エルデンクエスト   作:凍り灯

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幽邃険路

 

 

 

 

 

ラニの人形があった。

手のひらより少し大きいとか、その程度の、だ。

 

「よく出来ているな…一体誰がこんなところに?」

 

 

 

"────私も旅立とう。私だけの、暗い(みち)に"

 

 

 

ラニは、ラニだけで決着をつけなくてはいけないことがある。

そう聞いてメリディアンはその意思を尊重する気だった。ただ一人成し遂げなければいけないことがあるのはわかる。わかるんだけど…

 

『………なぁブライヴ』

『………なんだメリディアン』

『ちょっと様子を見にいかないか?』

『俺もちょうどそれを言おうとしていたところだ』

『貴方たち…』

『ワッハッハ!どちらも心配性だなぁ貴公ら!』

 

ラニが使ったとされる転送門を見つけてしまったせいで、その意思は砂のように崩れ去った。

メリディアンは言わずもがな、一度懐に入れた相手────別に入れてなくてもな気はするが────にはかなり甘いと言うか、当人の意思など関係なく生存を優先させようとする悪癖(?)がある。

 

ブライヴは当然ながら純粋に心配である。"指殺しの刃"なんぞ使ってやることは一つ。それをブライヴは伝えられていた。ゆえに確実に危険だと言える。いかにラニといえど今は人形の身、()()()()()()()()()、どうにかなるものか…

冷静に判断しても、"剣"が必要だろうに。

 

そもそもメリナもアレキサンダーも、特に異論はない。

二人はメリディアンの意思を尊重している。その上で、苦難を共に超えた半狼の言葉を無碍(むげ)になど出来るはずもないのだ。

 

彼らは思っている以上に、固く結ばれている。

 

────さて、そうやって転送された先は再びの空なき地下世界。流れ着いたと思われる石櫃(せきひつ)が滝壺に溜まっており、そこにラニ人形がちょこんと置いてあったのだ。

 

一応得体の知れないものではあるので、手に持つようなことはせずにメリナがしゃがみ、人形と目線を合わせて首を(かし)げた。

 

「ラニ本人が置いたのだとは思うけれど…」

「むーん?ははぁ!なるほど!目印ということだな!」

「そうか、そういう場合もあるのか…だがアレキサンダー、誰に対してだ?」

「さっぱりわからんな!」

「おい、ラニ…何をしている」

『…』

 

その瞬間、一同はブライヴを一斉に見た。

 

「…全く、お前は俺がいないと何も出来んのか」

『……』

 

人形を持ち上げ語りかけるブライヴ。

その様子に…身も蓋もないことを言うならばみんな引いた。

 

メリディアンと、メリナすら一歩後退(あとずさ)り…しかしアレキサンダーは「成る程な…」と理解者づらして頷いてみせる。

 

「ブ、ブライヴ…?お前…その、まぁ、そうか…人ぞれぞれだしな。大丈夫だ」

「ええ、まぁ………ええ…」

「うーむ…しかし貴公ら、ほら、そこもまたブライヴの魅力ということだ」

「待て待て待て!?勝手に各々(おのおの)完結させるな!間違いなくこれはラニ本人だ…ほら、もういいぞ、ラニ」

『………』

「…」

「…」

「…」

「………違うっ、お前たちは今勘違いをっ…違う!」

「落ち着け」

 

すかさずメリディアンは自家製の鎮静効果のある香薬を嗅が────す前にブライヴの平手がメリディアンの手を叩き落とした。「嫌がらせか??」「すまん、鼻がいいからキツかったんだよな、忘れていた」「本当か??」

────そのやりとりを見たからか人形から、思わず、と言った風に笑いが漏れるではないか。

 

『………っクク』

「…!?〜〜〜〜っ!!!」

「落ち着けブライヴ落ち着け、今ので理解した、だから握りつぶそうとするな本当に、なっ、ほら!?ラニ様!ラニ様!?落ち着かせてください!」

『クフ…ハ…フフフフフッ…』

「ダメね…笑いのツボに入ってる…」

「アレキサンダー!」

「いや、俺が止めるとそれこそ潰してしまいそうでな…」

「ブライヴ!ブライヴッ!Shit(ああ、くそっ!)!」

sit(お座り)!?本当に死にたいらしいな!?」

「違うんだ!お前は今勘違いをっ…違うんだ!!」

『ハ、ハハハハハハアッハハッ、フハ…ッ…!』

「どうしよう…」

「うーむ。こういう賑やかな旅が素晴らしいのだと、俺はわかってきたぞメリナ嬢」

「そう…確かにそう、かも…?」

 

────────────

 

────────

 

────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ブライヴ、まさかお前が、こんなにも愉快な旅をしているとは思っていなかったぞ………クッ』

