アリスと暮らし始めて二日目。トカゲのお金を受け取りに迷宮協会を訪れた僕は、換金後エリーさんに呼び止められていた。なんでも伝えておきたいことがあるだとか。ひとしきり説明を受けた僕は、まとめるためにエリーさんの言葉を繰り返した。
「聖王騎士団が、あれについて調べている」
「理由は不明ですが、隊長がわざわざ迷宮協会まで聞き込みに来るほどです。何か重大な事情があるのかもしれません」
「心当たりは」
「申し訳ございませんが、私には。また、例のバジリスクを討伐した者についても執拗に問われました。あの様子では『竜骸』様に辿り着くのも時間の問題かと」
「そうか」
「聖王騎士団は任務となれば尾行や不法侵入、尋問なども辞さないと聞いたことがあります。どうかお気を付けください」
「いつものことだ」
「……大変申し訳ございません」
「構わない」
エリーさんは迷宮協会を代表するかのように、深々と頭を下げた。というのも僕は迷宮協会からの帰り道、いつも協会の人にストーカーされているからだ。どうも『竜骸』の個人情報が気になって仕方ないらしい。最初は一人二人だったのに、最近は十人以上が追いかけてくる。あと、迷宮協会に提出している『竜骸』の拠点がしょっちゅう家探しされたりしてる。
ただ、あそこは使ってないからただの廃墟だし、別に直接話しかけたり襲ってきたりもしないからあまり気にしてない。それにどっちにしろ、オウルのところに帰る時は誰にも見られないようにしている。ちょっとやることが増えるだけ、むしろ色んな練習や実験に使えるから助かる時もある。
キャラづくり上そんなに、そもそも僕がそこまで長く上手く話せないから、いつものような端的な返事しか出来なかった。それでもエリーさんは流石で、ある程度僕の気持ちが伝わったらしい。
エリーさんもそれで安心して、あれ、全然安心してるように見えない。僕の鈍さでもエリーさんのクールさを貫通して、何かもの凄く不安そうにしてるのが分かる。内心何のことだろうと僕も不安になっていると、エリーさんがおずおずと問いかけて来た。
「……『竜骸』様」
「なんだ」
「あの女の子は、御無事でしょうか?」
エリーさんが心配しているのはあの日の女の子、アリスのことだった。
「無事だ」
そう一言で返したものの、何も伝わらないというか説得力が無いというか。なにせ僕は泣く子も黙る『竜骸』だ。帰り道に頭から食べちゃった、とでも言った方がよほど真実味の出るようここまで頑張って来た。本当にそういうこと言って、『竜骸』の悪名を更に高めようかな。
だけどそうすると、目の前でアリスの心配をしているエリーさんはとても傷つくかもしれない。ならやめよう。『竜骸』の悪名はもう山より高い。誤差を積み重ねるより、エリーさんを安心させる方がずっといい。そう考えた僕は頭の中を探し回り、何とかアリスの無事を示唆する言葉を絞り出した。
「……昨日は結局串焼きを七本食べ、スープを三杯飲み切った」
「えっ」
いつも通りストーカー(十三人)を撒いてから帰宅する。今日は何人かあっさり脱落したけど、もしかしてあの人達は新人さんとかなのかな。僕のストーカー、修行に使われてるってこと? でも僕だって練習に使ってるからお互い様だ。これがきっと昔聞いた、ウィンウィンの関係のやつだよね。
「ただいまー!」
「おかえりなさい、イリアスくん!」
「……あっアリスも、ただいま」
そんなことを考えていたから、満面の笑みを浮かべるアリスのお迎えが不意打ち気味に響いた。開け放った居間の扉の裏へ、反射的に隠れて距離を取る。目にも止まらない僕の反応にアリスの笑みが陰り、むむむと難しそうに眉をひそめる。オウルは僕達二人を見比べて苦笑いしていた。
「イリアスくんが、またよそよそしくなってしまいました」
「だが赤ん坊扱いよりかはマシだろ」
「……………………………………悩ましいですね」
「悩むな」
