何用だ貴公。客人として滞在を許しはしたが、これ以上の馴れ合いは不要────…貴公、見たのか。あの娘の、ラーヤの…、真の姿を。
…
…いや、彼女が貴公に、ゾラーヤスの名を伝えたのなら、私が何を言うべきでもあるまい。
だが、育ての母として、願わせてくれ。ゾラーヤスに、これからも、よくしてやって欲しい。貴公らに頼むのもおかしな話ではあるのだがな…だが、あれ程に楽しそうなあの娘の姿は、久しぶりだったよ…
あぁ、その姿が何者であれ、あれは本当によい娘なのだ。
…私などには、勿体ないほどにな────
火山館のとある部屋。ラーヤが見たと言う
ここで産まれ育ったラーヤですら知らぬ秘密。只事ではないのだろう。私に続いてメリナもブライヴもアレキサンダーも、その暗がりへと足を踏み込んだ。
…私だけでいいと言ったのだが…皆聞いてくれやしない。
────…あ、ああ、貴方でしたか。失礼いたしました。少し、考え事をしていたのです。
…いえ。
やはり、貴方にはお話ししましょう。私は見たのです。夜の闇、廊下で蠢く影を…
それは、この部屋の隣の部屋に入り、出てくることはありませんでした。
そして、私の見間違えでなければ…あの影は、
…火山館には、私の知らない秘密があり…タニス様は、私に何かを隠しているのでしょうか?
…本来、貴方にお願いすることではないのですが、もし何か分かったら、私にも教えていただけますか…────
隠し通路を抜けた先はある小さな教会へと繋がっていた。
扉を開け放てば、山の火口の上に建つ、耐えがたい熱さに晒された街並みが拡がっているではないか。これが、こんなものがラーヤすら気が付かずにあり続けていたとは驚きだ。
彼女の言葉は正しく。街には多くの"蛇人"が
ラーヤとは違い、そこに理性は失われていたのだ。或いは最初から存在しなかったのだろうか。
私たちは、降りかかる火の粉を払いのけ、"真実"を追い求める。
しかしまるでここは…牢獄ような印象を受ける。けれども冷たい鉄格子というイメージはない。熱く
そうまるで。
腹の
────…あの娘がそんなことを…最近、少しおかしいと思っていたが、やはり悩んでいたのだな…ゾラーヤスは、貴公に心を開いている。だからこそ、分かって欲しい。
…知るべきでない真実もある。生まれなど、当人に何の責もないのだから。
生まれなど、くだらん話じゃあないか────
飛び出す人
自在に伸縮する蛇人をその長い体ごとアレキサンダーが巨大な腕でひっかけ吹き飛ばす。
進んだ先にある明かりの灯らない"
長居をするには過酷すぎるのだ。平気なのは、それこそアレキサンダーくらいであろう。
そうして黒炎を扱う、神肌を
太く鋭利な重刺剣から繰り出される
聖堂の柱を幾つもへし折らせる激戦になったとはいえ、目立った傷を受けることなく退けるに至る。
────…そうですか。やはり、秘密はあったのですね…
ああ…
タニス様は、母は、私を偽っていた…
それでは、私は本当に…
そこに、
────…これは、なんでしょうか?
とても、懐かしい匂いがします…
…
…ああ、不思議なものですね。
分かるのです。これは、私の生まれたところ…産みの母の一部であると。
…感謝します
貴方のおかげで、やっと覚悟ができました。
私は知りたい。私がどのように生まれ、タニス様と出会ったのか…そしてもう一度、心から、あの方を母と呼びたいのです────
いつまでも乾くことなく、湿っている。
"それ"は羊膜だった。"蛇"の羊膜と言うべきなのだろうか。
エーグレーの聖堂の最奥。巨大な蛇の抜け殻が吊り下げられている祭壇の上に、あったのだ。
…この巨大な蛇が抜け殻であるならば本体もどこかに…いや、それよりも、羊膜に包まれていた幼体の死体が問題だ。
その姿は、蛇人の…ラーヤの姿を思い起こさせる。
緊張の走る雰囲気に、ブライヴとアレキサンダーはそれこそが私とメリナの目的だったのだと察する。…彼らは、何も聞かず、ここまで戦ってくれたのである。
私たちは"それ"を火山館へと、ラーヤの元へと届けるべきか否か…
『…知るべきでない真実もある。生まれなど、当人に何の責もないのだから』
タニス殿の言葉が重く、のしかかる。
メリナは失われた己の記憶を、使命を探しに王都を目指している。私も同じように、王都に失った記憶を求めているのは間違いない。どちらも確かな意思の元、
そして"生まれ"。
アレキサンダー…はともかく、思えばブライヴもまたラーヤと似ている境遇と言えるかもしれない。
大いなる意思、二本指によって生み出された人ならざる存在。信じる者に裏切られ、しかしいまや産まれ変わり、過去を克服した半狼。
背律への道、冒涜の蛇によって生み出された人ならざる存在。いまだ悩み、信じていた者への疑問に足を絡めとられる蛇の乙女。
私たちはかの"暗月"へ土足で踏み入り、横合いから殴り飛ばすように願いを叶えた。では
彼女の望み。家族への切望。家族とは共にあるべきだ。しかし"冒涜"の教義もまた、それに
『"世界を喰らう大蛇"と共に家族とあらんことを我が王は望んだのだ』
その形を、私は否定はできない。
ではやはり、このまま何も知らせるべきではない…?