 

何とか持ち直した月の王女様がブライヴに軽口をたたく。

幾星霜ぶりの大笑いに、さしもの彼女もやや気恥ずかしそうではある…いや、小さな身体のせいで分かりづらいのだが。

 

「放っておけ、ラニ…────で?お前はどうしてまたそんな小さく…趣味が変わったか?」

『やむを得ん処置だ…こんな姿は、誰に知られるつもりもなかった…しかし、大して躊躇(ちゅうちょ)もせずに追ってくると無遠慮にすぎると思わなかったのか?…まぁ、知られてしまったからには手伝ってもらおう』

「そもそも、その姿でどうするつもりだった」

『面倒なやり方を選ぶだけだ…だが、お前たちがいれば簡単になる…そうだろう?』

「おお!俺たちがいれば百人力よな。ラニ嬢は特等席で見ていて貰おうではないか!」

「無遠慮に首を突っ込んだからには勿論、力をお貸しします」

「ほら、"特等席(メリナの上)"だラニ」

「…私?…構わないけれど…」

『ふむ、準備はいいらしいな』

 

なんとも、賑やかな奴らだ。

ブライヴは暗き路を共に歩むと誓ってくれたが、一瞬、やはりこの地に残してやった方がいいのではないか?と(よぎ)ってしまう程に。

無粋な言葉はすぐに忘れ、彼女はさっそく本題を切り出す。

 

『この地にいる、"災いの影"を探し出し、消し去るのだ』

 

否とは、言わせん。

…冷え切った殺意。それは粗雑な憎しみが、感じ取れるほど。

 

メリディアンはその殺意を感じ取った上で、神妙に提案する。

 

「よし、ではまずは食事ですね」

「腹が減ってはなんとやらだな!」

「おい…燻り蝶はどこに仕舞った?」

「トレントの左の鞍嚢(あんのう)にあったと思う」

『………ん?』

 

さっさと殺しにいけと言ったつもりだったがな…

ラニはメリナの肩の上で困惑しながらも、話を急かし過ぎたのかもな、と自省。どれもこれもブライヴが悪い。人を笑わせよってからに。「俺のせいか!?」

 

メリディアンの鶴の一声になんの疑問も抱かずにいそいそと準備を始めた三人に言いたいことはあれど、あくまでそれを見守るにとどまった。

彼らの協力を得られた時点で、確実に消せるだろうと多少の心の余裕が出来たからでもある。

…そして、ブライヴがどんな旅をしてきたのか、それが気になってもいたのだ。不器用な弟を見守る姉のような、そんな感情がある。

 

流石にちょっと邪魔だからという理由で再び石棺の上に敷物を敷かれた上で置き直されるラニ。

そこに、荷を解かれたトレントが近寄った。

 

『久しいな、トレント』

「ヒヒン」

『息災のようで何よりだ…────どうだ、あいつらは』

「────」

『そうか…楽しい、か…おおよそこの壊れた地で似つかわしくない感想だな』

「────」

『疑ってなどいない。ただ…そんなやつらが存在するなど、夢にも思わんだろう…だが、そうでなくてはな』

「────」

『お前も、今この一瞬をやりたいように生きるがいい。全て終われば…もう戻れんぞ』

「────」

『余計な気遣いだったか』

「ラニ様、食事の準備が────…?トレントと話していたのですか?」

『さてな────で?これはなんだ』

 

何で持っているのか小さな木皿に、肉の煮込みと思われるものが小さく盛られていたのだ。

彼女の疑問もさもありなん。メリディアンは真剣な表情で頷く。

 

「はい、アニスやフェンネル、クローブなどで作ったスパイスを使った山羊肉の煮込みです。クローブの香りは独特で刺激があるので控えめにしていますが、肉の匂いは飛ばす程度に調整してます、自信がありますよ。あとは、ここではよく採れるようなので薬用の夜霧のヘルバとフェヌグリークを彩として(まぶ)しています。ほんのりと発光しているように見えるのはそのためです。お熱いうちにどうぞ」

『メニューを訪ねたように聞こえたか?』

「…?」

『…あぁ、お前がどういうやつか分かってきたよ。ブライヴ、私が食事などせんことは知っているのに何故こいつに伝えなかった────おい、しまった、という顔でさっさと食ってんじゃないぞ』

「食事を…とらないっ…?」

『今までで一番絶望した顔だな?お前の顔でやられると複雑な気分だ』

「たまに言われます…」

 

ついこの間もヒューグに言われたばかりであるからして、流石にもうちょっとどうにかしていかないとと落ち込むメリディアン。ちなみに彼のこれは一生直ることはない。

 

