「直ちに受験者全員のシールド展開!ドローンを戻して状況を確認!!」
『緊急事態発生緊急事態発生。受験者は直ちに最寄りのシェルターに避難せよ』
保科が声を張り上げ指示を飛ばすと同時に、演習場内にあらかじめ録音してある緊急音声が響き渡る。受験者の反応は様々だったが、皆一様に不測の事態に対して困惑や恐怖といった感情を浮かべている。
「うわぁぁぁ!!来るなぁあ!!」
「やべぇよ本獣動き出してんじゃん!?」
その状況の中、復活した本獣に対抗しうる三人の内の一人であるキョウは既に現場に到着していた。動けなくなった者から素早く退避させ、受験者の安全を確保。
(不測の事態に対応出来ない奴から死んでいく。……少なくとも此奴らは不合格だな)
しかしこの男、まだ自分の中で試験を続行させていた。非常時という事もあり、全員が試験であることなど忘れている中、この男ただ一人のみ受験者の一挙手一投足を観察していた。
管制室での指揮はギリギリまで保科に任せ、自らが現場に赴くことでミナが射撃ポイントに到着するまでの時間を稼ぐ。
残ったのは戦う意思がまだ残っている者のみ。
「誰かがコイツの足止めしなけりゃ、何人も死ぬじゃない」
一番の重傷者であるキコルはまだ怪獣の目の前だ。全身をボロボロにしながらも、スーツの能力を使い立ち上がる。
「私は完璧でないといけないのよ!!」
そんな意気込みも虚しく、強化状態で復活した本獣によって吹き飛ばされる。戦闘によって演習場に積み上がった瓦礫へと突っ込みつつもヤケクソ気味に銃を乱射。そんな破れかぶれの攻撃でさえ怪獣の追撃によって無意味と化す。
(まだあんな事言ってんのか、あの娘っ子は)
◇
昔から成績優秀で全てを完璧にこなそうと努力していた彼女は、その実力に見合った自信を持っていた。しかし、本当の意味でその自信を手に入れたことはまだ無い。日本防衛隊のトップである父親を持ち、今は亡き母親とも比較される日々。テストで一位になり、あらゆる学校を首席で合格卒業しどれだけ周りに評価されようとも、父親から褒められることは一度もなかった。
嬢ちゃんがキコルちゃんかい?
……おじさんは?
こちとらまだギリ二十代だぞ……。俺は堤キョウ、君の親父さんから訓練を見ることを頼まれてね。
そう……わかったわ。私は完璧になるためならどんな辛い訓練でもやってみせる。
……完璧ねぇ。
一人で全部やる事が完璧だと思ってるなら、それは違うぜ?
え?
まぁ多分今は分かんねぇだろうけどよ
「いつか分かる日が来るさ」
◇
「よく頑張ったなキコル!!」
「えーー……なんであんたがここに」
本獣の復活も、遂に攻撃的ユニ器官が復活するまで至り。今まで見せていなかったエネルギー弾による攻撃が直撃する寸前、カフカがキコルの元へ駆けつける様子をキョウは瓦礫の影から観察していた。
(ここで出すか。……まぁアイツらしい使い方だな)
直立不動のまま防御の構えをとる事なく、怪獣のエネルギー弾を無傷で受けきって見せた怪獣8号。防衛隊の基地のど真ん中で変身するとは、随分覚悟が決まって……。
「何それ……あんた怪獣だったの!?まさかさっきの奴もアンタと関係ーー」
「キコル……お願いお願いどうかこの事は防衛隊には内緒でお願いしますーー!!!」
「うわぁぁぁぁ!!!」
という訳でも無かったらしい。怪獣の姿のままみっともなく懇願する姿は、キョウの笑いを誘うには十分過ぎる状況だった。
「……そろそろ戻んねぇと俺も怪しまれんな」
弟分の勇姿をその目に焼き付けたいのは山々だが、仮にも彼は副隊長。単独行動で緊急事態が発生している演習場で姿を消せば確実に関連性を疑われる。一時的に戦力を全力解放。保科とミナの元へと瞬時に移動した。
「どこ行っとったんやキョウ!」
「余獣の対処と避難の手伝いをな、状況は」
『本獣周辺に謎の超高エネルギー発生!!新手の怪獣!?』
「なんやて!?映像は!?」
『爆発による粉塵と通信障害で目視困難……!って何この数値!?』
『フォルティチュード9.8!?』
管制室に残った職員から告げられる異常な数値。通信を聞いた者に一瞬緊張が走るが、脳内を切り替える。
「アホか。さっきの衝撃で計測器がイカれたんやろ」
『で、ですよね!』
「せやなかったらそんなもん、歴史に残る大怪獣やぞ」
そんな通信の数秒後、先程よりも大きな爆発音が演習場内に響き渡った。誰も居ない通路をひた走り、現場に着いた頃には本獣の無惨な残骸のみが残されていた。
「……オペレーションルーム、亜白、保科、堤現着」
一応管制室へ報告を入れるものの、そこに彼らが対処すべき怪獣は残されていなかった。
