エルデンクエスト   作:凍り灯

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────愛は過ぎれば信仰となる。信仰は過ぎれば停滞となる。
停滞はやがて腐れを起こし、それらを焼き払うための"火"が()きる。







冀望

 

 

 

 

 

────あぁ、そうだ。

 

「マリカ、マリカ」

 

呼ぶ声が聞こえる。

どこかあどけなさを感じるような、儚さを感じるような"友"の声。

 

────すぐに理解できた。久しく見ることのなかった、女王マリカの夢、記憶…

 

「この子の名前は■■■■■…"あの人"の何もかもを失ったけれど。それでも、やっぱり」

「…」

「マリカ?そんな顔しないで」

「元はと言えば全てが私の責だ」

「いいえ、"彼"のせいでもある、そして私のせいでも。そしてもはや"誰のせいか"など問う意味などないのよ。わかっているでしょう?」

「…」

「…」

「…ぃ」

「…」

「良い、名前だ。あぁ、仰々しくもない。綺麗で…そう…希望のある名だ」

「そうね、ずっと、これからも、希望であって欲しい」

「希望…希望か。あの頃は、この道こそが希望なのだと思っていた」

「それを信じた愚かな私たちは、この地を目指した」

「そうやってようやくここまで来た」

「私たちはここまで来てしまった」

「メリディアン、私は君に誓おう。永遠の理、黄金の導きが約束する千年の旅を────そして、"彼"の献身が、"影"の覚悟が褪せることのない金字塔を。この子の名の通りに」

 

この壮絶な想い、覚悟をすら前にしても尚、メリディアンは儚く笑って我が子を抱くのみ。

あの日、あの時、きっと何かが欠けてしまった。

"彼"という最愛の命と共に、メリディアンは彼女のままにどこか、変わってしまった。

或いはメリディアンと似過ぎて産まれた■■■■■が、彼女の中の"何か"を持って行ってしまったのかもしれない。果たして…産まれるべきであったのか。

 

女王マリカは、そんな冷酷な()()()考えが(よぎ)ったことを恥じ入る。

せめて、せめて、メリディアンの前でだけは、私は────

 

そんな彼女の心を知っているのか、知らないのか。

目の前で(赤子)を愛おしそうに撫でる赤髪のメリディアンは優しく言い聞かせるのだ。とてもとても残酷な言葉と共に。

 

「マリカ、マリカ」

「夜の闇に…守られる誰かだっている」

「人目を忍んで、泣きたい場所が欲しい誰かだっている」

「隠れる場所を失って…その強すぎる朝焼けに満ちた世界では生きられない誰かもいる」

「忘れないで」

 

「希望だけじゃ生きていけないのよ」

 

それでも、もう、私は止まれないのだメリディアン。

我々は積み上げすぎた。死も救済も等しく。

だからせめてメリディアン、君を私が光が満ちた日々に────

 

 

そして朝が(まぶた)を通して、私の中を光で溢れさせる。

鬱陶(うっとう)しいほどに。

 

「…」

 

涙は流れて来ることはもうない。

そうしてまた、私たちの旅が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────あんた…大したものだね。

大ルーンが二つ、それを見たのは、今までたった一度だけさね。

見てごらん。指様も、ひどく興奮していなさる。

 

”褪せ人よ、よくぞ為した。大いなる意志も、きっとお喜びだろう”

”これでお主は、エルデの王たる証を得た”

”褪せ人よ、黄金樹を目指したまえ。そして女王マリカに見えるがよい”

”そしてエルデの王となり、黄金の律を修復するのだ”

 

────…指様は、あんたに期待している。

そうさね、ギデオン坊やと遜色(そんしょく)ないほどにね。

………女王マリカかい?

女王マリカは、エルデンリングの宿主、その()()を宿す者、すなわち"神"さね。

けれど彼女は、エルデンリングが砕けた後、黄金樹に囚われておる。神として…"律の砕け"、その大過の罰としてね。

 

…おお、指様が仰っている。

 

”マリカの大過は、大いなる罰に値する”

”だが彼女は、罰せられてなお神であり、幻視の器なのだ”

”その器に大ルーンを捧げるとき、お主は彼女の伴侶、エルデの王となろう”

”それこそが指の導きである"

"古き褪せ人よ、王となるのだ。"花笠(はながさ)"の子よ、()()()()()()()()()よ、仲間を集いて”

 

…さあ、もう行くがよい

 

あんた、エルデの王におなり。

 

 

 

 

 

