テイマー   作:しぃすけ

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2025/02/13

 

  野生児テイマー 捨ておっぱいを拾う

 

 闇を司りし魔神カラボス。

 ◇

 

 

 

 ――はるか昔、大陸すべての生命を巻き込んだ、神々の戦いがあった。

 

 闇を司りし魔神カラボス。

 その軍勢は、闇より生まれし魔物(まぶつ)よって構成されていた。

 ゴブリンやオーク、ミノタウロスなどの蛮族や、スケルトン、ゴースト、デーモンなどの生死の境界すら曖昧な者どもが集った、禍々しい軍勢だった。

 

 対するのは、光を司りし女神ニューリア。

 その軍勢は、母なる自然より生まれし聖物(せいぶつ)によって構成されていた。

 精霊や人間。エルフ、ドワーフをはじめとする亜人種。そして、グリフォン、ユニコーン、ドラゴン、オオカミ、サル、鳥、昆虫、魚などの数多のビースト(動物)が女神の旗の下へ集った。

 

 戦いは永く、果てしなく続き、多くの魔物(まぶつ)が塵へ還り、多くの聖物(せいぶつ)が血を流し骸となった。

 

 戦いの果てに、多くの同胞の死に胸を痛めた女神ニューリアは命を賭した光を放った。

 

 光は瞬く間に大地を満たし、闇の軍勢を滅ぼした。

 

 そうして世界は平穏を取り戻したが。

 

 だが、力を使い果たした女神の体は六つに分かれ、世界中へと散らばった。

 

 

 それから千年――。

 

 いまだ女神ニューリアの体は発見されていない。

 

 

 

   00

 

 

 月夜の草原を、逆立ったオレンジ髪の少年が死に物狂いで駆け抜けていた。

 

「うおおおおおおおおおお‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎ 一体何が起きてんだよぉぉぉぉぉーーーー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 その背後には、ゴブリン、スケルトン、オーク、コボルト、ハーピィ、ゴーストなど、付近に出現しうるあらゆる種類の魔物(まぶつ)――闇から生まれし異形の怪物――が集い、一斉に“彼ら”を追い立てていた。

 

「おいお前! 本当に何も知らねぇのかよ!」

 

 少年は元々鋭い目付きをさらに細めて、右手で抱えた“彼女”に問いかけた。

 

「知らないって言ったじゃないですか! 気がついたら追いかけられてたんですから‼︎‼︎」

 

 “彼女”は、まるで年頃の少女のような声を発して、自身を抱え走る少年に抗議した。

 

「つーかそもそもお前、一体何の生き物なんだよ!」

 

 ――そう、少年が小脇に抱える彼女は、人間ではなかった。

 それどころか、ビースト(動物)のようにも、魔物(まぶつ)のようにも見えなかった。

 

 彼女は姿はまるで、人の頭くらいの大きさの饅頭を、横並びに二つくっつけたようなフォルムをしていて、その上、皮膚の質感や色、体温――なにより、少年の腕に吸い付くような、ほどよく弾力のある柔らかさは、人間の“とある部位”と瓜二つだった。

 

 

 ――有り体に言って、彼女はどう見ても“おっぱい”だった。

 

 

 ――この日、ビーストテイマーの少年、ジュモ・オレンジバックは拾ったのだ。

 

 

 ――世にも奇妙な、喋るおっぱいを。

 

 

   00

 

 多くの生命で満ち溢れ、天高く伸びた木々がどこまでも広がる『オルバ大森林』の中。木々の隙間から降り注ぐ陽光が、招かれざる客人達を照らしていた。

 

 深緑色のフードを被った人間の男が五人ほど。皆一様にニタニタとした笑みを浮かべながら森の出口へと向かっている。

 

「ギャハハ! さすがお頭、まさか本当にフォレストドラゴンの赤ん坊が手に入るとは! こりゃ当分酒代には困りませんなぁ!!」

 

 その言葉通り、先頭を歩く“お頭”と呼ばれた男の小脇には、中に小動物が閉じ込められた檻が抱えられていた。

 

『クルルゥ……』

 

 檻の中で不安げに鳴き声を漏らしたのは、山羊のように渦巻いた角を生やし、苔のような深緑色の鱗に覆われた四つ足の竜――フォレストドラゴンの赤子だ。

 

 男たちはビーストハンター。希少な動物(ビースト)を密猟し、時には貴族の愛玩動物として、時には武具の素材として売り払うロクでなしたちだ。

 

 フォレストドラゴンはこの森の長である。そして、その子供が攫われたということは、森の動物(ビースト)達にとっては大事件だった。

 

 ビーストたちはこの異常事態に気づきはじめ、森は次第に騒がしくなっていく。

 ――そして、この事態にいち早く気づき、ハンターたちを追っている者がいた。

 

「見つけたぜ、クソ誘拐犯ども……!」

 

 木の上からハンター達を見下ろす、その逆立ったオレンジ髪と凶悪な目付きは見間違いようもない。少年、ジュモ・オレンジバックだ。

 

 ジュモは吹き抜ける風の如き身軽さで木から木へと飛び移り、ハンター達への距離を詰めていく。

 

「お、お頭、何か近づいて……」

 

 ハンターたちが気づいた時にはもう遅い。

 ジュモは木の上から大きく跳躍すると、手始めにハンターの一人を踏み潰しながら地面に降り立った。

 

「ぎゃあああああ!!!!」

 

 ドシーン!という激しい着地音とともに、砂埃が舞い、その中から聞こえてきたのは仲間のハンターの悲鳴。

 

 そんな混乱の最中のハンター達の前に、ジュモがようやくその姿を表した。

 

 素肌の上からオレンジ色のベストを羽織り、ベージュのサルエルパンツを金属製のベルトで締め上げた大道芸人のような出立ちだ。

 だがそれとは裏腹に、額には小さな二本角の生えた鉢金が。手足には鋼が鈍く光る、無骨なガントレットとレガースがそれぞれ身につけられていた。

 

「やっと追いついたぜ誘拐クソカス野郎ども! さっさとその赤ん坊を返しやがれ‼︎」

 

 ジュモはハンターたちに向かって中指を立ててみせた。

 

「な、なんだてめぇ! ふざけやがって‼︎」

 

「知ってるぜ、“人間は”ムカつく相手にはこうするんだろ?」

 

 すると、ハンターの一人が咄嗟に、ナイフでジュモに襲いかかる。

 

「オラ死ねやっ!」

 

 だが、不意打ちだったにも関わらず、ジュモは目にも止まらぬ速度で、男の腕を捻り上げていた。

 

「あ……?」

 

「遅ぇ!」

 

 ジュモが捉えた男の顔面を殴り抜くと、男は断末魔と共に地面に倒れ伏した。

 

 ジュモの、子供らしさの抜けきらない顔立ちと言葉遣いとは裏腹に、その気迫にハンターたちは気圧され、確かな恐怖を覚えていた。

 

「ひぃっ……」

 

「な、なんだよこいつ……!」

 

「なにガキ一人に何ビビってんだ! さっさと殺せ‼︎‼︎」

 

 頭目が怒号を飛ばすと、残ったハンター達もナイフを抜き、一斉にジュモへと襲いかかった。

 数にして四人。それも、その全員が生き物を狩ることに長けた手練れだ。

 

「へっ……その程度か」

 

 ――だがジュモは全く怯まず、ハンターたちの背丈よりも高く跳び上がると、軽やかに後ろへ宙返りをした。

 そしてその勢いで、背後にあった木の幹を蹴って反動を得ると、次の瞬間にはガントレットに包まれた両拳でハンターたちを殴り飛ばしていた。

 

「グベっ‼︎‼︎」

「ゴフッ‼︎」

 

 そして、声にならない悲鳴をあげながら崩れていくハンター達には目もくれず、ジュモは身を捻りながら再び跳び上がると、ムチように鋭い蹴りを放った。

 

「かはっ‼︎」

「げはっ‼︎」

 

「さあ、あとはお前一人だけだぜ。さっさと赤ん坊を返しな。そいつは森の宝だ。てめぇの汚ねぇ手で触れていいもんじゃねぇ」

 

 一瞬のうちに取り巻きは全て倒され、残された頭目は歯噛みした。

 

「く、くそ……“獣人”みてーなデタラメな動きしやがって……」

 

 獣人――人間とビースト(動物)の身体的特徴を併せ持つ、稀有な種族である。

 その最大の長所は、ビースト由来の驚異的な身体能力に、人間由来の技巧が合わさった、無類の肉弾戦の強さであり、頭目はジュモの戦い方に、獣人の“それ”に通ずるものを感じていた。

 

「ちっ、いい勘しやがるじゃねぇか」

 

「なんだと……?」

 

「冥土の土産に教えといてやる。――俺はジュモ・オレンジバック。その名の通り、オレンジバック(橙毛猿)の獣人、“パザラ”に育てられた人間だ」

 

「通りで……サルみてぇな動きをしやがるわけだ」

  

 勝ち目がないことを悟った頭目は、抱えた檻の隙間からナイフを差し込むと、ドラゴンの赤子に当てがった。

 

「動くな! 一歩でも近づいたらこいつの命はねぇぞ‼︎」

 

『くるるぅ……』

 

「このっ! ド腐れ野郎が……!」

 

 動きを止めたジュモを見て、頭目はほくそ笑む。 

 

(やはり……! こいつは、このドラゴンを守りたがっている……!)

 

「そ、そうだ、分かったら、そのまま両手を上げて後ろに下がれ」

 

「ちっ……わかってるよ」

 

 ジュモは頭目を睨みつけながらも、引き下がっていく。

 今最も重要なのは赤子の命を守ることだ。ジュモは決して、それを忘れてはいなかった。

 

「そうだ、それでいい……。いいか、俺が森を出るまでそこから動くんじゃねぇぞ……‼︎」

 

 やがて、ジュモとの十分な距離が空くと、頭目は安堵した。

 

 ――だが、もう手遅れだ。

 

 なぜなら頭目は、ジュモを怒らせてしまったのだから。

 

「みんなーーー‼︎ あいつを狙えーーー‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 ジュモが叫ぶとその身体が一瞬オレンジ色に光り、そして、無数の細い光が飛び出した。

 ジュモから飛び出した光は、まるで何かに導かれるかのように、それぞれ別の方向へ飛び去って行った。

 

 光が、頭目の体を掠めるが、光はほのかに暖かいだけで、痛みは全くない。

 

「な、なんだ……! こけおどしか……⁉︎」

 

『『『グルルルルルォォォォォォォォォォ‼︎‼︎‼︎‼︎』』』 

   

 そして、森のあらゆる方向から一斉に聞こえてきた遠吠えや唸り声が、頭目の鼓膜を揺さぶった。

 

「これは……!」

 

 そして、ジュモの呼びかけに応えるように、小鳥が、リスが、シカが、イノシシが、ゴリラが、巨大な蝶が、ツタの生えた亀が、翼の生えたネズミが、翠色の狼が――森のビースト達が一斉に顔を出し、頭目を取り囲んだ。

 

 ――ビーストたちは皆一様に、ジュモから放たれた淡いオレンジの光を身に纏っていた。

 

「い、一体……な、何が起こって……ぐわっ!」

 

 動揺する頭目の腕を小鳥が啄むと、頭目はたまらずナイフを取り落とした。

 

「しまった!」

 

 咄嗟にナイフを拾おうとするが、今度はそれをリスが攫って行く。

 

「ま、待てっ……!」

 

 そしてとどめとばかりにシカやイノシシのビーストが頭目へ飛び込んでいき、容易く吹き飛ばされた頭目は、抱えていた檻をついに手放した。

 

「ぐああああーー‼︎‼︎」

 

 そこへジュモが駆けつけると、放り出された檻を受け止める。

 

「――っぶねぇ! よーし、今檻から出してやるからな! そこのサル! 手を貸してくれ!」

 

『ウホゥ!』

 

 ジュモの呼びかけに答えたストレングス・モンキー(怪力猿)が檻を壊すと、中からドラゴンの赤子が元気よく飛び出してきた。

 

『くるるっ!!』

 

「よーし、元気そうで安心したぜ‼︎」

 

 その様子を見てただ一人、一目散に逃げ出したのは、ドラゴンの赤子という人質を失った頭目だ。

 

「クソッ! クソッ‼︎ あのガキまさかビーストテイマー(動物使い)だったなんて……! いや、それにしたって一度にあれだけの動物(ビースト)を操るなんてできるわけがねぇ! 一体どんな絡繰を使って……ぐあっ!」

 

 バインズ・トータス(蔓陸亀)の伸ばしたツタに足を取られ、転倒した頭目は、ついに大木を背にして追い詰められた。

 ビーストたちが今にも頭目の喉笛を噛みちぎらんとにじり寄っていく。

 

「どうやら鬼ごっこも終わりみてぇだな」

 

「ま、待て……! アンタ、ジュモとか言ったな……! ビーストテイマーなんだろ⁉︎ 俺がマークしてる希少なビーストの生息地全部教えてやる! だから、このビーストどもを追っ払ってくれ! 命だけは助けてくれよ‼︎」

 

 頭目の言う通り、希少なビーストの情報は価値のあるものだ。ひょっとすれば、希少なビースト欲しさに、その交渉を聞き入れるビーストテイマーもそれなりにいるだろう。

 

 ――だが、頭目にとって不幸だったのは、ジュモはそのような交渉を持ちかける人間こそ、最も嫌っているということだった。

 

「…………くっっっだらねぇ」

 

「は……?」

 

「くだらねぇって言ってんだ。そんなモンになんの価値がある」

 

「か、価値ってそりゃ…………」

 

「ビーストたちは自分の生まれた場所で、いつだって必死に生きてんだ。……それをレアだの価値だの、てめぇら(人間)の都合でビーストの暮らしを脅かしやがって‼︎‼︎」

 

「お、お前だってフォレストドラゴンが欲しいんじゃ……」

 

 頭目はてっきり、ジュモもフォレストドラゴンの赤子が欲しいからこそ、襲ってきているのだと考えていた。

 ……だが、その考えこそ、根本的に間違っていたのだと、ようやく気づきはじめていた。

 

「馬鹿な勘違いしてんじゃねぇ。俺はこいつら(ビースト)が『ドラゴンの赤ん坊が悪い人間に攫われた』って大騒ぎしてたからその手伝いをしてただけだ。てめぇみたいな性根の腐った野郎と一緒にすんな」

 

「ビーストが騒いでた……だって……? 一体、何の話をしてやがる。それじゃあまるで――ビーストの声でも聞こえるみたいじゃねぇか」

 

 ジュモは、ビーストたちを見渡し、答えた。 

 

「――ああ、聞こえてるぜ。 みんなお前をぶちのめしたがってる」

 

 ビーストテイマーは、ビーストと意思疎通を図ることができる。だが、それはあくまで大雑把かつ感覚的なものであり、本当の意味でビーストの声が聞こえるテイマーがいるなど、頭目は聞いたこともなかった。

 

 だがジュモは、物心ついた時からビーストたちの声を聞くことができた。

 故に、頭目に向けられた無数の鳴き声も、ジュモにはこう聞こえていた。

 

『悪イ奴‼︎』

『余所者、追イ出ス!』

『敵ダ……』

『喰イ殺セ‼︎』

 

 それはビーストたちの、森の平穏を乱す余所者に鉄槌を与えよ、という意思だった。

 

「なあお前ら、こいつの処遇は森のボスに決めてもらう。それでいいよな」

 

「ボス……だって…………?」

 

 顔面蒼白になった頭目に向かって、ジュモは上を指差した。

 頭目は、恐る恐る首を上げる。

 

「あ……ああ……」 

 

 頭目の視界には、自身を睨みつけ、見下ろしている、巨大な首長の竜が映っていた。

 それと同時に、頭目が寄りかかっていた巨大な木が“宙に浮いた”。

 

 頭目が寄りかかってた木。その正体は、誘拐された赤子の親――森の主である、フォレストドラゴンの前足だったのだ。

 

「どうやら、てめぇの処遇は決まったみたいだな」

 

「あぁ……あぁぁぁぁぁ…………‼︎」

 

「あばよ、クズ野郎」

 

「ぎゃああああああ‼︎‼︎‼︎」

 

 頭目が最後に見た光景は、自分を押し潰そうと迫り来る、ドラゴンの足の裏だった。

 

 ◇

 

 ずしーん、ずしーん、ずしーん。

 

 遥か遠くまで広がる平原をフォレストドラゴンの巨大な脚が踏みつけていく。

 

 その苔むした大きな背中の上には、オレンジ髪のツンツン頭の姿があった。

 

「いやあ〜悪いな、乗せてもらっちまって」

 

 背中にはリュックサック、お腹には助けた赤子を抱きながら、あぐらをかいて座るジュモ。

 口では遠慮しつつも、ちゃっかりくつろいでいるのであった。

 

 ビーストハンターとの騒動の後、ジュモは赤子を助けたお礼に、半日ほどの間、フォレストドラゴンの背に乗せて貰い、旅路を進んでいた。

 

『オマエ、我ガ息子、助ケテクレタ。感謝スル……』

 

『アリガトウ! ニンゲン!』

 

「おう、次からは攫われないようにお前も強くなるんだぞ?」

 

『ウン! ツヨクナル!』

 

『ニンゲン、進ム方向ハ、合ッテイルナ?』

 

「ああ大丈夫だ。ちゃんと“北”に向かってる」

 

 ジュモ達の住む世界、その唯一の大陸『スピトゥール』。

 ジュモはこの広大なスピトゥールの最北端にある都市、『聖都』を目指す旅人だった。

 フォレストドラゴン達の住む、オルバ大森林に訪れたのはその途中でのことだった。

 

「もうすぐ日が落ちる。送ってくれるのはここまででいいぞ」

 

『ム? モット運ンデモイイガ?』

 

「ありがとな。……でも、夜は危ねえからな。帰りに襲われでもしたら大変だろ?」

 

『……ソレモソウダナ』

 

 ジュモの言う通り、スピトゥールの夜は恐ろしい。

 なぜなら夜になれば、闇から生まれし異形の怪物――魔物(まぶつ)が現れるからだ。

 

『デハ、土産ニ、私ノ鱗ヲ持ッテイケ』

 

 ドラゴンが体を震わせると、ペリリと鱗が一枚剥がれ落ちた。

 

「いいのか?」

 

 フォレストドラゴンの鱗は、磨けば透き通った翠色となり、たちまち美しい装飾品となる。

 そこに、フォレストドラゴン自体の希少性もあり、市場では高値で取引されている。

 

 ジュモは、鱗の金銭的な価値には微塵も興味がなかったが、ドラゴンにとって鱗が大切な体の一部であることは理解していた。

 

『ヨイ、貴様ハ恩人ダ』

 

「そういうことなら、遠慮なく貰ってくぜ」

 

 ジュモは拾った鱗を後ろ腰のポーチにしまうと、森へ帰っていく親子を見送った。

 

「達者でなーー‼︎」

 

 やがて、母親の背の上から手を振る子供の姿がら見えなくなると、ジュモはまた北へと歩き出した。

 

 ◇

 

 夕日が沈みかける頃になると、ジュモは足を止め、野宿するために辺りで一番背の高い木の上に登った。そして、木の周りを飛び交うコウモリたちを見かけると声を掛けた。

 

「おーい、ちょっといいかー?」

 

『ニンゲン?』

『ニンゲンダ!』

 

「俺が寝てる間、何かあったら起こしてくれないか?」

 

 夜になると魔物が現れるスピトゥールで旅をする以上、見張り番は必須である。そのため、一人旅は可能な限り避けるというのが鉄則だが、ビーストテイマーであるジュモは、見張り番を夜行性のビーストに頼むことができる。

 

『ワカッタ! 起コス!』

『何カ! アッタラ!』

 

「よーし、頼んだぞ!」

 

 ジュモがコウモリに手をかざすと、手のひらから光の線が2本飛び出し、二匹のコウモリへそれぞれ吸い込まれていった。

 

 ビーストハンターの頭目を追い込んだ際にも見せたこれは、ビーストテイマーがビーストをテイムする際に放たれる光――『リンクライン』である。

 リンクラインが弾かれず、無事吸い込まれればテイム完了の合図であり、そのビーストとはより高度に心を通わせることが出来るのだ。

 

 ◇

 

「ぐごお〜〜、ぐがあ〜〜」

 

『『オキロ! オキロ!』』

 

「んが……!」

 

 ジュモが眠りについてから一時間ほど。イビキをたてながら爆睡するジュモの周りでコウモリたちが騒ぎ始めた。

 

「……何があった!」

 

 異変に気づいたジュモは、瞬時に飛び起き辺りを見渡すと、木の下に妙なものを見つけた。

 

「あん? なんだありゃ……」

 

 ジュモの視線の先では、緑色の小さな光が二つ、跳ねるように移動していた。

 

「獣の目か……? それともホタルの光か……?」

 

 目を凝らしてみるが、目が覚めたばかりで暗闇に慣れていないジュモでは光の正体は判別できない。

 

『知ラナイ! ナンダロウ!』

『モチモチ! プニプニ! ウゴク!』

 

「はあ? プニプニだぁ……?」

 

 要領を得ない説明に、ジュモはさらに首を傾げた。

 

「こりゃ、自分で確かめるっきゃなさそうだな……」

 

 ジュモは軽々と木から飛び降りると、足音を消して、移動する光へと近づいていく。

 

 

 ぽよんっ ぽよんっ ぽよんっ ぽよんっ

 

 

 ――確かに、モチモチプニプニの何かが跳ねていた。

 その“何か”はよく見れば、球体が二つ隣り合ったような形をしていて、左右それぞれの球体の、前面の中央あたりで小さな光が輝いていた。

 

「なんだありゃ、珍しいスライムか……?」

 

 スライム――ゼリー状の体に、饅頭のようなシルエットを持つ、代表的な|魔物の一種である。

 

 実際、ジュモは球体が二つ横並びになっている、双子のスライムを見たことがあった。 

 ただし、ジュモ知る限り、体の一部が発光するスライムには覚えがなかった。

 だが、住処や構成素材の違いにより派生種類の多いスライムのことだ、未発見の種がいたとしても不思議ではない。

 

 気になったジュモはついに、目の前のスライムもどきを、がばりっ!と後ろから掴みあげた。

 

「きゃあああああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 すると、どこからともなく少女の悲鳴が聞こえてきた。

 

「のわあっ! なんだぁ⁉︎」

 

 驚いたジュモは、たまらずスライムもどきを宙に放りだす。

 すると、スライムもどきは空中で反転し、ジュモの顔目掛けて飛びついてきた。

 

「このっ! 不埒もの‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 再び聞こえてくる、先ほどと同じ少女の声。

 

「もがっ! もががっ‼︎(……まさか! こいつが喋ってんのか⁉︎……いやいや、スライムもどきが喋るなんて、そんな馬鹿な話があるか?)」

 

 ビーストの声が聞こえる男が何を言うか、と多くの人は思うだろうが、ジュモが驚いているのには理由があった。

 

 ジュモがビーストと会話をする際、ビーストの言葉はテレパシーとして直接脳内に届く。

 しかし、今の少女の声は、テレパシーではなく、直接ジュモの鼓膜を振るす形で聞こえていたのだ。

 

 そしてジュモは、スライムもどきを引き剥がそうとする最中、さらなる疑問に苛まれた。

 

 

 ぷにゅん、もにゅん、もみゅっ

 

 

(なんだこいつの体……スライムのくせに妙にあったかい……それに弾力もあるような……)

 

 出現する地域によって種類が変化するスライムだが、特有のぬめりとした体はどの種類にも共通している。

 

 だが、今ジュモの顔に伝わっているのは、柔らかい弾力の何かに挟まれているような感覚と、心地の良い体温だった。

 

(この感触、まるで――)

 

「ぶはあっ‼︎」

 

 ジュモは力任せに、顔にはりついたスライムもどきを引き剥がす。

 そしてジュモは、ようやくスライムもどきの正体を見た。

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 ――ジュモに張り付いていたのは、おっぱいだった。

 

 ――スライムではなく、おっぱいだったのだ。

 

 

 

 その乳房の付け根から先に、本来あるべき女性の体はなく、大きな饅頭を横に二つくっつけたような外観ではあるが、それはやはり、おっぱいとしかいいようがなかった。

 

「い、いやいや……そんなわけ……」

 

 ジュモは訳がわからないまま、おっぱいを両手でわし掴んで左右に引っ張ってみるが、不思議なことに左右の乳房が二つに分かれることはなく、その谷間が少しばかり深くなるだけだった。

 

 やがてジュモは、スライムもどき――もとい、おっぱいもどきの乳首にあたる部分が、緑色に光っていることに気づく。

 そう、ジュモが見た光、その正体はこの、乳首から放たれていた光だったのだ。

 それはあたかも、乳首が大衆の目に触れることのないよう、覆い隠しているかのようだった。

  

「このっ……! いい加減私を揉みしだくのを辞めなさーーーい‼︎‼︎‼︎」

 

 雷でも落ちたかと錯覚するほどの怒声に、ジュモは正気を取り戻した。

 それと同時に確信する。――やっぱり、さっきから喋っているのはこのおっぱいなのだ、と。

 

 ジュモはとりあえず、肺の空気を全て吐き出しながら 叫んだ。

 

「おっぱいがしゃべったあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

 

「馬鹿者っ‼︎ そんなに大きな声を出してはなりません!」

 

「先に叫んだのはそっちだろうが! 大体、叫んだところで問題あるのかよ‼︎」

 

「大アリです! これでは奴らに……‼︎」

 

 ざりっ、ざりっ

 

 何者かが地面を踏みしめる音がおっぱいもどきの言葉を遮った。

 それも、一つだけではない。聞こえる足音はたちまち数十に増えていき、それに伴って『ギャルル……』と人でも、ビーストでもない。“異形”のうめき声が聞こえてきた。

 

「……なるほど、確かに叫んじゃまずかったな」

 

 ジュモが足音のした方へ視線を向けるとそこには、子供ほどの背丈に濁った緑色の皮膚、ギラついた瞳をした小鬼――ゴブリンの姿があった。

 

 現れたのはゴブリンだけではない。スケルトン(骸骨)オーク(豚頭人)コボルト(犬頭人)などが地面を埋め尽くし、空にはゴースト(霊体魔)ハーピィ(半人半鳥)がひしめいていた。

 

 そのあまりの魔物の数に、ジュモの額に冷や汗が垂れる。

 

 ――その異様な集まり方はまるで、何かに誘い出されたかのようだった。

 

「……奴ら、私を執拗に追いかけてくるんです! ようやく撒けたと思ったのに、あなたのせいで見つかってしまったではないですか!」

 

「あぁ⁉︎ 知るかそんなもん! つーかそもそも先に悲鳴を上げたのはそっちだろうが!」

 

「あなたがいきなり掴み上げてきたからでしょう⁉︎」

 

「そんな珍妙な見た目してるから気になっちまったんだろうが! なんでおっぱいの癖に喋ってんだよ! 一体何なんだお前は!」

 

「それが人に質問をする態度ですか! 貴方、非常識で無礼な人ですね!」

 

「喋って動くおっぱいがジョーシキどうこう言ってんじゃ――」

 

『ギャアッ‼︎』

 

 二人の会話を遮るように飛び込んできたゴブリンが、おっぱいもどきに向かって棍棒を振り下ろした。

 

 武器はおろか、腕すらないおっぱいはなすすべなく、その身に攻撃を受け――ることはなかった。

 

 ガギンッ!

