エルデンクエスト   作:凍り灯

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心の根

 

 

 

 

 

『…貴公、ライカードを弑(しい)したようだな』

『責めはせぬ。強き者が奪う、それが我らの掟』

『冒涜に身を委ねたときから、惨めな死は、あ奴も覚悟していたはずだ』

『…だがこれで、火山館も終わりだな』

『古い約束を果たすとしよう』

『…散々と同胞を狩り、奪ってきたからな』

『その全てをもって、黄金樹に弓引くときよ』

 

 

 

 

 

燃える、燃える。燃えてゆく。

その火の色は赤くはなく、黄金。

かつてゴドリックに行ったように、メリディアンはライカードの亡骸を、使命の刃を突き立て荼毘(だび)に付したのだ。

 

タニスが絶望で打ちひしがれる。

…その姿が、ラーヤと重なった気がした。全く、気分がよいものではない。

 

「何故だ、貴公、何故」

 

黄金の燃え殻を両手で掬(すく)い上げ、しかしそれはそよ風と共に塵となりどこかへ還っていく。

 

「それが黄金樹のやり方ということか」

 

ライカードは最早蘇らぬ。

彼は、いや冒涜の蛇は、メリディアンの黄金の刃によって依代(よりしろ)を失ったのだ。本来であればここでタニスが大蛇(ライカ―ド)を喰らい、内に宿し、再誕への兆しとするはずだった。

 

だが、死なぬはずの蛇は灰へと還った。

 

何故か。

 

黄金であれば、た(・)だ(・)の(・)英(・)雄(・)程(・)度(・)が振るう黄金などで、消えるはずがない。ましてや黄(・)金(・)の(・)炎(・)など。

冒涜の蛇とは、ライカードがそれ(黄金)を拒むための、黄金樹の輪廻とは別の輪廻、或いは別の律を通して生き返るための手段だった。

 

それを無碍(むげ)にされた。

尊厳を、全てを、何もかもを、こいつらは。

 

「我が騎士よ」

 

どこからともなく現れた赤褐色の鎧、坩堝の騎士。

瞬時に臨戦体勢を整えるブライヴとアレキサンダーを、メリディアンは手で制して止める。

 

「殺せ」

 

抑揚なき、静かな怒りのもと命令は下された。それがなんであれ、誰であれ、遂行するのが騎士の務め。ただ一度大剣を胸元に掲げ、殺意を示すのみ。

 

メリディアンは愛用の黒弓を抜き取り、それに倣(なら)う。そうして一本の矢を握りしめた。

既に彼我の距離は人一人分しかない。つまりは相手の間合いだ。睨み合いが恐ろしく長く感じる。もちろん気のせいだ、それはほんの瞬きの合間。ざふりと、焦げついた足場が両者の踏み込みによって乱された。

 

 

────勝負は一瞬だった。

 

 

先に踏み出したのはメリディアン。

 

当然引くメリディアンと詰める坩堝という構図が出来上がると誰もが思う。

違うのだ。下がるように見えた動きはフェイントだ。むしろ、逆にメリディアンは相手の懐へと飛び込んだ。それはメリディアンが意表をつく時に行う常套(じょうとう)手段。

横薙ぎに振おうとした大剣は、しかし読んでいたのか真横に振りかぶった姿勢から打って変わって、大剣の柄頭を突き出してくる。

 

この重量だ、腰が入っていなくとも、頭に当たれば軽傷では済まない。

 

だが、メリディアンもまた近寄られた時の対策は心得ている。紙一重で音の立てて迫る突きを躱(かわ)し、その勢いで翻(ひるがえ)った深紅の大布、いやサーコートの端を掴んで坩堝の騎士の腕に巻き付け抱え込む。

 

体躯も体重も、鎧の重量すらも大きく上回っている相手にメリディアンが選んだのは…投げ技。

剣を振るった勢いそのままに、重心の移動を逆手にとってコンパクトに崩し、落とす。

 

重すぎる鎧ゆえに踏ん張りの効かなくなる絶妙なタイミング。見事、メリディアンは坩堝の騎士を足元へと投げ倒した。

 

