エルデンクエスト   作:凍り灯

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呂入り

 

 

 

 

 

かぼちゃ型の兜が、今では立派な芸術作品(鏡張り)に仕上がってしまったばかりに、メリディアンは代わりのものを見つけなくてはいけなかった。

 

…何のこと?というと、水汲み用の桶の話である。あれ(かぼちゃ)は意外にも生活の道具として活用されていたのだ。重すぎる点に目を(つむ)れば。

そういうわけで代わりにと事前に用意していたものは、動物の皮を縫い合わせて作っておいた皮袋!であったのだが…

 

「む…?」

 

穴。

ぴゅーと水が飛び出すほど大きな穴が空いており、やがて虚しく涙を溢す哀れな皮袋が彼の手にぶら下げられていた。

 

別にこれ一つだけではないし、そこまで問題はないのだが…自身の腕で作った程度では長持ちしないのが見て取れてしまった。手先がある程度器用なつもりだったが、過酷な環境を歩き回る旅に持ち歩くには信頼性がないということらしい。

メリディアンは少しだけ落ち込んだ。

 

ぶらぶらと水気を切っていると、一緒に水汲みに来てくれたボックがそれを見て閃く。

 

「ご主人様…!このボックめにお任せください!」

 

じゃらぁ…と裁縫道具を並べ立てたボックは気合十分。

それは昨日にメリナから受け取った黄金の裁縫道具のせいだ。結びの教会で司祭ミリエルに貰い受けたそれを、貸してもらったハサミをダメにしてもらった謝罪と共にプレゼントされたのである!

王家の紋章入り!

I am golden seamster(私はご主人様のゴールデンお針子だぞ!!) !!

ボックは無敵だった。とりあえず、今だけは。

 

「ぉ、ああ…わかった、頼めるか?」

「ヒヒン」

 

目が充血していたのでメリディアンは普通に引いた。

役に立てるのが嬉しいのだろうと、気持ちは察することはできるが、正気を失って襲ってくる亜人たちと同じ目だったので思わず口元が引きつったのは許して欲しい。

ヘルムを被ってたのでボックには見えなかったのが救いだろうか。

 

若干眠気があるので、対応が塩っぽいのかもしれない。いややっぱりそんなことないかも…

 

近くの岩場でボックがチクチクチクチク!っと持参した皮袋全てを縫い直している間、水運びのために連れてきたトレントを撫でる。

 

辺りは未だに朝日が昇る前の薄暗がり…とはいえ、ここはアルター高原。黄金樹から降り注ぐ光があるために、リムグレイブやリエーニエよりも明るい。

この明るさに慣れることが出来ず寝入ることが出来ない者たちは意外といるものだ。ちょうどボックのように。

 

…あの後、メリナを寝かしつけた彼は、アレキサンダーと仮拠点の見張りを交代し、その時に起きてしまったボックと共に今、近くの水源に水汲みに来ているのである。

 

ボックを背に、一人と一頭。

水の流れる小さな音の中で深呼吸。もちろん警戒は怠っておらず、されど可能な限りのリラックスを忘れずに。

あぁ、もう少しボックは時間がかかりそうだな、と感じたメリディアンは手持ち無沙汰からか、トレントへと独り言を溢してみせる。

 

「────なぁトレント、私はこのまま、真意を伝えずに進んでいいものなのだろうか」

「ヒヒン」

「時折思うよ…全て伝え、共に違う道を探すべきなのではないかと。…いや、わかっているんだ、他に道がないことは」

「ヒン」

「私は欲張りだからな…それでも切って捨てなければいけないものは理解している」

「…?」

「頼んだぞ、トレント。これからも彼女を」

「ヒヒン」

「ご主人様!終わりました!」

「────早かったな、ボック…おお、縫い目の綺麗さが私とは段違いだな」

 

朝日が昇る。

間近に黄金樹が(そびえ)え立つから、その横から顔を出す陽の光は頼りない。しかし私にとっては真っ赤に燃えるだけの空を野原を、少しでも橙色に戻してくれる光。

 