 

 金属音があたりに響いた。

 

「っぶねぇ……。油断してんじゃねぇぞ、このおっぱいが」

 

 おっぱいの前に割り込んだジュモが、ガントレットで攻撃を防いだのだ。

 

「貴方、どうして……」 

 

「どうしてもこうしてもあるか。ピンチのビーストが目の前にいるんだ、助けないわけないだろうが」

 

 それが当たり前だと言わんばかりのジュモに、彼女は問いかけた。

 

「貴方は――足も、翼も、尻尾もない。こんな私を見てなお、私をビーストだというのですか……?」

 

 彼女の言う通り、その姿はビーストには決して見えない。

 そのあまりにも奇怪な見た目は、ジュモが初め彼女をスライムだと勘違いしたように、多くの者にとっては魔物に見えるだろう。

 

 ――だが、それでもジュモは、彼女をビーストだと言った。

 

「まさか、そのナリで人間だって言い張るんじゃねぇだろうな。俺は人間が嫌いなんだ。マジで言ってんならこっちにも考えがあるぞ」

 

「い、いえ、そうではなく……!」

 

「――なら!!」

 

 ジュモは棍棒を跳ね返すと、ゴブリンのガラ空きになった腹に鋭い蹴りを放った。

 

『アギャッ!』

 

 急所を的確に蹴り抜かれたゴブリンは、他の魔物を巻き込みながら大きく吹き飛んだ。

 そして、体はたちまち黒い霧と化した。

 

 これこそが、魔物にとっての死だ。

 

 闇が形を持って生まれた彼らの終わりには、一片の肉体すら残らず、それ故にそれを弔う同胞すらいない。

 

 だからといって、魔物が己の定めを嘆くわけもない。

 

 当たり前だ。魔物には、心なんてものはないのだから。

 

 それを十分にしっているからこそ、ジュモは問う。

 

「――お前は死んでも欠片ひとつ残らない、血も涙もない魔物か?」

 

「――それは。――それだけは違います」

 

 彼女はきっぱりと言い切った。

 その言葉には、強い意思が宿っていた。

 

 ジュモがニッと笑う。

 

「生き物は魔物か、人間かビーストか。そのどれかに当てはまる。

 俺みたいな野生児のガキだって知ってる常識だ。――なら、人間でも、魔物でもねぇお前はきっと……いや、間違いなくビーストだ」

 

 ――だから、助ける。

 

 包囲していた魔物が一斉にかかってきてもジュモは一歩も引かず、

 彼女を左腕で抱え込むと、迫るオークを踏み台にして大きく飛び上がった。

 

「きゃあっ!」

 

「荒っぽくなる! ちゃんと捕まってろよ、おっぱい!」

 

 すると、ジュモの腰に巻かれた鋼のベルトがほどけだし、後ろ腰の一点を軸にして垂れ下がった。

 その様はまるで、ジュモに尻尾が生えたようだった。

 

橙猿の尾(モンキーテール)‼︎」

 

 ジュモの声に応じて、ベルトは正面の木に向かって伸びていき、高い位置の枝へと巻きついた。

 

「まずはここを突破するぞ!」

 

 ジュモは枝を支点に、体を振り子のようにスイングさせ、勢いよく空中へと飛び出した。

 

「上から魔物がきます! ……三体‼︎」

 

「わかってらぁ! 剣虎の爪(タイガークロー)‼︎」

 

 すると、今度は右腕のガントレットから三本の鉤爪がせり出し、接近するインプ(魔妖精)を切り裂いた。

 

 ジュモが全身に身につけた装備は、用途により変形する絡繰(からくり)武具である――その名も獣形装(ビースティック・アームズ)

 

「その武器は一体……?」

 

「それが知りたきゃまず、ここを生き延びることだ。とにかく今は全力で逃げるぞ!」

 

 ◇

 

 一度は魔物の包囲網を突破したジュモ達だったが、魔物の勢いは衰えず、彼らはなおも草原を全力で駆け続けていた。

 どころか、数を減らしたと思っても新たな魔物が合流してくるため、追手の数は増える一方だった。

 

「鳥の魔物が来ています! 五時の方向!」

 

「あ? えーと五時っつーと……」

 

 ゼリルの指示に首を傾げていると、魔物から放たれた空気弾がジュモの頬を掠めていった。

 

「あっぶね……! 蜥蜴の尾(リザードテール)‼︎」

 

 ジュモは振り向きざまに(ハーピィ)のいる方向へ向かってベルトを振るうと、ベルトは鞭のようにしなり、魔物を吹き飛ばした。

 

「おい! 急に訳わからん指示出すなよ!」

 

「訳わからんって……時計の方向で指示を出しただけじゃないですか!」

 

「なるほどそういう方法があるんだな! 教えてくれてありがとよっ……!」

 

 ジュモは、不満をぶつけるかのように、正面に回り込んできたコボルトへと、渾身のかかと落としを見舞った。

 

 街ごとに一つは必ず設置されている時計――その文字盤を基準に方向を示す方法は、街で教育を受けた者なら誰だって知っている。

 だが、ジュモの育ての親、獣人のパザラが教えたのは、単に時計の読み方だけだったのだ。

 

「次からは「後ろ」とだけいってくれりゃ、それでいい」

 

「それでは避けるには……」

 

「それくらい勘でどうにかする」

 

「……信用していいんでしょうね」

 

「それにしても次から次へとキリがねぇ……! こいつら明らかにお前を狙ってるけど、お前一体何なんだよ!」

 

 好転しない状況に、いよいよジュモが尋ねる。

 だが、その返答は予想だにしないものだった。

 

「……そんなの、私だって知りませんよ‼︎」

 

「はあ⁉︎」

 

「何も覚えていないんです! 目が覚めたら林の中にいて、気づいたら奴らに追いかけられてたんですよ‼︎‼︎」

 

「覚えてないだぁ? 冗談はそのおっぱいだけにしやがれ!」

 

「私だって好きでこんなおっぱ……胸みたいな見た目なわけじゃないんですよ! だからその……お、おっぱいって言うのやめてくれませんか⁉︎」

 

「おっぱいはおっぱいだろうが!」

 

 ゼリルと終わりのない言い合いを続けながらも、ジュモは魔物を蹴散らしていく。

 その奮闘の甲斐もあり、追っ手はまだまだ多いものの、その襲撃が一瞬止んだ。

 

「なあおっぱい、俺たちはそろそろ、お互いの話をしなくちゃならねぇんじゃないのか?」

 

「分かっています! でもそんな状況じゃないでしょう⁉︎」

 

「“アレ”を使う」

 

 ジュモが顎で差した先には、周りの木よりもひときわ高い、しなやかな幹をした木が立っていた。

 

 「また荒っぽくなる。ちゃんとくっついとけよ!」

 

「ま、待ってください、説明を……!」

 

長蛇の拘束(スネーク・バインド)‼︎」

 

 ジュモが腰からベルトを伸ばすと、名の通りそれは蛇のように木へと巻きついた。

 

「どっこい……しょ‼︎」

 

 ジュモがベルトを両手で握りしめ、思い切り引っ張った。

 

 ミシ……ミシミシ……‼︎

 

 すると、木は引っ張られる方向へ、軋みながら大きくしなり始めた。 

 

「あの……とても嫌な予感がするのですが……」

 

「どっせい‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 ジュモがベルトから手を離すと、木が元に戻るいきおいで、大きく吹っ飛んだ。

 

「きゃあああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 ジュモたちは、まるでパチンコから放たれた玉のように、宙を高速で突っ切っていった。

 

「ちゃ、着地! 着地できるんですか⁉︎」

 

「任せろ‼︎」

 

 ジュモの言う通り、着地点は川だった。

 

 川から上がった。

 

 ゼリルが全身を振るわせて体の水を払う。

 

 ぶるん、ぶるん、ばるん、ばるん

 

「おお……」

 

 その見事な揺れっぷりにジュモが感嘆の声を漏らすが、彼女はそのことに気づく余裕はなかった。

 

「……酷い目に遭いました。着地点が川だったからよかったものの、そうじゃなかったらどうするつもりだったんですか⁉︎」

 

「この辺りに川が流れてるのは、さっき飛び上がったときに確認してる」

 

「よ、よく分かりましたね……」

 

「まあな。でもこれで逃げられただろ?」

 

「めちゃくちゃにもほどがあります。これでお互い風邪を引かなければいいですが」

 

「だな」

 

 ジュモは落ち葉を集めると、ガントレットから生やした爪を両手で打ち鳴らした。

 すると散った火花が着火し、あっという間に焚き木となった。

 

 

 

「――で、俺の聞き間違いじゃなけりゃお前、記憶がないっていったか?」

 

「ええ――先ほど話した通りです。

 

「……嘘じゃないんだろうな」

 

「あたりまえでしょう。そんな嘘、ついても意味がありませんし、そもそも、嘘は好きではありません」

 

「そうかよ。……にしても、おっぱいのビーストねぇ。もっとよく調べさせてくれよ」

 

「辞めなさい! 破廉恥な!」

 

 ジュモが触れようとすると、彼女は身を引いた。

 

「破廉恥って……。全身おっぱいなんじゃ、どこ掴んでも破廉恥扱いじゃねぇか。……ま、ここで出会ったのも何かの縁だ。お前がこの後どうするのかどうかは知らねぇが、とりあえず朝までは俺が守ってやる」

 

 ――魔物は光に弱く、日光をまともに浴びればたちまち消滅してしまう。そのため、魔物は朝が来ると逃げ去っていくのだ。

 

「……ありがとうございます。正直、大変助かってます。あなたがいなければ、私はとっくに殺されていたでしょう」

 

 

「――なあ、おっぱいは」

 

「だから、そのおっぱいって呼ぶのをやめてください!」

 

「じゃあ、なんて呼べばいいんだよ」

 

「名前で呼んでください。私の名は――」

 

「どうした……?」

 

 彼女の言葉が途切れた理由に、ジュモは少し遅れて気づく。

 

「ああそうか、お前、自分の名前も思い出せないのか」

 

「……ええ」

 

「でもおっぱい呼びは嫌だ、と……難しいこと言いやがるな」

 

 するとジュモは名案を思いつく。

 

「よし、じゃあ俺がお前に名前を付けてやる!」

 

「はい?」

 

「そしたら問題解決だろ?」

 

「ま、まあそうかもしれませんが……」

 

「じゃあ決まりだな」

 

 するとジュモはうんうんと考え始めた。

 一つ問題があるとすれば、森で育ったジュモに、まともなネーミングセンスがあるかだが――。

 

「なあ、パイパイとニュウニュウだったらどっちがいい⁉︎」

 

「どっちもお断りです‼︎」

 

「なんだよ折角考えてやったってのに……文句の多い奴だな」

 

「十中八九、どちらの名前も胸からの連想でしょう⁉︎ 嫌ですよそんなの! つけるならもうちょっと普通の名前にしてください!」

 

「普通だぁ⁉︎ くっそ、また難しいこと言いやがって……」

 

 首が折れそうなほどに傾げながらしばらく考えたジュモは、ようやく何かを思いついたようだった。

 

 

 

「ゼリルってのはどうだ?」

 

「ゼリル……ですか?」

 

 どうせまた珍妙な名前が出てくるのだろうと身構えていた彼女は、その、意外にもまともな名前に素っ頓狂な声をあげた。

 

「ああ、前に人間の街で見かけた菓子の名前から取ったんだ」

 

「なるほど……」

 

(なるほどって、どうせまた文句言ってくるんだろうが……)

 

 ゼリル同様に身構えるジュモだったが、帰ってきたのは少し意外な答えだった。

 

「気に入りました」

 

「……あ?」

 

「……わからない人ですね。貴方が付けてくれた名前が気に入ったって言ったんです」

 

「本当に言ってんのか?」

 

「ええ、ですから、私は“ゼリル”と名乗ることにします。だからあなたも、ゼリルと呼ぶように」

 

「わかったぜ、おっぱ……じゃねぇ、ゼリル」

 

「あなたまた……」

 

 はぁ、とため息をつきながらも、おっぱいもどき――改め、ゼリルは少し嬉しそうだった。

 

 ――『ゼリル』という菓子は、ジュースなどを固めた、“適度な弾力がありプルプルとした質感”が特徴である。

 つまるところ、それもおっぱいから連想されたものであった。

 

 ――その残酷な事実をゼリルが知ることになるのは、もう少し先の話だ。

 

「ところでいい加減、あなたの名前も教えていただけますでしょうか?」

 

「そういや言ってなかったな。俺はジュモ。ジュモ・オレンジバック。旅のビーストテイマーだ」

 

「ビーストテイマー……なるほど、それで私を守ってくれようとしたのですね」

 

「ああ。森で育った俺にとっちゃ、ビーストは同族……いや、仲間みたいなもんでな。助けずにはいられねぇんだ」

 

「森で育った……ですか?」

 

「ああ。ガキの頃、人間に親を殺されてな。天蓋孤独になったところを、森に住んでたパザラ――オレンジバックの獣人に拾われて以来、俺は森でビーストと一緒に生きてきたんだ」

 

「では、その名前は……」

 

「ああ、オレンジバックってのはパザラの種族名で、勝手に名乗らせてもらってる。パザラは自分の家名はなかったからな。――ま、そんな諸々で、俺は人間が大嫌いなんだ」

 

 だからジュモは、あのビーストハンターのような男は、絶対に許さないのだ。

 

「……そう、ですね。あなたの境遇を考えれば、人間を嫌いになることはごく自然なことだと思います」

 

「そりゃどうも」

 

「――ジュモ、あなたのことが今少しわかりました。その上であなたは伝えておこうと思います」

 

「あ? なんだよ急に改まって」

 

 

「全ての人間が悪だという考えに私は賛成できません。確かに、この世には盗みを行ったり、嘘をついたり、他者を傷つける人間もいます。それは事実です。……ですが、そうした行動を選んでしまう背景には、必ず何かしらの理由があるのです。真に“悪”と呼べる存在がいるとすればそれは――」

 

 ゼリルの話をあくび混じりに聞いていたジュモだったが、あることに気づく。

 

「説教垂れてるとこ悪いが――奴ら、思ったより鼻が効くらしい」

 

『ギャアァ……』

 

 わざわざ追いかけてきたのか、先ほどの場所から追ってきたのか、はたまた、近場にいた魔物が嗅ぎつけてきたのかは分からないが、ジュモたちは魔物に囲まれていた。

 

「面倒だが、この程度の雑魚魔物、何度囲まれたって突破してやるぜ。ゼリル、しっかり捕まってろよ!」

 

 ジュモは、肩にゼリルを乗せると、再びガントレットから爪をせり出させた。

 

 襲いくる無数の魔物に、ジュモは獣形装(ビースティックアームズ)を次々切り替えながら応戦していく。

 

 ガントレットから爪や鎌を生やし、時にはそのまま拳を振るい、レガースから突き出る棘や刃で魔物を踏みつけ、伸縮自在のベルトは、鞭や槍となり、多くの魔物を屠った。

 

「すごい……!」

 

「当たり前だ。この獣形装(ビースティックアームズ)は、パザラの友人(ダチ)に作ってもらった特注品なんだからな」

 

 すると、まるでジュモの腕を試すかのように、木々の中からゆらりと立ち上がる、巨大な人影があった。

 

「あれは……!」

 

「ははっ、こいつは超ラッキーだぜ……! 何せ、あんなどでかい魔物が生まれる瞬間を見れるんだからよ」

 

 魔物は空気中の“魔素”が集まることで初めて形作られる。巨大な魔物が現れるということは即ち、それだけ大量の魔素が集まったということだ。

 

 その巨体の名はギガント・オーガ。まるで岩のように隆起した灰色の肌に、どんなものでも噛み砕いてしまいそうな鋭い牙を持つ魔物だ。

 そして、この周辺で最も脅威となる魔物である。

 

『グオオオォォォ‼︎‼︎‼︎』

 

 その巨椀が、木々や魔物を巻き込みながら振り落とされると、大きな地響きが起きた。

 

「このっ! デカブツが‼︎」

 

 拳を避けたジュモが、振り下ろされた腕に刃を突き立てるが、硬い皮膚に弾かれてしまった。

 

「クソっ、やっぱだめか」

 

「あ、あんなの、どうやって倒すんですか⁉︎」

 

 するとジュモはニヤリと笑った。

 

「見てろ、戦いかたってのは色々あるんだぜ?」

 

 ジュモは魔物を躱しながらオーガの足元に飛び込むと、右腕のガントレットから、再び鎌を生やした。

 

「それではまた弾かれてしまいます‼︎」

 

「よく見てみろ」

 

 一見鎌のように見えたそれは、よく見れば先ほどよりも鋭く、分厚く、なにより刃がついていなかった。

 

 まるで、一箇所を抉り取るように鋭利なそれは――。

 

「ツルハシ……?」

 

「大正解だ」

 

 ジュモがツルハシを振るうと、ガッ! と音を立てて刃がオーガのアキレス腱に食い込んだ。

 

「入った……!」

 

「まだまだぁ!」

 

 がちゃりと、今度はジュモの左腕がハンマーに変形すると、オーガに突き刺さっているツルハシの平たくなっている反対側に打ちつけた。

 

ウッドペッカーストライク(キツツキの採掘)‼︎」

 

 ツルハシの先端が大きくめり込むと、オーガが悲鳴をあげ膝をついたかと思うと、意地でもジュモを潰そうとがむしゃらに暴れはじめた。

 

『GYAAAAAAAA‼︎』

 

「すごい……」

 

「さぁて、これでようやく戦いやすくなった。あとは脳天ぶっ叩いてやればおしまいだ」 

 

 ジュモはオーガの肩を踏み台にして大きく飛び上がると、落下の勢いの乗せたツルハシ攻撃を振るう。

 だが運悪く、がむしゃらにあばれるオーガの拳がジュモを横から殴った。

 

「ぐえっ‼︎」

 

 空中で横から殴られたジュモは、木々の間を突き抜けながら大きく吹き飛ばされた。

 

「ジュモ! 後ろは谷です‼︎」

  

「マジかよっ! 長蛇の拘束(スネーク・バインド)‼︎」

 

 伸ばしたベルトを木の枝に引っ掛け、落下するすんでのところで留まった。

 べきりと枝が折れると、ジュモたちは勢いよく地面に転がった。

 

「ぐっへぇ……」

 

 ジュモは土に半分埋まったゼリルを引っこ抜くと、後ろをちらりと見た。

 

 ゼリルの言った通り、そこには巨大な谷があった。

 その深さは相当なもののようで、暗くて谷底はよく見えない。

 

「今のは結構危なかったぜ……」

 

「ジュモ! 怪我は⁉︎」  

 

「咄嗟にガードできたから大丈夫だ。それに俺、結構頑丈みたいだしな」

 

 すると、ジュモたちを仕留めきれていないことに気づいたオーガがズシンズシンと迫ってきていた。

 

「さて、あの分じゃ俺が与えたダメージも治ってそうだな、どうしてやるか……」

 

「背後の谷に突き落とす、というのはどうでしょうか」

 

「よし、それ採用!」

 

 崖際までオーガを引きつけると、ジュモは背後に回り込もうとした。

 すると、それを悟ったオーガもジュモに合わせて体を反転させ、再びジュモを正面から見据えた。

 

「ちっ、魔物(まぶつ)のくせに一丁前に学習しやがって」

 

「どうするのですか?」

 

「不思議だよなあ、ゼリル。魔物ってのは体が闇だけでできてるのに、ヒト型なら急所も人と同じなんだからよ!」

 

 ジュモはオーガに向かって駆けると、今度はオーガの“足の小指”

 にツルハシを振るった。

 

木偶の坊(オーガ)さんよ! テメェは足の小指をぶつけた時の痛みを知ってるか?」

   

『GAAAAAAAAAA‼︎』

 

 悶え苦しむオーガがたまらず足を一歩引き、崖際へと近づいた。そして、再び暴れ始めた。

 

「あともうひと推しです!」

 

「いいや、もう終わりだ」

 

「え?」

 

「こんな崖際で暴れたらどうなるか、簡単に想像できるだろ?」

 

 すると、ミシミシという音とともに、オーガの立つ崖際の地面に亀裂が入り始めた。

 

「まさか!」

 

 ゼリルが驚くと同時に、オーガの立っていた地面がごっそりと崩れ落ちた。

 

「あばよ! 木偶の坊!」

 

 落ちゆくオーガは最後の抵抗に、ジュモを道連れにしようと腕を伸ばした。

 

「今更捕まるかよ」

 

 そう言ってジュモが、崖から離れるように跳んだ瞬間のことだった。

 ジュモの体が、何かに掴まれ、空中で静止した。

 

「は?」

 

 見ると、空中に留まっていたハーピィがジュモの背を掴んでいた。

 そして、ハーピィは谷の真上まで移動すると、足の指を開き、ジュモたちを放り出した。

 

「「あ」」

 

「あの羽野郎‼︎‼︎ ちくしょう! こんなところでくたばってたまるかよ!」

 

「ええ! ジュモ、ベルトを!」

 

「分かってる! 槍蜥蜴の尾(リザードテール)‼︎」

 

 尾の先端がジャギン!と槍のように変形し、壁に向かって勢いよく打ち込まれるが、ジュモの体重に加え、落下の勢いが加わったことで、すぐに外れてしまう。

 

「クソッ!」

 

「岩に刺すのは諦め、木の時のように巻きつけましょう! 合図は私が出します!」

 

「……分かった!」

 

 そして、岩が突き出るように飛び出た部分を見つけた。

 

「今です!」

 

長蛇の拘束(スネークバインド)‼︎」

 

 伸びたベルトが岩に巻きついた。

 

「よしっ!」

 

 ジュモはそのまま、向こう岸の石壁にとりつこうと、壁に向かってスイングした。

 そして、壁にとりつこうと、ガントレットから伸ばした爪を壁に食い込まさんとした。 

 

「ジュモ、また上からきます!」  

 

「ちっ! 

 

 ハーピィは半人半鳥の魔物である。それはつまり、少なくとも人間の半分程度の知能を持っていることを意味していた。

 

 ハーピィの放った空気弾は、全てベルトに着弾し、ベルトの掛かっていた岩を砕いた。

 

「クソッタレが‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 支えを失ったジュモたちは、再び空中に放り出された。

 そして、もう一度ベルトを放るには時間がなかった。

 

「こうなったらお前だけでも」

 

 ジュモが、ゼリルを上に放り投げようとする。

 せめて、ゼリルだけでも助けよう、と。

 

「――諦めてはなりません‼︎」

 

 だが、ゼリルはそれを一喝した。

 

「んなもんわかってる! けどこの状況で一体何を――」

 

「――祈りましょう」

 

 ゼリルが凛とした声色で告げる。

 

 “祈る”それは、尊き行為ではあるが、直接的な解決手段ではない。

 それ故に普段のジュモであれば、素っ頓狂な声を上げるか、文句を言っていただろう。

 だが、ゼリルからは有無を言わせない、ある種の神秘的な雰囲気を放っていた。

 

「……分かった、ただ諦めながら死ぬよりかは、いるかもわかんねぇ女神に祈るほうがよっぽどマシだ‼︎」

 

 そう言ってジュモは目を瞑り、ぎこちなく胸の前で手を握り合わせた。

 

 ――女神ニューリア。

 

 かつての聖と魔の戦いにおいて、魔人カラボスを打ち破った末、傷ついた自らの体を世界中に散らばせたという女神であり、このスピトゥールで広く信じられている『聖教』の唯一神である。

 

 森で育ったジュモにとって、神だの教えだのと言うものは、御伽話と同義であり、故に、ゼリルの呼び掛けがなけらば、ジュモが祈ることは決してなかっただろう。

 

 だからだろうか。

 ジュモたちが谷底に身を叩きつけられんとしていたその瞬間、奇跡は起きた。

 

 ジュモの体を、淡い緑色に光る球体が包んだ。

 そのまま地面に衝突し、ドガン‼︎ と轟音が鳴り響くが、ジュモは負傷どころか、衝撃一つ感じなかった。

 

 ジュモは、おそるおそる目を開けた。

 

「助かった……のか?」

 

 すると、役目を終えたとばかりに身を包んでいた球体が消滅した。

 ジュモは、ゆっくりと立ち上がった。

 

「おいゼリル、なんだか分からんが俺たち助かったぞ!」

 

 だが、返事がない。

 

「ゼリル?」

 

 不審に思い、ジュモはゼリルを見ると、ある異変に気づいた。

 

「な、ない……!」

 

「乳首の光が……ない……‼︎‼︎」

 

 ゼリルの乳房の先端から放たれていた光が消え、隠されていた乳首が露わになっていたのだ。

 だが、さすがのジュモも赤面している場合ではなかった。

 光が消える、ジュモにとってその光景は、命が消えることを連想させたからだ。

 

「おいゼリルしっかりしろ! 死んでねぇよな!」

 

 ゼリルの胸に耳を近づけると心臓の鼓動が聞こえてきたことに、ジュモはひとまず安堵した。

 

「気絶してるだけ……なのか? ……ったく、少なくとも目がついてりゃ判別できるってのに、こう言う時おっぱいってのは不便だよなぁ……」

 

「おっぱいじゃぁ……ありません……」

 

 ゼリルが寝言のようにいうと、再び胸を上下させはじめた。

 

「これなら大丈夫そうだな」

 

 そして、ジュモは一つ気になることがあった。

 ジュモを守るように、光る球体が現れたかと思えば、ゼリルの光が消えていたというこの事実。

 

「……ひょっとして、お前が守ってくれたのか?」

 

 ジュモがぼやくように尋ねるが、ゼリルはまるで寝息をたてるように、静かに胸を上下させるだけだった。

 

 ◇

 

「よっ……ほっ……よっ……はっ……」

 

 あれから、ジュモはすぐに崖を登り始めた。

 そして、一定の間隔で聞こえてくるジュモの声に、ゼリルは目を覚ます。だがどういうわけか、ゼリルの視界は真っ暗だった。

 

「ん……。えーと……ちょ、ちょっと一体今どういう状況ですか⁉︎ 何も見えません!」

 

「やっと起きたか……? つーかお前の目ってどこだ?」

 

 尤もな意見である。

 

「その……視界の情報はち、乳首の部分から得ています……」

 

「ああ、なるほど」

 

 すると、ジュモはぺろんと服の胸元を捲り、“胸元にしまい込んでいた”ゼリルを出した。

 

「これで見えるだろ?」

 

「あ、あなた! 私を自分の胸にしまい込んでいたのですか⁉︎」

 

「しょうがねーだろ、背中に縛り付けたら落ちた時に助けられねぇしよ」

 

 断崖絶壁を登るためにジュモは両手を開ける必要があった。そして、その結果ジュモはゼリルを自分の胸元にしまうことにしたのだ。

 

 そしてゼリルを胸元にしまったことで、それはあたかもジュモが巨乳……いや、爆乳の持ち主になっているかのようだった。

 

「でもまぁ、元気そうじゃねぇか」

 

 ジュモは、ゼリルの胸に、緑色の光が戻っていることに気づいた。

 

「そうだ、私たちどうやって助かったんですか!」

 

「覚えてねぇのか?」

 

「……はい?」

 

「谷底に落ちる瞬間、光の球体?バリア?みたいなのが貼られて俺たちは助かったんだ。バリアーの色がお前の乳首と同じ色だったから、てっきりお前がやったんだと思っていたが……」

 

「光の球体……すみません、覚えがありません」

 

「そうか」

 

「それより、私の身を案じてくれるのは有り難いですが、私の収納場所は、もう少し何とかならなかったのですか……?」

 

「俺だって他の方法があるならそうしてる。自分におっぱいがついてる見たいで、なんか変な感じするしよ……。でも、これしか方法が思いつかなかったんだからしょうがねーだろ」

 

「…………確かに。非常に不服ですが、この方法がベストだったと私も同じ結論に辿り着きました。……ズボンの中に仕舞われるよりはよかったと考えることにします」

 

「ズボンか……、それは考えてなかったな」

 

「本当にやめてください‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 その後も売り言葉に買い言葉の喧騒を撒き散らしながら、ジュモはついに、崖を登り切った。

 

 ジュモが空を見上げると、長かった夜が明け、煌々とした朝日が差し込みはじめるところだった。

 

「ジュモ、空が……!」

 

「ああ、夜明けだ――」

 

 ジュモ達のもとへ再び集い始めていた魔物が、日の光を避け散り散りに逃げていく。

 そして、日陰に入ることができず、日光を直接浴びてしまった魔物は、一瞬にして消滅してしまった。

 

「魔物が、消えていく……」

 

「日の光は奴らの弱点だからな。……これでようやく、落ち着いて話ができそうだ」

 

「そうみたいですね」

 

「……お前、これからどうするんだ?」

 

「どうする……ですか?」

 

「目的っつーか、やるべきことっつーか。記憶喪失ってわりには魔物のこととかは覚えてたみてーだし、何か他に覚えてることとかねぇのか?」

 

「……目的、と言ってよいのかはわかりませんが……」

 

 ジュモの問いに、ゼリルは自身なさげに答えた。

 

「私は、どこかに行かなければならない気がするのです」

 

「どこかって、どこだ?」

 

「それは……わかりません」

 

 それを聞いたジュモは、「がはは!」と笑い出した。

 

「そんなことだろうと思ったぜ」

 

「な……! 何も笑うことはないじゃないですか!」

 

「わりぃわりぃ。なあゼリル、俺と来ないか?」

 

「あなたと、ですか?」

 

「ああ、ビーストに乗って移動できるから、お前一人より確実に早く移動できるぞ」 

 

「それはそうでしょうが……、あなたの旅にも何が目的があるのでは?」

 

「そういや、まだ言ってなかったな。俺は『聖地』を目指して旅をしてる」

 

「聖都?」

 

 ジュモは「聖都ってのはな……」と指で地面にスピトゥールの地図を描きはじめた。

 海に囲まれたスピトゥールの大地は、北に行くにつれ狭まっていく地形である。そして、雫のような形から別名、『涙の大地』と呼ばれている。

 

「で、俺が目指してるのはここだ」

 

 大陸の最も北、雫の頂点の部分をジュモは指さした。

 

「この天辺の場所が聖都、なんですね」

 

「ああ。なんでも聖地には強ぇ聖術を操る聖女がたくさんいて、『闇の国』の入り口を塞いでるんだってさ」

 

「闇の国、ですか?」

 

 ゼリルの脳裏に浮かんだのは、先ほどまで自分たちを追いかけていた魔物たちのことだ。

 

「ああ、実はスピトゥールには反対側があってな」

 

 ジュモは雫型のスピトゥールの大地のさらに北に、鏡写しになったもう一つの雫型の大陸を書いた。

 二つの雫型の大陸が線対称につながり、大地の形はあっという間に雫から、八の字型に変わった。

 

「こっち側が魔物どもがうじゃうじゃいる闇の世界だ。……昔、『聖魔大戦』って呼ばれてる戦いで女神ニューリアが魔神カラボスとその軍勢を滅ぼしてな。でも、闇の国そのものは滅ぼせなかったから、聖都で光の壁を貼って入り口を封印してるんだ」

 

「それでは今、壁の向こうはどうなっているのですか?」

 

「……さあな。復活した魔物(まぶつ)がうじゃうじゃ犇いてるかもしれないし、大陸がなくなってるのかもしれん」

 

「ジュモは、どうして聖都を目指そうと……?」

 

「俺はこれをパザラの妹に渡すために聖地に向かってる」

 

 そういってジュモは、胸元にしまってあったペンダントを引き抜いた。

 

「パザラさんは、あなたの育ての親、なんですよね。その妹、ですか? でも、一体どうして……」

 

 ジュモは、どこか遠いところを見るように答えた。

 

「さあな。パザラが妹の話をするなんて、その時が初めてだったんだ……でも、それがパザラの最期の言葉だってんなら、その願いを叶えないわけにはいかないだろ」

 

「え?」

 

「パザラはもう死んでる。一年前にな」

 

 そう言い放ったジュモの表情は、達観とも諦観ともとれるものだった。

 

「殺されたんだよ、人間に」   

 

「ジュモ、それは――」

 

「俺の親は全員、人間に殺された。友達(ビースト)だって、たくさん殺された」

 

「だから……あなたは人間を憎んでるのですね」

 

「わかったろ。――それでもよけりゃぁ、お前をどこかもわからねぇ目的地まで連れて行ってやる」

 

「宛のない旅ですが、目下の目的が今ひとつできたようです――」

 

 そう言って、ゼリルは微笑んだ。

 どうしたっておっぱいな彼女だが、少なくともジュモには、そう見えたのだ。

 

「旅の道中、『全ての人間が悪ではない』その事実をあなたに説くことにします」

 

「はっ、やれるもんなら」

 

 

 

 ――『人間嫌いの野生児テイマー』と、『正体不明のおっぱい』。

 後に、世界の命運を左右することになる、奇天烈珍妙なコンビが誕生した瞬間だった。

 

 

 

「決まりだな。さて、とりあえずの目的地は――」

 

 ジュモが言いかけたその時、ゼリルの光が眩く輝きはじめた。

 

「きゃあっ!」

 

「うおっ! なんだぁ⁉︎」

 

 次の瞬間。光はと光線(ビーム)なってジュモの頬を掠めながら、彼方へと放たれた。

 

「熱っ……くねぇ? むしろあったけぇ……? つーか、今度は一体何なんだよ!」

 

「――ジュモ、分かりました」

 

 慌てふためくジュモとは反対に、ゼリルは落ち着き払っていた。

 

「あ?」

 

「この光が指し示す先に、私が目指すべき場所があるはずです」

 

「そうなのか? でも、こうやって方向を変えたら」

 

 「方向を変えたら意味がないだろう」。そう思ったジュモがゼリルを持ち上げ、反転し、光線を反対の方向へ向けようとすると――

 

「うおっ‼︎」

 

 ジュモの怪力をも上回る勢いで、ゼリルは勢いよく元の方角を指す方向に戻った。それはまるで、方位時針が北を指し続けるかのようだった。

 その勢いに振り回され、吹き飛ばされたジュモが地面に転がる。

 

「これでわかりましたか?」

 

「……ああ、まるで何か強い力に引っ張られてるみてーだった」

 

「私も同じように感じました。――だからきっと、この光は私を導く光なのです」

 

「なるほど、少なくともお前の目的地が真北の方角ってのはわかったな……確か『ジラーマ』っつー人間の街があったはずだ。避けて通ろうと思ってたが、仕方ねぇ行ってみるか」

 

「ええ、よろしくお願いします」

 

「じゃあよろしくな」

 

 ゼリルの上に手を置くと、ジュモは無意識のうちにリンクラインを出していた。

 

 ジュモから飛び出た光が、いつものテイムと同じようにゼリルへと吸い寄せられていく。

 

 だが、光はゼリルの体に吸い込まれることなく弾かれ、すぐに消えてしまった。

 

「あ?」

 

「ジュモ、どうかしましたか……?」

 

「いや、普通だったら光がビーストの体に吸い込まれてテイム完了ってことになるんだが……」

 

 不思議に思ったジュモがもう一度リンクラインを放つが、やはり同じように消えてしまった。

 

「消えてしまいますね」

 

「ああ、こんなの初めてだ…………お前本当にビーストか?」 

 

「わ、私を助けてくれた時はビーストだって断言してくれたじゃなにですか!」

 

「わかったわかった、冗談だって! 初めてのことだから驚いただけだ」

 

「も、もう! 一緒に旅してくれるって話、断るなら今のうちですよ!」

 

 その言葉に、ジュモはまたニヤっと笑って言った。

 

「バーカ、もう俺はお前と旅することに決めたんだ。今更お前が何の生物かとかはどうでもいい」

 

 ジュモは立ち上がる。

 

「さあ行こうぜ、ゼリル」

 

  

 