「どんな倒し方したらこんな風になるんや……」
「……」
一点に集中して超高火力がぶち込まれた事で、脚などの部位がその場に残ったまま、その他の器官は粉微塵に吹き飛んでいた。本当の戦闘内容を知るものは誰一人居ない。
「亜白隊長!保科副隊長!堤副隊長!受験者は見当たりません!」
「!」
ミナと保科の脳内に過ぎる最悪の想定。しかし、それを払拭する通信が直ぐに彼らの元へ届いた。
『第6シェルターに新たに3名の受験者が保護された模様。その中に四ノ宮キコルも含まれるそうです。これで全ての受験者が保護されました』
「了解、引き続き手当を頼む」
「お二人ともどう思いますこの状況。いくら四ノ宮キコルが強いとはいえ流石にこの有様はーー……」
「怪獣が蘇った事といい謎が多い。調査の必要があるな」
「同感。異議なし」
「調査班と処理班の手配を頼む。私達三人は残った余獣を殲滅する」
「了!」
本獣を失った余獣はそれほど再生能力を持ち合わせて居らず、後処理はほんの十数分で終わった。ミナと保科は今日起きた謎多きトラブルの原因について考えを巡らせていたが、ある程度把握しているキョウにとっては、帰った後の雑務と始末書の提出の方が悩みの割合としては多かった。
◇
「合格者の選別は明日改めて行う。今日は業務を終了するように」
「「了」」
その日は入院者も多く、未だ調査をしなければならない事も残っているため、合格者の選別は後回しとなった。保科とキョウにそう言い残したミナは、スタスタと執務室を出ていった。恐らく彼女の事だろう、カフカに労いの言葉でもかけに行ったか。
「キョウ」
「ん?どうした宗ちゃん」
後で俺様子を見に行くかなんて事を考えていたキョウを、保科は鋭い目付きで呼び止めた。普段細目である彼は、少し目を開くだけでかなりの威圧感がある。
「似とると思わんか」
「……三ヶ月前のやつか」
「怪獣8号が現れた日の討伐者不明の怪獣死骸の有様と」
「試験のどさくさに紛れて外部から侵入したか、あるいは」
「……受験者の中に関係する者が居るか」
勘が鋭いな。やはり何年もこの仕事をしていれば、そういった事に関する嗅覚も鋭くなるのだろう。
「まぁここで俺らが考えたところで出せる答えはたかが知れてる。明日以降の調査結果を待って審議するしかねぇな」
「……せやな。ちなみにキョウは何か思う事はあるか?」
「わっかんね」
「それただ考えてないだけちゃうか」
「ありゃ、バレた?」
スパァンという音を立てキョウの頭がはたかれる。ツッコミを入れ満足したのか、保科はそのまま寮の方向へと歩いていった。
(あの調子じゃバレるのも時間の問題だろうが、もう少し防衛隊内での立場を作ってからじゃねぇと直ぐに実験室送りだぞカフカ)
副隊長という権限で何処まで庇うことができるのか、彼にはまだ分からない。それでもやれるだけやってやるという気持ちはある。
先程の宣言通り、カフカが入院している医務室へと足を運ぶ途中、案の定面会してきたであろうミナとすれ違った。
(うわめっちゃ嬉しそうじゃん)
「……なんだ?」
「なんでもないで〜す」
何を言ってもやぶ蛇だろう。下手な口笛を吹きながらやり過ごすと直ぐに病室が見えてきた。
「よっ。おつかれさん」
「キョウ兄!」
「堤副隊長まで……?」
「君は確か市川レノ君か。試験での活躍見させてもらったよ。立場上詳しい事は言えないから勘弁ね」
「は、はい」
隊長と副隊長の連続見舞いによって、一般人であったレノのメンタルはかなり消耗していた。まだ彼らをいじめるつもりは無かったが、このままでは気も休まらないだろう。何度か軽いやり取りを交わしその日は病室を後にした。
◇
「最後に2032番日比野カフカ 不合格」
翌日、会議室では合格者の選別が行われていた。スーツの解放戦力の高さ、試験中の立ち回り、そして非常時に冷静に対処できたかという観点を含め協議している。次々と合格、不合格が決められていく中で、遂にカフカの番がやってきた。
「体力試験最低ランクかつスーツ適正現状0では仕方がないかと、異論はありませんね隊長?」
事実を羅列されればやはり合格するには何もかも足りない。ミナも隊長という立場上、この評価を覆す事は難しい。諦観に似た表情を必死に抑えながら口を開く。
「……異論はなーー」
「ほな僕が取ります」
しかし、これは想定内。
選別が始まる数時間前、保科に呼び出されたキョウは休憩室で秘密裏に口裏を合わせていた。
「恐らく日比野カフカは不合格になる」
「まぁそうだろうな」