こうして、私だけの夜の赤い高原は、枯れ色の世界へと染め直されるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あぁそういえばと、メリディアンはミリセントに真剣な眼差しを向ける。

顔だけは麗人のメリディアンに見つめられれば、思わず身構えてしまうもの。ましてや優し気な雰囲気ばかりの所しか見ていないものだから余計に。

 

「ミリセント…私は君に、溶岩土竜と戦い終えた後どうしてそそくさと先に行ってしまったんだと、聞かねばならない」

 

メリディアンは悲痛な面持ちで、ミリセントへと朝食の蕪のスープを渡しながらこんなことを言う。

そんな顔して言うことかい…?しかし彼は真剣(?)だ。茶化すものでもないのだろう…と、木製のお椀を手渡されたポーズのままで困ってしまうミリセント。やがて彼女は少し迷ってから、メリディアンに釈明を始めた。

 

「私程度で力になれるというのならば手を貸したいとは思う、…だが、君たちは強い。人手が多すぎることも、良いことばかりでもない。…少なくとも、私では役に立てないだろうと思ったんだ。それに、私の行く道に、きっと君は手を差し伸べてしまう、そんな気がする────足手纏いにはなりたくないんだ」

 

ミリセントは周りを見回した。釣られてメリディアンもまた。

半狼のブライヴ、戦士の壺アレキサンダー。メリディアンと共に戦ってきた戦士たちは、明らかに一線を画している。

隻腕のミリセントは本来の力を出すことはできない。その程度ではメリディアンたちと肩を並べるには足りないとよくわかるのだ。

 

「だから、私は私の道を行こうと思ったんだよ」

「いや、行こう」

「話を聞いていたかい?」

 

まぁまぁドナドナと連行されるミリセント。

この流れ、前に見たなと心の中で思ったのはラーヤ。

 

一通りの片付けを終え、しばらくは廃墟にとどまることを選んだならず者とボックに別れを告げて黄金の平原を見下ろし歩く誘拐部隊。あの二人上手くやれるか…?いや、あの鉄仮面は意外と常識あるからな…そんな雑な会話を重ねながら。

 

アルターにいるならばどこにいようとも、眼前に立ちはだかるは王都ローデイルの城壁、そして黄金樹。

メリディアンはそれを眺めながらミリセントに語る。

 

「損得で考える必要なんてないんだ、ミリセント。私たちは確かに使命を持ち、必死でそのために戦っているが…せっかくの道連れの旅なんだ、この地の多くを見上げて、或いは見下ろして鮮やかなものを見つけて記憶してしまえばいいと思っている────だから合理的だとかそういう考えは、勿論必要だが、そのために他の全てを(ないがし)ろにしたくない」

 

ヘルムで隠れた彼の顔は(うかが)い知れないが、遠い何かに思いを馳せていることはミリセントにも伝わってくる。

この言葉が、思いつきなんてものではない、長いメリディアンの生から滲み出た重さがそこにはあって、彼女は思わず閉口してしまうのだ。

 

「この壊れかけた地で、まだ確かに残っているこんな小さな(えにし)を、出来るだけ私は結んでいけたらと思うんだ」

 

(ほど)けて解けて解き尽くした糸屑のように、風で吹かれて散らばってもう二度と元には戻れない。せめて、せめてそれを拾い集め、結んで(つむ)いで…か細いたった一本の糸だけにしかならないのだとしても。繋がっていることはきっと素晴らしいことのはずだ。

 

メリディアンはこの旅を通してそう思う様になった。

元は郷愁から戻った狭間の地。そこでメリナと出会い使命を得て、旅の道連れを得て、大きな壁を乗り越えて…数少ない人々の足掻きを知った。

 

失ってはならない。

 

かつてメリディアンが愛した世界に今を生きる人々を、彼は結びつけていけたならばと、そう思っている。

欺瞞(ぎまん)だらけで、血に汚れた黄金の名残がこびりついていようとも。結ばれなければ名残すらも消えてしまうから。

 