「うーむ、であればラニ嬢…何なら食べられるのだ?」

『話を聞いていたか?…だが、確かにそれを確かめようとイジーと検証したことはあったな…まぁ、すぐに無理とわかったよ』

「食事を楽しめないならば、貴方は何を楽しみに…?」

『意外と煽るなお前?』

「…?…あ、その…私は、彼のそれが初めて知った楽しさだったから…」

『今のは私が悪かった。だがメリナ、お前の言い方も大概だ…お前たち、妙な言葉遣いをこの子に教えるな。ブライヴ、お前のことだ、食うのをやめろ』

「………俺というよりはメリディアン、お前のおふざけがメリナに伝染しているのだろう、気をつけろ」

「教育上悪かったか…」

「私を何だと思ってるの?」

 

ジトリ、と睨まれるメリディアンはその質問に内心冷や汗を流しながらスルー。話題を変えて逃げ出した!

 

「しかしブライヴ。これはことだぞ…食事が出来ないなんて…」

「何がだ?」

「"何が"…!?食い意地が張っているというのに、わからないのか?」

「放っておけ!」

「メリナ!」

「当人が不自由していないならば、それでいいと思うのだけど…」

「アレキサンダー…?」

「うーむ、人それぞれと言うからな…」

「急に人間性をだしてくるんじゃない」

 

味方はいない。というかみんなもうどうでも良かった。

どうでも良くないのは哀れなメリディアンただ一人。

 

ゴッドフレイ直属の騎士、あの時代は明けることのない戦争ばかり。メリディアンも常に渦中であり、その中で食事が士気に及ぼす影響をよくよく知っている。

当時は結構あれやこれやと工夫して隊の皆にストレスが生まれないように頑張っていたから尚更に、彼の中で食事とはかなり重要な位置についているのだ。苦難の道を行くなればこそ、精神を一定に保つためにも外すことのできない重要な要素。

 

しかし悲しきかな、ここに兵士はいない。

 

うーむうーむと悩むも、まぁそんなすぐに解決策が出るはずもなく。

かつてラニもイジーと共に探したとなれば、やはり一昼一夜では解決(そもそも解決する必要があるのか?)しない問題であるからして。

だからメリディアンは託すことにしたのだ。そこの肉食ってる半狼に。

 

「ブライヴ…これはお前の課題だな」

「勝手に課すな」

「そうか…────ところでお前は、産まれ直しの件で私に貸しがあるよな?」

「その貸しをこんなことで使うのか…!?」

『クク…』

 

再び笑い出しそうになるのを息を吐いて抑え、ラニは騒いでいる馬鹿どもを見る。

────あぁ本当に、ブライヴ…いい仲間を持った。

 

やいのやいのと、毒にも薬にもならないやりとりをぼうっと眺めていれば。ラニの乗った石棺、そこを背にふらりと座ったメリナが、後ろのラニと目を合わせることなく独り言のように呟いた。

 

「メリディアンは、あなたに楽しんで欲しくてあんな調子なのだと思う」

『そうだろうな』

 

ラニはメリディアンが、なんとか楽しんでもらおうと気張っていることに気がついてる。

メリナも同じ。いつもより、じゃれ合うようなやり取りが多い気がするから。…いや、やっぱりいつも通りかも…

 

「それ程に、彼は貴方たちの未来を憂いている…憎しみだけで歩いてほしくないのだと、彼は必死」

 

かつてメリナがメリディアンに感じた強迫観念のような印象。きっと無意識で、無理してるわけでもない。彼の(さが)

楽しい旅になって欲しいと、ならなくてはいけないと彼が信じ、実行しようとしている。そうあって欲しいと言う彼の願い。

私はそれに救われている。今も、この瞬間も…何もなかった私の、唯一の拠り所。

だから私も、ぎこちなくてもこの言葉を伝えたい。

 

「皆がいるのに、この"路"を、暗い月ばかり見て歩くには長すぎる…もっと色鮮やかな物を見上げて、見下ろして歩いた方が…きっと、あなたにも、ブライヴにとっても良い…と思う」

 

そう言ってのけたメリナの顔は相変わらず前を向いたままでラニからは見えない。

その視線の先は、一体誰なのか。

彼女の薄赤髪を見下ろしながら、ラニは思う。なんだ、ちゃんと導けているではないか、と。

メリディアンの覚悟を理解しているがゆえに、ラニはこの二人の行く末を多少は気にかけているのだ。

 

メリディアンは、いまやラニにとっての恩人でもあるのだから。

 

