"魔術教授セルブス"、"軍師イジー"、そして"半狼ブライヴ"。
他にも魔術師塔の外で控えている飛竜のアデューラなどがいるが彼らは"騎士"、三人はよりラニに近い臣下であり、慣れ合わずとも、メリディアンが直接話を通すべき者たち。
…尤も、ブライヴは言わずもがな、イジーもまたメリディアンが新たにラニに仕えることは既に賛成であり、実質セルブスだけへの挨拶みたいなものとなった。
「田舎者の褪せ人に、彼女が何を期待しているのかは知らないが、不運にも、同じ主に仕えることになってしまったのだ。精々、役に立つことを願っているよ。…私は、この近くの別の塔にいる。もし、君がラニの役に立つ気があるのなら、私を訪ねてくるがよい。本来なら、君のごときに割く時間などないのだが…彼女の意志を
「ああ、よろしく頼む。困ったら助力を請うこともあるだろう…あぁ、そうだ。つまらないものかもしれないが、こんなタリスマンなど、どうだろうか」
一応歓迎されたのでメリディアンは彼の態度を気にすることなく、お手製タリスマンを差し出す。魔術教授などと、すごい肩書の人に渡せるものなんてこれしかないという判断だ。
加護があるのは間違いないし、ちょっとは興味を引けるかもしれない。
セルブスは力強く頷き、答える。
「是非とも訪ねに来ないでくれたまえ」
メリディアンは落ち込んだ。その肩を、メリナがそっと叩く。
「今のはあなたが悪い」
メリディアンはとても落ち込んだ。そもそもダメ元で言ったのでこうなることはわかってはいたのだが、メリナが言うことでその言葉が彼へのとどめになった。
セルブスは珍獣を見るような目で再びラニの元へ戻るメリディアンを見送る。
別に髪の毛程度を気にする程普通の感性はしていない。むしろ魔術や祈祷を
単純に、いきなりお隣さんみたいなノリで贈り物を渡してくる彼に引いただけなのである。
ブライヴもイジーもいい人だからセルブスも、もしかしたらいけるかもしれない。そんな根拠なしの行動であった。カウンターは隣のメリナが決めることになったけど。
ちなみにイジーは快く受け取ってくれた。
ブライヴは、もしかしたらおかしいのは自分かもしれないと思い始めていた。
彼にとっては残念なお知らせだが、もしラニに渡したとしても「興味深い…」とか言い出すだろう。魔女の名は伊達ではないのだ。
奇妙なことに彼の味方は「いや髪の毛はないよな…」と自覚のあるメリディアンだけである。やはり似た者同士…それって味方がいないということでは…?
さて、そんな挨拶を経て、ラニの元に戻るメリディアンとメリナ。
そこでメリディアンが一つ、気になっていたこと────つまりそれはロジェールの頼まれごとの件なのだが────をどうするかを考え始めた。
『彼女の身体には、運命の死の
────聞くべきか、やめておくべきか…
内容が内容だ、
「…ああ、ひとつ伝えておこう。私はもうすぐ、眠りにつく、
とはラニ。どうやら活動する時間が限られるような、不便な状況らしい。
────あぁ、これを逃すと本当に機会がないやつかもしれない…いやしかしな…流石に無神経が過ぎる内容だからな…
もんもんとする雰囲気が駄々洩れのメリディアン。
見かねたラニが呆れながらも、なんかあれば聞いていいよと言ってくれたおかげでようやく彼は"死の呪痕"のことを恐る恐る切り出す。
「…なるほど、その者はよく調べたものだ。確かに死のルーンの一部を盗み、儀式により、それを神殺しの黒き刃となしたのは全て私がやったことだ。だが、その者のお望みの呪痕は、ここにはない。…見ての通り、私は、生来の身体を殺し、棄てていてな。呪痕もそちらに刻まれていよう」
あっさり、というのが正しい。
不快そうでもなく、自然と答えたものだから、逆にメリディアンは恐ろしくなった。
────メリディアンは知らない。ラニがメリディアン包囲網を形成しようとしていることを。ある意味それは当然である。長い間停滞し続けたこの状況を打破できるであろう、女王マリカの策そのものと思われる存在が彼ら。
むしろ今の話で、メリディアンを釣るためのものが一つ分かって得したなくらいにしか思っていない。呪痕の一つや二つ何だというのだ。覚悟をキメたラニ様は強かである。
つまりメリディアンは墓穴を掘ったのだ!いや、裏切るも何もする気はないのだが。
「ふむ、働き次第では、そちらを教えても私は構わない…だが、やはり相応のものを、私もお前に期待せねばならなくなるだろう。私の過去…それを
なんて白々しい!