────赤獅子城を発つよりも前のこと。

ブライヴやアレキサンダーが城で身体を休める中、メリディアンは再び訪れた円卓を巡る。

それは報告のためであり、壊れた装備の更新のためでもあり、数少ない生き残りたちとの交流のためである。

 

なればこそ最初に話すべきは"二本指"、そして円卓の導き手である百知卿ギデオンに他ならない。

 

 

 

「…ほう、手にしたのかね。もう一つの、大ルーンを。素晴らしい。君は素晴らしい同志、褪せ人だ」

 

そのギデオンもまた、二本指と同じく雄弁だった。

円卓の導き手らしく言葉は力強く、褪せ人がこれから進むべき道、その先へと促している。

 

「…ならば、さあ、向かうがよい。アルター高原の東、黄金樹の(ふもと)にある、王都ローデイルに。二本指の封印も、もはや君を拒むまい…期待していよう。君が、エルデンリングに近付くことを。それが、我ら褪せ人の導き、その示す先なのだからな」

 

…恐らく上機嫌に、ギデオンは語る。

声色は確かに喜んでいるようにも聞こえるが…その老熟した落ち着きから多くは読み取ることができない。兜の隙間から除く視線は、メリディアンを見ているようで、違う誰かを見ているようで…ただ奥の壁を見ているようにも見えるのだ。

 

そんな中、メリディアンにはまだ心残りがあった。

戦士ネフェリのことだ。

 

 

『────聞いていたのか。ああ、そうだ。私は義父に捨てられたのだ。感傷に溺れ、命を忘れ…、彼の手駒を損なった、罰としてな。…義父は、ギデオン卿は、ずっと私の導きだった、彼がエルデの王になるために、何でもするつもりだった。それなのに、私は…彼を裏切ってしまった』

 

ギデオンの言う正義とは?弱き者が奪われぬ治世とは?であるならばこの村の惨劇は何なのか?これが義父の命で行われたと言うのならば、今までの言葉は、一体…?

 

ネフェリは失意の中、未だに葛藤している。そうしてただ一つだけ確かなことに絶望していた。

もう彼女に、ギデオン(義父)の導きは二度と戻らないと。

 

義父と娘。

その縁は、これで終わりなのだろうか?終わってよいのだろうか?

その疑問がどうしても彼の内で(くすぶ)る。

 

「…ギデオン殿」

「ネフェリのことは、もう終わったはずだが?また繰り返すのかね?」

 

その先の言葉を語るまでもなく、ギデオンはメリディアンの言葉を先読みし、切り捨てた。

百の耳があるというギデオン、だからこそ物分かりが悪い存在を嫌うのだろう。そう何度もわかり切ったことを聞かせてくれるなと。

一度で百を得る彼には、一度終わったことを遥か過去であるのだ。メリディアンはこの少ないやり取りでも、そう察せざるを得ない。

 

「…いや、失礼した。この話は、確かに終わった」

 

こうなってしまえばメリディアンも引き下がるという道しかあるまい。

最早ギデオンの興味の中に彼女はおらず…であればここから先の彼女の道行に、ギデオンの言葉は全てが毒にしかならないのだから。

 

『────ああ、あれ(ネフェリ)は疑いを抱いた。…もう、用済みというわけだ』

『…全く困ったことだ。凡愚の意志など、忌み角にも劣る害悪だというのに、だが』

 

『女王はそれをこそお望みなのかもしれぬ────我ら褪せ人にな』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

振り上げ、振り下ろす。

振り上げては、振り下ろす。

 

石のような肌で固く握りしめた槌は、万力で固定されたかのように手元より滑ることなく。

鳴り止まない叩打(こうだ)音は、精密な機械のように一定の間隔を断固として維持し続ける。

瞬きを忘れた目、だと言うのに乾きすらも忘れたのか?いつまでもいつまでも閉じることがなかった。

 

繊細で、繊細で、布に素晴らしき刺繍を縫うかのような。そんな仕事を、彼はいつまでも続けている。

 

きっとこれからも?あなたは、何のために()()をしている?

理由などとうに忘れた。

それでも続けるのは?

わからん。

一時とて槌を置けば、わかるかもしれない。

…それだけはできない。

何故。

………

ならば私のために武器を打て。

なんだと?