『そうだな…人は目的に執着するほど視野狭窄(しやきょうさく)的に全てを見失うこともある。肝に銘じておくとしよう』

「そういう意味じゃ、ないと思うのだけれど…」

『解釈とはそういうものだ。覚えておくがいいメリナ。言葉とは、思う以上に正しく伝わらない。その真意など、書き記した当人にしかわからぬことだからだ。厄介なのは、理解しなくとも物事は万事進んでしまうことがあるということ。それこそ祈祷書やスクロールのように。だが、時にそれはバラバラな者たちを同じ方向に進ませるのに役立つだろう…お前たちのように』

 

メリディアンは()()を語ることを良しとしないだろう。

だからきっかけを与える事しか出来ない。これで何か変わるとは思わないが…多少の老婆心も出てくるものだ。

せめて、少しでも良い方向に進めばいいが。

 

『…だがな、知ろうとすることを止めた時、それは腐る。互いの()えた臭いに気付かぬままであれば、前に進んでいようともそれは停滞しているに同義…いつかそれが突然に腐り落ち、崩れるぞ』

「それは…忠告?」

『警告だ。私たちがそうであった。ブライヴの件で理解したよ。互いのためとやっていたことは、ただの停滞、いや、既に腐っていたのだろうな…。私が一人"路"を行っていたのならば…あいつらを失っていただろう。それで止まるつもりもないが────きっとひどく寂しいだろうさ』

 

ここで初めて、メリナは振り向いてラニの顔を見た。

小さなラニの表情は分かり辛く、メリナではうかがい知ることは出来ない。ラニは穢れ無き黄金の瞳を見返し、言い放つ。

 

『この腐れを焼き払ったのは名も無きメリディアンの子だ。私は、あいつに感謝している。お前が思っている以上に。メリナ…後悔しない"路"を、征け。後悔しないで済むような"路"を探せ…メリディアン()の真意。隠し事。言うのを待つなどと生温いことをするな』

 

 

────"(メリナ)"よ、探求しろ。

 

 

全てはまず、そこからなのだ。

探して探して探しぬいて、どこかで疲れ果てて立ち止まってしまうのだとしても。私たちのように、遠くから思わぬお節介な"灯"が()き付けてくれることもあるかもしれない。

 

魔女の激励だ。

ラニは彼に返せるものが大してないことをよくわかっている。だからそれはメリナに。

 

「ありがとう…忘れない」

『ゆめゆめ、な』

 

偽りの星々すら見えない地下深くの崩れた遺跡。川の傍ら。

小さな言葉は喧騒に紛れてしまい、ただ二人だけの…いや、トレントもいたから二人と一頭だけのものに。

 

準備は終えた。

 

いつも通りに、彼らは得物を磨き、鎧を(まと)い直した。大きな拳同士をぶつけて気合いを入れては、弓に弦を張り直す。ラニは再びメリナの肩の上へ。

いつも通り何故か弓兵のメリディアンを先頭に、彼らはようやく歩き出した。まずは目の前の荘厳(そうごん)な古い王朝遺跡を抜けなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒く硬質な肌を持つ泥人。

あまりに巨大な地下の赤い蟻。

死を巻き散らす跳ねるバジリスク。

そして逆さに浮いた暗黒の申し子。

 

泡が、酸が、死の煙が、強烈な腐敗臭が、隕石が。

彼ら余所者を拒むように一切の容赦なく襲い掛かる。

 

しかしあの将軍ラダーンを打倒したパーティだ。

そんなもの、毛ほども問題はない。全てが彼らの手腕によって撃滅され────

 

「アレキサンダー!?その蟻の甲殻()は硬いから回り込むんだ!」

「いやしかしな!打ち砕きたくなるだろう!」

「言ってる場合か…!メリディアン!羽蟻をどうにかしろ!…くそ、匂いがきつくて奇襲が判らん…!」

「おおお!?地面から新手だぞ!!すごいな、まさにここは腹の中よっ!」

「…!?なんだあの目玉のトカゲは…絶対に吸ったらまずい煙を吐いているな!?蟻が一瞬で死んだぞ!見境なしか!?」

「バジリスクか!厄介な連中が湧きやがって…!あいつらには近づけん!!アレキサンダーか矢で仕留めろっ!!」

「今度は蟹だ!」

「わざわざ外から巣に攻めて来たのか!?俺たちに便乗してきやがったな…!」

「蟹と頭のデカい蟻が争い始めた!?」

「ぬぁああ!?ブライヴ!何故天井にぶら下がっている!」

「逆さまのまま回ってるのはお前だ馬鹿が!?」

「メリナ!先に駆け抜けろ!ラニ様は落ちないように!」

『こっちの身はこっちで守る。今でもそれくらいは出来るさ』

「メリディアン、矢は…!?」

「気にするな!"刃"でやる!」

「後ろが蟹と蟻で詰まってるぞ!?俺たちも走らんとまずい…!アレキサンダー!こっちだ!」

「おおおおお!今行くぞぉぉぉおお!!!」

逆向きで回り(ブレイクダンスし)ながら来るんじゃない!?」

「おおおおおおおお!!!!」

「あいつ俺たちが見えてないな!?じゃぁなんでこっちだと分かる!」

「そうか、タリスマンで私たちの方角は分かるからな…」

 

