「へっへっへ」
「む」
聞き覚えのある独特な笑い方。
振り返ればなんと、あのパッチが壁際で座っているではないか!
「なんだ
「こいつはヒデェや」
ブライヴの失礼な対応にも全く応えた様子も見せず、肩をすくめる相変わらずさ。
このようなところでもブレない人間性は、ある意味安心感すら感じるものだ。パッチに安心感を求めてどうすんだ、という疑問は置いておくとして。
「あえて聞くつもりはなかったが…パッチ、お前が火山館の一員というのはどこか違和感があるな…」
「おうおう、旦那までヒデェこと言いやがる。そうさなぁ、世間話は商いでもしながらでいいんじゃねぇか?」
「ふむ…それもそうだな」
足元に広げられた商品はこれまた雑多なもので、少々高そうな空き瓶からゴミかと疑うガラス片までなんでもござれ。いっそ雑貨屋でもやればいいのでは?と伝えればパッチは誰が買うんだ?と呆れてしまう始末。今回は、以前のような曰くつきの呪物はないようだ。
こちらが大人数なのを把握しているパッチは、しっかりと事前に商品をひろーく広げている。量も多い!…火山館のエントランスでフリーマーケットよろしくやってしまうのはいいんだ…
なんとも言えない気分のままに、雑に積まれた
「しかしよぉ意外かね?俺が館の一員であることが」
「少しな…だがどうだろうな。人の腹の内は、早々わかるものではない。そうだろう?」
「へっへっへ、表も裏もなさそうな旦那じゃぁ、説得力がないぜ」
「むぅ…────だが、お前が何かの意思をもって挑んでいるのがわかって良かった」
「あぁ?」
またわけのわからないことを言う。疑問符を浮かべるパッチに、メリディアンは無駄に高い杯を改めながら偉ぶるでもなし、こんなことを言うのだ。
「一緒に戦った身だ。少しはそういうことを気にもするさ」
思わず、溜め息。
どういう反応をすればいいのか困るのはこっちのセリフだと、パッチは辛うじてそのセリフは呑み込んだ。
「旦那ねぇ…俺のことを
「そういう言葉を聞くたびに、いつもどういう反応をすればいいか悩む」
「いやだからそう言いたいのはこっちだっての」とはパッチ。
「喜んでおけ」とブライヴ。
「それがあなたの美徳」とメリナ。
「おお…!このガラス片、俺にそっくりな割れ方をしているな!」もちろんアレキサンダー。
そんな呑気な一行の様子に、パッチは
全く呆れるしかない。
腹の内を探ってやろうと思った自分が馬鹿らしくなるほどだ。こんな調子で、別におまぬけな男、というわけでもない。しかしだからと言ってドロリとした毒を奥底に隠しているわけでもなさそうだ。厳格さも使命に駆り立てられているような狂気も、何も感じれないなど。
そんなんだから多少、口も軽くなるものだ。
「まぁあれよ。祝福の導きだとか、二本指だとか、うさん臭いクソッたれなことは賛成だからな。一泡吹かせようってなら、手を貸すのも悪くないというだけさ。…それに、タニスにも興味があってな?」
コソコソと、一応は当人に聞こえないようにしたいのか、ずいとメリディアンへと顔を近づけて小声で内緒話。
「彼女の主がどれほどのモノなのか知らないが、まあお高くとまりやがって。冒涜的野心を公言してもなお、凛としていやがる。まったく初めてみるぜ、あんな女は…────だがよ?見たいと思わないか?"主"ってのが全てを喰らって呑み込み尽くした時、あの女がそれでも気高くあり続けられるかを」
はて、と。
メリディアンはそのヘッヘッヘと悪どそうなツラを眺めて一つの疑問が増えた。
どうにも興味の持ち方が独特なせいでそちらに思考が持っていかれそうになってしまう…だが、彼はある答えに辿り着くことになる。
そしてそのまま口にするのだ。
「…そうか…恋、だな?」
「旦那だろうと容赦しねぇぜ?」
違った。
「まぁそれはいいとして、俺はツケの要求をしなくっちゃならねぇんだ」
「ツケ?」
「おお!そうであったな!探しても赤獅子城にいないものだからてっきり死んだものかと」
「どいつもこいつもヒデェや」
────ラダーン祭り、その最中。
アレキサンダーが大回転アタックをかますために、パッチの商品である火炎壺やら油壺やらとにかく爆発の威力を上げるための物を片端から買い取った。
…当然、戦いの中で呑気に取引するわけにもいかないから、「ツケ」と言う形で保留にしていたわけだ。
「忘れてないならちょうどいい。実は手伝って欲しい仕事があんのよ」
がさりと、パッチが取り出したのは手紙。それはパッチへ宛てられた、依頼の手紙だった。
赤い封蝋が施された豪華な白い封筒は既に開けられており、中身を読んだ上で助けを求めていると言うことだろう。
「旦那は来たばかりだから知らないだろうがよ、これは"殺しの依頼"さ。…聞いてるだろ?
