まさしく
顔も鎧も大剣も、仕草すら。
ブライヴと全く同じ存在
"災いの影"
銀粘土の人形共。
…だが今はもう、内に宿るメリディアンの"灯"が、確かに違いを教えてくれる。
間違えるはずもない。
問題は一人ではないということだった。
「…3人か、ラニ様の言う通り、お前の複製というなら厄介極まりない」
「俺たちに勝つための布陣ではないな。隙を見てラニを狙う気だろう」
元の人形の身体からラニの魂を追い出すことに成功したものの、結局は小さなラニの人形に逃れられた。今度こそ仕留める。そういう意志を感じる。
半狼という、常人では追いつけない速度で動く複製が三体。一度抜けられれば、追いつく暇もないだろう。…そうなればラニどころかメリナやトレントまで危害が及ぶ。
メリディアンの左目に、熱が宿った。
鈍く、鈍く。熱された鉄の如きぼんやりとした光が"影"を照らす。
「うーむ。俺とは相性が悪いな…暴れて邪魔する程度が関の山か」
「お前はそれで十分だ。存分に回っておけ。…メリディアン、任せたぞ」
「ああ」
キリリ、と弓が引き絞られる音が合図となり、三体の"影"が走り出す。
やはり速い。
と感じたと同時に三射、瞬きの間もなく矢が弦より連続で解き放たれ、それぞれ"影"の大腿、胸部、頭部を狙う別々の軌道をとりながら迫った。
足を止めることなく僅かに進路を変え回避。
大きく動きを横にずらし、大幅に減速してから再度疾走。
姿勢を低くして回避。間髪入れず地を這う軌道でさらに加速した。
「うぉおおおおおっ!!!!」
一番早く迫った"影"にアレキサンダーが突進。
他の"影"の邪魔をするためにも大きく硬い手を拡げ、三体の影の前を横切る。
流石の質量弾を厄介と思ったのか、速度を殺し、さっさと三体でアレキサンダーを叩くことにしたようだ。三本の鉄塊のごとき大剣を振り上げようと、速度を緩めたタイミング。
その時間があれば、メリディアンが矢を放つには十分。
今度は軌道の曲がる"宿し撃ち"がアレキサンダーの巨大を隠れ蓑に"影"に迫る。が…
「避けるか」
ひらりと、そこに来ると分かっていたかのように"影"は避けた。
「…」
メリディアンは冷静に、もう一度矢を
ブライヴが参戦し、乱戦になりつつある同士討ちの恐れが多い状況の中で、それでもメリディアンはなんの躊躇いもなく矢を放つ。
またしても当たらない。だが、その隙をついてブライヴの大剣によって"影"の片腕が宙を舞った。
────直後、残りの二体がアレキサンダーの前からメリディアンの方へと狙いを変え、走り出す。
「なるほど」
メリディアンにまだ焦りはない。
むしろこの短い攻防により、彼は"影"がどういったものか理解しつつあった。
一つ。ブライヴの身体能力以外に、経験もある程度受け継いでいること。矢をああも避けるのだから間違いないだろう。反射で避けるのには、無理があると自負している。
二つ。それぞれが互いの行動を理解していること。もはや繋がっていると言ってもいい。一つの意思によって手足のように操られているかのようだ。
三つ。冷気を
彼我の距離は、"影"の速度ならば一息の距離。
あえてメリディアンはこの地下大空洞の
その直後、バックステップ。
"影"の剣先が鎧を撫で、火花が散った。
次いで二体目の"影"が一体目の背後より飛び上がり大上段からの唐竹割り。
それを半身で避けるメリディアン。
鉄塊が地を砕く衝撃、破片が舞い、"影"と目が合う。間髪入れず、今度はブライヴが一体目の背後から足を切り崩すための横薙ぎによって乱入して援護する。
そのさらに背後で、アレキサンダーが
────あれなら、アレキサンダーは心配あるまい。
そんな思考と並列して、目の前の二体の"影"へと対処すべく距離を取る…フリをして、メリディアンは迫ろうと加速した一体の"影"と交差。逆に、後ろへ引くよりもより大きく距離をとることに成功。
そしてブライヴの下段横薙ぎを、真上の跳躍よって避けた"影"がそのメリディアンを逃すまいと空中で器用に大剣を振るおうとして…なんと上空から落ちてきた矢によって、うなじから喉をまっすぐに突き破られた!