理由をやる。場も時間も与えてやる。その代わりに、お前が打てる限りの最高の武器を打て────神を殺すための武器を。

それは…────

 

なんとも、蜜のような提案をするものだな…小娘。

 

『必ず、成し遂げる者が現れる。現れなくてはならない。…そのために、成し遂げるために、刃が必要なのだ────私()()にはお前が必要だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…おお貴女、お許しくだされ、お許しくだされ。

まだ、足りませぬ。神には、届きませぬ。

けれどきっと、必ずや、貴女の願いを…

お許しくだされ、女王マリカ…

 

────そうして許しを乞えば、いつも女王ではない、"貴方"の顔が浮かぶ。

思い詰める必要などないのだと、彼女(マリカ)の不器用さを埋めるように。

ああ、ああ…

 

 

『ヒューグ、名ぐらいならば聞いているだろう?彼女は────』

 

 

「────ヒューグ殿…?」

「…お、おお、あんたか…すまんな、気付かなかった。…まあ、やることは変わらん、さっさと武器を出せ」

 

まだこの祈りは自分だけのもの。

彼女とそっくりの顔。今はヘルムも鎧も身につけておらず、代わりに抱えているのは、何やら大きな袋だった。

 

この男もまた、聞こえていただろうに。しかし何も言わずに、ただ"聞かなかった"と振る舞うばかり。

 

そうして、出されたのは鉄屑同然の鎧たち。

 

「どうにかなりそうだろうか?」

「…物事には限度というものがあるのは知っているだろう」

「やはりか…」

 

…胴鎧は甲片を繋ぎ合わせただけのラメラーアーマーと似た造りなのでともかく、砕けた手甲と足甲、そして兜はどうにもならない。新しく調達すればいいだけの話ではあるし、そもそもこれらはメリディアンの長い人生の中では比較的新しいものである、そう惜しむほどの物でもないように思える。

それでも愛着が湧いていたのは事実ではあるからして、彼からはしゅん…とした雰囲気が(かも)し出されていた。ハの字になった眉が余計にそれを助長する。なんとも、分かり易い男だろうか。

 

ヒューグが、改めてメリディアンの、名もなき褪せ人の顔を見る

 

悩んでいる。

鎧が残念であることは本当だろう。それとは別に、違うことでも悩んでいるのはヒューグとてわかってしまう。なんせ表情が豊かなのだから。ほら、さっきの困り顔とは別の顔だ。眉間に皺が寄っているではないか。隠す努力をしようとしても、こうなのだろう。そう、()()()()()()()

 

なんとも、なんとも懐かしいことか。

つい、気まぐれからヒューグは思い出すように話し出した。

 

「…あんた、迷っているのか。だったら、少しだけ話をさせてもらっていいか」

「ヒューグ殿?」

 

問いに対する答えは聞かず、ヒューグは砕けた鎧を撫でながら続ける。

 

「…あんたたちは、挑み、殺すためにここにいる。デミゴッドたちを、そして神を」

 

炉の火が勢いを増す。

 

「あんたがそれを貫くのなら…あんたが何をしようとも、そして儂がどうなろうとも。儂はあんたの武器を打つ────神を殺すための武器を」

「…」

「あんたが、何者かは、どうでもいい…あの方の、()()()()()()()()()であろうと、なんであろうと」

「ヒューグ殿、私は…」

 

口を挟もうとしてメリディアンの子の言葉を、ヒューグはあえて聞き流して視線を手元へと移す。

 

彼の手元には、砕けた手甲や足甲の金属片がかき集められていた。それらは柔らかな火で熱され、槌で(なら)されていく。屑鉄の金属片は均一な甲片へと整形されていき、胴鎧から抜け落ちた甲片を埋めるだけの数が並べられた。

形状に問題がないことに静かに満足したヒューグは淀みなく甲片を一枚一枚下地に縫い合わせていく。

元々がラメラーアーマーという分類の鎧であったが、改良に当たってスケイルアーマー…つまり、革製の下地の上に並べてに接合する形にすることで息を吹き返させていく。

 

失ったものをそのまま捨てることはせずに、次の"生"を与え蘇らせる。

鍛冶とは、金打ちとは、当然新しく作るだけではない。槌とは壊す以外にも、修復にも使われるのだ…そうだ、誰もが知っている、()()()()()()()()()()も…美しき槌を振るっていたのだから。

 

ちなみにメリディアン本人を目の前にしての無断改造であることはご愛嬌か。

 

お互いに無言の時間が続き…近くに座るローデリカがその空気に、いよいよ声をかけようと決心した頃にヒューグは再びこう語り始めた。

 

「…迷いも何もかもがあんたのものだ。その瞳の中で燃える"意志"も"灯"も何もかもが。だが、儂は打つぞ、あんたが神を殺すと信じて」

「…」

「そうやって、数えきれない褪せ人がくたばっていった。ここにいるということは、そういうことだ。あんたがしていることは、()()()()()()()

