おお メリディアン 様
どうか 我ら を お救い 下さい
枯れ嚆矢
"アウレーザの英雄墓"と呼ばれる大規模な地下墓。
メリディアンたちが火を囲った王都城壁の裏、そこよりさらに奥へと進んだ先にそこは存在していた。
数多の罠が待ち構える地下墓は、還樹を
世界は砕かれ、狂い、褪せるばかり。最早死人のように、かつての古き英雄の墓を、魂を守る騎士たち。
いつだって彼らが鮮烈に思い出すのは、ゴッドフレイと共に戦った日々。
…ふと、かつて王都を追われる前に、我らの前に踏み出してきた若者を思い出す。
メリディアン様の子、何一つ、黄金に仇なす全てを置いて産まれた者。
それゆえに戸惑いながら激流の中を生き続ける運命を背負った者。
『────何故貴方たちが、このような目に合わなければならない』
ついこの間のように思い出せる。ここにいる者など、時間が終わってしまっている輩しかいないせいだろうか。何の変わり映えもしない石壁を、根を見ていることしか出来ないからだろうか。
あの時確かに、我らは見た。
流れ入る血の中に、我らと同じものを。
なんとも数奇な運命か、果たしてそれは打ち破る牙となるかそれとも・・・
どこか遠くでまた一つ、偉大なる命が潰える音がする。
いや…これは────
"オルドビス"は立ち上がる。
隣の赤褐色の騎士もまた、同じように。
征こう。
新たな時代の鐘が鳴った。
我ら再び集いてその答えを聞きにもどらん。
古い約束を果たしてもらうために。
「なぁお前、王都に入るんだよな」
別れ際に、ならず者がメリディアンに声をかけるのを、私は聞いた。
鉄仮面で表情もわからず、対するメリディアンも私に背を向けているためにわからない。けど、二人の間には最早一種の信頼のようなものがあるのは理解できる。
『趣味とは偉大だな』とはメリディアンの言葉である。
そういった彼の行動が、多くを結んでいた。きっと多くの使命に燃えた褪せ人が下らないと切り捨ててきたかもしれない"結び目"たち。
ならず者の胸元で、彼が渡した枯葉色のタリスマンが揺れる。
「俺みたいな小悪党が、この地に導かれたこと自体、質の悪い冗談みたいなもんだと思ってたけどよ。こんな無茶苦茶な場所でさ、一体何を俺たちに望んでんだかってな。でもよ、お前みたいな奴をみりゃぁ、俺だって少しは思っちまうことだってあるんだよ」
「あんたが王なら、マシなんじゃねぇかな」
ってな。
そうやってならず者は言いたいことだけを言って満足したのか、返事も聞かずに立ち去った。
彼なりの激励なのだろう。やり遂げろと。…思えばあれは、照れ隠しみたいなものだったのかもしれない。
メリディアンの表情はわからない。
果たして今の会話を聞いていたのだろうか、ボックもまた、メリディアンに歩み寄る。
いつだって自信なさげだけれど、勇気を振り絞って、彼はメリディアンを見上げた。
「…ご主人様。オイラ、なんとなくそうかなって思ってて…その、ご主人様は黄金樹を目指しているけど、ほんとは、王になるつもりはないんじゃないかって…でも…────」
メリディアンは応えない。不安になりながらも、ボックは続けた。
「ご主人様は、きっと良い王になると思います…」
「みんな、きっと思ってます。だってこんなにも優しいのに…こんなにもみんなを救ってるのに。オイラ、わかんない事ばかりだから勝手なこと言って
ごめんなさい…そう言ってボックは怯えたが、メリディアンは優しく彼と別れを告げた。
メリディアンの表情は、わからない。
『また来たのか、狗が』
『なぜこんなところに来る。ここにあるのは汚物と捨てられた忌まわしき"血"だけだ』
『何度来ようが何も変わらない、私たちも、お前たちも』
『なぜだ』
『何も出来ない私たちと、お前』
『星に手を伸ばしても届くわけあるまい。ここは星も見えなんだ』
『失せろ!』
『もうやめるがいい、互いに無駄な時間でしかない』
『なぜだ、貴様など死んでしまえ、惨たらしく』
『なぜだ…』
『そんな"星"など見せてくれるな…私はただ想うだけだ、黄金樹を』
『ならばせめて殉じろ、我が父に、黄金樹に…!』
『お前は…』
『呆れた奴だ…』
『…』
『ならば…』
『…約束だ』
いつかの、王都の地下での記憶。
モーゴット様。ここにいるのですか。
ここに。
この、王都に。
ずっと一人で。
「メ────」
「メリデ────」
聞こえる、呼ぶ声が。
「メり、ディアん…さま」
「メリディアんさま」
「メリディアン様」
異様だった。
足を止め、虚な目で口ずさむ。
小さな呟きだ。それが幾多も重ならなければ。
『メリディアン様』
『メリディアン様』
『メリディアン様』
『メリディアン様』
アレキサンダーは困惑するだけだが、ブライヴもメリナも、この光景に思わず立ち止まる。メリナは、その名を呼ぶ意味を誰よりも早く理解したがために後ずさった。
王都の騎士が、貴人が、住民が、死んだ心のままに口をそろえるのだ。メリディアン様が戻られた。神の友が戻られた、この王都に!おお!私たちは見捨てられていなかった!黄金樹に!黄金に!女王マリカに!大いなる意志に!!
