曇らせ大好き明美さんの子 作:スティック/糊
日が暮れそうだというのにうだるような暑さの夏休み最終日。
バイト帰りの帰路、バイト先の喫茶店から少し離れた駐輪場に足を進めたと所、少しお高そうな財布が落ちていた。
私の天敵は警察署だ。
だが、目の前には明らかな男性用の少しお高いで有ろう皮財布。
キーケースとウォレットが一体になったおしゃれなヤツ。それの付属品にはちょっとアンバランスな細めのチェーンが付いているが、途中で欠けているようだった。
先ほど友人二名とは別れた所だ。
元から友人にぶん投げるような失礼なことはしないが、保護者が揃いも揃って警察官の景に頼みたい気持ちもほんのちょっとあった。
私は前世で数度財布を落とし、遺失物届を出し、すべて無事に発見されている。
財布を無くすというのは非常に面倒な手間が多い。
キャッシュカードに免許証、クレジットカードの3点セットを無くすと本当に地獄だ。
クレジットカード会社に電話して使用停止してもらって、再発行まで数日。
支払いを電子マネーに紐づけしていると更に手間。
免許証は車を運転する人なら下手をすると生活に支障が出る場合がある。
最寄りの警察署近くにある公安委員会で申し出をしても数日、交通センターで発行してもらうのにも1日は簡単に使う。
キャッシュカードもお堅い所だと再発行に住所確認のため、自宅に発送されるはがきをもって銀行に行かなくてはならない。下手すると1週間コース。
すごくめんどくさいのだ。
一瞬前世のトラウマが……
この人は更に鍵のセットである。
それでも、実際に手元に帰ってきてくれた経験があるので届けようと少し面倒な警察に足を運んでくれた人に感謝の気持ちを忘れてはならない。
最寄りは江古田駅前交番だけどなんかバイクで行きづらい。
都内の駅前と言うだけで渋滞具合を考えてしまってちょっと憂鬱。
警視庁本部に行かなければならない訳じゃないし、2駅くらい離れた程度だし練馬区警察署まで届けよう。
それなら40分かけて警視庁に?
落し物は最寄りの警察署が落し物の管理とかしてて落し物の保管から移送までの時間が短縮できると思うのだ。
落とした人もそっちの方が目途が立ちやすいだろう。
中身は確認してないが、外見がお高そうな財布でそれなりに年季も入っている、前世では善意で助けられたものとしてこちらも落し物は警察に届けねば無作法と言うもの。
人の物を素手で触るのに謎の抵抗を覚え、ポケットに入れておいたハンカチで財布を包み、手持ちの鞄に入れ、練馬区警察署へバイクを向かわせた。
練馬署には体の不自由な方のために設置された一台分の駐車場しかないので、結局駅前の駐輪場へ。
行って帰ってで500円もかからないだろう。
警察署に入るとすぐにどうされましたか、と入り口付近の方に声をかけられ、落し物を拾いましたと言えば、ご協力ありがとうございますと言われながら、書類を書く。
持ち主が現れなかった場合に所有権云々は受け取らないにチェック。
すると権利破棄の所に署名を求められたのでフルネームを。
警察官に落し物を届けてえらい、と誉められながら“いつか私が落し物をした時に誰かが拾ってくれるかもしれないので、という気持ちで拾っただけなんです”なんて会話をしながら書類は終了。
ご協力ありがとうございました、という声を後に署を後にした。
駐輪場の料金は2時間以内は無料だった。
駐輪場の料金の支払い方法の欄を見るに交通系ICカードが使えるのはちょっと不思議な気分。
すっかり日は暮れて注意して運転せねばと考えながら我が家へバイクを走らせる。
私の愛車のバイクSR400。
クラシカルな見た目をしたキックスタートしかない古き良き相棒だ。
最初こそベタなレブルとか少し大きめのスクーターにしようと考えていたのだが、一目惚れ、と言うか前世での憧れが再燃して勢いで買っちゃった。
しっかり整備されていて低走行の上物の中古品だった。
最近のバイト代は、バイクの車検費用の貯金とか維持メンテナンスに消えがちだ。
ガソリン代高い…
宮野明美遺産は私大を卒業できるくらいには十分に生活できる程度の額だが、それは困ったとき様にあまり手を出さないようにしている。
宮野明美遺産をガッツリ使ったのはこのバイクの購入費と運転免許代くらい。
かなりの高頻度でバイト入れているので収入はそれなり。
そもそも扶養に入っている訳でもないので税金はしっかりと納めねば。
扶養に入ってたところで扶養で税金のかからない収入じゃないし。
東京の奥多摩の方、とまでは行かないものの車かバイクがないとちょっと不便な立地に我が家はある。
学校やバイト先まで片道50分。
施設長に紹介してもらった物件は徒歩30分圏内だった。
さっさと一発試験で免許取ってやろうと思うでしょ?
