【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第十一話「街に出てみよう」

 オウルに相談を終えてすぐ、様子を見に行く間もなく、アリスがお皿を抱えて台所から戻って来た。僕達が話していたのは長くても十分くらい。だから時間だけ見れば、何事も無くアリスは調理を終えられたと考えられる、はず。

 

「……」

「……」

「……」

 

 そのはずなんだけど、僕達三人はお皿を前に言葉を失っていた。

 

「アリス、これは一体」

「お肉、です」

「そりゃ見れば分かる。なんつーか、あー」

「お肉を、焼きました」

 

 アリスが淡々と言う通り、そこには焼いたお肉があった。そう、言葉の通り、焼いたお肉そのものが。流石にいくらか切り分けてはあるものの、これは焼いたお肉としか説明しようがない。この焼いただけのお肉が、アリスのお出しできる一品。衝撃のあまり、疑問がそのままこぼれ出た。

 

「もしかしてアリス、蛮族のお姫様なの?」

「ぶふぉっ」

「……オウルさん?」

「わ、悪い。あっあれだ、とある獣人族には強大な獲物を狩った時、その血を噛み締めるためあえて調理せず食うって古い風習があってだな」

 

 平たいアリスの声にオウルが冷や汗をかいている。それを尻目に僕はそのお肉に手を伸ばした。料理は見た目も当然大切だけど、味はもっと大事だ。それにお肉を焼くだけの料理だってある。もしかするとこれは、そういう類の何かかもしれない。一縷の希望とともに、フォークに突き刺したそれを口にした。

 

「しょっぱい」

「いやお前それは。いやお前、迷わず食ったことは偉いが」

「しょっぱい、です」

「いやお前は知っとけよ。味見しとけよ」

「……味見?」

「もういい、俺が悪かった。もう少し段階を踏むべきだった」

 

 両手を挙げて降参するオウルを置いて、もう一度食べてみる。しょっぱい。しょっぱいけれど、食べられなくもない。火は通っているから二人でもお腹は壊さないだろうし、嚙み切ることも出来るはず。これくらいなら、食べ方次第でなんとかなりそうだ。

 

「切り分けて、パンに挟めばちょうどいいかも」

「葉っぱもいくらか残ってたはずだ。ついでに持って来い」

「はーい」

 

 三人分、オウルもアリスもよく食べるから、もうちょっと多めに持って来よう。早足で台所へ進む僕の後ろで、二人はひそひそと話していた。

 

「……怒らないんですか?」

「さっき言ったろ、無茶ぶりした俺が悪かったって」

「でも私、お二人の期待を裏切ってしまいましたし」

「元から上等なもんが出てくるなんて期待してねぇよ」

「それはそれで酷いです」

 

 そんな昼食の後、机に向かっていたオウルが顔を上げた。

 

「そうだイリアス、午後は配達行ってこい」

「えぇー、オウルが行けばいいでしょー?」

「俺は俺で色々やることあんだよ」

 

 オウルが手に持ったペンでこつこつと机を叩く。何か書き物をしているらしい。意外と筆まめなオウルは、日記やら手紙やらをよく書いている。しかも字も凄く上手で綺麗だったりする。とても言えないけれど、先生よりよっぽど。というか先生は僕よりも下手で癖が強い。

 

 何書いてるんだろうなーと覗き込むより前に、アリスが頬に指を当てて疑問の声を上げた。

 

「……オウルさんは、確か鍛冶屋さんでしたよね?」

「あーイリアス、説明しろ」

「えっ。……あっとね、前話したけど、オウルは街の人の生活用品直したりしてて。でも中には凄く忙しいとか、足が悪いとかでここに来るのが大変な人もいて」

「そうした方たちにお届けしてる、ということですか?」

「う、うん。そんな感じ」

 

 そして僕がここに住み始めて以来、オウルは結構な頻度で僕に丸投げしている。僕が人に慣れるため、なんて言ってるけど半分くらいは面倒だからだと思う。だっておかげで酒を飲む時間が増えたぜーとかこの間言ってたし。飲み過ぎはよくないと思う。