「だから今は共に行こう。例えそれが少しの間でも…君にとって、これが良い旅となるように」

 

ミリセントは、その暗青色の瞳を見つめ返し…やがて観念したかのように目を閉じる。

 

「君は本当に甘い人間だな…けれどこんな世界だからこそ、君のような存在が必要なのかもしれないと思えてきたよ。腐りゆくしかない世界なのだとしても。ああ、君ならばきっと優しい王になるだろうか」

 

────そのやり取りをメリナの横で聞いていたラーヤもまた思うのだ。

あまりに彼は、甘美で危険な存在だと。それは例えた言葉とは裏腹に悪い感情が浮かんではこなかった。

 

火山館は()()()()()()()()()()()()()

誰もが暗い想いを抱え、乾かぬ血で獣道を塗り固めている。

彼もそのはずなのだ。英雄とは、悲劇なくして成り立たない。ラーヤが見た英雄は少なくともそういう存在だった。そして彼もまたそういった生い立ちを歩んでいる。だと言うのに。

 

彼だけが違う道を見出している。

 

見えている世界が違うとしか、ラーヤには思えなかったのだ。それは自分が狭い世界観しか持たないゆえにそう感じたのか、それとも…()()()()()()()()()を持つ彼女だからこそ気がつけたのだろうか。

 

何にせよ、ラーヤは火山館には似つかわしくないと思ってしまった彼に、それでも可能性を感じていた。今までとは違う、英雄の形を。

ならばこそ、ここで手を貸すのは何も間違ってはいないはず。ちょうど、まさにぴったりの情報を持っているのだ。それは試練にもなる。そう言い訳をして。

 

「────褪せ人様、ミリセント様の腕の件なのですが…一つ耳寄りな情報を持っております」

 

 

より強く、もっと逞しく…あぁでも、どうしてだろうか。どうにもただただ純粋な感謝の言葉というのは、心地がいい。

 

 

「────成る程、"日陰城"か…行ってみる価値はありそうだ。ありがとう、ラーヤ」

「………お力になれた様で何よりです。褪せ人様は王都を離れて久しいことでしょう、アルター高原のことであれば是非ともこのラーヤめをお頼りください…そしていつか、英雄たる家族として」

 

黄金の大地に吹く新たな風を、ラーヤは確かに感じていた。

…自らの母が求める存在ではないと、気づきながらも。

 

 

そうして高原を突き進む。

パカラと馬に一緒に乗ったメリナとラーヤの小さなやり取りを背に。

 

 

 

 

 

「────太陽…の、仮面…?全く動く気配がないが…生きているのだろうか、彼は…?」

「メリディアン、多分コリンが言っていた"金仮面卿"その人なんじゃないかしら…多分」

「珍妙なやつだな…指先以外微動だにしていないぞ」

「うーむ、ただならぬ気配はあるが…ラーヤ嬢は何か知っているか?」

「金仮面卿は高名な学者様だと聞いております。ご本人様でしょうか…?お返事がもらえないようですが…」

「………君たち、反応がないからと言ってそんな近くで寄ってたかってじろじろ見るのはどうかと思うのだが…」

 

 

円卓で別れを告げた預言者コリンとの再会。彼の探し求めていた偉人、金仮面卿。

最低限の衣服と黄金に輝く仮面のみだけを身にまとい、武器一つすらも持たない。不思議な人物。

 

 

「"豊穣の森"か…そういえばミミズ顔の彼らはどういった役割があるのだろうか…ほら、ミミズは土壌の有機物を分解をする益虫だろう?何かしら、意味があると思うんだが…」