「…」

「喋り過ぎたな…」

「────ヒューグ殿は、どこまで知っているんだ?」

「…そうだな、その"使命の刃"のことならば、知っている」

 

少しだけ悩んだヒューグは、視線でチラリと、彼の腰に下げられた短剣を指している。

 

「…"使命の刃"?」

「なんだ、名も覚えていなかったのか…?」

 

おもむろに、メリディアンは鞘から抜いた刃を見た。刀身に反射したその目は困惑を映す。

肝心の名を思い出せていなかったことに、忘れていたこと自体を忘れていたことに彼自身が驚いていたのだ。

 

かつて、ゴドリックを討ったすぐのこと。ここ円卓の下層でメリナに語ったというのに。

 

『────それと、あとはこの短剣のことだが…これもまた、母より託されたものだ…彼女の、メリディアンの得物の一つなんだ。…そして女王マリカもまた、これと同じものを持っていた』

『もしかして、私のものは…』

『隠していても、見えなくとも、私にはわかってしまったよ…君がそれを持っていることを…黄金の火の気配を』

『…いいえ、違う。私の刃は…あなたのように()()()宿()()()()

『そうか…扱いかたをすらも、忘れてしまっているのかもしれないな、君は。確かにそこに、懐かしい気配があるんだ。だからこそ、君が女王マリカその分け身であると考えた理由でもある。この刃は、人を選ぶ。かつて使()()()()()()()()、神になる以前の、古い持ち主たる若き母の、そしてマリカ様の力が宿っているただ二振りの刃』

 

こう言ったではないか、自身の口で。

最初から知る者がほとんどいない刃の存在。それをああまでして語ったと言うのに。だと言うのに、この剣の名を忘れていたことに気が付いていなかった。

ぞわりと、不快な冷や汗が背を伝う。

 

待て、そうだ…母は…私に、なんと言ってこれを託した?

 

『…■■■■■■■、■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』

 

やはり、遠く思い出せないままだ。

本当に、ままならない。

 

「………ヒューグ殿、名を教えてくれてありがとう…」

「…この話は終わりだ。全く、そんな顔をするもんじゃない」

「いや、そうだな…母を知るヒューグ殿にはなんとも複雑か…」

 

同じ顔だもんなぁと、メリディアンは笑って謝る。

それがまた余計に、ヒューグを複雑な気分にさせるのだが。

 

何とも言えない緩んだ空気に、こっそりと聞き耳を立てていたローデリカは胸をなでおろす。

…彼女も二人に救われた身、こんな近くで会話されて気にならないように振舞えるほど、彼女は成熟していないのだ。

 

ローデリカの緊張が伝わっていたのか、彼女と共にある霊たちがそっと彼女を慰めた。今日はどうやら…なんてことだ、陸ほやだ!

 

そんなローデリカを盗み見たヒューグは、今度は彼女に聞こえないようにと小さな声で呟き始める。

 

「…あの娘、少し変わったな。裏切らぬ技と時間が、彼女を強くしている。よいことだ」

「他人に気遣える程に、心の余裕もできたようだ。ヒューグ殿のおかげだろう」

 

メリディアンの屈託のない笑顔が、またヒューグの心を乱す。

 

自らの存在、自らの使命…契約。何を馬鹿なことを、全うなものなどありはしない。この狂い枯れた黄金の地で全うなどと、求める事それ自体がおかしなことと知って尚、ヒューグは自身の在り様を俯瞰(ふかん)して卑下する。してしまう。

飛び出る言葉もまた、どうしようもなくそれに(なら)っていた。

 

虜囚(りょしゅう)の混種に、弟子も娘も、あるべきでは、ない」

「…」

 

メリディアンは軽々しく口を挟めない。

その重みだけがしかと理解できるがゆえに。

 

「────だが時に…」

 

ヒューグの脳裏に、目の前の男と同じ顔の女性が浮かぶ。

同じ笑顔のあの方。そしてすべて失い、儚い笑顔が張り付いてしまったあの方。まるで童女のような無邪気さはいつしか失せて消えていたあの人。

 

「────あの娘をそうと誤解しそうになる…儂は弱くなった………辛いことだ」

 

ヒューグはメリディアンから、目の前の男の顔から目を背けざるを得ない。

 

遠い遠い昔、まだ神ですらないあの人と、仲の良い姉妹のように付きまとうあの人。未だにヒューグは覚えている。どうして忘れられるものか、黄金など背負わなくとも輝かしい彼女たち。それに連なり戦う戦士たち。きっとあの頃が最も、彼女たち自らの出自も憂いも忘れられた場所だった。