顎に手を当てるアリスの姿は本当に悩んでいるようだった。アリス、赤ちゃん扱い気に入ったのかな。
不思議な趣味だなぁと思って眺めていると、アリスは再び笑みを取り戻し、何かをアピールするように手を広げた。
「そうだイリアスくん、私のこと見て何か気づきませんか?」
「えっと、服のこと、ですか?」
「正解です! どうです、似合ってますか?」
ご機嫌なアリスの言う通り、昨日までと服装が変わっていた。オウルがあちこちで貰って来たものだ。緩やかなチュニックと地味なズボン、いたって普通の町娘って感じの服装。一瞬言葉を考えて、何も思い浮かばないからそのまま思ったことを言った。
「……び、微妙、です」
「ひぅ」
「凄ぇ声出たな」
また石化の呪詛を受けたみたいに固まるアリスを見て、オウルは堪えきれずに吹き出す。それを誤魔化すために咳払いで流してから、僕を窘めるように肩を叩いた。
「しかし随分と辛口だな。女の服のことは分からねぇが、別に悪くはないだろ」
「悪くない、で収まってるのが問題なの」
「どういうことだ?」
「アリスは凄く美人だから、服が全然見合ってない」
アリスは今まで見た女の人の中で、二番目か三番目くらいには綺麗な人だ。しっかりした服を選んでちゃんとした着方をすれば、絶対にもっとよくなる。あからさまに上が見えているのに褒めるのは気が乗らない。
「アリスのキラキラに服が追い着いて無いから、なんか無理してるように見える」
「えっ?」
「似てないモノマネというか、一種の大道芸に近いものを感じるというか。具体的に言うとほら、この間魔帝国のお姫様が探索者に変装して、迷宮に忍び込もうとして捕まった事件あったでしょ? あの時のお姫様っぽい雰囲気があるというか」
「……」
自分を抱くように回した左手で右手首を握りしめながら、アリスはねじ切れそうなほど首を傾げていた。
「………………これは、褒め言葉として受け取ってもいいのでしょうか?」
「それこそ微妙だな」
オウルからお墨を付けられたアリスは、今度は怒ってます、ということをアピールするために、両手を腰に当てて僕を見据えた。
「イリアスくん、私今とても傷つきました」
「ご、ごめん、なさい?」
「だから一つ、お願いを聞いてくれませんか?」
正直な感想を言っただけなのにな、とは思ったけれど、アリスを傷つけてしまったのも事実だ。それに、アリスがどんなお願いをするのかもちょっと興味がある。だから何度も頷くと、アリスは意外なことを僕に告げた。
「私と話す時、もう敬語はやめてください」
「……それだけ? 敬語、嫌だったんですか?」
「嫌です。初めて気づきましたけど、敬語使われるの、私嫌いだったみたいです」
「アリスも、僕に敬語使ってるのに?」
「私はいいんです。……ひょっとして、イリアスくんも嫌なんですか?」
「ううん、僕は別に、なんでも平気」
人が何を、どんな言葉で僕に言ったとして、僕が僕であることに変わりはない。アリスの敬語も話しにくくないかな、と気になっただけ。とにかくそのお願いを受け入れると、アリスはあどけない笑顔を輝かせて、さっきのやり取りをやり直そうとしていた。
「じゃあイリアスくん、もう一回聞きます。私の恰好どうですか?」
「微妙」
「そこは変わらないんですね……」
「い、一番真摯な感想の伝え方は、正直に言うことだって、誤魔化すのは、優しさじゃなくて甘さだって、先生に教わったから」
「うぅ、精進します……」
僕とアリスのやり取りが終わるのを見届けたオウルが、大きく咳払いして注目を集める。
「さて、ひと段落着いたところだが、俺からも言うことがある」
「……オウルの恰好はいつも通り、大きくたくましそうに見えるよ?」
「それじゃねぇ」
まんざらでもなさそうに鼻で笑ったあと、オウルは別の話を切り出した。
「アリスの治療、リハビリって言えばいいのか? アリスの記憶について、ウィザから色々言われていてな」
「……なにか、治療方法が見つかったのでしょうか?」
