エルデンクエスト   作:凍り灯

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梔子はいまだ語らず

 

 

 

 

「…で?あんたらはなんでまたこんな辺鄙(へんぴ)な場所に。…しかし妙なコンビだな」

「私と彼は先ほど出会ったばかりだ」

「…」

「いや、ジェスチャーだけじゃわからねぇよ…しかしまだ話せる奴が────あーこいつ(もう一人)は喋らねぇが────ばったり集まっちまうとはな」

 

"古遺跡断崖"と呼ばれるそこは、ならず者ことビッグ・ボギーは知らぬことだが、割符を揃えなければ動かすことのできない大昇降機を使わずしてアルター高原へ行くことのできる、数少ないルートの一つだ。

だが卑兵たちが毒の罠を張り、人蝙蝠(こうもり)や陸ダコが住処にする危険なルートである。そこを隻腕のミリセントが構わずに切り抜けようとしたところで…大角のトラゴスが馳せ参じ、なんだなんだと騒ぎを聞きつけたならず者が合流した、ということらしい。

 

ミリセントはトラゴスに助けてもらったゆえに、早々に彼を信じることにしていたが、ならず者からすれば全身重装のハンマー野郎だ。

しかしビッグ・ボギー。かつて半狼と戦士の壺を連れた珍妙な集団を(さば)いた男!これしきで怯む男ではない。

 

両手で抱えた子陸ダコを投げつける姿勢を見せつつ、開口一番こう言ってやったのさ。

 

『何見てやがる…ぶっ殺すぞ…!』

『君…なんでタコを抱えているんだい…?』

『…ああ、そういうことか。タコが喰いたいんだな』

『言っていないのだが?』

 

そうして今、タコは茹でられた。

 

足は想像以上に不味い。陸ダコはあんまり食える場所がねぇ。内臓は酒で下処理すればイケる。

それがならず者の結論であり、それを聞いたミリセントは呆れつつも、その強かさに素直に感心する。そうだそうだとトラゴスも頷いていた。

どっちに頷いているんだい?

ちなみに成長した陸ダコの卵巣には人血が溜まっているので絶対に食べるべからず。

 

「君こそどうしてこんなところに?」

 

ミリセントの疑問もさもありなん。

ならず者に、ここに来る理由などない。内臓が抜かれた子陸ダコ────陸ダコは海のものより皮が厚く美味くないので剥くために丸ごと茹でている────がグツグツと良い音を奏でる大鍋を囲って、白そぎ肉の塩煮を一人摘むならず者が躊躇(ためら)いながらも口をひらく。

 

「あんたらに言うには変な話かもだけどよぉ…」

 

"灯"だ。

夜の空に天高く昇る”灯”を見た。

 

何故か目を離せなくて、つい見上げたそれは、流れ星のように一瞬の瞬きと共に落ちていった。

 

その後の一際大きな隕石よりも、ならず者はその暖かな"灯"が脳裏に焼きついていたのだ。そろそろ拠点を移そうとしていたならず者は、まるで導かれるようにここまで来てしまった。

 

「結果として、簡単にタコが手に入る場所を見つけたわけだ…お天道様の導きってやつが俺にも残ってたのかもな」

「────そうか、君もか」

「あぁん?あんたも?」

「私には目指すべき場所があるんだ…大まかに、どこ当たりかはわかっていても、辿り着く手段を見つけられなくて困っていのだけれど────あの"灯"を見て、(おぼろ)げに忘れていた"道"を思い出したんだ」

「ふぅむ、痴呆(ちほう)に効く流れ星様だったのかもなぁ」

「それだと君も痴呆だということになるけれどいいのかい?」

「褪せ人なんぞ、どいつもこいつもそんなもんだろうよ。なぁ?」

 

ならず者がトラゴスに振れば、彼はそうだそうだと頷いてくれる。

 

「な?」

「いや…うん、そういうことにしようか」

 

その"灯"を誰が打ち上げたのかを察しているトラゴスは頷くばかりで、色々と伝わってはいない。

 

