カフカが東京都江南区にある防衛隊有明りんかい基地の隔壁内に拘束された後、キョウは四ノ宮の呼び出しに応じ長官の待つ執務室へと足を運んでいた。今から自分の起こす行動一つで、カフカの命と今後の人生全てを左右するという事実を受け止めつつ、何故か旧友に会いに行くかのような気軽さも持ち合わせていた。
「っ!……堤副隊長」
「よせよ。嬢ちゃんも長官に呼び出されたのか?」
「……私は、アイツが他の怪獣と一緒とは思えません。命を救ってもらった恩もあります。パ……四ノ宮長官に直談判しましたが、私の意見など聞き入れて貰えないでしょう」
「……」
「それでも、言わなければならない事は言いました」
昔のように砕けた呼び名を出してもキコルの表情が緩むことは無かった。あくまで誠実に、自分の信念に乗っ取った行動をした迄という強い意志を感じる彼女の表情は、今は亡き母親とそっくりなものであった。
「……そうかい」
「堤副隊長は?」
「さっきも言ったように呼び出しだよ。カフカのこと黙ってたのがバレちゃったみたいで」
「そう、ですか……」
キコルやレノがカフカの怪獣化を知っていたという事実はまだ防衛隊内では広まっていない。今まで隠していたという責任を一人に負わせてしまった負い目からか、ほんの少しだけ表情を曇らせるキコル。
「フッ」
「……?」
思わず伸ばしてしまった手で彼女の頭を撫でる。荒っぽい撫で方と、手のひらから伝わってくる僅かな体温にいつかの記憶が呼び起こされる。
「そんな顔すんなよ嬢ちゃん。俺に任せとけ」
「おじさん……」
「第3部隊副隊長、堤キョウ。入ります」
安心させるような声色から事務的なものに切り替えたキョウは、長官の居る執務室へと入っていった。
◇
「何故隠していた」
「分かりきったこと言わないで下さいよおやっさん」
「……」
自分の娘と入れ替わりで入室してきたキョウの軽口に、四ノ宮は鋭い目付きで睨みつけた。
「今この現状を作り出すため、それが全てです」
「……防衛隊に混乱を招いている今の状況をか?」
「まだるっこしいのは無しでお願いしますよ。何も実績が無い状態で防衛隊にカフカが怪獣であることが露見すれば一瞬で処分されるでしょう。初手で処分されなかったという事実は何よりも価値がある」
「随分と楽観的な考えだな」
第3部隊から送られてきた資料から目を離さないまま四ノ宮はキョウの意見を一蹴する。
「アイツは、防衛隊に居なくてはならない存在です」
「貴様の私情を挟む余地など無い」
「怪獣のせいで奥さんを失ったおやっさんには、その権利があると?」
「……長官としての立場の話だ。いい加減にしろよ小僧」
あまりに無礼で無神経な言葉は、簡単に四ノ宮の琴線に触れた。
「そんな態度を続けてたら娘さんと距離が離れる一方ですよ」
「アレはそんな柔に育てていない。それに完璧である為に優しさなど不要だ」
「俺は、おやっさんから貰った優しさでここまで強くなれました」
「防衛隊に迷惑をかけ続けているお前が私の優しさから生まれたなら、人生における最大の汚点になりかねんな」
「おやっさんは完璧主義で冷酷で容赦ないが、無情じゃないのを俺は知ってる」
「どうやら死にたいらしいな」
「死にませんよ、俺は。アイツらの約束を見届けるまで」
「……」
いつもより口数が増えていた事に気付いた四ノ宮は、怪獣8号の対応する時間が来たことを言い訳に話を切り上げた。
「怪獣8号の隠蔽については後で処分する。覚悟しておけ」
「……おやっさん」
「アイツのこと、よろしくお願いします」
その声に返事は無かった。
四ノ宮功と堤キョウは過去に師弟関係であったことは、防衛隊の中でもごく一部の人間しか知らない。まだキョウが新人だった頃からその実力を買われ、四ノ宮功の元で特別訓練と称したしごきを受け続けていた。今は亡き四ノ宮ヒカリとも交流がありまるで弟のように慕われていたが、そんな関係も彼女の死によって終わりを迎える。
以前から厳格だった四ノ宮功はその完璧主義に拍車をかけ、娘との会話もより一層の淡白なものになって行った。
しかし、キョウは彼の全てが変わってしまったとは思っていない。
未だ怪獣に対する怒りや恨みを持っており、それが今後死ぬまで晴れることは無いだろう。それでも彼は、日本の平和を守る防衛隊としての誇りを持っている。一度志を同じくして入隊した隊員を何も考えず処分する、ましてや弟子の関係者ならば一考の余地くらいは生まれてくる。
そんな確信めいた予感を、キョウは感じずにはいられなかった。
◇
「まさか長官自ら行くとはな」
「重要なことほど自分でやらないと気が済まんのだよあの男は」
