セリーヌ視点
私とルフィにぃは、村近くの崖まで歩いて登りながら互いを奮い立たせて、足を震わせながらも一歩一歩崖際へと歩み寄った。
がらがらと小石が崖から海へと滑り落ちていく。
「じゃあ、いくぞ!セリーヌ!」
「うん!ルフィにぃ!行くよ…。」
「「てやああああああ!!!」」
私とルフィにぃは一気に叫んで崖際からジャンプして、飛び降りた。
凄まじい勢いで海面に落下していく。
うっわ!思ったよりたっかい…!
ザッボン!
「ぼげ…!お、およげねえ…!」
私は泳げずにもがいているルフィにぃをまた地面に引き上げて、疲れて地面に倒れ込んだ。
「何やってんだか…。」
そんな私たちの頭上から、聞き慣れた女の子の声が聞こえてきた。
まさに呆れたと言わんばかりの声音で、ため息まで吐いた。
ルフィにぃががばっと起き上がってその少女…ウタに笑顔で言った。
「特訓だ!度胸をつけるためのだぞ。俺はシャンクスに認めてもらうために…。」
「私はじいちゃんみたいな海兵になるために!」
「はぁ〜〜…ほんとに、あんたらお子ちゃまね。」
私はそんなウタに、にやりと笑って言葉を返した。
「とか言っちゃって。何だかんだで心配してくれるから優しいよね、ウタは。」
そうなのだ。私とルフィにぃが海賊と海兵になると言う目標のための特訓をしていると、村にシャンクス達がいる時は大抵ウタが顔を出した。
そしていつも、呆れた声で諭してくるのだった。
ウタはそう私に指摘されると、顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。そしてぶっきらぼうに答えた。
「べっつに?私は二歳あんた達よりお姉さんだから、面倒見てあげてるだけよ。」
そう勝ち誇った顔で宣言するウタに、ルフィにぃが食ってかかった。
「いつお前がおれの面倒見たんだよ!おれがお前のことを世話してやってんだぞ!」
今度はウタがルフィにぃに叫んだ。
「はあ!意味わかんない!」
私がため息をついてポツリと呟いた。
「どっちもどっちじゃない…?」
二人は目敏く私の独り言を聞いて、今度は二人して私に詰め寄った。
「「どこが」だよ!?」
「そういうとこ…。」
私は最初、シャンクス海賊団の一員ということでウタを警戒していたが、杞憂だとここ最近知った。
ウタはあまりにも純粋すぎる。腹芸ができるタイプじゃない。
ルフィにぃとよく勝負と言って遊んでるし…。
何より子供だ。
そう考えると、シャンクス達への警戒も不要かもしれない。自分の子供をわざわざ襲おうとと思っている村に連れてきたりしないだろう。
「じゃあ私がルフィとは違うって教えてあげる!酒場まで競争ね!」
「おし!負けねえぞ!」
二人はそう言い合うと、全力で村へと駆け出して行った。
「よし!なら私も…!」
私も負けじと二人の背中を追って駆け出した。
なんだかんだで、同じ年頃の友達というのは、得難いものだとその時知ったのだ。
夕暮れの酒場は、相変わらずシャンクス達で賑わっていた。店の中央で机を固めて、腕相撲大会をしているようだ。
シャンクスおじさんが、ちょうどベックマンおじさんと勝負しているところだ。
やいのやいのと船員達が囃し立てている。
「やれ!お頭!あんたに今日の肉賭けてんだ!」
「やっちまえベックマン!いけー!」
勝負はなかなか白熱している様子だった。互いに歯を食いしばって組んでいる片手に全神経を集中している。
「頑張れ!シャンクス!」
「負けるな!」
ウタとルフィにぃもジュースのジョッキ片手に熱い声援を送っている。が、勝負は無常にも…
「だーっ!くそ!負けた!少しは手加減しろよ、船長だぞ?」
「悪りぃな船長。酒は貰うぜ。」
ベックマンは叩きつけられた手を痛そうにして恨めしそうにベックマンを見つめるシャンクスおじさんを尻目に、大ジョッキ一杯のビールを一気に飲み干した。
「「「「「おーっ!!!」」」」」」