「…?何を言ってる、ミミズは喰らってはより強い毒として吐き出すだけの害虫だろう?」

「???」

「???」

「…ねぇ、狭間の外と内で生態系が違うんじゃないかしら」

「黄金律の永遠性が動植物の生態系を大きく変えそうだというのは、確かに納得いく話であるな!俺たちは外の世界を知らないから、知りようがないのだが!」

「…どうにも、アレキサンダー様がそのような知的な言葉を使うのは違和感があります」

「君も割と好き放題言うじゃないか?」

「生態系か…確かに、私が見た狭間の地のカニはあまりにも────」

「メリディアン、ここと比べるな…あれは俺から見てもおかしいデカさ────」

「────小さすぎるしな」

「嘘だろ」

 

 

霧深い黄金の森。

そこを突っ切るための橋が崩れていたために、"ミミズ顔"が大量に蔓延(はびこ)るそこを抜けなくてはいけなかった。

…彼らには大した問題にはならなかったようだが。

 

その最中。

 

かつての旅の初め、商人であるカーレがいた近くの湖で出会った"ユラ"という"血の指"を狩る狩人との邂逅(かいこう)…そして別れ。

 

 

 

…あえてここで語ることはしない。それはまた、遠い遠い(はる)か"頂き"で、思い出すことにしよう。

 

 

 

「これが黄金の義手…奇しくも利き腕の向きも大きさも合っている…まるで、私のためにあるかのように…しかし、これは持ち出していいのだろうか」

「城を乗っ取った不届き者(エレメール)を始末したんだ、礼ということでいいだろう」

「そうだろうか…しかし、この身にうまく馴染めばいいが…」

「なぁに貴公、俺も腕がちぎれたからくっ付けたことはあるが、意外にどうにかなるものよ!」

「あなた基準で考えるのは、ちょっと違うと思うのだけれど…」

「尋常ならざるデミゴッド、マレニアへの執着…これがラダーン様と並び最強の名を冠した彼女の肖像画か…」

「日陰城の城主マレーマレーは朱い腐敗(マレニア)の信奉者だったのです。褪せ人様、いつか貴方がかの英雄として相対することも、もしかしたらあるのかもしれません」

 

 

毒沼に沈んだ、異様な"日陰城"は、そこに住まう者たちも毒によって、或いは腐れによって侵されていた。とても長居はしたくないような異臭が充満しており、特に鼻のいいブライヴは調子が全く出ず、逆に鼻などないアレキサンダーは大活躍だ。

 

ブライヴの苦労は報われる。

ラーヤの言う通り、この城には黄金の義手が保管されており、ついに彼らはそれを見つけることができたのだ。

加えて幸いなことに、その厳重な保管が義手を臭いから守っていたというのは、ミリセントをして胸を撫でおろせざるを得なかったとは、きっと言うまでもないことだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴公、ずいぶんと馴染んだのではないか?動きが見違えた様だぞ!」

「ありがとう。そう言ってもらえたならば、君たちに苦労を掛けた甲斐があったかもしれない」

「ワッハッハ!これを苦労と言うならば、俺はもっと苦労をかけていることになってしまうな!」

「しかし…本当に大丈夫なのかい?あんなにも毒まみれになってしまって」

「うむ!俺はケイリッドの腐れ沼も平気だからな、あの程度何の問題もない!」

 

短い間ではあるが、それでも共に剣を振るうならば足並みも揃ってくるものである。

ミリセントが義手を身につけ、せめて慣れるまで共に行こうと提案したメリディアン。流石のミリセント不慣れなまま黄金の高原を渡ることに危機感を覚えたのか、やや迷いつつも了承してくれた。

 

「なぁメリディアン…あの二人、意外と気が合うのか…?」

「ミリセントは…もしかしたら、戦乙女の血が流れているのかもな。剣の腕の誇りは、控えめなように見えて相当だぞ。彼女も何かアレキサンダーに感じ入るところがあるんだろう」

「…彼女は、マレニアと繋がりがあるらしい。彼女自身が、それを感じていると」

 

メリナのその言葉に、反応しない者などいないだろう。

 

破砕戦争末期に起きた決戦。最強のデミゴッド、ラダーンとマレニアの相打ち。

それによってケイリッドは朱い腐敗に沈み、ラダーンは正気を失った。

 

