あの騒動から三ヶ月。防衛隊内では突如現れた怪獣8号に関するニュースで溢れかえっていた。証言や現場に残った証拠などから、かなり強力な怪物であることは確か。そんな怪獣がどこに消え、今何処に居るのか。総出で探し回っているものの手がかり一つ掴めない。
「キョウどないしたんや、えらい嬉しそうやな」
「いんや、別に〜」
それもこれもこの男が完全に隠蔽したから起こっている事態なのだ。廃墟に残った反応を全て消し去り、怪獣8号と遭遇した事実さえも無かったことにしてしまった。休憩室の隅で新聞を開きニヤニヤしているオジサンに、保科は嫌な気味悪さを覚えた。
「そろそろ休憩の時間やで」
「もうそんな時間か」
「今年は四ノ宮長官の娘さんも来るらしいわ」
「あの娘っ子がか。時が経つのは早いなぁ」
「キョウは面識あったんやっけ」
「ん?昔ちょっとな。小さい頃は素直で可愛かったんだが、思春期なのかちょっとずつツンツンしてきたんだよなぁ」
「それセクハラやで」
「うぇ、そういうのマジ勘弁な。まったく生きづらい世の中になったもんだよ」
「自分はもうちょっと言動に気をつけや」
「りょーう」
ダラダラと話しながら会議室へと向かう。今日の試験は二次審査。筆記の一次審査を通過した者の中で、身体能力によるふるい落としが為される。この選別試験をくぐり抜け、その能力を防衛隊に認められた者のみが入隊を許可されるのだ。
万年人手不足とはいえ、中途半端な実力で現場へ出す訳にはいかない。よってこの選別試験は決して生易しい物では無い。
「今年は粒揃いだな」
「オモロい奴が多そうですよ、亜白隊長」
試験を受けている人間のプロフィールをパラパラと捲って確認する。
「まぁ隊長は怪獣倒す以外興味無いでしょうけど」
そして紙束の中ほどになった頃だろうか、ミナの手が止まる。そこに貼られた証明写真にはぎこちない笑顔を浮かべるおっさんの顔。
「続けろ、仕事しながら聞く」
「おや珍しい」
「そうですねーー……注目株としては」
東京討伐大学首席、八王子討伐高専首席、陸自のホープ、そして長官の娘でありながらカルフォルニア討伐大を飛び級で首席卒業を果たした四ノ宮キコル。その他討伐大や高専から数々の名前を挙げていく保科。確かに今年は例年に比べて遥かに全体のレベルが高い。しかし、彼女が本当に期待しているのはまったく別の人間であった。
「……」
手元に置かれた資料をぺらりと捲り、目的の人間を探し出す。一部体力審査、225人中219位。
日比野カフカ。
(アイツ……ここ数年サボってやがったな)
全体のレベルが高く、本人が三十路を過ぎたおっさんということを加味しても、以前に比べれるとその数値は数段落ちていた。彼が試験を受けられた最後の年でも、体力審査においては上位とは行かないものの中の上程度の順位はキープしていたというのに。
「まぁ」
「どうかしたん?」
「……いや、何でもねぇよ」
(怪獣の力を使ったら卑怯だなんてこと考えてんだろうなぁ)
三ヶ月もあれば自分の力をそれなりに調整することくらい可能だろう。それでもその身に宿した怪獣の力を使わなかったのは誠実さ故か、それとも防衛隊にバレるのを防ぐためか。
(うん、十中八九前者だろうな)
「さて、そろそろ休憩も終わりや。演習場向かうで」
「あいよっと」
今年の適性試験はカフカにとっては辛いものになるだろう。それでも彼ならば何かしてくれるのではないかと期待していた。
◇
「僕らは今回選別試験の選考委員会を任されとる、第三部隊副隊長の保科と」
「同じく堤だ」
巨大な壁と門によって囲まれた演習場の前に立てば、そこには何十人もの受験者が皆一様に緊張した面持ちでそこに並んでいた。ただ一人、四ノ宮キコルを除いて。軽い挨拶を終えると、保科は壁に備え付けられたコンソールを操作し門を開く。ゴゥンゴゥンという重苦しい音とともに開かれたその先には、遠くの方に試験用に捕獲された怪獣が立っているのが見えた。
「二部は討伐試験や。君らにはあの怪獣を討伐してもらう」
おィィ解体ちゃうやんけぇ!?市川さんよぉぉぁ!?
あくまでここ二年はって話ですから!
