エルデンクエスト   作:凍り灯

39 / 40
姿なき星

 

 

 

 

 

ゴッドフレイの幻影を打ち破った黄金樹の大聖堂から、黄金樹の麓(ふもと)へ繋がる、相当な高所に位置する渡り廊下。

枯れ落ちた葉が重なる一本道のその先に、女王の閨(ねや)がある。

 

守り人は、たった一人の"黒き刃"。

 

彼女は崩れ落ちるように門戸の傍(かたわら)で座り込んでいた。

そして歩み寄るメリディアンの顔を見上げ…────

 

ゆっくりと永い眠りについた。ひどく、安心しきった顔で。

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリナ…?」

「メリディアン」

 

メリナのその声は、とても澄んでいた。

変えようのない覚悟が、決意が、彼女を貫いているのを理解できるほどに。

 

「私も戦う」

 

その右手には母(マリカ様)の刃。

淡く降り注ぐ黄金樹の光を反射し、薄金色に染まった"使命の刃"。

 

「貴方の名前は…私の記憶にはなかった。ごめんなさい…でも、あなたと…いえ、あなた達と共に、戦える」

 

────ブライヴは理性的に困惑していた。今まで戦わずに立ち回っていたメリナが剣を携(たずさ)えたことに。しかし本能的に理解していた…彼女が、すでに腹を決めていることを。

アレキサンダーもそうだ。むしろ、誰よりも早くメリナの言葉を受け入れ、嬉しそうに頷く。"戦士"の言葉を、彼は否定などしないゆえに。

 

…私はメリナの目を、見た。

 

金色の瞳。

その中に、確かにかつて見た女王の面影を感じる。それは分たれた魂としての形ではない。母(マリカ様)から受け継がれ彼女自身の中で結び直した、彼女だけの────

 

「────メリナ。………君は、何が出来る」

 

容易に受け入れられたからか、彼女は薄く微笑んだ。

ブライヴが、私に目配せする。それでいいのか、と。その視線に、私はゆっくりと頷いて返した。

半狼は、それ以上何も語らず前を向き直す。

 

────本当は、戦って欲しいわけがない。

…だが、これを否定することなど言語道断。かつての王、ゴッドフレイの騎士として、王都ローデイルの騎士として…彼女の、仲間として。

ああ、彼女は思い出したのだろう。その刃の振り方も、殺し方も、黄金の何たるかも。

 

やることは変わらない。

私の使命、願い、或いは呪い。命を賭(と)して、やり遂げるだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い遠いリムグレイヴより…いや、それよりもさらに遥か向こうの狭間の外よりついに辿り着いた、あの黄金樹。

あまりに雄大。高く、広く明るくこの地を照らす永遠の光塔。

 

閨より真っ直ぐと、黄金樹の裂け目へ続く道を私たちは進む。そして最も黄金樹に近づいたところに。

"玉座"がある。

かつてゴッドフレイが座した。

 

…その玉座を背に佇む大きな影。

彼は、"姿なき王"はたった一人で待っていた。王都に入った時からずっと見ていただろうに、知っていただろうに、それなのに己の配下一人も連れずにただ一人。

 

彼が振り向く。地を突く巨大な杖の音が鈍く耳を打ち、余韻(よいん)が落ちた葉の這いずる音に呑み込まれた。

 

ふありと、緩やかな風が吹いてメリディアンの枯れ葉色の頭髪が梳(す)かれていく。今、ヘルムは置いてきている。ここではもう必要がないから。代わりにいつも首元に巻き付けられていた深紅のサーコートが、かの騎士の身体を彩り包んでいる。

 

炎の中に白く描かれた黄金樹。燃えるシンボル。その託された意思をついに掲げて。

 

"モーゴット"はまず顔よりも何よりそのシンボルに目が入った。その様子を認めたメリディアンは、かつてリムグレイブにてパッチから買い取った呪物を取り出す。

 

