「……やっぱあん時殺しとくべきだったか」
相模原での作戦から一週間。怪獣8号から続いて発表された怪獣9号の捜索は難航していると言わざるを得ない状況だった。実際に遭遇したという事で、普段の仕事プラスアルファで捜索に協力を要請されていたキョウ。自分で蒔いた種とはいえ面倒くさいという感情を隠そうともしていなかった。
「どうかしましたか堤副隊長」
「いんや別に」
外回りの途中で入ったラーメン屋でも、古いテレビから流れるニュースは怪獣に関するもの一色だった。辛うじて混乱は避けられているものの、徐々に増加する怪獣災害によっていつ何が起こるか分からない。
怪獣8号は無害と考えていい。むしろアイツなら防衛隊の大きな力として役立ってくれると確信している。ただ現状どんな力なのかという理解が圧倒的に足りていない。正体不明の力を使い続けるというリスクは、時に想像もしていなかったデメリットをもたらす。
「?わりぃ通信が入った。先出てるぞ」
「は、はい」
「ごっそさーん」
「あいよー」
残っていた麺を一瞬で腹に詰め込み、共に行動していた隊員に断りを入れて店の外に出る。
「こちら堤」
「保科や。今どこにおる?」
「後輩とラーメン啜ってた」
「日比野カフカについて話がある。ヒトハチマルマルに会議室で集合や」
「りょー」
このタイミングで保科からの連絡。その内容は二つに一つ。カフカの正隊員昇格に関して、もしくは怪獣8号について勘づかれたか。もしもアイツの不利益になるような内容ならば副隊長という立場をフルに利用して庇う準備は出来ている。最悪のケースは避けられるだろう。
(頼むから良い報告であってくれよ)
◇
午後六時。頭の中に各方面に対する様々な言い訳を浮かばせながら会議室の前に立つキョウ。ノックを3回、保科の入れという声に従い入室する。
「おー来たか」
「……あれ?宗ちゃんだけか」
「なんや寂しいんか」
「拍子抜けしただけだ」
そこに居たのは保科ただ一人。ひとまず大事にはならなさそうで胸を撫で下ろす。
「早速本題や。日比野カフカを正式に防衛隊として迎え入れようと思う」
「そうか」
「えらい淡白やな、キョウならもっと喜ぶ思ったんやけど」
「アイツならそれくらいやるって考えてただけだ。それよりもまだ戦力としては心許ない、むしろここからだろ」
「現実的な分析やな」
否。この男、内心めっちゃ喜んでいた。表情筋を無理やり押さえ込みながら、心の中では盛大にガッツポーズをしていた。
「用件はそれだけか」
「いや、話はまだ終わってない」
「……なに?」
保科はゆっくりとキョウに歩み寄り、耳打ちをする。
「……おいおいマジかよ」
追加で伝えられていた情報に思わず目を見開いてしまった。まさか、そんな事が有り得るのか。
その後、基地内でフラフラとした足取りで何かをぶつぶつと呟くキョウが目撃されたとかされてないとか。
◇
場所はとある料亭の一角。約30人の大所帯が詰め込まれたその和室は、普段は個室として使われており室内の装飾品から高級感が溢れていた。
「退院おめでとー!!」
主役の古橋、市川が最後に揃った所で、この会の趣旨が発表された。本来なら初任務の慰労会という形で毎年行われるのだが、異例の高難易度任務に加え入院する者が居た想定外の被害があったためこのような会になったのである。
「それじゃあ始めてくださーー」
「A6ランク黒毛和牛霜降りコースお待ち!!」
「ええぇぇぇえ!?A6!?あるの!?」
※ありません
そして運ばれてくる最高級の肉、肉、肉。ボロボロになった身体は、本能的にその上質な脂質とタンパク質を求めて次々に群がって行く。
