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――昔々ことだ。
――大陸スピトゥール
――魔を司る神カオスラボスと
聖をつかさどる女神ニューリアの壮絶な戦いがあった。
オーク、スケルトン、デーモン、それから、肉の塊に、一つ目の霧。砂の怪物、スライム、サキュバス、
瘴気を纏った禍々しい軍勢を従え。【魔物】
人間、エルフ、ドワーフ、虫、魚、鳥、トラ、オオカミ、ヘビ、ユニコーン、ドラゴン、サンダーバード、人魚
【生物】
血の通った軍勢
無数の魔物が塵と化し、無数の命が多くの血を流し、骸となった。となった。
壮絶な戦いの末、女神ニューリアは魔神カオスラボスを滅ぼし、
海に囲まれた世界の大陸の果てに追いやり、
世界の果て、やめの世界へと追いやり、
光の壁でその扉を封じた。
――こうして生き物たちの世界に平穏が訪れたのだ。
――生き延びた生命は、命を紡ぎ続ける。
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多くの生命が満ち溢れ、高く伸びた木々がどこまでも広がり続ける森、
《オルバ大森林》。
木々の隙間から降り注ぐ陽光が、招かれざる客人達を照らしていた。
五、六人ほどだろうか、深緑色のフードを被った人間の男たちがニタニタとした下卑た笑みを浮かべながら森の出口へと向かっていた。
「ギャハハ! さすがお頭、まさか本当にフォレストドラゴンの赤ん坊が手に入るとは! こりゃ当分酒代には困りませんなぁ!!」
男の言葉通り、先頭を歩く“お頭”と呼ばれた男の小脇には、中に小動物が閉じ込められた檻が抱えられていた。
「クルルゥ……」
檻の中で不安げに鳴き声を漏らしたのは、山羊のように渦巻いた角を生やし、苔のような深緑色の鱗に覆われた四つ足の竜――フォレストドラゴンの赤子だ。
男たちは《ビーストハンター》。希少な
フォレストドラゴンはこの森の長だ。そして、その子供が攫われたとなれば、森の生き物たちは当然慌ただしくなる。
――そして、この事態にいち早く気づきハンターたちを追う、一人の少年がいた。
ガサッ! ガサガサッ!!
少年は吹き抜ける風の如く、まるで曲芸のような身軽な動きで木から木へと飛び移りりながらハンターへと迫っていく。
「お、お頭、この音は……」
ハンターたちも、ようやくその事態に気付いたが、時すでに遅く。
次の瞬間、地面を揺らがすほどの着地音がした。
「ぎゃあああああ!!!!」
突如として上がった仲間の悲鳴に男たちは狼狽した。
そして、舞い上がった土煙の中、ハンターを踏みつけながら姿を現したのは、橙色の髪を逆立て、右頬に四本爪の傷跡のある、荒々しい風貌の少年だった。
ハンターたちは一瞬、少年をサルの
そしてその原因は、少年の服装にあった。
体毛を思わせる髪色と同じ橙のベストに加え、何より薄茶のサルエルパンツの上から巻かれた毛皮のベルトが、サルの尾を連想させたのだ。
だが、手足に身につけた、無骨な金属製のグローブとレガースを見れば、彼が人間であることはすぐに分かる。
ハンターたちは皆一様に少年に罵声を浴びせようとするが、先に声を上げたのは少年の方だった。
「やっと追いついたぜ! 誘拐クソカス野郎どもが!!」
少年が、研ぎ澄まされた刃のような視線でハンター達を睨む。
子供らしさの抜けきらない粗暴な言葉遣いとは裏腹に、ハンターたちは確かな恐怖を覚えた。
少年の額に巻かれた額当て。その中心には人差し指にも満たない、小さな角が生えていた。
だがそれでも、ハンターたちの脳裏に鬼を想起させるには十分だった。
「な、なんだよこいつ……!」
「ガキ一人に何ビビってんだ! やっちまえ!!」
頭目が叫ぶと、ナイフを抜いたハンター達が少年へと襲いかかった。
数にして四人。それも全員生き物を狩ることに長けた手練れだ。
だが、少年は怯まない。
ハンターたちの背丈よりも高く跳び上がると、軽やかに後ろへ身を捻りバク宙をした。そしてその勢いで背後にあった木の幹を蹴って反動を得ると、次の瞬間には、鋼鉄のガントレットに包まれた両拳でハンターたちの顔面を殴り抜いていた。
「「ぐべらっ!!!」」
少年が着地すると同時に、拳を受けた二人のハンターが地面に倒れ伏す。
続いて、少年は再び飛び上がりながら反転すると、残った二人のハンターをムチのように繰り出した鋭い蹴りで薙ぎ払った。
「「ごはぁっっ!!!!」」
一瞬のうちに。それも、たった二撃で取り巻きは全て倒され、残るは頭目ただ一人になった。
「そ、そのサルみてーな身のこなし……テメェ! 獣人か……!!」
――《獣人》。人間と
人間に耳や尻尾が生えたような外見のものから、毛むくじゃらの獣が二足歩行で歩いているような者まで、獣の度合いは個体ごとに異なるが、総じて言えることは一つ。
素人に毛が生えた程度の人間が純粋な身体能力においては、人間が獣人を超えることはほとんどないということだ。
そして頭目は、それを嫌というほど知っていた。
少年はゆっくりと立ち上がると、さらに目を吊り上げ頭目を睨みつけた。
「俺自身も心底嫌だが――俺もお前と同じ、クソッタレな人間だよ」
少年は張り詰めたような威圧感を放ちながら一歩ずつ、頭目に近づいていく。
「ひっ……!」
頭目は、自分の発言が彼の逆鱗に触れたのだと悟った。
「じゃ、じゃあ獣人じゃないってなら、なんだってんだよ! 我流の武闘家か!?」
徒手空拳で戦い、それでいてどの流派にも当てはまらない破天荒な動きで戦う。
