メリディアンとメリナが封牢を離れてそれなりの時間が経過した頃に、二人は戻ってきた。
「すまない、随分と待たせた」
「おお貴公ら、無事で何よりだ」
「ブライヴは、大丈夫?」
『変わりない…これだけ待たせたのなら、何か…
「確証は、今
『…?』
「ブライヴ、分かっているとは思うが…これは想像以上に根深い話────そして覚悟しなければならない」
そうして自然な動作でメリディアンは封牢の内へと入っていく。
隠すことなく晒された女性としか思えない彼の顔、整ったその口元が固く結ばれていることにブライヴは気が付く。
強い決意が、そこにあることは目に見えて理解できた。だが、それが何のかはブライヴには皆目見当がつかない。
「…ラニ様が目覚め、今、お前を呪縛から解放せんと動いている…"最中"とは、そういうことだ」
「何…?」
ピクリと、地面に座り込んだままのブライヴの眉間が震えた。
空気が冷える。
ふぅっと吐いた息は白い。比喩ではなく、ブライヴから漏れ出た魔力の影響で実際にここの空気が凍え始めているのだ。それは戦いの緊張とは違うプレッシャーを彼にもたらす。
しかし彼は臆することはない。アプローチを間違えれば一噛みぐらいされるかもな…場合によっては一度殺されてもよい、その覚悟でメリディアンは封牢に足を踏み入れているからだ。
これから話すことは、
…何も、ラニが守られるような存在ではないと、初めてメリディアンらがラニと対面する時に、ブライヴ自らが証言している。ここでブライヴの機嫌が悪いのは恐らく複合的な要因ありき。
身内からの欺き、それが自分を守るためであったことに気づけなかったこと、そもそもが二本指の呪いにも気づけなかった己への不甲斐なさ、そしてラニたちが動いているにも関わらず、自身がここから出ることも出来ずに待つしかないと言うもどかしさ。
ブライヴは"剣"だ。
飾られるだけの剣に価値など感じない、血と刃
それがラニに任せきりなどと…────
「────続けてくれ」
「ブライヴ」
「狂犬じゃあないだろうに、
「いや。だが、八つ当たりで殺されてもいいと思っている」
「褪せ人らしい思考を急に出すな、反吐がでる。さっさと本題を言え」
「
「………なぁ、それが可能だとでも言うのか?
その言葉に、数時間前のラニとの会話をメリディアンは思い返す。
────
────────
────────────
メリディアンは魔術師塔の螺旋階段を上りながら、この霧に包まれた城の心地よさに多少心が穏やかに冷えていくのを感じる。張り詰めた精神を落ち着かせ、一呼吸。
そうやって落ち着いてみれば、これから行うことに対して、疑問も湧いてくるものだ。
果たして上手くいくのだろうか?そんな言葉が浮いては消えを繰り返すが、ここで
…ラニとの対話に、メリディアンはメリナを同席させていない。メリナはそれにほんの少しの寂しさを感じながらも、ただ頷いて見送ってくれた。
理由を問われた方が、いっそ楽だったかもしれないなどと、自分勝手な思考は早々に切り上げ、メリディアンはラニの前へと戻ってきた。
眠っていたラニが、彼が目の前に立った途端に、さも起きていたかのようにゆっくりと顔をあげる。閉じられた瞳が、開かれる。
「…ああ、お前だったか。ブライヴでは、なかったのだな………分かっている。眠りの中でも、感じられたよ。手に入れたのだろう?ノクローンの秘宝を」
「はい、こちらに」
それは"刃"だった。
捻じれた意匠の、乾かぬ血で濡れそぼった呪物。
アレキサンダーをして素手で触ることを
只人では振るうどころか触ることも出来ないだろうと、メリディアンもメリナも、これを前に冷や汗と共に理解させられた。
これが魔女ラニが求めていた最後のピース。
「感謝する。これで、ようやく全てが揃った…後は、私が行くだけだ。私だけの"暗き路"を」
「ラニ様」
今は、秘宝のことは忘れよう。
それで何を成すのか、それを知りたい気持ちはあれど、それよりも優先しなくてはいけないことがある。
灰暗く影の落ちたラニの表情を真正面から見据え、まだ行かせまいとメリディアンはやや語気を強めて月の魔女の名を呼んだ。
「…ブライヴのことだな」
「はい」
彼女とて、それの意味することを理解していた。
メリディアンがブライヴのことを気にかけているのは目に見えている。甘い男、というのは明らかであるからして。
だからラニは、彼を
「…私が、二本指を拒んだ時、それでもブライヴは、私の味方でいてくれた。ああ、神人たる私の、特別な従者であるというのに、二本指にしてみれば、とんだ出来損ないだったろうな」
こういうやつは、ただ素直に語るのが良い。飾った言葉は容易に聞き入れないだろう、ブライヴも、そういうところがあったから。
「私には過ぎた者たちだよ…ブライヴもイジーも────」
「であるならば…」
「イジーはともかく、ブライヴは耐え切れまい…元々大いなる意志より送られた存在…故に封じるしかないのだ。"律"と共に私がこの地から去ればその必要もなくなる