「────なぁブライヴ、こんなところで鍋をする輩が私たち以外にいるとは思えないが…」

「狼の嗅覚を侮るなよ?これは…どうにも嗅いだ覚えのある気がする匂いだが…」

「誰であろうと共に火を囲えるに越したことはないな!ワッハッハッハ!」

「卑兵の集団とかでなければいいけれど…────え?」

「あぁん?」

「君たちは…」

「…!」

 

意図しない再会とは重なるものなのか。

メリディアン一行が、彼らに追いついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────…ああ、それと…、個人的にひとつ、お伝えしたいことがあります。

本来、ここリエーニエの地とアルター高原は、街道の先、"デクタスの大昇降機"で往来ができたのです。

ですが、それはもう動きを止めて久しく、まともな道は繋がっていません。

…ですから、古遺跡の断崖を探してください。

それは、大昇降機脇の谷底にある、古い坑道で…リエーニエとアルター高原、双方から採掘されたと聞いています。

…私は、あなたを、いえあなた方を信じています。きっと、英雄たる方々であると。またお会いできるのが楽しみですね────

 

 

かつてリエーニエにて出会った"ラーヤ"が教えてくれたアルター高原へ至る道。

ラニやブライヴもそこに異論はなく、大昇降機を使うかどうかはメリディアンの判断に任せられていた。

が、単純に、割符が揃ってないこともあって坑道のルートを選んだのである。今の今までずっと同じ場所に割符が保管されてるとは思えなかったゆえに。

 

 

────…貴方は強い方です。ただ、戦いに優れるだけでなく、私に新しい英雄の在り様を教えてくれました。同胞に刃を向けることも(いと)わぬ、強い心の持ち主を探していましたが…これもまた我が主、"タニス"様が求める強さとなるやもしれません。

改めて私は"ラーヤ"、英雄たる褪せ人様を探し"火山館"に誘う、"招き手"です。ちなみにそこのパッチさんも一応そうです。

………はい、レアルカリアの"人さらいの乙女人形"から行く道はその…ちょっとやめた方がいいと思います。

パッチさんの無茶はともかくとして、もし志同じなれば、火山館は真に貴方をお招きするでしょう。共に戦い、英雄たる家族として────

 

 

そんなわけで彼らはここを目指し、"溶岩土竜マカール"を打倒したのである。

 

「…(かす)かだが昔を思い出すな。騎士団の大物獲り、獣に竜、言葉で言い表せない怪異…」

「おおメリディアン!その時の話も是非とも聞かせて欲しいものだな!」

「…!」

 

倒れ伏した巨大な竜を前に腕を組んで、あまりの暑さから兜を脱ぎ去ったメリディアンはしたり顔でなんかふわっとした功績をアレキサンダーとトラゴスに語る。

総勢七名と一頭────とはいえ一人(メリナ)一頭(トレント)は戦闘はしていないが────ラダーン祭りに匹敵する集団戦闘はメリディアンの古い記憶を刺激するには十分であった。少ししか覚えてないものも多いけど。

 

「いけそうか?」

「竜っつっても元人間なんだろ?流石に食おうとは思えねぇよ…」

 

ブライヴはならず者と土竜談義。

ならず者は、これを機に安全にアルター高原に向かうことにしたようだ。確かに集ったメンツを考えれば、このタイミングしかあるまいて。

 

「腕はまだ?」

「いや、不思議と痛みはないんだ。自分で斬り落としたと言うのに、まるで産まれた時からこうであったと思えるほど」

 

メリナはミリセントを気遣い、声をかける。

どうにも、メリナは彼女を気にかけている節がある。メリディアンは横目に彼女たちを見守りつつ、ケイリッドでの記憶を呼び起こす。

 

 

『ミリセントは、そこに見えるサリアの街を抜けた先、崖の上の教会に臥せっています。彼女を、いいえ彼女の腐れ病を神と奉る、無知な蟲共に(かしず)かれながら。あまりなことだと思われませぬか。あの娘に、何の咎も無いというのに』

 

『…ミリセントは、私が拾い上げたのですよ。まだほんの幼い赤子の頃、エオニアの沼でね』

 