隔離施設の上部に位置する管制室では、事の顛末を見守るため何人かの人間が入室を許可されていた。副長官の伊丹は、昔からの性格を思い出しその言葉を告げていた。
「嬢ちゃん」
「……アイツ、大丈夫ですかね」
「少なくともいきなりぶっ殺す事はしないだろうよ」
「……」
『四ノ宮長官……!俺は怪獣じゃありませーー』
『拘束を解除しろ』
「!?」
何とか弁明をしようと口を開いたカフカを一切気にすること無く、四ノ宮は管制室に指示を飛ばす。
「し、しかし!相手は怪獣8号、あまりに危険……」
『誰に言っている』
「っ!!」
決して大声をあげた訳では無い。ただ、その圧力と殺気だけで管制室で応答していた職員を黙らせる。普段前線から離れた位置で仕事をしている彼等にとって、それを向けられた際には生きた心地がしないだろう。
『奴が本当に大怪獣クラスならこんなもの簡単に壊せる。大人しく座っているのは奴の意思でしかない』
『四ノ宮長官!俺は人間ーー……え』
ただ淡々と事実を述べているだけの四ノ宮だが、一切話を聞いてくれなかった他の職員に比べて話せば理解してくれると思ったのだろう。僅かな希望を滲ませたカフカの言葉は、あろう事か数発の弾丸によって遮られた。
「日比野カフカ……!!」
「……」
『いきなり何すんですかーー』
『一つ教えておいてやろう』
怪獣の部分展開により辛うじてその弾丸を防いだカフカに、純粋な身体能力と技術のみで近付いた四ノ宮は、その五指でカフカの脇腹に穴を空けていた。
『生身で弾丸を受け止める生物をこの世界では、人間とは呼ばないのだ。怪獣8号』
そのまま力任せにカフカの身体を引きちぎり、肉片と血液を手に持っていた試験管へと注いでいく。
「パパ……」
突如行われた父親による暴力に、思わず声を漏らすキコル。開始早々不穏な空気を醸し出しているこの邂逅に冷や汗が止まらない。
『……俺は、怪獣8号じゃない……!日比野カフカだ……!』
『……そうか』
「合図だ」
「FS1002、ロック解除。使用許可申請クリア」
脇腹を抉られる壮絶な痛みに悶えながらも、カフカは自分が人間であるということを頑なに主張し続ける。それを聞いた四ノ宮は一言返事をした後に、ゆっくりと腕を上げた。
直後、慌ただしく動き出す管制室。それと同時に四ノ宮の背後に待機していた隊員がアタッシュケースを持って前に出た。
その後僅か数十秒の間に、四ノ宮はガントレット型の兵装を装備し、カフカと対峙する。隆起した筋肉は一線を退いた者のモノとは思えない程の美しさを持っており、見る者全てに威圧感を与え続けている。
『ならばその姿のまま死ぬがいい……怪獣8号の処理を開始する……!!』
瞬時に戦闘態勢に入った四ノ宮に対し、防御姿勢を取りながらもカフカはまだ考え事をしているようだ。
(そんなんじゃ直ぐに……ほら)
保科と戦った時の様に、相手の攻撃を捌きながら人間であるという証明をする。そんな甘いことを考えていたのだろう。あの時とは違って完全変身もしていない状態で、四ノ宮の一撃を喰らえばどうなるかなど想像に難くない。
『ぐっ……ひぁっ……!ぐぁっ……!!』
「カフカ!!」
初撃で防御した片腕を持っていかれたカフカは、空中に打ち上げられ無防備になったところを遠距離攻撃によってモロに追撃されてしまう。轟音と共に施設の天井へ叩きつけられたカフカは、鈍い音と土埃を立てて床へと落下する。
「健在だな、かつて防衛隊史上最強と謳われた男」
『だいぶ怪獣らしくなってきたな』
視界が戻った先に居たのは、顔の上半分を除く全てを怪獣化したカフカだった。僅か二回の攻撃でその状態にさせられてしまった彼に、目標を達成するチャンスなどあるだろうか。
ほぼ全身を怪獣化したことで、続く攻撃を既のところで躱す躱す躱す。
(アイツの狙いはおやっさんの駆動限界まで避け続けることか、それはやめておいた方が良いぞ)
カフカが攻撃を何発かギリギリ避け切った所で、四ノ宮のギアが一段階上がる。
先程まで避けられていた攻撃に当たり、腕が弾け飛んだ傍から再生。しかし攻撃の苛烈さは収まらず、次第に被弾数とその被害が大きくなっていく。
「日比野カフカ……!!っ!堤副隊長!」
「大丈夫だ、黙って見てろ嬢ちゃん」
次々にちぎれ飛ぶ肉体をその都度再生させながら何とか回避を試みるも、遂に追いつかなくなったカフカに対し今までで見せた攻撃より遥かに強い一撃を放つ四ノ宮。
爆音と共に視界が塞がれ、それが回復する頃には完全変身したカフカが四ノ宮の拳を完全に受け止めている姿を現した。
『ようやく姿を現したな怪獣』
「良かった……?」
(何……様子が……?)