忌み子と呼ばれた者、かつての幽囚、"マルギット"。ただ彼一人を、特に厳重に拘束するための拘束具。

 

それを、彼は踏み潰して壊した。

 

モーゴットはその様子に眉を顰(ひそ)め…そしてようやく、ヘルムを脱ぎ去った彼の顔を見て目を見開くのだ。

 

「貴様…思い出したぞ…間違いない、その顔…!…何を求めて戻った?褪せ人となり、この地を追われる…そこまでは良かろう…だが、祝福を取り戻した程度で何を思いあがったか知らんが、貴様のような裏切り者に戻る場所などない………何故わが父に殉(じゅん)じなんだ、黄金の騎士が…!」

「…何もかもが、あなたの言う通りです、モーゴット様。私も、そうすべきだったと、ずっと思っていました…しかし…────」

 

既に、心は決まっているのだ。

 

「今の私には、あなたを弑(しい)するに十分な理由があります。私は私の心に生まれた野心(願い)をもって、戻って参りました」

 

メリディアンはモーゴットを殺したくなどない。

 

だがそれは侮辱だ。そんな言葉は、モーゴットに対する、歩んできた道に晒した屍達に対する侮辱でしかない。そうと分かりきって尚、戦いたくないと叫ぶ自分がいる。

いつだってメリディアンはそうやって悩んで歩いてきた。心は弱く、一人では立ち上がることすら出来ない。悩んで悩んで、だというのに震え一つなく弦を震わせられる強さがあるのだと、彼の周りの人々は知っていた。

 

そして立ち上がれたならば迷いなど置き去りに、揺るがぬ"使命"に突き進めるのだ。

 

あの時(ストームヴィル)と同様に、強い目が、モーゴットを貫く。

 

モーゴットもまた、知っていたのだ。

あ(・)の(・)頃(・)よりもずっと、その目は美しかった。あの暗がりで、地下での数少ない外との繋がり。何もできぬことを悔やんでいた彼。モーゴットは確かにあの時、そこに■を見たのだ。それが錯覚なのだとしても、確かに。

 

「そうか…ならば、何も問うまい」

 

メリディアンの身の丈などよりずっと大きな杖を眼前に掲げ、抑えきれぬ感情のままに握りつぶすモーゴット。歪んだ杖が砕け、歪んだ剣が姿を現す。

黒く濁った虹のような、ゾッとするような曲線を波打たせた呪剣。

 

「────黄金のゴドリック。天賦の双子、ミケラとマレニア。将軍ラダーン。法務官ライカード…月の王女ラニ」

 

まつろわぬ、裏切り者共。

そして終(つい)ぞ名も知らぬままの、メリディアンの子。ああ、何も変わらない。

 

「皆同じ、愚かな略奪者共よ…」

 

どのような使命であれ、願いであれ、モーゴットもまた、ここから引くことなどあり得ない。眩い黄金樹を背にした今、後退(あとずさ)る場所など疾(と)うにあるわけなどなく。

 

「その力が本物かどうか、野心を貫き通せるかどうか、証明してみせるのだな…この虚しき玉座の前で!」

 

変わらず、黄金の大地に生ける全てに伝えんと叫ぶ。

 

最早己の後に続く王なし。

我こそが"最後の王"と。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰よりも早く、メリナが駆け出した。深緑のローブを脱ぎ捨てた彼女は、今までの印象を吹き飛ばすかのように身軽に疾走する。

そして一閃。

宙を切り裂いた刃は黄金の波をモーゴットへと走らせた。

 

その黄金の刃に、モーゴットは気を取られる。名も知らぬ褪せ人、やつならばともかく、巫女と思われていた女が扱うには不釣り合いなあまりに強い黄金の力。

…しかし多少気を取られたところで、疑問を捨て置き思考を切り替える程度はやってのける。直線的なそれを躱(かわ)すのは容易く…そしてその光を目眩しに迫った"曲がる矢"も想定済みだ。

 

 

