基地に近付いている間にも、現場の状況は刻一刻と悪くなって行く。一度は討伐したと思われた怪獣10号が復活し、更には翼竜型の自爆特攻による攻撃が加わった事で保科は戦闘不能寸前らしい。
自分が留守の間に基地を襲撃されたことに対しミナは、
「……」
冷静に現状を把握し、自らのやるべきことを。
「……」
否、バチギレている。
キョウの対面に鎮座する亜白ミナ隊長は、一見すると目を閉じたまま集中しているように見える。しかし、その内情は全く異なるものだった。彼女の一番弟子とも言えるような保科が手痛くやられ、部下である隊員を傷付けられ、そしてあのカフカが居る基地を攻撃されたこと、そしてその場に自分が居ないことに対してふつふつと怒りを滲ませていた。
「少し落ち着きなよ」
「私は落ち着いている」
「だったらもうちょっと殺気抑えてくれません?運転手の子が可哀想でしょ」
「……すまない」
気配で分かるのだ。この護送車を運転している隊員は、今から向かう戦地よりも数メートル後ろに載せている隊長の殺気の方が遥かに怖いと思っていると。しかし腐っても防衛隊、強烈な殺気に当てられようとも運転の腕が鈍ることは無い。避難が完了したとはいえ障害物が残る道路を最短最速で進むことが出来ている。
『間もなく到着します!』
「「了」」
基地手前で護送車が止まり、ドアが開くと同時にスーツの戦力を全開放し飛び出していく。あちらこちらで火の手が上がっているが、まだ隊員の死体は見えない。奇跡的に負傷者で済んでいるのか、もしくは形もなく消し飛ばされたか。そんなことが頭に過ぎるが直ぐに振り払って目標へと直進する。
「ミナちゃん!」
「分かってる!」
遠くに見えた赤褐色の人型怪獣、その手の中に今にも潰されそうな保科の姿が見えた。キョウではこの距離は届かない、しかしミナならば話は別だ。
『皆、よく耐えてくれた』
オープンチャンネルで話したミナの声は、オペレーションルーム含めた全隊員の耳にはっきりと届いた。次の瞬間、怪獣10号の左半身が弾け飛ぶ。
『小此木、緊急により申請省略』
「同じく」
『はい!』
『消し飛ばすぞ』
次弾装填、即射撃。翼竜型の攻撃を避け、更にもう一発。その攻撃に対し既に対応しつつある怪獣10号。核がある背中側を狙った弾丸は、その弾道を見切り軌道を逸らしている。
「大丈夫か保科」
「問題ない」
「にしてもえげつない再生速度だな」
「せやから、もうひと無茶すんで」
「……」
肩を貸していたキョウだったが、その言葉を聞いて保科
を離す。既に限界が近い身体に鞭を打ち、それでもなお隊長の道を切り拓くという決意を忘れていない。そんな保科を止める野暮な人間は居なかった。
「死んだら殺すぞ」
「阿呆か」
左右同時に怪獣10号へと突っ込んで行く。瓦礫の山と、翼竜型の突進を掻い潜り足元まで行き、甲殻の間を狙いガンブレードを突き立てる。そのまま引き金を引けば、体内に侵入した銃口から莫大なエネルギーが放出され左脚を破壊する。
バランスを崩した怪獣に追い討ちをかける保科だったが、満身創痍の身体では普段の出力が出せない。そんな彼に助太刀したのは四ノ宮キコル。彼女の攻撃は破壊力はあるものの硬い甲殻を傷付けるには鋭さが足りない。
「かまわん!続けろ四ノ宮!!」
即興だが連携もとれている。キョウは再生を遅らせるために出来るだけ細かく、荒く怪獣を刻み、保科や他の隊員に攻撃が及ばないよう腕も銃によって牽制。ミナの射線と被らないよう位置取りを考えつつ機動力と攻撃力を剥いでいく。
『核露出!!弾倉残り1発です!!』
両膝をついた怪獣10号の背中に何発目かの弾丸が着弾し、遂に怪獣の核が晒される。
『ありがとう保科、お前が副官で本当に良かった』
最後の一発。ありったけのエネルギーが収束しているのが感じられる。
『今度は私が射抜く番だ』
地上へと戻ったキョウは、役目を終えた保科を再度支え怪獣10号に向き直る。
「あれがここの隊長や。さっき言うたやろ?」
笑みを浮かべ、もう一度言う。
「お前喧嘩売る相手間違うたで」
「オォオォォオオオ!!!」
恐らく怒りの咆哮か、一際大きな声を上げた怪獣だったが、その続きを発することは許されない。まるで今までの鬱憤を晴らすかのように、ミナの放った最後の弾丸は核と共に怪獣の半分を削り取った。
巨体が、地に沈む。
『あ、亜白隊長、保科副隊長、堤副隊長、四ノ宮隊員』
『本獣撃破!!』
ウォォォォオォオオ!!!!