「…頼まれごととは言え、貴方の過去を暴く無遠慮で礼儀に適っていない問いだったことは理解しています。必ずや期待に応えると誓いましょう…貴方を、そしてブライヴを失望させたくなどありません。非礼の汚名は、それを以って返上致します」
「いい心がけだ、メリディアンの子よ」
そんな会話もしばらくすれば終わる。
…?もしかして主導権を握られている?と気が付いたメリナと、最初に出会った時の申し訳なさを未だに引きずったままで気付かないメリディアン。取り敢えずこれで最優先で仕事をしてくれるだろう…と安心のラニ。保険は、幾つあっても困ることはない。勝者は言うまでもなかった。
────ラニは、マリカの策に踊らされるのが少し
しかし…と思うところがあるのはラニ。
真紅の大布。
既視感がある、だがそれは力も何も宿っていない、何の変哲のないものだとラニは理解していた。
どこにでもありそうなものだ。それでも、違和感がついて離れなかった。
どこかで…?
「…さぁ、もう行くがいい。期待しておくぞ。次の目覚めに、吉報がもたらされていることを」
眠りへの時間が近づいている。まだ
「あぁ、待て…メリナ、と言ったか。すまんがお前に少し用がある。二人きりにしてくれないか」
「…!メリナと、ですか?」
「…私は構わない」
瞬間、ピン、と空気が張った。
原因は…メリディアンだ。
ほう、と、ラニはむしろその切り替えの早さに感心する。得物すら持っていないこの状況、今、メリディアンはこの場を、私と戦う場合どう乗り切るかを恐らく考えたのだろう、と推測する。
普段は分かり易い人好きするような男だが、ブライヴが
しかしこの状況であっても、余程ラニが常識外れなことをしない限りは戦おうとすらしないだろうと彼女は推測する…例えばそう、メリナに牙を剥こうものならば即座に彼女を連れて逃走ぐらいはして見せるだろうが、それまでだ。そういった間合いを探っている素振りを感じる。戦うのは、あくまで最後の手段として、か?
…これはメリディアンが分かり易いからではなく、ラニ自身の戦いの勘だ。敵を近づけずに
今のメリディアンはむしろ、分かり易いどころか何をするかわからない獣にすら見えている。表情は最初と出会った時の自然体、その時と毛ほども変わっていない、成程、良い戦士だ。
後衛として生き抜いてきたこのメリディアンの、確かな強かさ、それの確信を得たラニ。ブライヴを任せるならば、こうあってもらわねば。
己の新たな配下がしかと優秀なのをその目で見届けた彼女は、余裕をもって張り詰めた空気を削ぐ。
「心配性な男だ。お前の母も、昔はそうだったと私の母から聞いたのを思い出したよ」
「………ラニ様の母、ですか?」
「そうだ、私も確かにお前の母メリディアンを知っているが、より親しかったのは母レナラの方だ────さて、私も時間がない。続きは目覚めた後…或いは、先にイジーに聞いておくといい」
「!…失礼しました。先に下へ戻ります…メリナ、また」
「ええ」
────メリディアンの警戒は半ば無意識だった。
モーゴットとストームヴィル城で相対した時、メリナの存在を勘づかれるのは危険と感じ、あの時も強いプレッシャーを放った。黄金律の元で生きるデミゴッドであれば、メリナの役割を知ってしまえば無視できなくなる。
…しかしそもそもがラニは
これは弱みだ。メリディアンは現実を受け止め、反省する。まだまだ未熟なものだと、それを恥じて。
これ以上の謝罪はむしろ、時間の無駄でもあり、くどいだけと理解したメリディアンは言葉少なに退室していく。
メリナもまた、それを理解し、すぐにラニの言葉を待った。
メリディアンの足音が遠ざかり、彼の耳に届かないであろう距離まで彼が遠ざかったところで、ラニはようやく口を開いた。
「────お前、一つの体に二つの魂が入っている存在を知っているか?」
「…二つの…?」
「そうか、知らないか」
ふむ、と考え込むラニ。
そうして再び、目の前のデミゴッドが口を開くのを、メリナは辛抱強く待つ。
「…あぁ、呼び止めてまで、すまないな…私も気になったことがあったのだが…────メリナよ、あいつ…メリディアンの子のことはどこまで聞いている?」
「…今日、あなたが聞いたこと以上のことは、あまり多くはない。…なぜ?」
かつて円卓でメリナはメリディアンと情報を共有した。その全てを、わざわざ話す必要などない。とは言え、むしろラニの方がメリディアンのことを良く知っている可能性の方が高い以上、これは意味のないことかもしれない。
事実は逆だ、メリディアンのことは全く分からず、むしろメリナの正体を理解していた。だからこそ、未だに正体が不明瞭なメリディアン、その子について問うた。
メリナが彼のことを隠しているのを、ラニはなんとなく察するものの、しかし
「────メリディアンとは、真っ赤な頭髪を持った女性だった…女王マリカと同じ
メリナが以前夢の話だろうと切り捨てた、そう思っていた彼女の髪色そのものだ。
そうだ…金色だったのは古い話…その後何らかの要因で染まったのならば、わかる話。なんせ彼女は夢の中で常に黒いヴェールを被っていて、髪の毛は綺麗にその内側に
友、というのは
思考するメリナを置いて、ラニは続ける。
「お前も知っての通り、顔は親子ともども瓜二つと言ってもいいほど似ている。ハープを
────それが、あの、夢での話…
だがあれがメリナが見た中で一番古い夢ならば、二人の仲は再び結ばれたと見るのが妥当だろう。
…けれども、どのような過程を経て?