「む」
勘違いをしている。
タニス殿も"特例"と言っていたし当然ではあるか…今更わざわざ嘘をつく必要もあるまい。
メリディアンはそう判断し、"同志"ではなくとも滞在が許されていることを説明しておく。するとまぁ、パッチは虚をつかれたようだったが、
「────は〜…あの女がねぇ…しかし合点いったぜ。旦那が
「うむ、悪いな!ツケは別の形で頼む!」
「…なら追い追い考えるとするかね。しょうがねぇ、
あっさりと。
おそらく断られるであろうと予感はしていたのだろう。対して食い下がりもせずに彼はどかりと胡座をかいて座り込んだ。
諦めてしまったパッチが何の気なしに広げた手紙には、知った名前が記されているのを、メリディアンは見逃さなかった。
つい目に入ってしまったのだ。弓兵とは、目がいいものであるからして。
対象は…"トラゴス"。大角のトラゴス。
ラダーン祭りに続き、溶岩土竜をも共に戦い、ボックを救った英傑だ。
トラゴスが火山館に狙われている。不安と共に、一つの疑問がまたメリディアンに降りてくる。
「パッチ…お前、トラゴス殿に勝てるのか?」
パッチは目を逸らした。
おお…おお…!貴方はっ…!どうか、どうか。大蛇をお討ちください。ライカード様を喰らった大蛇を…!
かの"蛇殺しの槍"は、"王の間"に。
かつて、ライカード様の冒涜の野心は、覇王の雄心であったのです。ですが、その身を大蛇に喰らわせてから…卑しい貪欲に堕ちたのです…あれはもう、ライカード様と言うには…
…ゆえに討たなければならないのです。
あのお方の名を、野心を、これ以上辱めないためにも…
────どうかお願いします。"メリディアン"様…
火山館の長い廊下の奥で。
らしくもない。私はそこから何も読み取ることができず、そのことがほんの小さな
それが解消したのは、王都に私たちが足を踏み入れた時だった。だからまだ答えは知らず、ゆえにそれこそがメリディアンの恐れていたことの一つだとは気づけなかった。
…私は、私の不甲斐なさを後悔している。
ラニが私に言い聞かせた、待たずに踏み込めという助言。何も、何も、わかっていなかった。
メリディアンはどうにも表情が表に出やすい。それを情緒豊かと言い切ってしまえればよかったのだが。
かつて王都で過ごしていた時は、母と同じ顔のためにややこしくしないためにも出来るだけヘルムやら顔が隠れやすい帽子やらを被っていたものだ。…それでも雰囲気だけでも周りに喜怒哀楽を察せられてしまうほどにわかりやすいのだから始末に負えない。
幸いなことに、いざ戦場へと身を晒せば毛ほども表情筋は動かなくなるのだから切り替えは抜かりなく出来ていたのだ。
────火山館の客間。客人として許されたとはいえここは拝律者たちの巣窟。気を許して休めるほど、さしものメリディアンも抜けているわけもない。
緊急時の脱出のルートを定めるべく、彼は一人館内を歩き回る。
トン、と。背後で小さな足音。
それが霊体を解いて地に足をつけたメリナのものであると、彼にはすぐにわかった。
「…大丈夫?」
「私か?変わりないさ────しかしこの館には窓が極端に少ない…まるで黄金樹の光を拒んでいるかのようだ」
メリディアンは、気づかない振りをした。
彼女の
「────…ええ。ここは、恐ろしいほどに黄金の気配を感じない。
彼女もそのことを分かった上で踏み込めないでいる。
…メリナの脳裏にラニの忠告が
やや気まずい空気を、赤い蝋燭の灯が並ぶ暗がりの長い廊下が助長する。
黄金の気配どころか、ここは生物の気配までもが感じられない。光どころか音すらも外界から遮断してしまっているかのよう。
ずるり。
だからこそ、その些細な音を聞き漏らさなかった。
「メリナ」
「ええ」
言葉少なに、警戒を促すメリディアン。メリナを庇うように前に一歩進む。鞘に収まった使命の刃を意識し、そのメリナもローブに隠した同じ刃をいつでも引き抜けるように身構えた。
何かを引きずるような音…やわらかなカーペットでも消しきれない重みのある這いずる、音…
屋敷の者だろうか。
だとしても現状彼らは微妙な立ち位置だ。警戒するのも仕方のないことである。
