『四ノ宮長官!周辺退避完了しました!長官も退避をーー……』
「無駄だ」
先程のダメージを回復しているのか、9号は僅かに動きを止めた。その間にも功は聞こえてくる通信に対して返事を返す。
「こいつは私の居場所を突き止める力を持っている、逃げられる相手では無い、君もここを離れろ」
『……貴方の勝利を補佐するのが俺の仕事です、最後までお供させてください』
「……そうか」
これ以上言っても聞かないだろう。
護らねばな。
「ならば行こう」
功は構える。腰を低く屈ませ、力を溜めるような動作をすれば、全身を迸る力の奔流がまるで電撃のように辺り一帯を震わせる。
識別怪獣兵器の全開放。
それは負荷が大きすぎる故、使用者の命を削るあまりにも無謀な行為。しかし、その対価として得られる力は、人の姿をした大怪獣の出現に匹敵する。
再度轟音。
「ぐぅっ!!」
拳が衝突すると同時に功の腕から肩にかけてとてつもない衝撃が走る。
「うン、良いね。ボクが得る力に相応しいーー……」
今から買う玩具の性能を確かめるように口角を上げる9号に対し、功はもう一度強く踏み込む。
《隊式格闘術四式 昇破》
《隊式格闘術一式 蓮破》
次々に繰り出される攻撃は9号の身体を抉り、頭部を吹き飛ばす。
『よし……』
「……」
「素晴らシい、もっと見せてよ」
「!」
核が破壊されていないのだから、再生するのは理解していたはずであった。……しかし、ここまでとは。
頭部を失いながらも正確に功の位置を把握し、両腕によるラッシュを繰り出す9号。
『っ!右腕回路バイパスで出力カバーします!!』
(……強い、しかしそれだけでは無い)
その全てが一瞬で命を刈り取る攻撃であるが、功はなんとか対応している。傍から見れば良い勝負をしているように見えるが、当人は違った。
(一撃、一撃、放つごとに突きつけられる)
(私は衰えた)
(君の隣に居た頃の力は、見る影もない)
ゴッッ!!
『胸部出力5%低下!!リカバリー試みます!!』
胴体に叩き込まれた一撃によって、数秒前までギリギリで保っていた均衡が崩れ始める。
防戦一方、もはや反撃に使える力はーー。
「倒すぞ来栖」
『……え』
「一瞬でも守りに入れば殺られる。残された回路を極限まで攻撃に回せ」
返答を待たずして、功は使い物にならなくなったはずの左腕に力を込める。神経を直接鷲掴みにされているような嫌な感覚を無理やり押さえつけ、メキメキという音を立てながら力が戻っていくのを感じる。
『やめてください!!二度と戦えない身体になりますよ!?』
「それでいい」
功の身体を案じる来栖の声に、いつもの様に返す。
「防衛隊には既に、素晴らしい次世代が育っている」
(私はただこの時、この一戦、命をかけて9号を葬り去るだけでいい)
(あの時君が6号にしたように……!!)
最後の灯火を吹き消す一撃が、功に降りかかる。
ーーーー
「防衛隊になる……か、まさか自分からそんなこと言うなんてね」
「この家に生まれたからには当然だろう、なんということはない」
「はぁ〜?露骨に嬉しそうな顔してた癖に〜」
「だけど、ちょっと複雑。とても危険な仕事だもの」
「……」
「けどもし……もし本当にこの子が本気でその道を選ぶなら」
「私、心を鬼にしてこの子を鍛えるつもり。生き抜く力を与えるために」
「ーー……」
「だから、あなたは代わりに」
「キコルのこと、めいっぱい甘やかしてあげてね、パパ!」
ーーーー
走馬灯のように思い出されるいつかの記憶。それは諦めからではなく覚悟からだろう。
「っ!」
「父親らしいことなど何もしてやれなかった」
『た、体内に超高レベル電磁エネルギー!?これって……!』
押し潰されないように全身に力を込め、9号の拳を受け止める。
(せめて、この一撃で取り除くのだ。この恐るべき厄災を)
拳を弾かれたことで9号は大きく体勢を崩し、これまでにない隙を晒す。
(あの子の未来に残さぬよう)
『指向性エネルギー攻撃!?』
それは、2号が識別怪獣として出現した際に、札幌を壊滅させた主攻撃力だった。
それはヒトの身体で耐えられるような代物では無い。
『核露出!!』
「素晴……しイ。けどね、ボクはこれに耐える進化をしてきた」
『……っ!9号、形状変化!!』
全身の筋繊維を集合させ、破壊された部位を瞬時に修復。防御に極振りする形態へと変化させていく。
「残念ダッたねーー……」
「え?」
修復をした後、どうトドメを刺すかと考えていた9号が目にしたのは、先程と同じように構える功の姿だった。
(ハッタリ、ブラフ……そうに違イない)
「人間にそんなこと出来る訳……」
音が遅れてやってくる。
両腕を前に突き出した功の前には、ボロボロになった9号の身体以外何も残っていなかった。
全身全霊の二撃目は辺り一帯を吹き飛ばしながら、遥か先にあったビル群まで粉々に解体した。
しかし、その功の攻撃を受けてなお、9号はギリギリその身体を保っていた。
「あー……強化したボクの肉体でも、耐えきれないトはね」
『や、やった……!』
高エネルギーによって焼け爛れた身体は、ボロボロと崩れ落ちていく。
9号の放った言葉とその様子に、来栖は勝利を確信した。
「ケド残念、こレがニンゲンの限界」
崩れ落ちていく9号の身体。そのほとんどが欠損している中、唯一無傷な部分があった。
核。