『あれは()に似て、優れた剣士の素養がありますが、如何せん隻腕の身、そして何より、()()()ますから』

 

 

彼女を助けて欲しいと頼んだサリアの"ゴーリー"はそう言っていた。

何とも意味深長な言葉たちだが、見えてくるものもある。

 

彼女たちは、きっと似たもの同士。

確証はないが、とても雰囲気が似ているのだ。隠せない気品というべきものも感じ取れる。さて、二人の邪魔をしないようにと、ブライヴの元へ足を運ぶメリディアン。

 

「トラゴス殿はここでしばらく活動するらしい。流石は助勢の騎士…頭が上がらないな」

僥倖(ぎょうこう)だったな。こいつ(溶岩土竜)の硬い表皮に相性がいいやつが居合わせたと言うのは…アレキサンダーも相性はいいが、如何せん相手がデカすぎる」

 

大獲物とは得てしてそういうものだが、ただでさえ一撃が必殺になり得る気の抜けない戦い。楽になるにこしたことはないので、本当に運が良かったといえよう。

 

「溶岩は俺にとっては"焼入れ"だからな、以前より硬くなった気がするぞ!」

「つーかお前ら、かなりデキるんだな。次の拠点が見つかるまで一緒に行かせてくれよ」

「あぁ、勿論いいとも。…そうだ、ミリセントは────」

 

と、振り返った先にはメリナだけ。

あれ…?今の今までいたのに、と周囲を見回すメリディアン。

ブライヴとならず者が、あぁそれなら…、と彼に一言。

 

「あの赤毛の嬢ちゃんなら先に行っちまったぜ?」

「お前がこっちに来た後すぐに、奥に向かっていったな」

「二人とも見てたのに止めなかったのか…?」

「っは、俺がそこまでする義理はねぇよ」

「当人の自由だろうさ、好きすればいいだろう…わかった、わかった、次は気をつける、これでいいだろう?」

 

すっごい眉間に皺を寄せて見上げてくるメリディアンに、ブライヴはやれやれと一応の対応。

その会話を聞いたメリナが、申し訳なさそうにやってくる。

 

「…止めるべきだった?」

「あー…いや、いいさ」

 

次は引っ張っていくから。という言葉は呑み込んで。

そんな決心をしながら、メリディアンたちはトラゴスと別れを済ませ、昇降機に乗り込む。

 

ならず者がブライヴに耳打ちした。

 

「なぁ…前も見てて思ったんだがあいつ桃色嬢ちゃんに甘すぎないか…?」

「言ってやるな。今に始まったことじゃない。というかあいつは誰でも甘い」

「せめて聞こえないように話してくれ食い意地コンビ」

「桃色………桃色…?」

 

アレキサンダーがいるせいでぎゅうぎゅうだがなんとか乗り切れた昇降機を上げようと仕掛けを動かすメリディアン。ガギョン。ん?妙な音が…?

何の音かというとこれは、上がろうとした昇降機が鳴らした音である。

 

そう、うんともすんとも言わない…ブライヴが(いぶか)しげに呟く。

 

「………なぁ、この昇降機、重量制限は大丈夫か…?」

「おいおい…落ちたらしゃれになんねぇぜ…」

「アレキサンダー、すまないが後で来てくれ」

「あいわかった」

「桃色…」

 

なんてこともあったが無事にアルター高原。

 

黄金樹に近い土地であるために、まさに黄金の大地と形容するに相応しい草木が生い茂っていた。

黄金色のロアの、淡く金色に光るアルタス、多くの落葉花、黄色の葉をつけた木々たち。

ここはまだ少ない方だが、先に進めばさらに美しい風景が見られることだろう。

 

ミリセントに追いつきたいと思っているメリディアンは黄金の大地を堪能する間もなく、目の前の丘を登っていく。彼はかつてこの地に住んでいたからというのもあるかもしれない。

破砕戦争以前に訪れたことのあるブライヴも同様で、メリナも記憶が曖昧だとしてもどこか覚えがあるのだろう、初見の「おお!」だの「カニが食いてぇな…」という感動の声は後ろへと流れていく。