頭目はもはや、少年の素性はそれしか思いつかなかった。
「俺はジュモ。ジュモ・オレンジバック。森で サルの獣人パザラに育てられた男だ」
「森で育っただと……?」
「納得いったか? どうして俺が森の中で身軽に動けるのか、――どうして俺がキレているのか」
「(そうかコイツ、森の
「こいつがどうなってもいいんだな……?」
頭目は檻の隙間にナイフを差し込み、フォレストドラゴンにあてがった。
頭目のその外道っぷりに少年――ジュモは顔を歪めた。
「このド腐れ野郎が……」
ジュモは、吐き捨てるように言うと両手を挙げた。
「わかった」
「そうだ……それでいい……そのまま俺が森を出るまでうごくんじゃねえぞ……?」
頭目が安堵した表情でジュモから距離を取り出した、その時だった。
「“みんな”! 今だ!!」
ジュモが叫ぶと、森のあらゆる方向から、がさがさと木々をかき分ける音。同時に甲高い遠吠えやさえずりや、地を這うような唸り声が聞こえてきた。
そして、ジュモの声に応えるかのように、
鳥が、リスが、鹿が、イノシシが、ゴリラが、巨大な蝶が、動く植物が、翼の生えたネズミが、翠色の狼が。
森の動物達が頭目を取り囲むように一斉に現れた。
「な、ななな……!」
驚く頭目の隙をついて、鳥がナイフを持つ手をつつくと頭目はナイフを取り落とし、そのナイフをあっという間にリスが攫って行った。
そして、ドラゴンの赤子の命の危険が去ったと分かるなり、鹿や猪が頭目を引き潰さんとばかりに体当たりする。
「ぐああああー!!」
頭目は吹き飛ばせながら、いよいよ手に持っていたカゴを宙に放り出した。
そして、それをジュモがキャッチする。
「よしっ! 大丈夫か?」
赤子は、自分が助けられたことが分かったのか、ほっとした表情を浮かべた。
吹き飛ばされた先でどうにか立ち上がった頭目は、先ほどまでの威勢はどこへやら、一目散に逃げ出す。
「(クソッ! クソッ! まさかあれだけの
これまでの密猟で鍛えられた頭目の逃げ足も、流石に森の暮らしに慣れ切ったジュモと
「ま、まて……! お前、ジュモとかいったな? どうやってか知らないが、この
それを聞いたジュモは吐き捨てるように言った。
「……くっっっだらねぇ」
「は……?」
「お前、勘違いしてるぜ」
ジュモは頭目を指さして言った。
「こいつらは俺がテイムした
「なんだって……? 強力だぁ……? 一体、何の話をしてやがる。それじゃあまるで、ビーストの声でも聞こえるみたいじゃねぇか……」
決して“みたい”、ではない。
ジュモには実際に
理由はわからないが、ジュモは、物心ついた時から
『悪イ奴!!』
『余所者、追イ出ス!』
『敵ダ……』
『喰イ殺セーー!!!』
ジュモの耳に、森の平穏を見出そうとする余所者に鉄槌を与えよという声が響く。
「ああ、みんなテメェをぶちのめしたくて仕方ねぇってさ。――なあお前ら! こいつの最後は森のボスに決めてもらう。それでいいよな!」
ジュモが動物達に語りかけると、首を横に振るものは誰もいなかった。
そして、首が痛くなるほど上の方を向くと、言った。
「じゃ、後は好きにやっちまえ」
頭目は、恐る恐る空を見上げると、ギロリと自分を見つめ続ける巨大な龍の頭と目が合った。
頭目が大木だと思って寄りかかっていた物。
それは、フォレストドラゴンの母親だったのだ。
「ぎゃ……ぎゃあああああああ!!!!!!!!!!」
頭目の悲鳴に、どこかで鳥が飛び立つ音が聞こえた。
……もちろん、その後彼らハンターの姿を見たものは誰もいない。一度森に入れば彼らもまた、狩られる者なのだ。
◇
ずしん、ずしん。
遥か遠くまで広がる平原を、フォレストドラゴンの大きな脚が踏みつけながら進んでいく。
その苔むした大きな背中の上には、龍の赤子を抱えてあぐらを組む、ジュモの姿があった。背中には、大きなバックパックが背負われている。
「いやあ〜、悪いな、乗せてもらっちゃって」
ジュモは、ハンターに向けた鬼のような表情とは違う、幼さの混じる年相応の笑顔を向けた。
『ヨイ。オマエ、我ガ息子、助ケテクレタ』
『アリガトウ! ニンゲン!!』
「おう、次からは攫われないようにお前も強くなるんだぞ?」
『ウン! ツヨクナル!』
進み続けていると、やがて日が傾き始め、草原にほんのりと夕陽の色が刺し始めた。
ジュモは眩しそうに目を細めながら太陽を見る。
「えーと、太陽があっちに沈むってことは……よし、ちゃんと北に向かってるな」
ジュモは旅人だ。それも、このスピトゥールの最北端、《聖都》を目指す旅人である。
オルバ大森林に訪れたのはその途中でのことだった。
久しぶりの森に故郷を思い出しながら眠りこけていたジュモは森が騒がしいことに気づき、その犯人であるハンター達の元へ向かったのだった。
「もうすぐ日が落ちる。送ってくれるのはここまででいいぞ」
『ム? 別二、モット遠クマデ運ンデヤッテモイイノダゾ?』
「ありがとな。……でも、夜は危ねえからな。森の奴らだって、ボスがいないんじゃ心配だろう」
『……ソレモソウダナ』
そうしてフォレストドラゴンは足を止めた。
『デハ、私ノ鱗ヲ持ッテイクトイイ』
「いいのか?」
フォレストドラゴンの鱗は万病の薬になる。それ故に欲しがる人間が後を立たない希少品で、市場では常に高値で取引きされている。
ジュモは鱗の金銭的な価値には微塵も興味がなかった。しかし、旅の途中で病を患った
『オマエは恩人ダカラナ、特別ダ』
「そういうことなら一枚貰ってくぜ」
ジュモは龍の体から鱗を一枚剥ぎ取ると、後ろ腰のポーチにしまった。
「じゃ、達者でなーー!」
