え?お前が怪獣8号?ウケるんだけど   作:狭間です

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 なんと続きました。


第二話

 

 

 

「オレオレ!オレなんだって市川!だからドン引きやめて!?」

 

 変わり果ててしまったカフカは、目の前でドン引きしながら叫び声を上げているレノに対して何とか自分であることを伝える。

 

「ほらよく見て!どっかに面影があるだろ!」

「いやただただ怖いっす!」

 

 それでも流れるようなコミュニケーションと会話テンポの良さで辛うじてその片鱗は感じ取ることが出来た。そんな中、カタンという音とともに先程通報していた老人が腰を抜かしている姿が目に入る。

 

「と、とりあえず誤解!誤解を解かないと!笑顔笑顔!」

「笑顔……!笑顔な!!」

 

にこっ

「あ゛ぁ!これ絶対ダメなやつだ!!」

 

 骸骨面と元から作り笑いが下手な事も相まって、その顔面ば暴力的かつ冒涜的な笑顔で覆われていた。御歳八十を過ぎていたお爺さんに、それを耐えられるだけのSAN値は残されていなかった。しかし、どれだけ凶悪な見た目をしていても元は心優しい男。倒れてしまった老人に駆け寄り声をかける。

 

「おいじぃさん、大丈夫か!?」

 

 いつも通り。そう、しゃがんだ際にいつも通り、何気なく壁に手を当てただけだった。壁が割れた。

 

 当てた手から伝播するように壁はひび割れ、その衝撃は床と天井にまで及び、部屋の反対側にあった窓ガラスは大きく音を立てて粉々になった。

 

「ヒィィ!?コレ俺がやったの!?マジで怪獣じゃん!?」

「っ!すぐ隊員が来ます!早く逃げましょう!!」

「それより、このままじゃ更に病院に迷惑かけちまう!」

 

 カフカはこんな時でさえ自分より他人を思いやっていた。騒ぎを聞き付け他の病室や待機していた看護師達が集まってくる。この場を離れなければと人から遠い窓からの脱出を試みる。

 焦っていたからか僅かばかり力が入ってしまった。

 

 ただ窓ガラスをスライドさせ開こうとしただけなのに、窓枠ごと壁一面を破壊し、病院の一角に見事な大穴を開けて見せた。

 

「ホントにどうなってんだ!?」

 

 病室から地面までかなりの高さがある。手前から順に降りて行こうとカフカとレノは跳躍する。ただ予想とは目測とは裏腹に、カフカは己より身体能力がかなり高いであろうレノの遥か頭上を舞っていた。

 

 

『横浜市に小型の怪獣が発生しました。シェルターに避難するか家の戸締りをし、命を守る行動を取ってください』

 

 頭上に見える満月が、今が夜中である事を証明していた。寝静まった住宅街に、怪獣発生のアラートとサイレンがけたたましく鳴り響く。

 

「一応確認なんですけど、本当に先輩なんですよね!?」

 

 人の多い住宅街からひたすら離れようと走る二人。今更ながら後ろを走る怪獣がカフカであるのか再度確認を取る。もし違っていたとしたら、もう既に自分は殺されているだろうが、一応念の為だ。

 

「俺でもよく分かんなくなってきたぁ!?」

「ぎゃぁぁぁあ!?それ何モードなんすか!?」

「むしろ俺が知りてぇよ!ッ!?」

 

 振り返ったレノが見たのは、先程まで保っていた人型からかけ離れた名状し難い姿の怪獣だった。上半身は二倍以上に膨れ上がり、頭から呻き声を上げる頭が幾つか生えており、脚に至ってはタコのようにうねうねとした触手を何本も動かしながら走っていた。

 そしてレノと口論しているうちに、遂に口内からもうひとつ口が生えた。急に生えた口は勢いよく伸び、電柱に止まっていた鳥を捕食。バリボリと音を立てながら勝手に咀嚼している。

 

「見て市川!俺生きたまま鳥食ってる!」

「キッモ!?それめっちゃキモイっす先輩!!」

 

 その後も元に戻ったり、乳首から排尿したり、およそ人間とは思えない行動を繰り返した結果、カフカのメンタルはボロボロになっていた。

 

(あれ、俺もしかして、もう隊員にはなれないんじゃないか?)