あの瞬間こそが"極点"だったと、そう思う。

 

過去の、終わって久しい景色に、未だ(すが)りついている自分が醜くて仕方がない。

儂は弱くなった。あの頃からただ弱くなり続けている。

 

「流石ヒューグ殿だな」

『流石ヒューグね』

 

────思わず、彼の言葉に顔を上げた。

その先には、治したばかりの胴鎧を持ち上げ見入る"メリディアン"がいた。

 

息を吞む。目が眩みそうになる。

 

「本当に、見事な出来だ。…失うばかりではない、失っても、得るものがある。失ったことすらも糧にすることで前に進む。正しく、その在り様を体現している」

 

────死に、何かを失い、立ち上がる褪せ人。

それでもアレキサンダーとの、ブライヴとの深い繋がりを得たことを実感したばかりのメリディアンは、尚のこと感動する。いつものように、誰にでも伝わる感情を振りまいて。

 

…メリディアンは慰めの言葉が役に立たないことを知っている。少なくとも、今はそうだとわかっている。

何を思ってか多くを語ってくれたヒューグに、返すことが出来るものなどほとんどない。彼自身がそんなものを求めていないからだ。であれば自分に出来ることは結局、目の前を見ることしかできない。

 

過去を忘れた男がやれることなど、それしかないとメリディアンは自覚している。だから褒めよう。

思った通りのままに。飾ることなく、ただ伝えればいい。その積み重ねが、いつか彼を救うことになると信じて。死なず、歩き続け、また戻り、そうして感動を口にしに来るのだ。

 

何度も。何度も。何度でも。

 

彼のこの自責の道行は、黄金(過去)ばかり見て歩くには長すぎた。だから今からでも、もっと色鮮やかな物を見上げて、見下ろして歩いていて欲しい。

ここ(円卓)から出られないのであれば、せめて私がそれを、少しでも見せに来れたならば────…そして教えを乞うたローデリカもまた、その一助になるはずだ。

 

伝えなくては。

ちゃんと伝えないとこの頑固な爺さんは理解してくれないのだと、彼女にも伝えなくてはいけない。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

────その笑顔に"冬"を見ていた。

ローデリカはいつも、そんな景色が脳裏に浮かぶのだ。

 

寒さのあまり微生物すら死に絶え、澄み渡り過ぎた空気が肺をすぅっと通り過ぎるあの瞬間。

呼吸すらも今までの季節とは比べ物にならない程に新鮮に感じれたあの瞬間。

 

冬の空。

あの下で、白い息を吐きだして一喜一憂した幼少の故郷での記憶。何故か思い出すのだ。

 

憂いもなく、純粋で、優しい感謝の言葉。

たったそれだけが、恐ろしい程に染み渡たる。それこそ、狭間の地にいながら、別の世界を見たかのような。その息を呑むような眩しさが、彼女に想起させるのかもしれない。

 

…そうだとも、そんなものは、なかったのだ、この地には。

仲間を失い失意の中で死を甘受するつもりだったローデリカ。その旅は、ただただ恐ろしかった。段々と余裕を失くし、仲間内の関係すらも(ほつ)れ始め、果てに惨たらしく殺される。ただ一人生き残り、けれども私一人が生きたところで一体何になるのか?何にもなりはしなかった。ついには小屋の隅で座るばかり。

 

そうして彼らがやってきて救い上げた。当たり前のように。

 

ローデリカは、今でも何故そんなことを彼が出来たのかわからない。けれどもわからなくとも納得はある。

それこそが彼なのだと。

この血に塗れた地に不似合いな、新鮮な空気のような、新しい"何か"。

 

彼女にはまだわからない何か。

けれどもきっと、そういった"何か"が、ヒューグを救うことになるのだろうと、確かに伝わっている。

小さな小さな導きが、そこにはあった。

 

「ありがとう、ヒューグ殿」

「…それは儂が…あんたが成し遂げた時にまた聞こう」

「ああ、何度でも言いに戻るさ」

「…もう何でもよいわ」

 

かつて"翁"すら呆れさせた彼は相変わらずである。

そうやってまた隔てる壁が一枚だけ、剥がれ落ちた気がした。それは薄くほんの少しだけなのだろうけれど、確かに互いに歩み寄ったのだ。

 