ジュモは草原から龍の親子を見送ると、また北に向かって歩き出した。
やがて日が沈みきり夜になると、ジュモはなるべく大きな木を探して横になった。
町の見張り台のように背の高い木だ。
ジュモは木の周りを飛び交うコウモリを見かけると声を掛ける。
「おーい、お前らちょっといいかー?」
『ニンゲン?』
『ニンゲンダ!』
「なあ、俺は寝てる間、見張りしてくれないか? もし何かあったら起こしてくれ」
スピトゥールの夜は多くの危険が潜んでいる。
故に、夜になれば街の門は固く閉ざされるし、冒険者は二人以上で行動し、夜は必ず見張りをするのだ。
だから、一人旅を続けるジュモはいつも、夜行性の
ジュモが眠りについてから一時間ほど。「ぐがぁ〜」と大きなイビキを立てながら熟睡するジュモの周りで、コウモリたちが騒ぎ始めた。
『『オキロ! オキロ!』』
「んが……。……‼︎ どうした、何があった!」
寝ぼけていたジュモだったが、すぐに飛び起きると木の下を見渡した。
「あん? なんだありゃ……」
ジュモの視線の先では、緑色の小さな光が二つ跳ねるように移動していた。
「
目を凝らして見てみるが、目を覚ましたばかりで暗闇に慣れていないジュモでは光の正体は判別できない。
『知ラナイ!』
『モチモチ! プニプニ! ウゴク!』
「はあ? プニプニだぁ……?」
首を傾げるジュモに、コウモリたちの要領を得ない説明なる混乱を招く。
「こりゃ、自分で確かめるっきゃなさそうだな……」
ジュモは観念して軽々と木から飛び降りると、足音を消して移動する光へと近づいていく。
ぽよんっ ぽよんっ ぽよんっ ぽよんっ
どうやらコウモリたちの言う通り、何かやわらかい球体が二つ隣り合って跳ねているようで、光はそれぞれの球体から放たれているようだった。
「(なんだありゃ、スライムか……?)」
スライム――ゼリー状の体に饅頭のような形の代表的な
ジュモの記憶では、体の一部が発光するスライムには覚えがなかったが、
色や構成素材など、派生種類の多いスライムのことだ、未発見の種がいたとしても不思議ではない。
見たこともない生き物(?)に好奇心が抑えられなくなったジュモは、目の前のスライムもどきを、後ろから両手で掴みあげた。
「きゃあああああああああああああああああ!!!!!!!!」
ジュモが球体を持ち上げた途端、どこからともなく少女の悲鳴が響き渡った。
驚いたジュモはスライムもどきを宙に放りだし、咄嗟に耳を塞いだ。
「(……!! 今、こいつが叫んだのか?)」
今の悲鳴はこのスライムもどきから聞こえてきた。――それも、いつも
ジュモがその異常さに気づいたと同時に、宙に投げられたスライムもどきが、ジュモの顔目掛けて飛びついてきた。
「このっ! 不埒もの!!!!!!!」
――それも、堂々とジュモを罵倒しながら。
凛とした少女のような声。美しさと力強さを感じさせるこの声は、人間に例えるとすれば、きっと誇り高き女騎士か何かだろう。
「ふがっ⁉︎」
まさかの展開に反応できなかったジュモは、抵抗叶わず、顔にスライムもどきがへばりついた。
「も、もがもが……‼︎」
スライムもどきがジュモの顔に吸着するようにへばりつき、ジュモの呼吸を遮る。
ジュモはスライムもどきを引き剥がそうとしながら、不思議に思った。
「(なんか……あったかくて、やわらけぇ……?)」
いかにスライムが多種多様とはいえ、ぬめりとした粘着感の体という点は共通している。
だが、いまジュモの顔に伝わっているのは、程よい弾力感の何かに柔らかく挟まれているような感覚と、心地の良い温度だ。
それはまるで――。
「ぶはあっ‼︎」
ジュモは力任せに、吸盤のようにはりつくスライムもどきを引き剥がす。
するともにょり、とジュモの分厚いガントレット越しでも伝わるほどにやわらかい感触とともに、スライムもどきから放たれている二点の光を見た。
――目があったと、ジュモはそう思った。
だが、スライムもどきの全容が明らかになると、その認識は間違いだったことに気づく。
その光は、彼女の乳首から漏れ出ている光だった。
――そう、スライムもどきはおっぱいだったのだ。
「……はあ???????」
スライムもどきの想定外の正体に、ジュモが口をあんぐりと開く。
だが、いくら見直してもやはり、それはどうみてもおっぱいだった。
普通、二房一対のおっぱいは女体から生えているものだ。
だがこのスライムもどきの付け根には、あるべき女体はなく丸みを帯びていた。
楕円体が横に二つならんだような形状はまるで、大きなまんじゅうを二つ横に並べ、両横からむぎゅりと力を加えたような外観だ。
その上、ジュモが左右に引っ張ってみても、房と房の間――谷間の部分が少しばかり深くなるだけで、一向に離れそうにもなかった。
おっぱいというにはあまりに特異だが、それでも、おっぱいというしか――、おっぱいと形容するしか、それ以外の選択肢はなかった。
それ故に、ジュモは叫ぶ。いや、同じ状況になれば、誰だって同じことを叫ぶだろう。
ジュモは、肺の空気を全て吐き出して叫んだ。
「おっぱいがしゃべったあああああああああああああ!!!!!!!!!!!??????」
「やめなさい! そんな大きな声を出しては奴らが……!」
ジュモの叫びに対して警鐘を鳴らすスライムもどき――改めおっぱいもどき。
尤も、ジュモに掴み上げられた時、すでに自分自身が大声を出してしまっていたのだが、そんなことは今はさしたる問題ではなかった。
ざり、と何者かが地面を踏み締める音をジュモたちは捉えた。