────るなんて甘いことがないのが狭間の地である。

軍勢とは、大群とは、いつだってどこだって通用する戦場で最強の存在だ。そうやってラダーンは倒れたのだから。

 

小さなラニが冷風をさりげなく送っている中、息も絶え絶えに、遺跡に寄り掛かったブライヴが反省点を読み上げる。メリディアンは片膝をついて(うつむ)いたままそれに付き合った。

 

「…俺たちは乱戦に弱いよな」

「…そうだな」

「うーむ、まだまだ成長の余地があると思うと、心が躍るな!」

「……コイツのせいだよな…?」

「……そうかもな…」

「メリナ嬢もラニ嬢も無事で何よりだ!」

「………ここぞという時は、上手くやれてるよな?何でだ?」

「………余裕があると突っ走るタイプなんだろう…しかも回るから周りが見えてない」

「うむ!トレントもよく地中に潜む蟻を避けながら走ったな!」

「…………なぜああも回れるのに、頭は回らないんだ」

「…………それは知らない」

「どうした貴公ら!そんな暗い顔をして!」

「……………なぁ、もしかして俺たちが上手く合わせられてないって可能性、あるか…?」

「……………精神衛生上そう考えた方が恐らく私たちは幸せになれると思うぞ」

 

その言葉が、全てを物語っている。

 

アレキサンダーが疑問を浮かべる中で、魔法で動く昇降機で降りた先…おお、なんと新たな地下都市が待っているではないか。何度見ても、その美しさにはつい目がいってしまう。

一息置いて、何の情報も無い彼らに対し、メリナに乗っかったままにラニが助言をしてくれる。

 

『ここはもう一つの永遠の都、"ノクローン"と対になる"ノクステラ"…ここを抜けた先に、"災いの影"はいる』

「ここに来たことがあるのですか?」

『あの転送門を用意したのは私だぞ?お前が持ってきた秘宝、あれを探していたのさ。結局ここに秘宝はなく、ノクローンをブライヴに探させることになったがな』

「都市自体に用はないのですね?」

『そうだ、最短距離で抜けるなら、都市中央を流れる川沿いにゆけばいい…ただし、恐らく(おびただ)しい量の"銀の雫"が見張りについている』

「河の中にか?」

『中にも、外にもだ。…まぁ、このままお前達に任せっきりも気分が良くない。私も少し働くとしよう』

 

そこで小さなラニはメリナに河のすぐ横まで下ろすように伝え、彼女達を囲む形で周囲を警戒しつつ丁寧に降ろされた。

小さな小さな指先が、河の水面を滑るようになぞる。

 

 

────そして河が全て凍った。

 

 

『この姿では直接触れなくてはならない上に、この浅さと流れの緩やかさだから出来たことだな…ふん、不便なものだ』

 

うんざりすように愚痴を吐き、メリナの肩に戻される小さなラニ。

 

地下の星々が煌めくここでは、尚更に幻想的な光景が演出される。河の内に、或いは近くにいた銀の雫はまとめて動きを止めてしまったことだろう。

都市を貫く河が冷気を上げて周囲を白く染め上げ、ぶるりと、半狼が寒さに震えた。

 

「ラニ様」

『どうした』

「お見事です────ですが、都市の生活基盤に影響しそうな河を凍らすのはどうかと…」

『………お前、余韻(よいん)という言葉は知っているか?案ずるな、ものの数刻で元に戻る』

「余計な指摘でしたか…」

『気にするな。この身体ではそれが限界だっただけの話だ』

 

準備ができたメリディアンとブライヴ、アレキサンダーは凍った川沿いの銀の雫達を退ける作業に取り掛かった。

異常に気がついたノクスの民達が集まる前に抜けなくてはいけないため、素早く、且つ最低限の戦闘で済まさなくてはいけない。

 

とはいえ既に手慣れたもので、遠くから銀の(もり)を射出してくる銀の雫はメリディアンとブライヴが、進路上の全面に硬質化した表皮を盾のように張り付けて行く手を阻む銀の雫にはアレキサンダーがその質量とパワーでもって蹴散らしていく。

その快進撃は止まることを知らず。メリナとラニを乗せたトレントは悠々と過ぎ去るのみ。

 

『ふむ、流石だな。()()()見ているこちらも安心していられる』

「さっきは本当に見苦しいところを…シッ…!」

 