そう、これこそがキョウを驚かせていた情報の真相だった。慰労会の幹事を任されていた出雲は、対怪獣兵器の国内最大手出雲テックスの御曹司なのである。特にこれといった趣味もなく、任務に明け暮れているキョウにとって食というものはかなり重きを置いているものであった。決められた栄養素を取り、健康を第一に考えていた彼にとって、テーブルに並べられる暴力的なまでの霜降り肉は今までにないご馳走だった。
「という訳で、初任務ご苦労やった。同期まとまっての非番なんてそうそうない機会やから大いに楽しんでくれ。乾杯!」
「かんぱぁい!!」
誰よりも大きな声で返事をしたキョウは次々に肉や野菜を腹に詰め込んでいく。今日くらいは良いだろうと、普段飲まないビールもガブガブと飲み干している。
「そんながっつかんでもええやん。普段何食べとるん?」
「鶏胸肉とブロッコリー中心に栄養が偏らないように神経すり減らしながら生活してるからな。偶に食べるラーメンや焼肉が俺の人生の楽しみなんだよ」
「金ならあるんやから栄養士でも雇ったらええやん」
「俺は自炊派なんだよ」
「彼女とか作らへんの?そろそろ結婚考え始める歳やろ」
「今日はえらいぐいぐい来るなお前……。前も言ったろ、今はそういうの考えてない」
アルコールが入ったことによって饒舌になった保科による口撃が降りかかるも、のらりくらりとそれをかわし続ける。いつ死んでもおかしくない仕事柄、好意を向けられることはあってもそれに応えた事は今のところ無い。中ノ島からのアピールが激しくなってきたことがココ最近の悩みの一つでもある。
「こんな楽しそうなみんな初めて見ました」
そんな二人に独り言半分で話しかけてきたのは市川レノ。
「こんな場を設けて頂きありがとうございます」
「「甘いなレノ」」
「?」
そう、彼は本当に甘い。
「こっからが本番や」
「え……それって」
「はぁぁあ!?」
保科のセリフを待っていたかのように、隊員の一人が大声を上げた。
「あんたは訓練の時からスタンドプレーが多過ぎるのよ!個人的な感情が前に出過ぎ!」
「あぁ!?そりゃお前にだけは言われたくねぇよ!!」
「私は行動に見合った技術を持ってる時点で話は別ですー!」
「ちょ、喧嘩は」
「お前は我流が過ぎる。基本を疎かにし過ぎじゃないか?」
「お前こそ基本に忠実すぎて連携をとる時にワンテンポ遅れてるの気付いてないのか?」
「こっちも!?」
酒が入ったためか徐々にヒートアップした空気により、隊員達による言い合いが始まった。ついにカフカまでダル絡みし始めた所でレノも気付いたようだ。
全員が任務について話していることに。
今まで同期が揃って会話する機会は少なく、顔を合わせる場面と言えば訓練の時がほとんどだろう。そんな中で今まで言えなかった事や言いたかった事、任務を経験した事で自分に足りなかった物が明確化された事で図らずともミーティングのような形になっているのである。
「毎年やってるが飽きねぇなこの会は」
「堤副隊長、そろそろ止めた方がいいんじゃ……」
「まぁもうちょい待っとけ。それにそういうのは俺の仕事じゃねぇからよ」
「さてと」
これ以上やると店側の迷惑になりかねない絶妙なタイミングで保科は立ち上がる。
「はい静まれー。ほな、そろそろアレ発表しよか」
「ん?アレ?」
「カフカ」
カフカのそばにゆっくりと歩み寄った保科は、今日の本題その二を伝えるため少しだけ溜めて言葉を紡ぐ。
「作戦中のお前の発見で被害が大幅に抑えられたことが評価されーー」
「正隊員昇格や」
喜びや驚き、安堵など様々な感情が部屋一帯に充満する。
「今日内定が出た。正式なお達しは後日やが改めて」
「防衛隊第3部隊へようこそ」
「っ!!よっしゃぁぁぁあ!!!!」
ようやく今までの苦労が報われたカフカ。隊員の全員から口々に祝われ、遂に胴上げが始まる。
冷めやまぬ熱を帯びたまま、夜は深まる。
◇
「おう、カフカ。正隊員昇格おめでとさん」