それも、一つだけではない。次第に聞こえる音は数十に増え、それと同時に『ギャルル……』と人でも、
子供ほどの背丈に濁った緑色の皮膚、そしてギラついた瞳をした小鬼――ゴブリン。
出現数が多く、スピトゥールのどこにでも出現する低級の
そして、現れたのはゴブリンだけではない。
付近で出現する
「おい……どうなってやがる……」
ジュモの額に冷や汗が垂れる。
驚いた理由はジュモ達を取り囲んでなおまだ余りある数だけではない。その現れた
闇が形となって現れる
そのため、
――それはまるで何かに誘い出されたかのように集まってきていた。
「し……知りませんよ! 奴らが勝手に追いかけてくるのですから‼︎ それより、せっかく一度は逃げ切れたと思ったのに、どうしてくれるんですか‼︎」
「あぁ⁉︎ 知るかそんなもん! つーかそもそも先に叫んだのはそっちだろうが! いや、そもそものそもそもだ、なんでおっぱいがフツーに喋ってんだよ! 一体何なんだだてめぇ‼︎」
「そしてそれが人に質問をする言葉遣いですか! 今わかりました、貴方非常識で無礼な人ですね! 後ろからいきなり揉まれたら誰だって叫ぶに決まっているじゃないですか‼︎」
「喋って動くおっぱいがジョーシキどうこう言ってんじゃ――」
飛び出してきたゴブリンが、おっぱいに向かって棍棒を振るった。
おっぱいは成すすべなく、その身に攻撃を受け――――なかった。
ガギンッ! と金属を殴った音が響く。
「っぶねぇ……。油断してんじゃねぇぞ、このおっぱいが」
ジュモが、ゴブリンとおっぱいの間に体を滑り込ませるように割って入り、右腕のガントレットでその攻撃を防いだのだ。
「貴方、どうして……」
「俺は、困ってる
「……私は、
「なら人間か? ――お前が人間だって言うなら俺はお前を助けねぇ」
「……人間でも、ありません」
「だろうな……なら‼︎」
ジュモはヤケクソ気味に叫びながら棍棒を薙ぎ払うとゴブリンに鋭い蹴りを放った。
ジュモの蹴りをモロに受けたゴブリンは他の
「お前は死んでも、カケラ一つ残らない、血も涙もない
「――それは、それだけは違います」
それを聞いたジュモは、口元でニッと笑みを浮かべた。
「人間でもねぇ、
ジュモ達を包囲する
ジュモは迫るオークを踏み台にして大きく飛び上がった。
「つまり、俺が助けてやるってことだ……‼︎」
ジュモは、跳躍し、さらに手近にいたオークを踏み台にしてさらに跳躍すると、
「
ジュモの腰に巻かれたベルトが正面の木に向かって勢いよく伸び、その枝に巻き付いた。
「まずはここを突破するぞ!」
枝に巻きついたベルトを、おっぱいを抱えた左腕で抱え込むと、ジュモの体は振り子のように大きく前方へ振り動いた。
「……! 上からも来ます! 3体!」
「
おっぱいが出した合図にジュモは素早く反応すると、右腕のガントレットから三本の鉤爪がせり出し、襲いかかるコウモリ型の
「このまま跳ぶぞ! いいな‼︎」
「……話は後で聞かせてもらいますからね!」
◇
一体振りきったとしても、次の瞬間にはまた増えている。そんないたちごっこが夜の平原で繰り広げられていた。
「次から次へとキリがねぇ……!おい、こいつら明らかにお前を狙ってるだろ、お前一体なんなんだ⁉︎」
「それは……」
おっぱいが言い淀む。
「おい! そろそろ何か教えてくれたっていいだろうが!」
「すみません……その、私にも分からないんです」
「はあ? どういうことだ?」
「……何も、覚えていないのです。自分が何者なのか。どうしてここにいるのかも」
「……記憶がねぇのか」
「……はい。気づくと私は深い洞窟の中にいて、奴らに追いかけられながら、なんとか逃げていたのです。そして、順調だった矢先に……」
おっぱいが、露骨にムスッとした声色になる。
「俺が邪魔したってか? てめぇ……今からでもゴブリンの中に投げ込んでやろうか?」
「ふふっ」
「おい、今なんで笑った」
「だって貴方、そんなつもり一切ないでしょう?」
その言葉にジュモは目を丸くした。
「貴方は、言葉遣いは品がなく、粗暴で野蛮で乱暴ですが」
「おい」
「――とても真っ直ぐで、心優しい方です」
「……出会ったばっかでそんなのが分かるかよ」
「分かります」
「なんでだよ」
「…………さあ、どうしてなんでしょう。自分でも、分かりませんが、なんとなく、そうおもうのです」
おっぱいは、純粋に不思議がっているようだった。
それはきっと、彼女が自分のことを覚えていないからだろう。
「ったく、調子狂うぜまったく……」
そしてジュモはぶっきらぼうに言った。
「――ジュモだ」
「はい?」
「ジュモ・オレンジバック。俺の名前だ」
「ジュモ……。そう、ジュモと言うのですね。言われてみれば、名前を聞いていませんでした」
「そりゃそうだ、お前と出会ってから、追いかけられっぱなしだからな!」
「その”お前“という呼び方はやめていただけませんか?」
「あ? じゃあ”おっぱい“で」
「そ、それもやめてください!」
「えぇ? 文句の多いやつだな……」
「仕方ないでしょう、自分の名前すら思い出せないんですから。……尤も、私に名前があったのかすら分かりませんが」
「なるほど、それもそうだな」
するとジュモは、走りながら器用に首を捻り、うんうんと考え始めた。
「なあ、パイパイとニュウニュウ、どっちがいい?」
「はい……?」
「だから、名前がないと不便だから、オレが付けてやるって言ってんだ。ほら、早くどっちか選べ」
「どっちもお断りです! 第一その名前、どちらもおっぱ……胸からの連想でしょう⁉︎ 嫌ですよそんなの!」
