"銀の雫"
生物と物質の中間体である存在。
…とはいえ"永遠の都"でメリディアンも戦った"写し身の雫"ともその根本は違うために、ラニの言葉には少し
あれはノクスの民たちが"王"を創らんとした際に生み出された遺物だった。しかしこれはあくまで大いなる意思が彼らから着想を得て造り上げた別物。便利な銀粘土のお人形。
確かな自我を持ち、自らで道を決め…しかし絶対的な二本指の傀儡。
────…しろがね人は黄金樹に祝福されぬ
火のない所に煙は立たぬ。
出自は違えど、しろがね人もまた銀の雫を基に創造された生命。永遠の都の銀の雫も、しろがね人も、そして影従の影ですら黄金に祝福されていない。
だが、黄金律と言えどラニは暗月の申し子。
それはまさしく永遠の都に連なる力を持っていた。黄金がラニとブライヴを繋げることはなくとも、暗月が彼女たちを固く結んでいる。結んでしまっていた。
結果として、ラニは他の神人よりもずっとしつこく二本指に付きまとわれる。かつて大いなる意思が滅ぼした永遠の都の残り香を漂わせていることが、余程気に入らないらしい。
「産まれ直しの秘術それ自体が"黄金"ではなく元々は"夜"の法。ならばブライヴとは逆に相性が良いのではないか?…そうではないのだ。あくまで"銀の雫"…その幼体である"雫の幼生"は、産まれ直しの儀式に必要な生贄。同質…とは言えないが、似た存在である
"
それが産まれ直しだ。
だからこその禁忌。秘術。"
それでもレナラは、かつての夫であるラダゴンが贈った琥珀の卵…加えてそれと同じく、
ラニは思う。
ラダゴンは何をしようとしたのか?
このような禁忌を探究し、しかしレナラと共に全ての記録をカーリアに捨て置いた。
"我が事は、すべて秘匿と心得よ"
ラダゴンの残した言葉。ラニはその言葉を、かつて秘匿を強いられた魔術師から
それが指し示す事柄は、
どちらにせよ、ブライヴのような存在では、ダメなのだ。生まれながらに"
なればこそ突き放す…ただ生きて欲しいから。例えブライヴが何者でもあろうとも、その想いが揺らぐことはない。
「そして
────ずぅっと真っ暗なんだよ
────そしたらね、先っぽが小さく光る木があったの!
────知ってる知ってる!追いついたと思ったら、すぐ遠くにいっちゃうんだよね!逃げ水みたい!
────ついて来てほしいのかな?
────きっとそうだよ、だって、そうやって私たち生まれ直せるんだもの!
「…辺りは暗く、ただ一つだけ薄く光る灯火の樹が見え…それに辿り着くと次の灯火が、また辿り着けば次が、そうして導かれる」
「────だがある時、それは途切れる。ふっつりと」
「あてもなく、惑ううちに光が降ってきて、やがて母の声に引き上げられるのだそうだ」
「幾度となく死ねる者ならば、死んだことのある者ならば知っている…私もまた、
「…」
「"陰謀の夜"…そう呼ばれているあの夜。私は肉体を殺し、魂だけの存在となった時…確かに見た」
あの時、ラニもまた一度死んだのだ。
それが身体だけの死であったとしても、確かにあの暗い世界…"霊界"を通ったのだ。
「灯火だ、青白い」
忘れもしない。祝福に似た、死者の道標となる灯火の樹。"ヘルフェンの黒い尖塔"とも呼ばれるあれらを。
ただ導かれるままに辿り、しかしやはりそれは幾つもの果てに途切れた。
けれどもそれだけではなかった。帰る場所などないと言うかのように、学徒の言う母の声も、降り注ぐ光も、導きも何もそこにはなかった。
ああ、だってほら、全てを断ったのは自分自身だったから。
────失敗した。
あの時私は、確かにそう恐怖した。
霊界のことを、甘く見ていたと言われればそれまでだ…しかしただの一人も、デミゴットは今まで本当の意味で死ぬことなどなかったのだ、気づきようもない。
何というお笑い