メリディアンはあくまで冷静に、むしろ合点がいったかのような表情で頷く。ブライヴもまた同じようで…対して、え、とつい反応してしまったラーヤは両手で口を抑える。

 

「なるほどやはり…それが事実ならば、納得いくこともある」

「…義手のことか?」

「ああ。腕を失ったことも、それが右腕だったことも、まるで彼女のために作られたかの様にぴったりだったのも…"因果"というものなのかもしれない」

 

メリナとミリセント、互いの共感。

ゴーリーが幼い彼女を腐敗に沈んだエオニアの沼で見つけたという事実。

早計かもしれない。だがミリセントとはマレニアの分たれた魂、或いはそれに近しい存在で、ゆえに魂の刻まれた運命に身を(やつ)していったのかもしれないと、思わずにはいられないのだ。

 

マリカとメリディアン()の出会いが、メリナとメリディアン()の間で繰り返した様に。

…しかしなんとも奇妙な巡り合わせだろうか。

 

「私にメリナ、それにミリセント…"母"という存在に強く結び付けられた者たちがこうも…」

 

ラニもボックもそうだ。

運命などとは言うまい。"血"とは、この狭間の地ではあまりに強い意味を持っているのだから。

 

 

「母…」

 

 

そしてラーヤもまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜライカードと会いたい」

 

夜に黄金の薄(とばり)が降りる頃。

崩れた廃墟の壁に寄りかかりながら、メリディアンは細骨を削り出し、矢の蓄えを増やしていた。

 

その時に、すぐ隣の柱の上で警戒を続けるブライヴが問うたのだ。

 

半狼の簡素な問いにメリディアンはすぐには答えない。

削り出した細骨に羽根を糸で締め付け、結ぶ。ブライヴも彼が喋り出すのを気長に待っているのか、特に気にした風もなく目は遠くを見回すばかり。

それから二度繰り返し、一本の骨の矢が出来上がってやっと、瓶に閉じ込められた燻り蝶から発する僅かな光を見下ろしつつ、メリディアンは言葉を慎重に選んだ。

 

「火山館の目的に興味があるんだ」

 

直接的に、ラーヤから聞いたわけではない。それでも察することはできる。ライカードのこれまでの歩み、野心、ラーヤの求める英雄像。

 

『…ライカードは、"冒涜(ぼうとく)の罪"を侵したのだよ。そして、許されざる敵となったのだ』

 

そしてギデオンの言葉。

 

メリディアンには使命がある。そしてラニに託されたものもまた。ライカードといつか道が交わるとして、それが致命的な妨げになるというのならば…────

 

「だから知りたいんだ。一体、彼の侵してしまった"冒涜の罪"とはなんなのか?彼の野心は、かつて黄金に弓引いた時から変わらず誇り高く在るのか否か…共に歩める道が、残っているのか」

 

最後の言葉が本心だったのだろう。されど、そんな道はないのだと、メリディアンは理解しつつある。そして確信に変わる。何故なら目の前のブライヴの静かな表情が物語っていたから。

…狼は、知っているのだ。

 

ああそうだ。

ラニ様とライカード様は"陰謀の夜"に共に行動を起こしていたと、メリナがラニ様から聞いていた。ならばブライヴもまた、知っていて当然なのだ。

 

「メリディアン」

「…ああ」

()()()はお前の決断に従う────見極めてみろ」

 

目を瞑ったブライヴの低く落ち着いた声が、メリディアンの拳に力を入れる。覚悟は、とうに済ませてある。

────彼の覚悟を、メリディアンが背にした崩れた壁の反対側。同じように背中合わせにもたれ掛かっていたメリナは夜空を見上げながら聞いていた。彼女の手のひらもまた、少しだけ握りしめられて。

 

 

それを知っているのは、月と狼だけ。

 

 

────また、少しだけ時間が過ぎる。

 

アレキサンダーが見張りの番となった、夜明け前のことである。

 