船員たちはその結果に盛り上がり、歓声を上げた。皆が楽しそうに酒を飲んでいる。負けたシャンクスおじさんもあっけらかんと笑って酒を浴びた。
そしてふらふらと私たち子供が座っているカウンターに足を運んだ。
「何負けてるのよシャンクス!」
「シャンクスに肉賭けてたんだぞ!」
私はベックマンおじさんに掛けていたので、きっちりルフィにぃから骨付きのお肉を回収して頬張っていた。
「お肉美味しいです。」
私たちのそんな様子を見て、シャンクスは笑ってルフィ達に謝った。
「いや、すまんすまん。ベックマンが強くてな。こいつらにジュースのお代わりいいか?」
「はい、どうぞ。」
マキノさんが私たちにりんごのジュースを出してくれた。うん、美味しい。甘酸っぱくて、取れたばかりのリンゴを使ったのがよく分かる。
すると、ルフィにぃがシャンクスに自慢げに胸を張って言った。
「なあなあシャンクス、俺ウタに今日も勝ったんだぞ。俺の方が早くここに着いたんだ!」
「はあ!?私の方が早かったでしょ!一歩分絶対私の方が早かった!ていうか今日もって何!?」
ウタとルフィにぃのいがみ合いに苦笑いすると、シャンクスは小声で私に顔を寄せて問いかけてきた。
「なあセリーヌ。ほんとはどっちが勝ったんだ?」
「同時だったよ。あとは主観の差だと思う。」
そんな私の言葉に、感心したようにシャンクスは呟いた。
「お前難しい言葉知ってるんだな。セリーヌの方が二人より大人っぽいんじゃないか?」
「えへへ…本で読んだから。」
私が褒め言葉に嬉しくて思わず顔を緩める。
すると、ウタとルフィがピクリと動きを止めて、シャンクスに詰め寄った。
「私の方が二歳年上だぞ!シャンクス!」
「おれの妹よりおれの方が大人っぽいに決まってるだろ!」
「「よし!勝負だ!セリーヌ!」」
…何でこうなるかなあ。
「「チキンレース!!」」
私はルフィにぃとウタに外まで無理やり引き摺られて、骨付きチキンの山盛りの3つの皿の乗ったテーブルの前に座らされた。両隣にはウタとルフィにいが居るので逃げ出せない。
そして、背後の数メートル先には…
「グルルルル………」
大柄のしろい犬が控えている。肉を食べたくて涎をダラダラ垂れ流して、じっと座っている。いつこちらに走ってくるか…。
「ルールは知ってるよね?」
「二人の勝負散々見てきたからね‥。」
私は青くなりながらウタの問いかけに答える。この勝負は、ルフィにぃとウタの間では定番だった。
チキンを早食いして、先に走りくる犬から逃げおおせた方が勝ち。
私は嫌だったので参加してなかったけど、今日はなし崩し的に巻き込まれてしまった。
どうしよう…。
「よし!じゃあ始めるぞ!」
「え!?その…ちょ…。」
震えている私の様子を見かねたのか、綺麗な黒髪をはためかせながらマキノさんが店から走って出てきた。
「ちょっと!危ないわよ!」
シャンクスおじさんも出てきて、嗜めるように呟いた。
「無理やり巻き込むのはよくないぞ、二人とも。」
が、ウタとルフィにぃの耳には届かなかったようだ。
「よーい…。」
「「3 2 1!!」」
一斉にウタとルフィにぃが骨付き肉を手に取って頬張り始めた。えっ…えっ…えっと…どうしたら…。
私はモタモタして肉をなかなか口に運べない。
「お先!」
「よしっ!」
二人は一斉に食べ終わると、即座に椅子から立ち上がって横に引いた。
あっ…は、早く食べないと…。
ドカッ…
そう思った次の瞬間、私の体は宙に浮いていた。そして犬に吹き飛ばされたのだと気づいた途端、モロに受け身を取れずに頭から地面にぶつかった。
痛い。額が小石で擦り切れて切れたようだ。
傷は浅いようだが、ズキズキと痛んで血が目にまで流れてくる。
「セリーヌちゃん!!」
マキノさんが慌てて駆け寄ってくるのが辛うじて見える。私は思わず動揺して涙が止まらなくなってしまう。
「うっ…ぐすっ…マキノさん…。」
「大丈夫よ、ほら、手当してあげるからね。」
マキノさんは消毒液とガーゼで丁寧に私の額の血を拭ってくれた。ルフィにぃとウタが恐る恐る近寄ってきた。