 こうして、一人と一房(一匹?)の旅路が幕を開けた。

 

 なお、ジュモが寝床にした木にリュックを置き去りにしたことに気づいたのはこの直後のことである。

 

 

 ◇

 

 

「はあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………」

 

 ジュモは大柄なシカの動物(ビースト)、ケリューディアーの背に跨りながら、大きなため息をついた。

 

「さっきからため息ばかりついて……、聞かされるこっちの身にもなってくださいよ」

 

 呆れたように返答するのは、ディアーの首元に跨がった……もとい、へばりついているゼリルだ。ディアーが地面を蹴るたびに、その乳房がばるんばるんと盛大に揺れている。

 

「だってよ〜〜〜〜……」

 

 ぼやくジュモの背には、リュックがないままだった。

 

 

 

 ――遡ること、一時間前。

 置き忘れたリュックを取りに、寝床にした木まで戻ったのだが……。

 

「――リュックがねぇ‼︎」

 

 木の上に登って見渡してみても、そこにリュックはなかった。

 

「本当にこの木で合ってるんですよね?」

 

「それは間違いない。でも一体なんで……」

 

 ジュモは木を降りてあたりを見回していると、ついにリュックを盗んだ犯人の痕跡を見つけた。

 

「なーるほど、そういうことか」

 

「ジュモ、何か見つけたのですか?」

 

「ゼリル、これわかるか?」

 

 ジュモは木の幹を指差す。

 木の幹には、木を登っていくように、小さな傷が一定間隔でついていた。

 

「この傷が、犯人の痕跡ですか?」

 

「ああ……そんで、これを辿れば……」

 

 幹の傷を追っていくと、木の根本あたりに小さなビーストの足跡と、それからバックパックを引きずっていったであろう跡が残っていた。

 

「ひょっとして、この足跡の主が、リュック消失の犯人ですか?」 

「ああ。それに、犯人の検討もついてる。シーフラビットの仕業だな。あいつら、珍しいものを見るとすぐ盗んでっちまうんだ」

 

 シーフラビット――二足歩行に進化したウサギのビーストで、その最たる特徴は珍しい物を見つければ、それが何であろうと巣穴に持ち帰ってしまう手癖の悪さだ。

 

「では、この足跡を追いかければパックが見つかるわけですね」

 

「まあな。だけど、追いかけるのは辞めだ」

 

「いいのですか?」

 

「あいつらが物を盗っちまうのは本能だからな、人間が欲に眩んで盗むのとは訳が違う。それに、この帰りの足跡をみてみろ、壱岐に比べてすげぇ地面が抉れてるだろ? 俺のバッグにゃ色んなもんが詰まってた。だから引きずるだけじゃ運べなくて、地面を思いっきり蹴って、少しずつ押して運んでったはずだ」

 

「痕跡からそんなことまで……」

 

「長いことあいつら(ビースト)と暮らしてきたからだろうな、何となく分かっちまうんだよ。どれだけ頑張って運んだのかも。だから、俺はあいつらからバッグを奪って頑張りを無駄にしたくない」

 

「ジュモ、あなたは本当にビーストを愛しているのですね」

 

 

 

 ――ということがあったのだが……

 

「自分でリュックを取り返さないと決めたのだから、もっと堂々としてなさい!」

 

「そうは言ってもよぉ、あのバッグには旅の途中で出合ったビーストからもらった物とか色々入ってたんだぜ? それとこれとは話が違うんだよぉ……」

 

 そう言って、ジュモは腹いせとばかりに無言でゼリルを揉みしだき続けた

 

「あっ! こらっ! なんで私を揉むんですか!」

 

「いいじゃねぇか、減るもんでもねぇし……改めて見ても、やっぱ人間のおっぱいだよな……」

 

「やめてください! 私だってこの姿がおかしいことくらい分かってます! 水面に映る自分の姿を見て仰天したんですから!」

 

「つーか、この光も一体なんなんだ?」

 

 ジュモは好奇心のままに、両手でゼリルの両の光――すなわち乳首の位置をつついた。 

 

「ひゃんっ‼︎」

 

「なっ……なんだよ妙な声だして!」

 

「あ、あなたこそ何考えてるんですか!」

 

「だっ、だってほら、光ってるとこを触ったらどうなるのかとか、色々気になるだろ!」

 

「信じられません! 次に同じことしたら許しませんからね!」

 

「悪かったって……」

 

「それで?」

 

「あ?」

 

「それで、何か分かったんですか、私のちく……胸の光を触って」

 

「あー……いや……」

 

 ジュモは気まずそうに目を逸らす。

 

「なんですか、分からなかったのならハッキリ言ってください」

 

「他のおっぱいの部分と違って……ちょっとだけ固かった」

 

 ゼリルは肌を真っ赤にして抗議した。

 

「あ、当たり前でしょう⁉︎」

 

「――あ」

 

「今度は何を言いはじめるつもりですか⁉︎」

 

「いや、分かったっつーかなんつーか……その光を隠してたら、どうなるんだろうなって」

 

「どうなる……とは?」

 

 ゼリルはまだまだこの世界の仕組みや常識について、知らない部分が多すぎる。それ故に、ジュモが何を示そうとしているのか、検討がつかなかった。

 

「ずっと思ってたんだが、その光って『聖術』の光に似てるんだよ。そんで、聖術の光ってのは、魔物を惹きつける性質があるんだ」

 

「聖術というのは、ジュモがさっき言っていた、聖女が使っている術……という認識でよろしいですか?」

 

「ああそうだ。聖術は魔物に対する特攻だが、その反面、聖術の光は魔物を引き寄せるんだ」

 

「……? 攻撃されたら自分が消滅してしまうのにですか?」

 

「例えば、ウニって知ってるか? 海で採れる黒いトゲトゲのやつ」

 

「ええ」

 

「ウニは大抵の場合毒を持ってるし、種類によってはトゲをとばして攻撃してくるから厄介だ。だが、同時に栄養満点な上に美味い食い物でもある。つまり人間にとってウニは、害されるリスクはあるが、食えた時のメリットもでかい食べ物なわけだ」

 

「つまり、魔物どもにとって、聖女をはじめとする聖力を宿した聖物は人間にとってのウニと同じで、聖術で消滅させられるリスクはあるが、もしも食えたらその力を取り込んで強くなれるハイリターンが待ってるってわけだ。

 

「つまり、私の胸の光が聖力によるものだとしたら、私を食らって自分たちの糧にしようと魔物は集まってきていることになるわけですね」

 

「ああ。つっても、聖女が食われることはほとんどないらしいがな」とジュモは付け加えた。

 

「ま、だからその光さえ隠しちまえば昨夜みたいな状況は避けられるんじゃないかって寸法だ」

 

「……成程、試してみる価値はありそうですね」

 

「ただ、光を隠すってなるとどうしたもんかねぇ。バックがありゃ、その中にしまったんだけどよ」

 

「やるからには、徹底的に光を遮断できるようにしてくださいよ。たとえば、何かで私の全身をくるんでしまう、とか」

 

「……! なるほど、その手があったか」

 

 

 ◇

 

 

 あれから数刻が経ち、草原には、再び夜が訪れようとしていた。

  

 ケリューディアーはテイムしてから、かなりの距離を走ってもらったため、十分な食料を与えてからナワバリへ帰ってもらっている。

 通常、長距離移動するテイマーは、テイムしたビーストと共にずっと旅を続けるものだ。

 ジュモが必ずビーストを元の住処へと帰すのは、ありのままの自然の形を尊重する、ジュモのポリシーである。

 

 そんな事情もあって、現在ジュモたちは、通常時の速度はイマイチだが、とにかく逃げ足の速さに定評のある馬のビースト、『エスケープホース』の背に乗っていた。

 

「(ジュモ、現在の状況はどうです?)」

 

 ジュモの背中から、やけにくぐもったゼリルの声が聞こえてくる。

 

 ゼリルは現在、光を徹底的に遮るために何重にも渡り大きな葉にくるまれた上、落馬しないよう、ツタを束ねて縛り背負い紐のような形にし、ジュモに背負われいた。

 

「そろそろ日が暮れそうだ。……それにしても今のお前、“サザダンゴ”みたいだな」

 

 サザダンゴとは、その名の通り、ダンゴをサザと呼ばれる植物の葉で包み蔓で縛った菓子である。

 ひとたび葉を剥けば、中からぷるんとした柔らかい球体がまろびでてくる点も含め、たしかにサザダンゴにそっくりだった。

 

 そして、夕日がすぐに沈みきり、検証が始まった。

 

 

 ◇

 

 

「駄目じゃないですかあああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 

 ――ダメであった。

 

「俺に聞くなあああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 阿鼻叫喚の状況からわかるように、検証は大失敗。ジュモ達は今日も魔物の大群に追われることとなっていた。

 

「なんであいつらゼリルに気づけるんだよ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

「全身を包んでなお光の遮断が不十分だった、もしくは私が狙われることと光の見える見えないに因果関係はなかったということではないでしょうかあああああああ⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」

 

「この状況の中冷静な分析ありがとうよ‼︎‼︎ 頼むエスケープホース‼︎ 全速力だ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

『ブルヒヒヒヒャーーーン‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎(言ワレ無クテモ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎)』

 

 この瞬間、ジュモとエスケープホースの思いが心の底から一致したことによりテイムによる能力上昇が上乗せされ、エスケープホースは魔物という魔物を引き離しながら走り抜いた。

 

 そして、エスケープホース、ジュモ、ゼリル、三人の体力が底を尽きる頃に、ようやくまた、朝が来た。

 

 

 ◇

 

 

 わずかばかりの仮眠を取った後、ジュモとゼリルは旅を再開した。

 ちなみに、エスケープゴートホースはあの後すぐにジュモたちの元から逃げ出してしまったので、現在乗っているのは、背中に大きなコブが一つついたヤギ、『ハンプゴート』だ。

 

「ひどぇ夜だった……」

 

「それは私のセリフですよ馬鹿者」

 

「お前だって俺の作戦に賛同してただろうが」

 

「それは……そうですが」

 

「……夜になるたびあの調子じゃ命がいくつあっても足りなねぇ。幸い街も近いからそこまでいけば大丈夫だろうが、街に行ったらどうにか解決する方法を見つけねぇと……」

 

 ジュモは街でするべき事に思考を巡らせていると、あることに気づいた。

 

「あーーー‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」  

 

「ど、どうしました⁉︎」

 

「ギルドカードがねえ‼︎‼︎‼︎‼︎ リュックの中に入れっぱなしだった……‼︎‼︎」

 

「は、はい? ギルドカード、ですか……?」

 

「ギルドカードってのは、自分がどの程度の冒険者かって情報を書いてくれて……いた、この説明は今はどうでもいいな。とにかく今重要なのは、ギルドカードが無い場合、街に入るにも金が必要ってことだ」

 

 ジュモは「なるべく人間と関わらないようにしてるから金もほとんど持ってねぇんだよな……」とぼやきながら、しばらくウエストポートを漁ると、底の方からようやく出てきたのは数枚の銅貨だった。

 

「これは……決して高額では、なさそうですね」

 

「……一食分あるかないかだな」

 

「なるほど、街に入るのにどのくらいの金額が必要かは分かりませんが、このままでは街に入ることすらままならない、と」

 

「そういうこった。さて、どうしたもんかな」

 

 すると、ジュモは何かを思いついたようだった。

 だが、ジュモの顔は明らかに悪だくみをしているような顔であり、この時点で、ゼリルは嫌な予感がしていた。  

 

「お前の特性を利用した案を一つ思いついたぜ」

 

「特性って……ひょっとして、魔物を引き寄せることを言ってますか?」

 

「ああ。まず適当な商人か何かの馬車を見つけるだろ? それで「今夜お前は魔物に襲われる。死にたくなければ俺を護衛につけろ」

 って言うんだ。一度は断られるかもしれねぇが、夜になりゃゼリルのせいで大量の魔物が押し寄せてくる。そうなったら商人は俺たちを雇うしかなくなって、金が貰えるって寸法だ」

 

「却下です」

 

「なんでだよ」

 

「関係ない他人を危険に巻き込むのが非人道的だからですよ!」

 

「それでも、俺たちを追ってきた魔物を商人になすりつけて襲わせるって案よりはまともだと思うんだがなあ」

 

「そんなことまで考えていたのですか⁉︎ まったくあなたは――」

 

「やべっ」

 

 そこから、十分ほどに渡ってゼリルからのお説教は続いた。

 そして最終的には、「そもそも自分たちが魔物から逃げ切れるか定かではない」という、身も蓋もない理由でジュモは勝手に納得したのだった。

 

「はあ……街に入りたかったらお前も何か作戦考えてくれ」

 

「作戦ですか……、そもそも単純に「商人に物を売る」というやりかたではいけないのですか?」

 

 ジュモは目からウロコが落ちたようだった。

 

「そうか、その手があったか!」

 

「まず真っ先に思いつくべき手段だとは思いますが……」

 

「思いつかなかったもんはしょうがねぇだろ、それよか、売るっつっても何売ればいいんだ? 知っての通り俺は今何にも持ってねぇぞ」

 

「そうですね……ジュモ、ビーストに木の実などを採ってきてもらうことは可能ですか?」

 

「ああ、できるが」

 

「では、道中それを集めて売るというのはどうでしょう」

 

「なるほど、他に策もなさそうだし、それでいくか。ただし、ビーストが食料を採り尽くさない程度にな」

 

「あたりまえです」

 

 ◇

    

 ゼリルの作戦通り、ジュモ達は街までの道中ビーストの力を借りながら薬草や果実を集めていった。

 その甲斐もあって、ジュモが背負う、植物のツルで作ったカゴの中にはそれらがぎっしりと詰め込まれていた。

 そして、この旅路も一旦の区切りが見えてきた。

 

「ゼリルみろ、街道だ」

 

 ジュモたちの目の前に、石畳で舗装された道が見えてきた。

 そして、街道に差し掛かるとすぐに二頭の馬が率いる荷馬車を見つけた。馬車の手綱を握っているのは、顎髭を蓄えた男だ。

 

「商人でしょうか?」

 

「たぶんな、まあ聞いてみりゃ分かることだ」

 

 そう言ってジュモはハンプゴートを先行する馬車に横付けした。

 

「おいテメェ!」

 

「ヒッ! と、盗賊‼︎」

 

 ゼリルに取って想定外だったのは、ジュモが人間とのコミュニケーションの取り方が間違っていたこと。そして―― 

 

「こらジュモっ! すみません、実は取引を――」

 

 自分があまりにも奇妙な存在である、という自覚が不十分だったということだ。

 

「うわぁ! おっぱいがしゃべった‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 動揺した男が手綱を無理に引っ張ると、混乱した馬は激しくいなないて、街道から外れた明後日の方向へと走りだしてしまった。

 

「ジュモがあんな話しかけ方するから!」

 

「俺のせいにするな! おっぱいが急に喋ったら普通ああなるだろうが‼︎ それよりマズい、あっちは川だぞ‼︎」

 

「……! とにかく今は追いかけてください!」

 

「分かってる! 頼んだ、ハンプゴート‼︎」

 

 そうしている間にも、馬車の正面には川岸が迫り続けていた。 

 

「うわあああああ‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

「ジュモ、間に合いません!」

 

「任せろ!」

 

 ジュモはハンプゴートの背を蹴って跳躍すると、空中で身を翻して暴走する馬車の正面へと周りこんだ。

 

「止まりやがれえぇぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」

 

 ジュモの両手から伸びたリンクラインが馬に届く。

 ようやく理性を取り戻した馬は必死にブレーキを掛けるが、間に合わないことは明白だった。

 

「俺が止めてやるから安心しろ! 大樹象の足棘《エレファントスパイク》‼︎」

 

 ジュモはレガースの足裏からスパイクを迫り出させ、地面に足を固定させると、正面から馬車を止めるために踏ん張った。

 

「うぎぎぎぎぎぎ……!」

 

 スパイクで足を固定してなお、ジュモは後ろに押されていったが、すんでのところで馬車を止めることができた。

 

「っぶねぇ……」

 

「ジュモ、大丈夫ですか……!」

 

 ハンプゴートに乗ったゼリルも、後からジュモの様子を伺いにくる。

 

「ほ、本当におっぱいが喋ってる……」

 

 喋るおっぱいが 現実のものだと理解した商人は、力なく馬から降りた。

 

「あ、あんたら何もんだ……何が目的なんだ……」

 

「はあ、これでようやく話ができるな――俺たちは、あんたに物を売りたい」 

 

「……は?」

 

 ◇ 

 

 街道の近くまで戻った一向は、改めて顔を合わせていた。

 

「ったく、こっちは大事な取引控えてるってのにヒヤヒヤさせやがって……で、結局その喋るおっぱいは一体なんなんだ」

 

 正直、商人はゼリルの正体が気になって仕方がなかった。

 

「おっぱ……まあいいでしょう。私のことは珍しいビーストとでも思っておいていただければ構いません」

 

 これは道中、誰かにゼリルの素性について尋ねれられたときの返答として話したっていたのものだ。

 

「ビーストって……一体なんのビーストだ……?」

 

「さあな。でもテイムできたんだからビーストだろ?」

 

 テイムできた、というのはもちろん嘘である。だが、こうでも言わなければ、「喋るおっぱい」というあまりに異端な存在に納得してもらうことは不可能だろう、という判断のもと、このように説明することとなった。

 嘘を用いることに対して、特にゼリルは抵抗感を抱いたが、ジュモとゼリルの流暢な意思疎通は、世間一般における、テイマーとビーストの関係以上のものとなっているため、状況的に嘘ではないためOK、という判定のもと、この説明が採用されるに至った。

 

「……つーことは兄ちゃんテイマーか?」

 

「ああ」

 

「そうか」と商人は頷くと、少し考えた後ニヤリと笑った。

 

「分かった。まずはその売りたいものとやらを見せてくれ」

 

 保身のため、商人の中には素性の分からない相手とは取引をしない者も多い。

 だがジュモ達が幸運だったのは、この商人が生粋の珍しいもの好きであり、ギャンブラー気質だったことだ。

 

 ジュモは、道中で採っておいた果物を見せた。

 

「ふむ……、どれもこの辺りで採れるもんではあるが、質がいいな。全部合わせて4000リアってところだ」

 

「……街に入るにはいくら必要だ?」

 

「なるほど、そのために金が必要なわけか。だが通行税は50000リアだ」

 

「……もっと高くならねぇのか」

 

「無茶言うな。そこらの商人じゃ難癖つけてもっと安く買い叩いてるところだ。交渉に応じてやってるだけでも有り難く思って欲しいね」

 

「ちっ……」

 

「ジュモ、彼は真摯な対応をしてくれています。悪態をつくのは失礼ですよ」

 

「はは、まさか説教するビーストを拝める日が来るとはな。そんな珍妙なビースト連れてるくらいだ。もっと珍しいもん持ってるんじゃないのか? それこそビーストの毛皮とか“鱗”とか」

 

「そうですジュモ! ドラゴンの鱗を貰ったと話していたじゃないですか!」

 

 それを聞いた商人は見事に食いついた。

 

「本当か⁉︎ ドラゴンの鱗だとしたら、どんなに小型のドラゴンのものだとしても最低数万リラの価値はあるぞ!」

 

 そう言われ、ジュモはポーチから、フォレストドラゴンからもらった鱗を取り出した。

 

「そ、そいつはフォレストドラゴンの鱗じゃねえか! そうそう、そういうのを待ってたんだよ! さあ交渉をはじめようじゃねぇか。そいつなら五万どころか、五十万リラは出すぜ」

 

「やったじゃないですか!」

 

「――いや駄目だ」

 

「どうしてだ!」「どうしてですか!」と、商人とゼリルの声が重なった。

 

「こいつは汚ねぇ金に換えるためにもらったもんじゃねぇ」

 

「ジュモ……汚いだなんて、そんな言い方……」

 

 貨幣に対して、ゼリルとジュモの価値観には大きな隔たりがあった。

 ビーストも人間も等しく尊重するゼリルに取って、貨幣というものは人間の生み出した興味深い文化の一つであった。

 それ故に、それが公平で正当なものであれば売買することについて抵抗はなかった。

 

 だがジュモにとって、ビーストとの交流の末に貰ったものは、最も尊いものであり、また、ジュモは貨幣――すなわち人間と、その生み出した文化に対して、まだ抵抗があった。

 

「おっぱいの嬢ちゃん、諦めな。それなりに長いことこの商売やってる俺にはわかる。こいつは、絶対に売らないって目をしてやがるぜ。……そんなわけで、取引はおしまいだ。珍しいもん見せてもらった例に、色つけて5000リアで買い取ってやる」

 

 商人は銀貨を五枚、ゼリルの上に乗せると、ジュモから引き取ったカゴを馬車に載せた。

 

「ゼリル、俺が今からやることについて、説教なら後にしてくれよ」

 

「ジュモ一体何を……」

 

「待てよ」

 

 ジュモは馬車に乗り込もうとする商人の背中に声を掛けた。

 

「なんだ? これ以上値段を釣り上げろってのは無理な話だぞ」

 

「あんた、結婚してるよな」

 

「ん? ああ、これのことか。そうだな、それがどうした?」

 

 男の左手の薬指には、指輪が嵌められていた。

 

「――“いいのか? 浮気なんかして。”こういう場合、不倫っていうんだったか」

 

「あ……?」

 

 商人は当然、怪訝な顔をした。 

 

「五万リア。くれるってなら、嫁にチクるのはやめといてやる」

 

 それを聞いた商人は笑いはじめた。 

 

「おいおい坊主、まさかそれ、脅しのつもりか? だが、カマかけってのはもっと巧くやらなくちゃぁいけねぇぜ?」

 

 商人は、交渉経験の無さが滲み出るジュモの脅しを、まるで子供のイタズラかのように捉えていた。

 “ジュモが次にしゃべりだすまでは”。

 

「――嫁の名はミシュア。不倫相手はジェロニカ。どっちも西の方にあるラージェスって街に住んでるらしいな。……あってるか?」

 

 その正否は、一瞬にして顔面蒼白となった商人の顔色が物語っていた。 

 そう。ジュモが話したことは全て事実だった。

 

「お前……どこでそれを」

 

「聞いたのさ」

 

 ジュモは顎で手綱に繋がれた二頭の馬を指した。

 

「あの二頭、随分賢いんだな。あんたの周りの人間関係とか、ちゃんと理解してるみたいだぜ」

 

「あいつらの声が聞こえるだと……? 冗談はよせ」

 

「冗談なもんか、俺はビーストの声が聞こえるんだ。それと、不倫相手に会いに行くときは香水の匂いがキツイとも言ってたぜ、商人のグルゼさんよ」

 

 商人――グルゼは開いた口が塞がらなかった。

 百歩譲って、探偵などを通してグルゼの身辺情報を手に入れたのならまだ分かる。だが、馬から話を聞いたなど、誰が信じられるだろうか。

 だが、探偵がわざわざ香水の話をするとも思えない。

 なにより、不倫相手であるジェロニカの元へ行こうとするときに限って、馬たちの機嫌が悪いような気がしていたのだ。

 

「あんたがどう捉えるのかは自由だが。俺たちは宛のない旅をしてるんだ。次の旅先をあんたの家がある街にしたっていいんだぜ?」

 

 すると、グルゼは両手を上に挙げた。

 

「……はあ、分かった、降参だ。浮気がバレることに比べたら、五万リアで済むなら安いもんだよ」

 

 グルゼは、今度は金貨を五枚取り出してジュモへ渡した。

 

「どーも」

 

「これで義理は果たした。俺はもう行くけど、いいな?」

 

「待った」

 

「あぁ? 今度はなんだ」

 

「詫びってわけじゃないが教えておいてやる。右の馬、後ろの右脚が痛むらしい。診てやってくれ」

 

「なんだって……?」

 

 去っていくジュモたちの背中を見たグルゼは、急いで荷台から何かを取り出し、ジュモに向かって放り投げた。

 

「おい! ついでにこれも持っていけ」

 

 それは、既に使い込まれた革製のリュックだった。

 

「俺のお古だが、使い勝手は悪くないはずだ!」

 

 ジュモは、振り向かずに右手を振った。

 

 ジュモたちの背中が遠ざかっていくと、グルゼは思わずため息をついた。

 

「ったく、あんなデタラメな奴らに弱みを握られるとはな」

 

 グルゼは、「街へ入ったらまずは馬の脚を見てもらおう」と、持てるだけの荷物を背負って馬を引いていくのだった。

 

 ◇

 

 ジュモたちは、ハンプゴートを放し、街道を歩いていた。  

 こころなしか、ゼリルの機嫌は良さそうだ。

 

「今回は説教はねぇのか?」

 

「あれは、不倫をしている彼の方に非がありますから。それに、鱗を手放すまいとしたジュモの心意気にも感動しました

 

「売ろうとした私も少し軽率でしたし」とゼリルはつぶやく。

 

「お前がそんな調子だと、変な感じだなぁ……」

 

「それより、馬たちの会話は私も聞いていましたが、よく大事にされていると気づきましたね」

 

「まあな。単純に毛並みがいいし、(ひづめ)も最近手入れした跡があった。なにより、聞いてもないのに主人の人間関係、それも女周りの話をしてるってことは、あいつら主人が好きなあまり、人間の女に妬いてたんだろうな」

 

「妬いてた……?」

 

「気づかなかったか? あいつらは二頭ともメスだぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 02 ジラーマの街

 

 無事に(?)入国料を手に入れたジュモたちは、いよいよジラーマの街に入ることができた。

 

 尤も、ゼリルのことを不審に思った衛兵に対して、ジュモが噛みついて揉める、という一悶着があったものの、概ね無事である。

 

 スピトゥールでは、闇の国に近いほど、即ち、北に行けば行くほど強力な魔物(まぶつ)が湧くようになるが、その点で言えば、大陸の南部に位置するこの付近は比較的協力な魔物も少ない。

 

 そんな環境もあり、東西の中心にあるジラーマの街は、多くの旅人や商人が訪れる貿易都市として有名である。

 また、周辺に村も多く、お登りで冒険者になる物が多い街でもあった。

 

 街に入ったジュモたちは真っ先に、その人の多さに圧倒されrていた。

 といっても、初めて見る街の様子に目を輝かせるゼリルに対して、ひたすらげんなりしているジュモという、対象的な状況ではあるが。

 

「見てくださいジュモ! 人々が活気付いていますよ!」

 

「うげぇ……やっぱり街は人が多すぎて嫌になってくるな……お前はよくそこまではしゃげるな」

 

「あたりまえじゃないですか! 建物も、服装も、市場も! 全て初めてみるんですから!」

 

「へいそーですか」

 

「ジュモ! ひょっとして、あれは露天ですか⁉︎」

 

「ジュモ! あれは露天ですか?」

 

 少し進んだところで、一際人の密度が高い区域があった。

 

「そうだが……まさか、あそこに見に行きたいとかいい出すんじゃねぇだろうな……」

 

「はい! ぜひ見に行きたいです!」

 

 ゼリルの、あまりにまっすぐな好奇心と推しの強さに負けたジュモは、結局渋々露天へと向かうのだった。

 ゼリルが真っ先に興味を持ったのは、髪飾りやブローチ、指輪などの装飾品が売られている店だった。

 

「すみません! この装飾品は、何の素材でできてるのですか?」

 

「ああ、こいつはシーライトって、ここらで採れる鉱石を加工した――」

 

 店主は説明しながら顔を上げると、おっぱいと目があった。

 

「……うわあ! おっぱいが喋ってる!」

 

「なるほど、ではこれは……?」

 

 その信じ難い光景に店主は目を擦る。

 

「おい、だからおっぱいが急に喋り出したらビビるだろうが」

 

「兄ちゃん、そいつは一体」

 

「……俺がテイムしたビーストだ」

 

「いや、そんなビースト見たことも聞いたことも……」

 

「ビーストだ」

 

 頑なに意見を変えないジュモに、店主はこれ以上は踏み込めないと踏んだ。

 

「はあ、わかった。なんだかわからねぇが欲しいもんがあるならとっとと買っていきな。面倒ごとは御免だ」

 

「ではその髪飾りを……」

 

「どこにもつけるとこねーだろうが。馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ」

 

「ああ! もっと色々なものを見たかったのに!」

 

 ジュモは珍しく駄々をこねるゼリルを、引きずるように露店を後にした。 

 

 当たり前ではあるが、ゼリルを連れて歩いていると注目を集めてしまう。

 

「お前のせいで面倒なことになっただろうが……。それより、あの光のことはどうなったんだよ、何か思い出したとか、体に変化があったとか」

 

「そういえば……特に変わったことはありませんね……」

 

「あれだけ派手な光線出しといてそれかよ」

 

「出したくて出したわけでは!」

 

「はあ……あれ以降、あの光も出なくなっちまうし、どうしたもんかねぇ」

 

 街に来るまでの道中、もう一度光線が出るかどうか試したのだが、光線は出なかったのだ。

 

「私の件は後回しにして、まずはギルドカードの再発行、でしたっけ。そちらの件を済ませてしまってはいかがでしょうか」

 

「だな。じゃあまずはギルドを探さねぇと」

 

 その時、門の方で何やら騒ぎが起きているのに気づいた。

 

「道を開けてくれ!」

 

 声を上げながら現れたのは、防具を身にまとった三人の冒険者たちだった。

 そのうち二人が、真ん中の冒険者を肩で支えている。ぐったりとしたその冒険者は顔色が悪く、生気を失ったように垂れ下がっていた。

 

「ぐあぁ……」

 

「しっかりしろ、教会までもう少しだ。すぐに聖女様に治してもらうぞ」

 

「怪我、でしょうか……?」

 

 ゼリルが心配そうに尋ねると、ジュモが答える。

 

「毒だ。魔物に毒をもらったんだ」

 

 すると、答え合わせをするかのように、隣に立っていた男が、「また冒険者が毒にやられたか……」と声を漏らした。

 

「ああいうことは、頻繁にあるのですか?」

 

 彼を事情に詳しいと見たゼリルが、話しかける。

 得たいの知らないおっぱいが話しかけてきたことで男はぎょっとしたが、事情が深刻なこともあってか、ゼリルへの疑問をぐっと飲み込んで話し始めた。

 

「ジラーマの周辺には危険な魔物は湧かないはずだったんだが、最近になって、毒を持つ魔物が大量に湧くようになったんだ。その結果、解毒ポーションの需要が急激に高まってな、元々高額だったのがさらに値段が跳ね上がって、貧乏な冒険者は、ああやって担いで帰ってきて聖女様を頼るしかないんだ」

 

「そんな事情が……。聖女というと、確か街ごとに派遣されている聖術使いの女性、でしたよね。教会での治療は、金銭を要求しないのですか?」

  

「ああ。教会は寄付で成り立ってるからな、金もかからないからな。今の聖女、ヒルナ様が派遣されてきたのは数年前だが、みんな感謝してる」

 

「――湧き出す魔物の種類が変わるなんて妙だな」

 

 神妙な面持ちでジュモが呟く。 

 出現する魔物の種類については、地域ごとに異なり、出現する種類が変化することは稀なケースだ。

 

「急に毒の魔物が増え出した理由について、教会とギルドが協力して原因を探っているんだが、いまいち進展がないらしい」

 

「そうか。……そうだ、この街のギルドってどこだ?」

 

「ギルドなら、この通りを真っ直ぐ行って右曲がったところだが……」

 

「ありがとな」

 

 それを聞くなり、ジュモはその場を後にしようとした。 

 

「ちょっとジュモ! すみません! ご丁寧に対応いただき、ありがとうございました!」

 

「あっ、ちょっと君! 少しでいいからそのおっぱいを揉ませてくれないか……⁉︎」

 