────モーゴットはずっと見ていた。

 

 

呪剣によって矢を逸らし、迫る半狼の強襲を迎え撃つ。

 

以前よりもさらに鋭くなっていた大剣のキレを持つ半狼を正面から相手をすれば、その隙をついて致死の矢が飛来するだろう。側面から迫った戦士の壺のプレッシャーも決して侮れるものではない。

周りを走って撹乱(かくらん)する女も厄介だ。役割をよくわかっている。

 

本格的に刃を交えることもなく、モーゴットはこの瞬間、一瞬の判断の遅延が己の命の終わりだと悟らざるを得なかった。

 

 

────モーゴットはずっと見ていたのだ。

 

 

ならば…そう、であるならば…

 

「!」

 

前座はない。

 

そう言わんばかりに、モーゴットがいつの間にか手に持っていた光の剣を地面に突き立てた瞬間、宙に大量の光の剣が召喚された。真上より、ラダーンの時とは違う驟雨(しゅうう)が彼らを襲う。

 

メリディアンとメリナ、ブライヴは回避を選択。メリディアンとメリナの動きは非常に似通っており、まるで双子のように、地を滑りながら"雨"を凌(しの)ぐ。しかしこ(・)れ(・)が時間稼ぎだと察知したアレキサンダーは、どうせ避け切れないならばと一人モーゴットへと走る。

 

アレキサンダーは火山館の溶岩によって焼きが入り、硬さは増していた。人体には致命的な攻撃も、ある程度は耐えきれる。

その姿を認めたメリディアンは、掠める剣に頬を裂かれながらも矢を放ち援護。

 

数本だけ、絶えず落ちる光の剣に撃ち落とされることなく辿り着いた矢が、モーゴットに突き刺さり呻き声が上がるも、そのモーゴットは気にせずに雄叫びを上げた。

 

「■■■■■■■ッ!!!」

「…!?メリナッ!!」

 

アレキサンダーに次いでモーゴットを追撃せんと迫ろうとしていたメリナを、メリディアンは咄嗟(とっさ)に引き留める。

 

その二人の目の前で、"呪い"が吹き上がった。

 

「ぬぐぅ!!」

「アレキサンダー!」

 

それは呪いだ。

或いは黄金だ。

黄金に呪われた呪血だ。

モーゴットの、忌み子たちに詰め込まれ続けた溢れんばかりの呪い(黄金)そのものだ。彼らにの隅々までに押し込まれ、流れる血潮。

 

モーゴットは光の武具を召喚するように、己の呪い(血)をこの場に呼び寄せて見せた。

 

「まだ動ける!気にするな!」

 

その直撃を全身に浴びたアレキサンダーは、纏(まと)わりつく熱(・)に気がついた。

溶岩すらものともしない壺が、しかし呪いを宿した、数々の呪霊が混ぜ込まれて織りなすその黄金の呪血に、蝕まれる感触。

かつてない感覚に、動きが鈍る。

 

その光景を、自らの血で彩ってしまった玉座の間を見て、モーゴットは忌々しそうに呟く。

 

「王の座を呪いで穢すなど…」

 

憎まれ口を続ける暇(いとま)はない。

吹き上がる黄金の血飛沫の隙間から、狼の一撃が熱い血諸共凍らせんと迫ったからだ。

 

あまりの速さに、止むを得ずモーゴットは冷たい大剣を受け止めた。

少しでもモーゴットが足を止める時間を生み出す。そうすればメリディアンは必ず仕留める。そういう意図があったために鍔迫(つばぜ)り合いに持ち込もうとしたブライヴ。

だが黄金(呪い)を纏(まと)い始めた呪剣は、ブライヴの冷たい剣とカチあったその瞬間、赤い炎と共に爆ぜ、狼を吹き飛ばしてしまった。

 

「…ッ!?…チィ!」

 