(ドンマイカフカ)
見知った顔が悔しさと絶望感でぐちゃぐちゃになっているのを笑いながら、試験官としての責務を果たす。
「まぁ丸腰って訳にもいかねえからな。君ら受験生にはこれを着てもらう」
演習場内に設置されている倉庫に移動した彼らは、そこで防衛隊のスーツを渡される。
採取した怪獣から取り出した怪獣筋肉繊維をふんだんに使用したこのスーツは、怪獣と戦う上で様々な機能が備わっている。使用者の身体能力を底上げする機能や、自動的に応急処置をするもの。試験用に調整されたこれは、命の危険が迫った際にバリアを発動させる保護機能まで着いていた。形状も自由に変形することができ、性別や体格に左右されることなく全員が着用することが出来る。
『解放戦力測定します』
『市川レノ 解放戦力8%』
「あの、この解放戦力というのは?」
受験者の一人から質問が来た。その質問は最もで、防衛隊関係者やスーツ開発者とのツテが無ければその情報すら知らされていないからである。入隊すれば全員が着用する事になるとはいえ、現代技術の結晶であるこのスーツはおいそれと口外して良い技術では無い。
「それはどれだけスーツの力を引き出せているかの指標や」
「……つまり俺は8%しか性能を引き出せていないと」
「初めてで8%も出せれば上出来やで君、訓練した一般隊員でだいたい20%くらいやからーー」
『し、四ノ宮キコル』
『解放戦力46%!?』
「……ほう」
(おいおい既に小隊長クラスやんけ)
先程上げた各討伐大学や高専の先鋭たちが十数%。勿論この数値は例年と比べて異常に高いのだが、その遥か上を行く存在に会場と控え室がザワついている。
「10%超えなんて年に一人出れば良い方なのに……!」
「これは過去最高の豊作年になるかもしれんなぁ」
(カフカ、マジドンマイ)
相対的にどんどん追い詰められて行くカフカだったが、試験官をしている以上贔屓する事など出来ない。何とか自力で受かってくれることを願う他無いのだが。
「あ、落ち込むことないで市川クン。ぶっちゃけ現時点で0でなければ合格!まぁ0なんて奴、未だかつて見た事ないけど」
『日比野カフカ 解放戦力0%』
「あっ……」
「なんやあいつ!!0出たやん!!」
「け、計測ミスかな」
「もう少し時間下さい!!今キバってるんで!!」
「いやウ○コちゃうから、キバっても出んて!!」
この状況に関西の血が反応し、ツッコミを入れながら爆笑している保科は気付いていないようだが、事前にカフカが怪獣8号であるという情報を持つキョウはその異常を認識していた。
(いくらアイツにブランクがあるとはいえ、体力審査ではビリでは無かった。低いながらもカフカより素の身体能力で劣っている人間も戦力を解放できている。怪獣の力があることで何か阻害されていのか)
「あー笑った笑った……って、どしたん」
「……いや0はねぇよなって」
「ホンマそれな!!」
何やら難しい顔をしているキョウを放って、保科は管制室から演習場の入口へと降りて行った。
「はーいみんな着れたところで、最終審査始めよか」
「ターゲットは広大な市街地型演習場に配置された本獣と余獣36体、去年八王子で16人の被害を出した怪獣を後進育成の為捕獲したものや。君たちには一人一台自動追尾ドローンが付き行動をこちらでモニターする。こちらの判断で命の危機と察した場合遠隔でスーツのシールドを発動させるけど、それは同時に失格を意味すると思ってくれ」
話を聞きながらも装備を確認するもの、唾を飲み込み覚悟を決めるもの、怯えからか膝を震わせるものと様々だ。
「正直ここからは命の保証は無い、それでも行くという覚悟のある者のみ」
それでも、防衛隊を志す気持ちは皆同じ。
「進め」
保科の号令と同時に蜘蛛の子を散らすように飛び出して行く受験者達。それを見届けた保科はモニターのある管制室へと戻ってきた。
「お、今回は隊長も居てはるんですね」
「……まぁな」
「彼らにもっとやる気出させたるか」
何かを思いついた保科は早速ドローンと繋げられたマイクを手に取りスイッチを入れる。
『最終試験は亜白ミナ隊長にも審査入ってもらってるんで、みんな張り切ってアピールするように〜』
この台詞は防衛隊を志す者ならば誰しもやる気が出るものだろう。しかし、今年はそれ以上に効力を発揮する者が一人だけ居た。
「お、あのオッサン怪獣の特性を知っとるようやな」
「アイツは怪獣清掃の仕事に就いてるからな、知識はあるんだろう」
「キョウもあのオッサン気になっとるん?もしかして歳が近いからシンパシー感じてるとか」
「まぁそんな感じだ」
「……え、ウソ。ホンマなん?」