根深い話のはずだ。そんなものなかったかのように、二人の仲は疑いようがなかった。…あくまで、夢の中で見た以上は、だが。
「私はもうすぐ、眠りにつく。だからメリディアンという人物については、イジーに聞くといい。私が言いたいことは、あいつも知っているだろう」
「貴方は、何が言いたい…私に、どうして欲しいというの?」
「杞憂だといいと私も思っている…だが、気をつけることに越したことはないだろう。あいつは、お前と共に歩む者なのだろう?お前が
さぁ、もう行け。
そう、ラニは話を打ち切った。本当に、限界だったのだろう。
眼を閉じ、最後に小さく呟いた。
「我らの運命は星と共にある。星によって動き、そしていつか月へと誘うのだ────お前たちの運命は、何が動かし、どこへ導くのだろうな」
…そのまま、彼女は動きを止めた。
一人、魔術師塔を下る。
脳裏に
『────お前、一つの体に二つの魂が入っている存在を知っているか?』
何かしらの不安があるからこそ、彼女もメリディアンについて訪ねた。私は答えを知らなかったために、警告をした、ということなのだろうけれど…
ふと、いやな想像が頭に浮かぶ。
夢の中では一度たりとも、"
既に産まれていて、騎士として動いているであろう時でも変わらず。そしてマリカもまた、彼の人となりを理解しているのだ、夢に出て来てもおかしくはない間柄だった、はず。マリカ本人の意思が介在しているから
マリカとメリディアン、仲睦まじいが、一度だけ見た…おそらく古い対立の夢…それが、その溝がずっと
違う、真紅のサーコート、それを託したのは彼の母だけれど、黄金律の神たる女王マリカもまた
かつては金色、しかしラニは赤色だという、彼女の髪色。彼の枯れ葉色の髪色。
『一つの体に二つの魂が入っている存在を知っているか?』
彼の曖昧な記憶。忘れているにしては、妙な…
『顔は瓜二つと覚えているのに、声も思い出せず、言葉だけを覚えているんだ』
円卓で彼の言った、隠し事。
『それに…あー、やはり言えないことも少しあった』
母。
「…っう……?」
くらり、と頭が重くなる感覚に襲われる。何かを、思い出しそうな感覚。違う、私の記憶ではない。違う、
壁に身体を預け、呼吸を深く、繰り返す。
違う。
彼は、違う。
『黄金律とは、裏切りの歴史なのだから』
『マリカ…私はあなたを許せない』
『メリディアン…許しなどいらない…恨んでくれ…』
違う、違う。そんなことは。
『…私を殺しに来たのね』
『…』
『忘れないで』
槌を振り上げるマリカ。
『希望だけじゃ生きていけないのよ、────────』
違う。
『────お前が邪魔だ』
違う!