眩しい光を遮るターフの下、ラーヤは小さく丸まりながらもかつてならず者に()()()()首飾りを見つめる。

凛とした異国の女性の肖像の浮き彫り。大切な母、その顔を。

 

火山館は黄金に弓引く者たちの寄るべ。ラーヤはその"招き手"。

共に歩むものを見つけ、定め、導く。生半(なまなか)な覚悟では挑めぬ道へ誘うなれば、それ相応の覚悟をこちらもしなければならない。

ゆえにラーヤは最も大切な首飾りを賭けるのだ。そうして今、メリディアンという想定外の褪せ人と共にある。

 

()()()()()()()()

 

火山館とこの人たちは相容れない。

 

だというのにラーヤは、まだここにいる。この人たちを好きになってしまったのだ。

母の元とは違う居心地の良さ。ただの私情。されど、その強さは紛れもなく本物である。どうにか、引き込めないものかと、もしかしたら共に歩めるのではないかと僅かな可能性に(すが)っている。

だから招くのだ。あのゲルミア火山の頂へ、心の整理が出来ぬままに。

 

────同時にそれは、ラーヤと彼らの決別を決定づけてしまうという恐怖もあった。

 

恐ろしい。

もっと血も涙もないような一団であれば、失う恐怖など感じなかったと言うのに。

メリディアンの懐の大きさが、メリナの不器用な優しさが、ブライヴの冷徹になりきれない気遣いが、アレキサンダーの人ならぬざるゆえの大雑把さが。

きっと彼女、ミリセントも同じように惹きつけてしまったのだろう。

 

当初はメリディアンこそがその中心と信じて疑わなかった。それは間違いではない。けれども周りが彼に感化され、その段々と中心が、"輪"が大きくなっていくような感覚。

誰もが何かに(すが)らなくては生きていけないこの壊れた狭間の地で、彼らは眩しすぎる。

 

その中に入りたいと少しでも思ってしまった。

いや、無理だ。ラーヤは()()()()()。偽ったまま、騙し続けたままにここにいる。

けれどもこの人たちであれば…────

 

眠気に抗いながらの定まらない思考の中、ラーヤは首飾りを胸元へ抱く。

 

 

その時、衣服を小さく引っ張られる。

ゆっくりと振り向けば、すぐ隣で眠っている巫女様が私の裾の端っこを握りしめていた。眉間に皺がよっていて…あまり良い夢が見れていないのだろうか?

 

…なんとなく、ただなんとなく巫女様の手を、その蛇のように這い伸びている火傷の跡がざらつく手を握ってみる。ヒヤリとした自身の手のせいで起こしてしまうかもしれないと気がついて一瞬慌てたがそんなこともなく、けれども眉間の皺もとれることもない。

 

暖かい。

人の肌を触ったのは、一体いつ以来だろうか…

ぼんやりと、そうしてまた意識は暗闇に拐われていく。負い目を感じながらも確かな安堵に包まれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丘の上に生える枯れた大樹。

色とりどりの花が咲き乱れる淡くも鮮やかな絨毯(じゅうたん)の中。

 

目の前には金髪の女性が二人。まるで姉妹のように並んで祈りを捧げている。

 

二人は、自身のものと思われる編み髪を、樹木へと捧げていた。

…違う。樹木のうろの中に女性の像が置かれている。これだ、間違いない。

ここからでは、二人の顔は見えない。けれども、私は動くこともできずにここから見ているだけ。それだけしか…

 

一体どのくらいの時間が経ったのだろう。

 

二人は立ち上がり、別れの言葉を投げかけた。

 

「さよならだ、も 戻るこ はない」

「ええ、行きましょう   」

 

でもちょっとだけ、待って、 リ

最後に、最後にこれだ は、聞かせてあ たいの

 

片方の女性が小 な ープを取 出し、奏で始 る。

 