やがて数メートル先の部屋の入り口より、大きな影が姿を現した。
────メリディアンはどうにも表情が表に出やすい。
幸いなことに、いざ戦場へと身を晒せば毛ほども表情筋は動かなくなるくらいは切り替えができている。
今、普段身につけているヘルムは部屋に置いて来ていた。
「おや、褪せ人様、どうしてこんなところに?皆様のお部屋は、こちらではありませんが…」
蛇である。
ブライヴぐらいの大きな蛇である。二足歩行で、てちてち歩いて服を着て柔らかい女性の声で話しかけてくる赤みがかった橙色の大きな蛇である。蛇と言っても細長いわけではなく、ずんぐりとしたフォルム、さらには手足がある様からそのシルエットはトカゲの方が近いかもしれない。
メリディアンの思考は停止した。
メリナも同じようにフリーズした。
────メリディアンは警戒していたので驚きが顔に出ず、メリナは元々表情が大きく変わるたちでもないので顔に出ない。
ゆえに大きな蛇も"勘違い"をしたまま喋り続けた。
「もしや迷ってしまわれたのでしょうか?火山館は広いですから、それも致し方のないことでしょう。よろしければご案内しましょうか?」
「………ああ。すまない。頼めるだろうか?」
「勿論です。ではこちらへ」
なんとか平静を装ったメリディアンに向けて、多分、笑った…のかな??ニコリというか、舌をシューと出した蛇が
フリーズしたままのメリナの手を後ろ手で引っ張りながら、メリディアンはまぁこういうこともあるか…と色々諦めた。
「…!」
そこでぎりぎり冷静になったメリナがあまりにも聞き覚えのある声から真実に辿り着いたのだ。
クイっと、引かれた手を引っ張り返し、メリディアンがこっそりと振り向く。そしてメリナと至って冷静に目を合わせる。
メリナは顔を近づけ、小声で訴えた。
「ラーヤ」
「…!?…ラーヤ…?」
「ラーヤ…」
「………ッ!ラーヤ…!」
「ラーヤ…!」
ラーヤラーヤと連呼するメリメリコンビ。全然冷静ではなかったかもしれない。
驚くべきことにメリナは目の前を歩く大きな蛇をラーヤであると言う。確かに、服装やら声やらは明らかにラーヤそのものなのだ。見た目のインパクトで吹っ飛んでいたが、間違いない。
…本当にそうなのだろうか??確かめなくては…タイミングを逃す前に…!
「…ラーヤ?少しいいだろうか?」
「なんでしょうか、褪せ人様」
あ、本当にラーヤだ。
振り向いたその顔はどう見ても蛇なのだが、ちゃんと返事をしてくれたのでラーヤである。
こういう時は普段と変わらず接するべき。事情がわからない以上、一挙手一投足がどう影響するかわからない。
────メリディアンはどうにも表情が表に出やすい。
顔に出すなメリディアン。まだ気張っているんだメリディアン…!…彼は自分にそう言い聞かせる。
「…?…どうして、おかしな顔をなさるのですか?」
やっぱり無理だったのである。
ああ我が愛しき
妙なテンパり方をしたメリディアンの背後から、すかさずメリナがフォローを入れた。ラーヤの反応から、今のこの状態が当人にとっても想定外であったことを察したからである。メリナは出来る女なのだ。
「いやラーヤ、私の顔はいつもおかしくてな────」
「ラーヤ…落ち着いて聞いて欲しい。今のあなたは…人の姿をしていない」
「っ!?…まさか私、蛇の姿のままなのですか?ああ、なんてこと…なんてことを…!」
「ラーヤ、狼と壺がいるのだから私たちは今更その程度のことは────」
「黙って」
「すまん」
器がデカいのかデリカシーがないのか紙一重な発言を
迫力のある見た目だが、その本質は何も変わらない。であれば何を恐れることがあろうか。
メリナは、その冷たい蛇肌に静かに触れる。どこかで感じたような手触り。夢の中で、自分の手を引っ張った誰かのようだ。
…メリディアンは、その優しい歩みを
「ラーヤ…ねぇラーヤ」
「────…!………っ」
恐る恐ると顔を上げ視線を合わせるラーヤに、メリナは微動だにせず。チラリと見やったメリディアンの方を覗けばこちらも変わらず、むしろ微笑ましさすら含んだ瞳が返ってきた。
そこでようやく、ラーヤは、ここには敵などいないということを理解したのだ。
「…すみません、取り乱しました」