呪血はまた、身を焦がす炎を宿していた。

それは彼ら双(・)子(・)の絆の証であるが、それを知る由もなく、予想外の反撃にブライヴは痛手を負ってしまう。爆炎に晒された彼の顔半分は焦げついていた。

 

そこをメリディアンの矢が上空からモーゴットを襲わんと迫る。貴重な嵐鷹の羽を使った"嵐の矢"、渦巻く風を纏った強力な一撃!同時に、メリナの黄金の刃が再び背面から降りぬかれてもいた。

 

…次いで、モーゴットによって召喚された武具は今までとは違うもの。それは盾だ、黄金樹に捧げる闘い、捧闘(ほうとう)のための武具の一つ。盾の両端に刃が取り付けられた攻防一体の、所謂刺突盾。

 

頭上に召喚された盾はメリディアンの嵐の矢をヒビを入れられながらも受け止め切り、メリナの黄金の刃は呪剣によって払われる。

己の刃の弱さに、メリナが歯噛みする間もなく。盾は、間髪入れずにモーゴットの背後へと振り下ろされ、傷ついたまま迫るアレキサンダーを牽制し、砕けて消えた。

 

攻撃の手を緩めまいとあえてメリディアンを背にする位置で突き進むブライヴ、その彼の意図を察したメリディアンが矢を番えんとする。

二人が再現するはかつて"災いの影"を貫いてみせた連携。彼に、彼らに宿る"灯"を頼りに矢を当てる恐るべき奇襲。モーゴットと言えど、あれを初見にて完全に見切ることは難しいだろうとブライヴは確信したゆえに。

 

…しかしそれも、もっと近づければの話。モーゴットは近接を生業にする戦士たちを容易には近づけるつもりなど全くない。彼はブライヴを、最も危険な存在と認めていたからだ。

 

ブライヴの目と鼻の先に、先ほどの盾が三重、召喚される。速度の乗ったブライヴが、それを躱すことは出来なかった!

 

「グ、がっ…!この…!」

 

身を捩(よじ)る間もなく頭より衝突、あまりの勢いに、一枚の盾はブライヴの身で砕かれて霧散してしまうが、それまで。────その盾の後ろよりモーゴットが、新たに手元に召喚した大槍を投擲(とうてき)する構えを見せた。

盾を目隠しに使った、必殺の槍。

 

「ブライヴ!避けてッ!!」

 

いち早く、チャンスを伺っていたメリナが気がつき警告。その必死の声にブライヴは反射的に身を低くし、それが彼を救った。

 

残りの2枚の盾を貫通し、狼のほんの少し上を通過する。死が肌を撫でる感触に、ブライヴも流石に肝を冷やす。そして真後ろにメリディアンがいたことを思い出し、彼の安否を急いで確認した。

 

かの大槍はさらにその先のメリディアンの真横へと着弾していた。

砕かれた破片が身体を打つも、メリディアンは未だ矢を番えたまま、瞬きすらせずに弦を引き絞っていたのを、ブライヴ…そしてモーゴットも見て…ある感覚に晒される。

 

「…っぬぅ!」

 

ゾッと。その矢にモーゴットは危機感を覚えたのだ。

 

赤熱した鉄のような、蝋燭の火のような小さな灯(あかり)を点(とも)しただけの矢。先ほどの嵐の矢のような威力はない。それだけのはずの鏃(やじり)に。

まだ、矢は放たれていない。モーゴットはその危機感のままにメリディアンの矢を阻止すべく光のナイフを投擲し、さらには剣すらも頭上から降らせんとするではないか。

 

…それは悪手。な(・)ぜ(・)か(・)彼は気を取られ過ぎている。

 

この一手の合間を逃すまいと、メリナが一つの祈祷を紡(つむ)ぎ、解き放つ。モーゴットが、自らの足元より天へと登っていく温かな光に気がついた時には少し遅かった。

 