憧れの亜白隊長の本気、保科副隊長の底力、堤副隊長の流麗さ、そして新人隊員である四ノ宮隊員の見せた根性。その全てに敬意を込めた勝鬨が基地のあちこちから聞こえてくる。
討伐の立役者四人が集まり敬礼をした頃に、ようやくその声も収まりつつあった。
「ほな僕らと隊長は余獣の殲滅にかかるから、お前は休め」
「「いやお前も休め」」
許容限界をとうに超え、歩くのも辛そうな様子の保科に思わずツッコミを入れる二人。
「仮に余獣の討ち漏らしと遭遇しても今のお前じゃ戦えんだろう」
「スーツもダメになってんだから大人しくしとけ」
「確かに足でまといか……しゃーないここはお言葉に甘えて休ませてもらうとしますかーー」
「「「「っ!?」」」」
「な」
「何よあれ!?」
ふと振り返った保科に合わせ目線を上空に向けると、そこには空一帯を覆い隠すほどの肉塊が形成されていた。
『超巨大余獣爆弾!?』
「総員退避!!小此木!83番ゲートに弾倉をーー」
「ダメだ間に合わねぇ!俺が行く!」
すぐ様スーツの戦力を解放しガンソードを手に取るが、力が全く感じられない。
「は?」
〝ソレデハオモシロクナイ〟
「巫山戯たこと言ってんじゃねぇぞ!?」
〝ドレダケサケボウガ、ワタシノカンガエハカワラナイ〟
「黙って力を貸せ!おい!?」
ふと脳内に流れる意思は、戦うこと自体を拒絶していた。面白くないという曖昧な理由で断られた事に苛立ちを隠せないキョウ。
(不味い、このままじゃーー)
「人間」
焦燥にかられる我々を嘲笑うかのような声色で話しかける怪獣10号。
「この勝負、引き分けだな」
全て計画の内か、最後の咆哮も恐らくただの断末魔では無かったのだろう。兵器の力が使えなくとも、まだやれる事はある筈だ。何か、何か行動に移さなければと考えているさなか、視界の端を走り去っていく人影に気付く。
「カフカ……!?」
「っ!?おいよせカフカァ!!」
「せや戻れ!お前が行ってもどうにもなら……!?」
戦場を走り抜けるカフカの速度は、スーツの解放戦力1%という数字では到底説明できないスピードだった。保科の疑念は確信に、事情を知るものは諦観をそれぞれ抱いていた。
すみません……保科副隊長、ごめん……キョウ兄
この距離からは聞こえるはずの無いカフカの声が、キョウには聞こえた気がした。
上空へと大きく跳躍したカフカは、雷鳴のような轟音と共にその隠された姿を解放した。
『基地中央部に超巨大怪獣反応!!フォルティチュード9.8!?……この反応ーー』
防衛隊の危機に、恐らく後のことなど考えていないのだろう。
『怪獣8号です!!』
髑髏面の人型怪獣が防衛隊基地のド真ん中にその姿を晒す。
「バッ!?馬鹿野郎……」
この場にいる全員が目撃した。それにそこら中に飛び回っている観測ドローンに映像でも記録された。もう隠し通すことは出来ない。見守ると、協力すると決めたのに、肝心な時に行動出来なかった己をキョウは激しく責めた。
「!?」
地面を踏みしめただけで一帯にヒビが入り、そのまま跳躍した怪獣8号は、僅か一振の右ストレートで余獣爆弾を遥か上空へと吹き飛ばす。
「は?」
足元に転がる10号の頭から、理解出来ないと言わんばかりの反応が帰ってくるが生憎それどころでは無い。
着地した8号に構うことなく、ミナは即座に指示を飛ばす。
「総員!!その場に伏せてシールド全開だ!!!」
最低限の言葉で、最大の指示を。