────それも、読んでいたのだろう。

忘れることなかれ、メリディアンは覚えていなくとも、彼はメリディアンのことを覚えている。ゆえに次の一手は、カウンターのカウンターを狙った必殺の一手。

 

 

"坩堝の諸相"

 

 

それは、黄金樹の原初たる生命の力。古い黄金樹の祈祷。

かつて生命は混じり合っていた。

 

黄金樹すら例外ではなく、古い時代には赤味を帯びた黄金樹が見れたという。今は既にその名残はなく、その"赤(・)"は取り除かれて久しい。取り除かれたからこそ、マリカは永遠の女王と呼ばれたのだから。

 

同じように、英雄たる坩堝の騎士もやがて"穢れ"と見なされ去っていった。

 

彼らが扱う祈祷、その一つ。

 

大きな喉袋を身体に生み出した坩堝の騎士は、地面に叩きつけられ、肺から空気が搾り出される勢いのままに炎を吐きつける。

密着した状態でのブレス。無傷で躱すなど出来るはずもない。だ(・)か(・)ら(・)メ(・)リ(・)デ(・)ィ(・)ア(・)ン(・)は(・)容(・)易(・)く(・)左(・)腕(・)を(・)捨(・)て(・)た(・)。

 

ブレスの噴射口を見極め、冷静に、自らが行動不能にならないように炎を腕を押し付け別の方向へ逃す。

焼け焦げ、炭化するほどの勢いを持った炎熱。見るも無惨に崩れかけた左腕は、メリディアンを守り切る。

 

溢れ出した汗と過度な痛みによる吐き気をヘルムの内に抑え込み、右手に握り込んだ矢の鏃(やじり)を鎧の隙間、生身の首へと突きつけたのはメリディアン。世界が止まる。そう錯覚する一瞬の静けさ。

…彼は、出来るはずなのにその首を掻き切らなかった。何故か?

 

裂いた傷口から炎が噴き出るという懸念があったから、というのもあるだろう。

だが、この決(・)闘(・)はこれで終いだと、掠れた記憶のどこかで理解していたのだ。そう、互いに。

 

「私(・)た(・)ち(・)の…勝ちだ」

『────見事』

 

例えこの体勢からメリディアンを振り落としたとて、常に大剣と拳を振り下ろせるように気を張り続けた戦士たちが追撃を許さないだろう。

メリディアンの意思を尊重したとはいえ、その"決闘"を汚すならばアレキサンダーすら躊躇(ちゅうちょ)はしない。彼とて昔のままではないのだ、メリディアンのために、拳を振るうと決めたその時から、流儀を押し除けても優先すべきものがあると理解している。

 

────タニスは、この場に来た時点で最初から詰んでいた。

 

メリディアンも、そ(・)し(・)て(・)坩(・)堝(・)の(・)騎(・)士(・)す(・)ら(・)も(・)、その我儘に付き合っただけ。

とっくのとうに、メリディアンはタニスの心の根底、そこにある本心を理解してしまっていた。ライカードを黄金で荼毘(だび)に付したのも、それを引き出すため。

メリディアンはメリナに語った通りに、尊厳を踏み躙(にじ)り、無理矢理に立ち上がらせるのだ。当然、メリナがラーヤ(娘)にやったような包み込むような無垢な優しさは、そこにはない。

 

…タニスとて、そんなことはわかっている、わかっているのだ。

何故なら同(・)じ(・)こ(・)と(・)をラーヤにしようとしたのは、自分自身だったのだから。

 

失意のままに、戦士たちの"決闘"を見届けたタニスが呟く。

 

「はは…、なんとも惰弱(だじゃく)なことよ…」

 

タニスは沸る情熱にこそ惹かれる。

ライカードが蛇に喰らわれ貪欲な野心に身を堕とした時にこそ、彼女は初めてライカードに惹かれたのだ。

…それはつまり、冒涜の大蛇にこそ魅了されたことに他ならない。

思えばゾラーヤスへの愛情も、そんな歪んだ感情から生み出されたものだったのかもしれない。

 

ただ一人、人として火山の頂に残った側妃(そくひ)。ライカードへの執着。狂気的な情熱。一人、一人、たった一人で。

 

やがて一人の赤褐色の騎士が訪れた。

 