「キョ……!堤副隊長!」
キョウと廊下でばったり出くわしたカフカ。つい昔のように呼んでしまいそうになったのを、軽く笑いながら許された。
「なんだミナちゃんの奴にドヤされたか?今なら監視の目もないし俺の前では気にすんなよ」
「……やっと、スタートラインに立てたよ」
「特別な力があるとはいえそれを表立って使うことも許されず、スーツの解放戦力は未だ一桁。だいぶハードモードだぞ?」
「それでも俺は、ミナの隣に立つって決めたんだ。絶対にやり抜いて見せるよ」
「……頑張れよカフカ」
「おう!」
「あ、それと上官へのタメ口で腕立て50回ね」
「はァ!?さっきは気にしなくていいって!?」
「気にしなくていいとは言ったけど罰を与えないとは言ってないからね」
「ぐぬぬぬ……!」
「俺が稽古をつけてやりたい気持ちもあるが、ちょっと本部に用事があるから何かあったら保科を頼ってやれ」
「……ミナも言ってたけど怪獣8号についてか?」
「それもあるが別件で呼ばれてる。保科も薄々勘づきはじめてるから気をつけろよ」
「……了」
ようやく正隊員になれたのだ。あともう少し、数ヶ月でいい。実績を作ってくれれば兵器や実験の被検体として使い潰される未来は無くせる筈だ。実力主義の防衛隊なら後はどうとでもなる。
キョウは無神論者だが、この時ばかりは祈らずには居られなかった。たとえその祈りが十数時間後には無駄になろうとも。
◇
「堤副隊長、入ります」
「入れ」
8号、そして9号に関する報告を終え、もう一つの用件を済ませるためキョウは室内演習場の一角に足を運んでいた。
そこで待っていた予想外の人物に思わず目を見開く。
「これはこれは、長官自ら来て下さるとは」
「来る必要があると判断した故来たまでだ。無駄口は慎め」
「了」
日本防衛隊長官、四ノ宮功。第一線を退いた後長官といポストに座っているこの男だが、ピリピリと肌を刺すような存在感は未だ健在である。
「では、本題に入らせて頂きます」
キョウの軽口により急転直下した四ノ宮の機嫌をこれ以上損ねないようできる限りはっきりと発言した技術者は、手元のコンソールを操作し中央に置かれたコンテナを解錠する。
「研究中に怪獣7号を素体とする兵器の性質が変化。それにより改めて適合者の選別を行ったところ、堤副隊長が選ばれる運びとなりました」
「大丈夫なんですかソレ」
「それを確かめるために貴様を呼んだのだろうが」
ゆっくりと開かれたコンテナの中にあったのは、銃と刀が一体化したような兵器。
「今までどの様な武器種にも適合しなかった怪獣7号ですが、技術者の思いつきにより作られたこのガンブレードに唯一適合しました。極めて特殊な兵器な上、使い勝手も悪いため使用には相当の腕が必要と予測され、その結果堤副隊長が選ばれたのです」
「最終調整の為、今からここで使用して頂きます」
もう日も落ち、大量の照明に照らされる大人達。その視線が集中していたのは、中央に立つキョウ。使用許可が下りる通信を聞き、ゆっくりとガンブレードへと手を伸ばす。
〝アナタガワタシヲツカウノデスカ〟
「っ!?」
触れた瞬間、脳内に流れ込んでくる意志の濁流に思わず手を離しそうになる。
「どうかしましたか!?」
「……狂ったと思われるのは癪だが、正直に言っておかねぇとな。コイツに触った途端、恐らく7号の意思だろうか、声が聞こえた」
「声……ですか」
「あぁ、お前が俺を使うのかと」
「っ!精神汚染の可能性があります、直ちに中止をーー」
「構わん、続けろ」
〝アナタハ、ワタシヲマンゾクサセテクレマスカ〟
もう一度、先程よりも明確にその声が脳内に響く。満足させてくれるか、その言葉の意図をはっきりとは理解できなかったが、事前に読んでいた報告書からある程度の事は察することができた。