「おっぱいの癖に文句が多いなぁ……」
「ずっとその名前で呼ばれることになるんですから、そりゃあ文句の一つも言いたくなりますよ!」
「あー、じゃあゼリルってのはどうだ?」
「ゼリル……なんだか素敵な響きですね。……これも胸の別称などではないでしょうね」
「ああ、前に人間の町で見かけた菓子の名前だ」
「気に入りました、今から私はゼリルと名乗ることにしましょう」
実のところゼリルはジュースなどの飲料を固めた菓子で、適度な弾力がありプルプルとしている。
無論、結局のところそれはおっぱいから連想されたものであるが、今のおっぱい――あらためゼリルには知る由もない。
「…………ところでゼリル」
「はい、なんでしょう、ジュモ」
「……わりぃ、しくじった」
「……は?」
ジュモの眼前には、ジュモの行く手を遮るようにどこまでも続く、大きく、そして深い谷が広がっていた。
振り返ると、無数の
「この距離を飛び越えるには多分無理だ。そして、この数の
「……そうみたいですね」
「ああ、超ピンチってやつだ。」
「だが幸い、俺は腕力には自信がある。お前をぶん投げれば助かるだろう。だから選べ、
――それでは、いずれにせよ、ジュモは助かない。
ジュモ自身、それを分かって言っている。
「なるほど、それならば谷の向こうに投げられた方がまだマシですね。
「じゃあ決まりだ」
ジュモが谷の方へ向き直ると、
ゼリルが再び言う。
「ただし! 貴方のその自己犠牲のような考えが、私は気に入りません。だから、私のために貴方が死ぬことは許しません」
「あ、なんだそりゃ」
「私の信条のようなものです。だから、最後の最後まで一緒に足掻くのです」
ジュモはまた、ニッと笑った。
「ゼリル、俺はお前が気に入った。ならやってやるよ! 俺だって死にたかねぇ!」
ジュモは助走をつけて谷へ飛び込む。
「
谷底へ向けて落下する中、腰から伸びた尾が壁に壁にん向かって伸ばすが、尾は壁に突き刺さることなく空を切った。
「クソッ!」
「ジュモ! ベルトを腰から外してもう一度! タイミングは私が合図します!」
「わかった!」
ジュモはベルトを外し手に持ち替え、空中で姿勢を整えると、体は徐々に壁の方へと近づいていく。
「今です!」
「っしゃあ!!」
ジュモが再びベルトをめいいっぱい伸ばすと、
槍のように尖った先端が壁へ突き刺さる。
ジュモはそれを手繰り寄せ、ガントレットから伸びた爪を壁に突き立てようとしたその時。
ガギンッ! と、いう音とともに、ベルトが壁から離れた。
「ジュモっ!!」
「食い込みが甘かったか……‼︎」
今度こそジュモは成すすべなく宙に放りだされた。
「クソおおおおおおおおお!!!!もう打つ手はねぇのかよ!!!!!」
ついに取り乱すジュモに、優しく、そして凛とした声で、ゼリルは言った。
「――ジュモ、祈りましょう」
「はあっ⁉︎ てめぇ、こんな時にっ‼︎」
「打てる手は全て打ちました。私たちにできることは一つ」
「っ……‼︎ わかったよ! ただ諦めながら死ぬよりかは、いるかもわかんねぇ女神に祈るほうがよっぽどマシだ‼︎」
――女神ニューリア。
かつての聖と魔の戦いにおいて、魔人カラボスを打ち破りその身を散らせた女神。
祈れど何も起きず。ジュモたちは今まさに、谷底にその身を叩きつけられんとしていた。
――そのとき、奇跡が起きた。
ジュモの体を覆うように、淡い緑色の光の球体が体を包んだ。
地面に叩きつけられるが、ジュモは、無事だった。
「おいゼリル、助かったぞ……俺たち、助かった‼︎」
するとゼリルは、微笑んだかと思うと、ジュモの体の上に倒れ込んだ。
「ゼリル……? おい! ゼリル!」
見れば、ゼリルの先端――乳首を覆っていた光が消えている。
思えば、ジュモが今しがた見た光と、ゼリルから放たれていた光の色は、聖術特有の光だ。
「……ひょっとして、お前がやったのか?」
ジュモの問いに、ゼリルは寝息を立てるように、静かに胸を上下させるだけだった。
◇
「よっ……ほっ……よっ……」
一定のリズムで聞こえるジュモの声で、ゼリルは目を覚ました。
「ジュモ……? ええっ! 一体どういう状況ですか⁉︎
ジュモが胸にゼリルをしまっていた。
あたかも、ジュモが巨乳になってしまったようだった。
「しょうがねーだろ、
背中側で縛ったら落ちたら拾えねぇし、こうするしかなかったんだよ」
「そ、そうだ、私たち谷底へ落ちて……それで、どうして助かったんですか?」
「そんなの、こっちが聞きたいくらいだ」
「はい?」
「谷底に落ちる瞬間、聖術のバリアみたいなのが一瞬現れて、それで俺たちは助かったんだよ」
「なるほど……?」
「……その様子じゃ、なーんも分かってなさそうだな。俺はてっきりお前がやったんだと思ったのによ」
「むっ、失礼ですね……ですが、私がやったというのは?」
「光のバリアが消えた直後にお前、眠っちまったからな。本当に何も覚えてねぇのか?」
「はい……」
「そうか。ま、助かったんだし、細かいことはどうでもいいか。それよりゼリル、乳首はどうなった?」
「な、なんて無礼なっ! 最低ですよ!」
「ちげーよ!!」
「なら一体なんだって言うんですか‼︎」
バリアが消えた、乳首の光も消えてたんだよ!」
「……そんなことが。いえ、今は通常通りですね。……でも本当にそんなことがあったのなら、覚えてないだけで、それは私の力、だったのでしょうか」
「……ああ、多分な――っと」
ジュモはようやく崖を上り切り、地上へと戻ってきた。
「ジュモ、見てください!」