 

 身体が変質してから今まで思いつかなかった、いや考えたくなかったのだろう。すっかり怪獣になってしまった自らの手を見つめていると、じわじわと絶望感が込み上げてくる。

 

「この先の無人区域なら、防衛隊に見つからずに済むかも」

「あぁ……!?」

「どうしました?」

「しっ何か来る」

「隊員が!?」

「いや違う、これは……地下からだ」

 

 突如数キロ先で爆発が起こる。

 

「怪獣!?」

「恐らく俺らを襲った奴と同種だ」

「そんなこと分かるんですか!?まぁこれでこちらに割かれる人員も減る。身を隠すチャンスですよ」

 

 二人は人から離れて走ってきた。ここら辺一帯の避難も済んでいるはずだ。そんな希望的観測を言うレノに対し、それを聞いたカフカの耳には少女の泣き声が鮮明に届いていた。

 

「先輩?ッ先輩!?」

 

 方向転換し、爆発が起こった方へと駆ける。レノが制止する声はどんどん遠ざかり、代わりに少女の泣き声が大きくなっていく。

 

 見えた。

 

「嫌ァァァァァ!!!!」

 

 間一髪。少女が襲われる寸前に化け物の顔面を殴り飛ばした。怪獣の巨体は大きく吹き飛ばされ、辺りには怪獣が出現した時の同じくらいの砂埃が舞う。

 

(……すっげぇ力)

 

 ほんの少し力を込めただけで自分より数十倍大きな怪獣は文字通りぶっ飛ばされたのだ。

 

「大丈夫?」

「ひぃ!?」

「あ、そうだった怖いよな!笑顔笑顔!」

「ピャァァァァァァ!?!?」

「悪かった悪かった!直ぐに居なくなるから!?」

 

 助けた少女に駆け寄るも、今カフカの姿は怪獣そのもの。安心させようにも何もかもが裏目に出てしまう。どうしようか困っていると、後から追いかけてきたらしいレノがその場に追いつく。

 

「レノ、二人のこと頼んだ」

「先輩は!?」

「俺は……」

 

「ちょっと本気で殴ってみる」

 

 か弱い少女とその母親をいたぶっていた怪獣に、自分をこんな姿にした奴に、何よりも助けに行くことを一瞬迷った己自身への苛立ちを何かにぶつけたかった。

 

「ッ!!離れよう!!」

 

 身体を固定するために突き立てた脚は、もう骨折の痛みなどない。力を込めれば込めるほどこの身体は応えてくれるらしい。筋肉が膨張し皮膚が裂け、溢れ出るエネルギーがまるで電流のように辺りを覆い尽くす。相手を殴るという一つの目的を遂行するため、身体がそれ専用に変容していく。

 

 

 

「ふんっ!!」

 

 

 

 破裂。そう言い表すことしか出来ないだろう。

 

 カフカの拳には手応えと言うものは無かった。何故なら、拳に当たる前に怪獣の体が吹き飛んだからだ。

 

 空気がパンパンに詰まった風船が弾け飛ぶように、怪獣はその体を爆発四散させた。辺り一帯に飛び散る血肉。その中心に居たカフカは、まるで雨に打たれるかのように怪獣の血を全身に浴びていた。

 

「……ソレ、絶対に人に向けちゃダメなやつですよ」

 

「よし、早くお母さんを病院に」

「ッ!」

 

 その姿は誰もが恐怖する怪獣。少女の怯えきった表情は、己がもう人としては生きられない事を悟るには十分だった。それでも少女に罪は無い。片膝を着きレノの後ろに隠れてしまった少女と目線を合わせる。

 

「いいかい、そのお兄ちゃんが安全なところに連れてってくれる。安心して、俺は直ぐに居なくなるから」

 

 そう言って立ち去ろうとする背中にかけられる小さな声。

 

「……かいじゅうさん」

「?」

 

 

「ありがとう」

 

 

 その一言で、どれだけ救われただろうか。

 

 

「先輩早く!もうすぐ防衛隊が来ます!」

「……市川」

「先輩……?」

 

「俺、やっぱり諦めねぇ。アイツの隣に行かないと。兄貴に見届けて貰わねぇと……!」

 