メリディアンとブライヴがアレキサンダーを(しか)ったこともあり、今は安定感のある戦いを繰り広げているのだ。

おかげでこうして、矢を射ながらも話す余裕がある。

 

「メリナ、貰えるか?」

「ええ。けれどこれが、最後の矢」

「心許ないか…節約するためにこちら(使命の刃)で相手をしてきます。ラニ様、よろしいでしょうか?」

『相変わらず心配性なやつだ。構わず行くが良い』

 

その言葉に頷くと、メリディアンは素早く前線へと駆け出す。

 

メリディアンらが暴れ回る中、メリナもまた警戒を緩めることはない。戦う術がない、或いは忘れている?どちらであろうともいざとなれば、たった今彼が引き抜いた刃と同じものを振るい抵抗ぐらいならできる。

だがラニは人形の姿なれど、近づいてきた輩を排除することは可能。それが今彼らが相手をしている程度であるならばの話ではあるが。

 

言ってしまえばラニはメリナと違い余裕があった。

だから彼女の緊張感を肩の上で感じながらも、ラニは今しがた走って行ったメリディアンを観察することができた。

 

ラニは、彼のこの動きに見覚えがある。

女王マリカと同じ稀人の暗殺集団。姿隠しの衣を(まと)い、銀の鎧に身を包んだ女性のみで構成された"黒き刃"たち。滑るような戦いはそれを強く思い出させるのだ。

 

『黒き刃か…』

「…?」

 

思わず溢れた呟き。いかに小さい声とて彼女の置き場が耳の横である以上聞こえてしまうもので。

メリナが反応を示したことによりラニは初めて自分の独り言に気が付く。…どうにも、気が緩んでいる気がするなとラニは自分に呆れた。この人形の姿がそうさせるのか…しかし拾われてしまったのならばちょうどよいとラニは喧騒を前に語り出した。

 

『"黒き刃"、知っているだろう?あいつ(メリディアン)の動きは、それに似ていていな。私とは何かと因縁のある存在さ。かつての協力者であり、今では敵対者でもある。────メリナよ、"陰謀の夜"に、何があったかお前はどこまで知っている?』

「黄金のゴッドウィンが"黒き刃"たちによってデミゴッド最初の死者となり、それに続いて多くのデミゴッドが倒れたこと。そして貴方がその主犯であり、身体を捨て去ったということ以上のことは、そう多くは」

『それ以上は、()()()知らないか』

「…?…彼も、少なくとも私と話した時はそれ以上知らなかったと思う…それに、彼がこの地を離れたのはそれよりも前の話」

『難儀なものだな、お前()()の"記憶"というのは。…そうさな、お前たちの認識は正しいが、やはり多くの穴がある。あの夜、確かに私()()は後のエルデンリングの破壊に繋がってしまった事件を起こした』

「…たち?」

『私の兄であるライカードも協力者の一人として加担したが…────それ以前に女王マリカもまた、この陰謀の主犯の一人なのだ』

「!」

 

メリナの目が僅かに見開かれる。

しかしその驚きとは別に、納得した自分がいた。マリカの魂より分たれた彼女は、どこかそのことを理解していたのだろう。同時に、メリディアンに燃える黄金樹のシンボルが描かれたサーコートを託したわけも、(おぼろ)げながら見えてきた。

 

…やはり黄金律を、黄金樹の時代を築いた彼女自身が終わりを望んでいたのだろうか。

 

ラニは彼女の思案する様子に満足したのか、真相の一部を述べていく。

 

『黒き刃はそもそも女王マリカのお抱えの暗殺部隊。狭間の地に訪れる以前から共にしていた彼女たちは思う以上に固く結ばれている。ゆえにマリカの言葉にしか耳を傾けない、特に、()()()()()()()をさせるならば尚更にな』

「…」

『だがあの夜、確かに全てが狂ったのだ。私も、そしてマリカにとっても想定外のことが起こってしまった』

「想定外のこと?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…っ!…貴方たちはそれが、目的だったわけじゃ、ない…?」

『そうだ。だが、()()()()()()()()()()()()()()。…それが、余計に話をややこしくしたのだよ』

 

そこでラニは、唐突に言葉を途切れさせた。

メリナは突然に沈黙を選んだラニを(いぶか)しげに横目で捉える。迷っている。メリナにも、ラニのその葛藤が伝わってきている。一体何を?