…私はそれが罰なのだと思った。だが────
「突然…青白い、冷たい火がたどたどしく地を這った。それは尖塔に灯る炎と同じものに見えた」
「────
「そうだ。かつて黄金樹なき時代、死は霊炎によって焼かれたという。黄金律から外れた私を、
不思議な話だろう?ラニは小さく笑う。
その美しい笑みには、やはり己への
ラニ自身、結局その事象に説明をつけれないのだ。あり得ざることが起こった、ということしかわからない。
それはデミゴッド最初の死者たちだからこそ起こったことなのか、それすらも。であればゴッドウィンは…
「死ねば魂は霊界を通る…私も変則的とはいえ例外なく、そこを通った。産まれ直しの幼い学徒たちも同様だろうが、儀式が不完全なことに加えて、あやつらは正しく戻れていないのだ」
「…褪せ人を導く"祝福"のような、道標がない…?」
大いなる意思に見捨てられたこの地の住民は、多くが導きを失っている。学徒またも同じ。いまやそれは褪せ人が持ち得ているが、その"導き"が
「そうだ、あることにはある…が、必ず
思えば、あの
導くだけ導き、しかし結局は失い途切れる。なんのためにあるというのだ?あれは。
「褪せ人もまた同じ…」
「そうだ。儀式は不完全ゆえに学徒たちは多くを失い戻る。…しかし褪せ人もまた幾度でも死ぬことは出来るが、段々と"何か"を失っていくことに変わりない。学徒が母に呼び戻されるように、褪せ人は"祝福"によって呼び戻されてはいるが、それは奇妙なことに産まれ直しと同じで
覚えていないだけで、皆"霊界"を通っている。そして少しづつ欠けていく。完全ではないとはそういうことだ。ただ、正しく道を理解しいる者ほどそれはゆっくりなのだろうか。英雄が死を糧に突き進めるようにと、強い
「"律"の砕けが影響しているということでしょうか」
「おそらくな…産まれ直しの秘術自体はエルデンリングが砕ける以前から続くものではあるが…もともとが不完全な儀式ゆえに、砕ける以前からずっと干渉されていたのだろう…
黄金樹なき時代の"死"。
ラニが先ほど言ったようにかつて死した者は霊界にて霊炎に焼かれたという。女王マリカが"死"を取り除いたことにより、それは"環樹"という、黄金樹を介した輪廻へと代わり、久しく誰もが忘れていた。
「そうして黄金律が砕け、付け入る隙を与えた」
各地に出現する"死儀礼の鳥"。
メリディアンも夜に羽ばたく彼らを遠目に見たことぐらいはある。狭間の地を覆っていた黄金律に傷が出来たことで、彼らはそこから溢れ出ていたということらしい。
"律の傷"
ロジェールが教えてくれた、死に生きる者たちが蔓延した原因の一つ。獣の司祭グラングの集める"死の根"、これもまた元をたどれば"陰謀の夜"に繋がる。
…その首謀者たるラニ。しかし、なぜだろうか。彼女が望んであれを起こしたなどと、どうにも思えないのだ。
「────また話が逸れたな…。例えば
褪せ人は黄金と紐づいている。それでは意味がないのだ。呪いは黄金よりもたらされているのだから。
乾いた笑いが空虚に霧の中に惑う。
「…私では手出しのしようもないあの霊界に、正しく導いてくれるもの…そんなものが、あるのか?黄金律の導きを断ち、その上で霊界を導かせる…どうしろと言うのだ?そもそもが、この仮定が正しいと断言も出来ない」
「ラニ様…」
苦悩が彼女を
自らの道、”律”を求めながら、しかしそれは家族との永遠の別れを意味する。覚悟はしている、生中な想いでここまで来れるはずもなし…けれどもほんの一握りの私情が、心にのしかかる。
これは諦めだ。そうやって諦め、切り捨て、進んでいくのだ。過去も、未来も変わらずに。
それが
何者かに成るために何もかもを
「…そう、ですか…やはり────」
「そうだ、無理なのだ…母でもってしても」
「────