今度はメリナが、幾つもの光の柱をモーゴットへと降り注がせたのだ。光は彼の黄金の呪血とは違う熱をもって彼を襲う!その力、確かに彼の身体に傷を残す程。

さらにはアレキサンダーの拳が光の中から彼の脇腹を直撃!彼はやはり自らに傷を負うことを恐れず、光柱の雨を突っ切って不意を突いたのだ!流石の重さに、モーゴットは身体の幾場所からも血を流しながら後退するしかなかった。

 

────当然、そうなれば狼が狩りに来る。

 

下がった先、その頭上から、狼の襲撃。

 

間一髪、モーゴットは角をへし折られながらもその攻撃を躱して見せた、が、さらに待っていたのはブライヴが地より引き抜いた際に生まれた冷たい大嵐、お返しと言わんばかりの冷気の爆発!

 

「ぬ、るいわぁッ!!」

「っ!」

 

流した血も凍り、動きも鈍くなりつつある中で、それでもモーゴットはその蠍(さそり)の尾のようにも見える、角を持つ尾でもって邪魔者を追い払う。

むしろこのあまりに久しい"死"の感覚に、段々と研ぎ澄まされていき、両者の戦いの激しさは失われることはなく続いた。

 

矢は、最早盾と割り切った尾に何本も突き立ち。

黄金の呪いに塗(まみ)れた壺が場を引っ掻き回し。

銀の牙が黄金の飛沫を凍らせ足場を劣悪なものへと変えていく。

 

 

────ただ、この中でメリナだけは違った。

 

 

戦い方を思い出したとは言え、その技術が女王マリカ由来のものだったとしても、実際に刃を振るうのは初めてなのだ。

 

 

だから、それは必然だったと言える。

 

 

吹き上がる呪血、降り注ぐ光の剣、その止まぬ連撃に、息が切れる。お互いに必殺を狙う紙一重の戦い。偶然、近くに寄っていたメリディアンの首を、光の剣が決して浅くはない深さで裂いたその瞬間。

つい、目でその赤い血を追ってしまった。

 

彼がこの程度で止まるはずがないと、知っていたはずなのに、彼の死を、意識してしまった。

明かな動揺を見逃す程、"忌み鬼"は甘くはないのだ。

 

「メリナ嬢!!!」

「避けろッ!」

「あ────」

 

モーゴットの呪剣が、メリナを切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の血が吹き上がるのを、メリディアンはあまりにゆっくりとした世界の中で見ている。

 

手放された使命の刃。

驚きに見開かれた彼女の目。

 

炎に焼かれた半狼が疾走し、呪血に侵されたアレキサンダーが地を砕くほどに踏みしめる地面。

呪剣を振りぬきながら、既にこちらの目を覗き見ているモーゴット。

 

己の裂かれた傷など気にもしない。喉より込み上がる血の代わりに出てきたのは、彼女を呼ぶ声。

 

「メリナッ…!!」

 

それでも彼女からすぐに目を逸らし、モーゴットを見る。

 

一閃に。切り捨てられた彼女は、それでも折れぬ強い目で私に訴えていたからだ。

 

血を吐き出しながらも、両手を前に。"行って"と。

まるで指差し導くように、或いはそれは祈るように。

 

 

くるくると宙を舞う、彼女の黄(使命の刃)金。

 

 

ブライヴがモーゴットの体を切り裂く。反撃の呪剣が背を掠り、血が燃え狼が吠えた。アレキサンダーが身体ごとぶつかり、モーゴットの巨体が大きくよろめく。同時に打ち込まれた、召喚された光の槌がアレキサンダーの指を数本潰し飛ばした。

 

わかって、いる…

わかっている…っ!

 

崩れ落ちる彼女を背に、メリディアンは彼女の刃(意志)を受け取り駆けた。

 

────その背から、黄金の光を放つ塔が顕現(けんげん)する。それは黄金樹、彼女の祈り、彼女の想い。せめて力尽きる前に、どうか彼の背を押してあげてという願い。

 

身体が、軽い。まるでトレントに乗った時のように、風のように疾走したメリディアンはモーゴットが降り注がせた光の剣を追い越し、呪剣の爆炎を突き破って飛び上がる。切り裂かれた痛みも呪いに炙られた火傷も捨て置いて(急速に塞がり)、黄金に燃える刃を手に!

