エルデンクエスト   作:凍り灯

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腹の内より

 

 

 

 

 

岩肌ばかりの山を登り、火山館もいよいよ近づいた吊り橋の手前。

かつてゲルミア火山を攻め立てたローデイル兵の残党が(たむろ)する荒れた野営地、例に漏れず正気もなく襲いかかってきた兵たちを返り討ちにした時のことだ。

 

長い梯子(はしご)や険しい山道だらけであったことから、トレントと共に霊体となってもらうよう説得したので姿を消していたメリナ。その彼女が、いつの間にか兵たちの死体の顔を覗き込んでいる。

 

「…メリナ?」

「…」

 

私は初めてみた。彼女の、少しだけだが、嫌悪感に歪ませた表情を。

 

「…メリナ、何があった?」

「メリディアン、"狂い火"を知っている?」

「いや…彼らの扱った黄色い炎はそう呼ばれているのか?」

 

私はこれが何かはわからない。

それは私が忘れているだけなのか、元々本当に知らないのかも判断できないけれど。

────時たま出会う、カーレと同業の商人から同じ気配があったからそこまで深刻なものとは捉えてはいなかった。

 

「これは触れざるもの…全ての生を、その思いを喰らう混沌」

 

ただならぬ雰囲気に、ブライヴとアレキサンダーも異変を感じて歩み寄って来るのを背中越しに感じ取る。

メリナは顔を上げることはなくその瞳には、兵の見開かれた黄ばんだ目玉、その(ただ)れた黄色く濁った虹彩を映し続けている。

 

焦燥、苛立ち、憎悪。

 

今まで見たこともない感情を静かに溜め込んでいる様に、咄嗟にかける言葉を見失う。それはブライヴやアレキサンダーすらもそうであったようで、そうしているうちに彼女は再び、ラーヤが駆け寄ってくることにも構わず言葉を続けた。

 

「ねぇメリディアン…この世界がいかに壊れ、苦痛と絶望があろうとも。生があること、産まれることは…きっと、素晴らしい。貴方がそれを、私に教えてくれた────だからお願い、覚えておいて」

 

そうやって私を見上げた彼女は、私の目には疲れ果て立ち上がることに苦悩する少女としか映らなかった。

 

「狂い火を求めることだけは…それだけは、やめて欲しい…生なき世界、産まれなき世界、全てを溶かして一つにしようとする恐ろしい"火"だけは…────」

「────約束する」

 

言葉の端を(さら)い上げ、しゃがんだままの彼女と目線を合わせるために片膝をつく。

これがどんな力にせよ、どんな可能性を秘めていようとも、メリナ、君がそこまで切実に望むというのならば。

 

「私の"灯"は、既に道を決めている…メリナ、安心してくれ。例え()()()()()があろうとも、この力に手を出さないと誓おう」

 

彼女は安堵したのか、ひどく儚く笑った。

 

「────約束、ね」

「勿論だ」

 

私の後ろで慌てて狂い火を宿した兵の遺体を放り投げたアレキサンダーがいなければ、きっともっと締まっただろうに…。「こいつ…」という言葉を内包したジト目でアレキサンダーを突き刺したメリナと、言い訳するアレキサンダー。呆れるブライヴに、未だによくわかっていないので首を傾げるラーヤ。

 

そうだ、私たちはきっとこんなものでいいんだ。

 

取り敢えず遺体を粗末に扱ったアレキサンダーを叱るべく、私はメリナに加勢したのだった。

 

「────ねぇアレキサンダー…無闇矢鱈(むやみやたら)に落ちてる遺体を拾い上げて詰め込むのはよくない」

「メリナ嬢、しかし俺は戦士たちを"特技"で選りすぐりするのは失礼だと思ってな…」

「なぁ、アレキサンダー…遺体を詰めるのはいい、壺とはそうであると理解している。…しかし雑に放り投げるのはどうかと思うんだ」

「うぅむメリディアンよ、それに関しては申し訳ないと思っているが…」

「そういえばアレキサンダー…お前、"火山石"で壺を作ってまた中に入れてたよな?危ないからやめろと言われてなかったか?」

「おおブライヴ…!このタイミングでそんなことをバラすのは…!」

「アレキサンダー様…このラーヤ、実はずっと死臭が気になっておりました…体臭のケアはすべきかと…」

「なんだろうな!?今まで気にしたことはなかったが、ものすごい心がぎゅっと締め付けられたぞ!?」

 