────彼女の真実の名は、"ゾラーヤス"
蛇の姿こそが真の姿であり、火山館への"招き手"として行動するにあたって警戒されないためにも、偽りの人の姿をとっていたのだと、彼女は語った。
「…タニス様は、私の母なのです。そして、偉大な王の
一先ず空いた客室へと場を移した彼らは、ラーヤからその姿が母であるタニスとラーヤの二人だけの秘密だとも明かしてくれた。火山館に連なる誰もが知らない秘密。
この時メリディアンは、なんとなくあの坩堝の騎士だけは事情を知っているのだろうと考える。
黄金樹の穢れと追放された騎士。
拒むなどと、そんなことがあるわけがない。
「────そして今は、あなた方との秘密にもなりました。どうか、他の方には伏せておいてください。あなた方は蛇の姿の私に、変わらず、優しく接してくださった…ありがとう、ございます…私はあなた方と共にいた時に、"もし受け入れられなかったら"と、考えてしまう夜もあったのです…」
それほどまでに得難い旅だったのだ。
まるでメリディアンたちの王となる旅路に、自分も本当に加わったかのような、思い上がりも
だからこそ恐れ…しかし全くの杞憂だった。
ラーヤの心情も推して知るべしである。かたやメリディアンは黄金律の残酷さを知る存在。メリナもまた、彼と共に歩むことでそれを実感していたのだから。
そのメリディアンもメリナも、ブライヴたちにもこの秘密を明かさないと約束をし、与えられた客室へと戻っていく。
ラーヤは、その背が見えなくなるまで見送り、廊下の角に姿を消えたのを見てから、ゆっくりとその蛇の体で頭を下げた。
酷く安堵し、笑みすら浮かべていたラーヤ。
────それを許さないと言わんばかりに、頭を上げた彼女の目に信じがたい光景が飛び込んできた。
廊下の最奥で
その影はまるで、まるで…────
「…っ!待ってください!そこのお方…!」
その影が滑り込んだ部屋に、衝動的に乗り込み正体を暴こうとするも、そこはもぬけの殻。
誰もいないのだ。
窓すらなく、扉すらラーヤが入ってきた場所以外にあるはずもない。そんなことはラーヤがよく知っている。知らないはずが、ない、のに。
「………」
幻覚?見間違い?そうであって欲しかった。けれども蛇の鋭い皮膚感覚が"影"の歩む音を聞き間違えるはずもない。
「一体…」
火山館には、タニス様は…何か、何かを…?
ゾッとするような肌寒さを感じて思わず後ずさるラーヤ。彼女はそのまま、背を押されるように自らの部屋へと早歩きで駆けていく。
────あれは…あの姿は…!
ずるり、ずるりと。
這いずる音がどこからともなく響いてくる。獲物を定め、気付かれぬうちに仕留めようと伺うかのように。蛇の狩りのように。見えぬ何かが横にいるはずなのに、何も見えない。
ずるりと足音に振り向けばそこには鏡。
映し出されたのは、自分の姿。
幾人の。
幾匹もの。蛇。
優しさもなく、祝福もなく、恩寵ですらない。冷やい蛇の目。
そんな悪夢に、今夜彼女は
何をとは言いませんが、本日は楽しんできます。
狭間ではなく、黄昏にてお会いしましょう。
■メリディアン
パッチも共に戦った戦士と思っている。
間違いなく、アレキサンダーが立ち上がり、ブライヴを救ったのは彼のおかげでもあるのだから。それはそうとトラゴスを殺めるのはちょっと遠慮したい。
蛇の姿、今更彼が気にするわけもないが、その思いが、言葉が伝わらない時なんて幾らでもある。
彼はメリナの行動こそ、尊いものだと思う。そして彼女たちが思っているよりも結ばれていることが嬉しかった。
■メリナ
あの日、悪夢より引き上げてくれた手の感覚を覚えている。
やろうとしたことはメリディアンと同じだ。ただ彼女は言葉よりも、行動を選んだだけ。
■パッチ
彼らとラダーンとの戦いを最後まで近くで見届けた一人。
だが、灯だのなんだの、俺には関係ねぇからな。
買ってってくれんなら誰でも歓迎だぜ。
■ラーヤ
容易に受けいられたことに、安堵と納得がある。元々彼らが、拒むような者たちでないと理性では理解していた。
そうして冒涜が彼女を
■騎士の霊体
おお メリディアン 様
どうか 我ら を お救い 下さい