希望的観測。願望。
それが本当に上手くいくかなどラニとてわからない。しかしその道しかない。ゆえにただ一人暗き路を渡り、夜に旅立つ。
きっと元気で、どうか生きて。振り返らず、その背に家族の死体が散らばろうとも見ぬふりをしてゆく。見えなければ、知らなければ、それはまだ淡い願いのままでいられるのだ。そうしなければ、この路の真ん中で立ち止まってしまいそうだから…
バサリ、メリディアンがおもむろに首元に巻かれていた大布を広げる。
ラニの言葉を聞いて尚、彼の目は燃え上がる執着を映している。彼の手によって広げられたこの深紅のサーコートのように。
「私は…母より、このサーコートを託されました。
────密やかに、密やかに。私は唯一人託された。
ゴッドフレイでもなく、名立たる騎士たちですらなく、私に。
「…そして、その託された使命の中で揺れ動く、"母"としての…家族としての当たり前の願いを、私は叶えたいのです。私の
「お前は………そうか…それがお前の"
ラニは納得する。
自分が行く道が"暗き路"であるならば、メリディアンが歩むのは"火の路"。
足元から燃え上がり、やがて燃え尽きる苦行の"路"。
────ここに来てラニは、彼という存在が確かに、ここに
あの人の願いを叶えたいから、あの人と一緒にいたいから、あの人に生きて欲しいから。
そこには親子としての近似を感じていた。だが似ているようで、やはりどこか似ていないようで…そういう曖昧な類似が彼の輪郭をぼやかしていたのだ。
強い執着やそのために全てを捧げようとする献身の心、成程確かに
それでも違うと、ようやくわかった。
なぜなら"メリディアン"は、
あの赤髪は、燃える炎のような激しさなどではなく、紅葉のごとき終わりへの兆しに似ていた。
彼は違う。その髪は枯れ葉のような色なれど、内で
『あの子は、もう燃えるような情も、凍えるような力も置いてきてしまったの。あの子の"伴侶"を失った時から』
母レナラの
そして"メ
「私の道行にはブライヴが必要なのです。それと同じように、貴方にも彼が必要のはずです。…貴方の言う"暗き路"が孤独である必要などない。"律"と共に呆れ果てるような幾千の星を
家族と共にあれなかった名もなきメリディアンの子。
この壊れた地で残り続けていた、確かな家族という"結び"。運命などと、そんなものに
それと同時に、
「誓いましょう、私が必ず…いえ、私たちが貴方に暗き路を共に歩ませて見せます。だから力をお貸しください…私たちのためにも、貴方のためにも、どうかブライヴを────貴方の母である満月の女王レナラに」
"レナラ"
その名を出したことをラニは意外に感じたが…確かに、互いの母は古い友人同士、
先ほどまでのメリディアンに対する思考は奥底に仕舞いこみ、ラニは極めて冷静に切り返す。
「ブライヴを影従の運命から解き放つつもりか?それが上手くいくとでも?"不完全な儀式"を繰り返すだけの、母に?」
「道を探す価値は、あります」
「それを私が考えなかったとでも?」
ラニの言葉は、何よりも重々しい。
悲しいかな、ラニはとうの昔にその可能性を探り…諦めている。
「"
『────産まれ直しは不完全なのです…その術をかけられた者は皆
かつて結びの教会で出会った司祭ミリエルの嘆き。
多くは立ち上がることすら出来ない。"しろがね人"のように。
多くは長く生きられない。夜眠るように死に、朝目覚めるように産まれる。その言葉が比喩でもなんでもないことは、ラニはよく知っていた。
それでもブライヴ解放の解決の糸口なのは間違いないと希望を持ってレアルカリアに忍び込み、方法を探ったことは数知れず。
「考えたとも…だが、学徒は世迷言ばかり。母は最早、私が娘だと思い出すこともない」
結局は行き詰まったのだ。
重い沈黙が二人の間に降りる。
彼女の世間話のような語り草は、むしろ呆れるほどに何度も考え抜いた諦観ゆえの無色さ。
母であるレナラのこともあるのだろう、心を壊した彼女の元へ足を運ぶことは、少しづつラニの心をすり減らす。ましてや何も解決策を見つけれないとなれば尚更に。
今更何を。
ラニにとってはメリディアンの提案など、その程度のもの。
それでも彼は、彼女に再びそれを考え直して貰わねばならない理由がある。少しだけアプローチを変えつつ、彼は変わらない口調のまま再び立ち向かう。
「────レナラ様の"
ラダーンの大ルーンを得たとき、メリディアンはそれを確信した。
炎のようにそれは熱く、燃え落ちる星のような激しさを内包した大ルーン。それは彼の歩んだ道そのものが鏡写しのように反映されていたのだ。
「…しかし本来の所有者の"琥珀の卵"は意思なき"産まれなき者"。そしてレナラ様の禁忌の唱えを子守唄として産まれた時から眠り続ける存在…。ラニ様…琥珀の卵の大ルーンは、ラダーン様の大ルーンのように、レナラ様の秘術そのものに影響を受けているのではないでしょうか?」
「ほう…よく気がついたものだ」
何かを思い出したか?
