「パパ!!パパ……!!」
腕の中で気絶している功に向かって声をかけ続けるキコルだが、帰ってくるのは弱々しい呼吸音のみ。それもいつ途絶えてしまうか分からない。
「くっ……!!」
眼前で繰り広げられる戦いを、彼女は見ていることしか出来ない。
悔しさで歯を噛み締めるが、自分が加わったところで邪魔になるだけなのは理解している。
高速で打ち合わされる攻撃の全てを目で捉えることが出来ない。それは消して涙の滲む視界だからという理由だけでは無いだろう。
実力が足りていない、圧倒的に。
キョウと鳴海、そしてカフカの3人がかりだというのに9号と拮抗、いや僅かに押されてしまう。
腕を横薙ぎに振るい、三人と距離を取った9号は口を開く。
「それじゃあボクはオイトマさせてもらうよーー……ん?」
「「「!!」」」
翼のような触腕を大きく開いた所で、違和感に気付く。
先程8号と衝突した腕がズルリと音を立てて崩れ落ちたのだ。
「お前ら!!畳み掛けるぞ!!」
〝いやァ、実に愉快ダ!〟
三人は顔を合わせ、総攻撃をかける。
硬質化して防御しようとする9号だったが、思うように身体を操作出来ずモロに攻撃を受ける。
《隊式銃剣術八式 天凱破》
攻撃が通るようになった事を確認したキョウは、ここぞとばかりに攻撃を加速させる。
次々に破壊される9号の身体だが、8号の復元阻害により回復することも出来ない。
「!!」
遂に身体を支えていた片足と腕が崩壊し、バランスを大きく崩す9号。
「「「あと、一押し……!!」」」
限界を超え能力を行使した鳴海の眼から血が吹き出し、キョウの四肢にはもはや感覚があるかすら怪しい。
それでも、攻撃を止める理由にはならない。
あとほんの一押しで決着がつくのだから。
「残念だけど、キミたちにボクは止められない」
「!」
バガンッと音を立て、9号の体が鱗のように開く。中から覗く内部機関からは電撃のようなものが迸る。
それはまるで2号を彷彿とさせる力だった。
「コレで終ワりだ」
全方位に向けての無差別攻撃。
「日比野カフカ!!鳴海隊長、堤副隊長ーー……うぁ!!」
それは離れた場所で待機していたキコルの元へと届く程のモノであった。
辺り一帯を更地にした9号は、その攻撃に自身の肉体の保持もままならないようで、下半身を欠落させたままその場に浮遊していた。
「いよイよ限界か、危うくせっかく手に入れた力を失うとコろだったーー……」
「耐えたぞ」
あるものは銃剣を、あるものはその強靭な肉体を盾に、9号の攻撃を受けきって見せた。
2号の持つ指向性エネルギー攻撃は、一点に集中されることでその真価を発揮する。
複数人に向けて攻撃を分散させたことで、全員が耐え着ることが出来たのだ。
〝使いこなセて居ないのは、どうやら其方も同じよウですね〟
「覚悟しやがれこのやろ……!」
「あ」
こんな簡単な事になぜ気付かなかったのか、そう9号は声を出す。
「?」
「最初からこうすれば良かっタ」
「っ!?まずい!!」
未来視レベルの力を得ていた鳴海が一足先に9号のやろうとしていることを察知し、その身を翻す。
首がまるでケルベロスのように三股に分かれ、それぞれが別の標的に向かって攻撃を繰り出す。
それは先程の攻撃の余波によって吹き飛ばされた職員、キコル、そして功に向けられていた。
「クソッタレ……!」
三人はそれぞれ一番近くに居る人間の前に立ち、防御体勢を取る。
「目の前の他人を捨て置けない、ニンゲンはおかシな生き物だ」
心底不思議そうな声色で9号は声を出す。
「ではな、怪獣8号」
着弾と同時に9号は大きく跳躍する。
その後を追える者は、もういない。
「次に私が動く時、怪獣の時代が始まる」
人類への宣戦布告と共に、脅威は野に解き放たれた。
静けさを取り戻した戦場は、恐ろしい程に殺風景であった。
「おい、おやっさん!」
「……」
「返事しやがれ!!今回は……今回は間に合っただろ!?」