 

────しかし少し登った先で、メリディアンは急に足を止めた。

トロルに引かせる荷車が多数捨て置かれたここには、どうやら"忌み子"たちが集っているようだった。

幾人かが、荷車の上から、隙間からこちらの様子を伺っている。

 

…呪われた者、稀に黄金樹の加護の元で産まれてしまう角の生えた彼らは、忌むべき存在として嫌悪されていた。そして角を切られ、大抵はそのまま死んでしまう。では死ななかった者たちは?…ここにある荷車は"棺"なのだ。

死ななかった者たちが捨てられる場所。なんとも気分の悪くなる話だ。

 

メリディアンの知らぬ話ではあるが、彼らはほとんどが角が切り落とされているものの…そうでない者がいることや、"劣化の呪法"がかけられた武具を持っていることから、王家の血筋を持つ者たちが多いようだ。ここに集うのは供養のためか、同胞の救出のためか。

 

…そう、王家の血であれば、忌み子の扱いも少し違ってくる。

彼らは角を切られることはないが…王都の地下深くに幽閉され、忘れられる。永遠に。

それこそ、メリディアンの知る"モーゴット"と()のように。

 

破砕戦争が起き、第一次ローデイル防衛線の戦端が開かれた折り、彼ら幽閉されていた忌み子たちはその力の強さゆえに戦線に立たされた。

"劣化の呪法"とは、歯向かう忌み子から武器を奪うための保険だったのだ。今はその力は失われているようだが…

 

溶岩土竜との戦い時から兜を外したままの彼の顔を見てなのか…忌み子たちは、動く様子を見せない。

メリディアンはかつて王都の地下、その実情をその目で見ている。彼はまだあまり思い出せていないからなんとも言えないが、もしかしたら顔を合わせた誰かもいるのかもしれない。或いは、母を知る者か。

 

"メリディアン"、それとも名も無き"彼"か。どちらを見ているのかは、誰にもわからないのだ。互いに交わす言葉もないのならば。

 

やがて彼らは去っていった。

不干渉。

交わるべきでない道もあるのだろう。メリディアンは目を閉じ、小さな感謝を心で捧げる。

 

 

────()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「────()()()歓迎だ…しかし古竜か、懐かしいな…伝え聞く古竜戦役以前には私はこの地を去っているから、経験が豊富とは言えないが…」

 

あとは…いや、あれは、私の介在の余地はなかった。

紛れもなく、()()()()()()()()()()()だ。文字通り本当に、ただ誰もが背を見ていただけの戦い。

 

「俺はないな、お前は?」

「うーむ、流石に俺もないぞ…まぁ、俺たちならどうにかなるだろう!」

「…っ!!??………よおしっ、頼むぞ…!」

 

流石に、ならず者はこの戦いにはついてはいけまい。

当人も色々と言いたいことを全て飲み込んで、急いで後退していこうとする。

 

「メリナ、ボギーのことを頼んでいいか?」

「ええ、任せて。…ねぇ、気をつけてね」

「ああ」

 

…だが………?

 

『………』

 

古竜は赤雷を(まと)いながらも、戦う姿勢を見せなかった。忌み子たちに続き、またしても。

静かに、ほと走る光が草木を多少は焦がすが、それだけだ。

じり、と距離をとりながらメリディアンたちは視線を逸らさずに話し合う。

 

「………なんでだと思う…?どうにも、似たことが続くな…」

「…メリディアン、お前、知り合いなんじゃないのか?」

「貴公、もしや忘れているだけとかは」

「そもそもお前の母関連じゃないのか?」

「否定はできないが…過去の私が古龍と交流できるような器だとは思わないがな」

「お前ならやりかねん」

「ああ、やりかねんな!」

「………彼らは非常に聡明だが、価値観はおよそ人を超越している…いや、俗っぽいところもあると聞くが。ならば、やはりブライヴの言う通り"母"関連、か…?」

 

────(らち)が開かないか。

何にせよ、彼ら彼女らはかつて王都の騎士たちとも交流があった存在もいるらしいではないか。

ここ、王都の近くで立ちはだかったということは、この竜がなにかしら黄金の民と縁がある可能性は捨てきれない。

…そして動きを止めたということは、一番あり得る話は私か…メリナ、か?