騎士は果たしてタニスを、或いはライカードを憐れんだのかこの館に居座ることになる。

これが忠誠などとはさしものタニスも思い上がってなどいない。ただ寄るべのない騎士が、寄るべを求める哀れな女の元に流れ着いただけ。

 

それだけだ。

 

その騎士が、たった今敗れた。

我が王の死よりも…何故か、ずっと重い意味を感じるのだ。

 

何故だろうな、我が騎士よ。

 

「"タニス様を待つ"と、ラーヤは願ったのです。生きる道を与えたなれば、その願いも聞き届けよう。何より私は…母を待つ子に…"殺した"などと言うつもりは、ありません」

 

ボロボロの左腕を庇いながらも、深紅を掲げた騎士は力強く立ち上がる。

その彼の元にいち早く黄金の気配が濃い少女が駆け寄った。

 

「────…この結びを、私は解(ほど)きたくない。ただの…そう、ただの…私情なのです」

「…それを命懸けで突き通し続けた大馬鹿者に、勝てるわけもない、か」

 

最早タニスは折れていた。いや、本当は今日、この日よりもずっとずっと前に、ただ一人騎士が隣に立った時に、崩れかけていたのだ。当人が気づくことすらなく、だがその騎士だけは知っていた。だのに何も言わずにそばに居続けた大馬鹿者。

 

そんな大馬鹿者共が、今は並び立ってタニスを見ている。

 

その馬鹿らしくも眩しい熱に当てられてしまった。熱に縋(すが)って生きてきた彼女は、だからこそ否定出来るはずもない。

 

 

────彼女は何を告げることもなく去っていった。

 

ただ一人の騎士を連れて。

 

きっと互いに交わらぬ道をゆくことになるかもしれない。いやもしかしたらもう一度、メリディアンたちを殺しに来るかもしれない。或いは道の果てで、その命を終わらせてしまうかもしれない。

 

それでも。

いつか必ず。ラーヤとタニスは再会するだろう。

タニスが行かなければラーヤが見つけ出す。

 

なんとなく。

 

 

そんな気がするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グツグツと、煮だった大鍋の中には何匹ものカニがぎっしりと詰め込まれている。

 

そのすぐ横で、研磨され消毒され、もはやただの調理用鉄板と化しているいつかの(ステーキを焼いてた)盾の上で黄金色のロアの実や金輪草の茎、輪切りにされたミランダフラワーの地下茎(ちかけい)などが脂の乗った獣肉と共に炒められている。

肉の下処理は完璧で、獣臭さなど微塵も感じないという、ブライヴからして見事と漏らしてしまうような出来である。さらに落葉花の葉がこれにとてもいい風味を出してくれる………お前、獣臭いとか気にしないだろ?

 

ここに、蟹たまを混ぜ込んだソースを投入。

ほら、この音と香り。抗い難いものだろう?

 

調理のためにと後頭部で結っていた髪の毛を解いたメリナが思わず、といった表情で鉄板の上を覗き見たが、その様子を私に見られてるのを理解した瞬間、ぷいと顔を背けてしまう。

ちょっと微笑ましい仕草に笑いを誘われつつも、この匂いから私は穴だらけの記憶を引っ張り出した。

 

なんとも懐かしい。行軍の合間に、バカをした部下の盾を罰として火にかけて皆にこうやって食べさせてやったものだ。

…あの引き攣(つ)った笑みすらも、どうにも朧(おぼろ)に霞んでいるのが残念だ。

 

「…褪せ人様、やはり貴方は厳しい人かもしれません…」

「微罰牢に入れないだけ温情さ。甘すぎると、よく言われたものだ」

「牢よりきつい奴は多いだろう、それは…しかし美味そうだな」

「巷では"悪い子はハープの音色を背に火に焚(く)べられる"と噂されていてな」

「それは嘘よね…?」

「ははは!」

「ワッハッハ!人は見かけによらぬものよなぁ。人の上に立つのも苦労が多いと見える…俺にはわからんがな!」

 

王都には三重の城壁がある。最も広く長い、アルター高原を隔てる1枚目の城壁。深い堀の底から立ち上がる、都市を守る分厚く高い二枚目の城壁。城下町と上流階級の住まう中枢の都市とを隔てる、先の2枚に比べれば比較的薄い城壁。