長い夜が明け、朝日が差し込み始めた。
周りを見渡すと、再び集まってきていた
「
「ああ、やつらは光が天敵だからな」
見れば、
「よっこらせっ! ――っと」
ジュモはようやく
「ん……」
ゼリルが目を覚ます。
「」
だめか。
だが、届かない。
大きな木の上に逃げることに成功した。
ジュモは声を顰めて話しかける
ジュモが指で突くように触ると、ふにょんとした感触が指先に伝わった。
どこまでも沈み込むような柔らかさだが、ほどよく押し返すような弾力もある。
「どう見ても……人間のおっぱいだよな」
とはいえ、育った森を出てきたばかりのジュモが、実際に人間の胸を触ったことなどはない。
ジュモが触ったことのある胸といえば、牛やヤギの乳搾りくらいなものだ。
『……楽しいですか?』
「なんつーか……癖になりそうな柔らかさだ。その光ってるとこはどうなってんだ?」
そうしてジュモは、おっぱいの光っている部分をつついた
『ひゃんっ!』
「うおっ……どうした」
『その……そこはなるべく触らないでいただけると……』
「お、おう……わかった」
しにも、わかりません。……何も覚えてないのです。わたくしが何者なのか。ここがこと言われてもよー……離れるったっておっぱいはおっぱいだもんなぁ」
「ならせめて、もう少し人間らしい名前を」
「あー、悪い、そりゃ無理だ」
ジュモはあっさりと言い切る。
「俺は森で育てられたんだ。だから人間のことにはそんなに詳しくねぇんだ」
「森で……?」
「ああ。ここよりずっとずっと南にある――って森だ。オレはそこでパザラに育てられた」
『”パザラ”。それが育ての親の名前なんですね』
「ああ。オレンジバックつー種類の猿の獣人に育てられたんだ。」
「そうなん、ですか」
ぜりるは、目の前の少年の野生的な様相に合点がいった。
「まあな。今はおっぱいの名前をどうするかだ。そうだなー」
「”ゼリル”ってのはどうだ?」
するとおっぱいは、今までとは違い、感心したような表情だった。
「ゼリル….なんだか素敵な響きではありませんか。何か由来はあるのですか?」
「ああ、前に見かけた人間が考えた菓子の名前だ。決まりだな。お前は名無しのおっぱいじゃなくて今からゼリルだ」
ゼリル――ジュースなどの飲料を固めた菓子で、適度な弾力がありプルプルとしている。
無論、結局のところそれはおっぱいから連想されたものであるが、今のおっぱい――あらためゼリルには知る由もない。
『あなた、名はなんというのですか』
「俺はジュモ。ジュモ・オレンジバック。旅人だ」
「旅ということは、なにか目的があるのですか?」
「ああ、あるぜ。御使いを頼まれてな。《聖都》にいるらしいパザラの妹にこいつを届けるんだ」
『聖都?』
ああ。一番北にある街だ」
「ぜりるは、行く当てはあるのか?」
私は……一つだけ、覚えていることがあります。私は、どこか……どこかに行かなければならないのです。それが一体どこなのか、何のために行くのかも分かりません。けれど、ただ、そんな使命感だけが、今私の中にあるのです』
「……はー、目的地のわからない旅か。そりゃ大変そうだな。
「……そうだ、アテがないなら俺の旅についてくるか? 世界の果てまで目指すんだ。どっかでゼリルの目的地ってのもはっきりするだろうさ」
「……いいのですか?」
「ああ。
「……だが、それより先にやることがある」
「やること?」
「……置いてきちまった荷物を取りに行くんだよ!木の上においてきちまっった!」
「それは……すみません」
「じゃ、もうひとっ走りするが、付き合ってくれるな?」
「私を置いて行ったほうがいいんじゃないですか?どうやら狙われてるのは私だけですし」
「……いや、そうこう言っている場合でもないらしいぜ?」
木にズシンと攻撃が入る。
居場所がバレたのだ。
「よし、乳房巻き付けてしっかりつかまってろよ?」
『ひゃっ!』
ぐぐぐっと、ジュモの足が収縮する
ロケットのように飛び出した
「なあ!お前どこに目がついてるんだ?」
『えと……その、ち、乳首の方向です』
「よしわかった!」
ジュモはそういうなり、ぜリルを鷲掴んで180度反転させた。
「これで後ろが見れるだろ?やばかったら教えてくれ!」
『ちょっと!あなたにはデリカシーってものがないのですか!』
「あ?なんだそれ」
『もういいです……5時の方向!』
「あぁ?……っぶね!」
ジュモは死神の鎌をなんとか回避する
「わけわかんねぇこと言いやがって! 避けれなかったら今ので死んでたぞ!」
「なにって、時計の文字盤の位置でしめしたんですよ!常識でしょう!」
「ああ!時計!今太陽がどのくらいの位置にあるかわかる道具か!」
『あなた……時計に対してその程度の認識なんですか!?』
「森にゃ時計はないんだよ! つかパザラが置きたがらなかったんだ!」
「……あった!よし、まだ無事だな」
ジュモは木の上に飛び乗りリュックをつかむ、
「よしゼリル、この中入ってろ」
いいでしょう!
「リュックからおっぱいが覗き込んでいる状況はシュールそのものだった。」
「よし! じゃああとはこいつらを振り切るだけだな!」
『振り切れるのですか?」
「ああ!いい考えがある」
ジュモは走りだした。
「あそこだ!」
ジュモは木の上から向こうが谷になっていることに気づいていたのだ。
『見えません!』
「……あー、そうだったな」
「でっけー谷を飛び越えるんだ。そしたらそれを飛べるやつら以外はおってこれねぇ」
『谷? ジュモ、それは確実に飛び越えられ――』
飛び越えられるのでしょうね?