それは、彼のことではない。
誰も、彼を見ていない。その"形"だけを見ている。
メリナは恐る恐るメリディアンの顔を見上げる。
…メリディアンの顔には、一切の表情すらなかった。
火山館で見た、大蛇狩りを託そうとした霊体と、話した時と同じ。
知らないうちに、もしかしたら彼はこんな表情を
「行こう」
嫌悪も絶望も諦観も何も映してはいなかった。ただ平坦に…それが当然かのように。
遠くで調子はずれなラッパが、コポコポ弾ける泡の音と共に吹き荒れる。
「行こう、皆」
一歩踏みだす彼の、手を奪い取った。
「メリナ?」
どこか遠くにいる気がした。
遠くに行ってしまう気がした。自分の知らない何かを知っていて、自分の知らない覚悟を持っていて…そんなことはわかりきっている。曖昧なままだと分かった上で、私たちは共に歩んでいる。
だというのに今、それがどうしようもなく遠く感じてしまった。
「ありがとう、メリナ」
そうして彼は困ったように優しく笑うのだ。
「思い出せないんだ、何も。この光景を見て…不思議な気分だ。まるで夢の中で知らない場所を
嘘だ。
メリナには分かった。であるならば当然…
ベシッとブライヴがその背をど突く。
うおっとよろめくメリディアンをメリナが支えた。
「目は覚めたか?」
気を抜きすぎだと彼の目は呆れと共に訴えていた。メリディアンの過去の事情も何もかも、大してブライヴは興味がない。大事なのは今であり、これからのことである。
何者であろうとも、何者であったとしても、最早背を預け、命すら預けた間柄。半狼は鋭くも優しい目でメリディアンを見下ろす。
その目は当然、
バキッっとアレキサンダーがさらに背を叩く。
そんなに強く叩けばほら、メリナ諸共に二人はひっくり返った。しかめっつらを隠さずに、メリナが文句を言う。
「………ちょっと」
「ワッハッハッハ!…いやすまん、加減を間違えた」
アレキサンダーには細かいことなどわからないし、わかれるような存在ではないと、自分のことをしかと認識している。
しかし、うむ、これが普通ではないことは理解できるし、それに対して感受性豊かなメリディアンが何も感じていない、というのも嘘だということぐらいはわかっている。
なんか呆けているのもわかったので一発お見舞いしたわけだ。ああ、全くそれで、良い。
「…いや、ありがとう二人とも、ありがとう、皆」
空を見上げ目を閉じ、息を吐く。そうして開かれ赤く
「────大丈夫だ」
────何も考えないようにしていた。
王都の記憶は、全てではないが、ある。
あの血生臭いとは言え輝かしかった日々は、確かにここにあったのだ。
そして彼らは母を見ている。
確かに、私は共に戦ったはずだ。戦い、失い、嘆き、喜び、迷い、慰め合い、立ち上がり、新たに出会い、また失って、それでも歩き続けて。
あったはずだ、この記憶に確かに、全てでなくとも刻まれている。
だと言うのに、私などいなかったかのようにその声は母を呼ぶ。
思い出せない。彼らを。顔を、名前を、声すらも。共に歩いた記憶はあるのに、誰しもぽっかりと顔に真っ黒い穴が空いている。
全てが他人に見える。
私は…本当にいたのだろうか?この記憶は…真実なのだろうか?