直上へ放つ"空撃ち"は、何も矢が相手を追跡して曲がるわけでもない。元々が奇襲用の、相手と相対した戦闘中では使われることのない戦技だ。だが、ブライヴがとメリディアンが"影"の回避ルートを強要することでこの連携は成功したのである。
まずは1。
交差によって距離を取らされたもう一体の"影"が、メリディアンの矢を回避しながらも狙いをブライヴへと変えざるを得なくなり、振り向き突貫。
大剣同士がかち合い、空気を震わす快音を響かせての
細かい足運びが地面を削りかき混ぜ、二人の位置は大きく動くことはないものの、ほんの短い時間で激しく互いの位置が入れ替わり続けた。
そうして"影"は巧みに自身とブライヴの位置を、押し合いながらも己の都合の良い所へと誘導。彼の射線上にはブライヴの後頭部。
そうだ、メリディアンの矢を防ぐための盾としたのだ。
これで容易に射ることは…
だが期待は裏切られる。
ブライヴが頭を下げるとほぼ同時。矢が、ブライヴの顔があった位置を通り抜け、影の額に突き立てられたのだ。コンマ1秒でもずれていればブライヴが死んでいた、あまりに危険すぎるタイミング。
その神技的連携が成し遂げられたカラクリは、ブライヴが産まれ直しの儀式によって受け継いだ"メリディアンの灯"のおかげだった。
どこにいようとも、ただ彼の居場所を教えるだけの"灯"。
その
ブライヴは内に宿した彼の灯により、恐ろしく正確に同じ灯の位置を理解出来ていたのだ。"影"には、宿した"灯"までは受け継がれなかったのか、その"灯"の情報が元々なかったのか、或いは単に完璧すぎるタイミングに
なんにせよこれで2。…いや、3。
たった今、アレキサンダーが最後の"影"を仕留めたからだ。
戦いを見届けたメリナは、しかし三人目の"影"が死したその瞬間、メリディアンはさらに一矢、ギリリと弓がしなる限界まで引き絞っていたことに気が付く。
そうして
メリディアンの"強射"が"影"の巨体を射抜くことで吹き飛ばし、伏兵からの奇襲は失敗に終わった。
それでも流石は元になったのがブライヴなだけはある。
急所への矢は避け、体勢を崩しながらも、転がりながら立て直したではないか。…悲しいかな、やはりその程度でメリディアンから逃れることが出来るはずもなく、ブライヴとアレキサンダーが追撃するよりも早く、
残心。
矢を軽く弓に番えたメリディアンが周囲を見回し、ブライヴもまた嗅覚をも使って索敵。アレキサンダーがメリナたちへ近づき背に庇う。
…本当に、終わったようだ。
力を抜いたブライヴ。目の前に横たわり死ぬ"影"の遺体。その明からさまな殺意に晒された死に様に、ブライヴは少しだけ引いた。同じ顔だからこそ尚更に。
「…お前、殺意が分かり易すぎる。抑えろ」
「すまん。今のは無理だ」
「ワッハッハッハ!相も変わらず正直な男よな!」
果たして誰を狙ったことが彼の逆鱗に触れたのか。言うまでもないのかもしれないが…いや彼の名誉のためにも、やはり触れないでおこう。
『…見事な戦いだった』
そうとしか表現できまい。
魔術師の戦いとは違う。
尚更に、不思議に思う。
弓を扱うのは分かる。何故なら"メ
何故、彼はその力を受け継がなかったのか。
────…余計な詮索は無用か。
『感謝する。手間をかけさせてしまったな。だが、これでやっと、
「やるべきこと、ですか?」
メリディアンは私の目的を問いたかったようだ。
ここまで来たのだ。それ以前に、ブライヴの家族である私を、最後まで助けるべきだと考えてもいるのだろう。
だが、私はそこで言葉を濁して伝える。暗にそれは、聞いてくれるなと言う、拒絶の言葉を伝えるためであった。
『私にしか出来んことだ────…ブライヴ』
「わかっている、俺はこのままこいつらと────」
『違う、そうじゃない』
ブライヴはメリディアンの子と共に戦う。それはいい。戦いの果て、黄金樹の麓を目指すと言う目的は同じだから何の問題もあるまい。しかし志しはどこまでいっても
それでいい。
────だが、今だけは、この地よりエルデンリングを遠ざける夜の
思うがままに、自分のために、仲間のために戦うことを選んでも良いと思うのだ。
『お前のために戦え、私のためでなく、だ』
「…」
それが家族として、ブライヴに望むこと。
肩を並べて戦っている時に、こんなに
『聞き分けの悪いやつだな?────して、メリディアンの子よ』
「私に…何か?」
『もしお前の"路"の果てで、それでも燃え残り、再び立ち上がれたならば。私は、お前が王ならば、それも悪くないと思っているよ』
「…」
『全く、似たもの同士め…────メリナ。私の言葉を忘れるなよ』
「…ええ。忘れない」
そして戦士の壺、アレキサンダーが姿勢を正すように腕組みをして何かを待っている。
…?