────ああけれどもその選択肢すら与えないことを選ぶのは、私には出来ない。
一度知ってしまった秘密はかくも甘きものだ。きっとラーヤは私たちがいなくとも求めるだろう。答えを。
ならばせめて、私たちが力になれる今こそ…見届けるべきなのではないだろうか?
…これは、
そうだとも、変えようのない、いや変えるつもりのない私の
メリナ、君は、どう思う?
────…ああ、ゾラーヤスの姿が見えぬのだ。特に勧誘の任務もないというのに…やはり、調べているのだろうか。
どうして、わかってくれないのだ…────
"母"の嘆きが、またしても心を重くした。
…同時に、こうも思うのだ。
背律の道を歩こうとも、家族の在り方とは、誰もが知るそれと大きく変われなかったのではないか?いつの世も変わらぬ愛が、ここにもあるのではないか。でなければ彼女が、こんなにも悩むはずないではないか。
そうならば、そうであるならば…
────貴公、頼みがある。
火山館の主人としてでなく、ゾラーヤスの母として…もし彼女が、自らの疑問に答えを見つけ、それに打ちのめされていたら、
…辛いことは、すべて忘れてしまうように。
ああ、分かっているさ。
私の願いは、ゾラーヤスの尊厳を愚弄している。黄金樹が、我らにするのと同じように。だが、だが私は…、そう願わざるを得ないのだ。
…気がついていたとも。
貴公らの"協力"を、私は責めないよ。
私があの娘であったのならば…
共に悩んでくれる者たちがいることは、きっと嬉しかったろうから────
手渡された銅の小瓶に入った薬品。飲めば辛い苦悩を忘れることのできる"忘却の秘薬"。
…確かに、そこに母の娘への想いを見たのだ。
そして、あまりに、共感の出来る切実な願いでもあった。ただ生きて欲しい。そのために苦渋の決断で尊厳を踏み
身勝手で、それでも確かに愛ゆえの決意。
理解出来るのだ。
痛いほどに。
────────────
────────
────
「ねぇ…二人とも、聞いて」
続く彼女の覚悟に、言葉少なに驚いたのはブライヴ。
"メリナ"
共に
黄金樹の麓へ行くことを願う身体を失った霊体。
言葉よりも、行動で繋がっていた四人。確かな信頼関係があれど、互いに何かを求めることは驚くほどに少なかった四人。…メリディアンから周りに対するアプローチは除くとして。
特にその中でも、彼女はその意志が薄いように見えた。時折見せる強引さは、けれども本当に稀なことなのだ。ゆえにブライヴは、彼女を理解しているとは言い難かった。
だが、互いに得も言えない安心感はあった。不思議なことに、口数少なくともこちらへの配慮や気遣いを不快に思ったことはなかったのだ。それはメリディアンが彼女を信頼しているからか、それとも、彼女の内に宿る何かは、ただの無垢で無知な優しさでしかないと理解したからか。
あの日、あの時、真っ暗な霊界で灯火に導かれて戻った時に感じたもの。
「私たちの傍に戻ってきてくれるように」と、ただただ純粋な願いを。
まるで幼子のようだ。ブライヴはそう思わずにはいられない。そして恐らく
…ゆえにブライヴも初めて、正面からその覚悟を受け止めることにした。
「俺から言うことなど、ない。…俺はお前たちに、お前に救われた。あ
俺たちをそういう風にしか、歩かせてくれないからな、この大馬鹿者は。
そう、ブライヴはしかと少女の目を見返してくれる。
対するアレキサンダーは笑って良い良いと頷くばかり。
メリディアンが、ブライヴが、メリナが、ただ必死に願うことならばそれを受け入れる。
彼は全く、それでよいのだ。まさに見ため通り、この大壺とは受け入れるための大きな器だと言わんばかりに。