契約でも使命でもない、ただの鍛冶師と騎士の語らい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ロジェール様を、お助け頂いたのですね、とても喜んでいらっしゃいました。あの方にはきっと、強い思いがあるのですね。深く傷ついた体を支え、意志をつなぐ思いが」

 

死衾(しきん)の乙女、フィアは目の前の褪せ人を計りかねる。

 

数多の英雄の温もり、生きる力をこの身に宿した後、貴い方の遺体と同衾(どうきん)し、再びの偉大な生を与える。そういった存在を知って尚、抱かれず、しかしだからといって私を卑しき者と断じることすらなく、ただ対話を望む。

 

麗しき見た目とは裏腹に、まるで老人のようだと思う。父性や母性をすら感じる…おかしな話だ、死衾の乙女とは"黄金のゴッドウィン"の、"死王子"の同衾者。死に生きる者たちの、母であるべしとその道を征く者。褪せ人の生きる力、"意志"を、英雄の温もりを求め、宿し、貴い方(ゴッドウィン)の遺体と同衾し、再びの偉大な生を与え、子を宿す。それこそが私の役割。

 

…だというのに私は目の前の褪せ人に、"意思"を求めようとは思えない。

 

多くの英雄を抱いたフィアにとってもまた、彼は異質なのである。

 

性格だとかそんな話ではなく、その存在そのものが、言うなれば"魂の形"が。

触れずとも、抱かずともわかる。彼は既に強い恩恵を得ている。或いは、呪いだろうか?たちまち火傷してしまうような、()()

 

魂に触れ、"意志"を受け取るフィアにとってそれは劇毒だ。容易にうつるものでも、何かを焼いてしまうものでもないのだろうと理解していても、その勇気が湧かない。

一体誰が赤熱した色を宿す鉄を素肌で触る?そういった類の"何か"を感じているのだ。

 

…だがそれは、触らなければよいだけの話。

この部屋でゆらりと燃える暖炉の中の火のように、近くにいるだけならば暖かい。火とは、そういうものであるからして。

 

きっとロジェールは気付いていないのだろう。いや、多くの者が、この褪せ人の持つ"何か"が一体どれ程稀有(けう)なものかに気が付いていない。それが果たして、自身にとっての障害となるのか、それとも一助となるのか…けれどもロジェールは彼を怖い人と言いながらも語るのだ。まるで懐かしい友人の話のように。

 

「やはり貴方は、英雄です。特にロジェール様と…、私にとっては」

 

そしてそのロジェールの意志を宿している私自身もまた、彼を信じそうになってしまう。

あぁ、やっぱり、怖い人だ。

 

…しかし信じる価値は、ある。

 

"死に生きるもの"

彼の中には確かに()()がある。黄金律の原理主義者たちとは明らかに彼は違う。慈しんでいる?愛しているのかもしれない。誰か、或いは何かを。それだけ分かるならば…

 

「────…私は、いえ、私たちはあるものを探さねばなりません」

「"あるもの"…?」

「ええ。ですが、それをここで口にするわけにはいかないのです。黄金の円卓、その腹の内では(ささや)けない寝物語もあります。ですからいつか、私がここを離れた後のどこかの道行で交わることがあると言うのならば…あなたの力を貸していただきたいのです」

「それは…」

 

メリディアンは言い淀む。

当然である。これは黄金への裏切りの予告。真に円卓の思惑のままエルデンリングを求める褪せ人なれば、聞き逃すことは出来ない言葉。だが、フィアは彼がそうでないことを既に確信している。

この人は、道は(たが)えど似通った場所を目指していると。

 

────ひどくお人好しな人だと、私はそれしか知らないのだけれど。

 

ああそうか、彼を信じそうになってしまう要因はロジェールの言葉(意志)だけではないのだ。数多の英雄の温もりが、私に宿した大勢の意志たちが、目の前の存在(メリディアン)のことを指して訴えるのだ。

 

 

────きっと、ゴッドウィン様をお救いに、()()()()()と。

 

 

フィアの突然の要求に、メリディアンが迷うそぶりを見せたが…彼は目を閉じ息を小さく吐いてから曖昧に、それでも覚悟を宿し口にする。

 

「確約は出来ない。だがもし私たちの目指すべき道が、本当に重なる時があるというならば…その時は…」

「ええ、今はその言葉で十分です。どうか身勝手な私をお許しください」

 

二人はそれで別れた。

メリディアンは困惑のままに、フィアは安堵の中に。

彼女のそれは自身の感情なのか、それとも内に宿し意志たちのものなのか。

 

 