………あぁ。
「…」
『いや、お前には特にない』
「ラニ嬢!そんな殺生な…!」
『…そうだな…一つ言えるとすれば、お前はもっと自分自身と向き合わねばならない』
「む?自分自身?」
『正確にはお前の"内側"と、だ。"壺"とは、死した身体にこびり付いた無念、後悔…即ち感情たちの
「うむ!俺は"大事なもの"を見つけたぞ!」
『ヒントは与えた。あとは、自分自身で見つけるのだな。その"問い"こそが、最も必要なのだから』
全く、結局長話をしてしまった。ため息を一つ溢して、私はブライヴへと向き直る。
いっときの別れに伝える言葉は、これだけでいい。
『ではな。よい旅路を』
────それきり。
小さなラニは完全に動きを止め、文字通り抜け殻となってポトリと倒れ込んだ。
その人形を拾い上げたブライヴも、ラニと同じようなため息を溢す。
「…全く、自分勝手なやつだ」
────お前のために戦え
「だがそうだな、今の俺は、お前の剣らしいからな」
「待て、どうやって地上へ戻る…?」
「あ…」
元の場所に転送門があったことを思い出し、一行はとても安堵した。
小さなラニの姿は、所謂二本指の仕業だ。
元々人形の体に魂を移した不安定な存在が今のラニ。秘宝を手に入れたことを感知し、自らの危機を感じた二本指は彼女の隙をついてその魂を人形から弾き飛ばすことに成功していた。
しかし保険として用意していた緊急用の小さな人形が、その企てを阻止することになる。
下手人は"災いの影"、ゆえにそれが倒れるまでは動きが著しく制限されてしまっていた。そして彼らが打ち倒した。
つまりラニは、すでに元の人形の身体に戻っている。
すぐ後ろに連れ立つは"アデューラ"。
…この場に、メリディアンたちを呼び、最後まで働かせる選択肢もあった。
彼女はそれを否定する。
己の道を得たブライヴに、彼を支えたおせっかいな彼らに、ラニもまた影響されている。
これは矜持だ、身も蓋も無い言い方をすれば意地なのだ。
「素通りしても良かったが、こんな"災害"を残していくのも不義理だろう?なぁ、アデューラ」
同意するように大きな咆哮をあげれば、星々が銀河の如く浮かび上がる大空洞が歪み、真円に捻じ曲がる。
「ここで果てろ、"アステール"。大いなる意志の流星よ。我が領分の周りに居座る悪意の星には消えて貰おうか」
ラニの歩みと共に、足元に盟約の魔法陣が浮かび上がる。
"騎士ムーングラム"、"騎士ムーンリデル"、"親衛騎士ローレッタ"、名だたる騎士たち。
さらにはトロルの騎士たち…そこにはイジーも同じように霊体として馳せ参じた。
イジーはカーリアを守る役目と、メリディアンたちにこの戦いを感づかせないための役割がある。それでも魂はここに。
次元の裂け目から小爆発と共に現れた怪物。
遥か彼方、光の無い暗黒で生まれた星の異形 。
────それはかつて、永遠の都を滅ぼし 、彼らから空を奪った、悪意ある流星────
人知れず、
「…」
イジーは一人、空を見上げる。
輝石ホタルの羽音がリィン、と辺りに響く穏やかな夜だ。
あまりに静かなものだから、廃墟に住まう狼の寝息すら聞こえてくるようである。
カコリと、メリディアンの子から受け取ったタリスマンが首元で揺れる、揺れる。
「…」
ラニを傀儡にせんと暗躍していたセルブスは排除した。
レアルカリア学院の悪夢と呼ばれた魔女セレンも古き友であるジェーレンが排除した。
憂いは断った。
ラニ様は月光の祭壇についに辿り着き、そして殺すだろう。長い因縁を。二本指を。
あの
…ここまで、本当に長かった。
私の役目も、もはや────
「────おお、貴公。よくきてくれました」
