、それはつまり私からの命令を聞くことに他ならない。…その意味を、理解した上でここにいるのか?────かつて"死"を盗み、今も"暗き路"を探している…そしていつか、私は全てを裏切り、全てを棄てるだろう…お前が続こうとする道もまた、その夜に(まみ)れることになるやもしれない。お前と、そしてお前の仲間たちは、それを承知でこの魔女に寄与(きよ)することを(いと)わなというのか?」

 

重苦しく身にのしかかるわけでもなく、むしろ夜の闇に微睡(まどろ)むような安らぎと畏れを感じる声色だった。陽の高い刻、木々の暗がりにある安息と不安を幻視するような。

 

メリディアンはそれに覚えがあった。

記憶はない。()()()()()()()。その曖昧な感覚を頼りに、メリディアンは(かす)かに、かつて自分が同じ"月"を見たのだろう、ということを理解する。

 

メリディアンは王女ラニと出会っていた。どこかで。

 

けれどもこの様子だと彼女すらも、私を覚えていない。それが古すぎるからなのか、別の理由なのかはわからない。この奇妙な感覚を、彼は無視しようとして、出来なかった。

幼子の成長を喜ぶような、あまりに不敬な感情が自分の内から(こぼ)れだしたのに、驚いてしまって。

 

────メリナもまた、塔の入り口で感じた懐かしさを改めて噛みしめる。懐かしい、けれども恐らくそれはメリディアンのそれとは違い、"自分"の記憶ではない。

 

夢の"彼女"────"女王マリカ"のものなのだろう。

 

懐かしさ、それは具体的なようで抽象的だ。彼女(マリカ)が抱いていた感情が喜びなのか、怒りなのか、哀しみなのか、或いは後悔なのかすらわからないのだ。

今はそれを探ることはしない。メリナはもう、それに振り回されるつもりなどないのだ。求めているのは、あるはずの"使命"、それはずっと変わらない。

 

それでも自分のものでもない一抹(いちまつ)懐旧(かいきゅう)から、メリディアン同様に目を背けることは出来ないでいた。

 

そしてそんな感情を向けられたラニは、困惑する。

 

覚悟を問うた。

両者から返ってきたのは親しみに近い"何か"。だが、それを以ってラニは確信するのだ。

 

 

────やはり、これは運命か。

 

 

────かつてトレントの"古い主"がラニに託した"霊喚びの鈴"は彼女には必要のないものだった。それがなくとも、彼女は霊体を呼び出すことぐらいはできる技術を持っている。

それがわざわざラニに預けられていたのは、"トレントが選んだ者にこれを託して欲しい"と頼まれていたからにすぎない。

その"古い主"は、自身が動くことすら出来なくなり、ラニに託すしか鈴を渡す方法がないということをわかっていたからだろう。

 

かくしてトレントは選んだ。だからラニはあの夜、メリディアンに鈴を渡しに一度だけ姿を現した。

 

そしてここまで連れてきた。メリディアンの子を。

 

加えてメリナという────トレントと共に彼を見つけた…曰く指巫女のようなものとブライヴからの聞いていたが…見て、理解した。

 

こいつらが()()()か。

 

おそらくこれを仕込んだ"彼女"はまだ手は残しているだろうが…成程、誰も王になれないわけだ。"種火"がここにあるということは、つまり使わなければいけない状況が起こると読んでいたからこそ。

そしておそらく、()()が起こってしまっていた。だから、今の今まで誰も王になれなかった。そもそもの資格がなかったからだ。()()()()()()()()()()()()

 

この二人は、出会うべくして出会った。その二人がここへ来た。

運命と言わずして、これをなんと呼べばいいのか。

"彼女"が揃えた、運命。

 

なればこそラニは、それを手繰り寄せなければならないだろう。

自身の悲願を叶えるために。自身のそうあれかしと思う"(世界)"のために。自身の家族のために。そして少し(しゃく)だが、託された"彼女"の願いのために。

 

既に、ラニはメリディアンたちを取り入れることを決めていた。

彼の返事を、聞くまでもなく。

 

「仕えましょう、貴方に。ブライヴへの義理もありますが…何より彼の力になりたい。…私は王都ローデイル、かつてのゴッドフレイの治世の元、黄金樹の騎士団に叙された騎士の一人。名も記憶も失いましたが、この身に宿る使命の元、彼と共に歩むことをお許しいただきたい。私には、彼が必要です。ゆえに貴方に慇懃無礼(いんぎんぶれい)な忠誠を誓うことをお許しください」

「正直者め、お前は奇人だな。…まぁ、私にはそれくらいが良い。いいだろう、ブライヴを使うと言うならばこちらもそれ相応のことを期待している。上辺の忠誠を後悔せぬことだな、運命に導かれし褪せ人よ」

 

ああ、逃がしやしないとも。

最後まで、付き合ってもらおう。道を別つその時まで。

こいつらは私のための餌でもあるのだろう?そうなのだろう?この奇妙な運命を仕込んだ女王マリカよ。

 

…全く、回りくどいことをしてくれる。

だが、それは今更だったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみにお前は何ができる?」

「ハープが弾けます」

「それはどうでもいい」

「そんな…団内ではそれなりに有名だったんですよ…?」

「騎士としての武勲(ぶくん)で、じゃないのか」

 

 

 

 

 

「────ハープか…そうか、お前は本当に、母親そっくりだよ」

 