その数秒後、8号の攻撃によって大きくひしゃげた余獣爆弾は、遥か上空で爆発したにもかかわらずその衝撃波を余すことなく地上へと届かせる。そんな中でも、カフカは逃げ遅れた隊員の壁となりその衝撃を一身に浴びながら直立不動を貫いていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。破壊の奔流が収まり、辺りが静けさに支配される中、一人の足音だけが嫌に鮮明に聞こえる。
「日比野カフカ……いや、怪獣8号」
こんなに悲しい対峙が今まであっただろうか。
「身柄を拘束する」
そう告げられた怪獣8号は、その場にただ静かに佇んでいる。
割れた外殻から覗く瞳は、あまりにもーー。
◇
「まさか防衛隊内に怪獣が紛れ込んでいたとはな」
「しかも大怪獣クラスだ、早急に対処せねばなるまい」
「マスコミへの公表は?」
「9号の時同様避けるべきだろうな。某国では人体に怪獣組織を移植する研究が始まっているとも聞く、黙ってはおらんだろう」
「直ぐに内々で処理し、兵器転用するべきでしょう」
「その前に生体兵器としての運用を視野に入れてみるべきでは?」
怪獣8号の正体が防衛隊員であったという事実を受け、本部では各ポストの長と名を持つ者たちが会議を行っていた。怪獣を敵として長年戦ってきた者たちは、この事態を重く受け取りその対処を素早く的確に行うことを第一に考えている。一隊員である日比野カフカという名前はそこにはなく、ただ敵対生物である怪獣、もしくは研究対象としか見られていなかった。
「机上で語っても仕方あるまい、処置は収容した後だ」
一向に進まない話し合いに、遂に長官が口を出す。
「第3部隊に対し、怪獣8号の受け渡しを命ずる」
その声を皮切りに全員が席を立つ。次々と退席していく中、四ノ宮は最後にその腰を上げ扉をくぐる。そしてその先に立っていたのは鼓キョウ。
「……お前にも話がある。怪獣8号と共に基地から移動してこい」
「了」
恐らくあの場で反応が一人可笑しかったことが露見したのだろう。洞察力に長けた保科と勘の鋭い四ノ宮の耳にそれが入れば追求は免れない。
「……」
それ以上は何も言わないし聞かないという意思表示だろうか、一言だけ告げた四ノ宮は最後までキョウ視線を合わせないままつかつかと歩き去って行く。もうここまで来たら下手な言い訳は己の首を絞める結果になるだろう。事実を包み隠さず話すのが得策になってしまうとは、自分の立ち回りの下手さを呪ったのは一度や二度ではないがこの時ほどそう思った事は無いだろう。
◇
『怪獣8号、バイタル安定。変身の兆候もありません』
基地内の一角に備え付けられた拘束室。離反者や素行不良者のための懲罰房の意味を兼ね備えたその部屋は、設置から今まで殆ど使われた事がなかった。しかし、今ではその部屋の中心に備え付けられた物々しい拘束椅子にカフカは縛り付けられている。心電図を現すモニターから流れる音と、時折報告をする隊員の声以外は何も聞こえない。その空気は地獄としか言えないものである。
「……」
拘束されたまま項垂れているカフカをじっと睨みつける保科。その視線は今まで裏切っていた事による恨みが篭っているのか、それともそれに気付けなかった己に対する怒りか。それを知るものは居ない。隣に立つキョウも表情を崩さない。
拘束からもうそろそろ半日。恐らく何も無い部屋に縛り付けられている当人は丸一日ほどに感じているだろうか。
「時間だ」
重々しい音と共に隔壁が開かれ、亜白隊長が入室してくる。
「これよりお前を、本部施設へ移送する」
「ミ……」
「……」
思わず声を漏らしたカフカに対し、ミナは目線も合わせず淡々と移送の準備を進める。防護マスクをした隊員も、恐らく同じ部隊に居た者だ。数時間前まで隣に立ち共に戦っていた人間に銃を突きつけられながら廊下を歩くカフカは、ずっと俯いたまま地面を見つめている。