「……てめぇが何を考えているかは知らねぇが、まぁ退屈はさせねぇよ」
〝……イイデショウ〟
キョウの返事に納得したのか、その力を明け渡すことを許すかのように全身に力が漲る。
「どうやら上手くいったみたいだよ」
「……バイタル安定、異常は見られません。ドライバー及び怪獣7号細胞との同調オールクリア。OS2007、起動完了」
「ならば次だ、時間は限られている」
その場にいた技術職の隊員は素早く管制室へと退避していく。しかし、本来それに追従して戻るべき四ノ宮は両腕を組みまったく動こうとしない。
「四ノ宮長官も下がった方がよろしいのでは?」
「誰に言っている」
「いやでもこれから怪獣解き放たれますし」
「何度も言わせるな」
「……了」
数分後、演習場に響き渡るアナウンス。それと同時に最奥に位置する扉が開かれ、捕獲されていた本獣が姿を現す。それはこちらの存在を確認するや否や、猛スピードで突進を開始した。
「曲がりなりにも本獣クラスだ。気を抜いて怪我でもしたら報告書じゃ済まさんぞ」
「了!っ!?」
脅しともとれる四ノ宮の言葉に、キョウはその場から飛び出した刹那、異変を感じ取った。たった一歩踏み出しただけでかなりの距離を移動しているのだ。まだスーツの力を40%程しか解放していないにも関わらず、手に持った兵器による力なのか普段とは比べ物にならない程の力が発揮されていた。
(こりゃ気を抜いたら一瞬で終わらせちまうな)
キョウ本人も、性能テストであるという認識を捨てていなかったためどうにか能力を抑えようと努力していた。しかし、スーツの解放戦力を20%まで落とし調節しようとするも、ガンソードから伝わってくる力の奔流がより一層勢いを増す。まるでもっと力を出せと言わんばかりに、抑えれば抑えるほど抵抗が強くなっていく。
「まずは手始めにーー」
気付けば目と鼻の先まで接近していた怪獣に向かって、ガンソード切っ先を突きつけ引き金を引く。
「……とんだじゃじゃ馬を掴まされたもんだ」
ほんのジャブ。そんなつもりで放った弾丸は怪獣の頭から胴体にかけて約半分を削り取り、特殊素材で覆われていた演習場の床に巨大な穴を作り出していた。
「フン、及第点だな。出力を抑え切れていない以上使いこなせているとは言えないが、現状コレを使えるのはお前だけだ。早急に使えるようになれ」
「……了」
当然の評価だった。特に強力な識別怪獣を素材として使っている以上、どんなデメリットが出るか分からない。怪獣に精神を支配されようものなら頼りになる味方から一瞬で強大な敵へと変貌してしまう。厄介な兵器を押し付けられたと思ったであろうが、防衛隊内で厄介者扱いされている彼とはお似合いだろう。
「それでは今日のテストは完了です、お疲れ様でしーーえ?」
「どうした」
「た、立川基地より緊急通信!基地敷地上空に数十体の怪獣が出現!!」
「なんだと……?」
ようやく終わって帰れると思った矢先、管制室から切羽詰まった声色で内容が告げられる。
「四ノ宮長官」
「堤は亜白隊長と合流し速やかに対処に迎え」
「状況を鑑みてその兵装の使用許可も出しておく。急げ」
「了」
手渡されたばかりのガンソードを腰に携え急いで本部から出ると、そこには既にミナが戦闘準備を整え待機していた。
「状況は」
「フォルティチュード8.3の人型が一体、怪獣10号と呼称。6以上の翼竜型怪獣を従えて基地を襲撃している」
「人型なら保科の得意分野だろうが……」
「あぁ、嫌な予感がする」
護送車の性能で出せる最高速度を維持しつつ、基地に向かって行く二人。
「……間に合ってくれよ」
その言葉の真意を知るものは、それを発したキョウのみであった。
アニメに追いつきそうなので遂にネタバレ注意のタグをつけるときが近付いてきたか。