そんなことを考えていると.前方で少し渋滞が起きていた。
渋滞起きるポイントなんてあっただろうか、なんて思いながらすり抜け馳せず、ゆっくり列を進んでいくと、うん、検問。パトカーに白バイがひーふーみーよー……いっぱい。
東都だもんね、ヤベー犯人捕まえるために検問位あるさ。
「現在、市内の貴金属品店の強盗犯が逃走中でして、各所に検問が敷かれています。調査にご協力お願いします」
そう言われて免許証と本人確認。あとバイクの車検証の確認。
「えーと、1時間半ほど前はどちらにいましたか」
「バイト帰りに財布を拾ったので練馬区警察署に届けたあたりだと思います」
「……ちなみに財布の特徴とかは」
「キーケースと財布が一帯になってるブラウンカラーの本革で細いチェーンが付いてて途中で切れていたのを覚えています」
「ありがとうございます。拾得物件預り書はお持ちでしょうか」
「権利破棄の書類にサインをしたのでないです」
「承知しました、免許証と車検証をお返ししますね。ご協力ありがとうございました」
人生初検問、ちょっとドキドキしたけど無事通過できた。
……ネズミ捕りとか巡回中のパトカー見たりとか悪い事してないのに謎にドキドキするのなんなんだろうね。
〇
夜11時、萩原研二は警視庁内を移動していた。
「お、班長おつかれさん。後処理進んでる?」
「ん?ああ、日付変わるくらいには終わりそうだ」
警視庁捜査一課のとこまで行くと目的の人物がいた。
その人は伊達航。
警察学校時代からの長い付き合いで、もうとっくに警察学校時代の班長ではないというのにあだ名と言うものは中々消えるものではなく、萩原は彼を班長と呼んでいた。
「昼前に無くしたって言った財布見つかった?」
「まだだが。って、お前が聞くってことは見つけたのか!?」
萩原は半日ほど前に昼頃庁内の食堂で財布を亡くしたことにしょげながら同じ捜査一課の松田に牛丼を奢られている光景を思い出し、検問後にこうして彼の元に足を運んだのだ。
本来電話で事足りることではあるが、少し懐かしい事を思い出し気が付けばここにいた。
「キーケースと財布が一帯になってるブラウンカラーの本革で細いチェーン、お間違いないかい」
「ああ、それで」
「チェーンが途中で切れて道に落ちてたみたい。善意ある市民が練馬区警察署に届けたってさ」
「あー、分かった。ありがとよ」
彼は頭を雑に搔きながらトレードマークの楊枝を強く噛みしめた。
「なんでお前が――って、検問か」
「そ」
情報の出所をあっさりと把握するところは流石警部と言った所か。
萩原は伊達のデスク近くの椅子を適当に借り、椅子に座った。
「んで、どうした」
「あー、その、ね」
座った萩原を見て、伊達は何かを感じたらしい。
萩原も少し歯切れが悪く、10秒程度言葉にならない呻き声の様な声を上げながら、決して個人情報を侵害する訳じゃないんだけど、と面倒な前置きをしてようやく話し始めた。
「お前の財布届けてくれた子、宮野って苗字だった」
「―――そうか」
萩原は干支を一回り以上前、伊達は10年近く前、宮野と言う苗字の女性に間接的に命を救われた。
萩原は警察官になってすぐの爆弾解体現場で逃げ遅れたらしい女性を下に誘導しろ、と彼女を誘導したお陰で爆発に巻き込まれはしたものの被害は非常に最低限だった。