 その願いはジュモたちには届かず、雑踏に紛れて消えてしまった。

 

「何だったんだ……」 

 

 呆然とする男に話しかける影があった。

 

「ねえ今ここに、やけに存在感のある人がこなかった?」

 

 声の主に気づいた男はまた仰天した。

 

「あ、あなたは! ……実は先ほど、おっぱいを連れ歩く半裸の男が――――」 

 

 

  ◇

 

 

 ジュモたちは、男の案内に従って、ギルドへと向かっていた。  

「ジュモ、親切にしていただいたのなら、お礼はしっかりしないとだめですよ!」

 

「へいへい、わかりました」 

 

「ところでジュモ」 

 

「今度はなんだ」

 

「露天に行った時や、先ほどの男性の反応から察するに、ひょっとして今の私は、自分が思っている以上に目立っているのではないでしょうか……」

 

「……今更気づいたのか」

 

 ゼリルは赤面した。

 

「……恥ずかしながら」

 

 そうこう言っている間に、二人は、一目で何らかの施設だろうと分かるほど、他の建物の数倍の大きさの建物――ギルドの前に着いた。

 

「……しばらくリュックの中に入ってるか?」 

 

 ジュモが、商人グルゼから貰ったリュックを開いた。

 

「……入るには少々不清潔なのが気になりますが、致し方ありません」

 

 ゼリルをリュックの中に収めると、気を取り直してジュモは巨大な木製の扉を引いてギルドへと入った。

 

 中に入ると、騒々しい喧騒に思わず顔を顰めた。

 室内では、武具を身に着けた冒険者たちが所狭しと集まっている。

 笑い声を響かせながら談笑する者、食器を鳴らしながら飯を喰う者、ジョッキを掲げて酒を飲む者。それぞれが思い思いの時間を過ごしていた。

 

『随分賑やかなようですが、ギルドの中はいったいどうなっているんでしょう、気になります……』

 

 突如、ジュモの頭の中にゼリルの声が響いた。  

 

「(おい、今お前どうやって喋ってるんだ)」

 

『え? 今ひょっとして、ジュモに考えてることが伝わってますか?』

 

「(あ、ああ。その様子じゃ自覚なしみたいだな)」

 

『不思議ですね……』

 

「(……お前に関しちゃ、存在自体デタラメすぎて、もう何が起きても驚かねぇよ……。それで、ギルドがどんなか? つったか?)」

 

『はい。いかんせん外が見えないものでして』

 

「(あー……テーブルがいっぱいあって、冒険者どもが飯を食いながら騒いでやがる。あとは受付があって、その隣にはクエストボードがあるな」

 

『クエストボード?』

 

 ジュモは、自分の背丈よりも高さのある、巨大なボードの前に立つと、内容を眺めた。

 

「(魔物の討伐依頼が張り出されてて、その依頼を達成できたら金が貰える仕組み……だったはず)」

 

『なんですか、はっきりしないですね……』

 

「(しょうがねぇだろ、依頼なんて受けたことないんだから)」

 

『そうなんですか?』

 

「(ああ、金なんて滅多に使わないから事足りる)」

 

「あのー、何かご不明点がありましたらお答えしましょうか?」

 

 ジュモがギルドの仕組みに不慣れな事が見て取れたのか、カウンターから受付嬢が話しかけてきた。

 

「丁度よかった。ギルドカード無くしちまって再発行したいんだけど、ここでいいのか?」

 

「それでしたら、二階で承っております。詳しい内容はそちらで聞いてみてください」

 

「ああ、別の階なのか。ありがとよ」

 

 二階は、開けた間取りとなっていた一階とは異なり、いくつかの部屋に分かれたつくりとなっていた。

 

 受付前にある椅子には、真新しい軽装備の少年やおどおどした少女といった、初めてカードを取得するであろう面々から、

 見るからに荒くれ者のような風貌の者までいる。こちらはおそらく

 ジュモと同じように再取得する者だ。

 

 ジュモは早速受付に向かった。

 受付には、黒い長髪のメガネを掛けた受付嬢だ。

 

「なあ、ギルドカード作り直したいんだけど」

 

『ジュモ! 敬語!』

 

 ゼリルが脳内に抗議の声を響かせる。無視すると後が面倒なので、ジュモは素直に訂正することにした。

 

「ですけど…………」

 

「は、はい。ギルドカードの再発行ですね。まずはお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 

「ジュモ・オレンジバックだ」

 

 急に、サルの一種であるオレンジバックの名を出されたことで、一瞬キョトンとしたものの、すぐに話を続けた。

 

「ではジュモ様、過去に当ギルドでカードを発行されたことはありますでしょうか?」

 

「ねぇ……ですけど、それが何か変わる……んですか?」

 

「はい。当ギルドでの発行履歴がある場合はすぐにギルドカードの再発行ができるのですが、そうでない場合は再発行試験を受けていただくことになります」

 

「試験だあ……? あの面倒なのをもっかい受けなきゃならねぇのかよ……です」

 

 一年前、ジュモはギルドカードを初めて取得する際にも試験を受けていた。

 

 その内容は、数日間に渡って冒険者の知識の講義のほか、実地試験などであり、普通の人間であれば、そこまで面倒なものではないが、今よりも人の文化に抵抗感があり、慣れていなかったジュモは相当に苦労した。

 

「今回は再発行ですので、ジュモ様に受けていただくのは一日間の実地試験となります」

 

「一日くらいならまあ、いいか……。どっちにせよ面倒だけど」

 

「かしこまりました。申請はお一人でしょうか?」

 

「ああ」

 

「そうしますと、本試験は三人で受けていただく試験のため、他の受験者と合同で行っていただくこととなります」

 

「げっ……」

 

「試験内容は、ジュモ様を含めた三人パーティで、こちらが指定した数の魔物を討伐してもらう内容となりますが、どうなさいますか」

 

「それでいい。予め仲間をつくるのはもっと面倒だ」

 

「かしこまりました、本日は適性検査のみ行い、出発は明後日の朝七時となります。よろしいですか?」

 

「いーよ。どうせ駄目っていっても日付は変わらねぇんだ」

 

「では、適性検査を行いますので、あちらへお進みください」

 

 ジュモは受付の案内に従って廊下を進んでいる最中、ゼリルが久しぶりに話しかけてきた。

 

『なるほど、再発行には試験を受ける必要があるのですね』

 

「うおっ、そういえば居たのか、忘れてたぜ」

 

「忘れてたって、そりゃないでしょう! ……それで、その場で初めて会う人とパーティを組む、でしたっけ、ジュモ、上手くやれるのですか?」

 

「余計なお世話だ。心配しなくてもさっさと終わらせるよ」

 

『……ちなみに、初回の時はどうだったのですか?』

 

「他の奴らがへっぴり腰のザコで使い物にならねぇから、一人でさっさと終わらせた」

 

『……急に先行きが不安になってきました。それに、皆駆け出しなのですから、弱いのは当たり前でしょう』

 

「へいへい」

 

『それにしても、ジュモは受けたギルドカードを取得した時から、既に強かったんですね』

 

「まあ、森に住んでたときは魔物と戦うなんざ日常茶飯事だったからな。ここらに住んでる軟弱なやつらと一緒にされちゃ困る」

 

『……? そういえば、森と違って街の中に魔物が湧かないのはどうしてでしょうか』

 

「そりゃ、街がそもそも『聖素だまり』がある場所を中心につくられてるからだ」

 

『聖素だまり?』

 

「大気中の聖素量が極端に多い場所だ。だから夜でも魔物が湧かないし、近づいてもこない。

 夜になると、翠の光が見える」

 

 ――そもそも暗い場所で魔物が湧くのは、大気中の魔素が活性化するからだ。

 

『なるほど……』

 

「もう着くぞ」

 

 廊下の突き当たりの部屋は、中央に大きな机が置いてある部屋だった。少し奇妙なのは、椅子は一つも置かれていないことだ。

 

 机には、金属製の武具を身につけた冒険者の男が、八面のサイコロを振るうところだった。

 そして、それを、少女のような印象を受けるギルド職員が見守っていた。

 

 机の上に投げられたサイコロが止まり、その出目を職員が確認する。

 

「職業適性は『戦士』、『聖力』は一。自己申告通りですね

 。今日はもう帰って大丈夫です」

 

 それを受け、冒険者の男は部屋を出ていった。

 

「次の方〜、えーと、ジュモ・オレンジバック様ですね?」

 

「おう」

 

「ではこれより女神の手のひら(オンザボード)を行っていただきます。説明はご必要ですか?」

 

「いらな――」

 

『要ります!』

 

 『オンザボード』という聞き慣れない単語に、ゼリルは好奇心が抑えられなかった。

 

「……やっぱ聞かせてくれ」

 

「わかりました。才能(ギフト)についても、今一度説明したほうがよろしいですか?」

 

『ギフト?』

 

「ああ、そっちも頼む。」

 

「はいはい、わかりました〜、それでは才能(ギフト)の説明から。才能(ギフト)は、誰しもが生まれた時から有している、潜在能力のようなもので、女神ニューリア様から授かったものとして、私たちは才能(ギフト)と呼んでいます」

 

「例えば、『戦士』の才能(ギフト)を持つ者は、剣、槍、斧などの近接武器を扱いが上達しやすく、また、武器に属性(エレメント)を付与したり、身体能力を向上させたりといった『戦技』が使用可能になります。そして、ジュモ様の才能(ギフト)であるビーストテイマーは、ビーストを手懐ける技術が高く、また、テイムするビーストの能力を向上させることができる、というものです」

 

「そうだ、聖女ってのも才能(ギフト)のうちか?」

 

「はい。聖女も才能(ギフト)の一つです。と言っても、他の才能(ギフト)に比べて聖女は極端に少なく、千人に一人、と言われています。能力については……すでにご存知かと思いますが、聖力の扱いに優れていて、それを用いて魔物を殲滅したり、治癒の力を行使することができます。ただ、本人が聖力を保有しているため、非常に魔物から狙われやすいため、ギルドは、教会と連携して、積極的に聖女の保護、育成を行なっている、というのが現状です――と、ここまでが才能(ギフト)

 の説明ですね」

 

 すると、職員はサイコロを手に取った。

 

「では続いて、女神の手のひら(オンザボード)の説明に移らせて頂きます。先ほど説明した才能(ギフト)の適性を判断するための方法で……まあ、血液検査みたいなものです」

 

 そう言って職員が卓上にひかれたシートを指す。

 シートには、紙面いっぱいの三角形が描かれており、三角形の頂点にはそれぞれ、『力』、『技』、『精神』の文字が描かれている。

 そして、三角形の中に描かれているものこそ、様々な職業の絵が絵だ。

 

「やり方は簡単で、この職業表に向かってサイコロを振ると、あなたの職業適正と聖力をジャッジすることができちゃうのです! ボードの通り、力のカテゴリには剣士や武闘家みたいな筋力が求められる職業が。技のカテゴリにはシーフやアサシン、アーチャー、レンジャーみたいな器用さが求められる職業が、精神のカテゴリには魔法使いや、踊り子、歌姫なんかの、精神力を使用して、不思議な力をあやつる職業が描かれています!」

 

「サイコロの出目は、聖力の強さを表しています。サイコロの出目が四以上でですと、適性があるとみなされ、剣士ならば聖剣士。特に、魔法使いや踊り子ならば、聖女や聖人となります。ジュモ様、以前の結果は?」

 

「ああ、ビーストテイマーで、聖力は二だったな」

 

「かしこまりました。テイマーですと、ここになりますね」

 

 職員は『技』と『精神』の間。そして、『力』からは最も離れた場所を指し示した。

 

「では、お投げください」

 

「おう」

 

 ジュモがサイコロを転がすと、サイコロはまるで意志を持っているかのようなら挙動で、三角形の最も外側にあるビーストテイマーの絵柄へ向かって転がっていく。

 勢いをつけすぎたのか、サイコロは一度三角形の中から飛び出したものの、再び中に戻りテイマーの絵柄の上に戻った。

 

 そして、後はサイコロが止まり出目が出るのを待つだけというところで、異変が起きた。

 

「ええっ⁉︎ サイコロが……」

 

「止まんねぇ……?」

 

 その言葉通り、サイコロは止まらずに、ビーストテイマーの絵の上で回り続けていた。

 

「前はこんなことなかったぞ、どうなってんだ」

 

 ジュモが尋ねるが、一番驚いていたのは職員だった。

 

「え、えーと私にもわかりません! こんな事初めてで……。おかしいですね、サイコロは絶対のはずなんですが……ジュモ様、以前検査したときと比べて何か変わったところはないですよね? 何らかの加護のついた装備を身につけているとか……」

 

「装備……? いや、いつもと変わらねぇけど……」

 

 その間も、サイコロが止まる気配はない。

 その時、助言を出したのはゼリルだった。

 

『ジュモ、私を置いてもう一度サイコロを振ってみてください』

  

「……そういうことか、よし」

 

「はい?」

 

 不思議そうに首を傾げる職員をよそに、ジュモが再びサイコロを振るった。

 

 すると、先ほどと同じ挙動で転がったサイコロは、今度はすぐに“二”の出目を出して止まった。

 

「お、これで前と同じだな」

 

「ああ……! 先輩たちにも見てもらおうと思ったのに! ……でもたしかに……ジュモ様は聖力二のビーストテイマーとしての適性があるようです」

 

「おう。じゃあもう帰っていいのか?」

 

「正常に結果が出てしまった以上そうですね、どうぞお帰りください。あっ、試験は二日後の七時ですから、忘れないように!」

 

 職員は、帰っていくジュモの背中を見ながら「それにしても、何だったんでしょう……」とぼやいた。

 

 すると、ぐう〜と、ジュモの腹が鳴った。

 

「あの〜、よろしければこの辺りの美味しいお店、お教えしましょうか?」

 

「……肉を使わない料理で頼む」

 

  

 ◇

 

 

「シーチュ、オムレー、リッゾト……どれも美味そうだな……」

 

 あれからジュモは、職員に勧められた店で、メニュー表を眺めていた。

 ジュモの要望通り、肉料理は一切扱わない、エルフが営む食堂だ。

 それもあって、店内の客層は、ビーストを愛するテイマーやエルフ、ヘルシー趣向の人間などが主だった。

 

「ジュモ、ひょっとして彼女がジュモの言う獣人ですか?」

 

 窓際の席には、人間に近い容姿ながら、全身が白く短い毛で覆われ、長い耳を持った、うさぎの獣人が野菜スティックをポリポリと齧っていた。

 

「ああ。つってもあれは大分人間寄りだな。パザラはもっとサルっぽかった」

 

「なるほど、獣人にも、人間寄りの者とビースト寄りの者がいるということですね」

 

 ちなみに、今ゼリルは平然とテーブルの上で喋っている状態である。これは入店時、ゼリルの姿を見た店員に当然ギョっとされたが、「ビースト連れ込みしていいんだろ?」の一言で押し通したためだ。

 

「……なあ、さっきサイコロが止まらなかったのってさ」

 

「……まず間違いなく、私が原因でしょうね」

 

 ゼリルの入ったリュックを置いた途端に正常になったのだから、それは明白だった。

 

「めちゃくちゃ魔物に襲われたりもしてるあたり、まず間違いなくお前の持つ聖力が原因なんだろうが……」

  

 突如、ジュモの言葉をゼリルが遮った。

 

「……! ジュモ、誰か来ます!」

 

「あ? 誰かって――」

 

「――理由、知りたい?」

 

 そんな声と共に、ジュモの視界に栗色のロングヘアが映り込んだ。

 

「誰だ?」

 

 ジュモは手始めに、女を頭から足元までを一瞥した。

 艶のある栗色のロングヘアに、整った目鼻立ちの、どこか佇まいに気品を感じる女だ。年齢は二十歳ごろだろうか。

 そして、そんな印象から相反するかのように――その服装は、ほとんど下着同然だった。

 

「ち、ちちち、痴女⁉︎⁉︎」

「破廉恥な‼︎」

 

 一斉に慌てふためくジュモとゼリル。

 

 白を基調に金のラインが入った服装であり、首から五角形の聖印のペンダントを下げていることから、辛うじて彼女が教会の人間であることは判別できた。

 だが、その印象をも上回るほど、その布面積の少なさは衝撃的だった。

 

 上半身は幅の細いチューブトップのみを身につけ、その上下からはたわわに実った果実がはちきれんばかりにこぼれてしまっている。

 そして、下半身は鼠蹊部がはみ出るほどにずり下がった、ローライズのミニスカートだった。

 

 通常、教会の修道服は、頭に頭巾を被り、上下一体となった純白の貫頭衣の形状で、足首を覆うほどの長い丈が特徴であることを踏まえると、彼女の服装がどれだけ異端なものか察することができるだろう。

 

 ジュモたちの反応を見た彼女は、愉快そうに「あはは」と笑った。

 

「痴女って、おっぱい連れ歩いてるキミにだけは言われたくないなぁ」

 

「だ、だってそんな露出の多い格好してるやつは痴女が娼婦だって、パザラがいってたぜ!」

 

「キミねぇ……。まあいいや、話はご飯でも食べながらしようよ。おいしいんだよ? ここのオムレー」

 

 彼女はジュモの言葉を流すと、しれっとジュモの正面の席へと座った。

 

「おい」

 

「すみませーん、注文いいですかー!」

 

 女が手を挙げると、すぐにエルフのウェイトレスが「はーい!」と元気のいい挨拶をした。そしてそのまま、思い出したかのようにゼリルへ話し掛けた。

 

「あ、そうだキミはご飯食べるの?」

 

「い、いえ、私は食事を取りませんが……」

 

「そうなんだ〜」

 

 すると、ウエイトレスが席にやってきた。

 

「お待たせしましたーって、よく見ればヒルナ様じゃないですか! この方達は……?」

 

「うーん、客人かな、今のところは。それじゃ、オムレー二つ」

 

「かしこまりました!」

 

 ウェイトレスが去っていくと、ジュモは首を傾げていた。

 

「ヒルナ……? どっかで聞いたような」   

 

「あなたが聖女ヒルナ……なのですか?」

 

「何言ってんだ、こんな痴女が聖女なわけねぇだろ」

 

「君ねぇ……」

 

 ◇

 

「――野菜たっぷりオムレー二つになりまーす」

 

「あ、アンタが聖女ォ……⁉︎」

 

 料理が運ばれてくるころ、ジュモはようやく目の前の痴女……もとい彼女が“聖女ヒルナ”であることを理解した。  

 

「君、勘鈍すぎ。改めて自己紹介すると、私はヒルナ。このジラーマの聖女よ」

 

「ゼリルと申します。ほらジュモ、挨拶をしてください」

 

「じゅ、ジュモ・オレンジバックだ……でも聖女っていうならもっと他の客が気に掛けてるもんじゃないか?」

 

 事実、ウェイターが気づいたのみで、他の客は店内に聖女ヒルナがいることに気づいていないようだった。

 

「まあ、ちょっとしたおまじないを掛けてるからね」

 

 そう言って彼女はパチンと指を鳴らすと、他の客が次々にヒルナの存在に気付きはじめた

 

「なあ、あれ聖女様だよな!」

「本当だ、ヒルナ様だわ!」

「ヒルナ様ー!」

「こっち向いてくれー!」

 

「やほ〜〜」

 

 ヒルナが手を振りかえすと店内は一気に色めきだち始めた。

 

「うおー!ヒルナ様がこっち見てくれたぞ!」

「きゃ〜〜!」

「ヒルナ様ー! 好きだー‼︎」

 

「こうなっちゃうから、解きたくなかったんだけどなぁ」

 

「……今何したんだ?」

 

「何って、まあ聖力をコントロールして気配を抑えてただけだって。それでもやっぱり、私が来た瞬間、ゼリルちゃんは気づいてたみたいだけど?」

 

「そういや、『誰か来る』って、お前言ってたよな」

 

「はい。なにか強い気配のようなものが近づいてきているような気がして……」

 

「やっぱ“そう”か」

 

 ヒルナの意味深な言葉にゼリルは首を傾げた。

 

「“そう”、とは?」

 

「そのあたり含めて君たちとはじっくりお話しをしたいんだけど……」

 

 ヒルナがちらりと横を見ると、彼女を一目見ようと客たちが押しよせていた。

 

「続きは、教会で話そうか」

 

「待った」

 

 ヒルナが席を立とうとすると、それを引き留めたのはジュモだった。

 

「何?」

 

「まだ飯を食い終わってねぇ。……残しちゃもったいねぇだろ」

 

 その表情はいたって真剣で、ヒルナは今まで、ここまで食べ物を大切に扱う人間を見たことがなかった。

 そして、席に座りなおすとスプーンを再び手に取った。

 

「君は、私が想定していたよりも信用できる人間なのかもしれないね。……まずはオムレーを食べ切ることにしよう。話はそれからだね」

 

 ◇

 

 店を出たジュモたちは、ヒルナに連れられて教会の前へ訪れていた。

 

 教会はいくつかの建物に分かれており、最も大きい礼拝堂は装飾の施されたドーム状の屋根となっていて、存在感を放っていた。

 

「せっかくだから礼拝堂を覗いていきなよ」

 

 ヒルナが慣れた手つきで大きな両開きの扉を開く。

 中央には木製のベンチが奥まで並んでいて、所々に礼拝客の姿が見える。

 だが、何より目を引くのは、全ての壁一面に描かれた壁画だ。

 

 多くのビーストを引き連れた女性が、闇の軍勢へ立ち向かう様子が描かれている。

 

「これは……」

 

 ゼリルがぽろりとこぼす。

 

「すごいでしょ、聖魔戦争を描いた壁画だよ」 

 

「では、あれが女神ニューリア……なんですね」

 

「そう。千年前、人やビーストを従えて魔神カラボスと戦った女神様」

 

「でも、最後は……」

 

 そう言ってヒルナは天井を見上げた。

 天井には、滅びゆく魔神カラボスと、身体が頭、左腕、右腕、胴体、左足、右足の六つに分かれ散らばっていく女神ニューリアが描かれていた」

 

「そう。女神様は自らの身を犠牲に魔神カラボスを滅ぼして戦いを終わらせた」

 

「……それでも、魔物がいなくなったわけではないんですね」

 

「うん。魔物は大気の魔素から生み出されるものだけど、全ての魔素をなくすことは不可能だからね……でも、千年前今じゃ考えられないほど魔物は凶暴で、数も多かったって話だよ」

 

「では、これでも今は平和な時代、なんですね」

 

「うん……それも、いつまで続くか分からないけど」

 

「……え?」

 

「さ、そろそろ本題に入ろうか。こっちだよ」

 

 礼拝堂の右横から続く廊下を進み、招かれたのは治癒室だった。

 植物の香りが鼻をつく。

 

 部屋の端にはベッドがいくつか置かれており、棚には分厚い本や乾燥させた植物が詰められた瓶などが所狭しと並んでいた。

 そして、部屋の中央に置かれているのは人を横に寝かせるための手術台だ。だが、それら全てが丁寧に清掃されているのか、清潔さが保たれていた。

 

「ここが教会(ウチ)の治癒室だよ」

 

 すると、ヒルナの声が聞こえたのか、さらに奥の部屋から、ベージュの髪をボブカットに切りそろえた、眠たげな目をした少女が出てきた。

 その服は、ヒルナのものとは違う、肌の露出を極力抑えた一般的な聖職者の服装だ。

 いきなり見知らぬ半裸の男とおっぱいに怪訝な表情を向けた彼女のことを誰が責められようか。 

 

「ヒルナ様、お帰りなさいませ。……その方々は?」

 

「客人よ。あ、彼女は見習い聖女のユーハ」

 

「は、はあ……よろしくお願いします」

 

 ユーハと呼ばれた彼女が、困惑しながら会釈をした。

 

「もしかして、私がいない間に患者が来た?」

 

「はい。さきほど、毒を受けた冒険者が」

 

「そっか。ユーハにはまだ解毒の聖術(ポイズンケアー)は結構疲れるでしょ。自室で休んでて」 

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 そう言ってユーハは部屋を出て行った。

 

「ここで患者の治療を?」

 

「そ。中には聖術じゃ治せない症状もあるから、薬を調合して飲んでもらったり、ね」

 

「あのユーハってやつも聖女なのか?」

 

「彼女はまだ王都の育成学校を出たばかりの見習い。あと何年かして一人前になったら、晴れて聖女として別の街に派遣されるってわけ」

 

「へえ……やっぱりあんた、本当に聖女だったんだな」

 

「ジュモ失礼ですよ!」

 

「ひょっとしてまだ信じてなかったわけ⁉︎」

 

「だ、だってやっぱりそんな格好のやつが聖女なわけないだろ!」

 

「キミ、私に興味津々だね、興奮しちゃった?」

 

「……ッ! バカ言え!」

 

 ジュモはヒルナの後ろを歩いている最中、背中と、ひらめくスカートのスリットから覗く尻たぶを凝視してしまっていた。

 いくら人間を嫌っていようと逃れることのできない、生物としての性である。

 

「それはさておき、私がこの服装なのは、身軽で私の戦闘スタイルに合ってるから。……というか、君だって「裸同然の格好じゃない。なんなら、おっぱいを連れた半裸の冒険者がいたって、噂になってたわよ?」

 

 そして、「それに、私程度の聖力ならこのくらいの布面積でも十分抑えられるし」と付け加えた。

 

「聖力を抑える……?」

 

 ゼリルが尋ねると、ヒルナの纏う雰囲気が鋭いものへと変わった。

 

「――ここからが本題だよ。何も私は、物珍しさから、とっても貴重な余暇時間を使って君たちを招いた訳じゃない」

 

「なら、なんだってんだ」

 

 ヒルナとジュモの視線がぶつかり合う。

 

「担当直入に聞くよ。彼女――ゼリルはいったい“ナニ”?」

 

「何ってそりゃ、こいつは俺のテイムしたビーストで――」

 

「わかりません」 

 

 ジュモの言葉に被せるように、ゼリルは言った。

 

「おい」

 

「彼女に誤魔化しは効きません。正直にお教えします。私は数日前、目覚めると森の中にいました。それ以前の記憶はなく、自分が何者で、何故ここにいるのか、分かっていません。ジュモ――彼は私をビーストだと言ってくれましたが、リンクラインは受け付けませんでした」

 

 そして、光線が指した先を目指してジラーマに訪れたことを告げた。

 

 流石に予想外の回答だったのか、ヒルナは苦笑した。

 

「……はあ、よほど稀有な存在だとは思っていたけど、まさかそう来るとはね――それに、よくもまあそんな状態でよく無事にこの街まで辿り着けたね。魔物に襲われまくっただろうに」

 

「無事なもんか、何回も死にかけたぜ」

 

「ですが、あなたが何故それを……」

 

「その前に、魔物に襲われる原因に心当たりは?」

 

「――私、ですよね。さらに言うなら、私の持つ聖力に惹かれて魔物は集まってきていると、私は考えています」

 

「それだけ分析できているなら上出来だよ」 

 

「やっぱこれ、聖力の光だったのか……」

 

 ジュモが無意識にゼリルから漏れ出る光を触った。

 

「ひにゃんっ‼︎ 辞めなさいジュモ‼︎」

 

「やべっ、つい……」

 

「あはは、光って見えてないけど、やっぱりそこは乳首なんだ」

 

 ヒルナは笑いながら、ジュモたちの前で手を開くと、ぽう、と淡い緑色の光を放った。

 

「聖力をコントロールできれば、魔物を祓う以外にも、治癒や、さっきみたいに気配を遮断したり、色々できる」

 

「これが、聖力の光……」 

 

「――さて、いよいよ本題に入るね。聖女として、キミたちをこのまま野放しにしておくわけにはいかない。いくら街の周辺には魔物は湧かないとはいえ、君は前例のない存在だ。どんなイレギュラーを呼び寄せるかわからない」

 

 ヒルナは二本指を立てた。

 

「選択肢は二つ。一つ目、その子を教会に預けること。「言葉を話す」、「聖力を保有している」この条件に当てはまる以上、ゼリルちゃんは『聖獣』に分類される可能性が高い。教会では聖獣は丁重に扱われるからね、そう悪い待遇じゃないと思うよ。そして二つ目、聖衣を身につけた上で、今まで通り旅を続ける」

 

 ヒルナは「ゆっくり考えていいよ」と促すが、ゼリルの返答は早かった。

 

「……ご提案ありがとうございます。しかし、私は既にジュモと共に旅をすると決めています」

 

「そっか。……実を言うと、私もそう答えると思ってた」

 

「それで、聖衣ってのは何だ? どこで手に入れられる?」

 

「聖衣は私たち聖女が来ている服のこと。特別な繊維で編まれていて、魔物が聖力を感知できなくなるんだ」

 

「では、聖衣を着ればあのように魔物の群れに襲われる事も無くなるわけですね⁉︎」

 

「そう言う事。でも、タダで渡すわけにはいかない。何せ一着で一等地に小さな家を建てられるくらい価値があるんだ。それに、予備や歯切れでさえも教会で厳重に管理されているし」

 

「じゃあどうすりゃいいってんだよ」

 

「幸い、人間と違って必要な面積は少ないから、必要な分だけこっそり渡すことはできる。だから、交換条件だ」

 

「交換条件?」

 

「キミたちには、聖衣を渡す代わりに、おつかいを頼まれて欲しい」

 

「おつかいだって?」

 

「その前にジュモくん、キミの等級は?」

 

「等級?」

 

「ジュモ等級ってなんですか?」

 

「さあ?」

 

「いやいや、ギルドカードの等級に決まってるじゃないか」

 

「ああ、そういやそんな説明受けた気もするな」

 

 ジュモはポーチを漁ってギルドカードを探そうとしたが、「そうだった」と思います。

 

「今ギルドカード持ってねぇからわかんねーや」

 

「ええ⁉︎ ……でも、自分の等級くらいは覚えてるでしょ?」

 

「なあ、等級って確か、試験受けないと上がらねぇんだろ?」

 

「そうだけど……」

 

 さっきからジュモが、やけに初歩的なことばかり聞いてくるので、ヒルナは嫌な予感がしていた。

 

「なら一番下の等級だ」

 

 冒険者ギルドの等級は鉄、銅、銀、金、プラチナ、ミスリル、オリハルコンから構成されている。

 以下略

 鉄等級とはすなわち…

 

「鉄等級ってこと? ……おかしいわね、流石にもっと実力あると思うんだけど」

 

「ああ、要するにアンタは、俺がおつかいをこなせるかどうか、俺の強さを知りたがってるわけか」

 

「そういうこと」

 

「……そういうことなら悪いな。俺、その試験一回も受けたことねぇんだわ」

 

 それを聞いたヒルナは仰天した。

 

「はああああああああ⁉︎ 」

 

「うおっ、なんだいきなり」

 

「君……今、昇格試験を受けてないって行った……?」

 

「おう、面倒だからな」

 

「はあ……変わり者だとは思ってたけど、まさかここまでとは……」

 

 ヒルナが頭を抱えるのも無理はない。

 なにせ、冒険者の能力を示す等級は、その高さによって受けられる依頼、ひいては報酬額が上がるものであり、彼らが最も重要視するものだからだ。

 

 だが、それもあくまで人間の中での常識である。

 生憎、ヒルナの目の前にいるのは、森で獣人に育てられた非常識な男だった。

 

 人間の街に滞在することを好まず、金銭にも執着のないジュモにとって冒険者等級とは、興味がないどころか、“試験を受けることを推奨される”という面倒事だとしか思っていなかったのだ。

 

「……じゃあ仕方ないから質問変える。あなたが今まで倒した魔物の中で、最も強かったのは何?」

 