 

────ラニは、果たしてメリナにこれ以上打ち明けるべきか悩んでいた。

メリナとは女王マリカの分け身。ラニとてそれくらいは聞くまでもなく理解している。何故ならマリカ自身にこの"仕込み"のことを聞かされていたからに他ならない。そして彼女が望んだ筋書きもある程度聞かされている…「当初の」、という(ただ)し書きがつくが。

 

そうだ、マリカは"種火"自身が選択することを望んでいたはず。今もまだ、このような状況になってもそうあるべしとマリカが望んでいるというのならば、ラニの口から伝えるべきではない。

 

…ラニは、古い約束を選んだ。(すなわ)ち選択をメリナに託すこと。

いずれ、彼女にはその"選択"の時がやって来るだろう。それが、今後の世界にどう影響するか、月の魔女にもわからない。

 

『悪いな。これ以上は聞いてくれるな』

「…わかった。────でも、答えてくれるというならば一つだけ教えて。どうして貴方は、こんなことを?」

 

エルデンリングの砕けが、この世界の今の有り様が、彼女の望んだことかどうかは今は、いい。

メリナが知りたいのはラニのもっと身近の…家族の話。

 

陰謀の夜によって多くが狂ったのだとしても、それはラニの、カーリア王家も同じことのはず。

ブライヴもイジーも…セルブスのことはわからないが、とにかくラニが彼らに深い愛情があることは最早明白だ。だというのにラニは反逆を選んだ、呪いによってブライヴを失うことを分かってたというのに。

 

人のことは言えないが、ラニが危険な道にメリディアンを引き込んでいるは間違いないのだ。彼が選んだことを、否定する気などさらさらないが…それでも。メリナはラニの真意を聞いておきたかった。メリナは、知りたかった。彼女の決意を。

 

『…少し、昔話をしようか』

 

炎と風が吹き荒れ大剣が氷を割り、黄金の刃が星空に舞う。

結局押し寄せてきてしまった大群にぎゃぁぎゃぁと大立ち回りを始めた周囲を眺めながら、ラニは静かに過去をなぞる。

 

『…知っての通り、私はかつて神人だった。デミゴッドの中で、ミケラとマレニア、そして私だけがそれぞれの二本指に見出され、女王マリカを継ぐ、次代の神の候補となったのだ…だから、私はブライヴを授かった。神人の特別な従者としてな』

 

落ちる銀の流星。

カーリアで出会った幼き狼。幼い私。

目の前で走り回る銀狼の姿と重ね合わせているのだろう。今の姿に無邪気さも幼さもないが、ラニにとっては世話のかかる家族だということには変わりない。

 

『────…そして私は、二本指を拒んだ。死のルーンを盗み、神人たる自らの身体を殺し、棄ててでも私は、あんなものに操られたくはなかったのだ。…それ以来、私と二本指は、お互いを呪っている。"災いの影"とは、あやつの刺客なのだよ」

 

()()もまた、二本指の被造物。

厄介なのは、その姿形や能力はブライヴと瓜二つ。影従の獣であるブライヴを送ったのはラニの二本指であるからして、その二本指がブライヴを用いてラニを害せないと知り()()()を用意したのだ。なんとも、趣味の悪い話である。元が銀の雫を模した存在なのだから、きっとそれは思うよりも容易だったのだろう。

ただ一つの違いは、誓いたる冷たい魔力を宿してないこと。

 

そうとも。ブライヴが、生まれ落ちた運命に背きラニだけに仕えると誓った時、彼の冷き大剣は誓いの証となったのだから。

 

『ブライヴも、イジーも、私の行く暗い路の先を知って尚…いつか、すべてを裏切り、棄てることを知って尚、何よりも私の願いを優先した、とんだ大馬鹿者たちだ。そんな大馬鹿のブライヴに、"影"の末路を言い出せなかった私は、思えばただの愚か者だったな』

「…」

 

その誓いも何もかもを裏切ろうとしたのは自分でしかなかった。

滑稽極まりない。それで全て失っていたとしたならば、母になんと言い訳するつもりだったのだろうか。

黄金によって尊厳も未来も奪われた母に、一体なんと?

あぁそうだとも。

 

『────黄金律とは、裏切りの歴史なのだから』

 

それはかつて魔術師塔でラニがメリナに言い聞かせた言葉。

黄金の運命をなぞろうとしたこの運命を変えたのは…

 

『────…私の律は、黄金ではない。そう、あるべきではない。星と月、冷たい夜の律…メリナよ、私はそれを"黄金律"として終わらせぬために、この地から遠ざけたいのだ』

 

だからこそ成し遂げなければならない。

滞り続けた運命を動かし、裏切りの運命を跳ね除けた名もなき彼(メリディアン)に、私の答えを見せてやらなければならない。

 

ラニが彼に返せるものなど、そう多くはない。何故なら()()()()()()()()()()()こそが彼の求めた結果だったからだ。彼の目的に、()()()()()()()()()()()()

 

それでよしとするなど、デミゴッドであり神人であった…いや、メリディアン(彼の母)の師であり友でもあった満月の女王レナラの娘として、納得などできないのだ。

堕ちたとて一握りの矜持は持ち合わせている。

 