…1枚目の城壁を抜けた先、いまだに破砕戦争の名残が残り続ける荒れ野を進み、2枚目の城壁外周に配置された、今では一部が干上がった堀の底で私たちは火を囲っているのだ。

 

カニ鍋を煮ているならず者は、どこか不満げで、ぶすっと黙ったままである。

 

「いや、なんで俺??」

「カニ好きには?」

「いい奴しかいねぇ────が、俺がいい奴とは言ってなくねぇ?」

 

火山館を発つことがラーヤの望みとはいえ、放っておくこともできない。招き手として狭間の地を渡る術は持っているだろうから心配するものでもないのだろうが…まだ心の整理もできていない状況はとてもではないが万全とは言えないはずだ。少しの油断が命取りになるのだから、調子が戻るまではせめて人の輪の中にいるべきだろう。

 

…だが、敵しかいないであろう王都の中に侵入する我々と共に行くわけにもいくまい。

そこでちょうどよくボックとカニをせっせと集めているならず者ことビック・ボギーを見つけたわけだ。これ幸いにと、ラーヤのことを頼み込んで今に至る。

 

だからこの調子なのである。

 

「どうせやることないだろう?頼んだぞ」

「そうだけどよぉ」

「意外と常識あるのが悪い」

「常識ねえのかよ…」

「私の特性調味料セットを置いていこう。今使った蟹たまソースもな」

「しょうがねぇな」

 

なんだ常識あるじゃねぇか。と嬉しそうにならず者。

あなた…それでいいの…?お前…それでよく今まで生きてこれたな。貴公、思い切りがいいな!

なんて各々いつも通りに一言。

 

「これが人を掌握する術…ラーヤはまた一つ学びました」

 

既に丸め込みを完了したボギーとドン引きする外野を余所に、これまた悩んでいるのか黙り込んでいるボックへと視線を移す。

気弱な迷いとは違う、これは…何かを、決断しようとしている。そういう顔だ。

 

炒め物を人数分の器へと分けていく作業を終えた頃になってようやく、ボックは思い切って、という風に口を開いた。

 

「…ご主人さま、オイラ、ぜんぜんうまく言えませんが…あの、あの、黄金樹を見て、すごい、すごい眩しいんだなあって、感動したんです。…それに、あの黄金樹は、ご(・)主(・)人(・)さ(・)ま(・)を(・)待(・)っ(・)て(・)い(・)ま(・)す(・)。オイラ、それだけは、はっきりと分かったんです」

 

自信なさげに話し始めたボック。

けれども彼の言葉はどこか確信めいていた。…それを妄言と笑い捨てることなどできない。

 

ラダーンと戦ったあの夜。打ち上げられた"灯"、それによってボックたちは導かれた。

さらにはボックは、この深紅のサーコートのほつれをもう一度直している。

リエーニエでの話ではなく、アルター高原に入ったばかりの時の話だ。黄金で作られた裁縫道具…ラダゴンの婿入り道具である黄金の魔力が宿った黄金の針、それを使って。

 

────古くから、「何かを直す」という行為は神聖なものと受け取られている。古では鍛治とは神事であり、マリカ様もまた、故郷の土地から"石鎚"を持ち出していたと母から聞いたのを覚えていた。

 

裁縫もまた、鍛治より古くはなくとも、王都では重要視されていたのだ。でなければ英雄ラダゴンが婿入り道具にわざわざ選ぶはずもない。

王家の針子とは、ボックの母が憧れたように、広く大衆に馴染んだ誉(ほまれ)ある職業だったのだ。

 

何よりも私の使命の中で重要な御旗である、このサーコート。それを黄金の針で直すということは一種の"神事"に近いものがあるはず。

ならばボックは感じ取ったのだろうか。こ(・)れ(・)に籠(こ)められた意思を。

 

「そうか、待(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)の(・)か(・)」

 

 

────それは本(・)当(・)に(・)私(・)に(・)対(・)し(・)て(・)な(・)の(・)だ(・)ろ(・)う(・)か(・)?