「一番強ぇやつか、なんだろうな……」

 

 ジュモが首を傾げていると、何の気無しにゼリルは尋ねた。

 

「昨日倒したあの魔物はどのくらいなんです? ギガントオーガ、でしたっけ」

 

「ギガントオーガ⁉︎」

 

 ヒルナが声を上げた。

 

「うおっ、どうした」

 

「いやいや、ギガントオーガって言ったら銀等級の中でも最難関クラスの魔物じゃない」

 

「よくわからんが、すごいのか?」

 

「君、冒険者の内情とか知らなさそうだから教えるけど、あなたくらいの年で倒せるって事は相当筋のいい冒険者よ……ともかく、それならお願いしても大丈夫そうね」

 

「……で、おつかいってのはなんなんだ? 大方荒事なんだろうが、人間の悪事には加担しねぇぞ」

 

 そんなジュモの回答に呆れるヒルナ。

 

「聖女を何だと思ってるの。教会がそうなっちゃスピトゥールはおしまいよ。……君たちにお願いしたいのは、ジラーマの北東の森で『ポワラスの花』の採取してくること」

 

「ポワラス……聞いた事ねぇな」

 

「解毒ポーションの調合に必要な花よ。すでに知っていると思うけど、今ジラーマの周辺では、毒を持つ魔物が異常発生してる」

 

「ああ聞いたぜ、ポーションの値段が高くなってるって。でも、街にあれだけ冒険者がいるなら、そいつらに採ってこさせればいいんじゃないのか?」

 

 ヒルナは少し疲れた様子でため息をついた。

 

「それがそうもいかないのよ……ポワラスの花はそもそも数も少ない上に、小さくて見つけるのが難しいの」

 

「……それでは、このあたりの土地勘がない私たちが行っても、尚更見つからないのでは?」

 

 ゼリルが尋ねた。

 

「そこは方法があるから大丈夫。ポワロスの花にも見つける方法があってね。それは、ポワロスの花が持つ聖力を探知すること。できるでしょ?」

 

 ヒルナがゼリルに視線を向ける。

 

「探知って、私がですか?」

 

「ええ、だって今私の聖力も感じてるでしょ?」」

 

「……やはり、あなたに会ったときから感じている、この気配のようなものが、聖力なんですね」

 

「わかるのか? ……そういや、ヒルナが来る時も俺より速く気づいてたっけ」 

 

「それじゃ、ちょっと待っててね」

 

 すぐに戻ってきたヒルナの手元には、手のひらサイズの布切れが握られていた。

 ヒルナは徐に、スカートの中に下から手を入れると、太ももに取り付けてあっただろう、小さなナイフを取り出した。

 

「おまっ! どこにしまってやがる!」

 

 ジュモは顔を赤らめてヒルナに叫ぶが、当のヒルナは一切動じていないようだった。

 

「これをこうして……っと」

 

 ヒルナはナイフで布を切り初め、手のひらに収まるくらいの大きさの円を二つ切り出した。

 

「はい、できた」

 

「そりゃなんだ?」

 

 するとヒルナは切り出した円をゼリルの胸へ当てがった。

 

「よし、大丈夫そうだね」

 

「ヒルナさん、まさかとは思いますが……」

 

「そう、これがゼリルちゃんの聖衣」

 

 そしてヒルナは、切り出した聖布をゼリルの光――乳首へ押し当てた。  

 

「ひにゃんっ! ……な! なにするんですか!」

 

 ヒルナが手を離すと、布はぴたりとゼリルに張り付き、なにより光も収まっていた、

 

「光が消えた……?」

 

「ふうよかった〜……これで聖力の放出が止まったね。成功成功!」

 

「おい、ゼリルの聖衣って、これのことじゃないだろうな」

 

「あははー……」

 

 ヒルナが目を逸らす。

 

「あのー、この面積の少なさは……どうにかならないものでしょうか……」

 

「いやー、さっき話した通り、聖衣って高級品だからさ、必要最低限しか渡せないんだ。いや〜、でも予想通り聖力の放出場所がちく……胸のてっぺんに集中しててよかった〜!」

 

「おい」

 

「…………事情はわかりました。見た目はどうあれ、効果があるのならいいでしょう」

 

「ふう、これでようやく目処がたった……」

 

 ヒルナはほとんど倒れ込むような様子で椅子に座り込んだ。

 

「おい、大丈夫か」

 

「……実のところ、毒の魔物が大量発生するようになってからあまり寝れてなくてね……。街に戻る前に亡くなる人も多い、

 

 原因の調査も難航してるから、私が直接調査に参加できれば、もっと調査が進むんだろうけど……いつ罹患者が出るかわからないから、街を離れるわけにもいかなくてね」

 

「これで、君たちがそれなりの量ポワロスの花を持ち帰ってくれれば、ここは彼女に任せて私が直々に調査に出向ける」

 

 するとヒルナは自分の胸元に、徐に手を入れた。そうして取り出したのは革表紙手帳だった。

 

「おっ、おま、どこからそれ出して……!」

 

「さあ、どこだと思う?」

 

 ヒルナは、花のイラストが描かれたページを開いた。

 

「そ、それがポワロスの花なんだな。人間の助けをするのは癪だが、聖衣をもらった分の働きはしてやる。俺たちに任せとけ」

 

「はは、頼りにしてるよ。出発は明日の朝で頼めるかな」

 

「わかった」

 

「それから、これ渡しておくね」

 

 ヒルナがジュモに透き通った青色の液体が入った小瓶を二つ差し出した。

 

「解毒ポーション。こっちも希少品だから二つしかあげられないけど」

 

「……いいのか?」

 

「聖衣まで渡したってのに、毒でくたばってもらっちゃ困るからね……それと、その……もう一つお願いがあってさ」

 

「今度はなんだよ……」

 

「今日はここに泊まって行ってくれない?」

 

「……は?」

 

 ◇

 

「ここが二人に泊まってもらう部屋。それと、廊下の先に、小さいけどお風呂もあるからぜひ使ってね」

 

「お、おう……」

 

 ヒルナの提案に、なんだか面倒毎の予感を覚えたジュモは、一度は拒否しようとしたが、「今から宿取るの大変だと思うよ。ギルドカード持ってない君たちを泊めてくれるかも怪しいし」

 

 旅の中での野宿には慣れているジュモだったが、欲望に塗れた人間の街の地面に横になる気にはとてもならなかった。

 それならば、とジュモは渋々首を縦に振ったのだった。

 

 そして、ゼリルの探し物がないかを観光がてらさがし、教会に戻ってきたジュモたちが案内されたのは、決して豪華とはいえない簡素な部屋だが、日頃から清掃を怠っていないのか、清潔感があった。

 

「廊下の向こうには小さいけど浴場もあるから、ぜひ使ってね」

 

 そう言ってヒルナは去っていった。

 

「……結局、なんであいつは俺たちを泊めてくれたんだ?」

 

「考えられるとすれば、何か聞きたいことがある、とかでしょうか」

 

「ふうん……まあ聞かれたら答えるけどよ。それにしても風呂か……どうすっかな」

 

「その……ジュモ、私も入りたいのですが……」

 

 ゼリルがおずおずと尋ねる。

 

「おう、入ればいいじゃねぇか」

 

「ですがその……私、自分で体を洗えないので……」

 

 ジュモは、ゼリルが言わんとすることを察した。

 

「……つまりなんだ、俺に入れろと?」

 

「……はい」

 

「…………まあ、しょうがないわな」

 

 ジュモはしばらく躊躇した上に了承したが、躊躇した理由は自分でもよくわからなかった。

 

 

 

 廊下を進んだ先、ジュモたちは脱衣所に訪れていた。

  

「なあ、そういえば風呂入る時って、この乳首隠し剥がすのか?」

 

「ちくっ……その呼び方やめてください! 聖衣でいいでしょう、聖衣で!」

 

「お、おう……」

 

「剥がす……が正解でしょうね。聖女の方々もさすがに脱ぐと思いますし」

 

「そうか」

 

 ジュモがゼリルの聖衣を剥がそうとゼリルを掴もうとすると、ゼリルが後ずさった。

 

「おい」

 

「じ、自分で剥がしますから!」

 

「自分じゃ剥がせねぇだろ」

 

「そ、そうでした……」

 

 ゼリルが見せた謎の抵抗にジュモは疑問を抱いたが、すぐにその理由を、身をもって理解することになった。

 

「あっ……んっ……ひっ……ひにゃっ……」

 

「おい変な声だすな! くっそ、これ結構強く引っ付いてやがる、全然取れねぇ……」

 

 聖衣は中々剥がれず、イラだったジュモは力を強めてカリカリと聖衣の端を引っ掻く。

 

「んひゃっ……! 声出すなって……んひっ……しょ、しょうがないで……しょう……! おぉっ……!」 

 

 その後、数分の格闘の末ジュモはゼリルの聖衣を剥がすことに成功した。

 そこには、翠に輝く聖力に光が、煌々と輝いていた。

 

「はあ……はあ……や、やっと取れたんですね……」

 

「はあ……はあ……手こづらせやがって……」

 

 そうして、二人はようやく浴場へと踏み入れることができた。

 浴場は、確かに公衆の浴場と比べれば小さく、入れて五人程度の大きさだったが、ジュモたち二人が入るには、十分な広さだった。

 

「これでようやく入れるぜ……」

 

「こら! 湯船に浸かる前に体を洗いなさい」

 

「……へいへい」

 

 

「「はああ〜〜極楽極楽」」

 

 

 体を洗い終えたジュモたちはようやく湯船に浸かることができた。 ジュモがゼリルの体を洗うこととなり、案の定一悶あってのことである。

 

「お前、さっき先に体を洗え、っていってきたが、風呂入ったことあるのか?」

 

「言われてみればそうですね……。覚えている限りではありませんが、きっと過去、入ったことがあったのでしょう」 

 

「ふぅん、そういうもんか」

 

「ジュモは?」

 

「パザラと暮らしてたときはよく桶にお湯張った風呂に入ってたが、旅を始めてからたまに水浴びするくらいで後はめっきり。……人間が作ったものにしちゃ……いいもんだよな」

 

 二人が風呂の魅力によってくつろぎきっていると、不意にガラガラガラと、出入り口の引き戸が開けられる音がした。

 

「あれ? もう湯船浸かってるんだ」

 

 入ってきたのは、正真正銘一糸纏わぬ姿の聖女ヒルナだった。

 

「な……な……な……‼︎」

 

 その事により取り乱していたのは意外にもジュモの方だった。

 ヒルナの美しい肢体を目にしたジュモは、一瞬にして顔を茹で上がらせていた。

 

「あはは、ちょっと刺激が強すぎたかな?」

 

「どうしてここに?」

 

「もしゼリルちゃんを洗うなら私が洗ってあげたほうがいいかなって思って。まあ、それも必要なかったみたいだけど」

 

(それならばもう少し早く来てくれればあんな目に遭わずに済んだというのに……)

 

「じゃ、私もぱぱっと体洗ってきちゃおっと」

 

 言葉通り、ぱぱっと体を洗ったヒルナは、二人に向き合う形で座った。

 

「はああ〜〜極楽極楽」

 

「ぬ、ぬう……」

 

 ジュもはなるべくヒルナを見ないよう、視線を逸らした。

 お湯が白く濁っているので、入ってさえ仕舞えば相手の体が見えないことが唯一の救いだろう。

 

「よいしょっ」

 

 すると、ヒルナは徐にゼリルを抱え上げた。

 

「わっ、何するんですか」

 

「いやほら、触り心地もおっぱいなんだなーと思って」

 

「じゅ、ジュモ助けてください!」

 

「まあいいじゃねぇか、減るもんでもねぇし」

 

「そんなー!」

 

 

 ヒルナにひとしきり揉まれたゼリルは、こころなしかぐったりとしていた。

 

 すると、ヒルナがジュモの隣に座りなおした。

 

「君のこと、聞いてもいいかな」

 

「……なんだよ」

 

「だって君、変わってるし」

 

「……どこがだよ」

 

「強いて言うなら、全部かな。冒険者の常識は何にも知らないし、あんな装備も見た事ないし。あれ、絡繰武器だよね? ちょっと触ってみたけど、どうやって変形させるの?」

 

「……てめ、脱衣所に置いてたのを触りやがったな」

 

「てへ」

 

「それにしても、すごい傷……」

 

 ジュモの体には無数の傷跡があった。

 

「魔物と戦ってりゃ、誰だってそうだろ」

 

「ううん、それにしたって、ここまでのは滅多に見ないよ……旅、してるんだってね」

 

「ああ。聖都を目指してる。あんたは行ったことあるか?」

 

 ヒルナは首を横に振った。

 

「あそこに行く聖女は軒並み聖力適性が飛び抜けた聖女だ。私みたいなのはお呼びじゃないよ」

 

「そうなのか?」

 

「私は聖力適性はそんなに高くないからね。南の方で小さな街を守ってる方が性に合ってる。君はどうして聖地へ? 興味本位だって言うならやめたほうがいい。北の方は恐ろしいほどの強さの魔物がウヨウヨしてる。言っちゃ悪いけど自殺行為だ」

 

「これを聖地にいる妹に渡せって、親の遺言なんだ」

 

「……妹の名前は? もしその妹が聖女なら、私も聞き覚えがあるかもしれない」

 

「パララだ」

 

「……聞いたことないな」

 

「そうか」

 

 すると、ジュモは少しばかりあたまがくらくらとすることに気づいた。

 

(いけねぇ、湯に浸かりすぎたな……)

 

「ゼリル、そろそろ上がるぞ」

 

「まあまあ、もう少しゆっくりしていきなって」

 

 ヒルナはジュモを引き留めようと、体を前のめりにしてジュモを引き止めようとする。それと同時にジュモは立ち上がった。

 

 必然的に、ヒルナの顔はジュモの股に急接近することとなり――。

 

「きゃああああああああ〜〜〜〜〜〜〜‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」

 

 初めて見る男性の“それ”にヒルナは絶叫しながら気を失った。

 

「お、おい! しっかりしろ!」

 

 すると、ヒルナの絶叫を聞きつけて、彼女が駆けつける。

 

「ヒルナ様ご無事ですか‼︎‼︎」

 

 状況を見るなり、彼女もまた、絶句した。

 

「り……り……リヴァイアサン――‼︎‼︎‼︎」

 

 

 ◇森へ

 

 翌朝、教会を出たジュモは、ゼリルを肩に乗せて森の中を進んでいた。

 

「昨日はなんと言いますか、賑やかな夜でしたね」

 

「これであいつも懲りただろ。男がいるってのに風呂に入ってくるのが悪いんだ」  

 

「それはまあ……そうですね」

 

「さて、さっさとポワロスの花を見つけねぇとな」

 

 早朝から出発したためまだ日は高く、夜までにはまだ時間があるが、それでも森へ入ったら警戒を怠ってはならない。

 なぜなら昼であろうと、森や洞窟などの薄暗い場所であれば、魔物は節操なく湧き出てくるからだ。

 

「そういえば、ヒルナの奴がくれた聖衣、ちゃんと役にたってるみたいだな」

 

 ジュモに言われ、ゼリルははっと気づく。

 

「そういえば、さっきから魔物に遭遇していませんね。たしかに効果はあるみたいです……見た目は大分アレですが」

 

「ああ。昼とはいえこれだけ薄暗い森。魔物だってそこらに湧いてるんだ。昨晩までの調子じゃ、今頃とっくに追いかけられてるはずだぜ。――花の聖力は感じるか?」

 

「……いえ、とくにこれといったものは感じませんね。ポワロスの花が放つ聖力は、それほど大きいものではないのでしょう。それまではしらみつぶしに探していくしかないでしょう」

 

「そんなこったろうと思ったぜ。やっぱりこいつを持ってきて正解だった」

 

 そう言ってジュモが取り出したのは、出発前にヒルナから借り受けた、一輪のポワロスの花だ。

 

「貰ったのはいいですが、それを一体どうやって使うんです?」

 

「まあ見てな」

 

 するとジュモは道中集めておいた木の実を地面にばらまいた。

 

「おーい、誰か来てくれー!」

 

 すると、リスやネズミ、鳥などの小さな動物たちがたちまち集まり、きのみを啄み始めた。

 

「なあお前ら、この花知らないか?」

 

 ジュモはビーストたちに匂いを嗅がせていくと、口々に答えが帰ってきた。

 

『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ッテル!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』

 

「誰も知らねぇか……」

 

「ジュモ、今一人だけ知っていると答えていませんでしたか?」

 

「本当か! どいつだ!」

 

「ええと、一斉に喋っていたのでそこまでは……」

 

「分かった、もう一回聞く。お前ら、この花知らないか?」

 

『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ッテル!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』『知ラナイ!』

 

「ちょ、ちょっと待て! さっきより増えてないか⁉︎」

 

「じゅ、ジュモ、いました! そこのリスです!」

 

「こいつか!」

 

 ジュモが指を指す。

 

「違います! その二個右隣!」

 

「こいつか!」

 

「そっちは左です!」

 

「じゃあこいつだな!」

 

 ジュモがリスを拾い上げると、リスは首を傾げていた。

 

「この花の咲いてる場所、知ってるか?」

 

『知ッテル!』

 

「よしきた、案内してくれ!」

 

 ジュモがリスをテイムすると、駆け出して森の奥へと向かっていった。

 

『ココ!』

 

 リスが立ち止まった場所には、いくつかのポワロスの花が咲いていた。

 

「お、あったぞ!」

 

「なるほど……、確かに、それほど大きくはありませんが聖力を感じます」

 

「他に咲いてる場所は知ってるか?」

 

 ジュモが尋ねると、リスは首を横に振った。

 

「そうか、ありがとな」

 

 リスが去っていくのを見送ると、ジュモは腰を上げた。

 

「じゃ、また探し直しだ」

 

「今ので聖力の感覚は掴みました。ようやく私も力になれると思い――」

 

「ちょっとまて――」

 

 ジュモの機敏な聴覚が“戦いの音”を捉えた。

 それは魔物の唸り声であり、武器を振るう音であり、ビーストと、人間の少女の悲鳴だった。

 

「誰かが近くで戦ってるんだ」 

 

  ◇

 

 森の中、少女が身の丈ほどの長い槍を魔物へ必死に振るう。

 その傍では、高さ三、四十センチほどの幼いレッドリドラが少女を守るように懸命に戦っていた。

 

 真紅の髪で大きなポニーテールに結い、焦茶の外套を纏った彼女の名はローロ・リーデ。ジラーマを拠点に活動するビーストテイマーである。

 

 ローロがやっとの思いで一体のゴブリンを倒した頃、周囲には彼女を取り囲むように、トキシック・マッシュ(歩くキノコ)ポイズン・トード(毒ガエル)ヴェノムスコーピオン(毒サソリ)、アシッドスライム――毒を持つ、数々の魔物の姿があった。

 

「私って、本当ツイてない……」

 

 ローロは力のない声で呟いた。

 

 ローロは、自分が苦境に立たされている理由を思い出していた。

 

(いくら花の採集が目的だからって、私一人で行けだなんて、あんまりだ……) 

 

 

 ローロは、自身が所属するパーティ、『黒牙の団』リーダーから命令を受け、単身で森に訪れていた。目的は、ジュモたちと同じ、ポワロスの花の採取である。

 

 だが、たった一人でテイマー、いや、テイマーだからこそ、一人で行かせることが無謀だと、誰の目に見ても明らかだった。

 

(自分が所詮“捨て駒”なのは分かってるけどっ……!)

 

 ポイズン・トードの体当たりを受けたローロは姿勢を崩し、地面に倒れた。

 

「死にたく……ない……!」

 

 ローロが死を覚悟し、目を瞑った時、ガサガサと木の中を移動する音とともに、どこからか声が聞こえてきた。

 それは、誰かの話し声のようだった。

 

「人間のガキに……レッドリドラか! こんなところで何してやがるんだ!」

 

「ジュモ、まずは助けなさい!」

 

「当たり前だろ!」

 

 そして、声の主はローロの目の前に着地したようだった。

 ローロがおそるおそる目を開けると、目の前には、力強く逆立つ橙色の髪の背中と、肩に乗った肌色のまんじゅうのような何かが写っていた。

 

「よし、やるぜ」

 

 ローロにスティング・ヴァイパーが襲いかかると同時に、ジュモはジャキリと、両手のガントレットからカマキリのような鎌を展開した。

 

大蟷螂の刃(マンティス・サイズ)!」

 

 そして、ジュモはローロが噛みつかれるよりも速く、ヴァイパーの長い体を輪切りに切り刻んだ。

 

 突然現れたジュモに魔物たちも驚いたのか、動きが一瞬止まる。

 

 その隙を見逃すジュモではなかった。

 

「ガキ! リドラを抱き抱えろ!」

 

 ローロは反射的に指示に従った。ジュモはそれを確認すると、いきなりローロの腕を掴み真上に放り投げた。

 

「きゃああっ!」

 

「ジュモ、一体何を!」

 

「今のうちに仕留めるんだよ!」

 

 ジュモは右手の鎌で、流れるようにトキシック・マッシュの胴体を縦に切り裂いた。

  

「ひとつ!」

 

 そしてすぐさまポイズン・トードの背後に周り、両手の鎌を振り下ろす。

 

「ふたつ!」

 

 ヴェノム・スコーピオンが両手の鋏をジュモに振るうが、それも難なくいなすと、腕の付け根に鎌を振り下ろし、鋏を切り離した。

 

『ギャアアッ‼︎」

 

 怒り狂うスコーピオンは、残った尻尾の毒針を突き立てようとする。

 

「読めてるんだよ!」

 

 ジュモは、左手で尻尾の根本を掴むことでそれを止め、右手の鎌を振り下ろして付け根から尻尾を断ち切った。

 

 そして、甲殻に覆われていない、尻尾の切断面に鎌を突き刺すと、スコーピオンも霧となって消滅した。

 

「みっつ‼︎」

 

 そして、そのタイミングで、少女はジュモの元へと降ってきた。

 こちらも軽々受け止めると、ジュモは少女を地面に下ろす。

 

「よっと」

 

「アンタ……一体……」

 

 ローロが尋ねようとすると、体がふらつき地面へ倒れそうになった。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 ローロの顔からは血の気が引き、土気色になっていた。

 そして、ゼリルもジュモもこの症状には覚えがあった。

 

「ジュモ、これは……」

 

「ああ、毒だ――やっぱり、リドラも毒をもらってやがる。おいガキ、解毒ポーションは!」

 

「持ってるわけないでしょ、あんな高級品」

 

「ジュモ――」

 

「分かってるビーストとガキに、出し惜しみはナシだ」

 

 ゼリルが言い切る前に、ジュモはポーチから、ヒルナにもらった小瓶を二本取り出した。

 

「飲め。話はそれからだ」

 

 ローロは差し出された小瓶を受け取ろうとしたが、手を止めた。

 

「そんなお金、持ってない……」

 

「金取るわけねぇだろうが! いいから飲め! 死にたいのか!」

 

 ジュモの言葉に安心したのか、ローロの表情が少し綻ぶと小瓶の中身を一気に飲み込んだ。

 

「それでいい、一旦寝てろ」

 

「この子に……飲ませてあげなきゃ」

 

「俺がやる」

 

「待って……レッドリドラは……」

 

「水は少しずつ飲ませる、だろ。ガキのうちは間違って火炎袋に水を流し込んじまうからな」

 

 ジュモが答えると、ローロは驚いた顔をした。

 

「安心しろ、俺もテイマーだ」

 

 そう言うと、ジュモはレッドリドラに話しかけ始めた。

 

「苦いだろうけど、少し我慢しろよ」

 

 ジュモはリドラの頭を上を向かせると、少しずポーションを飲ませ始めた。

 

「これですぐに楽になるはずだ。調子はどうだ?」

 

『ウウ……、ツバサ イタイ』

 

「……翼か、確かに切り傷がある。しばらく持ち上げとくぞ、毒が回りにくくなるからな」

 

「分かるの……?」

 

「ああ。俺はビーストの声が聞こえるからな」

 

「え……?」

 

「このままここにいちゃ危ない。幸い、ここに来るまでに潜みやすそうなほら穴を見つけておいた。一旦そこで休むぞ」

 

 ジュモは戸惑うローロをリドラもろとも肩に担ぐと歩き出した。

 

 ◇

 

 ジュモは、二人と二匹がちょうど収まるくらいの洞穴に入ると、ローロを座らせた。

 

「ちょっとばかし薄暗いが、この狭さなら中で魔物が湧くこともないだろう」

 

 魔物は、聖力から一定以上離れたところにしか湧かない特性がある。

 ビーストも人間も、聖物(せいぶつ)は例外なく、僅かばかりの聖力を宿しているのだ。

 

「ずっと気になってたんだけど、“それ”もビースト?」

 

 ローロはゼリルを指して尋ねる。

 

「ああ。出会ったばっかりで俺もよく知らないが、そうらしい」

 

「気のせいじゃなければその子、喋ってなかった……?」

 

「ええ、私は会話できますよ]

 

「本当にしゃべってる……」

 

 物心ついてきた時からテイマーのビーストの常識を学び続けてきたローロは、その常識を覆し続けるジュモたちを目の前に、呆然としていた。

 

「ビーストの声が聞こえるのも、本当なの……?」

 

「ああ」

 

 ジュモは「信じられないってなら、証拠をみせてやるよ」と言うと、リドに話しかけた。

 

「お前の主人の名前、分かるか?」

 

 リドは『ぎゃう』と鳴き声をあげるが、ジュモには勿論その言葉の意味を理解していた。

 

『ゴ主人ノ名前、ローロ! 僕の名前リド!』

 

「お前はローロ。こいつの名前はリド。合ってるな?」

 

「ウソ……、どうやって……」

 

「生まれつきだ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」

 

「そんなテイマーがいるなんて話、聞いたことない……」

 

「ま、珍しいって自覚は多少あるけどよ――それよか、なんだって一人でこんなところにいるんだ?」

 

「それは……」

 

 するとローロは、首をさらに俯かせた。

 

「ジュモ、彼女は病み上がりです。あまり問い詰めるべきではありません」

 

「だって、んなひょろっちいガキがチビドラゴン一匹連れて森に入るなんて自殺行為だろうが!」

 

「ジュモ‼︎」

 

「現にこいつらは俺たちが来なかったら死んでたんだぞ‼︎」

 

「それは……」

  

「――いいの、わかってる」

 

 ローロは自嘲気味にこぼした。

  

「私は弱いから、こんな仕事しか回されないの……」

 

「どういうことだ」

 

 ローロは自分の置かれた境遇を、ぽつり、ぽつりと語り出した。

 

「……私が今一人でここにいるのは、ゼイラーに命令されたから」

 

「ゼイラー……?」

 

「……私の所属しているパーティのリーダー。「お前みたいな能無しはトカゲを使って森で探し物でもしてろ」ってさ」

 

「そんな、ひどい……」

 

「しょうがないよ、事実だから。……私はまだこの子しか戦闘向きのビーストをテイムできてないし、この子の考えてることだってほんの少ししか分からない。それに、槍の扱いも下手クソだし」

 

 ローロは力無く笑った。

 

「私が冒険者になってゼイラーのパーティ『黒牙の団』に入ったのは半年前。私は体が小さくて聖力も少ないから魔物に気づかれにくいからって、今まで索敵と斥候をしてたけど……この前のクエストで、私の索敵から漏れた魔物がみんなを襲ったんだ。その結果、誰も死ななかったけど、一人が大怪我をして、道を引き返す羽目になった」

 

「だから、私は罰として一人で採集クエストに行かされた。……きっと、死んでも構わないって思ってるはずなんだ」

 

「――そんな勝手な話があるかよ!」

 

 ジュモは、苛立ちに任せて木の枝を蹴りとばした。

 

「そのゼイラーって野郎、もし会ったら絶対にぶっ殺してやる……俺はそいつみてぇな傲慢で自分勝手な野郎が一番嫌いなんだ」

 

「でも、魔物を見逃したのは私だから……」

 

「パーティは何人だ」

 

「わ、私を入れて八人だけど……」

 

「それだけの人数、一人が索敵して防ぎ切れるか。それに、魔物の住処で索敵して、百パーセント魔物を確認できるなんてわけないだろうが。それを見越してなかったそいつらの責任だ」

 

「ジュモの言う通りです。ローロ、責任は他の者にもあります」

 

「……あんた、ジュモって言ったよね」

 

「ああ」

 

「どうしてスキルも無いのにあんなに強いの……?」

 

「どういうことだ?」

 

「テイマーが最弱の職業と呼ばれる理由、知ってるわよね。テイマーは、自身を強化するスキルを覚えられない。だから戦闘はビーストの強さに依存するけど、駆け出しのうちに他の戦闘職に匹敵するようなビーストをテイムするのはまず不可能。だから、索敵や斥候が主な仕事になるけど、それさえも索敵魔法やアイテムで代用できる」

 

「もっとも、ゼイラーたちはアイテムの出費を嫌がって使わなかったけど」、とローロはぼやいた。

 

「テイマーの中で、銅等級以上の人が、どのくらいか知ってる?」

 

 銅等級。ようやく単身でもゴブリンなどの最下級モンスターを複数相手取ることができると判断される、ようやく冒険者になったと言える階級だ。

 

「さあ……」

 

「五十人に一人。はじめの一歩とされる銅等級でさえ、それだけの人数しか上がれない」

 

「そんなに少ないのですか……?」

 

「――テイマーの半分は、そもそも冒険者にならずに物や人を運ぶ仕事に就くの。なぜなら、冒険者になっても最弱職だって馬鹿にされるのが分かってるから。……それでも半分は冒険者になる。でも、結局続けていけるのは二十五人に一人程度。あたり前よね。運送の仕事ならいくらでもあるんだから」

 

「……俺が一人で魔物どもと戦えてるのは慣れてるからだ」

 

「慣れって……アンタだってまだ十五、六でしょ? いくら冒険になるのが早かったとしても数年じゃない」

 

「――十年以上」

 

「え……?」

 

「俺は物心ついた頃から森で魔物と戦ってた」

 

「ジュモは、森でオレンジバックの獣人に育てられたんだそうです」

 

「……ああ。強くなるには実戦が一番だってパザラはいつも言ってた」

 

「そんな……」

 

「お前だって、経験を積めば、今よりは多少マシにはなっていくはずだ。――逆に聞くが、どうしてお前はそこまで冒険者にこだわるんだよ。お前だけじゃねぇ。他の奴らも、物運んでりゃそれでいいじゃねぇか」

 

「ちょっと、ジュモ!」

 

「俺は別に揶揄って言ってるわけじゃねぇ。ゼリル、お前はまだピンと来てねぇかも知らないが、“戦う”ってのは……命を奪い合うってことは……相当な覚悟がねぇとやっていけねぇんだ。俺たちだって、出会ったあの日の晩に魔物に殺されてたっておかしくなかったんだ」

 

「だからだよ。――みんな親しい人を魔物に殺されてるから、無理を通してでも魔物を倒したいんだ。冒険者になろうとするビーストテイマーはそう言う人たちだ」

 

「お前もか?」

 

 ローロの、槍を持つ手に力が籠った。

 

「……私の両親は軍に所属して魔物と戦ってた。でも、二人とも殺された。お母様は大きなドラゴンに乗って槍で戦うビーストテイマーだったの。この槍はお母様の形見で、この子も、お母様のドラゴンが残していった卵から生まれた子なの――だから私は、どれだけ弱くても、どれだけ情けなくても、冒険者を辞める訳にはいかないの」

 

「お前、採集クエストつったな。何を探してる」

 

「私が探してるのは、ポワロスの花」

 