ラニは目を見開き、思わず男の顔を見る。その左目は、一瞬、息をのんでしまうような…まるで赤熱したかのように赤い"灯"をその中に見た気がした。
気のせいだったのだろうか、ただの暗く青い瞳が今は目の前にあるだけ。
「どういうことだ…?」
「確信しました」
メリディアンは思わず、といった様子でゆっくりと立ち上がる。
ラニはその力強い顔を努めて冷静に見上げ、沈黙で続きを
「父の話をしましょう」
父。
唐突に、彼の口から飛び出した存在、ラニすらも知りもしない、今この場では"
ラニがエルデンリングのことを彼に問うたように、前提の話が必要なのだろう。彼女は頷き耳を傾ける。
飛び出したのは、想像もしなかった言葉。
「父が母と出会ったのは、この狭間の地に母が来てからのことです────父は…母の
「なんだと…っ?」
立ち上がる事こそなかったにせよ、その言葉はラニに少なくない衝撃を与えた。二本指、その銀の
彼の母メリディアンは
一呼吸。目を閉じ、ラニは2本の両手、その指先を合わせて心を落ち着かせる。しかし残りの両手は膝の上で拳を握り締めていた。
「………続けろ」
「はい。ここまで言えばお気づきでしょうが…私は父の要素を全くと言っていいほど受け継ぎませんでした」
それは確かに、そうだ。
…そして
だからこそ、疑った。
だからこそ、ラニはメリナに聞いたのだ。
メリディアンは本当に、メリディアンか?と。
…悪い予想は外れたようだが。
「この身に"狼"は宿らず、ただ母の全てが私に与えられました…父の顔すらも私は知りませんでしたが、当然、私はこのようになった理由を母に問うたことがあります」
母とよく間違えられましたので、と…彼は小さく笑った。
思い出せたきっかけは、ラダーンに受けた傷が原因で死んだ時。ようやく、メリディアンは母の声を思い出せたことに感謝しつつ、記憶の断片を拾い上げていく。
「母は教えてくれました」
それは"祝福"なのだと。とてもとても個人的な、大いなる意思の見せる"祝福"とは違う、もっとささやかなもの。
喪に伏す黒いヴェールに顔を隠したまま、母は泣きそうな声で答えてくれたのだ。
『
ゆえに父は自身のなにもかもを残さなかった。牙も銀毛も、鋭い瞳もなにもかもを。愛は過ぎれば信仰となる。信仰は願いを"祈祷"へと昇華させ、淡い奇跡を起こしてしまった。もしくは父の
それは致命的なすれ違いだった。メリディアンはただの愛が欲したかったのだ。父のそれは最早"信仰"となってしまっていたと、母は嘆いた。
父の行いは間違いなく、全てが母のためだった。産まれたとて亜人に、獣人に類する子など、或いはしろがね人のような祝福されぬ存在など黄金律では歓迎されるはずもないと。だからこそ悲しくて仕方がなかったのだろう。その"奇跡"に母は最愛の終わりを見てしまったのだから。
そうして当たり前のように父は死んだ。自らに刃を突き立てて。
メリナが封牢の前で見た夢とは、その直後のもの…
…残酷なことに、マリカの黄金律が、友から脅かされなくなった瞬間である。
「────けれどもたった一つだけ、父から受け継いだものがあります。ずっとずっと誰も気が付けなかった、私自身すら…いえ、思えばマリカ様や母ならば気が付いていたのでしょう…この身に宿る"祝福"に」
一歩前に、彼が歩を進める。
ラニには見えない赤い左目が、美しく
「私
「祝福であり、願いであり、呪いであり…今は希望になりうるはずです」
「永
今度こそ、ラニは立ち上がった。
「待て、それは、…そういうこと、なのか………────そうか、それならばもしや…」
「はい、可能です、十分に」
この日、月の魔女は確かに小さな灯を見た。
ラニにとっては希望であり、メリディアンにとっては祝福である暖かな灯を。
それがラニの家族を繋ぎ、手繰り寄せ、結ぶのかは、まだ誰にも分かり得ないことだ。