なぜ、思い出せないんだ。なんで、名前を呼んでくれないのだ、誰も。
…そう、思ってしまうのは、私が弱いからだろうか。
だから、これは迷いを断つための行いのつもりだった。
階段を下り、黄金樹の光がやや
探しているのは自身の、かつての住まい。
ここは下層寄りの場所で、本来私のような出自の者がいるはずないのだが、私はここを望んだ。はずだ。隣人たちはみんな、気付きながらも白々しい知らんぷりで優しく接してくれていたと思う。
小さな、けれども掃
面影はあった。全て壊れ、埋もれていても。
それでも何も、思い出せない。何も、何も。建物だとかそういう話ではない。それは、覚えている。
これを見れば、もしかしたら欠けている記憶が何かの拍子で呼び戻されるのではないか?忘れていた顔が、声が蘇るのではないか。もしかしたら、誰か、まだ、いるのではないかと、思っただけなのだ。
…その切望とは裏腹に、思い出せなくても、仕方がないと思っている自分もいるのは事実で。あぁ、やはり無理なのだと悟りつつあった私には、一種の潔い諦めが芽生えつつあったのに。
屍のような"誰か"と目が合った。
その特徴に、
「あ、ああ…」
どちらの声だったのか。
そうだ、すぐ近くに住んでいて、それで、そう!ここに住み始めた時に女顔をいびってきたり、やっかみを言ってきたんだった。根気よく話して、時間はかかったがその後は一緒に飲むこともあった。彼は無愛想でぐちぐちと文句を言う陰険なやつだったけど、本当は騎士に憧れるも建築家の親の後継をしなくてはいけなくて諦めていたからそういう態度をしていたんだ。彼が一人前になってそれを同僚を引き連れて大袈裟に祝って、そこでハープの演奏やら、おのおの楽器が出来るやつらで室内管弦楽みたいに盛り上がって怒られて────
ゆっくりと近づく誰か。覚えがあるのに名前も思い出せず、ただ宙ぶらりんに意識が惑う。かばうように踏み出したブライヴを制し、私もまた"彼"に近づいた。
大きな戦いの後、二人だけでこっそり飲み交わしたこともあったな。手が震える。生まれもなにもかも関係なく、知った上でただ自分を■■■■■として見てくれる少ない存在だった。彼に妻ができて、子が出来た時はまた皆で大演奏をして騒いで怒られて、その子を抱き上げた時のことをまだ覚えている。足がすくむ。私の独り身を真剣に悩まれた時はだいぶ困ったが、親身に考えてくれていたから嫌な気分ではなかった。彼の妻に自分より美人だとからかわれたこともあったな。吐き出す息が、途切れ途切れになる。そうして狭間の地を追放される時、それを悲しんでくれた。家族でお別れをしてくれて、最後に抱きしめあって別れたんだ。そうだその時、私が言ったんだ。
────そうして"誰か"は目の前で膝をついて虚に祈る。
「めり…ディ、あンさ、ま」
「────」
"誰か"は、私と同じように、相手の名を呼ぶことなど、ない。
その死体同然の体を、私は引き寄せ掻き抱いた。歯を食いしばり、強く抱きしめた。
「おお、めりでぃあぁあんさまあああ」
死体の口から汚物が溢れる。腐った液体が燃える黄金樹をあしらったサーコートを汚し、隠していく。汚れ、汚れ、やめてくれ、燃やさないでくれと言うように深紅を覆い隠す。
おいっ、と冷や汗を流し引き剥がしにかかったブライヴの手を無視して、メリディアンはそれでも強く、離さない。
「どうかぁ、我らをををおおをぉを」
どうか黄金を、どうか永遠を。どうか黄金樹を、エルデンリングを、我らをお救いください。お救いください。おすくい ください。オスクイ クダサイ
言葉にならない叫びのまま、メリディアンの肩に"彼"が噛みつく。
べキリ、何かが砕かれる音がして、良い加減にとブライヴもアレキサンダーも引き剥がしにかかる────が、しかしそれよりも早く、メリナが信じられない程必死の形相で"彼"を突き飛ばし、メリディアンから引き剥がした。
これに思わず、二人は動きを止める。
「やめてっ…彼を、
両手を天に伸ばしたまま呻く"彼"の前で、メリナは、メリディアンを抱きしめた。子供が駄々をこねるような、今までの彼女からは想像がつかないおおよそらしくない姿。緊張が空気に満ちる中で、メリディアンはメリナの胸の中で目を固く閉じ、無念を噛み締めていた。
「────行こう、もう…いい………もう…」
力なく倒れた"彼"を、メリディアンは黄金で
燃えるサーコートは、けれども汚れひとつなく、彼の胸に、背に、そのシンボルを掲げている。
見上げればそこには黄金樹。彼の目には、その生命の輝かしさが燃える炎のように見えている。
こんなにも空が燃えているのに、その燃え上がる空を見ることのできる者は、もういない。
紅い。ただただ、紅い。
黄金とは、かくも眩しきものなのだ。こうも
止めることもできずに溢れてしまった涙に誰も何も言わなかったが、今はそれがとても嬉しかった。
「この空を────」
やり遂げねばならない。
己の意思のもと、願いのもと。道はすでに決まっている。決めている。僅かな迷いはここで断ち切れた。
名も知らぬ友の灰が煙のように昇り立つ。空へ空へと吸い込まれて、眩い赤い空へと消えていった。
「────この空を燃やす、炎と、共にあれ」
強く、その左目が赤熱したのを
嚆矢は"こうし"と読みます。
古く、合戦の開始の時に放たれた音を放つ矢である、
ものごとの始まり、などを意味します。
音も出なくなった枯れた嚆矢。打ち上げたところで、その始まりを知る者は誰もいない。
■火の少女
どうか、彼を連れて行かないで下さい。
私が、必ずやり遂げます。
■原初の騎士たち
天へと放たれた命の音を聞いた。
我ら再びそこに集わん。
■名もなき褪せ人
友を呼ぼうにも、声は名を知らぬがために喉から出でず。
黄金の都に、私を呼ぶ声は、唯一人からも出てくることはなかった。
どうか友よ。この空を燃やす、炎と、共にあれ。