「
「遠隔シールド用意」
少し目を離していた隙にカフカがやられたようだ。スーツの解放戦力0という数字は、その身体能力ブーストありきで作られている武器を取り回すことがほぼ不可能であることを意味する。そんな中スタングレネードだけでここまで良くやった方だろう。
(さぁ、いつ使う)
「遠隔シールド!起動します!!」
「おもろい男やったけど、しゃーないか……」
地面にひれ伏しながらも失格になってたまるかと必死にもがいている。だがそんな彼に飛び込むのは余獣の一体。誰もが彼の失格を予感した時、余獣の頭に大きな風穴が空いた。
「え?」
「四ノ宮キコルか」
「流石やな」
私の居る戦場では犠牲者なんて出さない
細々とした受験生の会話は聞き取れないものの、彼女のその言葉はハッキリと管制室に木霊していた。
(あんなにちっちゃかった子か逞しくなってまぁ)
カフカを助けたその足で、一番反応の大きな本獣に向かって一直線で駆けていくキコル。手柄を取られてたまるかとその後を追う他の受験生だったが、彼女が通過した経路には余獣の一匹も生存を許さなかった。全員がキコルという存在に目を奪われつつあるが、我々管制室に居る試験官はその役割を忘れてなどいない。
「
保科からマイクをひったくったキョウの表情は真剣そのものだった。
「お前のバイタルに異常が出てる。複数箇所の骨折、場合によっては内蔵の損傷も有り得る。審査側としては、リタイアを勧めるが、どうする?」
『やらせてくれ』
あくまでカフカの自主性に任せているかのような台詞。それでも、カフカにとってはまるで応援されているかのように感じた。
『いい歳してこいて夢なんてサマにならねぇのは分かってる。だけどもう一度追うって決めたんだ……!!』
全身が痛むがまだ立てる。立って歩ければそれでいい。
『今度はぜってぇ諦めねぇ!!』
「分かった。だがこちらが危険と判断したら今度は問答無用でシールドを起動させるからな」
『上等!!』
何とかギリギリで持ち直したカフカを見て、保科にマイクを返す。
「いくらシンパシー湧いたからって、審査に私情を持ち込むんはご法度やで」
「わかってるよ」
「あ、あれは?」
「ん?」
小言を言われながらもモニターを確認していると、何やら面白いことが起こっていた。
「ギャハハハハ!!マジかこいつら!!」
そこには怪我でまともに動けなくなったカフカを、バカ真面目な顔で肩車するレノの姿があった。いや、下のレノは少し恥ずかしそうにしているが、恥も外聞も捨て去ったおっさんにそんな事を気にする余裕など無いようだ。
「もうアイツ合格で良くない?」
「真面目にやれ」
「つい数秒前に私情を持ち込むなって言ったやつのセリフかそれが」
どんな作戦を見せてくれるのだろうかと予想していたものの、演習場における余獣の数がみるみるうちに減っていく。モニターを見れば地形を利用しながらスムーズに移動し、他の受験生が援護をするまでもなく怪獣を討伐していく。
「
瞬く間に本獣の元へ到達したキコルは、スタングレネードで体勢を崩した後、その頭上へ飛び上がり口内に向けて全弾射撃。ボコボコと膨れ上がった怪獣の身体は大きな音を立て破裂し、その生命活動を終えた。
「……本獣撃破。最終試験終了……!!」
あまりにも呆気ない終わり。準備にかなり時間がかかった事を考えると、コスパが悪いにも程があった。
「ドローンを回収、その場で待機」
「……噂以上だな、四ノ宮キコル」
「そうですね。30人以上のリタイアは想定していたんですが、0のまま怪我人は最小限という結果は間違いなく彼女存在がもたらしたものです」
「間違いなく未来の防衛隊の要、この国の希望の光ですよ」
結局カフカがやった事と言えば、過去の経験から怪獣の弱点を探し出したという事のみ。討伐に直接的に関われなかった事実は、合格というボーダーから遠ざかるには十分過ぎる理由だった。
(……どうにかねじ込めねぇかなぁ)
そんな邪なことを考えていたキョウの耳に、つんざくような警告音が飛び込んでくる。
「……どうした」
「
「どういう事や!?何が起きてる!?」
「演習場内で死んだはずの怪獣たちの反応が……次々と蘇ってます!!」
「復活した本獣の推定フォルティチュード出ました!6.4!!」
怪獣の強度を表す数値であるフォルティチュード。たった今発表された6.4という数字は、本来ならば一個中隊で対処するレベルのものだ。到底受験生の手に負える代物ではない。
「保科、堤」
この場で単騎処理できる者と言えば。
「出るぞ」
「「了」」
隊長と副隊長二人を含む三人だけだ。
オッサン頼んだ。感想お待ちしております。