────そう遠くない未来、彼女は動く。

ロジェールが静かに息を引き取り、双子の片割れ、原理主義者(D)の血が流れ、奪われた聖痕がフィアの手に渡っときが彼らの円卓での最後の会話となった。

 

何を話したかを知るのは、今はただ二人だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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円卓の下層。…褪せ人たちの集う"上層"へ行くことのできないメリナは再びあの一室でメリディアンを待っていると言っていた。

 

しかしまた長話が過ぎてしまったな…少しの申し訳なさと共にメリディアンは今、彼女の元へ早歩きで向かっている最中である。

当のメリナから気にしなくて良いと言われても、そうはいかないだろうに。

 

やや大きな足音を立てながら急いだ彼は…しかし部屋に入ると同時に静かな歩みに切り替えた。

 

メリナは眠っていた。寝具の上で、深緑のローブにふわりと包まれるようにうずくまっている。

見方によっては鋭いとも捉えられる右目は閉じられ、静かな寝息が暖炉で弾ける生木の音よりもか細くメリディアンの耳を通り抜けた。

 

むぅ、と時たま唸るような寝言が聞こえる。

 

…良くない夢でも見ているのだろうか。どうにも、さっきの自分のように眉間に皺が(しわ)が寄っている。

やや呆れながらも、彼女の眠る寝具の横、簡素な椅子へとゆっくりと腰を下ろした。キシリ、と自重で床板が鳴る。

 

「全く…君の家ではないのだぞ?」

 

下層も円卓の一部とは言え、少し無警戒過ぎやしないだろうか?と心配になるメリディアン。

 

…いや、もしかしたら()()なのかもしれない。円卓とは所在不明の、意図的に切り離された"どこか"に存在する場所。扉は固く閉ざされ、祝福の移動でのみ行き来ができる特別な場所。

 

デミゴットから大ルーンを奪うことを(うそぶ)く二本指が、円卓の意思の元褪せ人を導くギデオンが、神を殺すための武器を打つヒューグがデミゴットらから身を隠せる秘するべき拠点。

そう、おそらくここは、いや間違いなく女王マリカが用意した空間だ。

 

掠れた記憶でも、今なら少し思い出せる…ここは王都ローデイル、その王城の一部を再現した場所だ。だからもしかしたら、メリナが生まれて間もない頃に、ここにいたこともあったのかもしれない。…どちらにせよ、今の狭間の地ではここ程安全な場所もないだろうから彼の心配も杞憂だろう。

 

ゆっくりと、メリディアンは手を伸ばし、その顔から想像もつかない無骨な手でメリナの頭を撫で、薄赤髪を()くように一度だけ指を通す。

 

普段の野営の際は、彼女は姿を消す。

最初の頃に比べればずっと地に足をつけて一緒に旅をしてくれているが、四六時中そうというわけではない。

だから幾ら場所が場所とは言え、人前でこうも無防備なのは珍しい。

 

切ない寝顔、その前に放り投げられた手が…慎重に引こうとしたメリディアンの手を握って止めてしまったのだ。彼女の火に巻かれたかのような火傷跡からザラりとした感覚が伝わる。

 

…反射的に、だったのだろう。力はひどく弱々しく、今にも落ちてしまいそうだ。

慌ててメリディアンはその手を握り返し、メリナの手を元の位置へとゆっくり戻していく。それでもこの手に(すが)り付くように離してくれない。

 

さてどうしようかと迷うメリディアンの目には、その姿が寂しさに耐えられない幼子に見えた。

 

────彼女は親無き子、別たれた魂、ゆえに幼い時期がない。

一体彼女がどういう存在なのかわからないから、そのことをどう捉えればいいのか迷うところだ。マリカの記憶はやはり他人のものでしかなく、彼女には確固とした"個"がある。

そうならば甘えを知らず、親の愛すら知らないのかもしれない。

 

ああ、彼女は知らないのだ、弱みの見せ方さえも。だから眠る時、誰にも姿を見せない。

それが最初、霊体として行動しなくなった彼女を見て知ったこと。共に地に足をつけて行動するようになって、これでも随分と()()()なったのだと思う。

 

それでも彼女は自覚なく、未だに何者にも隙を見せようとしない。

…せめて夢の中でも、何かに(すが)るぐらいは…

 

 

優しく、まるで親が子にするように空いた手で頭を撫で続ける。

どうか安らかに、どうか良き夢を。そんな想いを込めて。

 

 

…少しだけ、彼女の眉間の皺が和らいだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まただ。

また。

 

…違う?いつもとは、違う。

 