「なら目的は一緒だな。そろそろ毒は癒えたか?」

 

「う、うん……」

 

「ならいくぞ」

 

 ジュモは腰を上げると、さっさとほら穴から出ていこうとする。

 

「いくぞ、って……」

 

「……正直、人間のお前がどう生きよとお前の勝手だ、俺には関係ない。だが、お前がテイマーで、ビーストを連れ歩くって言うなら、俺はお前に、ビーストを守るための、戦うための術を教えなきゃならねぇ」

 

「ジュモ……」

 

「ありがとう……私、戦うよ」

 

 ◇

 

 ジュモとローロが共に行動し始めてからすぐのこと。体のあちこちから、粘液に塗れた突起の生えたナメクジが現れた。

 

「ゾルスラッグか。ちょうどいい、あいつと戦ってみろ」

 

「うげぇ、あいつ苦手……」

 

「ビビることはねぇ、ヤバくなったら俺が助けてやる。――それに、魔物は体が魔素だけで出来てるくせに、大概はビーストや植物を真似た体の作りになってやがる。だから、一対一の場合なら弱点さえ知っておけば対処はそう難しくねぇ」

 

「そ、それ本当?」

 

「ああ。まずはここらの魔物の弱点を頭に叩き込め。例えばトキシック・マッシュは揺らしたり、笠に攻撃を当てたりすると毒の胞子を撒き散らすから、柄の部分を横に切り裂いて倒す。ポイズン・トードなら喉元の毒袋を破裂させないように攻撃する。ヴェノム・スコーピオンなら殻の隙間に刃を突き立てるか、殻ごとハンマーで叩き潰す」

 

「なら、ゾルスラッグは?」

 

「あいつは近づくと触手を伸ばしてきて厄介だ。触手の届くギリギリの距離まで近づいて、一本一本落ち着いて切り落としていけばいい」

 

「リドにはなんて指示したらいい?」

 

「下手に引っ掻きやフレイムブレスで攻撃させても捉えられちまう。先行させて、奴の気を引かせる程度にしておけ」

 

「わかった……!」

 

「この短時間でよくそこまで分かりますね」

 

「言っただろ、慣れてるって」

 

 ローロがゾルスラッグへと駆けていく、

 

「リド! 先行お願い!」

 

『ぎゃう!(任セテ!)』

 

 ジュモの助言通り、ゾルスラッグは先行したリドに気を取られ、ローロから目を離した。

 

「今だ!」

 

 ローロがゾルスラッグに急接近し、槍を突き出した。

 

「馬鹿! 近づきすぎだ‼︎」

 

 ゾルスラッグは、接近するローロに反応し、全身の触手をローロへと伸ばした。 

 

「しまった!」

 

 ローロは咄嗟に体を逸らすが、無数の触手相手ではなすすべなく、全身を絡め取られ、あっという間に逆さ吊りになってしまった。

 

「きゃあぁ!」

 

「槍から絶対に手を離すな!」

 

「ひぃ……わ、わかった……!」  

 

 ローロは全身粘液まみれになりながらも、槍をしっかりと握り締め、振り回しはじめた。

 

『ぎゃう‼︎(ゴ主人助ケル‼︎)』

 

 リドも、ローロを助けようと近づくが、自身を捕えようとする触手を捌くのに手間取り、中々近づけないでいた。

 

「ジュモ! 彼女は大丈夫なのですか⁉︎」

 

「安心しろ、毒はない」

 

「よかった……」

 

「ただちょっと、体の穴という穴から触手を捻じ込んでこようとするだけだ」

 

「だから、そうなりそうになったら俺が助ければい」――そのつもりでジュモは言ったのだが、ゼリルをパニックに陥らせるには十分な衝撃だった。

 

「ジュモ! 一刻も早く彼女を助けなさい!」

 

 槍を振ること、数回に一度は触手を切り落とせてはいるものの、現に今も触手はローロの(くち)と、それからズボンの中へと、触手を滑り込ませようと伸びていた。

 

「ひぃ〜〜〜〜‼︎」

 

 ローロはついに目と口を精一杯閉じ、股を両手で押さえた。

 そして、その表紙に槍を取り落としてしまった。

 

「なにやってんだ馬鹿!」

 

 ジュモは地面を思い切り蹴り、ゾルスラッグに急接近すると、右腕のガントレットからカマキリのような刃を展開し、すれ違いざまに切り裂いた。

 

蟷螂の鎌(マンティスサイズ)……!」

 

 ゾル・スラッグはあっという間に塵となり、触手も消滅したことで落下してきたローロを受け止めた。

 

「近づきすぎるなって言っただろうが」

 

「だって、いけると思ったんだもん……」

 

 ローロは拗ねた様子で唇をとがらせた。

 

「……だが、お前の腕は今ので大体わかった。そのベトベト乾いたらもう一回戦うぞ。リド、ローロを乾かしてやってくれ」

 

『ぎゃう!(分カッタ!)』

 

「はあ……リドもアンタの言うこと聞いちゃってるし……」   

 

「一応、またゾルスラッグに捕まった時のために教えといてやる」

 

「何? ……ロクな事じゃないとは思うけど」

 

「捕まったときは股の前の方守っても意味ねぇぞ。奴らが狙うのは、より体の深くまで繋がってる――ケツの穴だ」

 

「最ッッッッ低‼︎」

 

 ローロは顔を真っ赤にしながらジュモを睨むことしかできなかった。

 

 ◇

 

 次にローロの前に現れた魔物は、前傾姿勢の二足歩行が特徴の犬型の魔物、コボルトだった。

 

「ローロ、やってみろ」

 

「コボルト……銅等級でも難敵だけど……」

 

「コボルトは群れると連携して襲ってくるから厄介だが、一体だけなら今のお前でもやれるはずだ」

 

「分かった……どうやって戦えばいい……?」

 

「下手に近づかずに、向こうから襲ってくるのを迎え撃て……来るぞ!」

 

 ローロを視認したコボルトは、一目散にローロへと襲いかかった。

 迫りくる魔物に、ローロは「ひっ」と声を上げてしまう。

 

「腰引けてるぞ! 目は閉じるな! どっしり構えろ!」

 

 目の前にまで迫ったコボルトは跳躍し、ローロから見て、左上から襲いかかってきた。

 

(怖い……! でも目は閉じない……! そして構える……!)

 

「あっ」

 

 ジュモの方の上でゼリルが声を上げた。

 

 ローロは飛びかかってくるコボルトの体の中心に合わせ、槍を傾けた。

 

 ――コボルトの爪はローロには届かなかった。

 

『GYA ……?』

 

 その腹には、ローロが突き出した槍が、体の中心に深々と刺さっていた。コボルトは、自身の飛びかかる勢いに殺されたのだ。

 

『GYAAAA‼︎』

 

 コボルトが、塵となって消えていく。

 

「や……やった……私が……私一人でやったんだ」

 

「よくやった」

 

「自分でも信じられない……」

 

「ヘッポコでチビでガキなお前だが、さっきの戦闘でお前の長所と短所が分かった。」

 

「長所と、短所……?」

 

 すると、ジュモはいきなり、ローロの顔目掛けて手の中に隠してあった泥団子を投げつけた。

 

 ローロは顔を逸らしてそれを避けようとするが、惜しくも避けきれず、顎のあたりに着弾した。

 

「ぐぇっ……なっ何するの!」

 

「それだ」 

 

「ローロ、お前の長所は動体視力だ。だが、それに身体能力――反射神経とか筋力が全く追い付いてない。だから、攻撃は見えてるのに対応しきれない」

 

 ローロはハッとした表情をした。

 

「思い当たる節、あっただろ?」

 

「じゃあ、今私がコボルトを倒せたのは……」

 

「優れた動体視力でコボルトの動きを捉え、足りない身体能力は、迎撃対応をすることで最小限の動きで対処したからってわけだ」

 

「なるほど……」

 

「……ただし、分かってると思うが、今お前が勝てたのは、迎撃での対応かつ、一対一で戦ったからだ。意識外の方向から攻撃されたら即死だろう。……つーか、そもそもの話になるが、正直お前は槍には向いてない。それでも、流石に剣や槌よりはマシだと思うが、近接戦闘が向いてない」

 

「……そんなの、自分でも分かってる。でも、私は槍がいい。お母様みたいな龍騎士に私はなるんだ……!」

 

「ローロ……」

 

 ――「危険だ」「いつか死んでしまう」、ゼリルの頭にはいくつもの言葉が浮かんでいたが、彼女の亡き母への想いの強さに口をつぐんだ。

 

「ジュモ……」

 

「どうするのか」と、尋ねる。

 

「――わかった。気の済むまでやれ」

 

「いいのですか?」

 

「こうなった奴は、止まるまでとまらねえ」

 

「いい加減、本格的にポワロスの花を探しに行くぞ」

 

「私たち、探し物は得意なの。任せてよ」

 

「得意ったって、一人と一匹だろ?」

 

「何よ、アンタだって同じじゃない。リドが空を飛べる分、こっちの方が探し物には利があるはずだわ」

 

「何言ってんだお前、俺たちだけで探すわけないだろうが」

 

「へ? 他に誰がいるっていうのよ」

 

「誰って……、近くにいるビーストに決まってるだろ」

 

「アンタねぇ……いくらビーストの声が聞こえるって言ったって、一匹テイムするのにも一時間はかかるでしょ? そんなことしてたら日が暮れちゃうわよ」

 

「何言ってんだお前、そんなの一瞬だろ。――おーい、誰か力貸してくれー」

 

 ジュモが呼びかけると、先ほどと同じように森のビーストたちが集まってきた。

 

「ちょ、ちょっと何これ! 一体どういうこと⁉︎」

 

「テイムが一時間っていったな……ちょっと見てろ。お前ら、この辺りにこの花が咲いてないか見てきてくれないか? 見つからなかったらすぐ戻ってきてくれればいい」

 

 すると、ジュモの体から無数のリンクラインが放たれ、ビーストたちの体へと吸い込まれていった。

 その数にして、およそ三十匹ほどだろうか。ジュモは、それだけの数のビーストを一度にテイムしたのだ。

 

「――うそ」

 

 そしてそれは、ローロにとっては異常な光景だった。

 というのも、ローロが言った通り、通常、テイマーはビーストをテイムするまでにある程度の時間を用する。

 それは、ビーストの気性や性質によっても左右されるが、比較的穏やかなビーストであったとしても、餌を与え、警戒心を解いていく作業は地道で手間のかかる作業だ。

 

 だが、目の前のジュモは、餌すら与えずに、ものの一瞬でそれをやってのけた。

 それも、数十体同時に、だ。

 

「あ、ありえない……」

 

(餌を使わないテイム、複数体同時でのテイム。それぞれは聞いたことあるけど、それを同時だなんて! 私が知る中で一番強い、金等級のテイマーからも、そんな話は聞いたことない――)

 

「あ、アンタ等級は⁉︎ 銀等級異常は間違いない、金等級の可能性もありえる――」

 

 尋ねられたジュモは「またか……」と辟易した表情を浮かべた。

 

「ギルドカードは紛失中、紛失前は鉄等級」

 

「はっ、はあ……? 何かの冗談よね……?」

 

「……どいつもこいつも同じような反応するんだな。等級ってのは、やっぱそんなに大事なもんなのかねぇ……俺にはさっぱりわからねぇ」

 

「……冒険者等級が上位であることのメリットは、主に金銭面と、名声面だと聞いております」

 

「まあ、平たく言えばそうだと思うけど……」

 

「ですが、どうやらジュモはそういったものには全く興味がないらしいのです」

 

「……それでよく冒険者やっていけるわね」

 

「俺は別に冒険者になったつもりはねぇ。身分証がねぇと街に入るのに苦労するから、仕方なく持ってんだ」

 

「実際、ジラーマに入る時も大変でしたからね……」

 

「アンタたち、本当に何者なの? ビーストを連れ歩かずに謎のおっぱいを連れ歩いて、魔物は得体のしらない絡繰武器で自力で倒す、あげくビーストを大量テイム。それがただの旅人なわけないでしょ!」

 

 ――ここまではジュモとゼリル。世間知らずの野生児と、記憶喪失のおっぱいの二人旅だったからその多くはスルーされてきたが、この二人、相当のイレギュラーである。

 

「ジュモ、この先に聖力を感知しました」

 

「うし、でかした」

 

「じゃあ、この先にポワロスの花があるってこと?」

 

「そういうこった」

  

 ゼリルの示した先へ進んで行った先のことだ。

 ふいに、ほんのりと甘く、澄んだ香りがジュモの鼻腔をくすぐった。

 

「花の匂いだ!」

 

 その先には、木々の間を埋め尽くすように、地面一面にポワロスの花が咲いていた。

 

「きれい……」

 

「収穫して早く帰ろう!」

 

 ローロが花畑へ駆けていくと同時に、ジュモは視界の端で奇妙なものを捉えた。

 それは、千切れた赤い布切れのようだった。

 

(先にここにきた奴がいたのか……?)

 

 妙に気になったジュモは、その布切れを観察した。

 そして、布切れの端に金属製の金具が付いていることに気づいた。

 

(あれは、装備品だ――!)

 

 それが無惨にちぎられているという事実。

 気づいた時、ジュモの第六感は継承を鳴らしていた。

 

「待てローロ‼︎」

 

 ジュモが叫んだ瞬間、ローロの足が何かに絡め取られ、宙吊りとなった。

 

「きゃああっ‼︎」

 

 ローロを宙吊りにした紐の正体。

 太陽に照らされ、透明な糸がきらりと光った。

 

(蜘蛛の糸――!)

 

「落ち着け! 落ち着いて対処しろ!」

 

「――わかった! たぁっ!」

 

 先ほどジュモとの戦闘の成果だろう、ローロは槍を手放さす、糸めがけて振るい、自力で脱出することができた。

 

『ぎゃう!(ご主人大丈夫カ?)

 

「ありがと、大丈夫」

 

「さぁ、犯人のお出ましだぜ」

 

 樹上から木を下ってゆっくりと降りてくるのは、高さ二メートルはあるであろう巨大な蜘蛛だった。

 その体は殻に覆われており、一目でその堅牢さが見てとれた。

 

スパイダー・スカージ(災の大蜘蛛)……!」

 

 ローロが呟く。

 

「あいつ、人間がポワロスの花を探してることを知ってやがるな」

 

「えっ」

 

「だからここで待ち伏せして、やってきた人間を喰らってるんだ」

 

「待って! 相手は銀等級クラス――」

 

「下がってな」

 

 ジュモはガントレットから爪を展開させると大蜘蛛と睨み合う。

 

 次の瞬間、大蜘蛛は木の幹から離れた、ジュモへと襲いかかった。

 

「だろうと思ったぜ!」

 

 ジュモは前方へスライディングで滑り込み、大蜘蛛の飛びかかりを避けた。

 そして、後方ではなく前方へ回避行動を行ったことで、命の危機は一転して、攻撃の勝機へと変わる。

 

 先ほどまでジュモが立っていた場所へ大蜘蛛が飛びかかる最中、その腹はがら空きになる。

 ジュモはそこに勝機を見出した。

 

「食らえっ‼︎」

 

 ジュモはスライディングの最中、右腕をを真上に掲げ、大蜘蛛の腹へかぎ爪を突き立てる。

 だが、ジュモの予想に反して大蜘蛛は腹に至るまで硬い殻で覆われていた。

 

 ギャリギャリギャリ‼︎

 

 殻と爪が擦れ合う摩擦で火花が散った。

 

(こいつに爪は通らねぇ……なら!)

 

 ジュモはすぐさま身を翻し、大蜘蛛へと飛びかかる。

 ビースティックアームズはガシャリと変形し、まるで金槌の頭のような形となった。

 

「ハンマー‼︎」

 

 大蜘蛛がジュモに向き直るよりも速く、ジュモはその外殻を殴りつけた。

 大蜘蛛の体は少しよろめくが、致命傷を与えた様子はない。

 

「ちっ」

 

 大蜘蛛は今度こそジュモを眼前に捉えると、鋭利な前脚をジュモへと振い始めた。

 

 槌と前足の打ち合いが始まり、ガキンッガキンッと、金属音があたりに響く。

 

「ここだっ!」

 

 ジュモは力を込め、両手で大蜘蛛の前足を上に弾いた。

 体勢は崩れた隙に、八つの目がついた顔面に槌の拳を打ち込もうとした。

 

 だが、大蜘蛛は素早く後ろに跳びそれを避け、そして、足の間から尻を出すと糸を発射した。

 

「ちっ、面倒なことしやがって」

 

 大蜘蛛は、ジュモを侮れない相手と判断したのか、ジュモが跳躍しても届かない位置にまでよじ登るとさらに糸を撒き散らし始める。

 

「こっちが糸に引っかかるまでそうしてるつもりだろうが、そうはいかないぜ、橙猿の尾(モンキーテール)!」

 

 ジュモは飛び上がると蛇腹状のベルトを伸ばして木に巻きつけ、木々の間を跳びながら大蜘蛛へと迫っていく。

 

 ジュモはついに、木々の間を逃げ回る大蜘蛛へ接近すると、こんどは空中での打ち合いが始まった。

 

 地上戦に比べると、空中での打ち合いはジュモにとって多少不自由ではあるが、それは相手も同様のことだ。

 

 数度の打ち合いの後、ジュモは空中で大蜘蛛の姿勢を大きく崩し、木の幹へと叩きつける。そして、糸

 に吊られたままひっくり返り宙ぶらりんとなった大蜘蛛の体に飛び乗ると、そのまま片腕をツルハシに変形させ、糸を断ち切った。

 

 ジュモを腹の上に乗せたまま、大蜘蛛は地面へと落下していく。

 

「このまま、地面に落ちる衝撃と合わせて、杭で腹に穴開けてやるよ‼」

 

 ――着地の瞬間。ジュモの耳に飛び込んできたのは、ローロの悲鳴だった。

 

「きゃあああ!」

 

「ローロ!」

 

 ジュモは反射的にローロの元へ走った。

 

 ジュモの視線の先では、“もう一体”の大蜘蛛と対面するローロの姿があった。

 

(ちくしょう、一体じゃなかったのかよ! 戦ってるうちに随分離れちまった、死ぬなよ!)

 

 ローロは大蜘蛛の前足からの初撃を捉え、槍を横に構えることで何とか防いだ。

 だが、二太刀、三太刀と振るわれると、ついに槍を手放しその場で尻餅をついてしまった。

 

「針!」

 

 咄嗟にジュモは針を飛ばすと、大蜘蛛の目に当たった。

 

『GYAAAAA‼︎』

 

「こっちを狙いやがれ‼︎」

 

 だが、大蜘蛛が次に狙ったのはローロだった。 噛み砕こうと牙を向ける。

 

「きゃあああああああ‼︎」

 

「させっかああ!!!」

 

 ジュモはガントレットから爪を迫り出させ、大蜘蛛の口内へ腕を突っ込んだ。

 

『GISYAAAAAAA‼︎‼︎』

 

 悶絶する大蜘蛛は、ジュモの腕を噛みちぎらんと、口を勢いよく閉じると、ぐちゅりと、ジュモの前腕に牙がのめりこみ、ジュモを不快な痛みが襲った。

 

「ジュモっ‼︎」

 

「ぐっ……なんのこれしき……‼︎」

 

 ジュモは痛みを堪えながら大蜘蛛の口内で針を放ち続けた。

 

「これでも……喰らっとけ‼︎」

 

 バシュン、バシュンとジュモが針を放つたび、大蜘蛛の噛む力が弱っていく。そしてついに、その体は塵となって消えた。

 

「ハァ……ハァ……ったく、やっぱ誰かを守りながら戦うってのは難しいもんだな……」

 

「ジュモ、腕が!」

 

 大蜘蛛に噛みつかれたジュモの左前腕は、大きな噛み跡が付き、そしてその付近からゆっくりとドス黒い紫色に変色していっていた。

 

「まさかこれは、毒……ですか?」

 

「まぁな。……大丈夫だ、ツバつけときゃ治る」

 

 言いながらも、ジュモの額には冷や汗が滲み、顔色からも血の気が失せ始めている。ローロから見ても、ゼリルから見ても、痩せ我慢なのは明白だった。

 

「ジュモ、もう薬はないの⁉︎」

 

 尋ねるローロに、ゼリルは苦虫を噛み潰した様子で告げた。

 

「……私たちが持っていたのは、あの二本っきりです」

 

「そんな……」

 

「とりあえず、腕縛ってくれ、とびっきりきつくな。これで失血と毒の巡りが少しはマシになる」

 

「うん」

 

 ローロは近くに生えていた植物のツタを切ると、ジュモの腕を縛った。

 

 広がる花畑を見て、ゼリルは思いついた。

 

「ローロ、ポワロスの花から、今ここで解毒薬は作れないのですか?」

 

 ローロは首を横に振った。

 

「解毒薬を作るにはポワロスの花以外にも、アニル草って薬が必要なの……。アニル草も、ポワロスの花ほどじゃないけど珍しい植物だから、どこに生えてるか……」

 

 すると突如木々の隙間から数匹のリスが現れるとジュモに近づき、『きゅる……』と鳴き声を上げた。

 

 ゼリルとローロは、気づいた。

 

「この子達、さっきジュモがテイムしてたビーストたちだ」

 

「きっと、ジュモを心配してやってきたんです……」

 

「悪いなお前ら、ちょっと蜘蛛やろうにやられちまってよ……」

 

「そうです、彼らにアニル草を探してきてもらえれば!」

 

「……俺はアニル草がどんな匂いで、どんな色で、どんな形の植物なのかを知らねぇ」

 

「だめ、か……」

 

「だから――」

 

 そう言ってジュモは、ローロの方を見た。

 

「お前がやってみろ」

 

「え?」

 

「お前がアニル草のイメージをこいつらに伝えるんだ」

 

「……私なんかがそんなの、できるわけない」

 

「いいからやってみやがれ」

 

「落ち着いて、こいつらの頭ん中にお前のイメージを送るイメージでやればいい」

 

「……やってみる」

 

 ローロは目を閉じると、アニル草のことを思い浮かべる。

 

(細い茎がたくさん広がっていて、それぞれの茎には、丸くて厚みのある葉っぱがたくさん生えている。いつも朝露で濡れている。色は明るい緑色で、ほんのりさわやかな香りがする薬草――みんなには、それを探してきて欲しい。お願い、ジュモの命が危ないの)

 

 すると、ビーストたちは散り散りに駆け出していった。

 

「上手く行ったのかな……」

 

「へっ、できんじゃねぇか……」

 

 するとジュモはどさり、と力なくその場へ座り込んだ。

 

「ジュモ!」

 

「……ゼェ……ハァ……、最悪だ、目眩はするし何もしてねぇのに息が上がる……」

 

「じっとしてて!」

 

 ローロは自分のリュックから乳鉢と乳棒、それから小さな鍋を取り出し、そして水筒に入っていた水を鍋の中へ空けた。

 

「ローロ、一体何を」

 

「解毒ポーションをつくるには、アニル草は煮る必要があるの」

 

 落ちている枝を素早く集めてすばやく薪を組んだ。

 リドが小さな炎を吐くと薪に火がつき、水が温まりはじめた。

 

「……随分慣れてんな」

 

「喋らないで安静にしてて……私が黒牙の団じゃできることは索敵以外には雑用くらいしかないから戦闘以外のことは大体やらされてた。……でも、今だけはそれに感謝かもね」

 

 水が沸き始めたころ、ローロたちの元へ、徐々にアニル草が集まりはじめていた。

 

「みんなありがとう、これなら……!」

 

 ローロはアニル草を鍋で煮ると、ポワロスの花と一緒に乳鉢の中ですり潰した。

 

「これでよし」

 

「ローロに渡した解毒ポーションとは量や色が少し違うようですが、これで大丈夫なんですか?」

 

「あのポーションの水かさが多いのは、新聖水で効力を上げている――聖力によって生命力を与えて効果をあげているから。でも、今回は新鮮な素材で作るから、私が貰ったものと同じくらいの効果はあるはずよ」

 

 ローロはジュモの口元へ、そのまま乳鉢を持っていった。

 

「苦いけど我慢して!」

 

「がはっ、苦げっ! うぇっ! げほっげほっ!」

 

「ジュモっ!」

 

「まっじぃ……」

 

 いつも通りの様子のジュモに、ゼリルは安堵した。

 

 それから少しすると、ジュモの顔色は徐々に戻っていき、回復の兆しが見えていた。

 

「よかった……」

 

「はっ、こんなところで俺がくたばるわけねぇだろうが」

 

 ◇

 

 ポワロスの花をたっぷりと採取したジュモたちは森を後にした。

 その矢先のことだ。

 

「そういや、お前どうやってここまできたんだ?」

 

「行きは馬車に頼んだ。でも帰りは歩き。……笑えるよね、テイマーなのにさ」

 

「なら、ビーストに乗って帰ればいいじゃねぇか」

 

「だから、アンタと違って私はテイムできないの」

 

「……やってみろ」

 

「お願い! 私のビーストになって!」

 

 

「……分かった」

 

「え?」

 

「お前、」

 

 

「初めてあった奴に、いきなりそんなこと言われたら、お前どう思うよ」

 

「それは……ちょっと怖い、かも」

 

「そうだ。要するにお前はテイムするときに、ビーストに向ける感情が重すぎるんだ」

 

「そんなこと、言われても……」

 

「簡単だ、今だけ力を借りればいい」

 

「え?」

 

「「街まで送って欲しい。そうしたらすぐ住処へ返す」はじめっからそういう条件でテイムしたら相手も気負わなくていいだろ」

 

 それを聞いたローロは、目から鱗が落ちたようだった。

 

「一時的なテイムなんて考えたこともなかった……」

 

「それにしても、ジュモのこの考えかたはそんなに驚くものなのですか? 一時的なテイムなんて、既に誰かは思いついていそうなものですけど」

 

「……ゼリルの言うように、現地のビーストをテイムして、その場所から離れる際にはテイムを解除するってやり方を取る人はいる。でも、あらかじめビーストにそれを伝えてテイムするなんてやり方聞いたことない!」

 

「いいからやってみろ、さっきだってできたじゃねぇか」

 

「わ、わかった」

 

(お、お願い! 片道!片道だけでいいから!)

 

 すると、ケリューディアーがローロの元へゆっくりと近づくと、姿勢を低くした。

 

 すると、ローロからリンクラインが飛び出し、ケリューディアーへと吸い込まれた。

 

「じゅ、ジュモ! できた! 私にもできたよ!」

 

「わかったから落ち着け、そいつがびっくりするだろうが」

 

「そ、そっか、ごめんなさい」

 

「これでようやく帰れるな、頼むぞ」

 

 ジュモは軽々背にまたがり声をかけると、駆け出した。

 

「ちょ、ちょっと! 置いてかないで!」

 

「追いついてみろ!」

 

「くっそう! 今にみてなさいよ!」

 

 そんな意気込みが伝わったのか、ケリューディアがフンス、と花をならし駆け出した。

 

 

 

 ローロがまだまだビーストの騎乗に慣れていないこともあって、途中何度も休憩や足止めを余儀なくされたが、一行はなんとか街門が閉じる前に帰ることができた。

 

「な、なんとか夜になる前に戻ってこれたわね……」

 

「色々言いてえことはあるが、まあ合格にしておいてやるよ。俺たちはヒルナに花を渡しに行くが、お前はどうするんだ?」

 

「ヒルナって、聖女ヒルナ様⁉︎」

 

「おう」

 

「アンタ、ヒルナ様から依頼受けてたの⁉︎」

 

「そんなに驚くことか?」

 

「彼女は多くの人々から信頼を得ていました。彼女からの依頼ということはすなわち、彼女からの信頼の証であり、尊れることなのでしょう」

 

「へぇ、あの痴女がねぇ……」

 

「ね、ねえ! 私もついていっていい⁉︎ 私もヒルナ様に会いたい」

 

「あー、まあ勝手にしたらいいんじゃねぇか?」

 

「本当⁉︎」

 

 ローロは目を輝かせた。

 

「いいのですか? 勝手にそんなことを言って」

 

「あー、まあいいだろ、減るもんでもねぇし。ゼリル、そろそろリュックにしまうぞ」

 

「……仕方ありません」

 

 そうして一行が教会へ向かっている途中、繁華街を通っている時のことだった。

 

「あ……」

 

 ふとローロが足を止めた。

 

「どうした?」

 

 ローロの視線の先には、酒場の軒先でテーブルを囲み、愉快そうに酒をかっくらう男たちがいた。

 下品な笑い声を上げながら大騒ぎする様子にジュモは顔をしかめる。

 

「――そう言えば、今頃あのチビどうなってると思う?」

 

「さあ、洞穴に閉じこもってガタガタ震えてるんじゃねぇか?」

 

「馬鹿言え、とっくに魔物に食われてるに決まってるだろうが!」

 

「そりゃそうか!」

 

 ぎゃはははは‼︎と男たちが一斉に笑い出す。

 

「……なんだか、不愉快な人たちですね」

 

 すると、席の奥に座る、黒髪をオールバックにした巨漢がローロに気づき、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「こいつは驚いた、とっくに野垂れ死んでると思ってたぜ」

 

「本当だ! “チビ”じゃねぇか! ったく、こんなことなら賭けておくんだったぜ」

 

「賭け……?」

 

 戸惑う様子のローロに、手前の席の男は振り返りながら可笑しそうに話した。

 

「三日以内にお前が逃げ帰ってくるか、魔物に食われて帰ってこないか賭けようって話になったんだけどよ、全員「帰ってこない」に賭けようとしたせでい賭けならなかったんだよ」

 

「「「ギャハハハハハ‼︎」」」

 

「ローロ、一体何なんだこいつらは」

 

 ジュモが前に出ると、男たちはようやくジュモの存在に気がついた。

 

「へぇ……、その男に助けて貰ったってワケか」

 

「ゼイラー……」

 

『ゼイラー……ローロの所属する、黒牙の団のリーダー、ですね」

 

「どうしてこいつ一人で行かせた」

 

「テイマーは物探しが得意なんだ、花を探させるならテイマーだろう?」

 

「戦う力もないのにか?」

 

「なに、俺たちはこいつに訓練を与えてやっただけだ、ちょっとばかし厳しい訓練を、な」

 

「てめぇ――」

 

「文句があるって顔だな。だが、そいつはうちの所有物(メンバー)だ首を突っ込むのはやめてもらおうか」

 

 別の男が付け足した。

 

「アンタひょっとしてローロが気に入ったのか? なら、一晩銀貨十枚で貸してやるぜ――」

 

 次の瞬間、男はテーブルに額を打ちつけられていた。

 ジュモが、殴ったのだ。

 安物の机は壊れ、全てがひっくり返る。

 

「なんだテメェ!」

 

「――ぶっ殺す」

 

「やろうってのか!」

 

「ジュモやめて! ゼイラーはアーティファクトを持ってる!」

 

「ジュモ!」

 

「ゼリル、ジュモを止めて!」

 

「――殺しはいけません、適度に懲らしめてやりなさい」

 

 ジュモは男を掴み、振り回すと、反対側から迫っていた男に投げつけた。

 

「ぐわぁ!」

 

「へぇ、少しはやるじゃねぇか」

 

 ただ一人、ゼイラーだけは、剣の柄を握ってはいるが、椅子に座ったままどっしりと構えていた。

 

 ジュモは無言でゼイラーの顔面へ右ストレートを放つ。

 びゅんと風を切り放たれたその拳は、ゼイラーの鼻っ柱を――折ることは無かった。

 

「速いな」

 

「あ?」

 

 下段蹴りを放つとゼイラーは飛び上がりそれを避けた。

 