『────■■■■■■』
────誰かの叫び声と、重なった気がした。
「おーよしよし」
「こんな早く他人に懐くとは…鍛えなおすべきかこいつら…?」
────塔の入り口、崩れた階段前でブライヴが困惑しており、見ればメリディアンが複数の狼を撫でまわしていた。
この短時間で心を掴んだらしい。ラニを守護するのが役目だというのにこの体たらくとは何だと、ブライヴは少し苛ついているような、逆に少し誇らしく思っているような不思議な表情だ。
アレキサンダーもメリディアンに
三人が、私に気が付き、振り向く。
メリディアンは私に笑いかけようとして…しかし驚いたような表情をした。
「泣いていたのか…?」
「……………いいえ?」
「案外お前も嘘が下手だな」
「…そう、なのかもね」
「うぅむ…メリナ嬢、何か悲しいことでもあったのか?」
ひどい顔をしていたのだろうか。
珍しいものを見た、とブライヴは意外そうな顔を私に向ける。メリディアンとアレキサンダーは、純粋に心配してくれてるようだが────メリディアン。そっくりな、顔。枯れ葉のような、赤色が褪せたような、色。
「もしや…あー、そのだな」
「なんだ、ラニに泣かされたのか?」
「身も蓋もないこと言うなブライヴ」
心配するどころか楽しそうなブライヴに、メリディアンが苦言を呈している。
その横顔も、何もかもが、似過ぎている。
けれどもその声だけは、違うと言い切れる。やはり、違う。違うのだ。同じなわけがない。
私は、私のものではない夢なんてものに、惑わされないと決めたではないか。どのようなものにしろそれは全て過去のもので、終わったことだ。
────そうだ。どちらでもいいではないか。
彼女も確信などなかった。可能性の話だ、これは。
そもそもが
…例えラニの言葉が本当だとして、魂は二つ…つまり今見ている彼はその魂の一つ。…逆に言えば彼が騙しているわけではないとも考えられる。今ここにいるのは間違いなく
それで、なんの問題もないではないか。
ただの言葉に惑わされ過ぎだ。ただの夢に惑わされ過ぎだ。確証もないことへの疑念は、それこそ不和を生む。
『その道行を、黄金ばかり見て歩くには長すぎる。もっと色鮮やかな物を見上げて、見下ろして歩いて行く方が…きっと楽しい』
私は…私も、そんな道にしたくはない。そう、もう思ってしまったのだ。
彼が彼である限り…いや、変わってしまおうとも、何者であろうとも、その内に彼がいる限り…
私はそれでいい。
「…お前、狼の吠え真似の上手さと言い、前世が狼かなんかじゃないのか?」
「む?そんなに上手いのか貴公?」
「………よし!」
「やらんでいい」
「ダメだそうだ…すまない、アレキサンダー…」
「そうか……………」
「あなたたち、そこまで落ち込むこと?」
冗談交じりの態度に、狼たちは本当に落ち込んだのかと心配して、メリディアンに身を寄せてくる。
ブライヴは苦笑い、アレキサンダーは羨ましそうで…メリナも雰囲気はさっきより柔らかくなったようだ。それにホッとしたメリディアンは、一頭の狼を撫でながら言う。
「そうだな…懐かしい匂いでも、したのかもしれないな」
懐かしむような、悲しむような、そんな表情に、やはり誰も無粋な言葉を挟まなかった。
まずは誤字報告ありがとうございます!
気をつけたつもりだったんですが、やっぱりダメでしたね…いつも助かっております!
前回言いました通り、このまま18話…今回含めなければあと4話ですね、それまでは1日おきぐらいのペースでスムーズに投稿できるはずです。それ以降はまたしばらく執筆のため間が開きますが、そこはご了承ください。
サブタイトルの"黄橡"は"きつるばみ"と読みます。橡はクヌギの古名ですね。
黄橡色とは、秋を思わせる枯れた色合いになります。
どんぐりの木であり、甘い樹液でカブトムシなど、いろんな虫が寄ってくる木です。
花言葉は「穏やかさ」「母」「蓄え」となっております。
他意なんて、ありません。
感想等、またお待ちしております!
いつもとても力になっております!
■メリディアン
色々といいとこなし。まだまだ子犬よな。何故か狼に懐かれていた。
ちなみに今の髪型はミリセントが1番近い。
■メリナ
疑念はある。それがなんだというのか。
それでも小さな不安は、残ってしまうのだけれど。
■ブライヴ
メリナとは今まであまり話している方ではない、友達の友達みたいなあれ。(話していないわけでは勿論ない)
けれどもラニに泣かされた(と思っている)のを見て、親近感が沸いていたり。別にブライヴが昔ラニに泣かされたことがあるとか…そんなことは、ない。いいな?
■アレキサンダー
今回も影が薄いのである。
ちゃんと人のことを心配できる壺です。
■セルブス
なんでこんな馴れ馴れしいのだ…?とか思っていた。
カーリアはみんな人ができてるなぁと油断していたためのバッドコミュニケーションであった。
■ラニ
チャンスは逃さない。
だが、話が出来すぎているようにも感じており、それが一つの懸念に繋がった。
知っているからこそ、その危険性を
□メリディアン
女王マリカの友人。
真っ赤な髪色で顔は彼と瓜二つ。性格も共通点があるようで、ハープも弾けたようだ。
あとは、イジーに聞くと良い。
杞憂だといいのだがな。