 

まるで"舞い"のように、歪んだ短剣が黄金の軌跡を美しく宙に描きながら。

 

突如現れた小さな黄金樹、背を押されるように恐ろしい速さでもって迫る彼を懐に入れてしまったモーゴットは、その刃に確かに■を見た。

 

あの日、あの時、モーゴットの前で嘆きを堪(こら)えて、罪に向き合わんとした彼の瞳に宿るそれと同じ。かつての約(・)束(・)。守られなかった約束。捨て去ったはずのあの遠く遠く輝く────

 

 

 

────はい。ですので、私はこの舞いをモーゴット様とモーグウィン様に────

 

 

 

「────否っ!!」

 

そんなものはとうに消えて失せた!瞳が褪せ、この地より追い出されたゴッドフレイと共に!!

 

数えきれない戦場を渡り歩き、数えきれない英雄を屠(ほふ)った!

数えきれない畏怖(いふ)の目を向けられ、数えきれない程に黄金樹に祈ったッ!!

 

黄金は応えなかった。だが、それでよかった。

 

そうだ、今更に届く遠い果ての星光など、私には必要ないッ…!

 

目の前の男の燃える刃を、左(・)手(・)の(・)手(・)の(・)ひ(・)ら(・)に(・)突(・)き(・)刺(・)さ(・)せ(・)て(・)止(・)め(・)る(・)。

痛みも熱さも、それが今更なんだと言うのだ!

その隙を狙った半狼の背後からの急襲を尾を回し牽制し、戦士の壺に向けて天より幾百の剣を降らせる。

 

燃える左腕、突き刺された刃をそのまま奴の右腕ごと握り込み、抑え込んだ。もう、逃しやしない。今では遥か小さく見える男の身体を両断せんと、黒く澱んだ剣が振り下ろされる。

 

 

 

ことはなかった。

 

 

 

────胸に、もう一振りの刃が刺し込まれている。

 

 

 

バキリ、と右腕が砕かれたメリディアンは一切の目を逸らすことなく、モーゴットの目を見返している。伝う汗が彼の顎先から滴り落ち、黄金の呪血の中に波紋を広げる音が、やけに大きい。

 

メリナに、女王マリカの分け身に託された古い古い短剣。ただ二振りだけの使命の刃。

メリディアンの赤い左目には、彼の身体から溢れ出す生命が火の子のように舞い上がっている様が見えている。モーゴットの輪郭を橙色に覆い隠してしまうほどに、激しく。それは、つまり。

 

 

命に、届いた。

 

 

メリディアンはその事実を振り払うように神の子の胸を斬り裂いた。歯を食いしばり、されど目は離さずに。

刃を流れ落ちる血が、黄金の炎によって蒸発して立ち上り…ゆるりと渦巻き炎と共に全てが消え失せるのだ。

 

 

 

「なぜ貴様が、そんな顔をする…」

 

 

 

呪剣が、重い音を立てて石畳を打ち鳴らす。折れた腕を抑え、ようやく初めて呼吸したかのように息も絶え絶えなメリディアンが倒れ伏したモーゴットを見る顔は、それはなんとも情けないものだった。

 

勝者の顔ではない。

王になる者のする顔でもない。

 

だが間違いなく、癪(しゃく)だが…彼らしい顔だった。

 

それでもついて出るのは憎まれ口だけだ。呪い言葉の一つや二つ、残して消えても悪くはあるまい。

 

「貴様には…支配など出来んだろう…ましてや王など、なれるはずも、ない…貴様は愚かだ…

…黄金樹は、すべてを拒んでいる…我らは、見捨てられたのだ…」

 