ゆえに歪に折れ曲がり織りなすこの地の運命を、ずっと遠くへ。

 

『生命と魂が、律と共にあるとしても、それは遥かに遠くにあればよい。確かに見ることも、感じることも、信じることも、触れることも…すべて、できない方がよい』

 

この世界は…死が歪すぎた。

死ぬことのない人々は還樹という"死"を誉とする。だがそれは終焉ではなく手段の一つ。死は絶対ではなく選択できるものでしかなかった。

ゆえに人々は全てを曖昧にしてしまった。実際は違うはずなのだ。誰もが思うよりも死は重い。

 

黄金で飽和した"生"、"永遠"という輝かしい"停滞"。

世代交代が意味を失いつつあった永遠の時代は、"戦争"という大きな揺らぎでしか変化を期待できない時代へと変わる。

 

けれどもそれですら、世界は波紋もなく水盆に平らに水を張るばかりだった。

 

やがて水は腐る。

ラダゴンとの交わりでミケラ(永遠の幼)マレニア(腐れ)が産まれた時、マリカは最も恐れていた事態になってしまったことを確信したはずだ。そうして私も確信したのだから。

 

私はメリディア(彼の母)ンとの対話の末に、マリカとは違う道を選んだ。

即ち律の変革ではなく、世界の分断。

 

『だから私は、律と共に、この地を棄てる』

「それがあなたの…"暗き路"」

 

神々が干渉し、弄ぶ運命へと収束させた"エルデンリング"を、私は砕くことも直すこともしない。

私の千年(永遠)の旅の道連れとしてくれよう。

 

この暗月の敷かれた"暗き路"の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









お待たせしました。
休みと定時という概念が誰かに砕かれたために間があいてしまいましたが、まだ壊れたままなので修復される週末まで次の投稿が出来ないかもです…そこは未定、申し訳ない!

取り敢えず話数が増えつつあったので、章ごとに分けるようにはしてみました。それぞれの章の長さは均一ではないのですが、全部で7章+番外編の構成の予定です…な、長くない…?まぁ明らかに短い章もある予定ですから、章の数に比例はしない…はず…?

サブタイトルの"幽邃険路"は「ゆうすいけんろ」と読みます。
自然の奥深い場所、そこにある険しい道という意味です。

感想はいつでもどこでもウェルカムですので、どうか遠慮なさらず雑に投げ飛ばしてくださると大変嬉しいです!



■メリディアン
心配性その1。
その路が険しいならば、せめて今だけでも笑って過ごした方が良いはず。
思い出は、記憶は、何より支えになるはずだから。


■ブライヴ
心配性その2。
自分のコピーが待ち受けていると聞いて呆れている。
そんなもので、止められていると思っているのならば舐められたものだ。


■アレキサンダー
よく回る壺。
乱戦になると頭は回らないが、人の心に気を回せるようにはなった。回る回る喧しいわ。


■メリナ
陰謀の夜の真実。殺されるはずではなかったゴッドウィン。目的を達成してしまったラニ。気になることはあれど、今はラニの言葉を身に刻み、自分たちの進む道を見据える。

彼の真意。隠し事。言うのを待つなどと生温いことをするな。
"火"よ、探求しろ。
全てはまず、そこからなのだ。


■ラニ
果たして自分の言葉が意味を成すのか、成さないのか。
メリディアンの子は走り続けるだろう。その末路は一体なんなのか。せめて彼のように優しい灯に照らされた終着であれと願う。



- 小さなラニ -

魔女ラニと瓜二つの小さな人形
細かなところまで、作り込まれている

何の反応もない人形は、ひんやりと冷たい


- 蟻の頭甲 -

二つの地下河に生息する大蟻の
肥大した頭部を、そのまま盾としたもの
特に、敵の攻撃を弾きやすい


- 王家のグレートソード -

カーリア王家の意匠が施されたグレートソード
半狼のブライヴの得物
生まれ落ちた運命に背き
ブライヴが、ラニだけに仕えると誓ったとき
この剣は誓いの証となり、冷たい魔力を帯びた


- 黒き刃の鎧 -

黒き刃の刺客たちの胴鎧
音を立てぬスケイルアーマー
身隠しのヴェールには
僅かに力が残り、足音を抑える

陰謀の夜の実行犯たる刺客たちは
すべて女性であり、一説には
マリカに近しい稀人であったという


- 黒き刃、ティシー -

陰謀の夜、黒き刃に死のルーンを宿し
黄金のゴッドウィンを殺した暗殺者の一人
ティシーは、黒き刃の長アレクトーの娘であり
王都からの逃亡時、母を守り命を落としている

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