ゼリルが言い切る暇もなく、ジュモは向こう側へと大ジャンプをした。
ゼりるの視界にどんな光さえも吸い込んでしまいそうな暗闇が、どこまでも深く広がっていた。
「きゃああああああああ!!」
そして、その高度が下がっていく
『じゅ、じゅもっ!?』
「やべっ」
『……は?』
「うわあああああああああ!!!!!」
『ジュモ!ナイフを壁に!』
「……! そうか!」
ゼリルはジュモの後ろ腰に二本のナイフが携えられていたことを思い出し、咄嗟に指示をした。
すると、ジュモはナイフを抜くのではなく両腕のガントレットを壁に向けた。すると、トラの鍵詰めのようなものが勢いよく飛び出て壁に突き立てられた。
ギャリギャリギャリギャリッ!!
石の壁に鉤爪が引っかかり、耳を塞ぎたくなるような音とともいに、ジュモたちの落下はようやく止まった。
「あ、あぶねええぇ……死ぬかと思った!」
ジュモは壁に爪を突き立てながらいそいそと壁を登りだした。
『そ、それはこっちのセリフです!自信満々だったくせになんですかこの体たらくは!』
「うっせーな、いけると思ったんだよ!」
『第一、あなたの行動は全てにおいて勢いにまかせすぎです!無謀と言ってもいい!こんなんじゃ命がいくつあってもたりません!もっと命を大事にしなさい!』
すると、ジュモは驚いたように目を丸くした。
「お前、いいやつなんだな」
『……どうしたのですか、いきなり』
「命を大事にしようって言えるやつはいいやつだ。パザラもそう言ってた……そうだな、じゃあ次からはどうすりゃいいんだ」
『そうですね……では、私に相談しなさい』
「お前にかぁ? 記憶喪失のやつに相談したってなぁ……」
『ジュモ、あなたはこれから、私とともに旅をしてくださるのですよね?』
「まあ、そういうことになるだろうが……」
『なるほど。一人旅なら今まで通りでいいのかもしれませんが、ここから始まるのは私たちの二人旅です。
……それに記憶喪失でも、あなたがいかに危険なことをしようとしているかくらいの判別はつきます。いいですか?」
「ちぇっ、わかったよ。お前……おっぱいの癖に説教くさいんだな」
『だ、だからそのおっぱいというのをやめなさい!まったくあなたは……』
「だぁー! わかったからやめろ! これでオレの手元が狂って手を話しちまったら二人揃って真っ逆さまだからな!」
『……すみません、少々熱が入りすぎたようですね』
「黙れっ!」
『ジュモ、今のはその……』
「違う……何か聞こえねぇか……?」
――それは羽ばたきの音だった。
ジュモが打ち鳴らした鉤爪の音がきっかけとなり、
谷という暗闇にジュモたちが落ちてきたことに気づいたものがいたのだ。
「コウモリだ!」
『やはり、私を追って!』
「うおおおおお!!」
ジュモは必死で壁を上りきろうとする。
『ジュモ!右足!』
「おりゃあっ!」
ジュモのレガースのつま先から、ガントレットと同じような爪が生えたかと思うと、コウモリを引き裂いた。
「ジュモっ!」
「キリがねぇっ!!」
ジュモは壁を蹴り、コウモリに向かって反転しながら爪を構え、ふるった!
両手両足の爪を駆使した攻撃に、こウモリは一網打尽。
再びジュモの体が落下し始めた
「ジュモっ!」
「任せろっ!」
すると、ジュモの腰に巻かれていたしっぽが枝を掴んだ。
「ジュモ!まだ一体!」
ゼリルに向かって一噛み
ジュモは枝の上で器用に体を捻りながら、足の爪で倒す。
だが、コウモリのキバがバックパックに引っかかり、ビリビリと布を引き裂きながらふきとんだ。
そして、穴の空いてたジュモのバックパックから大量の物が落ちていく
「あーーー!!!!」
◇
ジュモたちが地上に上がってまず行ったことは、ゼリルになんの説明もなくまた中に飛び出したことへの説教――ではなく、残った物品の確認だった。
「くっそー! 一番でかいポケットは全部やられた!」
「中には何が……」
「まずメシだろ……?それと、今まで
「どうしました!」
「ギルドカードがねえ……!」
「ギルドカードとはなんでしょうか」
「冒険者である証明で、いわゆるミブンショーってやつらしい」
「それは……ないと困るものなのですか?」
「まあな」
ジュモがまるで汚物に触れるかのような、嫌そうな顔で言う。
「……旅してりゃ、時々どうしても街に入る必要ってのがでてくるんだけどよ……あれがないと街に入るとき、すっげー金とられるんだよ。
「ツーコーリョーとか言ってたっけな」
「……オレ普段からほとんど金は持ちあるかねぇし、その少ない金もさっき落としちまった。……まあいいか。聖都まではまだまだ長いんだ。その道中でどうにかなるだろうさ」
そう言ってジュモは地図を取り出した。
「これがこの世界の地図だ」
海に囲まれた丸い、――の大陸。
「ここが聖都ニューリアだ」
そういってジュモは最北端を刺した。
「で、この大陸のど真ん中にある王都を挟んで反対側、ここが俺たちが今いるところ」
最南端の森、そこからもう少しすすんだところに、この大森林をすぎたあたりだ。
「なるほど……確かに道のりは長いみたいですね」
「ま、つっても、まだ旅を始めてから半年も経ってないけどな。このまま真っ直ぐ北に向かってくつもりだ。ゼリルの目的地がわかりゃそっちに向かうんだがな……なあ、どうにかして思い出せないのか?」
「そ、そう言われましても」
「ぶっ叩いたら思い出さねぇかな?」
「なっ!あなたという人は!」
すると、ゼリルの乳房の頂点の光が増し始めた。
「うおっ!なんだ!乳首がめっちゃ光ってるぞ!」
「じ、じろじろみないでください! ……でも、これは……!」
すると、その光は光線となって遥か遠くの方にまでのびていった