それを聞い もう一人の女性は。拳を小 く握っ 。風が優しく撫で吹 、虚 さが心を埋め尽くし、大き ぎる決 がそ 美しい 金の 目を固く閉 させ 。

涙を流 のはこれで 後。 れより 遠に、私は 郷を忘 、奪い、裏切り、 の てを黄 の薄氷で覆 だろ 。

 

 

握られた拳を、いつの間にか演奏を終えていた彼女が丁寧に指で解き、手を繋ぐ。

二人はそうして去っていった。

 

 

 

────裏切り。

 

 

 

『黄金律とは、裏切りの歴史なのだから』

『マリカ…私はあなたを許せない』

『メリディアン…許しなどいらない…恨んでくれ…』

 

また、この夢なのか。

何度、私に見せようと言うのか。

 

『…私を殺しに来たのね』

『…』

『忘れないで』

 

『希望だけじゃ生きていけないのよ、────────』

 

『────お前が邪魔だ』

 

『────■■■■■■』

 

 

以前ほど感情が共鳴することはないが。決して、気分がいいものではない。

だって死にゆく彼女は、彼とおんなじ顔をしているのだ。槌が振り上げられる。瞼は失われたかのように、閉じることも出来ず目も逸らせない。

だからどうしても、無意識に血が滲むほど拳に力が入って────────

 

 

────────誰かに、その手を優しく包まれた気がしたのだ。

 

 

悪夢(記憶)は砕けて塵となる。

 

あぁ、いつも誰かが、こんな私を引き上げてくれる。

どうして?

どうして私なんかに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高い丘の上で、メリナは遠くなっていくミリセントの背中を見つめ続ける。

 

霧深い豊穣の森。死を振り撒くミミズ顔たち。

ユラとの死別、エレオノーラとの激闘。

黄金樹を見上げる金仮面卿。彼を探し続けていた預言者コリン。

ラーヤの招きにより乗り込んだ日陰城。鉄荊(てついばら)のエレメールとの戦い。

ぞっとするよう笑顔を振り撒く老婆たちが踊り狂う風車村、ドミヌラ。

村を抜けた先の丘の先で、待ち構えていた"神肌の使徒"を退けた。

 

…そうやって、ミリセントが義手を手に入れ、馴染むまで旅を共にした。それはきっとほんの短い時間でしかなかったのだろうけれど…ミリセントは何も返せないことを悔やみつつも、小さく笑って旅立っていった。

 

いつかまた道が交わる時がある。

メリナはそう確信している。

 

ミリセント、赤髪の彼女は明らかに自身と似た運命を宿している。恐らくその産まれ。マリカとメリナ。マニレアとミリセント。

…賢者ゴーリーと名乗った老人が言うことを鵜呑みにするにせよしないにせよ、メリナは不思議な共感を得ていた。それはミリセントも同じ。

互いに口には出さないが、察して気遣い合う様な優しいふれあいがあったのだ。

 

ゆえに一抹の寂しさがある。

その肩を、言葉なくメリディアンが優しく叩いて離れた。

 

…この丘は、王都の城壁がよく見渡せる。

その先に変わらず(そび)える黄金樹もまた同様に。

壮大で、どこまでも残酷で…あぁけれど、かつては優しくあれと望まれた黄金樹よ。

 

ここより見える景色とはしばしお別れだ。

目指すは火山館。ラーヤの導く先。

 

…そこに、デミゴッドの一人、ライカードがいる。

 

 

 

 

 









サブタイトルの呂は呂色の"ろ"から取っています。
深く美しい黒のことで、元は漆工芸の塗りの技法から名を貰った色だそうです。
暗くも美しい、しかし先の見えない真っ暗闇。そんなイメージです。

そして、そろそろ皆さん察しているかもしれません。

D L C 編 や り ま す。

いやだって、この作品のテーマと死ぬほどマッチしてる部分が…!(血反吐)
いつこの作品完結させてやれるんだ!?という思いと、でもまぁやらないわけにはいかないよね!?という感情で私は微笑みながら苦しんでいます。
ちなみにその辺りもまぁまぁ書き進めれてはいます。あくまで本筋部分ではないので、短くぱぱっと終わらせる…なんて出来ないんだろうなぁ。

まぁ、あれです。応援よろしくお願いします!