ケイリッドの地で星に届けと高く昇った”灯”。あの
そうだとも、ラニは眠りの中でも、燃え落ちる星を感じていた。夢の中にまでも届いたその光は、ずっとずっと彼の存在こそが導きになるのだと教えてくれていたのだ。
ラニはこれより、それを知ることになる。
「それからもう一つ。全てを終えた後に…ラニ様にお願いしたいことがあります────」
「────やはりこのために…メリナを外させたのか」
「はい」
その瞳は確かに、彼の語る父と同じ灯を
ラニはただ、静かに頷くことしか出来なかった。
────────────
────────
────
信じられないことを聞いた。ブライヴの目はそう言わんばかりに見開かれている。
「あれは成功することのない禁忌だ。ラニとお前が力を貸しさえすれば正しく作用すると、お前は言っているのか…?」
「加えて。
今、メリディアンはブライヴに全てを話すことは出来ない。
ここにはメリナもいる。あの場での最後の話は…彼とラニだけの秘密。異なるとて己の"路"を定めた者たちの密会。
言葉を選びながら、メリディアンはブライヴへと投げかける。
「私の中にある"灯"、そして褪せ人としての"器"…メリナの"
「…本当に成功するのか?」
「
メリディアンの執念が、言葉に
その静かな力強さに、半狼は
「俺は、お前を、信じたいと思っているらしい」
「ブライヴ」
「信じるための、言葉をくれ」
周りが自分のために動いている。
分かっている。きっとそれは真実なのだろう。
だが、いまだにこの目で見ること叶わず、家族によって牢に押し込まれたという真実が苛んでいた。そしてブライヴを成功したことのない産まれ変わりの秘術で造り変えるという。
これらの事態は、とっくのとうにブライヴの許容量を超えていた。
アレキサンダーの言葉は確かにブライヴに届いている。けれども後一歩、欲しかった。それはブライヴの弱音だったのだ。力なく項垂れるように、迷いに包まれた声色がメリディアンを揺さぶる。
『であればやはり昔話────』
『しっ!』
空気読め。
封牢の外で話を聞いていたアレキサンダーと叱るメリナの声を背景にブライヴは眉間に指を押し当てて呆れ果てたが、むしろメリディアンはアレキサンダーのその言葉にこそ得心いったらしい。
「…ラダーン様と戦った後、少しだけ、思い出した。私がこの地を追われたのは、お前が生まれる前よりも古い話だと言っただろう?」
今では恐ろしく昔の話。
荒れた大地と生ける屍しか覚えていないほどの。
「────"ゴッドフレイ"。エルデの最初の王…私は彼に仕えていた騎士。かの御仁がケイリッドで嵐の王を討ち取った
────我が王よ、"王の戦士たち"よ。お前たちから、祝福を奪う。
そして、その瞳が色褪せるとき、狭間の地を追放する。
外に戦を求め、生き、そして死ぬがよい。
かつてメリナが教会で教えてくれたマリカ様の言霊。
今では彼女の声ではなく、マリカ様自身の声で思い出せる。
そしてこの言葉には続きがあった。
「王都より離れたケイリッドを前にした教会で、戦いに備えた我々に対しマリカ様は姿を現しこう宣告していたんだ」
────そして、お前たちが死した後、いつか奪ったものを返そう。
狭間の地に戻り、戦い、赴くままにエルデンリングを掲げるがよい。
死と共に、強くあれ。王の戦士たちよ、我が王、ゴッドフレイよ。
「ああ、今ではよく思い出せる…」
我々は、いやゴッドフレイは再びこの地に戻り再びエルデンリングに
"大いなる意思"の思惑から外れた"狭間の地"の外に飛び出し、戦い、戦い、戦い果てて得たものをもってして全てを打ち砕けと。
「
何故か、私は狭間の地の外で死に、祝福を得て立ち上がった時に役割すらも忘れていた。