────黄金樹は全てを拒んでいる。

デミゴッドであるモーゴットですら、その中に入ることも、エルデンリングに見える事すらも出来ない。

王と名乗っていることすら、本来は滑稽(こっけい)極まる。そうと分かって尚、モーゴットは自らを"最後の王"と名乗った。

 

誰も、何も、この祈りに応えないのだとしても…

 

「…もう誰も、エルデの王にはなれぬのだ……私と、同じ、ように、な…」

 

流れ出る命の音を聞きながら、眩い黄金樹を見上げる。

ああ、こんな碌(ろく)でもない瞬間であろうと、ただ少しも揺らぐことなくそれは聳(そび)え立っている。

 

モーゴットの言葉に、枯れ葉色の男は言う。

 

「支配などしません」

 

もう一度、彼の顔を見た。

 

「王などなりません」

 

「律などありはしません」

 

あの日と同じ声で、顔に似つかわしくない澄み渡るような低い声が。

 

「ただ灯火でありたい。"誰か"を導く、遠く遠くに見える────」

 

モーゴットは、目の前で片膝をついて語りかける男の目をようやく見返せた。

暗青色の瞳の奥が、黄金に瞬いている。あの時のように。

 

 

「────小さな導きでありたい」

「────…」

 

 

何も、あの時から彼は変わってはいなかった。

 

ただその心が、覚悟が、恐ろしいほどに固く結ばれている。解(ほど)く隙などあろうはずもない。

見とる彼より目を逸らし、頭上に輝く黄金樹、その隙間から除いた夜空の星々へと視線を捧げた。きっと彼が目指すものはそういうものなのだ。

 

届くはずもなく、けれども確かにそこにある輝かしい一等星。黄金樹よりも高く、月よりも高く…

 

 

「貴様の母(メリディアン)と同じで、珍妙で愚直な…やつ、め」

 

 

『ごめんなさい…私はあなたたちの力に、なれない…────私のことは幾らでも呪って…でも、私の子は…────』

『モーゴット様、モーグウィン様…何の役にも立てない愚か者と罵ってくださって結構です…ですが、私の母は…────』

 

 

互いを尊重し、庇い合う。その関係を、羨ましいと思った。

自分たちにないものを持ってる男を恨めしいと思った。

それでも何度も足を運ぶこの男を双子は恨み、罵り、呪い、やがて諦め、いつしか興味を抱いた。

 

我ながら愚かだったと思う。それでも、悪くはなかった────この男の瞳が色褪せるまでは。

 

そして全てが壊れ狂った時、彼は"忌み鬼"となった。

ついに戦争が終わった時、彼は"姿なき王"となった。

 

誰も座ることのない数多の椅子。血を分けた者は誰も戻ることなく、虚しき玉座は空白のままに。

 

正気を失っていく民は黄金の都を彷徨(さまよ)うだけの屍に。

兵は自動人形のように同じ日を繰り返す。

夜に生きる兵だけが、彼の手となり足となった。それも気休めでしかない。

 

それでも愛したのだ。

いつものように褪せた英雄たちを葬り続けた。来る日も来る日も。

やがて"彼"は戻ってきてしまった。止まりやしない、多くを巻き込んで、巻き上げて、ただ当たり前のように火を囲んで…モーゴットは、夜を通してそれを見ていた。ずっと…ずっと…

 

気がついていた、気がつきたくなかった。

その有り様に、その暖かな"灯"に。

 

あぁ、それが、それこそが…────

 

 

 

「────それを…人は…王と呼ぶのだ…」

 

 

 

"姿なき王"

 

 

"夜(騎兵)"を引き連れたモーゴットは、まさに夜だった。

デミゴッドにとっての、英雄にとっての、褪せ人にとっての、またそれは明けることのない(王を拒み続ける黄金樹)夜に絶望しながらも愛し続けた彼の心。

 

明くることを拒むのが黄金樹の意思であるのならば、何者もその眠りを妨げることなかれ。我は夜の番人、静かな褥(しとね)を守る者。

ただ人々は届かぬ黄金を思うだけでよい。

 