さっきまではなかった、暗い重みがそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









まずは皆様に多大な感謝を。

怒涛の大量のお気に入り登録と感想と謎の高ランキングに「?????」状態でしたが、すごい嬉しいのも間違いありません。変に張り切り過ぎないように注意しつつ、期待に応えられるよう努力いたします。

加えて、多くの誤字報告ありがとうござます!多いということは間違えまくっているということ。
漢字にルビ打ってるのにこの体たらくで恥ずかしい限りです…何度も読み返してこれなのでまたかなりやらかすでしょうが、寛容な心でもってお許しくだされ。


え〜それでなのですが、全部書き終わってから出すね!と言った手前あれなのですが、まだ全て書き終えていません。…加えて25話くらいで終わると言ったな?あれは嘘になった。ウワァァァァァァァァ
今回18話まで書き上げたのですが、ええ、終わりません。全然。多分10話くらい伸びます。単純に、私の見積もりが甘かっただけですね…あんまり長々とやることが良いとは思っていないのですが、皆様我慢強くお付き合いくださると嬉しいです。短くするようには努力いたします。
次話は明日に出せないかもです。


感想等いただけると、とても励みになりますので、なんかとんでもないことにはなりましたが変わらずいただけると私も嬉しいです!
DLCの話には気をつけつつ、お気軽にどうぞー。

ちなみに、以前あとがきで言いました着想の元となった曲…とは違うのですが、あえてOP曲てきなものを一曲あげるならば「日食なつこ」氏の「hunch_A」です。
霊気流でなんもかんも巻き上げられながら走ってるイメージですね。聞かなくていいけど…なんだ…聞いてね!(布教)


今回は話が長いのと、複雑なとこもあるのでいつもよりまとめよりな感じで下に書いておきます。


■メリディアン
思わぬ形で母の情報が得られそうになっている。
しかし自身の過去のことよりも、優先すべきものがある。それは履き違えない。
ロジェールが目指すものに共感はあるために、力にはなってあげたいが、それでブライヴとの関係を断ち切るようなことになるならば、それ以上は踏み込めない。
メリディアンは"律の傷"が死に生きる者を増やしたと考えている。
ラニに奇妙な感覚を覚えてしまい、自身でも困惑している。いつかどこかで、出会っていた…?


■メリナ
メリディアン同様にラニに奇妙な感覚を覚えているが、それが夢の主、マリカ由来だとわかっている。もう混同することはないが、それでも溢れる感情に蓋は出来ない。

メリディアンが暗い道をゆくことを、止めるつもりはない。止める権利も、記憶もないのだから。


■ブライヴ
家族から「うちのこ子がね~」される半狼。気まずい。
きっとメリディアンはラニに受け入れられる。そうだと良い。

メリディアンの名前を、かつてイジーから聞いたことがあったのを思い出した。ほとんど語り継がれることのない、"黄金樹の時代"の始まり、その犠牲の話。


■アレキサンダー
色んな戦士がいて楽しい壺。
今回はあまり出番がなかった。


■イジー
メリディアンの母を知っている。
巨人戦争以前から知っているらしく、しかし面識がないはずのメリディアン(子)を信頼しているようだが…?


■ロジェール
円卓で動くこともままならなくなってしまったが、それでも"黒き刃の陰謀"を探っていた。
死に生きる者たちを救いたいと思っており、しかしそれはかつての友であるDとは対立する道なのを憂いている。
意図せずメリディアンが黒き刃の刻印を手に入れたことで、陰謀の夜の主犯がラニということを突き止めた。

メリディアンがこの世界において異質なのだと感じたが、同時にそれこそが必要なのかもしれないと思い至る。


■トレント
"torrent"とは"激しい流れ"を意味する。
かつてはマリカの霊馬、今はメリディアンの…いやほぼメリナが乗ってるやん。
彼と知古であった可能性が出てきた。なんとメリディアンが昔扱っていたハープボウなどまで持っていた。

選んだのも運命だったのかもしれない。或いは、運命の運び手。


■ラニ
イジーのようにメリディアンのことを知っていたらしいが、それ以上はまだメリメリコンビニはわからない。
メリディアンとメリナ、この二人に運命を感じている。それがマリカによって作られた運命だとしても、手放しやしない。
少なくとも、彼らがブライヴと共に行く間は。



-トロルの騎士剣-

女王が、盟約の友と呼んだ彼らは
正式なカーリア騎士であり
人の騎士と共に剣を掲げたという


-ラズリの輝石頭-

ラズリの教室に学ぶ者は
カーリアの魔術を修めんとし
月を星と同等に見る、異端である


-アデューラの月の剣-

魔術師喰らいのアデューラは
月の王女ラニに敗れ、騎士として
その暗月に忠誠を誓っていた


-百智卿、ギデオン=オーフニールのセリフより抜粋-

円卓は、居場所を探り続けているのだ
大ルーンを棄てたとされる、ラニ以外の3人の居場所をな


-黒き刃の刻印-

陰謀の夜、何者かが
黒き剣のマリケスから死のルーンの一部を盗み
暗殺者たちの刃に、その力を宿した

これは、その儀式の刻印であり
陰謀の真実が潜んでいるという


-トレントに関する、メリナとラニのセリフから抜粋-

…トレントは自ら貴方を選んだ
大切に、してあげてほしい

トレントは、最初から貴方を信じていたのに

お前に、預かりものがあってな
トレントの古い主が、私に託したものだ


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