「そしてこの地へ降り立ち母の死を知った。メリナと出会った時、私はさらに少しだけ思い出した…母のこと…そして、永遠なる女王、マリカ様のこと…彼女らが私に与えたもの、託したもの、それを思い出したんだ」
燃える黄金樹のサーコートを握りしめる。
未だ明かせぬ本当の意味。
「それが"使命"だ…使命と、私自身が決めたことだ…母たちのあの願い。
それは彼女たちの心の片隅にあっただけのものでしかないのだろうけれど、私にとってはそれこそが叶えたい願い。
なぁブライヴ、お前がラニ様に仕え、命を賭して生きるように、私も同じなんだ。
「ブライヴ…お前と私は同じなんだ、ブライヴ。私はお前を失いたくない。私だけじゃない、ラニ様も、イジー殿もメリナもアレキサンダーも、同じだ。影の友、半狼のブライヴ…こんな所で立ち止まれないだろう?」
────信じるための言葉が欲しい。そうお前は言った。
けれどもブライヴ、私はお前に訴えかける方法などわからないんだ。
いつだって私は正解などわからない。けれども、何もわからなくても私たちは共に歩めたし、共に手を差し伸べることが出来た。
不確かに歩む私たちだけれど、それでも、獣道のようだとしても道となっている。
私はそれを、お前にもう一度思い出してもらうことしか、出来ない。
「必ず、最後まで、皆で────共に…」
この歩んできた道こそが、私の証明だ。
「…」
ブライヴは、静かに天を仰ぎ見る。
だというのに今でも幻視するのだ。
あの落ちる星を。
ラダーンを討ち取った、灯を。
とっくのとうに、ブライヴはメリディアンに魅せられていた。瞼の裏に焼きつき、そこから飛び出し、見えないはずの暗闇の先を照らすほどに。
「口下手なやつだ。口下手な男、口数少ない女、口すらない壺…」
最初から、答えなど決まっていたと言うのに。
人のことなど言えた身ではないな…
「メリディアン」
「ああ」
「頼む」
「ありがとう」
「…なぜお前が礼を言う」
「口下手だからな、説明できそうもない」
「そうか…はは、そうだったな」
皆で共に。
────…などとしんみりしたところで、すっかり油断していたブライヴ目掛けてメリディアンは鏡が隙間なく張り合わされたかぼちゃ兜をブライヴにがぽり!!と被せてやる。
「おい!?なんだこれは!?」
見覚えがあるな!?ボックがいた時に同じようなことをされたことをブライヴは思い出す。
…そう!何を隠そうこの兜はイジーの力作だ!
メリディアンがラニと話す前にイジーに頼んだ物はまさにこれである。
鏡面の兜を分解し、道具入れになっていたかぼちゃ頭の兜に貼り合わせて加工したのだ!
「落ち着け、ブライヴ」
「返答次第だ」
急に冷静になったブライヴは正直、逆に恐ろしかったとメリディアンは後ほど語る。
「これは大いなる意志の介在を防ぐための手段だ」
「本当か?」
「イジー殿の兜を思い出せ、あれもその目的のためにあったんだ」
「…本当なんだな?」
「イジー殿が参考にしたオリジナルがあったのが幸いした…しかしお前の頭に合う形状ではなくてな。イジー殿に加工してもらったんだ。実に楽しげに作っていたぞ」
「……本当だよな??」
「…実のところ、効力がどれほどかはわからない。だからこれはあくまで保険だ。封牢の中とて油断できないからな…私たちは、出来るだけ早く解決策を用意する。そのための準備を、今皆で進めている。それまで決してそれを脱ごうとするなよ?」
「………いいだろう。だが一つ言わせろ。この
「………今は時間は惜しいから、な?」
「本当か???」
「いいか、吉報を持ってまた来るからな」
メリディアンは目を逸らした。
しかし幸いなことに、ブライヴは兜のせいで前がよく見えていないので、その分かり易い反応を見ることがなかったのである。
メリナが笑いを少し堪えていたのも、見られることはなかった。