「残念だが即効性の薬やらスキルは無い、だとよ」
「そう、ですか」
今すぐは治らないと言われたはずなのに、不思議とアリスは安心しているようにも見えた。気にはなるけれど、きっとこれは人の複雑な心の動きだ。僕じゃ分からないと判断して、オウルに話の続きを促す。
「薬とかじゃないならどうやって治すの?」
「何でもいいからとにかく何かしろ、らしいぞ」
「……?」
「いや疑いの目で見るな。おら読め、ウィザがそのまま書いてるだろ」
疑いというか疑問というか。オウルが突き出してきたメモを受け取ると、確かに言った通りの言葉が書かれていた。納得してそれを返すと、オウルはウィザさんから受けた説明を僕達にも与えた。
「この間も言っていたが、記憶喪失は思い出し方を忘れているだけなのが大半らしい。だから取っ掛かりを見つけるためにも、何でもいいからとにかく何かしろ、ってのがあいつの指示だ」
何でもいいからとにかく何かしろ。何かってなんだろう。横を見れば、アリスも僕と同じように疑問を浮かべていた。
「なんでもって、なんでしょう?」
「……なんでもだから、なんでも?」
「そりゃなんでもだからなんでもに決まって、いや面倒臭ぇからこれやめろ」
無意味に続きそうだった会話をスパッと打ち切って、オウルが一つ提案を上げる。
「そうだな。とりあえず、まずは自分の好きなことでも試してみたらどうだ?」
「……好きなこと。私の、好きなこと」
「あぁ悪い。考えてみりゃ好みも自分のこと、思い出せないことの一つか」
「………………私に好きなことなんて、あるんでしょうか」
好きなことを考えると楽しくなるはずなのに、アリスはどんどんと沈み込んでしまう。記憶喪失のせいか、自分の好きなことも思い出せないみたいだ。ただ幸いにして、僕はアリスの好きそうなことに一つ心当たりがあった。
「た、食べることとか?」
「え」
「確かに昨日といい今朝といい、あの食いっぷりは中々だったな」
「でもお肉食べても何も出て来なかったし、今日はお魚とかのがいいかな?」
「俺も魚の気分だ。だが今日は再編明けだろ。まだ迷宮から魚は揚がってねぇはずだ」
「うん。でも干物なら売ってるんじゃない?」
「おっいいな。実を言うと、俺は干物の方が好きなんだ。合う酒も多いしな」
「お昼からお酒は駄目だよ」
「一杯くらいいいだろ」
「ダメ」
「あ、あの、すみません、二人とも」
僕とオウルがお酒について争っていると、アリスが控えめに割って入って来た。
「もしかして、お魚は駄目、苦手?」
「それは大、いえ、食べてみないと、ではなくて」
そしてどこか恥ずかしそうに、縋るような表情で、僕らに問いかけた。
「わ、私、そんなに、そんなに勢いよく食べてましたか?」
「……あー、それは」
「うん」
「おい、容赦」
また正直な感想を告げると、アリスは見たこともないくらい真っ赤になって、両手で顔を覆ってうずくまってしまう。服の時と同じだ、感想を言っただけでアリスに大ダメージを与えてしまったみたいだ。予想していなかった反応に、僕もアリスと同じくらい動揺する。
「え、えっと、ごめん、ごめんね?」
「いえ、元はと言えば、はしたなく食べ続けていた私がいけないのです……」
「う、ううん。食べるのは、ちゃんとたくさん食べられるのは、健康って証拠だから。あんなに食べられたのは、アリスが元気になれたよってことだから、ね?」
「イリアスくん、それは追い打ちです……」
励まそうと僕が何を言っても、アリスの耳をますます赤くさせてしまうだけ。あわあわしてオウルの方を見ると、ニヤニヤと楽しそうに笑っていた。笑ってる場合じゃないよ。
「実際、色々と食ってみるのはいい案かもな」
「……オウルさん?」
「安心しろ、俺のは追い打ちじゃない。昔ダチに聞いた話なんだが、匂いってのは記憶との結びつきが強くてな。特に思い出、今アリスに欠けてるものを呼び覚ましやすいらしい」