「うむ、いつも通りの要らぬお節介というやつだな!メリナ嬢も、メリディアンに似てきたのかもしれんなぁ。行こうか!」
「…みんな、ありがとう」
彼女の決断。
なぜ、そうしたいと願ったのか。なぜ、そうするべきだと思ったのか。
彼女はうまく言葉にできないままに、けれども我儘でしかないはずの言葉を、彼らは誰一人として
それが、それこそが、彼女の背を押した。いまだ心の奥では迷ったまま。
────間もなく、その時はやってくる。
「ああ、あなた方は…」
ラーヤ。
まだ無事だった、そんな安堵はすぐに消え失せる。心はざわつき、つい私は隣のメリディアンを見上げた。
彼の瞳は、真っ直ぐにラーヤの方へ向いている。
「…そう、ですね…。お伝えしておくべきでしょう」
声に抑揚はない。
「私は、落とし子でした。
エーグレーの聖堂、その上階の尖塔の内にて、私たちはラーヤを見つけた。ちらと、私とメリディアンがいることを認めた彼女は、絶望に打ちひしがれている。
どう、声をかければよいのか。
ブライヴも、アレキサンダーも、既に彼女の正体については共有した。それは約束を破ることになってしまったのだけれど、私がメリディアンにお願いしてそうしたのだ。
私には、どうすればいいか、どうしても思いつかなかったから。
メリディアンは言った。
『君は、どうしたい?ラーヤの力になりたいか?彼女を、助けたいか?』
────貴方は?
『私は力になりたい。けれども、彼女自身の根深い問題を、他人がおいそれと解決することは中々出来ることじゃない。それで諦めるつもりはないが、もし、本当の意味で救いたいと思うのならば、それ相応の覚悟と責任が伴う。君だって、それはわかっているだろう?』
────私は…私は…
『手段を、選んではいけない。約束や尊厳を踏み躙り、土足で心に侵入し、半ば騙すようなことも必要になる時がある』
────それは、貴方の経験から?
『ああ…私はいつだって、真の意味で人を救えたことはないよ。けれどもそんなその場しのぎが、時に新しい"希望"に繋がる時もあるんだ。だから足掻くことをやめてはいけないんだ、メリナ』
────最後まで、わからない…そういうこと?
『そうだ。生きていれば、苦しむのだろうけれど、生きていなければ、その先などないのだから。本当に誰でも知っていたはずの────この地で忘れ去られてしまった"当たり前"だ』
"永遠"がその当たり前を忘れさせた。
死すら選択肢となった世界で、その尊さは埋もれて見えなくなり。再び
…きっと、それは本当は悪い事ではなかったはず。
かつて生命は混じり合い、それでも確かに共に生きていた。ラーヤに、「気にするな」と、「私たちも同じだ」言うことだけならば簡単だ。言うだけで解決するのならば、誰も、この地で嘆くことなどなかっただろうに。根付いた価値観は、死生観は、"家族"は、言葉一つで
何を、するべきなのか。この期に及んで、私はまだ迷っている。
だというのに来てしまった。
彼女が、自ら命を絶ってしまうのではないか。そんな危機感に気が
メリディアンは、私の選択を待っている。
ブライヴも、アレキサンダーでさえも。
私が踏み出すのを待っている。そんな、気がした。
そうしている間にも、ラーヤの口からは乾いた言葉が流れ出す。
「…あなた方には、何度も我儘を言いました。でも、最後にひとつだけ、お願いします────」
続く言葉を喋らせてはいけない。そう直感するも身体は動かない。
「────どうか、私を殺してください」
息を、呑む。それしか。
「覚悟していたつもりでした………でも、もう…呪われたこの身から、自由に、なりたいのです」
────本当の母はタニスではなく、ラーヤは蛇の落とし子、人ではない。
母の、タニスの
それは自らの
自分は何者なのか?