しかしアレキサンダーは空気を読まぬ。
「ワハハハハ!似合っておるぞブライヴ!ちと間抜けに見えるところもまた愛嬌よ!」
「お、お前…!…くそっ!理にはかなってはいるんだがな!?」
「…っ!ふ、…っ」
「…おいメリナ、笑ったか?笑ったな?笑ったよな?」
「よし、行こうかメリナ」
「え、ええ…」
「ワハハハハハハハ!!」
「…あら、貴方…もしかして貴方も、産まれ直したいのかしら?」
その瞳は虚で光を宿さず、夜よりもずっと深く濁ったまま。
「満月の女王レナラ…レアルカリアの
その手に、触れる。
「お願いに参りました」
「貴方も、私の愛し子、タマゴから、産まれ直したいのかしら?」
その目に私を映すことがなかろうと。
「ずっとずっと、何度でも何度でも生まれ落ちるのよ。愛しい愛しい貴方たち」
「怖がることなんてないわ…きっと、そうきっと良い子に産んであげるから」
「そうすれば外に出る必要なんてないの、灯りもご本もなくなることなんてないわ」
「ここでならずぅっと眠っていられるのよ」
「産まれた時も、生まれる前も、お墓になった時も、ずぅっとね」
「だから貴方、怖がる必要なんてないのよ?」
「────我が母レナラ………お母様、どうかそのままお聞きください」
既に進むべき"
「私は夜空に行きます」
「星と月、冷たい夜の律」
「…そしてそれを、ずっと遠くへ連れて行きます」
「そのための旅路は、孤独であるべきでした。ずっとずっとそう思っていました」
「────そうあるべきと覚悟したというのに、それでも私は、私の家族を連れて行きたい」
「お母様…私とて寂しいのです。こんなこと、誰にも聞かせられないな…」
「フフッ」
「…あぁ、そして、"メリディアン"の名を名乗る、彼女の子が来ました。不甲斐ないことに、すぐには思い出せませんでしたが…昔、彼女の過去の話をしてくれましたね」
「女王マリカの友、何を掲げるでもない稀人の婦人。ただ友のために"
「もう何も、自分について話そうとしない彼女の話」
「その、"子"が来たのです。意志を継ぎ、成し遂げんとする"燃える黄金樹"をシンボルとする彼」
「…私は、私の家族を救いたい。そして私の家族を救わんとする彼を、私もまた助けてみたい…そう思うのです」
「これは欲深いことでしょうか?陰謀を企み、自分勝手に世界を壊そうとする私が望むには過ぎた願いでしょうか」
「わかっています。あぁ!けれども"希望"を見せられてしまった。導くように…暖かな"灯"が揺れるのを見せられてしまった…例えそれが遠くとも…」
「お母様、私は────」
ゴトリ、と琥珀が床へと転がる。
それは卵だった、それは"希望"だった。
ハッと、思わず顔を上げた私は母を見る。
相変わらずその瞳は虚を輝かせるのみ。
「あぁ、私の愛しい子、すぐに抱いてあげるからね」
しかし身体は卵に手を伸ばすことなく、虚空を仰ぐばかり。
唐突に、私はその空いた両手の隙間に飛び込みたい衝動に駆られた。古い記憶、幼い幼い母との記憶、それが溢れ、人形の身体を動かそうとする。
────それでも、私は滑り落ちた琥珀を丁寧に拾い上げ、するりと宿った大ルーンを抜き取った。
そうして母の腕の中へと戻すのだ。琥珀に残った母の両手の温もりを惜しむかのように、ゆっくりと。
「また来ます…その時は、皆を連れてきます」
産まれなき者と母に、今はただ感謝を。
儀式の際にはまたここに戻らねばならない。その時はもう、"魔女"として。
娘として顔を合わせるのはこれで最後。それでもラニは背を向け、悠然と去ってゆく。
「ああ、ラニ、私の小さな娘よ…貴方の夜をお行きなさい」
────僅かに、その背が揺れる。けれども、もうラニは振り返らなかった。
更新再開から今回で6話目です、と一応の注意書きを。
また、誤字報告ありがとうございます。いつも助けられております。