「だが怪獣たちが次々蘇る中突如現れたフォルティチュード9.8の反応。十中八九計測器の誤作動やと思うが、同時に不自然にバイタルが消失した奴がおる」
「カフカのことね」
「僕はアイツに何か違和感を感じとる。だから傍においてその違和感の正体を突き止める」
「それなら俺がその役目をーー」
「キョウは日比野カフカと面識があったようやな」
「あぁ、昔馴染みだ」
「私情で正常な判断が鈍ったら困る。これは僕がやる仕事や」
「……わかったわかった、だからそう睨むな」
「別に元からこういう顔ですよ」
自分の手元に置いて庇うという手段が取れなくなった以上、カフカがボロを出さない事をただひたすらに祈るしかない。それでも、彼はその事態を最悪なものとは思っていなかった。
「確かに成績としては平均以下、隊員としては不合格や。けど最終試験の実戦の中では光るものを見せた。何よりお笑い要員として素晴らしい働きを見せた」
「やっぱそれですか!!」
「正隊員に昇格できるか分からんけど、候補生として僕の小隊で鍛え直します」
かなり無理のある説得だったが、保科の人望とミナがその意見に対し異議を唱えなかったこともあり、見事日比野カフカは候補生ながらも念願の防衛隊へ入隊することが叶った。
「では、正隊員27名及び候補生1名を含めた28名を今年度の試験合格者とします」
その言葉で会議は締めくくられる。
そしてその一週間後、防衛隊基地内で合格者の入隊式が執り行われていた。
「入隊証書授与、合格者代表首席四ノ宮キコル」
「はい!」
「本日をもって君たち27名を防衛隊員に任命する!」
「27名を代表して、命を懸けて戦うことを宣誓します!」
「君には試験後の事件でも助けられた。おかげで被害者を出さずに済んだ。感謝する」
「……」
その言葉にキコルはあからさまに不満そうな表情を見せた。しかし、それを咎めるものは居ない。そもそも壇上に立っているミナと保科、そしてキョウは、あの怪獣を斃したのはキコルではないことを理解しているからだ。
他人の成果を自らのものとして表彰される屈辱は、完璧主義の彼女にとってはあまりにも耐え難いものである。それにカフカの人の良さを感じ取っていた他の合格者も、この場に彼の姿が無いことを少なからず残念に思っていた。
「と、途中参加で失礼しまーす」
そんな空気を図らずともぶち壊したのは日比野カフカ本人であった。そそくさと会場に入ってくる姿は小物感に溢れており、思わず笑いそうになったがギリギリ堪える。
「彼は候補生としての入隊なので、隊員任命式からは外れてもらった」
「それでは全員揃ったところで亜白隊長から一言」
「諸君」
カフカの候補生としての合格という番狂わせもありザワついていた空気が一気に締まる。
「怪獣の発生件数フォルティチュード、共に例年の平均を大きく上回っている中、死んだ怪獣が蘇るという怪事件も起きている。死と隣り合わせの危険な討伐が続くだろう、最初の任務で死ぬ者も居るかもしれない、命の保証など微塵もない」
「それでも、命を貸してほしい。私はその一番先頭で君たちの鉾となり盾となることを誓おう」
十数年、夢にまでみた光景が目の前に広がっている。カフカがようやく約束を果たすための第一歩を踏み出すことを許された。それに彼女の心に響く演説。キョウは思わず目頭が熱くなってしまう。
(きっとアイツも俺と同じように……あ、あいつまさか)
「ミナ」
演説が終わり静まり返った会場で嫌に響くカフカの声。やめろ、気持ちは分かるが抑えろ。マジでそれは不味い。
「俺もすぐーー……すぐに隣にいくからな……!!」
(あっ……スーッ)
「なんじゃこいつ!?やべぇぞ!?」
「あ、亜白隊長を呼び捨てに!?」
カフカの発言は、防衛隊を志す者の中では、あまりに無礼で傲慢で、面白過ぎるものだった。
「カフ……日比野カフカ。無許可の私語、上官の呼び捨て合わせて腕立て100回だ」
「思わず口に出ちまったぁぁ!!!」
「以上」
(ミナちゃんよぉ、カフカに大半の責任があるとは言え任命式を私物化するのはよくないよぉ……)
昔の感覚で同じように物を言うカフカも、思わずカフカのことを呼び捨てにしようとしたミナもキョウから見れば大概であった。笑いと呆れ、ドン引きに包まれたこのカオス空間を微笑みながら後にするミナ。
(どう収拾つけるんだよこれ)
もう考えるのが面倒になったキョウは、ミナの姿勢を見習って誰にも気付かれないようこっそりとその場を抜け出すことに成功したのであった。
任命式の一件は僕自身も止めとけと心の中で思っていたのを今でも覚えています。感想お待ちしております。