その答えが、
何故ならメリナはそのようなことで悩んだことなどなかったからだ。究極的に、自身のことに興味がなかった。
記憶を思い出したい理由、黄金樹の麓へ辿り着きたい理由は、ただ自らの使命を確かめるため。まるで
────彼と、出会うまでは。
そうだ、今は違う。断言する。
目的は変わらずとも私はもう、自らの足でこの地を踏み締め歩いている。
だから、ああ、この言葉しか出てこないのだとしても。
「────私もまた同じだ、人の胎から生まれた存在ではない」
項垂れるラーヤの元へしゃがみ込み、彼女へただ言葉を重ねよう。
「別たれた魂。真に身体もなく、漂う霊」
「そして"母"は私に使命を与えた」
「未だに失い、求めている私の使命」
「それを求める行為を、"愛"などと思ったことなどなかった」
「いつになるかもわからない、誰かもわからない"人"をただ待ち続け、色褪せていく世界を過ごしていた」
「…この人を見つけたとき、世界が初めて色付いた」
「この人たちと歩んだ時、こんなにも壊れた世界なのに、全てが美しいと初めて感じた」
結局、こんなことしか言えなかった。
私はそれ以上のことなど何も思いつかず、ありきたりでつまらないこの"答え"しか持ち合わせていなかった。本当に本当に、なんで何も思いつかないのだと私は自分に酷く
メリディアン、貴方のように。
「ゾラーヤス…蛇の子よ、
「私にとっても、彼にとっても、あなたはとても鮮やかで…美しい」
「こんなにも迷って、こんなにも願っている…私には、そんなものすらなかった」
彼女の背に手を回す。
「ラーヤ」
タニスから託された忘却の秘薬を固く握りしめ、私は。
彼女の体を優しく抱きしめる。
「行きましょう、あなたの道を────ここから歩き始めるの」
こんな言葉が彼女に響くかはわからない。
こんな行動が彼女を慰めるかはわからない。
メリディアンの言った通り、自らの心の問題、家族の問題、そしてその家族である母の言葉すら聞き入れないのだ。
…なにも、意味がないことなのかもしれない。
ただ、放っておくことなど出来るものだろうか。私もまた、メリディアンと共に歩み、その背中を、横顔を見てきた。
この壊れた世界で、それでも優しくあってよいのだと、彼の存在によって肯定されてきた。だから今は従いたい、心のままに。
たとえこれが彼女をより苦しめることになったとしても、諦めずに生きて、また共に。
ただ生きて欲しいがために尊厳を踏み躙る…それで、いいのよね?
「────…どうしても、殺しては頂けないのですね」
力のない彼女の言葉。その腕が私を抱きしめ返すことはなかったけれど、その身を
そして彼女は幼子のように目を閉じるのだ。安らかに、苦しそうに、まるで母の腕の中にいるかのように。
…私はようやく、自分の心に疑問を抱く。
どうして、彼女をこんなにも助けたかったのか?どうして、こんなにも彼女の打ちひしがれた姿に心を揺らされたのか?
ただの共感なのか?同情とも、言えるかもしれない。
私は救われた。
でも、彼女は進めなくなってしまった。
自分と境遇を重ねて…────あぁ、でもそれも違うのかもしれない。
ただ、そう。
一緒に話して、旅をして、楽しかったからなのかもしれない。
そんな
だから暖かい重みを離すまいと、私は腕の力を強めた。強く、強く。
ラーヤは、それを感じて寂しく笑った。
「ふふっ…貴方は、優しく…、とても厳しい人です…」
────共にトレントで駆けた最初の出会いをラーヤは何故か思い出した。
殺してしまえと遠回しに頼んだはずのならず者と、一緒に鍋を囲ったあの夜。
その時から、不器用なメリナの優しさを理解していた。英雄の彼でもなく、どこか不愛想のように見える彼女の方に。
そうだ。
友達が出来たみたいで…嬉しかったんだ。
お互いに探り探りなところはあったけれど、それでもどこか最初から共感があった。偽りの姿だけれど、歳が近そうだとか、性別が同じだったとかそんな、本当に些細でくだらない理由で。でも確かにそれが私たちを他の人たちとは違う繋がりを生んでいたのは間違いない。
アルター高原で再開し、また火を囲って一緒に馬に乗って。