 

 

「だからご主人様…オイラも連れていって欲しいんです…あ!いえ、足手纏いになるのだけは嫌です!だから、少しでも近いところに…」

「ボック」

「…!は、はい!」

「ここに残ってくれ、彼らと共に」

「…えっ…?」

 

私の言葉に、ボックは明らかに落ち込んだ。

申し訳ないと思いつつも、彼にはあまりに危険すぎる。…それに、頼みたいこともある。

 

「ボック、お前にも、ラーヤのことを頼みたい」

「…えっと、あの若葉色の…お貴族様みたいなローブの人、ですよね?」

「ああ。ボック、彼女は生きる道を失い…それでも、母と道を違えようとも先に進むことを選択した」

「母さまと…?」

「彼女はこれから道を新たにする。けれどもわかるだろう?まだ、心の傷は癒えていない…。だから共感できる相手がいれば、私も安心して行ける」

「…オイラに、そんな役が…、でも、やってみます。ご主人様の期待、応えて見せます…!」

「あまり気張り過ぎるなよ?ただ一緒にいるだけで、それだけで違うもんだ。身を削るようなことをする必要はないさ…それがこの地では、今や最も難しい────頼んだぞ」

 

ラーヤもそうだが…ボックもまた心の拠り所が必要だ。一人にするべきではないと思っている。

なんだかんがボギーは常識があるから、この二人を任せられる。…ふうむ、ではもう少しだけサービスしておいてやるか…

 

「ボギー…この火山館から失敬したスパイスも渡しておこうと思う」

「次は何を俺に押し付ける気だ…!?」

 

まずい、バレている。

 

「………………ははは!さぁ、冷めないうちに食べようか」

「せめてうまく誤魔化せお前よぉ…」

「滑稽だな」

「うーむ、正直者であることがメリディアンの美徳だからな」

 

何だろうか、最近はアレキサンダーのフォローがよく身に染みる…

一人へこみながら、一行は食事の時間を始めるのだ。

 

カニの脚の殻を上手く割れないメリナを手伝いつつ、雑多な野菜と肉の炒め物をつまむ。成長したミランダフラワーの地下茎…所謂芋のような養分が蓄えられた部分があり、個体を見極めることができるならば、このように美味なる味を楽しめるだろう。うん、美味い。

 

…ちなみに時期を間違えると毒で軽く死ねる。地下茎が出来てすぐのタイミングを狙わなくてはならない。ミランダフラワーの成体は元が大きいので、早めでも大した問題ではないのが救いだろう。

当然ながら根を張ってその場から動くことのなくなった成体以前の個体には地下茎なんぞないのでダメだ。

 

他愛ない記憶を探っているうちに、あっという間にどちらの鍋も底が丸見えになる。

そうしていつも通りに、メリディアンはハープを取り出し奏でるのだ。

 

「…」

 

弦を弾きながらゲルミア火山の旅を思い返す。

ラーヤの導き、タニス殿との出会い、背律のベルナール、悩める騎士ディアロス、パッチとの邂逅…坩堝の騎士、跋扈(ばっこ)する蛇人たち、冒涜の蛇となったライカード。母と子の苦悶と、決断と末路。

 

 

誉れある黄金樹の英雄たちも、誉れ無き、冒涜の英雄も、等しくたった数本の弦に集めて弾いた。酷い火傷跡が残る指先で、震えひとつなく紡(つむ)いでいく。

 

 

黄金樹は、王都はもう目と鼻の先。

音の中に覚悟を編み込んで、自らを鼓舞するように少しだけ力強く謳(うた)わせるのだ。

 

 

そんな彼の、刺青を入れたかのように、黒い模様のような火傷痕を残したメリディアンの左手を、メリナはぼんやりと見つめていた。

 

 

────死んで祝福へ戻るまで、もう使い物にならないと思われた腕は、驚くことにメリナの祈祷によって治されていた。

 

彼女が何かを思い出したわけではない。

 

見届け、悲しみ、慈しみ、己の無力さに怒り、全て飲み込んで迎え、彼女はただ強く願った。

元々の素質は十分過ぎるほどある。体系的なものではないにしろ、かつて産まれ直しの儀式のときにメリディアンとブライヴに力を使った感覚が後押しをし、黄金の光が発露したのだ。

根のような、枝のような細い黄金の幻影がほんの数本、彼の腕を緩く包み込む。

 