なぁなぁおいおいと攻め立てられるアレキサンダー。

日頃の恨み(?)か、特にブライヴの舌はよく回っている気がしなくもない。

それをかわすべく、アレキサンダーはメリディアンへと話を振った。

 

…結果として、ブライヴもその内容に興味を持ったため試みは成功したと言える。

 

「うぅむ…なぁメリディアンよ、消臭の調香などは出来ないだろうか?」

「それならば任せろ。そういった日常に役立つものならば色々調香できる」

「ほう、例えば?」

 

そうだな…と少しだけ考えこむメリディアン。

 

「"涙が溢れる香り"とか、"変声の香薬"とか…"眠くなる香薬"とかだな」

「………使い所はあるの?それに、戦いのためのものではないのね」

「私の時代は、戦時で直接害するために使われることは珍しかったからな。今例に挙げたものはともかく、調香とは元は治療のためのものだったんだが、今では…」

「破砕戦争以前は、調香とは王都の秘術だった私は記憶しております。長い戦いで広く知られるようになり、そして理念を忘れさせてしまったのですね」

「いまだ秘術である時代に見識があったとは!時に貴公が尊い血の生まれということを忘れそうになるな」

「妙に庶民的だからなお前は」

「住まいは長い間、兵たちと同じ層にあったからかもな…そういう振る舞いを、母も私に望んでいなかったのだろう」

 

ラーヤの言う通り、長い時を経て戻った狭間の地では、調香は戦の(すべ)となっていた。

残念ながら、どういう経緯を辿ったのか、ほとんどが正気を失った者しかいない中で確かめることは難しい。

…もっとも、確かめられたところでどうしようもない話であるのだが。

 

「ところで"消臭の香薬"は"鎮静の香薬"と一部素材が共通していてな…ブライヴ、お前の嫌いなあれだ」

はたき落とした((ノクステラへの道中で))だけで嫌いと言ったつもりはないが」

「でも嫌いだろう?」

「近づけるな」

 

なんとも言えない雰囲気のまま山頂に居座る"降る星の成獣"を打倒し、辿り着くは火山館。

狂い火に焼かれたトロルが門番をしていたことでメリナの眉間の皺がぎゅぎゅぎゅと締めつけ始めたため何故かラーヤが恐る恐る謝る事態は発生したものの、それ以外に支障はなく、案内のままに館内へ入っていく一行。

 

…火山館の目的を既に察しているために、不機嫌メリナは霊体になることで姿を消した。

祝福の導きのまま黄金樹へ誘う"指巫女"だと思われれば話が(こじ)れるだろう。…実際ラーヤはそう勘違いしたままだし────霊体になる指巫女などいないらしいのだが彼女は他を知らないのか疑いもしていない様だ────それもあってか火山館の主の前にメリナが出ていくのを心配していたのである。

 

取り敢えずメリディアンたちは上手く口裏を合わせてラーヤに勘違いさせたままにさせつつ、メリナのことは内緒にしてくれと頼み込めば彼女は快く了承。

なんか悪いことした気分にはなったが、メリナの正体(女王マリカの分け身)が看破された時の方が確実に話を拗らせるどころか今回は即戦闘が勃発しそうなので仕方ないと割り切ることに。

 

念の為メリナは火山館の扉が狭いせいで潜れなくて落ち込んだアレキサンダーと一緒に外で姿を消しながらも待機…だとトロルのせいで拗ねるのでメリディアンは気を利かせてエントランスに留まるようにお願いしている。

 

そこを抜けた先、八角系の、どこか"円卓"の意匠にも似る卓の向こうに"彼女"はいた。

 

「褪せ人よ、火山館にようこそ。私は"タニス"、この館の主人だ。…以前、ラーヤから話は聞いていたよ、見どころのある人物であるとな」

「────歓迎に感謝します。しかし案内人であるラーヤを危険な旅の道連れにしたこと、まずは謝罪させて下さい」

「…あの娘はたまに向こう見ずなところがあってな。むしろ、貴公らの邪魔をしていないか心配していたところだ、気にする必要はない。それに、あの娘が心を開いているのが私にもよくわかるよ…私こそ感謝したいところだ」