彼もまた、愛し、尊び、滞(とどこお)ったのだ。

夜は星など見上げはしない。内にある幾百の星屑に、どうして価値などあろうものか。

 

…けれども何者でもなかったあの頃に、かつて地下の牢獄から見上げた"星"。

最初に見た星("彼")は、確かに彼の心(夜)の内に在り続けていた。

ああ、それは黄金ではなく"星(■)"であったのだ。ついぞ狭間の地を追われたせいで触れることはなかった"彼"という存在。

 

その大きさに、たった今、気がつく。

 

 

 

星の瞬きの間に、彼は目を閉じ、息を引き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









次回で連続更新は終わりとなります。
約二ヶ月間と短いような長いような期間でしたが、もう少しだけ応援してくださると嬉しいです。いえ、まだまだ完結は先なのですが。
あとサブタイトルが前回と似てるのはわざとですと言い訳しておきます。ラダーンの時も同じ手法使った気がする…

今回とある理由から刺突盾を使うことが決まっていましたが、あまりにタイムリーで(ターニッシュエディション)驚きました…一人で勝手にテンション上がっていたのは内緒です。
ちなみに今はそれでswitch版を攻略してます。



■メリディアン
黄金の光の中では、夜であろうと星も見えない。本当はずっとあるはずなのに。
ただ遠くに在る導きでありたい。心にだけ残る、そんな。


■メリナ
未熟ゆえに、心が戦いについていけなかった。だからこそ、その献身が彼の背を押しきったのかもしれない。
モーゴットは疑問の何もかもを切り捨てて戦ったゆえに、ついに彼女の正体に気が付くことはなかった。


■ブライヴ
メリナが切られた時に、思う以上に動揺した自分に驚いた。
互いに腹を割って話したことが多いわけではなかった。それでも確かに彼女は仲間なのだ。


■アレキサンダー
黄金の呪血は、内に取り込んだ戦士の声に似いていた。
ただそこに戦士としての誇りなどあろうはずもなく、ひたすらの怨嗟に塗れた声だけだ。
無念であったろうに。けれども今は耳を塞ぎ、拳を振り上げるのみ。


■黒き刃
安堵と共に目を閉じた。
彼女は彼の顔に、"誰"を見たのか。


□"メリディアン"
マリカの忌み双子に対する所業を知って尚、全てをマリカに捧げたゆえに自ら手を伸ばせなかった。愛した影の犠牲、裏切った巨人たち、幾千幾万の屠って来た命の元で敷かれた黄金の絨毯を歩いてきた自分には。
だからその業を背負わせてしまうと覚悟の上で、我が子に託した。
それは、彼の瞳が褪せたことで道半ばに終わる。


■姿なき王、モーゴット
黄金の最後の王でありながら、夜を冠する言葉が多い御仁。
心の中で本当は気がついていて、どこか憧れがあって…そうしてようやく最後に理解した。

いつだって夜の中には星があったことを。



- モーゴットの呪剣 -

異様に変色した歪み刃の剣
忌み王、モーゴットの得物
その刃は、彼が忌避し封じ込めた
呪われた血の変容した様である


- デュエリングシールド -

刺突武器と盾を組み合わせた得物
攻防一体の刺突盾
黄金樹に捧げる闘い、捧闘のための武具
■■■でも、その習わしは残っていた


- 忌み王の追憶 -

祝福なき忌み子として生まれ落ちてなお
モーゴットは、黄金樹の守人であろうとした
愛されたから、愛したのではない
彼はただ愛したのだ


- 彼方からの回復 -

たとえ、遠い彼方にあり
その姿を見ることすらできぬとしても
黄金樹は、きっと我らを祝福する


- モーゴットの大ルーン -

その大ルーンは、幹を持つ要の輪であり
それは二つの事実を示している

忌み王が、黄金の一族として産まれたこと
そして、確かにローデイルの王であったことを


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。