神とその友の血縁者たち。古竜たちが何かしら感じ取ったとしても不思議ではないのではないか?

 

「聞いてくれ!」

 

両手を広げてメリディアンは対話を試みる。

 

「私は永遠の女王マリカの友、メリディアンの子である!名乗る名がないのをどうか許して欲しい!連なるは月の半狼ブライヴ、戦士の壺アレキサンダー!そして霊馬トレントと女王マリカの縁者メリナ!……………鉄仮面のビック・ボギー!!」

「頼むから俺に注目を集める言い方はやめてくれ…!?」

「"鉄仮面"か、なんとも冷酷そうな男だな?」

 

目は、全く真剣のままに、遠くから響くならず者の声にブライヴが小声で茶化す。

 

「王都ローデイルに向かい、黄金樹に至るためにこのアルター高原に昇った!互いに争う理由がないというのならば、道を空けて欲しい!」

『…』

 

正直、メリディアンはこれが上手くいくとは思えなかった。

しかし古竜は確かに、私の言葉に反応しているのを、彼は見た。…どれに反応した…?待て、そもそも気のせいかもしれない。

 

どうする?

古竜相手に下手な嘘や、真実を話さないような詐欺めいたやり方はやるべきではない。

彼らは思う以上に多くを知っている賢者なのだ。そもそもが上位の存在、真っ直ぐに、いつも通りにやればいい…のだが、()()()()()()()濁しておきたいことがあるのだ。どう伝えるべきか…

 

…そもそもダメなら、その時は戦って退けさせていただこう!とメリディアンは開き直った。

 

「我らは大ルーンを二つ得た!その資格をもって王都ローデイル、その玉座の間へ向かい!()()()()()()()()()()()()()()!」

 

────その言葉に、違和感を覚えたのはメリナとブライヴだ。

とはいえ、ブライヴはさして気にした風ではなかったが…メリナは、彼の真意を未だに計りかねていたゆえに、今一度彼に抱いたことのある疑問を思い出す。

 

ああ、そうだ。

 

 

彼は()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

ラニの暗き路、夜の律を敷き、それを遥か遠くへ連れていく。確かにそれは、王になる路とは言い難い。

しかし彼はそのことを()()()()()()。最初から…それこそ私と出会った頃から知っていたのならばこの一貫性のある意思に納得はできるのだ。だがそうではない。では、記憶の欠けた彼の根幹とは…その意思とは一体どこから…?

 

「そして女王マリカ、我が母メリディアンの"願い"を背負い、野心の"火"を宿し、"(いただき)"を目指している!…どうか通してくれないだろうか?」

 

"頂"…妙な言い回しに、メリナはやはり何もわからないままだ。

 

彼は、郷愁(きょうしゅう)から戻ったと言っていた。そして使命を得たと。

その使命を、私たちはやはり知らない。

 

 

『────メリディアンの真意。隠し事。言うのを待つなどと生温いことをするな』

 

月の魔女の言葉が()ぎる。

…ラニ、私は────

 

 

迷いを背中に残したまま、メリナは遠くから見ることしか出来ないでいた。

 

 

「────…どう見る?」

 

反応があるようなないような…いまだ睨み合いのままの一行は、一歩も動かないままに困り果てている。ちなみに鉄仮面のビック(ならず者)・ボギーは既に昇降機前まで一気に駆け降りており、すごい遠くから覗き見ていた。

 

「良い方向に考えるならば"卑小な割には頑張ってるから退いてやるか"と検討している。悪い方向に考えるならば"何訳のわからない事言ってるんだ誰から喰ってやろうか"と迷っている、当たりだと思うがな」

「うーむ…どうにもメリナ嬢を見ているようにも見えるが…」

「よしブライヴ、アレキサンダー、狩るぞ」

「急にやる気を出すな」

 

────果たしてメリディアンのせいなのか、唐突に古竜は霧のように消えた。

 