 

高貴なる女性を象った仮面を身につけた彼女こそが"タニス"、ラーヤの主人でもある女性。

一礼をして去るラーヤの背を見送ったタニスは、油断なき瞳を宿したブライヴと、その前でヘルムを脱ぎ去ったメリディアンの顔を交互に見やると…恐らく仮面のうちで笑みを浮かべて歓迎の意を表した。

やや親同士の会話のようにも聞こえるが…

 

しかし一瞬。

 

メリディアンは言葉が詰まっていた。その反応が遅れたような彼の様子にブライヴだけが気付き…そして合点がいく。

 

タニスの後ろで控える騎士のせいだ。ブライヴはそう納得する。

剣を携えたまま微動だにしない"坩堝の騎士"…かつてゴッドフレイに仕えた古の騎士。

 

ゆえにメリディアンは動揺した。

黄金に弓引くかつての黄金の騎士に。それはあって然るべき事態、それでも直接見てしまえば揺れ動いてしまうのだ。

ゴッドフレイと共に戦ったあの日々を、(おぼろ)げながらも、肩を並べた鮮烈な戦場を。

 

 

 

『我ら きっ 待っ いる』

『待 てい ぞ、■■■■■…』

『…はい、必 』

 

 

 

別れの言葉が、脳裏を削り()ぎる。

 

そうしてまた思い出せないのか。

 

「さて、貴公の意志を聞いておこうか。我が火山館の一員となり、共に戦ってはくれまいか?…押し付けられた祝福の導き、指どもの傲慢(ごうまん)な世迷言、そんなものに従うことなく…我らは、黄金樹に弓引くのだ────もし貴公が疑問に思うのならば、の話ではあるがな」

「黄金樹に弓引く…それは私もまた()()()意思の元、この旅を続けています。ですが、一つ私も貴方に…いえ、"火山館"へ問いたいことがあるのです」

「…聞こうか」

 

タニスはゆっくりと頷き、火山館への…いや真の主人"ライカード"への問いを許す。

普段ならば一笑して答えはしなかっただろう。しかしこの時、タニスは許すことを選択した。メリディアンの強い眼差しに興味を惹かれたのか、彼女の審美眼が彼に何かを見出したのかもしれない。

 

「貴方たちの求める英雄の道とは」

「それは背律の戦いである。我ら"背律者"となりて、同胞を喰らう者。その道を征く者を英雄と呼ばん」

「貴方たちの掲げる御旗(みはた)とは」

「尊厳の反旗である。我ら分け与えられたもの(エルデンリングの欠片)を漁りあう浅ましい生き方を良しとはしない。神が我らを愚弄するならば、背律の冒涜を犯し、これに応えん」

「であれば、私は問わねばなりません────ライカード様が手を伸ばした、"冒涜"について」

 

ヒリつく様な緊張感が両者の間で生まれている。

正確には、互いの後ろに控える"剣"が。

微動だにしなかった坩堝の騎士はほんの僅かに身じろぎし、ブライヴもまたその様子を見て背負った刃を意識する。

 

それを知って尚、メリディアンとタニスは至って冷静に問答を続けていた。

 

「なるほど。貴公はかつて王都の騎士であったとラーヤから聞いていた。私が思う以上に、どうやら()()()()()()()にいたらしい…。いいだろう、あの娘の顔を立てるためにも答えよう」

「重ね重ね、感謝します」

「ふふふ…いや、こういう客もまた珍しい。思えばあ奴もそうであった…」

 

誰を思い浮かべているのか────きっと、それはライカード様のことなのだろうと、メリディアンは漠然と予測する。遠い地の連れ添いを想う様な、そんな気配があったのだ。

 

「とはいえ、全てを聞かせることもせん。私が教えるのは一つだけ────"世界を喰らう大蛇"と共に家族とあらんことを()()()は望んだのだ」

 

ぴくりと、メリディアンの目元が揺れる。タニスはそれを見逃さず、そしてその意味を理解しているであろうことに驚く。

 

────これは、相当か。

 