例えば小さい頃食べていたお菓子の匂いを嗅いで、故郷のことを思い出すとか。僕も森の匂いで先生のことを思い出すからよく分かる。アリスも納得したようで、色の戻った顔で頷いていた。
「まあ飯と匂いに限った話じゃない。ウィザの言う通り、なんでも試してみるのが一番なんだろうよ」
「結局、最初に戻ってしまいましたね」
「そういうもんだ。ただそれだとキリがねぇからな、まずは俺から提案だ。アリス、今日の昼飯はお前が作ってみろ」
「えっわ、私が、ですか?」
「記憶は無くても知識は残ってるんだろ? なら何を使って何をどう作るか。最初に思いついたのがどんな料理かで、ある程度出身地とかが絞れるはずだ」
名探偵オウルだ。今日のオウルはなんだかいつもより頭がよく見える。そんな方法があるんだって感心はしつつ、このやり方には一つ問題があるように思えた。
「でもアリスって、ウィザさんが言うには偉そうな人なんだよね? じゃあ料理とか出来ないんじゃないの?」
「えらっ」
「言い方が悪いな。確かに身なりは上流階級に見えたが、それでも花嫁修業の一つや二つくらいは多分やってただろ」
「えっお姫様とかお嬢様とかもそういうこと、料理とか洗濯とかするの?」
「普段はしねぇな。ただある種の歓待方法として、主催者手ずからの一品を提供するってのはある。さっきお前が言ってた魔帝国の姫様も、恥ずかしくない程度のもんは出せるはずだ」
「へー。じゃあアリスも」
ちらっと横目でアリスの様子を確認する。アリスは手首をぎゅっと握りながら宣言した。
「………………も、もちろん出来ます。私に、お任せください」
僕でも分かる。駄目そう。
不安とともにアリスを台所に送り出してから、僕は居間に簡易な結界を張った。音を遮断する、内緒話用のもの。それに気づいたオウルは不思議そうに僕の顔を見た。
「どうした急に」
「ちょっとアリスに聞かせたくない、『竜骸』関係の話があって」
エリーさんから聞いたこと、聖王騎士団の一件について伝える。あのトカゲについて、あれを狩った人について、聖王騎士団の人達が調べているということ。話を聞き終えたオウルは腕を組んで、苦々しく顔を歪めた。
「聖王騎士団か。また面倒な奴らが出て来たな」
「耳がいいよね。一昨日のことなのに、昨日もう聞きに来たんだって」
「……そこも、そこが一番の問題だな。耳が早いのはいい。あいつらの目と耳は、いくらでもその辺に歩いてるからな。だが対応があまりにも早すぎる」
「それの何が問題なの?」
「普通に考えれば、ここまで早く動く必要が聖王国の連中には無いからだ」
ますます首を傾げる僕に、オウルは解説を続けた。
「迷宮で現れるはずのないバジリスクが狩られた。迷宮協会からすりゃ大問題だが聖王国にはゆさぶりの材料になる程度、それ自体はどうでもいいことのはずだ。にもかかわらず、隠す余裕もなく派手に探り出している」
「つまりあのトカゲじゃなくて、それ以外の何かが気になってるってこと?」
「だろうな。そして、バジリスク以外のことと言えば」
僕とオウルは揃って台所の方を向く。僕とトカゲ以外で、あれに関わっていること、人。
「どうも俺の想像より大事、面倒な立場にいるかもしれないな」
「よく分かんないけど大変だね」
「お前が持って来たんだよ、お前がもっと大変になるんだよ」
オウルが僕の頭を左右の拳で挟んでごりごりと抉り込む。それオウルが痛いだけなのによくやるよね。その内飽きたのか、今度は揉むように僕の頭をぐしゃぐしゃと荒らし始めた。こっちも好きだよね。いつまでやるのかなーと見上げると、何故だかオウルはほっとしたように口を開いた。
「しかしこうなると、ウィザの言う通り教会に連れて行かなかったのは正解だったな」
「行方不明になっちゃうって話?」
「あぁ。この場合、消えるのは俺の方だろうけどな」
「もしオウルが帰って来なかったら、教会でも聖王国でも探しに行くけど」
「消えるのは聖王国の方だったか……」
次回「街に出てみよう」です。