まるで最初からそこにいなかったかのように。ただ焦げた草木だけが、古の覇者の痕跡を残すのみである。

 

「………おい、あのナリで姿を消せるなら、不意打ちをされると致命的だ」

「彼らは賢者であり超越者だが、卑怯者ではない、とは思う。少なくとも交戦の意思は────」

『シャブリリに気をつけなさい』

 

 

瞬間。

 

 

メリディアンが即座に飛び退き矢を(つが)え、ブライヴは不用意に斬りかからずに地面を擦り抉るように後退し柄に手をかける。アレキサンダーがワンテンポ遅れて拳を構える頃には、灰暗い人の形だったと思われる霧がふわりと渦巻くのみ。

 

「ブライヴ!」

「気配が追えん、いるのか、いないのかっ…」

「うぅぅむ…」

 

三者三様、呼吸も手先も震えひとつないが、内心では冷や水が背筋を撫で回るような感覚を味わっていた。

 

これが黄金樹全盛以前の、覇者。

 

再三と周囲を索敵、警戒したが、ついぞそれ以上は何も起こることはなく、メリナにならず者を迎えに行ってもらう間に三人は再び議論を交わし始める。

気になる言葉、不可解な行動、答えは出そうにないが、考えずにはいられない。

 

「"シャブリリ"…二人とも、知っているか?」

 

────シャブリリに気をつけなさい。

なぜ私たちにこんなことを…?

 

「いや…だが、どこかで聞いた覚えのある名前だ…」

「俺は知らないな!古竜が警告を出すほどの人物となると、さぞ強いのだろうなぁ」

「人物と決まったわけでもないぞ、アレキサンダー。彼ら(古竜)が気にするようなものであるなら現象かもしれない…」

「シャブリリとやらはともかく、そもそもなぜ俺たちは見逃された?…分からんことだらけだ」

「見逃されてばかりだな…しかし名前くらい聞いておきたかったものだ」

「確かにな!これは惜しいことをした!」

 

コイツら、何を呑気な…

気配を追えなかったことがひどく久しかったブライヴ、その衝撃で多少イラつきが残っているのを自覚しつつ、大きなため息を隠しもしない。

 

毒にも薬にもならない話をしていれば、メリナがトレントと共に颯爽(さっそう)と戻って来る。

ならず者と、()()()を連れて。

 

………んん??

 

 

 

 

 

 

焦げた道の上で歩を進める中で、ボックは事情を語ってくれた。

 

「ご主人様を探していたんですけど。でもどこにいるかわからなくて…それで困り果てた頃…夜に"灯"が昇ったんです…つい見入ってしまって…それを見たら、なんだかわかんないけど、こっちにいる気がしたんです」

 

チラチラと、ボックはブライヴに戦々恐々しながらメリディアンの影に隠れつつ続ける。…そう、以前はかぼちゃ頭のブライヴだったが今はそんなもの被っていない────正確には鏡張りに改造したので持ち歩くのに難あり過ぎてイジーに預けてきた────ので、ボックは怯えている。

一応、以前出会ったブライヴであると説明したが、如何せん心の問題はすぐに解決しないのだ。

 

ブライヴは当時のことを思い出してやや不機嫌なのが、さらにそれを加速させている。

ほら、せめて(しか)めっ面ぐらい直せ。

 

「オ…オイラ、特に根拠はなかったけど他に手掛かりもないんで向かったら、思ってたよりずっと恐ろしい場所で。でも、角の鎧の方がオイラを助けてくれてここまでなんとか来れました」

「トラゴスか…さっそくとは彼も流石だな」

「あぁ、あんたもお天道様の導きが見えたのか」

「え?」

「"お天道様"?」

 

メリナが不思議な表現から聞き返せば、ならず者は自分で言い出したことだというのにこれまた不思議そうに答える。

 

「よくわかんねぇけどよ、さっきの赤髪の嬢ちゃ(ミリセント)んもそうだって話だぜ。ほら、隕石?みたいなのが落ちた時あったろ?あの少し前に落ちてきた赤い流れ星みたいなやつのことさ」

 

はっとして、メリナは胸元のタリスマンを握った。

メリディアン髪の毛が編み込まれており、互いの居場所を把握できる加護を持つタリスマン。

彼がラダーンを討ち取るために放った灯火の矢、もしやあれにも同じような力があったのでは?