引き入れることができるのならば、王の家族として申し分ない器やもしれない。

しかし出来ないのであれば…

 

「────さて、私は貴公の問いに答えた。私も、聞かせてもらいたい…貴公の答えを」

「申し訳ありません…貴方の手を、取ることは私には出来ません」

「…理由を聞いても?」

「私の行く道とは確かに黄金樹に、黄金律に挑む旅路。ですが、私は喰らうのではなく(つむ)ぎ、或いは結びながら果てへ行く道。そして何より────」

 

英雄などと…そんなものは私には相応しくない。

 

「────貴方の言う英雄の道には…私はかの偉大さにはほど遠く、ただ誰かの背より弦を弾くしか出来ないのです」

 

その言葉に、タニスは失望を隠しはしなかった。

 

「そうか、残念だよ」

 

本当に残念だ。

我らの理念、野心に届かぬ、手を汚す覚悟もない惰弱(だじゃく)者であったことが。

…脳裏に、ラーヤの悲しむ顔が過ぎるが、あくまで非情にタニスは言い切った。

 

「では、この館を出ていくがよい。共に、交わらぬ道をいくとしよう」

「ええ。刃を向けられる覚悟はできております。そして願わくば次が戦場でないことを」

 

その言葉を向けたのは、タニスだったのか?いや、明らかに彼女の後ろに控える存在に向けていたように、ブライヴには聞こえていた。

道が交わらぬことはあり得ないと、メリディアンは考えているのか…

 

そうして彼が振り返ろうとした直前に、誰もが予想しなかった声が割り込む。

 

『タニス』

「!…我が騎士よ、珍しいこともあるものだ」

「!」

「…!」

 

まるで飾り鎧の如く動きを見せなかった坩堝の騎士が、くぐもった、低く濁った声を使って両者の別れを繋ぎ止めて見せたではないか。

 

『強き戦士だ』

 

たったの一言。それだけで。

 

「────………なるほど。貴公、特例としよう。いずれ旅立つにせよ、今しばらく館に客として迎え入れよう。理由など聞いてくれるな、そうだな…あの娘(ラーヤ)のためとでも、思っておいてくれ」

「…」

「…メリディアン」

 

ブライヴが警戒を促すが、メリディアンは沈黙のままにそれを制し、タニスの提案を受け入れる。

危険なのは承知の上。それ以上に、この目の前の名も知れない坩堝の騎士とここで別れるのは、どうしても躊躇(ためら)われた。

 

「すまないブライヴ…私の我儘だ」

「はぁ…、いいさ、従うと言ったのは俺だ。お前の意見を尊重しよう」

「ありがとう」

「借りは返せないほどにある、構わんさ」

 

赤褐色の騎士は、それ以上語ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生木が炎で弾ける音を背に、()()()()()()()()()()()王笏(おうしゃく)を地面に突き立て椅子に座す。

いつもそうするように目を(つむ)り、私はただ心を暗く(うごめ)く無に落としていく。

招き手のラーヤと最近同胞になったディアロスという若者を除けば、ここには滅多に人が出入りすることはない。フーテンを自称するパッチは館に入り浸っているものの、あまりエントランスより奥に入ろうとはしない。

 

静かな場所だ。己の浅い呼吸の音すらよく聞こえるほどに。

 

つまり館に人の気配が増えれば、ここからでも察することは出来る。つい先ほど、数人の気配が火山館に訪れたのに気づきはしたが…なんとも、珍しいことだ。

 

正気のままに集団でこんな所に足を運ぶなど、そうあることではない。

ゆえにふと、リムグレイブで出会った褪せ人を思い出したその瞬間。縦に細長い、空洞のような覗き穴越しに、見知った深紅と声が入り込む。

 

「その鎧…もしやベルナール殿か…?」

「…貴公か…何故、こんなところにやって来た」

 

いつか見た褪せ人。

リムグレイヴの地で半狼と戦士の壺と…そして久しく見なかった巫女と思わしき女を連れた弓の戦士。文字通り語り明かした仲でもある、であれば奇妙な情というのも芽生える物だ。

真っ直ぐだが清濁合わせ飲む、だというのにどうにも純粋にも見える不思議な男だった。

 