「キミの体がカイジュウなラ、ボクの負けだっタのニ」
『っ!!長官!!待避をーー……!!』
「……」
一撃、あと一撃。そう、うわ言のように呟く功。
既に彼の目に、光は無い。
「さァ、2号」
「怪獣に戻ろウ」
「おやっさぁぁぁん!!!!」
◇
「クソッ!もっと早く動けねぇのかこの身体はよぉ!」
悪態をつきながらもキョウは戦場を走る。同時に走り出したはずの彼は、カフカや鳴海の遥か後方に居た。
「お前もなんとか言いやがれ!」
〝……〟
焦燥感はイラつきと怒りに代わり、余計に身体の動きを鈍らせていく。
〝……ナンノタイカモナシニ、モクテキヲハタソウナド、オロカモノノカンガエデスネ〟
「……んだと?」
〝ホンキデウンメイヲカエタイノデアレバ、ソレソウオウノタイカガヒツヨウ……〟
「……お前ならどうにかできるのか」
〝ドウスルカハ、アナタシダイデスヨ〟
信用ならない。元々厄介な怪獣がベースになっているだけあって、その言葉の全てに対して疑念抱かざるを得ない。
しかし、今のキョウにとってそんな事は些細なことであった。
「腕一本と脚一本で足りるか?」
〝ホウ?〟
「この状況をどうにかできるならーー」
「持ってけドロボー」
〝……良いでショウ〟
その言葉と同時に、右腕と左足に大きな虚脱感を覚える。
いきなり力の入らなくなったそれに、キョウはゴシャァと大きな音を立てて顔面から地面へダイブすることとなる。
「バッキャロー!!いきなりやる奴があるか!?」
〝いきなりも何モ、遅すぎルくらいでスよ〟
〝早く行かナいと、間に合わなクなりますよ?〟
「っ!」
気付けば、全身の感覚が元に戻っていた。
(いや、これはーー……)
元に戻ったのではない、正確には元より遥かに調子が上がっている。
折れた肋の痛みは消滅し、四肢に力が漲る。
生命維持機能も不要と判断され自動的に身体強化へとリソースを回されたことで、アドレナリンによる感覚麻痺などでは無いことが分かる。
「……後が怖ぇが、この上ない僥倖だ」
一歩、たった一歩。
全力で踏み切ったキョウは、その名の通り風になった。
前を走っていたはずのカフカや鳴海らを一瞬で追い越し、破壊された街を駆け抜ける。
ギリギリ認識が間に合っているものの、自分が今どこを跳んでいるのかキョウも把握しきれていなかった。
まるで早送りやタイムラプスのように景色が流れていく中、目標に向けて一直線で進みーー……
「見つけた」
そこにはボロボロの9号の前に立ち尽くす功が居た。
一矢報いようと、全力で戦った戦場はもはや原型を留めていない。
功の元に、魔の手が迫る。
「おやっさぁぁぁん!!!!」
紙一重、コンマ一秒でも遅れていれば功は犠牲になっていただろう。
キョウの腕の中には、意識と左腕を失った功が居た。
「は?」
目標達成を前に、その成果を目の前で掻っ攫われた9号は、初めて苛立ったような感情を顕にした。
「今度は、間に合った」
「何故お前がココに居る」
「答える義理はねぇな」
「ソレをよこせ」
ビリビリと肌を刺すような威圧感を感じながらも、キョウはニヤリと口角を上げる。
「やなこった」
「おい、これはどういうことだ」
「キョウ兄!!」
「パパ!?」
一足遅れでやってきた鳴海、カフカそしてキコルは想像もしていなかった光景に足を止める。
「嬢ちゃん、おやっさんを頼む」
「……っ!!パパ!!」
「やはり、腕一本ではこの程度か」
そう言葉を発する9号は、どうにか功のような見た目を再現しようとツギハギした不格好な見た目をしていた。
「本当は全部貰う予定だっタが、こうなっては仕方ナい」
「「逃がすと思ってんのか?」」
「!」
《隊式銃剣術一式 炸裂斬》
《隊式銃剣術八式 双火連》
背中から翼のような触腕を生やした9号に、急接近する影が二つ。
斬撃と砲撃の嵐が襲い、硝煙で視界が遮られる。
9号はそんな猛攻を受けてなお、両の足で地面を踏み立っていた。
「ボク、融合直後は拒絶反応が出ルんだ。だカらもう帰らせてもらうよ」
「……ふざけんなよ?」
「おやっさんの借りは俺らが返してやるからよ、だからその首置いてけや」
キョウと鳴海は9号に向かって再度攻撃を仕掛ける。高所からの位置エネルギーを集中させ、思い切り銃剣が振り下ろされた。
しかし、届かない。
「1号の能力の有用性は対少数に限らレる上、相手の防御性能が上回っタ場合」
「無力だ」
「7号なんて呼ばれてるソレも、ボクらの中では異端と言っても良い。潜在能力はあるが単体では何も出来ないし、キミも使いこなせていナいようだしね」
「ボクの計画には要らナいな」
喋り終えた9号は口を大きく開き、エネルギーを充填する。
「あ?」
無謀にも自分に向かってくる二人の人間を葬ろうとしたその眼前に現れたのは、怪獣8号だった。
「これ以上、手を出すな」
全力の一撃。
以前にも9号を吹き飛ばした実績のある攻撃は、今回もその実力を遺憾無く発揮するーーはずだった。
「前は為ス術無かったが……今度は見えタぞ」
振り切られたカフカの拳は、僅かに腕の筋繊維を破壊するに留まり、確実に受け止められていた。
たかが腕一本、されど腕一本。2号の識別怪獣兵器も取り込まれているのでそこまで弱体化はしていません。脳を融合できていないので正確な知識は持ちませんが、長年使用してきた兵器と肉体に宿る精神は確かに吸収しています。