灯火は"ともしび"と読む場合も多いですが、今作では基本的に"とうか"と読むようにしています。元々場面ごとで使い分けられるものですが、航空用語的なものを意識しているので今回はこちらです。「航空灯火」など。
より高いところで、或いは暗いところで目印になるイメージが私の中で強いために、そう読んでもらっていました。
しかし個人的な拘りですので、どちらでもお好きな方で読んでくださって大丈夫です。
相変わらず、回りくどかったりと分かり辛かったと思います。疑問、感想等、いつでもお待ちしております。いつの話でも、割と関係ない話でも歓迎しております。
■
狼の子。
時々主人公を狼と関連付けたりしていたのはこれが理由です。
ブライヴもまた、最初から無意識に同種としての親近感を持っていたのかもしれませんね。
父より受け継いだ"メリディアンの灯"を宿し、運命に風穴を空けん。
■鏡面かぼちゃ狼人間(ブライヴ)
メリディアンとイジーが真剣に考えた上でのかぼちゃ頭なんだ、耐えて下さい。
■メリナ
ハサミで彼の髪の毛を
皆の持つあのタリスマンに恩寵を継いだこと、それは"接ぎ木"の力。
彼女の力もまた、なくてはならないもの。
■アレキサンダー
話の流れ的に空気になりつつあるけど当人は全く気にしてない。
それでこそよ。ありのままであれ。
■ラニ
揺らめく灯火に、希望を見出す。
罪人がこんなことを望んでよいのか。だがその迷いも、彼の眼の奥に輝く炎に焼き払われた。
■レナラ
さぁ、貴方の夜を。
■産まれ直し
永遠の都の禁忌。
かつて銀の雫を使って身体を作り変えんとした儀式。それは夜の民にとっては失敗作でしかなかった。
ラダゴンがレナラとの交わりで見つけ深く研究をしたが、彼の望んだ成果も、ついぞ出ることはなかったのだ。
レナラはそれを知っていたから、彼を失った後にただ耽った。狂った行いと知っても、ただ。
□────
名も伝わっていない影従の獣。■■■■■の父。
力なき者が産まれるように、どうか黄金に
彼の命が終わった時に、奇跡は確かにマリカとメリディアンの争いを終わらせた。
そうして母は黒いヴェールを、その命終わる時まで被り続けることになる。
- しろがねの凝血 -
しろがね人とは、人に創造された生命である
それ故に、彼らは黄金樹に祝福されぬ
穢れた命であると考える人々がいる
- かぼちゃ兜 -
すっぽりと頭を覆う楕円形の兜
とても重く、とても硬い
その内は暗闇であり、狂兵の恐慌を抑える
横方向に確保された空間も
圧迫感を無くす工夫であろう
- 幼年学徒の帽子 -
レアルカリアの長たる女王レナラ
その琥珀のタマゴにより産まれ直した
幼年の魔術学徒たちの帽子
しかし、その産まれ直しは完全ではなく
彼らはそれを、ずっと繰り返し
いつかそれに依存してしまう
夜眠り、朝目覚めるように
彼らは産まれ直し、すべてを忘れいく
- 産まれなき者の大ルーン -
満月の女王、レナラの抱く琥珀のタマゴ
産まれなかったデミゴッドの大ルーン
「産まれ直し」を完全なものにする
レナラの産み直した子供たちは
皆脆弱であり、また短命である
それは完全ではなかったのだ
- ヘルフェンの尖塔 -
霊界において死者の道標となる灯火の樹
ヘルフェンの黒い尖塔を模した大剣
その灯火は祝福に似て
英霊だけが、それを見ることができるという
- 爆ぜる霊炎 -
まだ黄金樹無き頃、死は霊炎に焼かれた
死の鳥は、その火守りなのだ
- 狼紋章の盾 -
月下の狼が彫り込まれた上質な盾
それは、カーリア王家の盟約の獣であり
遠き地でも忘れえぬ、月の誇りの象徴である
- ラニの暗月 -
カーリア女王の象徴となる魔術
母レナラに手を引かれ、幼いラニに出会った月
それは、冷たく暗い神秘の月であった