でなければこの結論に辿り着くには、
思い出したというのならば、メリディアンの子である彼が知っていることは何もおかしなことではないのだ。永遠の女王マリカ、その友の子。むしろ多くを知って然るべき存在。
そして
ラニは目線でメリディアンに思い至った経緯を問う。この期に及んで隠し事などするまい?と。
「…ラダーン様と戦い、死した折に、また少し思い出しました。…妙な話です、本来褪せ人は死ねば失うはずだというのに…」
何故か、メリディアンは
…さて、ラニの態度で、メリディアンは自分の先ほどの問いが"是"であると理解している。ならば…
「大ルーンを琥珀の卵より抜き取り、ブライヴに与えることは出来ますか」
大ルーンとは鏡だ。
より強く光を反射する鏡。そして一度強く焼き付けばその色が染み込み色付く。
言わば色鏡。
特殊な条件下、"ルーンの孤"と呼ばれる"受け皿"を宿しているならば、大ルーンはかつての所持者の力の一部を、現在の所有者に
「琥珀の卵に宿る大ルーン…それが持つ力はレナラ様の"生まれ直しの術"。それを他者に宿すことが出来るならば、産まれ直しの力の一端を得ることが出来るのではないでしょうか」
メリディアンは言う。生まれ直しの力を、大ルーンを通してブライヴへと渡せないのか、と。そうして儀式を、完全な物に出来ないのかと、メリディアンは暗にラニに問う。
「何を考えているかはわかる。…だが、あの大ルーンは誰にも宿らん」
当然、ラニはこのことも検討していた。
「母に抱かれるだけの琥珀の卵のように…あれは隣にいることは出来ても誰かの内には
一度産まれた卵は母の腹には戻らない。
意思なきゆえに、その当たり前の事象が、何よりも強く大ルーンに反映されている。レナラの力を宿すのは間違いないが…卵とレナラ、どちらの力も色濃く浮き上がってしまっていた。
二色が混ざり、それらが問題なく美しい色を作り出すことに成功してしまったのだ。
ゆえに大ルーンは誰にも宿らず、力の一端を得ることは叶わない。
「────しかし、目の付け所は良い。かの大ルーンは、産まれ直す側が持っていれば
しかし本来産まれ直しの儀式を成功させるには、宿す必要などなかった。
そうだ、たとえば王の器を持つ褪せ人であるメリディアンが産まれ直しをしようと思えば…出来るのだ。ただ抱くだけで、出来てしまう。
「…それは」
「そうだ、宿す必要などない。ただ抱いていれば良いのだ────わかっているだろう?それだけでは、あいつはダメなのだ」
大ルーンは、確かに母の不完全な術を完全なものへと昇華させるだろう。だが、術は完全でも、
「問題は二つある」
4本の腕の内の2本の人差し指が立てられ、まるで教え子に口説くようにラニは
「一つ…それはブライヴ自身に問題がある」
「"影従の獣"とは大いなる意志より選ばれた存在と認識しています…それでも儀式の"器"としては不適格だということですか?」
「認識が違うな。あいつは選ばれたのではない。
「マリケス…」
レナラの秘術は、これにより正しく行使することはできる。
しかしブライヴ自身が、それを拒むのだ。ゆえに儀式は不完全になってしまうのだと、ラニは言う。彼の
「────ところでお前はエルデンリングとは何なのかを知っているか?」
「…この地を司る"黄金律"そのもの…でしょうか。大いなる意思が古くにこの地にもたらしたことは知っております」
突然の話題の転換に、しかしメリディアンは怯むことなくついていく。なんだか講義じみてきたなと口を挟むことはしない。
「ふむ、間違ってはいないが、少し補足するか。お前の言う通り、エルデンリングは確かに狭間の地を律する"黄金律"となるべくして大いなる意思が送り込んだもの。しかし黄金律は必ずしも
「異なる…────成程、幾人もの神人の中から、例えばマリカ様が選ばれなくとも、それは大きく見れば『黄金律』として呼ばれることに違いはなかったということですか…そもそもが二本指が選び出した者たちが争う以上、その"大枠"から外れるはずもないと…」
"黄金律"の中の"黄金樹信仰"