美しい星空の下、再び彼は私の前に姿を表す。
メリディアン様とそっくりの顔を持ち、けれどもあの燃えるような赤髪ではない枯れ色の騎士。
隣にマリカ様の気配とそっくりの巫女を連れ、戦士の壺を連れ…何より我らの家族であるブライヴを連れて。
『責めるつもりはない。だが、イジ爺、今度はこんな馬鹿げた隠し事をするなよ』
あの後、ブライヴは静かに、私を許した。
言葉も出なんだ。歳をとったからか、ただ頷き返すことしかできなかったこの老木。それでも彼は私を「爺」と呼んでくれた。
隠し事はしない。
ゆえにブライヴはラニ様の"戦い"を知っている。
ただ目前のメリディアン様の子は知ることはない。ブライヴが言ったのだ。「言えば首をつっこむようなやつだ」と。
「もう、ご存知でしょう?ラニ様は、遂に旅立たれました。レナ、あのお方がそう呼ぶ塔から、神人たる暗い道へと。…貴公のおかげです。ラニ様の軍師、いえ、幼き彼女の爺やとして、深い感謝を申し上げます」
「イジー殿の礼は受け取ろう。しかしこれもまた自分のためでもあるんだ…
ふん、と背後のブライヴが鼻を鳴らす。
ああ、そうだとしても、どれほど我らが貴公に救われたのか…どれほど感謝しているか、想像がつくだろうか?
だというのに、我らから渡せるものなど、あまりに少ない。
「貴公は、正にラニ様の…そしてブライヴにとって、私にとっても英雄でした」
"英雄"
そう呼ばれた存在は数知れず。だが誰一人としてラニ様を救うことなどなかった。
ならばカーリア王家にとっての英雄はただ一人。目の前の深紅の騎士のみ。
名を知れないことが、なんとも惜しい。
「…私の役目も、もうすぐ終わりです。このイジー、もうずっと、ラニ様にお仕えしてきましたが…本当に素晴らしい、長き旅でした。貴公、ラニ様をよろしくお願いしますぞ────どうか最後まで、彼女に仕えてくだされ」
「イジー殿、まだだ」
真っ直ぐに。
暗青色の瞳が、鏡張りの兜を貫きイジーの目を射抜く。
「貴方が本当に果たすべき役割は、ここで立ち止まらないことだ。立ち止まらず、足掻いてでも主に追い
「それは…」
続くイジーの戸惑いに、メリディアンはかけらも見向きもしない。ただ彼の目に訴えかける。
言葉は、代わりにイジーの家族から放たれた。
「イジ爺、俺は止まらない…もう、立ち止まる機会を俺たちはこいつに壊された」
ブライヴの呪いが解けたことで、この地にとどまる理由などもう彼らにはない。…いや、イジーは女王レナラのことが気がかりなのだろう。
自分だけは残り、最後まで主の母を守ろうとしているのだろう。それは誇り高く、誰にも口を挟めない決意にも思えた。
けれど。
彼の主はラニなのだ。
律を遥か遠くへ連れて行こうと走り続け、恐らくこの地を去った後も止まらない主がいるのだ。ならばどうしてこの停滞した世界で終わろうなどと考えるのか。
ブライヴは言葉少なに、イジーを責めた。
ラニが走り続ける限り、一緒に来てもらう。
「ラニを、あいつを一人にするな」
────きっと俺たちがいなくてもラニは止まらない。
もしかしたらメリディアンがラニと共に旅立つこともあったのかもしれない。だが、メリディアンの一部を継いだ彼にはなんとなくわかる。
メリディアンはラニの王にはならない。
ならば、俺たちが共にいるしかないんだ。
「イジ爺、腹を括れ。夜に旅立てば俺たちを"死"が別つことはない。最後まで共に」
この瞬間だけは、その真っ直ぐさがあまりに似ていた。隣り合う二人。共に戦う二人。重なって見えるほどに。
メリディアンの一部をブライヴが得たからではない。むしろ、最初から二人はずっと近かったのだ。互いに無意識に引かれ合うほどに。