■メリディアン
黄金の高原。しかし彼にしか見えない黄金樹の燃えるような色と、太陽の光が混ざり合い降り注ぎ、昼間は枯れ色の、彼の頭髪と同じ色の世界。
夜は日の光がないために、ただ真っ赤な光に照らされた大地が見えている。燃え上がるような、燃えているような、そんな。

抱く使命とは別に、この世界に残った"縁"を惜しむ心がある。
この地に戻った元の理由が"郷愁であったがゆえに、かつて生きていたこの大地の記憶が薄まることに寂しさを覚えているのかもしれない。凄惨な血の記憶もまた、繰り返さないように受け継いでいかなければいけないのだから。


■メリナ
ひどくひどく、寂しい覚悟の夢を見た。
そしてその余韻(よいん)すら、何度も見せられる血の記憶で塗りつぶされる。
そんな悪夢から引き上げてくれる存在は、彼だけではなかった。ただの偶然なのだとしても。


■トレント
彼は全てを覚えている。あの黄金の威光、衰退、点る灯。
託されたならば、やり遂げるだけ。停滞することなかれ。ただ走り続け、流れ続ける。


■ブライヴ
ライカードの末路は、当然知っている。
ラニと縁があるからか、思うところがあるのか、火山館へ行くことを止はしないし、話すこともしない。
聞かれれば答えた、それを彼がしないことぐらいは、狼とて知っているのだ。


■アレキサンダー
手が着脱できるミリセントに共感が…ではない。
アレキサンダーはミリセントに、内から湧く何かを感じた。
それは取り込んだ赤獅子の戦士たちが、或いは腐敗の騎士たちが、語り掛けているからなのかもしれない。


■ミリセント
デミゴッドであり神人の一人、欠け身のマレニアと強い繋がりがあると当人がメリナに話していた。彼女に話したのはどこか、共感のようなものがあったからなのか。
まるで都合の良すぎる義手は、それが運命なのだと突き付けられているかのようだ


■ラーヤ
火山館の招き手として、自分の行いが正しくないのではと迷いがある。
狭間の地に似つかわしくないこの輪は、それでも間違いなく力ある存在。だから、招くのだ。


■金仮面卿
動かないのをいいことに、結構近くで集団にたかられていた。
ただ。
メリディアンが名を名乗った時に、指先は少しだけ不自然に動いていた。


■聖職者コリン
当然メリディアンは円卓で交流があった。メリディアンも多少の祈祷は扱えるからして。


■血の指の狩人、ユラ
かつてアギール湖で少しだけ交流があった。
それを語るのはまだまだ先の話。


■狭間の地の外
多分シェンガ○レンてきなのがいるんじゃないでしょうか。
見てる感じ、外も外で魔境みたいなので多分、いる。


■ライカード
メリディアンは彼の若き姿を覚えているようだ。
志し同じなれば共に歩けるなどと、そんなことが本気で出来るとは彼も思っていない。
それでも自分の目で、確かめに行くのだ。



- 黄金の裁縫道具 -

黄金で作られた裁縫道具一式
赤髪のラダゴンの婿入り道具


-戦乙女の義手-

隻腕の戦乙女が用いたという黄金の義手
極めて精巧であり、鍛錬と才能があれば
本当の腕のように扱えるだろう

日陰の城主マレーマレーは
これを抱き、彼だけの女神を感じていた


- 金仮面のボロ布 -

かろうじて身に纏っているだけのボロ布

金仮面卿は、服を着る必要を感じない
そんなものが、探求の助けになろうか


- ラーヤの首飾り -

ラーヤが、ならず者に奪われた首飾り
凛とした異国の女の肖像が、浮き彫られている

ラーヤにとって、大事なものであるようだ


- 旅の服 -

運命に向き合うために旅に出る
娘たちの装束

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