メリディアンとブライヴは、その黄金が明らかに異質なことに気がつく。

 

その光には圧倒的な威光も、眩しさもない。ただ陽の光のような暖かさと優しさだけがあるのみの、彼女の心のような"根"。

 

…気がつけば、崩れた爪や酷い火傷跡は残ったものの、左腕は正常な機能を取り戻していた。

長く深い集中力で消耗したメリナはそれを見て、頬に汗を伝わせながらも嬉しそうに微笑んだ後、

少しだけ影を落とす。

 

『ごめんなさい、まだ、今(・)の私じゃ治しきれなかった…』

『お揃いだな?』

『…お揃い?────そう…そう、ね…?』

 

 

────メリディアンのハープの音色を聴きながら、メリナはあの時のことを思い返していた。

彼女は固く閉じられた左目のアザをなぞり…そして身体を這い回る火傷の跡を意識する。

 

もう一度だけ彼女は、誰にも気づかれないように微笑んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうすっかなぁ」

 

カァン、カァンと小さな打楽器を手持ち無沙汰に鳴らしながら、パッチは微妙に途方に暮れている。そう微妙に、だ。

 

────パッチが火山館に与(くみ)していたのは、何も本気で黄金樹に喧嘩を売りたかったわけではない。ぶっちゃけ保身である。"円卓"を避難所として使う、ギデオンが嘆きそうな褪せ人と同じ発想だ。メリディアンに語った言葉も建前でしかない。

…まぁ、旦那らはなんだかんだ気づいてそうなもんだが。

 

ライカードがメリディアンらに敗れ、火山館の主であるタニスも、その娘のラーヤも去り、クソッタレな末路…とは意外にもならなかったが、どちらにせよ火山館はもう機能しない。ベルナールの旦那もいねぇしなぁ。

であれば留まる意味もなかろうて。

 

俺は生来のフーテン(風来坊)!

…まぁ少しの寂しさを感じるのも、また漢の中に残った女々しい別れの感情ってやつよ。

 

「メリディアンの旦那にひっつくのもありかぁ…?いやぁねぇな」

 

狭間の地ではレアすぎるお人好し集団だ。なんだかんだ許してくれそうだが、結局は苦難に挑む使命に燃える褪せ人と目的は変わらないわけで…命がいくつあっても足りやしねぇ。

…でも留まれそうな場所を紹介ぐらいはしてくれそう…

 

「よぉし!取り敢えず後をつけるか!しかしなぁ、やっぱ思った通りだったぜ」

 

そんなことを考えていたせいなのか、パッチは後ろから近づく二人組に気が付かなかった!

 

「あのお高く止まった女がああも自分を失くし────」

「ほう?聞き覚えのある声がしたと思ったら、フ(・)ー(・)テ(・)ン(・)のパッチではないか」

「────ながらも美しい母と子の愛情を見せるとは感動したんですねぇ!?そうでしょう、騎士の旦那!?」

「お前の半端なご機嫌取りに付き合うつもりはない」

 

黄金ではなく、真鍮で作られたそれ(楽器)は特に使い込まれており、持ち主の情熱が垣間見えた。

忘れるはずもない。だが、今の今まで本当にどうでも良いと思っていた品でもある。しかし改めて振り返ってみれば、湧いてくる感情と言うのもあるものだ。

 

「懐かしいな しかし何故、お前がそれを持っている」

「へっへっへ、企業秘密ってやつでさぁ」

 

飄々(ひょうひょう)と、パッチは振舞って見せる。

完全無欠に無言の坩堝の騎士が恐ろしいのは全くもってその通りなのだが、それで気取れないようじゃただの三流にも劣るってもんよ。

 

ふむ、と、タニスは一週回ってその態度にやや関心したようにうなずいた。

そして無情にもこう告げるのだ。

 

「我が騎士よ────」

「いやほんと、俺には不要なもんで、わざわざ持ってきてやったんですって、ねぇ、ちょっとねぇ」

 

四流のパッチは、しばらくの間この恐ろしい主従にこき使われることになる。皮肉なことに、当てもなく生きる上で、パッチと言う男はこれ以上ない逸材なのだ。

正気もない盗賊たちと仲良くやれる時点でさもありなん。

 

Patch the Good Luck fo(幸運のパッチよ永遠なれ!)rever !