食事の旅に肩を並べて調理をした。なんだかんだで、一番近くで話をしたのは彼女だった。
そう、火山館で真の姿を受け入れてもらえて一番嬉しかったのは、何より安堵したのは…褪せ人様より、むしろ彼女の方だった。
ようやく、何もかもがどうでもよくなって、
そんなこの人に…この人たちに…殺してくれなどと…
私は。
…
「────手紙を…」
もう、少しだけ。
「手紙を、書かせて…ください」
「そうか………貴公、感謝する。あの娘に、生きるための道を与えてくれて。やはり、私は母にはなれぬよ。私の心は弱すぎる…我が王も、それを分かっていたのだろう」
かつてライカードより手渡された忘却の秘薬。ついさっき手放した小瓶が妙に懐かしい。
沸き上がるのは自らへの嘲笑。母親としての、役割すら全うできない。
タニスはそんなことはとうの昔にわかり切っていた。ただゾラーヤスの献身に甘えていただけだったと。それでも、矮小な親心なるものを満たせていたのも事実であり、そう理解していて尚、"
「はは…、なんとも惰弱なことよ…ゾラーヤス、お前は私を、恨むだろうか…」
「いいえ」
その停滞を、目の前の騎士は、ただの一言で切って捨てる。
手渡されるは真白な手紙。火山館の手紙とは違う、装飾も何もなく、封蝋すらない簡素で無垢な手紙だ。
ただそれ以上語ることなく、真っ直ぐに伸ばされた手から、タニスはゆっくりと手紙をもらい受け、泡を撫でるように娘の文字をなぞる。
「…全く貴公は、聞いた通りの男だ」
タニスは、
背律の道を選ぶことはない。されど強く、人を想い、また人に想われる。無垢ではない、だが無垢であることの美しさを知り、それを倣う男。手を伸ばし続ける、届かないと知って尚、それでも。
その道は黄金なれど、"新たな形"を見出す"可能性"となるだろう、と。
────欲しい。
ラーヤへの感謝も何もかも。
志が交わることはない。
求める英雄たる器も感じない。
娘への恩も、これに限っては些細なこと。
だがその人を惹きつける"何か"。
そうだ、これは"英雄"などではなく、まさに────
「────貴公、どうだ、我が王に見えてみないか?」
タニスもまた、ラーヤと同じように、求める英雄とは違う"強さ"を見出してしまった。例えラーヤの恩人であろうとも、この意思は、何も揺るぎはしない。ずっと変われない、彼女の執念。
ただ我が王の御心のままに。
そうやって"母"もまた"娘"と同じ心で、招き入れるのだ。
貴公、さらばだ。
どうか良き
『私は、ここを旅立ちます』
『私は…あの方の娘として…再び会う時には、胸を張って母と呼べるように』
『褪せ人様。どうか"王"たる道をお進みください。タニス様も…いえ、私もまた、そう望んでいるのです』
大剣でもあり、槍とも呼べる太古の武器。
ライカードの騎士たちが、彼の尊厳を守るべく探し出した忠誠と執念。…それは、朱いケイリッドの地で目にした赤獅子たちと似ている。柄に染み込んだ血が訴えるのだ、無念と、願いを。
弓よりもずっと重いこれは、今の私ではとても余裕を持って振るうことはできないだろう。
だが、一人ではないのだ。私の前を、半狼と戦士の壺が立ち並んだ。かつて望んだ、いつしか当たり前になった光景。
「ワッハッハ!血が騒ぐなぁ、黄金の城主、星砕きの英雄に続き、再びデミゴッドに
「ラニの兄妹であろうと、やることは変わらん…そもそも、ラダーンも同じだろうに」
「む、そうであった!…してメリディアン、貴公は?」
「…確かに若い彼のことは少しだけ覚えている…少々、その
始まりは"愛"ゆえの義憤だったのだろう。
だが、"愛"は過ぎれば"信仰"となる。それは固く解けない強さと、盲信を生み出す危ういもの。
やがてその"信仰"も過ぎれば"停滞"となる。頑なに凝り固まった地盤を生み、けれど
…そうして"停滞"はやがて"腐れ"を起こすのだ。ぐずぐずに
時にその末路が、正しいことだってある。けれどもこれは…あぁライカード様。貴方の貪欲を、私は否定できない。私もまた、"
「無事に戻って。…待ってる」
大弓を引き絞るように、私は白光の刃を
「二人とも、
「俺たちの
「腕の一本や二本千切れても文句は言うまいよ!ワッハッハ!」