「火山館は、祝福を冒涜し、同胞を狩る背律者の巣。その意味を、分かっているのか」

 

だが彼はここに来た。怨嗟(えんさ)の渦巻く、浅ましい捕食者たちの巣窟(そうくつ)へ。

 

「ベルナール殿、私たちは今、客人としてここにいるだけだ」

「タニス殿がそれを許すとはな…なんとも珍しいこともあるものだ────しかしその顔、少なくとも我らを知った上と見える。何故だ。貴公が直人(ただびと)でないことはその器から察するに余りある。であればこそ、貴公の真意が見えぬ」

 

私はわからない。

 

最初に出会った時から既に、ただの褪せ人などとは思わなかった。

その戦いへの造詣(ぞうけい)の深さ、戦士らしい真髄さと理性的な迷い。

半狼と戦士の壺を連れることが出来るほどの器。

矮小なゴドリックに敬意を表すなど、どうにもチグハグな印象も受けたが、ある意味で微笑ましい様な愚直さ。

 

だからこそわからないのだ。

 

「我らのような同胞を狩り力を奪う簒奪者(さんだつしゃ)を、少なくとも貴公は快く思っていないだろう。去るか、或いは狩るか、どちらかを選ぶと思っていたがな」

 

半狼の男は、使命感に燃える(たち)でもあるまい。戦士の壺はそもそもが人の感性とはずれている。…あの女も、周囲への関心が鈍いように見える。であるならばこの男がここにわざわざ残る理由が見えない。

例えそれがタニス殿の誘いであったとしても、どうにも。

 

「個人的な理由が大きい…タニス殿の騎士が、知古なのだ…恐らく」

「…そうか、貴公は過去を失くしていたか。なるほど、いつか潰し合うことになろうともその時でないのならば卓を囲む…貴公もまた己の流儀に生きる者だったな」

 

甘い男だ。だがここまで貫いて来た。

であれば間違いなく()()であろうよ。

 

「ならばもう深く問うまい。しかし客人とて我らは相容れぬ者同士、それで鈍った矢を放つとは思えないが、ゆめゆめ忘れぬことだ────私はいつか、貴公を殺しにいくだろう」

「その時は────」

 

何の迷いすらなく、目の前の美麗な男は。

 

「その"誠意"に応えよう、ベルナール殿」

「これを…"誠意"と言うか。不思議と貴公が言うと、皮肉にすら聞こえぬよ」

 

静かな殺意を、静かな礼を持って返される。これには思わず呆れてしまう。どういう状況かわかってないわけでもなかろうに。

なんと眩しいことだろうか。

会話に入らず見守るだけだった半狼は呆れつつも満足げであるし、どうにか部屋に入れた戦士の壺も嬉しそうに笑うばかり。いつの間にか客間の椅子に腰掛けていた巫女の女も薄く笑みすら浮かべている。

 

きっと彼らもまた、この男に魅せられてしまったのだろう。

 

「…貴公より実直な者などそうおらん。特に、この狭間の地において」

 

困ったように返した言葉に、困った様な笑みを浮かべる男。全くもってままならない。どちらかが死に、どちらかが生き残る、それはもはや避けられまい。それだというのに死ぬには惜しいと、思ってしまう自分がいる。

…この男ならば、()()なってもよいのかもしれないと、思い始めている自分がいる。

 

ゆえにこそ殺さねばならない。

眩い光を望まない者たちにとって、この男は危険だ。それは"黄金であるかどうかではなく、もっと人の心に根差すもの。

 

タニス殿…恐ろしい"毒"を腹に入れたものだ。或いはライカードならば、溶かし切れると踏んだのだろうが…

 

何かが動く。

そんな小さな予感が、頭の隅にこびり着いている。

 

だが…

 

それよりも…

 

────あの女…懐かしい黄金の気配から指巫女かそれに近い存在だと思っていたが…

 

未だ忘れることは出来ない。出来るはずがない。

かつて失った半身とも言える存在を。果てまで連れ歩いた存在を。燃え盛る炎に失った"彼女"を。

 

それに近しい気配を感じる"メリナ"と呼ばれている女。

だが、黄金に導くべき褪せ人がこんなところにいようが気にした様子を一切見せないのは違和感がある。では指巫女とは違うのかと言われると、強い黄金の祝福の気配がそれを否定しきれない。