 日比野カフカは、この日今一度前に向かって歩き始めたのだった。

 

 

 

 

「ふぅ……何とか隠れられたが。この身体どうやったら戻るんだ?」

 

 レノと親子が避難所へと向かっていったのを尻目に、カフカは廃墟の中であぐらをかき頭を悩ませていた。後から合流しようにもこの姿のままじゃ戻ることなんて出来ない。

 ダメ元で戻れ、戻れと念じれば意外にも徐々にだが頭の先から人の形を取り戻していくのが分かる。

 

「よっし!これなら行けそうだ!!」

「何が……行けそうだって?」

「ッ!?!?」

 

 不味い、見られた。後ろから声を掛けられ、顔だけ人間あとは怪獣という不完全な状態で止まってしまった。

 

「おーっと、動くなよ。警告無しで殺さなかっただけ感謝して欲しいくらいだ。そのままじっとしてろよ」

 

 やばいやばいやばいやばいやばいやばい、やばい!!思考がぐるぐると周り要領を得ない。怪獣に対してこの反応、恐らく防衛隊の人間だろう。今すぐ全身怪獣化して逃げるか、もう既にすぐそこまで来ている。それにこの殺気から逃げ切れるとは到底思えない。

 

(クソッ!漸く夢を諦めずに済むと思ったのに……!)

 

 誰を恨めばいい。この世界か、怪獣か。いや今まで燻ってきた自分自身か。

 

「ハデにやってくれたなぁ?おい。テメェは何だ?ヒトか?怪獣か?」

「俺はーー」

「誰が喋っていいっつったよ」

 

 ゴツンと何かが後頭部に当てられる。今まで当てられた事は無いが、本能で分かる。銃口だ。理不尽な問答だったが、誤解を解こうと口を開けば次こそ本当に殺される。後ろに立つ人物の声にはそれだけの力が込められていた。

 

「マジで指一本動かすんじゃねぇぞ。せっかく今日は気分良く寝れたのに、こんな夜中に叩き起されて機嫌が悪ぃんだ。どうしてくれんだテメェ、あぁ?」

(そんな理不尽な!?)

 

 どれだけ悪態をつかれようと、自分の命はその人物の手のひらの上だ。口を噤みながらも八つ当たりのようなセリフに内心憤慨する。

 しかし、聞き手に回っていたからこそ気付けたのかもしれない。その声にどこか聞き覚えがあることに。

 

「ミナちゃんも今頃ブチ切れて……いやアイツはこんな時でも淡々と仕事すんだろうな。折角カフカの奴に会えて嬉しそうにしてる姿を見れたのによォ、入院先が怪獣の被害に遭うなんてどんな冗談だよ」

 

 間違いない。少し乱暴な語り口調や俺らの呼び名もあの時のままだ。

 

「まぁいいや。とりあえず大人しく捕獲されて」

「キョウ兄……?」

 

「……あ゛?」

 

 その名前を呼んだ瞬間、廃墟内の空気が零度以下に下回ったように錯覚する。本能に訴える恐怖はガタガタとその身を震わせ、死という感覚をありありと自覚させてくる。

 

「……テメェ、その呼び方をするのはこの世で二人だけだ。どこでその名を聞いた?いいか、今から一言だけ喋るのを許可してやる。言葉はよく選んで吐けよ?」

 

 極度の緊張から生唾を飲み込み、カフカはゆっくりと口を開く。だがしかし、ハッキリと己の意志を伝える。あの時の約束のように。

 

「俺は日比野カフカ!ミナと二人で怪獣を全滅させて、それをキョウ兄に見届けて貰うと誓った男だッ!!」

 

 撃たれても良い、でもこれだけは伝えておきたかった。まだ俺は諦めてない。どんなに醜くて惨めでも、己の信念は曲げない。目と歯を食いしばり、来るであろう衝撃に備える。

 

「……え、マジでカフカじゃん」

 

 しかし、放たれたのは弾丸ではなく男の気の抜けるような声だった。

 

 恐る恐る目を開くと、暫くぶりの兄貴分の顔が視界いっぱいに広がっていた。

 

「お前、最後の防衛隊募集以来だけど……何か……うん」

 