調子に乗った萩原はあの時防爆スーツを着ておらず、あのまま現場にいたら命は確実になかっただろう。
爆発フロアとその一つ下のフロアの踊り場に差し掛かったところでの爆風に驚き、足を滑らせ左手を故障した。
痛みに悶えながら保護女性の無事を確認しようと急いであたりを見回すと、その影も形もなく、彼を助けに来た妖精かと思ったほどだ。
その妖精は幻ではなく、現実の人だと知ったのはその3年後のことで、名前を知ったのは更にそこから5年近くのこと、彼女が亡くなったことを知ってからであった。
伊達は10年近く前、世界を賑わせた大規模犯罪組織の壊滅の2年ほど前のこと。
ある詐欺師を逮捕した直後、帰路につく横断歩道で彼の妻にプロポーズするための婚約指輪を後輩に自慢してやろうと手帳を探している時に“お巡りさん上り!!”と大きな声で呼びかける声があり、視線を登り車線に向けると、自身に迫ったトラックの姿。
間一髪避けるもトラックは近くの信号機に衝突し、現場対応をしているうちに高木に手帳を拾ったと押し付けたらしく、命の恩人の姿は後にも先にもそれっきりだった。
高木に押し付けたらしい手帳には“今後落とさないようにチェーン等で落下防止をお勧めします”と、女性用のネックレスなんかに使われそうなチェーンよりはほんの少し太いチェーンが付箋と共に添えられていた。
それからそのチェーンはお守りとして付ける品を度々変え、今日に至っており、今日そのチェーンが切れ財布を落としたことにひどくショックを受けていたのだ。
伊達も再度彼女のことを耳に入れたのは彼女が亡くなったことを知ってからのこと。
警察学校同期の1番の成績優秀者で長らく公安として潜入調査をしていた降谷零が、組織で彼女の妹の人質になっていたことや、彼女が降谷の恩人の娘さんでどうしても助け出したかった一人だったことを彼の潜入任務が終わった後、同期5人で集まった時に少し教えてもらったのだ。
「宮野さん、か。懐かしい名前だ」
伊達は椅子の背盛られに深く寄りかかり眉間を抑えながら天を仰いだ。
「あー、何ていうかさ。俺が検問した宮野さん、女子高生くらいの子で免許もまだ緑でさ、でもその顔立ちって言うのかな、どこか俺たちを助けてくれた宮野さんの面影があって、伊達のお守りのチェーンが何か繋ぎとめてくれたのかな、なんて考えちゃってさ」
気が付いたらお前のとこ来てた、何を繋ぎとめてくれたのかは分からないけど、そう陰のある笑みを浮かべながら萩原は言った。
「そうだな、久しぶりに同期集まって飲み、行くか」
「そうしよう、幹事は俺がするからさ」
伊達は“俺たちももうそんなに過去を語りたくなる歳になったか”なんてぼやき、萩原も“班長の娘ももう小学校中学年でしょ”なんて言いながら、会話をしていると、伊達警部、仕事してくださいと彼の部下からのお小言が飛んできたのだった。
時刻はすっかり日を跨いでいた。
財布を無くしたのは実体験。
萩原研二
警視庁交通課の警部補
爆処は入庁早々に事故って負傷した左手の影響で異動。
現在はリハビリの末、左手の影響はないが交通違反を取り締まる白バイ隊員をしている。
独身
伊達航
入庁からずっと捜査一課で順当に出世し警部
もうすぐ錫婚式迎えるくらいには仲良くしている。
とある大規模犯罪組織壊滅直後に長女爆誕。現在小学校中学年。
今年小学校に入学した長男もいる。