その二人が、この老体にまだまだ走れと無茶を言う。
「────全く。老木に
「すまないイジー殿。だが、ブライヴがそれを望んでいる。ならば私も、精一杯のことをしよう」
「…いや、お前は働きすぎだ。ほどほどにしろ」
「そうだなぁ…貴公は一旦気を緩めた方がいいと俺も思うぞ」
「貴方はもう少し肩の力を抜いた方がいい」
急にみんな距離を取ってきた!?
メリディアンはみなの呆れたような物言いにショックを受けた。
そういうわけで。
一先ず、じゃぁ母の話でも聞くか…となったメリディアンは、皆と共に、今度はイジーも混ぜて火を
────────────
────────
────
「グラング殿…!?」
「グオオオオオオオオォオッッ!」
幾つかの"死の根"を回収することに成功していたメリディアンは、メリナと二人、祝福を介して獣の神殿へと足を運んでいた。
死の根を喰らうグラング。
…しかし突然に、彼は暴れ出す。頭を抱え、だが明確に殺意を辺りにばらまき始めた彼を、メリディアンは戸惑うことしか出来ないでいた。
メリナは霊体へと姿を変え退避している。彼女の心配は、よい。
だからと言って彼をこのまま放っておいて良いとは、メリディアンには全く思えない…!
どうすればいいかなどてんでわからないが、"何もしない"は論外。であればここはやはり…
「グラング殿…」
スゥっと、彼の目がヘルムの中で細められ、静かに体を沈み込ませる。
グラングの獣の祈祷によって壊れた神殿の内装…そこから崩れ落ちた頑丈な骨を両手で握りしめ、タイミングをはかる。
多少の痛みは…
「覚悟を!」
へし折れ始めた柱の陰を使い、メリディアンはグラングの死角から飛び込んだ!
そのフードに覆われた横っ面に対して、棍棒のように大骨を振りぬいたのだ!
「グウウッ!?」
一発。
これで正気に戻るとは思わない。
だが、脳を揺らした一撃である程度行動は抑えられるはず。弓撃ちとは言え、メリディアンとてそれを神速の領域で扱う筋力は持っている。決して侮れない
それでもこの巨体。
運良く止まってくれればいいが…
────そう、予想外なことが一つあるとすれば。
「────…やめてくれ」
「…む…?」
グラングが、ただの一撃で、本当に止まってしまったことだろう。
「もう、忘れない。…我が罪、渇き…この、
「………?」
「だから、やめてくれ…」
弱弱しく。
その懇願はどこまでも切実だった。迷い子のような、そんな。
「グラング殿…?」
「………礼を言う…もう、忘れぬ。我が罪、渇き…」
今までの無関心さとも違う。
何だろうか、
知っているはずなのに、何も出てこない。
いつもの記憶が思い出せない時とは
「…いや、もう大丈夫だと言うのならば、良かった。先ほどは思い切り殴ってしまってすまない」
「良い。このお前からの痛みが、我を律する」
意味深長に、きっと大事な言葉のはずなのに。やはり私からは、まるでこれこそが当たり前なのだと言うかのように何も出てこなかった。
「…喰らう。もっと、喰らう…死…、人の触れざるもの…、我が罪…我が爪を、くれてやる。もっと、喰らわせろ」
そうしてまた、死の根を持ってくると約束して、メリディアンは去った。
────メリナはその後ろでずっと、同じように感じていた違和感の理由を探している。
どうにも、知っている気がするのだ。この感覚を。
かつてマリカが、或いはそれに近しい誰かが扱っている"何か"…しかし結局、答えに行きつくことはなかった。
今はまだ。
お待たせしました。これにて三章は終わりとなります。
そしていつものことながら誤字報告ありがとうございます!