"蛇"は。
世界を呑み込まんとする巨大な"
もう二度と、蛇は
巨大な"蛇"が、不自然に生えた人の腕でもって、腹の内より引き
私は、真白な"矢"をもって、その白羽の矢を
「しかしお前、意外に様になっていたじゃないか」
「"
「うーむ、今からでも鍛えれば存分に扱えるのではないか?」
「そうだな、そう思ったこともあった。ゴッドフレイのように、斧を振るえたらと憧れもあった…だがな、私は憧れを追うのではなく、その背を追うことを選んだんだ」
「ワッハッハ!…あぁ、なんとも潔い生き様よな。だからこそ、その弓の腕を得たのであろうなぁ」
「祈祷も魔術も表面を撫でた程度なのはそれが理由か…」
「いやそれはまた、別の理由があってな…」
タニスは、拙い文が認められた手紙を何度も読み返す。
"旅に出ようと思います"
"火山館のタニス様の、母の娘として"
"彼らの見ている世界が、わかりかけてきたのです"
"知りたいのです"
"その世界を、見せて欲しいのです、彼女が
"そうすればきっとまた、この
"タニス様、もし、その時は"
"どうか、もう一度、母と呼ばせて下さい"
何度も読み返すのだ。
丁寧に丁寧に。何度も。
サブタイトルの凄愴は"せいそう"と読みます。
「悲惨」や「むごたらしい」、などと同じ意味を持つ言葉です。
こちらの都合で少し間が空いてしまい申し訳ありません。
連続投稿の残りは少なくなってきたとは言え、次回以降はまた1日〜2日ペースで投稿できるはずです。
そしていよいよSwitch版エルデンリングの発売が近づいてきましたね…!
もちろんプレイしますが、投稿に影響はありませんので、もし遅れた場合は別の理由となるでしょう。
■メリナ
難しい理由なんてものはない。
ただ、友達みたいな関係の彼女を助けたかった。それだけで、いいのだと思いたい。
■ラーヤ
この癒えるはずがない心を包んだのは戦う英雄たちではなく、そんな色眼鏡を使うことがなかった戦わない彼女だった。
■メリディアン
生は尊い。そんな当たり前も忘れられ歪になったこの地で、確かに、彼女は成した。
自分とは違い、互いに傷つけるでもなく、優しく。
誇らしいと同時に、己を恥じ、しかしやめるつもりなど毛頭ない。その理由は、直ぐにわかる。
■ブライヴ
何も言わずに、今更来るなと言われようが遅いと文句を言いつつ付いてきてくれる。
メリナと交流がなかったわけでは勿論ない。ただ、面と向かって、個人的な感情のために全員を動かそうとしたことに驚いた。
ちなみに、「あまり俺から言うことないよ」と言いながら結構喋るのは、ラニと同じだったりする。
■アレキサンダー
何も言わずに、言うまでもなく付いていくぞと背を追った。
実のところメリナに関してはブライヴよりも理解があった。故郷で"小壺"たちの相手をしたり、幼い存在との交流があったことも影響している。
■タニス
娘を救った彼らに感謝することと、主への供物とすることは別の話。
我ら"背律者"となりて、同胞を喰らう者。その道を征く者を英雄と呼ばん。
■冒涜の君主、ライカード
蛇に呑まれ、最早
かつてライカードが苦しみながら呑み込んできた煮えたぎる選択と決断の"路"すらも。
その貪欲も何もかも、真白な聖槍に貫かれた。
- 蛇の羊膜 -
忌まわしい生誕の儀式の落とし子が
母の胎内で包まれていた羊膜
いつまでも乾くことなく、湿っている
- 蛇人の遺灰 -
遥か昔から、ゲルミア火山に巣食う老蛇は
デミゴッドを喰らい、蛇人どもを産み落としたという
- 大蛇狩り -
大剣でもあり槍でもある武器
古い時代、不死の大蛇を狩ったとされ
大蛇と対した時、長き光の刃を生じる
覇王の雄心が、下卑きった貪欲に堕した時
騎士たちは、主を止める武器を探したのだ
- 冒涜の聖剣 -
冒涜の君主、ライカードの聖剣
彼の喰らった無数の人々、英雄たちの亡骸が
剣身の表面でうねうねと蠢いている
- 忘却の秘薬 -
銅の小瓶に入った秘薬
辛い苦悩を、すべて忘れさせる
冒涜を誓ったライカードからの贈り物は
だが、タニスには不要であった
我が王よ、貴方を忘れてしまう以上に
辛い苦悩などあるでしょうか?