 

どちらも彼由来の物と考えれば辻褄が合うようにも思える。

ミリセントもならず者もボックも…もしかしたらトラゴスも、それを見てここに集まった?そうだ、こうも同じタイミングで出会うなんて普通に考えればまず絶対にあり得ない。つまり、そういうことなのではないか。

 

ブライヴも同様に、むしろそれを活かした戦いをしたことがあったがゆえにならず者の話には納得ばかりがあった。だが、その話を今してもややこしくなりそうな気配を感じ、彼は口を(つぐ)む。

それは当の本人であるメリディアンもまた同じで、歩みを止めずとも沈黙のまま。

 

「綺麗だったなぁ…」

「あれはな、タコの場所を教えてくれるし、痴呆によく効くのさ」

「………ん?」

 

なんか知らん効力が並び立てられてメリディアンは困惑した。

 

…さて、アルター高原に入り早々に忌み子に古竜、しかも戦わずに素通りからのボック参戦と盛りだくさんとなったわけだが、その丘を越え、断崖の隙間を縫って進んだ先────ついに一行は黄金の威光を今までよりもずっと強く感じ取ることとなる。

 

「ローデイル…」

 

遠くに見える巨大な城壁。その背から伸びるさらに巨大な黄金樹。

広がる黄金の平原と空。

各々がそれに抱く言葉を発する中、彼には遠く、遠く、皆の声が耳鳴のようにしか聞こえていなかった。

 

────あぁ、メリディアンには、その空も黄金樹も、紅く燃えるような色として眩く映っているのだ。照らされる黄金の大地もまた赤みを帯びており、彼にとっては全てが枯れた色に見えるばかり。自らの髪色のように、枯れ果てもう終わったのだと教えるように。

 

呆けるメリディアンを心配してトレントが彼の手先を舐めとり、それに儚げに笑って撫で返す。

その横顔を、トレントに跨ったままのメリナはじっと、見ていた。

 

「…黄金樹は、もう近い。もう少しね。貴方との契約で願った、あの(ふもと)まで」

「ああ…」

「…懐かしい。私は、黄金樹の麓で産まれた。そこで母から使命を授かり…けれど、すべて失くしてしまった」

 

上の空だった彼は、そこでやっとメリナの目を見返し、メリナもまた彼の目の奥を見つめ返した。

彼の目は、今は両目とも綺麗な暗青(あんせい)色。その左目が時に(きら)めく赤色を灯すことを彼女は知っている。

あの打ち上げられた矢のように。皆で(おこ)した篝火のように。

 

「…それを、確かめなくてはならない。焼け(ただ)れ、霊の身体となってまで、私が生き続けている理由を」

 

深緑のローブから滑り出た彼女の手は、うねるような火傷痕が手の甲を始めに掌へと回り込み、そのまま腕へ、全身へと消えない痕を残していた。

そんなものを気にするメリナではない、しかし、これが何故あるのか、何がこの身に起きたのか、或いは最初からなのか…答えを知りたい。

それが失くした使命に繋がると、直感しているのだ。彼が言うように自分が女王マリカの縁ある者だというのならば、そこには必ず"意味"があるはずだ。

 

…あぁそうか。

彼が古竜に語った言葉。"事の全てを知るために来た"とは…彼も同じなのかもしれない。

使命があって、けれどもそのために忘れていたことを思い出したい。亡くした記憶を、私と同じように黄金樹の麓に求めている。

 

そうだったらいいなと、同じ理由ならばいいなと、彼女はなんとなく思うのだ。

 

 

「もし…、もし…そこの皆様方」

 

そして聞き覚えるのある声が彼らを呼び止める。

若草色の上等なローブを着た、猫背の女性…そう、湖のリエーニエで出会った、ラーヤその人である。

 

 

 

 

 