だいぶ致命的なルビのふり間違いを、複数人の方から同時に指摘いただいたのはちょっと笑ってしまいましたが、いつも本当に助けられております。
サブタイトルの"相剋"はそうこくと読みます。
対立しているもの、矛盾しているもの同士が争うこと、または五行思想などでも使われる言葉でもあるそうですね。
次回は二、三日後に投稿できると思いますので、皆様良ければまた読んでいただけると嬉しいです。
■メリディアン
家族は共にあるべきだ。
この壊れた地で、まだ家族と呼ばれる温かな繋がりが残っていると言うのならば、そう思うのだ。
■ブライヴ
自分のために戦う。それは剣であろうとした時から、一度たりとも考えたことすらなかったこと。
けれどもラニにそれを言われた時に、本当は自然と受け入れられる自分がいた。
■アレキサンダー
ラニのアドバイスを元に、己の内側とどう向き合えばいいのかを模索していくことになるのだろう。それが実を結ぶときは、果たして…
■メリナ
みなが戦って、足掻いて走り続けているのに、自分は何も出来ないのか。
分かっている。自分の役割はそれではないのだと。それでも…
■ラニ
メリディアンの子が自分の王ならば、それも悪くはないと思ってはいる。だが彼女も、彼がそれを望まないことなど、とうに知っていた。
ようやく、指殺しをもって二本指を殺すことができる。
…その前に、どこかでちょっかいを出してきそうな"悪意"を狩っておくことにした。
■"影"
ラニの二本指からの刺客。
相手の数が多いなら、こちらの数も増やせばいい理論で増えたが、メリディアンたちの前には成す術もなかった。
実はこの後も何度か同様の刺客が放たれているが、ラニは全てを退けている。
■アステール
かつて大いなる意思に牙を剥こうとした"永遠の都"を滅ぼした流星、その中より生まれた出た存在。
ラニの排除すべく姿を表し、そしてカーリアの騎士たちの前に敗北した。
■輝石竜アデューラ
ローレッタの魔術弓も届かない距離から魔術撃ち下ろしてくるし、近接格闘も月の剣で超広範囲薙ぎ払ってくるしで割と敵なしでは?
多分この竜は基本的に相手の射程に入ってこない。
■イジー
ブライヴは彼を許し、代わりに立ち上がることを望んだ。
イジーは、もう立ち止まらないことを狼に約束した。
■セルブス
退場。
彼のラニを狙わんとする思惑は、残念ながら最初から筒抜けであった。
■セレン
ジェーレンに敗れたらしい。果たしてどうなったのかは、想像にお任せしよう。
だが、もしかしたら…
■グラング
メリディアンは彼を前にしても、何かを思い出せそうであったり、忘れているかのような感覚すらも、何もない。
ならばやはり、かつて彼と交流があったことはないのだろう。けど、どうにも…
- 暗黒の落とし子の追憶 -
遥か彼方、光の無い暗黒で生まれた星の異形
それはかつて、永遠の都を滅ぼし
彼らから空を奪った、悪意ある流星である
- アデューラの月の剣 -
輝石竜アデューラの魔術
冷たい魔力の大剣を形作り
斬り払うと同時に、冷気の刃を放つ
魔術師喰らいのアデューラは
月の王女ラニに敗れ、騎士として
その暗月に忠誠を誓っていた
- カーリアの騎士剣 -
カーリア王家に仕えた騎士たちの武器
かの騎士は20名に満たなかったが
剣を触媒として魔術戦技を振るい
黄金の英雄たちに伍したという
- グラングの獣爪 -
獣の司祭グラングが授ける祈祷
その高位とされるもの
かつてグラングは、恐ろしい獣であったという
古き名が、デミゴッドの死を意味するほどに