長い廊下を抜け、外界の光が射し込むその先には、護送車への道を作る第3部隊の面々が立っていた。
「同行する警備部隊、準備完了しています」
中ノ島による報告を首肯で受け取ったミナは、そのまま真っ直ぐ護送車へと歩く。かつての仲間に見られながら進む数メートルは、先程の長い廊下よりも数倍の距離に感じただろう。
「先輩」
それも遂に終わりに近付き、護送車に向けて最後の一歩を踏み出した瞬間、カフカに向かって投げかけられる言葉。
「戻ってくるって、信じてますから」
「え?」
その返事を待つこと無く、護送車の扉は固く閉ざされる。ガチガチと施錠される音が響く中、それを残された第3部隊全員が見守る。
「全員、敬礼!!」
エンジンが始動し、護送車と共に警備部隊を載せた車が発進すると同時に保科が号令をかける。それに合わせ、待機していた隊員も全力で敬礼をした。
「……保科副隊長。一体なんの真似だね」
「亜白隊長と、堤副隊長に向けての敬礼です」
「……そうだな。怪獣に対して敬礼など、あってはならん事だ」
その光景を見ていた上司は、保科の凶行を咎めることは無かった。
◇
「市ーー……」
最後にかけられた言葉の意味が分からず、護送車の中で立ち尽くすカフカ。
「市川のヤツめ、無許可の私語で腕立て50回だな」
「遂にあいつも俺らの仲間入りか」
「ミナ、キョウ兄」
カフカの無言の問いかけに答えるように、ミナとキョウは口を開いた。
「ここは監視も記録も残らない、私たち三人だけだ……。迷わず走って基地を救ってくれた時、怪獣の姿に驚いたけど、同時に思った」
「あぁ、そうだな」
「「カフカくん(おまえ)らしいなって」」
「今君の有利な証言や映像を集めてる。人間であると証明出来れば処分を避けられるかもしれない。隊員としての働きもまとめて報告するつもりだ」
その時、カフカは初めてミナ、キョウと目線を合わせる。
「第3部隊に君を怪獣だと思ってる奴なんて一人も居ないよ」
「っ!」
今までカフカは、全員から恨まれていると思っていた。裏切っていた自分を許せなかった。自分の夢が本当に終わってしまったのだと思っていた。
しかし、そうでは無かったのだ。今まで積み上げてきた関係や、努力の証はしっかりと第3部隊の心に刻み込まれている。誰もカフカを責める者など居なかったのだ。
「時間だ、座れ」
口調を隊長という立場のものに戻し、再度声をかけるミナ。
「日比野カフカ。防衛隊規則第13条に基づき、これよりお前を有明りんかい基地へ移送する。道中市民に危害が及ーー」
「ミナ」
事務的な告知事項を述べているミナに、カフカは改めて自分の口で問いかけた。
「俺はまだ、お前の隣、目指して良いのかな」
「……」
数秒。沈黙が続いた後、ミナは長らく付き合ってきた二人にしか分からないほど僅かな笑みを浮かべ答える。
「うん。ずっと待ってる」
「……っ!!」
これからどうなるのか誰にも分からない。隊長、副隊長とはいえ口出しできる内容は限られているし、最終決定を下すのは長官だ。それが決まっている以上全て丸く収まる可能性は決して高くは無い。それでも、まだ道が途絶えていないという事実だけで、カフカがその心に火を灯すには十分すぎるほどの勇気を与えられていた。
「あとキョウ君」
「ん?」
「カフカ君の事、黙っていたことについて後で詳しく聞かせてもらうから」
「……りょう」
手をつける前から書かなければならない報告書が山のように積み上がっていく様を幻視したキョウは、諦めの境地に達したかのような声色で返事をするので精一杯だった。
肝心な時に言う事を聞かない武器好き好き大好き。感想お待ちしております。