「なぜ避けられたかわからねぇって面だな」

 

 そう言ってゼイラーは剣を抜いた。

 

「こいつは予剣クロノス。この件を握っている間は、未来を予知することができる。ただし五秒間だけな」

 

「未来予知――!」

 

「フハハ、どうだ驚いただろう。次はこっちから行くぜ」

 

 ゼイラーは身の丈ほどの体験をジュモに向かって振りかぶる。

 

「速度の遅さを未来予知で補う。予剣クロノスこそ最強の武器なり――!」

 

 ゼイラーはジュモの回避行動を読んで剣を振るうが、いずれも攻撃はガントレットで防がれてしまう。

 

「どうやって防いでやがる!」

 

「――そんなもんか、未来予知ってのもたいしたことねぇな」

 

「なんだとっ!」

 

 ゼイラーはさらに顔を真っ赤にして、ジュモへ剣を一心不乱に振るう。――それこそ、周りが見えなくなるくらいに。

 

 ゼイラーは、ぐにゃりと何かを踏んだ。

 

「痛っ!」

 

 そうして上がった声は少女のような声であり、つまり、ゼイラーが踏んだのは、ゼリルだった。

 

 そしてゼイラーはそのまま足を滑らし、姿勢を崩した。

 

「いくら見えるったって、結局テメェの視界に依存してちゃなぁ!」

 

 それからジュモは、ゼイラーたちをボコボコにしていると、いつの間にか集まってきていた野次馬の中から、一人の少女が出てきた。

 

「一体何の騒ぎですか!」

 

「おい、あの子たしか」

 

「ああ、たしか聖女ヒルナのとこの……」

 

「ああ、あんたか」

 

「あなたは昼間の変質者……これは一体――」

 

 彼女は、オロオロとするローロの姿に気がついた。

 

「少なくとも、あなたから仕掛けたわけではなさそうですね」

 

「……わ、私が悪いんだ。私がちょっとゼイラーたちに悪く言われてるのを聞いて、ジュモは怒ってくれたんだ」

 

「ちょっとだって? あれがちょっとなもんか。あんなやつら殺して当然だぜ」

 

 不穏な発言に、彼女はジュモをぎろりと睨んだ。

 

「ジュモ、一回黙ってて!」

 

「――今回はこれ以上罪を追及することもないでしょう。あとは衛兵の仕事です。それで、あなたは――」

 

 ジュモは背負ったリュックに向かって、肩越しに親指を立てた。

 

「ポワロスの花ならこん中だ」

 

 その吉報をきくと、彼女は少し顔を綻ばせた。

 

「今からでも教会に来るといいでしょう。あなたも来ますか?」

 

「えっ、わ、私もいいの……?」

 

 ◇

 

「ジュモくんおかえりー、その様子だと花は見つかったみたいだね……で、その子は?」

 

「ああ、こいつは――」

 

 ジュモはローロと出会った経緯と、それから街に戻ってからの一幕をヒルナに話した。

 

「ポワロスの花が大量なのはいいけど、揉め事まで持ってこいって言った覚えはないよ?」

 

「しょうがないだろ、あんなクズ」

 

「正直、そう言いたくなる気持ちも、わからないではないけどさ」

 

「あの、ヒルナさまも黒牙の団のこと、知ってるんですか」

 

「うん。それも、よくない方向でね。彼らも何度か治療を受けに来たことがあったけど、そのときも、私が聖女な手前、取り繕って意はいたけど、横暴さが隠しきれてなかったね」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ああ、君は別だ、君は黒牙の団の被害者だからね」

 

「でも……」

 

「ジュモくんが助けに入ってくれてよかったよ。正直、最近の黒牙の団の行動は目に余る。いい灸になったんじゃないかな」

 

「あいつらのこと知ってたんなら、もっと早くなんとかできなかったのかよ、俺がこなけりゃこいつは死んでたんだぞ!」

 

「この毒騒ぎでそれどころではなかった――というのは言い訳にはならないだろうね」

 

 ヒルナはどこか、自分にも言い聞かせているようだった。

 

「この件についてはギルドに文句付けとくよ。この私が動くんだ、それなりの対応はしてくれるだろうさ。ローロ、君には本当に申し訳ないことをした」

 

 そう言ってヒルナは頭を下げた。

 

「そんな! ヒルナ様頭を上げてください!」

 

「んなことより、花はいいのかよ」

 

 ジュモはリュックからポワロスの花をありったけとりだすと、ぼんとテーブルの上に置いた。

 

「これはまた……大量だね。群生地でも見つけたの?」

 

「ああ。蜘蛛野郎が人間を誘き出すための狩場にしてやがったけどな」

 

「――スパイダーです。あたりには、冒険者のものだったと思われる服や防具がたくさん落ちていました」

 

「……なるほど、通りで群生地の情報が上がってこないはずだ」

 

「あやうく死ぬとこだったぜ――もってこれるだけ持ってきたが、まだ大量に残ってるぜ」

 

「本当? すぐに冒険者を手配してもらうことにするよ」

 

「それにしても、銀等級の大蜘蛛二体か……やっぱり異常みたいだね」

 

 そう言ってヒルナは三つの小瓶をテーブルの上に置いた。

 小瓶の中には、灰色、水色、黄色と、それぞれ異なる色の液体が入っていた。

 

「なんだこりゃ?」

 

「報酬は聖衣で前払いって話だったけど、おまけで何かあげてもいいかなって思って。それは、彼女が解毒薬をつくる副産物でつくった毒薬だ」

 

「毒だって? なんてもん渡しやがる」

 

「それぞれ石化、凍結、麻痺の薬だよ。刃物とか矢に塗って使うといい。ただし、強力だからくれぐれも自分の手にこぼしたりしないようにね」

 

「……いまいち使い所は思いつかねぇが、とりあえずもらっておくことにする」

 

「一言余計」

 

「それとローロ、君が採ってきたポワロスの花、少しだけこっちで買い取ってもいいかな?」

 

「いいですけど」

 

 ローロは不思議そうだ。

 

「はい、売上金」

 

 ヒルナは硬貨の入った麻袋をローロに差し出した。 

 その量からして、本来よりも多額の売上金が入っていることが、ローロにはすぐにわかった。

 

 ローロがぱあっと明るくなった。

 

「う、受け取れません!」

 

「勘違いしないでほしいな、これは私なりの意趣返しだよ」

 

「全部彼らの懐に収まると思うと癪だからね。せめてもの意趣返しだよ」

 

「だ、だめです受け取れません!」

 

「せいぜい、君の好きなように使うといい」 

 

 ヒルナはウインクをした。

 

「――うし、そろそろ出るか。なあヒルナ――」

 

「すう……すう……」

 

「まさか、こいつ寝てるのか?」

 

「……の、ようですね。どうやらお疲れのようです」

 

 廊下で彼女とすれ違う。

 

「ヒルナのやつ、疲れて寝ちまった」

 

「わかりました。そ、それと、今日は外に泊まっていただけますか?」

 

 なぜか、顔が赤かった。

 

 ◇

 

「……ジュモ、ありがとう。なんだかすっきりしたよ」

 

「俺もムカついてたからな」

 

「これで、あんなやつらとおさらばだな」

 

「……ああ、そうだな」

 

 答えるローロの表情は明るくない。

 

「どうした」

 

「そ、そうだ、あんたに食べさせたいものがあるんだ」

 

「おっ、食い物か? 教えてくれよ!」

 

 ローロに案内されたのは、いい感じの店。

 

「あらローロちゃん、久しぶり。あら、そちらの方は」

 

「こいつはジュモ、今日助けてもらったんだ」

 

「あら、それじゃあおもてなししなきゃね。注文ははちみつパイと紅茶でいいわね?」

 

「うん!」

 

「よく来るのか?」

 

「たまに。お金ないから。でも、おばちゃん優しくて」

 

「そうか」

 

「おお、うまい」

 

「私も食べたいです」

 

「ジュモ、お前はこの後どうするんだ?」

 

「ああ、こいつの旅をしててな、この街がこいつの目的地じゃtないってわかったら、ギルドカードが手に入りしだいここを出る予定だ」

 

「そっか……すぐ行っちゃうんだな」

 

「まあな。お前はまだこの街にとどまるのか?」

 

「うん、そうかな。この店もあるし」

 

「おう、そか、お前も達者でやれよ」

 

「よかったら、私たちと来ませんか?」

 

「いや……私は、いいよ、アンタ達にはついていける気がしないしね」

 

「おう、そか」

 

 店を出た。

 

「じゃあまたな」

 

 

「彼女は、勇気が無かっただけなのでは?」

 

「さあな、でもあいつはあいつで元気にやるだろ」

 

「そうですね」

 

 ◇

 

 宿に向かうジュモたち。紐落ちたが、街はまだ活気で溢れており、通行人は多い。

 

「あ?」

「どうしました?」

 

 眉を顰めたジュモにゼリルが尋ねる。

 

「いや……」

 

 ジュモの視線は、正面からくる、痩せた初老の男に向けられていた。

 

 そして、すれ違いざま。男の手は、すれ違うジュモのウエストポーチへ伸ばされた。

 

「そうくると思ったぜ!」

 

 そしてジュモは男の手首を掴みあげ、路地裏の壁に叩きつけた。

 

「ジュモ!」

 

「テメェ今! 俺のポーチを盗ろうとしやがったな!」

 

「ひ、ひいっ!」

 

 殴ろうよするジュモ

 

「やめなさいジュモ!」

 

「分かってるよ、殺すなってんだろ。ちゃんと死なない程度にぶちのめした後で衛兵に突き出す」

 

「そうではありません」

 

「あん? じゃあなんだってんだ?」

 

「まずは、事情を聞いてみましょう」

 

「はあ? こいつは、旅の途中でビーストからもらったものが入っ

 たポーチを盗もうとしたんだぞ!」

 

「確かに、盗みは決して良くないことです。しかし、彼にもそうせざるを得ない事情があったはずです。それだけでも聞くべきです」

 

「たっ、頼む……! せめて明日まで待ってくれ!」

 

 明日まで――。その言葉が気になったジュモは男を壁に押し付ける力を弱めた。

 

「……とりあえず話だけは聞いてやる」

 

「あ、ああ……」

 

 そうして男が話し出したのは――。

 

「――娘の治療のために、金が必要だったんだ」

 

 それを聞いたジュモは、気まずそうに尋ねる。

 

「教会にいけば、金を払わなくても治してくれるんじゃないのか?」

 

 男は項垂れながら首を横に振った。

 

「勿論、すぐに教会に行って娘を見てもらったさ。だが、娘の病は、教会の聖術じゃ治らないんだ」

 

「どういうことだ――まさか、嘘じゃないだろうな」

 

「……ついてきてくれ」

 

 男はゆっくりと歩き始め、やがて、古びた宿の一室に通された。

 

 きしむ階段をの上っていく。

 

「いいのかよ、家に俺たちを上がらせて」

 

「……私は、どうしても今ここで捕まるわけにはいかない。だが、あんたから逃れるとも思えない。だから、出来うる限りのものを見せて、信じてももらうしかないんだ」

 

「……それに、とてもあんたらが悪人とは思えない。」

 

 部屋には、十二、三歳くらい。背丈はローロと同じくらいだろうか。の少女がベッドに横たわっていた。少し頬が痩け、痩せほせって見えるが、規則正しく寝息を立てており、一見、病を患っているとは思えない。

 

「一目みただけじゃ、病だとはわからないだろう」

 

 男はジュモをボロいいすに座らせた。

 

 男はポツリ、ポツリと話始めた。

 

「――私は商人をやっていてな。妻を早くに亡くし、預けるところもなかったもんで、この娘を連れながらあちこち旅をしていたんだ。

 

 もちろん、できるだけ危険な目に遭わないよう、護衛は複数人雇い、天候も必ず占ってもらっていた。……最善は尽くしてきたつもりだった」

 

「――あの日も、いつものように日が上ると同時に街を出て、宿駅を目指した。だが、その日は占いが外れ、空に分厚い雲が空に掛かり、まるで夜だった」

 

「魔物……」

 

「そうだ。私たちは魔物の群れに襲われた。護衛のおかげでなんとか一命は取り留めたものの、娘も重傷を追ってしまった。この街に着いて、すぐに教会で治療をしてもらい、身体に受けた傷は完治した。だが、それにも関わらず、娘が目覚めることはなかった」

 

「――『魂隠れ』だと言われたよ」

 

「魂隠れ――?」

 

「ああ。身体には何の異常もないにもかかわらず、魂が眠ったままの状態になってしまい、眠りから目を覚まさなくなる、“魂の病”。原因は、魔物に襲われたショック……だそうだ」

 

「教会は、怪我や風邪、毒なんかの、肉体の病や怪我は治せるが、魂の病は、王都や聖地にいる、魂の扱いに長けた聖女でないと直せないそうだ」

 

「だが、今の娘を連れて王都……ましてや聖都へ旅することは、とてもじゃないが不可能」

 

「そこで私は、商人時代の伝手を使い、『目覚めの石』を取り寄せることにしたのだ。……手元に払えるだけの金がないにも関わらず」

 

「……それが、あんたが盗もうとした理由か」

 

「はじめは、この街で手元に残っていた商品を売り金を稼いだ、次に物を売った。だがそれでも足りず、そしてもう、明日の朝が約束に日になってしまった。私は……私は、数日前からスリを始めた。」

 

 男は土下座をした。

 

 

 

 

 」

 

 手紙には、〇〇リル

 

 

「どうか許してくれ……!」

 

「ジュモ」

 

「……わかってるよ」

 

 ジュモは、鱗を差し出した。

 

「ジュモ、それは」

 

「いくらになるかはわからんが、価値があるもんなんだろう?」

 

 

「……〇〇リルに価値があるって聞いた。ガキを助けるんだろ」

 

「罪のないものから奪ったことは、償うべきです。ですが今は、彼女を目覚めさせることだけを考えなさい。事情は、聖女ヒルナを通して、他のものに説明します」

 

「あんた……」

 

「いいのかよ、勝手にそんなん約束して」

 

「聖職に勤める者なら、理解を示すでしょう」

 

「ああ! 〇〇……取引相手の商人は、希少なビーストの素材に目がないんだ。これがあれば……向こうにでかい貸しを作ることにはなるだろうが……」

 

「うーん……」

 

「どうした」

 

「いえ、その名前、どこかで聞いたような気がして……」

 

「君たちも彼と取引をしたことがあるのか? きっと、君を見た途端、血相を変えて君のことを聞いてきただろう」

 

 そう聞いて二人は思いだした。

 ――そう、ジュモが街に入るとき、脅した商人だ。

「あいつか!」

 

「おっさん、そいつは俺に借りがあるはずだ」

 

「そうなのか、なら、ぜひ同席を」

 

「ああ、ガキのためだ」

 

 翌朝、ジュモたちの前に、二頭の馬を引いた男が現れた。

 

「おいおい……無事に街には入れたみたいだな」

 

「」

 

 

「だが、それとこれとは話は別だ。取るもんはきっちりとるぜ。金額が足りてない」

 

 

「おいおい、まさかそいつは……」

 

「〇〇リルって言ってたよな?」

 

「……してやられたぜ、わかった、応じよう」

 

 ウロコの効果を「磨くと宝石になる」にしよう。

 

   

 

「ありがとう、二人とも……」

 

「礼を受け取るのはガキが目覚めてからだ」

 

「で、どうやって使うんだ?」

 

「あ、ああ、握って念じる。本当は、聖力の扱いに長けたものが行ったほうがいいらしいが、背に腹は――」

 

「バカ、焦ってんじゃねぇ――」

 

「どうするきですか?」

 

「――なら決まってる。餅は餅屋だ」

 

   

 

 教会にて。見習いが応対。

 

 ヒルナは疲れで爆睡中。

 

「ジュモ様……」

 

「こいつを使ってやってくれ」

 

「わかりました」

 

 目覚めの石を両手で握り、聖力を込める。

 

 目が覚めた。

 

「パ……パ……?」

 

「アンナ!」

 

 ゼリル誘拐?

 

「実際に、被害の報告も出ている。だが、今回は事情を鑑みて、被害額は教会で補填し、あなたにはその分、無償で働いていただきます」

 

「はい!」

 

 それは、ゼリルが初めて見る、

 ジュモの優しい微笑みだった。

 

 

 帰り道。

 

「ジュモ、どうですか? 人助けをする気分は」

 

「……悪くない」

 

「ジュモ、聞かせてくれませんか? 何があったのか。

 

「――父親は、通りが買った盗賊に殺された。森は、国の実験で焼き払われた。」

 

「だけど、悪い、全ての人間を好きになれるわけじゃない」

 

 

 

 盗みは悪いが……盗人が悪い奴とも限らない――のかもな。

 

「ジュモ、ギルドのやつが!」

 

「まじだ、遅刻する!」

 

 

 ◇

 

 一方その頃。ジュモたちが参加予定の試験は、いままさに馬車乗り場で馬車が出ようとしていた。

 

 職員が懐中時計を見た。

 職員と、それから、荒くれ者のような剣士と、女の射手(アーチャー)だ。

 

 

「もう三十分立つんだけど? こういう時ってどうするの?」

 

「はい、こう言った場合も少なくないので、そのまま出るようにしています」

 

「へぇ」

 

「運転手さん、もう出しちゃってください」

 

 

「いいんだな、出しちまうぞ」

 

「ええ、お願いします。」

 

「いたぞ、あれだっ!」

 

 追いついたジュモたちが乗り込んできた。

 

「む?」

 

「うわっ、何よあんた!」

 

「ええと、ビーストテイマーのジュモ様、ですね」

 

「おう、遅れてすまん」

 

「すまんじゃないわよ、あんなに遅れて」

 

「あ? 謝ってるじゃねぇか」

 

 

「ジュモ、ちゃんと謝りなさい! 気持ちが伝わっていません!」

 

 

 ジュモの方に、ひょっこりと、おっぱいが乗っている。

 

 他三人は、謝るどころではなかった。

 

「まさか、それがビーストだって言い張るんじゃないわよね」

 

「あ? いうに決まってんだろ」

 

「だってそれどうみてもおっぱ」

 

「こほん……移動中に、説明させていただきます。あなた方、アーチャー、キリー様。戦士ガリオス様。ビーストテイマージュモ様。あなた方には今から三人でパーティを組み、森の中を探索していただきます」

 

「ご存じの通り、実際の依頼は、対象の魔物の総数ですが、今回はみなさん戦闘職に該当するため、銅等級以上の魔物を各五体以上討伐していただきます」

 

「あ? たった五体でいいのか?」

 

「はい、等級昇格試験と違ってあくまで極端に適性がないという状態ではないか、ということを確かめることが目的なので」

 

「なるほど、試験ごとにも目的が異なるのですね」

 

「は、はい……」

 

「うえ⁉︎ 何この子、喋るの?」

 

「うわっ! 何をするのですか!」

 

 キリーと呼ばれた女が、ゼリルをもちもち引き伸ばしたりする。

 

「次、ぜひ俺にも触らせてくれ、そっくりか確かめてやる」

 

「おっさんが触ったらなんかスケベでしょうが」 

 

「なんだと」

 

「つーかあんた、たった五体っていったけど、連れてるビーストってこの子だけでしょ? 大丈夫なわけ?」

 

「こいつには戦わせねーと、全部自分でやる」

 

 ジュモはガントレットから爪を出してみせた。

 

「お話中のところ申し訳ありませんが、ジュモ様はビーストテイマーとのことですので、ビーストを使用した索敵および、魔物の撃破を行なってもらう必要があります」

 

「はあ? 面倒くせぇな」

 

「ま、テイマーなんて、所詮仕事のほとんどは索敵なんだから」

 

(なるほど、これがローロの言ってたテイマーの軽視か)

 

「それより、俺が気になるのは、どちらかと言えば、その仕掛け武器の方だな」

 

「あ? 獣形装(ビースティックアームズ)のことか?」

 

「ふうん、そんな名前なのか。だが、脆いだろう?」

 

「羨ましいかぎりだ。どこの職人が?」

 

「ラーギッシュつー鍛治師だ」

 

「ふむ、知らない名だな。俺も武器は好きでな。せいぜいバックラーに光を仕込んでいるくらいだ」

 

「まあ、どんな戦い方だろうと、魔物どもの数を減らせれば、それでいいんだろう?」

 

「殺されて、あいつらの肥やしになるのだけはやめてよね」

 

 魔物は人の持つ光も喰らうのだ。

 

 ◇

 

 森についた。

 

 正面には、早速毒持ちの魔物がいた。

 

「で、パーティだけど、彼が前衛、私が後衛なのは決まりとして、あなたはどっち?」

 

 各々武器を抜いた。

 

「面倒になってきたな……」

 

「ジュモ?」

 

 ジュモは一人でに駆け出すと、さながらローロを救出した時のように、あっという間に目の前の魔物を借り尽くした。

 

「よっと……、何体倒したかは数えちゃいねぇが、五体以上は倒したぞ」

 

「ちょっと、あれどうなるのよ」

 

 キリーが職員に尋ねる。

 

「そうですね……、パーティで連携した戦闘ではないですが、ことこの試験では、単騎で倒してしまっても問題ありません。問題なのは、ジュモ様が、ビーストテイマーとしての能力を一切使わずに倒してしまったことです」

 

「あん? だめなのかよ」

 

「ええ。といっても、冒険者の能力は、ある程度把握しておく必要がる、というこちら側の事情にはなるのですが」

 

「ジュモ」

 

「わかったよ。さっき言ってたビーストに索敵か戦闘をさせるってやつだろ」

 

 ジュモは森を見渡す。

 羽の生えたムササビのような小動物だった。

 

「そこのお前、ちょっと手を貸してくれるか?」

 

「この辺りに魔物がいるか、見てきてほしい」

 

『ワカッタ!』 

 

 ジュモからテイムの証であるリンクラインが吸い込まれると、すぐに飛んで行った。

 

 テイム完了

 

「「「な!」」」

 

「ちょっと、テイまーってその場でテイムできるわけ?」

 

「い、いえ、私もそのような事例は……」

 

「テイムつても、今だけ力を借りてるだけだぜ」

 

「いえ、だとしても……」

 

 すぐに戻ってくる。

 

『小さいの一体、ニョロニョロ一体!』

 

「あっちに――が一匹、――が一体だとさ」

 

「……まさか、ビーストの言葉がわかるなどと言い出さないだろうな」

 

「い、いえ、魔物の種類までわかるはずは……」

 

「……で、あとはビーストに指示して戦闘に参加して貰えばいいんだろ?」

 

「は、はいそうですが……」

 

 ジュモは小石を拾いあげると

 

「これをあいつらの向こうに落としてくれ、」

 

 鳥が石を落とすと、意識がそっちへ向いた。

 

 ラピッドショット。

 

 急所にあたり消滅。

 

「ビーストに戦わせたくねぇんだ、これでいいか?」

 

「……は、はい」

 

「私より射撃正確かも……」

 

「……で、では、ジュモ様は合格とし、見学に」

 

「けっ……」

 

 その後、2人の試験。

 

 

「馬鹿らしくなるぜ」

 

「しょうがないでしょ、さっさとやるわよ」

 

 ゴブリンだ。

 

「げっ、アレ、手に持ってるの、毒槍?」

 

「ゴブリンまで毒を使い出す、か。嫌気がさすぜ。ま、いっちょやるとするか」

 

 ガリオスが片手剣をゴブリンへ振りかぶる。

 ゴブリンは槍を構え、それを防いだ。

 

「甘い!」

 

 ガリオスは左腕のバックラーを、剣を防ぐことに集中し、がら空きになった顔面に殴った。

 

 姿勢が崩れ、地面に仰向けになったところを、両手で剣を構え突き刺した。

 

「GYAAAA!」

 

 ゴブリンが霧になり、ポーチに吸い込まれた。

 

 

「あーやだやだ、泥臭いったらありゃしない」

 

「ふん、前衛の影に隠れてこそこそ攻撃するしか脳のない臆病者には言われたくないな」

 

「なに、やろうっての」

 

 それを見ていた職員はため息をついた。

 どうやら、こう言った言い合いは冒険者の間ではよくあることらしい。

 

「やれるもんならな」

 

 ガリオスが挑発すると、キューチーは弓を引き、それを見たガリオスが盾を構えた。

 

「あっ」

 

 キューチーが放った弓は、ガリオスに当たることはなく、ガリオスの背後に迫っていたナメクジの眉間に刺さった。

 

「あら、後衛がいてこその前衛でしょ?」

 

「ちっ……」

 

 その後も、度々衝突しながら、ガリオスとキューチーは討伐を重ねていった。

 

「これでラスト……!」

 

 倒した。

 

「さ、さっさと帰ろう――」  

 

 

 

「ぐわあああああああ‼︎‼︎‼︎」

「ぎゃああああああああ‼︎‼︎‼︎」

 

 森の明後日の方向から、男の悲鳴が聞こえてきた。

 冒険者なら誰もが一度は聞いたことのある、絶命する時の声だ。

 

 各々が武器に手を掛ける。

 

「みなさん、武器を」

 

「もう構えてる」

 

 バサバサと飛び立つ鳥をジュはテイム

 

「何があった!」

『蜘蛛、赤い、人、まだいる、小さい子、』

 

「赤くてでかい蜘蛛の魔物だ! パーティ中には子供もまだいるらしい!」

 

 ジュモはかけだした。

 

「ちょっとあんた!」

 

「……状況確認のため私も伺います。試験は合格とします。先に帰還しても構いません。

 

「バカ言うなねーちゃん、この程度にビビってて何が冒険者だっての」

 

「同感。さっさとあの問題児を追うわよ」

 

 ◇

 

 ジュモが悲鳴の聞こえた方向へ赴くと、そこには惨状が広がっていた。

 

「ひどい……」

 

 

 地面には、冒険者の死体がいくつか転がっていた。

 

  ぐしゃり、めきり。

 

 

 

 

 先ほどの悲鳴の主だろうか。巨大な蜘蛛の魔物が冒険者を食らっていた。

 

 鋭い脚。昨日、ジュモが戦ったばかりの魔物、災いの蜘蛛(スパイダー・スカージ)だ。

 だが、その体は紅い。返り血に染まったようなドス黒い色をしていた。

 

 蜘蛛は、次の獲物を見定めようと、八つのめをギョロリと動かした。

 

 大蜘蛛の視線の先には、尻餅をつきながらあとずさる

 

 小龍を連れた、紅い髪の少女の姿があった。昨晩、別れたばかりの少女、ローロだ。

 

 

「ジュモ、彼女は!」

 

「あいつ……!」

 

 その矢先、大蜘蛛の視線がローロに向いた。

 

「ちっ!」

 

 ジュモはラピッドショットを撃つ。

 

 ジュモは蜘蛛の視線を惹きつけたすきに、ローロを庇うように、間にたった。

 

 

 

 

 そしてゼリルは気づく。

 

「ジュモ! 彼ら……黒牙の団です!」

 

「なんだって?」

 

 それはつまり、ローロが未だ、黒牙の団と行動を共にしているということだった。

 

 ジュモは蜘蛛に視線を向けたまま、尻餅をついたままのローロに話しかける。

 

「おいガキ! なんでまだそいつらと……」

 

「避けて‼︎‼︎‼︎」

 

 ローロの叫ぶ。

 ジュモは顔周りに嫌な予感を感じ、咄嗟に身を捻った。

 

 何かが風を切る音。

 

 そして、ジュモの背後で木がミシリとなり、轟音を立てながら倒れた。

 

  遅れてジュモの頬に、生ぬるい液体が流れる感覚。

 

 拭うと、それは血だった。

 

 

 

「――見えなかった……?」

 あの速さで、あれだけの威力を……?