「乳首からなんかでたぞ!!!なんだ!聖術か!!?」
「さ、さあ……?」
気になって仕方がないジュモは、恐る恐るゼリルから放たれ続ける光の柱に触れる。
「ジュモ! 危ないですよ! なにかもわからないのに……」
「いや、痛くも熱くもねぇ……むしろ、あったけぇ……」
攻撃に使用される聖術であれば、聖物であってもそれなりに熱いと感じるはずなのだ。
「……いえ、わかります。これは、私の進むべき道を示してくれています」
「じゃあ、この光の先にお前の目的地があるってことか?」
「はい、そうだと思います」
ジュモは地図を広げ、光がさす方向に指を動かくん。
「この先だと……〇〇の街だ」
「そこにいけば、何かわかるかもしれないのですね!」
「……かもな……はあ」
ジュモは大きなため息をついた。
浮かない顔だ。
「どうかしたのですか?」
「……俺、街が嫌いなんだよ。人間がうじゃうじゃいて」
「ジュモ……人間が嫌いなのですか?」
「ああ、大っ嫌いだね。あいつら自分の事ばっかで他の
「なにか…理由があるのですね」
「パザラも仲間たちは森で暮らしてた。あるときみんな殺された」
「
吐き捨てるように言った。
ゼリルは静かにジュモの表情を伺った。
『……きっと、それは、おいそれと人に話せるような話ではないのでしょう。あなたの顔を見ればわかります」
ジュモは憎んでいた。
険しい顔で語る。
ゼリルは一層落ち着いた声で言った。
『残念ながら、彼らの中にはそういった思想の者がいるのも事実です。……けれど、あなたが出会った人間が全て悪い人間だったわけではない、そうですよね。その武具を見ればわかります』
ジュモが身につけた武具の細かな細工、機構
それらは、人が作ったものだ。
「……まあ、な」
ジュモは拗ねたように言った。
「……言われなくても行く。どうせ落としちまったものの補充をしなくちゃならねぇ。ただ……ギルドカードも金もないんじゃ、ぜってぇ通してくれなさそうだしなぁ……」
「なるほど、街の外で金銭を得る必要がある、と」
「……ああ」
「……では、街に向かう商人に物を売る、というのはいかがでしょうか」
「……! その手があったか!! お前、バカだと思って長けど頭いいな!!」
『バッ……なんてことを言うのですか! 無礼者‼︎』
「よしっ、そうと決まれば出発だ。」
ジュモがテイムした馬に乗り、街へと向かった。
食料はなかったが、テイムで聞いたりして、収穫。売るためにも収穫したのだ。
街の近くまで行くと、商人の馬車が見えた。
「おいあんた!」
「ヒッ! と、盗賊‼︎」
「誰があんな奴らと……!」
『ジュモ!』
「……物を売りたい」
「……わ、わかったよ」
肩のゼリルに気付いたのか、ぎょっとした。
「そ、そのっぱいみてーなのは……」
「ああ、こいつは……」
いったいなんなのか。自分もそれを知らなかったことをジュモはようやく思い出す。
言い淀むジュモにゼリルが助言を与えた。
『珍しい
「オレはビーストテイマーでな、こいつは珍しい
「へ、へぇ……そうかい」
商人はゼリルにこめかみを引き攣らせながら答える。並大抵の商人であれば、ここでいかにも訳ありそうなジュモとゼリルに見切りをつけ、さっさと逃げ去ってしまうだろう。
だが、幸運だったのは商人がギャンブラー気質だったことだ。
「どれ、売りたいもんがあれば見せてみな。そんな珍妙な
『私を見て珍妙とは……なんて失礼な方なんでしょう』
(どう見ても珍妙だろうが……!)……とジュモは咄嗟に叫びそうになるが、ゼリルの声が聞こえているのはジュモだけだ、ということをかろうじて思い出し、住んでのところで押し留める。
ジュモは、リュックから道中で採っておいた果物を見せた。
「ふむ……カミンか、質は良さそうだが、……一つ30リアってところか」
「……それじゃ全然ツーコーリョーにたりねぇな……」
通行量は4000リアである。
「ま、いかんせん生物は日持ちがしねぇからな。それに、物を売るってのはそういうことだ。」
ゼリルがぴくりと動く。
気づいたジュモがちらりと見る。
『ジュモ、今は気にせずに続けてください』
「それより、ビーストテイマーってんなら、それこそ珍しい
すると、ジュモは渋々といった様子でバッグから、いくつか
ジュモが
「おおっ……これは……! こほん……まあ、悪くはないな全て合わせて1万リラでどうだ」
『――あなた、嘘をついてはいませんか?」
「嘘だぁ?」
「ひっ、な、なんだよ」
「己が利益のために他人を騙そうなど言語道断。許せません!」
その嘘が看破されたと勘違いした商人が声を漏らす。
うまく生きていくのに嘘は必要だ。
商人にとって不幸だったのは、2人が、常識を知らない事だろう。
人も関わらずに生きてきたものと、
人ならざる物。
「嘘をつく生き物はいねぇ」
「人間は嘘をつきやがる」
「よくねぇなぁ」
ジュモからはさっき、
ゼリルからは得体の知れない圧を感じた。
やばい!! こいつら常識が通じねぇ!!
「わ、わかった!ほんとは12万だ!適性だ!本当だ!!」
『直感的にわかりました。彼は嘘をついているようです。おそらく、その素材たちは、本当はもっと価値のあるものなのでしょう』
「なるほど、あんた相当値切ってやがるのか」
「……ちっ、わかったよ3万リラだ」
『まだ嘘をついてます』
「ああ?まだ嘘ついてやがるのか!」
そんなやりとりが商人とジュモ、そしてゼリルの間で何度か行われた後
「……はあ、7万でどうだ。これ以上って言うなら他をあたるんだな」
「本当だな?」
『嘘は言っていないようです』
「わかった。それで頼む」
ジュモは商人から金銭を受け取り関所を通った。