"メリディアン"がいる。

()()だ。真っ暗闇の中、そこに立っている。

夢で見る黒いヴェールもなく、その赤髪を晒した彼女が目の前にいた。息が詰まる。()は、どこ。

 

ここは寒い、とても寒い。

 

暗い世界の中で星が瞬く。

流れ星のように一瞬の光が地面へと落ち。やがてそれらはふらふらと積もった真白な雪の上を彷徨い、導かれるようにどこかへ真っ直ぐ立ち去っていった。

からすが鳴く。鳴く、鳴く。

人のざわめきのように遠くから数え切れないほどの鳴き声が聞こえてきた。耳を塞ぎたい。ここはどこ。何故、こんなところに、今すぐ戻らなくては!

 

ただこちらを見詰めるだけの砕けた彼女の視線から逃れようとするも、できない、目を()らせない、ただそのままに一歩づつ後ずさる。

 

するとトス、と。誰かに背が優しくぶつかり、力が抜けそうな体を支えられた。

 

「大丈夫だ」

 

彼が、メリディアンがいた。

目の前の彼女と瓜二つの。

 

聞き慣れた声で、安らぐ声でこう言うのだ。

 

「大丈夫だ…私とあの人は、違う」

 

ただの夢なのだけれど、ひどく、安心した自分がいた。

 

 

 

 

 









本当にお久しぶりです。

前章エピローグ兼プロローグである繋ぎの回を投稿してから1年くらい経ってました。いろいろと生活が忙しかったり(建前)、ナイトレイン中毒になったり(真実)で全く書いていませんでしたとここに懺悔します。
…つまり二年くらい前には、今回連投予定の話たちはほぼ出来上がっていたわけですね!(ギルティ)

ところで、完結まで35話で終わればいいなーとかつてどこか言ったのですが、35でも全然終わりません!

そういうわけで、溜まっただいたい23話分を各話ごとに数日空けながらちまちま投稿していきますので、長くなりますがお付き合いして下さると大変嬉しい限りです!
あと、その後また最終章のための準備に期間をあけますので、しばらく音信不通になる可能性があります。

もし皆様が過去話を読み返すようなことがあれば、前章の話でも何でも、気軽に感想、質問等お待ちしております!何よりそれが励みになりますのでどうぞご遠慮なく!

サブタイトルの「冀望」はきぼうと読みます。意味も「希望」と同じです。
古典的表現と同時に、「希望」よりも実現が難しい物事に使う傾向があるそうです。
…そして、この章のイメージオープニングソングは日食なつこ氏(いつもの)の「LAO」になります。EDイメージは「あしたあさって」です。



おまけ
今後のキービジュアル的なサムシング。

【挿絵表示】

じゃ!っと描いたものなのであまりじっくり見ないでくだされ。
(※主人公は今は散髪してるのでこれより短めです)



■メリディアン
ロジェールは彼を青空、ローデリカは冬、そしてフィアは赤熱した鉄、或いは暖炉の火に例える。
どれが適切なのだろうか?或いは全てか。どれも偽りなのか。

皆が皆、わからないままに何かを信じるしかない。
けれどもわからなくとも食卓は囲めるし、笑い合うことが出来る。
メリディアンはそれをこそ信じたい。


■ヒューグ
母であるメリディアンを知っている。
ゆえについつい口が回ることもあるだろう。
彼の眼には勿論、メリディアンの瞳は美しい暗青色にしか見えていない。


■ローデリカ
彼女はメリディアンに冬を見た。
それはもしかしたら遠い祖先の、原初の記憶だったり、するのかもしれない。


■フィア
英雄より意思を、魂の一部を受け取るからこそ彼の内なるものに勘付ける。
そして受け取った数多の"意思"たちはメリディアンを覚えている。
…果たして母か子か、どちらを指して皆はそう囁いたのだろうか。


■メリナ
(記憶)が彼女を追い立てる。
もうそれに心を乱されることはない、そのはずだった。
今度は光ではなく暗闇が足元より絡みつく。


□マリカ
ただ願う。
神を殺す武器を。



- 使命の刃 -

使命に旅立つ者に与えられた短剣
この一振りには、その古い持ち主たる
■■■■■の力が残っている

■■■■■■■
■■■、■■■■■■■■


- トロルハンマー -

トロルたちは巨人の末裔であり
これは古い祭具、鍛冶道具であるという
古では、鍛冶とは神事であった


- ロジェールのセリフより -

貴方になら、できると思いますよ
貴方は優秀な戦士だし、それに、どこか人を信じさせるところがありますから


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