 

「ジュモ! そいつは特殊個体(イレギュラー)だ!」

 

 特殊個体――。通常の魔物よりも強力な個体。その上昇幅は、一等級強力である。通常個体の大蜘蛛の等級は銀投球。

 

 つまいr、金投球クラスであうr。

 

「……イレギュラーだって……?」

 

 ジュモに拡散する糸が放たれる。

 ジュモは、勘だけを頼りに、かろうじて避けた。

 やはりジュモの体を掠める。

 

「ちっ」

 

 すると、ジュモに単なる糸では効果が薄いとふんだのか、糸を散らしながら、大蜘蛛は棘のように尖った足を動かし、牙を剥き出しにしながら襲いかかってきた。

 

 背後にローロがいる以上、

 ジュモは糸を避け、爪で弾きながら、大蜘蛛を迎え撃たざるを得なかった。

 

 ジュモが姿勢を崩した時、大蜘蛛が迫る。

 迫りくる牙、ジュモは咄嗟にガントレットを構え、防ごうとする。

 

「はぁっ!」

 

 射手の弓が着弾。

 

 

 

 ジュモの背後から、追いついてきたのだ。

 

「っぶねぇ……」

 

 遅れて、一行がたどり着く。 

 

「アーチャーさん、ありがとうございます。ジュモ様、ご無事ですか!」

 

 ギルドの人も来た。 

 

 アーチャーが再び弓をつがえる。

 

「特殊個体とは! こいつはいい腕試しだ!」

 

 ジュモを追ってやってきたのは、戦士だ。

 

 戦士が盾を構え、大蜘蛛に迫っていく。

 

 

「やめろ!」

 

 先ほどの攻撃から、ただならぬ予感を感じていたジュモは、咄嗟に叫んだ。

 

 

「――あ?」

 

 

 だが次の瞬間、戦士の腹には、拳大の穴が空いていた。そして、血を撒き散らしながら、うつ伏せに死んだ。

 

 

  

 

 

 

 冒険者の掟――、その第一項、

 

『魔物に喰われるべからず。生き延びる事こそ最大の勇気にして成果なり』

 

 魔物は生物を喰らい、闇の力を増幅させ、強化される。

 最も避けるべきことは、魔物に殺され、その体を魔物の糧なることだ。

 

 この場にいた全員が悟った。

 この大蜘蛛に、五体満足で勝てる保証はない、と。

 

 

 職員、イレーナが声を上げる。

「ぜ、全員撤退! 街へ戻り救援要請を! 散り散りになって逃げましょう! 幸運を!」

 

 職員は小杖を振るり「〇〇」と唱えると、その場にいた冒険者たちの体が淡く光った。

 

 ジュモは、イレーナに向けられた自然の蜘蛛の隙に、ローロの元へかけた。

 ローロは、完全に腰が抜け、立てずに後退りするだけだ。

 

「何ぼさっとしてんだ! 殺されるぞ!」

 

 ジュモはローロを小脇に抱えると駆け出した。

 

 そして、三手に別れた。

 

 ジュモは慣れた足取りで木から木へと飛び移りながら逃げていく。

 

「ローロ、怖かったでしょう。でも、ジュモが来たからには、もう安心です」

 

 ゼリルが、ローロを宥めるように声をかける。

 

「なんだってお前こんなところにいやがる! まだあいつらとつるんでるのか!」

 

「ジュモ、そんな乱暴に聞くことないでしょう!」

 

「だって、こいつ死にかけてたんだぞ!」

 

「ですが、ジュモがこうやって助けてくれたでは無いですか」

 

「……そうだよ。また黒牙の団に戻って、それで――イレギュラーに遭遇して、一瞬で半分が殺された。ゼイラーたちは逃げ出した。私にはバフかけてくれなかった。今日も大蜘蛛から逃げる囮にされた」

 

「そんなこと! わかってただろ! どうしてそんなことした!」

 

「わかってる……自分でも馬鹿な事したなって」

 

「ああそうだ! なんでそうした!」

 

「……どうせジュモには分からない」

 

「あ⁉︎ 分からないってなんだよ! 」

 

「ジュモ、落ち着いて。――きっとあなたの中で、そうせざるを得なかった理由があるのでしょう?」

 

「……」

 

「話して、くれますか?」

 

 ゼリルの説得で、ローロは少し落ち着いた。

 

「……黒牙の団を抜けた私に、他にアテなんてない」

 

「そんなことねーだろ、他のパーティに入れてもらうとか、自分でパーティを作るとか、いくらでもあるんじゃねぇのか?」

 

 ローロは首を床に振った。

 

「言ったでしょ、戦えない、ろくに索敵もできない。武器も触れない。私みたいなの、だれも仲間になってくれない」

 

「私は、アンタみたいに一人で生きていける、たくましくいきていけるわけじゃないの!」

 

 

「でも、この結果がこの様。散々こき使われて、あげく囮にされる。蜘蛛の餌くらいしか価値のない、それが私!」

 

「ローロ、あなたには話があります。でも、まずは」

 

「ああ、ここを逃げ切ってから、だな」

 

 ◇

 

 逃げ続けていると遠くから悲鳴が聞こえた。

  

「きゃああああ‼︎」

 

「アーチャーの女がやられたか!」

 

「ジュモ、彼女を助けにいきましょう!」

 

「無理だ、今から行っても手遅れだ」

 

「――ですが、彼女はまだ一人で抵抗していて、今ならまだ間に合うかもしれません!」

 

「馬鹿野郎、こっちはガキ連れてるんだ。どっちの命が大事か、考えりゃわかるだろ」

 

 ゼリルの雰囲気が変わった。

 

「――どちらの命が大事かなんて、優劣がつけられるわけないでしょう!」

 

「ああ⁉︎ なんだよいきなり、」

 

 ゼリルの怒り。それは、命がいとも容易く奪われた、ということだ。

 ゼリルは、魔物は人やビーストを襲う種であることは理解し、数多ことされていることを知ってはいたが、実際に眼にするのは初めてだった。

 たとえそれが、ローロを虐げていた黒牙の団だったとしても、命が容易く奪われていたことにゼリルは、怒りと、激しい悲しみを覚えていた。

 

「……あれだけの命が奪われて……」

 

 

「ゼリル、落ち着いて。……死を受け入れられないのはわかる。……でも、彼女はアーチャーで、遠距離からの攻撃に特化したギフト。そんな彼女があれだけの悲鳴を挙げたってことは、わかるでしょ」

 

 ――単騎のアーチャーが、魔物からの接近を許す。それはつまり、死を表す。

 

「彼女だって、命の危険があるとわかって冒険者をやってたんだ、こうなることは覚悟の上だ」

 

「ですが……」

 

「私だって同じ。私だって、弱いけど、命の危険があることは承知の上。それで冒険者やってるんだ。だからジュモ、ガキだからって、命の優劣はつけないでほしい」

 

 ――ローロは非力ではあるが、いや、だからこそ、己のことを理解していた。

 

 むしろ、どちらかが死ぬのならば、より戦力にならない私の方が死ぬべきだとすら考えていた。

 

「ローロ……。ジュモ、約束してくれませんか」

 

「あ、なんだよ急に改まって」

 

「次に、もし目の前に助けられる命があったら、ローロを助けた時のように、飛び込んでくれると」

 

 ジュモは、少し考えて、答えた。

 

「……正直、自分から人間を助けに行くのは気が進まないが、わかった、お前の頼みだ。人間だって助けてやるよ」

 

 

 

 ――そして、その時はふいに訪れた。

 

 

 

「あっ」

 

 声を漏らしたのはローロ。

 その視線の先には、ローロを囮にして逃げた、黒牙の団の残党の姿があった。

 だが、大蜘蛛に襲われたことでその人数はさらに減り、ゼイラーろ、二番目、三番目の実力者が残っているのみだった。

 

 ゼイラーは身体中が血に塗れ、その大剣も中程でへし折れてしまっているが、腐っても銀等級といったところだろうか、辛うじて五体満足でその場に立っていた。

 

 

 

「ひっ! くるな! くるなあ!」 

 

「丁度いい、あいつらにはこのまま囮になってもらって、俺たちが逃げる時間を稼いでもらう」

 

「ジュモ! 約束が違うではないですか!」

 

 約束――次、目の前の人間を助ける、というもの。

 

「まさか、あんな奴らまで助けろっていうんじゃないだろうな」

 

「当たり前でしょう。彼らはローロに対して、確かに許されないことをしました。ですが、それでも見殺しにしていい理由にはなりません!」

 

「ふ、二人とも落ちつい――」

 

 ローロは止めようとするが、二人は止まらない。

 生きる、が暴走していた。

 

「十分なるだろうが! あいつらは娘を助けようとスリをしていたあのおっさんとは違う。自分の都合だけで罪を犯すクズどもだぞ!」

 

 ――ジュモがスリの男を許しているのは、娘の命のため。だが、男たちの理由は自分たちが楽をするため。ここには雲泥の差があった。

 

「彼らもこれで懲りたはずです。ここで命を救った後、償ってもえばいい」

 

「人間がそう簡単に心変わりするかよ!」

 

「いえ、人は変われます!」

 

「何度も言わせるな、あんなやつらより、ローロを危険に晒させないほうが大事だろうが!」

 

「それは……」

 

「さっさといくぞ、いいな」

 

「…………そうですね、わかりました」

 

 ジュモが横を向いた瞬間、ゼリルが跳ねた。

 

「おいっ!」

「ゼリル!」

 

「(ごめんなさい――無理だとわかっていても、見過ごすことは、できないのです)」

 

 ゼリルはジュモの方から飛びおりるよ、蜘蛛のいるところまで飛び込んだ。

 

「狙うなら、私を狙いなさい‼︎」

 

 全員の視線がゼリルに向かう。

 

「今のうちに逃げなさい! 早く!」

 

 

 

 

「あの馬鹿おっぱい、何考えてんだ……‼︎」

 

「ゼリルを追うべきか」「ローロを救うべきか」。ジュモは大蜘蛛の前に立ったゼリルと、小脇に抱えたローロを交互に見た。

 

「あんな奴らまで助けようとするなんて、わけわかんねぇ……弱い癖に威勢だけは一丁前で! あんなのと、やってられるか……!」

 

 ジュモは、大蜘蛛に向かうゼリルに背を向けようとした。

 

「――私にはわかる、かも」

 

 ローロだ。

 

「なんだって?」

 

「ゼリルの気持ち。力もないのに、志だけは曲げられない頑固者の気持ち」

 

「それで死んだら、元も子もねえだろ……」

 

「――ジュモは、どうやっても勝てない魔物に、ビーストが襲われていたとしたら、ジュモは助けに行く?」

 

「当たり前だ、そいつだけは意地でも助ける」

 

「それが、悪いビーストだったとしても?」

 

「悪いビーストなんていねぇよ。あるのは、物を盗んでも、作物を食べても、毒を持っていても、そいつらはそういう生態のビーストってだけだ。悪いわけじゃない」

 

「きっと、それと同じなんだよ」

 

「同じ?」

 

「ゼリルにとっての人間と、ジュモにとってのビーストは同じなんだ。無謀でも、体が動いてしまう。動かずにはいられないんだよ」

 

 ジュモは、はっとした顔をした。

 

「ゼリルはきっと、悪人も会心できると思ってる。……もしかしたら、本当は悪人なんていなくて、罪を犯してしまう境遇があるだけ、なんて考えてるのかもしれない。だから、一つの命として、守りたいんだ」

 

「わかるけど……、わかんねぇよ」

 

 ――ジュモにとって人間を信じることは、できない。

 

「……お前は、どうなんだよ。お前はあいつらに死んでほしいだろ」

 

「……あいつらは、許せない。憎んでる。でも、死んでほしいかと言われたら」

 

 ローロは、笑顔で言った。

 

「生きたまま、苦しみながら償ってほしい。それで、頭下げて、後悔させてやるんだ!」

 

「はっ! ははっ! はははは! そりゃいい!」

 

「いいぜ、俺は人間の頼みは聞かないが、お前はガキだから特別に、その願い叶えてやる」 

 

 ジュモは、リュックをローロに預けると、飛び降り、ゼリルと大蜘蛛の間に割って入った。

 

「無茶してんじゃねぇよ、このわがままおっぱいが。終わったらあとでしこたま揉みしだいてやるからな!」

 

「ジュモ……だ、誰がおっぱいですか!」

 

「黒牙のカスども! 言っておくが、お前みたいなクズを助けに来たわけじゃない。感謝ならそこのおっぱいとローロに言うんだな!」

 

「ろ、ローロだと?」

 

 ジュモは大蜘蛛の前に飛び込むと、眼球めがけて両腕の正拳突きを繰り出した。

 大蜘蛛はそれをバックステップで避ける。

 

「もってけ針鼠の針(ヘッジホッグ・スパイク)‼︎」

 

「GYAAAAAAA」

 

 二段階攻撃で繰り出された針がいくつかの眼に刺さり、悶絶の声が上がる。

 

「ボロ雑巾の荷物野郎共はとっとと帰れ!」

 

「ローロ! 敏捷バフが残ってるうちに、ゼリルを連れてとっとと逃げろ!」

 

 ゼリルをつかむと、ローロに向かって放りなげようとする。

 

「ジュモ! 私は!」

 

「望み通りあのクズ野郎は助けてやったぜ。話は全部終わってからだ!」

 

 ローロはゼリルをキャッチする。

 

「ローロ、このままではジュモが!」

 

「私たちがここにいてもジュモの邪魔になるだけ! さっさと逃げるよ!」

 

 ジュモはローロが逃げだしたのを横目で確認すると、大蜘蛛に向きなおる。

 

「GISYAAAAAA‼︎」

 

 攻撃を受けた大蜘蛛は激昂していた。

 

「……さて、こっからは正真正銘、ハンデなしのタイマンだ。特殊個体だかなんだかしらねぇが、俺を簡単に喰えるとおもうなよ……?」

 

 ジュモは不敵な笑みを浮かべ、大蜘蛛へと飛びかかった。

 

 ◇

 

 

 ジュモを残し、街へと向かうローロとゼリル。 

 

「リド! 索敵お願い!」

 

 レッドリドラについていき、森の中を駆けて行く。

 

 

「ローロ! あのままではジュモが!」

 

「分かってる! だから今は街に戻って救援を呼ばなきゃいけないんだろ!」

 

「でも!」

 

「気持ちはわかる! アンタ冷静になりな! 分かるだろ! 私たちじゃ何もできないんだよ!」

 

 それは、ゼリルを守るべき対象として見ているジュモとは違い、人として見ている、対等な存在として見ているローロだから言えたことだった。

 

「自分が何もできないせいで、二回もジュモに助けられた」

 

「アンタは、どのくらいジュモに助けられたの?」

 

「……出会った時と、それからはずっと、魔物に追われる私を抱えたまま、街まで――そうですね。ジュモと出会ってから私はずっと、彼に守られてきました」

 

 こうしている間にも、ジュモと大蜘蛛が唾鍔迫り合う音が聞こえてくる。

 

 

 

 リドラはとまり、あたりを見まわした。ハチに囲まれていた。索敵効果で上回られたのだ。

 

『GYAAA……』

 

 耳に深いな音が聞こえてくる。

 

 だが、二人の行手を阻むように、数体のスティング・ビーが現れる。

 

「逃げるよ!」

 

 ローロは咄嗟に逃げ出すが、スティングビーの移動速度はローろより速かった。

 

 次第に近づいてくる背後からの羽音に、ローロは足が竦みそうにそうになる。

 

「ローロ! なるべく木の隙間を潜り抜けるように!」

 

「わ、わかった!」

 

 ローロはゼリルのアドバイスに従って、

 

「そこ! 滑り降りて!」

 

 ツタに引っかかり、槍を手放してしまう。

 

「あっ!」

 

「立ち止まらないで!」

 

「でもっ!」

 

「槍は後で取りに来ればいい、今は走って!」

 

 ローロは再び走りだした。

 

「いけない……、街への方角からズレてきています!」

 

 次第に、ローロの身を包んでいたバフが消え始めた。

 

 身体能力が急に変わったことでローロは足をもつれさせた。

 

「きゃあっ!」

 

「ローロ!」

 

 すかさず、倒れ伏したローロにスティング・ビーが襲い掛かる。

 

「ぎゃら!」

 

 射線上に、ドラゴンが割り込み、フレイムブレスを吐き出し、防いだ。

 

「ドラちゃん!」

 

「ローロ立って!」

 

「うっ……」

 

 ローロは、自分の足に生じた痛みに顔を歪める。

 

「ひょっとして、足が……」

 

「あはは……今ので足、捻っちゃったみたい」

 

「そんな……」

 

「もうダメみたい……」

 

「……諦めてはなりません!」

 

「諦めるなって……、どうすればいいのさ……」

 

「ドラちゃん! 十秒堪えてください」

 

「ドラアアッ!(まかせろ‼︎)」

 

 ドラゴンは巨大なブレスを吐くと、炎の壁を作った。

 

 炎の苦手なスティング・ビーは後ずさる。

 力を使い果たしたドラゴンは、よろよろと地面へ下がっていき倒れ込んだ。

 

 だが、これもあくまで一時的なものだ。ゼリルが言った通り、十秒もすれば炎の壁は消え失せ、怒り狂ったスティングビーが襲いかかってくるだろう。

 

「ローロ、これを!」

 

 ゼリルが持ってきたは、弓だった。

 あの弓

 

「弓……、これ、あのアーチャーが持ってた……」

 

「彼女が遺したものです。これなら、動けなくても使えます」

 

「でも私、弓なんてほとんど触ったこと――」

 

「――やるしか、ありません」

 

「……そうだ、やるしか、ない。やるだけやってみる。あきらめたくない! 最後の最後の最後まで、足掻いてみせる」

 

 ローロは弓を手に取ると、片膝立ちのまま矢を番え、引き絞った。

 

「私は……母様みたいな一人前のテイマーになるんだ。そのためには、こんなところでくたばってたまるか――――‼︎‼︎‼︎」

 

 炎の壁が消えると同時にスティング・ビーの毒刺がローロへと迫る。

 ローロは弓を放ち、ばすん、と放たれた矢が一体の胴体を貫いた。そればかりか、その背後に構えていたもう一体をも貫いた。

 

「やっ、やった……!」

 

「ローロ! まだきます!」

 

 

 

「ローロ、後ろは渡しが見ます」

 

 

「一五度!

 三十度!」

 

 

 ローロの瞳に、炎が揺らめいた。

 それは、炎の壁か、あるいは――

 

「(信じられない……でも、見える……!)」

 

 ――ローロの動体視力の良さが生きている。

 

 ローロは、見事全てのスティングビーを撃ち抜いた。

 

「信じられない……本当に私がやったんだ」

 

「ええ、ローロ、あなたの才能です」

 

「でも、この足じゃ街へは……」

 

「あの大蜘蛛はジュモが食い止めてくれています。彼女は今ごろ街に着いていることを祈りましょう」

 

「……ジュモを助けに行こう。弓なら遠くからでも攻撃できる」

 

「……ローロ、これを」

 

 ゼリルが差し出したのは、ヒルナから受け取った異状薬、凍結、石化だ。

 

「これ……ヒルナ様からもらった異常薬……」

 

「毒、麻痺、凍結……これは?」

 

「石化薬、と言っていました」

 

「珍しいわね」

 

「じゃあ、ジュモのところに急ごう」

 

「でも、足が……」

 

 するとローロはハンケチーフに麻痺薬を漬けると、負傷した足首に塗布した。

 

「これなら痛みは感じない。大丈夫よ」

 

「ローロ!」

 

 ◇

 

 街の方角へと駆けていくローロとゼリルを横目で見送ったジュモは、目の前の大蜘蛛と対峙していた。

 

 前回と同じように戦おうとするが……。

 

「腹の下に潜らせちゃくれなさそうだな」

 

 飛んでくる糸を切り払おうとするが、ガキンとなる。

 

 ジュモは糸を避けながら接近。

 

 前足の攻撃を避け、足の間接に攻撃。歯が通らない。

 

 殴るが、大きなダメージになった様子はない。

 

 尻尾がジュモを刺そうと動く。

 防ぐ、ジュウと溶ける。

 

 あっぶねぇ。

 

「まともにやりあってちゃ、勝ち目はねぇな」

 

 作戦変更だ。

 

 ジュモは木々の隙間を這うように逃げはじめた。

 

 追い付かれそうになれば、小回りの効いたフェイントをかけ。

 

 

 こいつ、糸を張ってやがった。

 

 

 足を取られる。

 

 鎌のような腕がジュモに迫る!

 

 じゃきん!

 

 っぶねぇ!

 

 ジュモは、レガースを脱ぐことで、それを回避した。

 

「ふうー、足が軽くなったぜ」

 

 ジュモは、軽やかに大蜘蛛の背に着地すると、背に向けて、針を撃った。

 

「ゼロ距離ライノスパイルバンカー!」

 

 ばきり、とヒビが入った。

 

「よしっ!」

 

 尻尾から毒が!

 

「あぶねっ!」

 

 再び追いかけっこ。

 敵も、攻撃の精度が洗練されていく。

 

「そろそろ潮時だな」

 

 ジュモははじめ戦っていた、開けた場所に踊り出た。

 

「おい蜘蛛野郎知ってるか? 俺は魔物のくせして蜘蛛の見た目してるてめーがきにいらねぇんだ。ビーストにだって蜘蛛がいるんだからなぁ!」

 

「てめぇ、さっきから「なぜこの人間は、いきなり喋り始めたんだ、」と思ってやがるな。いいか、俺は、ビーストの技を真似て戦ってるんだ。つまり、俺にだって蜘蛛の真似事はできるんだよ!」

 

 ジュモは思いっきり腕を引っ張る。ガントレットから透明な糸が、先ほどまで逃げ回っていた場所につながっていた。

 

「どおおりゃあああ‼︎」

 

 ジュモは両手で糸を引く。

 

 すると、ジュモの渾身のひっぱりにより、杭のように尖った折れた気が、森の中から高速で飛んできた!

 

「俺も逃げ回りながら、罠を仕掛けておいたんだよ!」

 

 接近する杭に気付いた蜘蛛は、咄嗟に、最も硬い、背の甲羅を向けたが、容易く貫いた。

 

『GYAAAAAAAAAA‼︎‼︎‼︎‼︎』

 

「よっしゃあ!」

 

「へえ……靴とりにもどらねぇとな」

 

 ジュモが歩み始めるが、ふと違和感に気づく。

 

「……あ?」

 

 杭の刺さった大蜘蛛の体。

 

 ――魔物は、死ねば塵になるのに、だ。

 

 背にできた大きなヒビの名から、ドス黒い体に不釣り合いな、白く、細長い何かが、ぬっと這い出した。

 それも一本ではなく、二本目も。

 

 それは、刺さった杭を、左右から支えうような位置に移動した。

 

「なん……だ……?」

 

 ――あれは“手”だ。人間の手。

 

 

 ジュモはゾッとした。

 

 腕は杭を抜くような動きをした。  

 ず、ずず、と杭は次第に上がって行き、抜けた。

 

 そこから、蝶が羽化するように、白い人間の体が這い出てきた。

 白い髪、おっぱい、グラマラスな体。

 だが、不釣り合いにグロテスクな、蜘蛛の下半身。

 

 ――超特殊個体 アラクネ。

 

 

 

「なんだよ……」

 

「一丁前におっぱい晒しやがって! わけわかんねぇがそんな柔らかい部分みせていいのかよ!」

 

 女が人差し指をジュモに向けた。

 

(ヤバイっ……!)

 

 ドシュ、と、ジュモの腹に糸が刺さる。

 

「あ?」

 

 勘を働かせる猶予さえない。

 

 ジュモを弄ぶあのように、振り回し投げた。

 

「ぐああっ!」

 

 大きく切れ、腹から血が。

 

 ジュモは立ち上がった。

 

「何かと思えば、まさかそっちからも糸がだせるのかよ……!」

 

『ヒヒ……』

 

「しゃべって……」

 

「コロ……ス……」

 

 今度は、十本の指をジュモへと向けると、それが、矢のように降り注ぐ。

 

 ジュモは咄嗟に大きく回避。

 

 転がった先には、ゼイラーが残した、半分に折れた聖剣が。

 

(頼むぜ)

 

 拾うと、未来が見えた。

 折れたことで、効力は落ちた。

 たった一秒だが、これで十分だ。

 

(勘でどうにかするっきゃねぇ!)

 

 ジュモは無数の糸を避け、刻みながら距離を詰める。

 だが、全てを防ぎ切れるはずもない。

 

 持ち前の勘と、頑強なガントレットで致命傷は避けているが、ジュモの身体に、傷が増えていく。

 

(こいつ相手に防戦は不味いッ‼︎)

 

「ラピッド! テイルランス!」

 

 ジュモはありったけの飛び道具を発射。

 

 糸を受けながら接近。腹に向かって爪を伸ばした。

 

 その腹を貫く――はずだった。

 

 接近し跳び上がり、爪を突き立てんとするが、ありえないほどのけぞり、避けた。

 

 宙に浮いたジュモを鎌のような爪が貫いた。

 

「がああああああっ!」

 

 再び投げられたジュモは、力なく転がった。

 

(完全に死んだな。喋るし……、馬鹿みたいに強いし……わけわかんねぇ。パザラすまねぇ、頼みは成し遂げられねぇ)

 

 にやりと笑う。

 鎌がジュモの命を刈り取らんとしたその時。

 

 アラクネの背後から飛来した矢が刺さった。

 

『GYAAAAAA‼︎』

 

 するとアラクネの下半身は姿勢がだらりとくずれ、バチバチと電気が走った。

 

「なん……だ」

 

 遠くでローロが次の矢をつがえようとしていた。

 

「こんなに速く麻痺するなんて、効果は本物みたいね」

 

 ローロの存在に気づいたアラクネは、糸を放とうとする。

 

「ローロ……逃げ……」

 

 茂みから リドが飛び出してきた。そしてその足にはゼリルがつかまれていた。

 

 最後の力を振り絞ってブレスを放った。

 想定外の攻撃に、アラクネが一瞬怯む。 

 

 弱い威力だったが、ひるませ、なによりローロが次の矢を番えるには十分な時間だった。

 

 再びアラクネが両手から糸を放つ瞬間、今度は左腕に矢が突き刺さる。

 すると、たちまち氷始めた。

 

「もう一丁!」

 

 さらに右半身に刺さると、石化しはじめた。

 

「アラクネの属性三種盛り!」

 

 ローロがほっとしたのも束の間、異常に蝕まれているアラクネが、早くも少しずつ動き始めた。

 

(ゼリル……奇跡を起こすなら今のうちよ……!)

 

「馬鹿野郎……なんで……来やがった……」

 

「ジュモ! ああ……こんなに血が……!」

 

 失血したジュモは土気色だ。

 

「何もできない自分に嫌気が差したんです。それで、ジュモが以前

 言っていた奇跡の力を起こせれば、ジュモを助けることができるかと思って――。

 

「だけど、手遅れだったな……バリアを張ってもらう前に、やられちまった……」

 

「――あの時のこと、思い出したのです。私たちは、女神ニューリアに、その力をいただいていました。」

 

 女神。あの時教会で見た絵画を思い出す。

 女神、あの女神のように、癒し、守る力を、明確に意識した。

 

 するよ、ゼリルの体が淡い光に包まれ始めた。

 

 ジュモ、口を開けてください。

 

 ジュモの開いた口にゼリルは自分の体を当てがった。

 

 ジュモの口内へ暖かく、そして優しいまろやかな甘みが広がっていく。

 それを反射的にこくり、こくりと飲み干すと、ジュモの体の奥底から、力が湧き上がってきた。

 

 ジュモを蝕んでいた毒は癒え、傷は塞がり、手足の先まで力に満ちている。

 

『GAAAAAA‼︎』

 

 脱皮で

 状態異常が全て解除された

 

「ジュモ! ゼリル!」

 

 ぎん! とぶつかる音がした。

 ジュモが防いだのだ。

 

「不思議だ……妙に力が溢れてきやがる」

 

 強烈な眼力で大蜘蛛を捉える。その目は翡翠色だ。 

 

 

 攻撃が見える。

 

 とんできた糸を回避、そして切断。

 

 前足とつばぜりあい

 

 あらくね本体にひとたち

 

「矢が刺さったことから分かる通りやっぱりやわいみてぇだな!」

 

 攻撃を裁き、生まれた隙で体に攻撃する攻防が続く。

 そして致命傷を与える。

「GYAAA」

 

 てめぇのおっぱいには、ローロみてーな未来もなければ、ゼリルみたいな希望もねぇ‼︎

 

 今度こそ、上半身を鎌で切り裂いた。

 

「キヒ……」

 

 油断があった。

 蜘蛛の下半身。

 ベキベキベキ……!

 

 上半身が消滅した。

 

 だが下半身はまだ残っていた。

 

 

 間接が逆方向に無理やり折れ曲がり、背のジュモをとらえた。 

 

「ユダン……シタナ」

 

 

 

 体から、無数の子蜘蛛が這い出て、ジュモに這い上がる。

 ローロに、ゼリルに、リドへと迫る。

 

(くそっ……‼︎)

 

 ジュモの視界に金色の軌跡が走った。

 

 すると、光が走り、ジュモにまとわりついていた子蜘蛛が消滅した。

 

 

 

 

 飛んできたあれが、一瞬で葬りさった。

 

「お待たせ、生きてる?」

 

 

 金色の大槌。

 輝きを放っていて、魔法杖かと思ったが、そうではない。

 あれは大槌だ。

 攻撃を防ぎ切った。

 

「あん……た……」

 

 

「ずいぶんおっかない杖だな」

 

「君がポワロスの花をもってきてくれたおかげでこれたよ」

 

「なんかすごい聖術」

 

 蜘蛛 跡形もなく消滅

 

「ユニーク相手に、よく頑張ったね」

 

「立てる?」

 

「ああ」

 

「アラクネが出てくるなんて、いよいよ以上事態だね……でも、原因、わかったかも」

 

 あれだけ強いのがで的tら

 

 

「本当か、」

 

「この先だ、ついてこれるかい? なに、すぐに終わるよ。それにきっとめずらしいものが見れる」

 

 先にいくと、森の中に、闇があった。

 

 何もないかのように、真っ暗なのだ。

 

「闇だまり。魔力だまりだ。」

 

「あっちの世界の力が、こっちの世界の聖力が弱い部分に漏れ出てきてこうなるんだ。」

 

「でも、ここって」

 

「そう、この街は聖力は強くないけれど、それでも決して弱いわけじゃない。予想はしていたけど――以上事態だ」

 

「それって」

 

「――魔神カラボス復活の兆し、かもしれない。報告しなくちゃね」

 

 ◇

 

「ジュモ様、これを」

 

 面許だった。だが、等級には、

 

「あ?」

 

「銀?」

 

「はい……本来は金相当かと思われるのですが、そこまでは、私の力が及ばず……」

 

「そうだジュモ、収魔結晶の交換も済ませちゃったら? とどめはヒルナ様がしたとはいえ、上半身は持っていったんだから、結構溜まってるんじゃない?」

 

「あ? 収魔……、なんだそりゃ?」

 

「ジュモ、あんたまさか……」

 

 ◇

 

「「ひいいいいいい⁉︎」」

 

 悲鳴をあげたのはローロと受付嬢だ。

 カウンターの上には、この上ないくらいに真っ黒になった収魔結晶が置かれrていた。

 

「ああ、そういやこれを交換するって説明、あったな。すっかり忘れてた」

 

「あんたどれだけ溜め込んでたのよ!」

 

「旅始めるときに、ギルドで受け取ったもんだから……一年くらいか」

 

「しょ、少々お待ちください……」

 

 ◇

 

「ひいいいいいいい⁉︎」

 

 カウンターの上に積まれた、金貨を見て、ローロは再び悲鳴をあげた。

 

「これ、どのくらいなんだ?」

 

 数年は暮らしていけるわよ……。

 

「あんたこれ、どうするの?」

 

「うーん……」

 

「整備するための道具と、リュックと、飯を買ってどのくらい残る?」

 

「そりゃもうたくさん」

 

「うーん……」

 

「あんた裸でしょ、いい加減武具とか買ったら?」

 

「そうか、その手があったか」

 

 

「おい店主、これでこいつに合う装備を整えてくれ」

 

「え?」

 

「だってお前、弓は遺品として返しちまっただろ」

 

「いいの……?」

 

「これで、クソパーティを抜けられるな」

 

「うんっ!」

 

「じゃ、行ってこい」

 

 

 ◇

 

「仲間として招き入れるんでしょう?」

 

「さあな、そんときゃそんときだ」

 

 

「なあゼリル、結局お前の光線が差した場所って、この街じゃなかったんだな」

 

「ジュモ、もう一度出せそうです。」

 

「ええ、おそらくそうでしょう。尤も、もう一度あの光線が出せれば確認できるのですが……って!」

 

 ゼリルの胸から光線が発射され、それは、前回と同様に、北の方を指していた。

 

「どうやら、そういうことらしいな」

 

 ◇

 

 

 

 怪我したゼイラー、見捨てられて、ローロに助けをもとめる。

 ローロはゼイラーのハウスへ来ていた。

 

「よお、やっともどってきたか。お前のことなんか誰も必要としてないんだから戻ってこい。今は、助けてくれる人が必要だ」

 

 変わらぬ態度のゼイラーに、ローロは弓を放った。

 弓はゼイラーの頬をかすめるように飛んでいった。

 

「ざまーみろ、このまま生きて苦労しやがれってんだ!」

 

「悪いな、私はこれでやっていける」 

 

 そうして、ローロは去っていった。

 

「じゃ、行くか」

 

 ジュモがそうしたとき、

 

「おーい!」

 

「私も行く! 私も戦える!」

 

「ジュモは笑みを浮かべた」

 

「よし、ならいくか!」

 

 

 ◇

 

 最北端の地、聖地。

 

 ここ数年。いや、

 

 ――”数百年ぶり”の慌ただしさを見せていた。

 

 壁が揺らいだのだ。

 

 ”泉”

 

 泉。聖力の泉としか形容できないほどの聖力だまりがあったのだが、

 揺らぎを感じた聖女がみにいったところ、顔が落ちていた。

 

 頭の月桂樹の飾り。それは本に書かれていた女神に似ていた。

 

 頭は目を開いた。

 

「――私はニューリア」

 

 そうして彼女が見たのは絵画だ。

 

「――ニューリアの体は六つに分かれ、散っていった。魔神目覚めし時、再び目覚めるだろう」

 

 

 ◇

 

 一方そのころ、ジュモたちもまた、異常に立ち会っていた。

 

「なんだこりゃ……って、右手⁉︎」 

 

 断面は翠色の光を放っていた。

 

「旅するならそうだ、聖都にいる先生にこれを渡して」

 

 

 

 

 

「それと、私のこと痴女とか娼婦って言ったの、訂正してよね? 私、処女( )なんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・ビーストテイマーの定義、できることを定時。

 

『ジュモはなぜ??』

 

「仲間を傷つけたくない」

 

『ジュモについてこようとしたビーストたちもいたのでは?』

 

「いたよ、でも断った」

 

 

 

 ・もっとおっぱいを活かした設定に?→できること羅列する

 

 知識、(ジュモ10回落ちた)

 

 俺、10回落ちてるんだよな

 

 街は聖なる力のたまった場所を中心に発展。

 つよい神聖力は逆に避けていくのだ。

 夜でも寝られる

 

 ゼリルは章ごとにレベルが上がる。

 各レベルにつき一度光線を打てる

 

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