「えっと…大丈夫?」
「何だよ…そんぐらいで泣くことねえじゃねえか。」
「ちょっとルフィ!」
「何だよ!」
ルフィにぃとウタはわちゃわちゃと言い争いをし始める。すると、シャンクスおじさんが珍しく二人の服を摘んで怖い顔で言った。
「お前ら、どっちが年上かって言い争ってたよな。一番下の子が泣いてたら、喧嘩して一番下の子を困らせるのが年上のやることなのか?」
「そ、それは…。」
「……………。」
私はそれ以上この場にいるのが嫌だった。二人の顔も見たくなくなって、マキノさんが手当し終わると、無言で駆け出した。
「セリーヌちゃん!」
私は愛しいマキノさんの声にも振り向かず、一目散に駆け出した。誰の顔も見たくなくて、気がついたらいつもの木の上のちっぽけな板の秘密基地の上にいた。
「………………はぁ。何やってるんだろ、私。」
そう呟いて、ただ真っ黒な夜の海を眺めていた。ただ無心で、ひたすらぼーっとしていた。
1時間ほどそうしていると、木をがさがさとよじ登ってくる音がした。
ルフィにぃだった。私の隣に座ると、頭を下げて言った。
「悪かった!おれ、ムキになって…兄ちゃんなのに、馬鹿だった!」
私はあまりの正直さにくすりと笑ってしまった。そして、ルフィにぃに答えた。
「………………ほんとにね。でも、今に始まったことじゃないし。まあ、断り切れなかった私も私だった。」
「じゃあ、仲直りしてくれんのか。」
「もちろん。兄妹でしょ?」
私とルフィにぃは指切りげんまんして、仲直りした。そして木から滑り降りると、ウタも木の下で待っていた。
顔を伏せて黙っていたが、しばらくして私の方を見上げて言った。
「ごめん。…私も馬鹿だった。ルフィの次にだけど。許してくれる?」
「うん。もちろん。」
「おい!俺よりお前の方が馬鹿だったろ!」
「何よ!」
ルフィにぃとウタはまたいがみ合ったが、私の視線を感じたのかそれ以上は言い合わなかった。
三人で無言で酒場に戻った。
何となく、この三人はずっと一緒なんだろうなって思った。
そう、あの時までは。
*******************
三人はそれからもっと仲良くなって、よく一緒に競い合ったり、夢を語り合ったりした。
新時代の夢だ。
「シャンクスと一緒に世界を回って、たくさんの曲を作って、最高のステージと私の歌で、世界を幸せにする!私は、新しい時代を作るの!」
「俺も作ろう!新時代!」
私はそうウタに答えたルフィにぃに尋ねた。
「どんな時代を作るの?やっぱりルフィにぃだから、じゆうな時代を作るの?」
そう問いかけると、ルフィにぃは、にししと笑って答えた。
「まだ決めてねえけど、それがいいな!」
「あっはっは…なにそれ。あんたっぽい。」
ウタはおかしそうに笑って、そう呟いた。そして私にも尋ねてきた。
「セリーヌはどんな時代を作りたい?」
私は少し考え込んだ。
私に別にウタのような大層な理想なんてないし、考えたこともなかった。ただ…一つだけ。
「そうだね…すこしでも多くの人が、当たり前に暮らせる時代にしたいよ。ふつうに生きて、ふつうに幸せに暮らせる時代に。」
「それって新時代って言えるのかな?」
「まあセリーヌっぽくていいじゃねえか!」
そう言い合って、三人は手を合わせて誓い合った。
いつかきっと、夢を叶えよう。私たちで、新時代を作ろうと。
****************
その日は、燃えるような、血のような赤い夕暮れの日だった。私たちはシャンクス海賊団の船が来たのを秘密基地から見て、慌てて港に行った。
何故か、いつもは馬鹿騒ぎをしているシャンクス海賊団の皆は、今日はやけに静かだった。
「ウタはな、歌手になるために船を降りた。ただ、それだけだ。」
だから、何となく私は察したのだ。
きっと、ウタは死んだのだろうと。
海賊なのだから、それも…きっと、起こり得たことなのだろうと。
それが、私の子供時代の、ウタに関する最後の記憶だ。