『……っ!!』
『グウォォァアォォァァア!!!!』
「なっ!?」
嫌な気配を感じ取ったのも束の間、突如人間とは似ても似つかない雄叫びを上げる怪獣8号。声量もさることながら、同時に放たれた衝撃波によって管制室の強化ガラスにピシピシとヒビが入る。
四ノ宮と少し距離が離れた事でその全貌が明らかになった。自我を持ったカフカが完全変身した時よりも、その身体の大きさは約二倍にまで膨れ上がっている。
〝ノマレマシタネ〟
「っ!?」
〝カレニハモウ、ニンゲントシテノジガハアリマセン〟
突如脳内に流れる声。恐らく怪獣7号のモノであろう。
本来、適切な使用時以外は怪獣を素材として作られた兵器は厳重に保管されなければならない物。しかし、キョウと適合してから兵器自体が収容される事を拒んだこと、そして長官による許可が下りたことを鑑みて、今も尚キョウの腰にそれは鎮座していた。
〝キコエテクルノデス、コロス、カイジュウヲコロスト〟
「今日はやけに話すじゃねぇか」
〝アレホドオモシロソウナモノヲミセラレテ、ダマッテイルワケニハイキマセンカラ〟
「そんじゃ出てきたついでに教えといてやるよ」
〝?〟
「アイツは怪獣なんかにやられるタマじゃねぇよ」
〝……ホウ、ナラバキタイシテミルトシマショウ〟
その言葉を最後に声は止んだ。
「やめて!!あんたは人間でしょ!?日比野カフカ!!!」
先程とは打って変わって、獣のような荒々しさで四ノ宮へと突貫する。腕を変形させ、肘の先からエネルギーを放出し超高速の右ストレートを放つ怪獣8号。喰らったら一溜りもないそんな攻撃だったが、四ノ宮には届かない。フェイントも無く直線的なただ速いだけの攻撃は、傷一つ与えることなく反撃されるはずだった。
『!?』
直後、怪獣8号の上半身が捻れる。それも人間の関節が曲がってはいけない角度で。
バキボキという骨が砕ける生々しい音を発しながら再度繰り出された右ストレートは、四ノ宮の身体を防御の上から床へ叩きつけた。
マウントポジションのまま乱打を続けるが、四ノ宮とて黙ってやられる訳にはいかない。蹴りによって素早く体勢を立て直し、隊式格闘術による反撃を試みる。強かに怪獣8号の胸部を打ち付けた攻撃は、その外殻から内側の核まで破壊しかねない威力を持っていた。
しかし、吹き飛ばされる怪獣8号の胸部にはぽっかりと穴が空いている。
四ノ宮は、身体を囮に背後に飛ばした核から再生した怪獣8号に対して即座に反応。
幾度目かの轟音。
「嘘だろ!?最硬度のシェルターが……」
「に、2層が破損しただけだ!理論上フォルティチュード10.0まで耐えられる!」
「多少の被害は当然だ」
お互いの拳の衝突は、シェルターの隅々までヒビを入れるほどの衝撃を起こす。
「時を超えて、二体の識別怪獣が衝突しているのだからな」
まるで嵐のようなラッシュの応酬。一撃一撃がシェルター全体を揺らす。
「しかし妙だな」
「?」
「殺すなら人間形態の時に初撃で仕留めて置けばよかったのだ。それなのにあの男……あえて8号に負荷をかけて試しているように見える」
「……どういうつもりか知らんがな」
過激ながらも怪獣8号を見定めているかのような戦闘。それは四ノ宮の発した《処理》という言葉からは程遠い。同期である伊丹の目に不自然に映るのは明らかであった。
「いかん、8号の強度が功の想定を超え始めたぞ」
しかし、いくら四ノ宮と怪獣2号の兵器が強力とはいえ、怪獣8号のポテンシャルは徐々にそれを上回りつつあった。方やどれだけ身体を欠損しようと再生する怪獣、方や超絶技巧を持ち合わせている人間。互角で打ち合えば人間が劣勢になるのは当然の結果だ。
「グッ……!?」
距離を取って放ったソニックブームによる遠距離攻撃は2号の姿を幻視するほど強力なものであったが、遂にその必殺攻撃までもが8号によって破られる。制御を完全に失っている8号は、壁や床に四ノ宮を一心不乱に叩きつける。
「怪獣なんかに負けてんじゃないわよ!!バカカフカァ!!」
ボロ雑巾のように壁に寄りかかる四ノ宮、その風前の灯火がかき消される直前。
「!!」
怪獣8号が己の胸部に、その腕を突き立てた。
「俺は……」
ボロボロと崩れるように解除されていく怪獣化。
「俺は怪獣8号じゃない。日比野カフカだ」
その割れた骸骨面から除く瞳には、確かに人間としての意思が灯されていた。
功さんは本当にいいキャラや。本編で描かれなかった内面や、あったかもしれないお茶目な部分を、キャラを崩壊させないよう細心の注意を払って盛り込めたらなと考えています。感想お待ちしております。