目の前の男と同じく、どうにもチグハグな…いや、自身の経験からでは判断できない存在なのだろう。

 

…ああ、それも、もう知る必要などないだろうに。最早我らにその選択肢はないではないか。

何も見ず、何も聞かず、もはや迷うことはないと、あの時に誓った。ただ、決めた道を行くだけ。

 

そうやって奪い、力となし、黄金に弓引くのだ。

 

 

 

────ただかつての己からの餞別(せんべつ)として、この二人の行く末を、今この時だけ祈ろう。

 

 

 

絶望に折れるか、乗り越えてしまうのか、それとも違う道を見出すのか…

 

 

 

 

 









ゲーム本編にてメリナの狂い火への言及は、
王都到着→一度別れる→使命を思い出す→合流→忌み棄ての地下で言及
という流れなので、本来はこの段階では狂い火自体が何かわかっていない可能性もあります。
今作では物語の都合上(マリカの夢(記憶)を見るという設定もあるので)、狂い火に関しては既に理解している前提として進めさせていただきます。


■メリディアン
どんな誘惑にも屈しないと、彼はメリナに約束した。

タニスとの意味深長な問答は、むしろ彼女の後ろに控える坩堝の騎士その人に理解されたのかもしれない。メリディアンの子、名も無き褪せ人を覚えているのならば、きっとそうなのだろう。
そして相変わらず潜在的敵対者に呆れられていた。


■メリナ
彼が約束を破ることなどないと信じている。
それは全くもって、間違いない事ではあったのだ。


■ブライヴ
あのまま坩堝の騎士が剣に手を触れていたら叩き切るつもりだった。
とは言えそんなことにはならんだろうと、メリディアンのことを信頼してもいた。


■アレキサンダー
体臭が臭いと言われるわ、扉は潜れんわで踏んだり蹴ったり。
メリディアンに調香してもらい、火山壺の代わりに消臭の香薬を詰めた壺を中に入れることにした。
自分の内側で、やや称賛の声が増えた気がする。


■ラーヤ
メリナのことをいい感じに誤魔化されたままにされてしまった。
タニスらの問答はこっそり聞き耳を立てており、火山館に彼らがまだいられることに安堵した。


■タニス
我が騎士の言葉になにより驚いた。
であるならば聞き入れる価値はある。ラーヤの目もまた、慧眼であったのだろうと考え直して。


■坩堝の騎士
変わらぬその在り様に、一言だけ、称賛の言葉を贈った。


■ベルナール
奇妙でそれでいて好感の持てる騎士に、ほとほと困り果てている。
されど道は決まっている。それはきっと、お互いに。
いつか殺しに行く。
その宣言こそ、彼なりの誠実さだったと本人は気付かぬまま。



- 調香瓶 -

かつて、調香は王都の秘術であったが
調香師たちが破砕戦争に従軍して後
狭間の各地で知られるようになった


- 火花の香り -

黄金樹に仕える者に、火は禁忌であったが
長い戦がそれを忘れさせた


- 毒の噴霧 -

香粉を口に含み、唾液と絡め吐き出す
元はそれは、治療の技であったという


- 側妃の仮面 -

異国の女王を象った仮面
火山館の主人、タニスの装束
かつて、異国の踊り子であったタニスは
ライカードに見初められ、側妃となった
そして、彼が冒涜の大蛇となった時
人として唯一人、その元に残った
タニスはあの時初めて
ライカードに惹かれたのだ


- 世界喰らいの王笏 -

世界を喰らわんとする大蛇の王笏
冒涜の君主が、いつか掲げんとする象徴
その様は、大蛇に喰われたライカードが
臨死に垣間見た、未来の幻視であるという


- 獣集いの兜 -

耳目を塞ぐ獣たちは、誓いである
何も見ず、何も聞かず、もはや迷うことはない
ただ、決めた道を行くだけだ


- 獣集いの鎧 -

獣は英雄に惹かれ、王に惹かれる
故にこれは、王たる英雄の鎧であり
ベルナールはそれに相応しかった
彼の巫女が、火に身を投げるまでは

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