そんな中だからこそ、キョウの悲痛な叫び声はよく響いた。
「クソッ!救護班は何してる!?早くしろ!!」
インカムに手を当てて通信を送るも、返事は無い。通信網はまだ生きているはずだが、反応が一切帰ってこない。
「どうなってやがる!?」
「キョウ兄……!」
「キョウさん、その身体ーー……」
「あぁ!?」
「その身体……何がどうなってーー……」
功の前に跪くキョウを映す鳴海とカフカの目には、まるですっぽりと抜け落ちたかのように空になったスーツの右腕を耳元に伸ばす姿があるのみであった。
キョウはそれに気付いていないのか、ありもしない右腕を必死に耳元のインカムへと伸ばし続けていた。
◇
2日後
「速報です。今回の怪獣災害にて、防衛隊長官 四ノ宮功氏が片腕を失い、未だ意識不明の重体であると討伐庁が発表しました。隊長時代から30年以上に渡り日本の怪獣討伐の中心で活躍した四ノ宮氏の負傷は、今後の防衛隊に大きな影響を与えることでしょう」
キョウが眠る病室のテレビでは、その後も同じ内容のニュースが繰り返し報道されていた。
功に負けずとも劣らない重症であった彼だが、一足先に集中治療室から生還しその身を休めていた。
「キョウ兄、ありがとう」
そんな彼に声をかけるカフカ。たとえ聞こえていなくても、口に出さずにはいられなかった。
「……長官を、キコルの父親を守ってくれて」
キョウがあと少し遅れていれば、自らの腕と足を犠牲にしなければ、長官の身体は全て9号に持っていかれていただろう。
「……」
その結果がこれだ。自分は五体満足で、怪獣の再生能力によって怪我もほぼ治りかけている。
それなのに、目の前で横たわる兄貴分は手足を失っている。
己の無力さに打ちひしがれながらも、長官が助かったことに安心感を覚えている自身を殴り飛ばしてやりたい。
お前には力があった、もっと上手くやれば誰も傷付くことなど無かったと誰か罵倒してくれればどれだけ楽になれるだろう。
「っ!!」
そんな思考に陥りかけたカフカは、自身の両頬を強かに張った。静かな病室に似つかわしくない音が鳴るも、幸い誰にも聞かれていなかったようだ。
「……ちょっとキコルのとこ行ってくるわ」
赤く腫れた両頬のまま、カフカは病室を後にする。
◇
「……」
無人であるはずの長官室に足を踏み入れた鳴海が見たのは、功の机に突っ伏しているキコルの姿だった。
「何も……できませんでした」
「……」
「私が遅いから間に合わなかった。私が弱いから助けられなかった。ただ手の中で冷たくなっていくパパの身体を抱えていることしか出来なかった」
「私のせいで逃がしてしまった……!」
強く歯を噛み締める音が離れている鳴海にも聞こえる。
「それは違……」
「鳴海隊長」
「……!」
「わたし、強くなりたいです」
机から上げたキコルの表情は、涙でぐちゃぐちゃになりながらも、強い意志を感じさせるそんな表情であった。
「パパはまだ、目を覚まさない。あいつはパパから奪った腕で人類を手にかけます、いままで私たちを守ってきたその腕で。そんなことは絶対にさせない」
「
励まそうなどと陳腐な気持ちでここに来たわけでは無かった鳴海であったが、キコルの意思は彼の予想を遥かに上回っていた事だけは確かだった。
「……」
「取り乱してすみません。無断入室の罰は受けまーー」
「四ノ宮」
「!」
「次にアイツと見えるまでに、お前をボクの次くらいに強くしてやる」
鳴海はそんな彼女の決意に応えなければならないと、そう感じた。
「功さんに叩き込まれたことを、ボクがお前に叩き込む。喰らい付いて結果を出せ。そしたら無断入室の件も不問に付してやる」
「はい……!」
各々の決意を胸に、来る日に向かって歩く。
前に進むしか、選択肢は無いのだ。
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