 

 

 

 

 









これにて四章は終わりとなります。
次章である五章は先日語ったように4話と短いのですが、どうか最後までお付き合いください。

先に言ってしまうと、五章のテーマ曲はいつも通り日食なつこ氏の『0821_a』です。
ある意味で、この曲は五章以降にも当てはまると思います。(執筆中に発表されたので後付けですが)
どちらかというと、最初あたりで紹介した『hunch_A』と並んで彼らの旅のテーマというイメージが強いです、という蛇足。

良ければ章全体のことでもなんでも、励みとなるので感想いただければとても嬉しいです。



■メリディアン
互いに言葉なく、"捧闘"をもって我らその身を捧げん。
名も無き騎士はただ、目の前の名も覚えていない騎士を信じた。

在軍中は部下に割とスパルタだった…らしい。
てめぇの誇り(盾)なんてこんなもんだと、割と精神的に来ることをしていた…のかもしれない。余程のことをやらかさない限りこうはならないと、一応庇い立てしておこう。


■メリナ
細い"根"の幻影は優しいだけの黄金であり、魂に埋もれた原初の奇跡。
それはまだ小さく、幼い。
根は、彼女の火傷の痕を擬(なぞら)えるように巻き付く。


■ブライヴ
ただ戦いを見届ける。
それもまた、剣としてあるべき姿でもある。使い手の望まぬ凶刃など。


■アレキサンダー
ただ戦いを見届ける。
必要があるならば我が尊厳も捧げよう。彼と共に戦うとは、そういうことなのだ。必ず芽吹くと、信じているから。


■タニス
決定的に折れた瞬間は、ラーヤの手紙を見た時。
それでも止まらないのは、長すぎる執念が彼女を動かしていたから。どちらも本心で、けれども最後にはほんの少しだけ、娘の方に傾いた。それが分岐路。
騎士は、それを知っていた。


■坩堝の騎士
ただ知っていた。
タニスのことも、ライカードのことも、名も無き褪せ人のことも。
『我らはきっと待っている』
『待っているぞ、■■■■■…』


■ラーヤ
1人旅立とうとしたところをドナドナされた。この流れ前に見ましたね…
表面上はいつも通りに振舞っている。だが幾ら強がろうとも今こそが一番脆いタイミングであり、それを放っておかれるはずもないのである。


■ボック
黄金の裁縫道具、その縫い針を通した"修復"によって、メリディアンのサーコートに込められた"何か"を感じ取る。
王都を目指すも、その身を心配したメリディアンによってラーヤの元に留まらせられた。


■ならず者
知らんうちに思った以上に色々背負わされ始めている男。調味料に心奪われ気が付いていない。
見事に妙なトリオが出来上がった。


■フーテン(幸運)のパッチ
従僕四流のパッチ。


■ベルナール
ゆめゆめ忘れぬことだ。私はいつか、貴公を殺しにいくだろう。



- 捧闘の剣のタリスマン -

かつて黄金樹に捧げられた闘いの
儀式の剣を模したタリスマン
王配ラダゴンの時代、捧闘は廃れてしまった
各地に残る闘技場は、その名残である


- 側妃の仮面 -

かつて、異国の踊り子であったタニスは
ライカードに見初められ、側妃となった
そして、彼が冒涜の大蛇となった時
人として唯一人、その元に残った
タニスはあの時初めて
ライカードに惹かれたのだ


- トロルハンマー -

石掘りトロルが、岩盤を砕く道具
トロルたちは巨人の末裔であり
これは古い祭具、鍛冶道具であるという
古では、鍛冶とは神事であった


- 踊り子の打楽器 -

異国の踊り子が用いるもの
その情熱的な踊りは、だが一切の媚を含まず
ただ凛として美しい


- ぬくもり石 -
かつて黄金樹は、太陽に似て暖かく
ゆっくりと人々を癒したという


- ハープボウ -

吟遊詩人の竪琴を、弓としたもの
矢を射ると、まだ美しい音を奏でる

吟遊詩人は、英雄たちを歌った
誉れある、黄金樹の英雄たちと
誉れ無き、冒涜の英雄を

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