「やっぱ変わんねぇな!」

「どこ見りゃその感想が出るんだ!?」

 

「クハハ!!その反応はやっぱりカフカだわ!どうしたお前文字通り見違えたじゃねぇか!」

「それは色々と事情が……」

「お、ちょっと待て」

 

 通信が入ったらしいキョウは、耳元のインカムで応答する。口の前で人差し指を立て、カフカに対し静かにしてろという合図を飛ばすのを忘れずに。

 

『こちら亜白、本部からの通信は聞いたな。本件で発生した怪獣を怪獣8号と呼称。新たなナンバーズとして登録するそうだ。そちらは何か見つけたか』

「……」

『堤?』

 

 カフカに視線をやったキョウはほんの一瞬だけ考え、直ぐに返答した。

 

「すまんすまん、こちらも特に異常無しだ」

『その割に報告が遅かったな』

「いやぁ勘違いで単独行動しちゃったから通信いれるの気まずくて」

『……もういい、反応はもう消失した。戻ってこい』

「了」

 

 キョウが通信をしている間にも、カフカは元に戻る努力を続けていた。その結果、通信が終わる頃には人間の姿へと完全に戻っていたのだった。

 

「さっきの怪獣を、木っ端微塵にぶっ飛ばしたのってお前?」

「……おぅ」

「え?それじゃお前が怪獣8号?ウケるんだけど」

「ウケねぇよ!?ちっともウケねぇから!?」

「まぁまぁムキになんなよ」

「ちょ、やめ!」

 

 人の姿を取り戻したカフカの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。この歳になってそんな事をされる恥ずかしさと、ほんの僅かの懐かしさを誤魔化すため大袈裟に反応して見せた。

 

「そんでカフカ、お前この後どうすんの?」

「ッ!」

 

 急に真面目な口調に戻ったキョウは、本当に聞きたかったことを口に出した。一瞬忘れかけていたが彼は防衛隊の副隊長、怪獣である自分、ましてや8号という呼称まで付けられ俺をただで済ます訳が無い。

 

「俺は……」

「おう」

「防衛隊員になりたい」

「……」

「こんな身体になっても、俺はまだ夢を諦めたくない。だからーー」

「そっか、頑張れよ!制限が引き上げられたとは言え、今年が最後のチャンスだもんな!」

「……ん?」

「……あ?」

 

 ぱんぱんと肩に手を当て肯定を示したキョウ。

 

「い、いや、俺怪獣8号になっちゃんたんだけど」

「別に悪さするつもりは無いんだろ?」

「そりゃそうだけど……!?……それに、防衛隊副隊長であるキョウ兄が怪獣の情報の隠蔽って大丈夫なのかよ」

「うーん、どっちかって言うと大丈夫じゃ無い寄りかな」

「それなら……!?」

 

「カフカの夢を潰えさせる事に比べれば大いに大丈夫だ」

「……っ!!」

 

 心のどこかで無理だと諦めていた。今日だけで何度も希望と絶望を味わった。そんな限界だったカフカの心は、瞳から落ちる涙という形で決壊した。

 

「グッ……うぅっ……」

「おいおい泣くなよ」

 

 キョウは困ったような表情で立ち上がり、もう一度彼の名を呼んだ。

 

「カフカ」

 

「頑張れよ」

 

 そう言い残したキョウは、窓枠から飛び出し先程の現場へと戻って行った。

 

 数分、いや数十秒だろうか。何年かぶりに流した涙は、カフカの心を前よりもずっと軽くしてくれた。不安は残っているし、解決しなければならない問題は山積みだ。

 

 それでも、今くらいは安心しても良いだろう。

 

「……ありがとう、キョウ兄」

 

 そんな呟きは廃墟の壁に吸収され、誰に聞かれることも無かった。

 

 

 

 

「防衛隊の副隊長にバレたァ!?」

「お、おう」

「何あっさり見つかってるんですか!?それに亜白隊長とその副隊長両名と幼馴染!?もう情報が多過ぎて意味わかんないんすけど!?」

 

 後に合流したレノに先程のことを話せば、怒りや驚愕、喜びや安堵といった感情がいっぺんに押し寄せ本人すらどんな顔をしているか分からない状況になった事はまた別の話。

 

 




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