ようやくアルター高原です。
もともと今の半分くらいの話数の時にここに到達する予定だった私の見通しの甘さよ。

サブタイトルの梔子は"くちなし"と読みます。
梔子色は所謂日本の伝統色の1つで、やや赤みのある黄色を指し、大雑把に言うなら皇太子以外の人物が使用することを禁じた"禁色"であるという話もあったそうです。

ちなみに今章のOPイメージはいつもの日食なつこ氏の、「十六夜五月雨七ツ星」。EDイメージは同じく「10箇年計画フレンチトースト」です。
何故かEDイメージが脳内で現代パロディになる…なにゆえ。



■メリディアン
星へ届けと打ち上げた"灯"は、多くの者が集うための導きとなったのかもしれない。

アルター高原に入ったことにより、"メリディアン()"の影響がいよいよ滲み出てきたような気がして、少し落ち着かない。
懐かしき王都もまた、もう決して遠くはないところに。
けれども全て、彼の目には黄金は枯れて見えた。


■メリナ
ようやく見えてきた黄金樹の麓。
答えが知りたい。自分が何なのか。
…そして彼のことも、知れたらいいなと思うのだ。


■ブライヴ
ならず者がいるから美味い塩茹でが食えるなと期待している。
しかしシャブリリ…どこかで、聞いたような気もするのだが…


■アレキサンダー
初めて見る黄金の大地に素直に感動している。
そして一歩目から大歓迎を受けたことに、心躍る気分になるのは仕方のないことだろう。
せめてあの竜の名を聞けていればなぁ。


■ミリセント
メリナが彼女のことを気にかけている。
どうにも賑やかな空気に慣れず、そそくさと一人で行ってしまった。


◼︎ならず者
タコ茹でのボギー。或いは鉄仮面のビッグ・ボギー!彼に茹でれない食材は…いや元人間疑惑の溶岩土竜はちょっとねぇよ…
ミリセントが赤いからメリナは桃色嬢ちゃんになった。
メリナはその言い方をやや気にしている。


■トラゴス
相変わらず無口な男。
打ち上げられた"灯"がメリディアンのものであると、理解している。
トラゴスもまた、彼の周りは相変わらず賑やかだと兜の下で笑っていた、のかもしれない。


■ボック
やや出遅れたせいで一人で坑道に入ったため結構危なかったが、トラゴスのおかげで命拾いした。
それはただの無謀な挑戦だったのだが、それでも彼は生きてここに辿り着いた。


■忌み子たち
メリディアンか、名もなき褪せ人か…どちらにせよ、彼の顔を見てその場を後にした。
その心中を知ることは、きっと今後もないのかもしれない。


■ランサクス
警告し、去った。
今はそれしかわからない。


■ラーヤ
自らの助言通りに、彼らは乗り越えた。
しかしまた周りに人が増えているような…?



- 蛸たま -

乳白色に膨らんだ、陸ダコの卵巣
陸ダコは繁殖のために人を喰う
卵巣の赤い血は、人血である


- 土竜の鱗剣 -

土竜たちは、元々は人の英雄だったという
彼らは竜餐をなし、いつか過ちを侵し
地を這う姿は、そのなれの果てなのだと


- 忌み子の大刀 -

刃に浮かぶ紋様は、劣化の呪法の名残である
武器を与えるのなら、奪う準備も必要だろう


- 王家の忌み水子 -

黄金樹の王家に
呪われて生まれた赤子の像
王家の忌み水子は、角を切られることはない
その替り、誰にも知られず、地下に捨てられ
永遠に幽閉される

そしてひっそりと、供養の像が作られる


- ランサクスの薙刀 -

ランサクスはフォルサクスの姉であり
人の姿に化け、古竜信仰の司祭として
騎士たちと交わったという


- ヴァイクの竜雷 -

円卓の騎士、ヴァイクの祈祷
竜槍の二つ名でも呼ばれたヴァイクは
ランサクスが、最も愛した騎士であった


- シャブリリの叫び -

シャブリリは、狂い火の病の起源とされ
歴史上、最も憎悪された男である

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