あくまでかの戦いは、『黄金律』の座を奪い合う戦い。それ以外など、望むべくもない。
「その通り────とは言ったものの…マリカが神となることは規定路線だったようだがな…」
"永遠の女王"、"宵眼の女王"…そして"
黄金樹時代以前の神を決める争いすらも、結局は掌の上。
ああ、例え"夜"などと、まるで別物かのような名を冠していようとも、所詮狭間の地は大いなる意思の箱庭の中での話。
「マレニアの"腐敗"、ミケラの"無垢金"…そして私の"夜"…次代の神人として選ばれた者たちが掲げる"律"…結局はそれら全てが"黄金律"という大きな枠組みで括られているわけだ。全ては、
「…」
なんとなく、メリディアンの脳裏にラニに一方的に
同時に、かつてレアルカリアをひどく扱き下ろしていた時のブライヴも思い出した。ブライヴもドン引きの所業をたまにするのがイジーらしいので、カーリア民は結構血気盛んであるらしい。陰謀の夜を起こしたラニを目の前に、ひどく今更である。
「話が逸れたな。エルデンリングとは何だったのか…ここからは言い伝えを含んだ…つまり仮説の話。エルデンリングとは大いなる意思が落とした流星、そこより産まれ
「あるもの…?」
「"
或いは最初からすべて一つのものでしかなかった、か。
「黄金樹の…"獣"。エルデンリングも、黄金律も"獣"も、全ては同じ一つのものから…?」
「さあな…結局これ以上は、何もわからないのさ。獣の話すら、本当かどうかも…。"獣"とは、そもそもなんなのか?大いなる意思の望んだ"黄金律"とは何をもってそれと成すのかぐらいは見当がついているとはいえ…」
ゆえにラニは自らの律を掲げ、それを暗き路へと
それこそが二本指が望まないラニの思惑。
「確信を得るために探り続けているものの、私にもこの身体のせいで限界がある。忌々しい…何より、やつらの送る"影従の獣"もまた、どこまで行っても
何故彼女がエルデンリングの話をしたのか、メリディアンはようやく気が付く。
"獣"だ。
ラニはその"獣"とブライヴを重ねている。
────…その通りだ。
ラニは塔の狭い天井を見上げる、まるで空を、いつかの空を思い出すかのような。
「ブライヴは………天より降ってきた…母の言う
声が震える。
幼少の折、銀色の光が一筋カーリアの城へと流れ落ちた。天より流れ落ちた
紛れもない、大いなる意思が、二本指が送り込んだ、"獣"…!
「…ブライヴは、"影従の獣"とは、二本指の被造物なのだ…────お前が地下で見た、ただの"銀の雫"でしかないんだ」
メリディアンにサーコートが託された「理由」と「本心」は別物だということを、わかり辛いと思ったので一応言及しておきます。ここが結構ややこしいのです…
さて、次もまた分かり辛い話が続きますが、まぁ雰囲気で流してしまっても大丈夫ですので、そこは気楽に読んでいただければと思います。作者の拙い脳みそのせいで文書が非常にわかり辛いのは大変申し訳ないです。
遠慮なく疑問などがあればお聞きください。感想も、いつでもどの話に対してでもお待ちしております。
■メリディアン
ブライヴと共に歩むために、ラニとの対話に臨む。
互いに知っていることでもあえて確認し、整理しながら話を進めているようだ。
待っていたのは無情な真実であった。
■ラニ
たとえそれがただの被造物なのだとしても、誰よりも大切な家族であることに変わりはない。
言葉にするだけでも、ただ心を蝕む。
■ブライヴ
空から降って来た、ただの銀の雫。
しかしそのルーツは、地下で見たものとは違うようだが…
■メリナ
話に加われないことを寂しく思いつつも、彼の切実な目が彼女を押しとどめる。
いつかその理由を、知れると願って。
■アレキサンダー
信じて待つ、それだけ。
□獣
叫びの下から…やがて獣が滲み出る。
- 写し身の雫の遺灰 -
召喚者の姿を模倣し、戦う霊体
ただし、その意志までは模倣できない
永遠の都が、王を創らんとした遺物である
- 波紋の剣 -
若きしろがね人たちの特別な得物
彼らの生命の原初とされる、波紋を模した剣