 

「なんだ、興味あんのか?」

「……えぇと、はい。配達もですが、街のことが」

「そういや目が覚めてから二日、ここにずっと引きこもりっぱなしだったな」

 

 顎髭を弄りながら、オウルは少しだけ悩んでいるようだった。でもそれも一瞬で、すぐに答えを出した。

 

「まぁ、このままじゃ何も変わらねぇか。イリアス、アリスのことも連れてけ」

「え。ちょ、ちょっと、オウル?」

「んで、出る時はお前が着てるそれ、そのローブはアリスに貸してやれ」

 

 先生からの贈り物、色んな魔法がかけられている便利なローブ。迷宮の時は緊急事態だったけれど、平和な街中で貸してやれと言われても、正直抵抗がある。アリスも理由は違っても不思議みたいで、僕と同じどうしてって表情をしていた。

 

「それにはフードを被ってる間認識阻害がかかる、あー顔が分かりにくくなる効果がある。今のアリスには必要だろ」

「……そっか。そうだね」

「?」

 

 事情はまったく分からないけれど、聖王国の人達がアリスのことを調べている、かもしれない。アリスは記憶喪失だ。もしも聖王国の人がアリスのについて知っているなら、むしろ会った方が記憶を取り戻す手伝いになるんじゃ、それで危ないことされるならぶっ飛ばした方が早いんじゃ、と僕は思った。

 

 だけどオウルが言うにはほぼ確実に面倒なことになるから、しばらくは接触しない方がいい、あと暴力を出すと余計大変なことになるからやめた方がいい、らしい。人間社会にはオウルの方がずっと詳しい。だから僕はとりあえず、その方針に従うことにした。

 

 けれどそんな事情、当然アリスは知らない。説明が思い浮かばない僕は、今回もオウルに丸投げした。そしてアイコンタクトを受け取ったオウルは、今回も苦い顔をした。

 

「あーあれだ、ナンパ対策だ」

「なんぱ」

「アリスはやけに面がいいからな。飢えた探索者ども、に限らねぇか。街中でやたらめったら声かけられる可能性が高い。アリスは分からねぇが、イリアスにそいつらが捌けるとも思えねぇしな」

 

 オウルがつらつらと表向きの理由を並べていると、アリスが静かにそっと僕の背中へ隠れようとする。まるで人と接する時の僕のようだ。急に人見知りになったのかな。変な洞察をする僕の肩から顔を出したアリスが、探るようにオウルをじっと見る。

 

「……オウルさんも、私のことそういう風に見てるんですか?」

「はぁ? 余計な心配すんな、ガキに興味はねぇ。俺は年上趣味だ」

「……あっ! だから魚も干物の方が好きなんだね!」

「んな訳あるか」

 

 

 

 こんこんとノックをしてからしばらく経った後、玄関が開かれる。扉の先には腰を曲げて杖をつく、白髪のおばあちゃんがにこやかに立っていた。

 

「これ、お届け、です」

「おぉ今日は坊ちゃんが来てくれたのかい。なんだか得した気分だねぇ」

「……オウルだと、お得じゃないの?」

「むさくるしいからね。人間可愛いもの、綺麗なものを見た方が寿命も延びるんだよ」

「そ、そうなんだ、知らなかった」

 

 手招きされたからおずおずと近づくと、節ばった手で頭を撫でられる。どこ行ってもこんな感じだ。先生もよくやってたし、オウルにもしょっちゅうされる。これそんなに楽しいのかな。変に動くと危ないから、じっとしている間そんなことを考えていた。

 

 満足したおばあちゃんは手を離すと、今度はアリスに視線を移した。

 

「それに今日は、とっても綺麗な子も一緒だ」

「……えっ顔、見えてるんですか?」

「いいや見えない。不思議な服だねぇ、それ。でもまぁ私ほどになれば、声だけでどれだけ美人かも分かるからね」

 

 かっかっかと豪快に笑うお婆さんに、アリスは何故だか微妙に引き攣った笑みを返していた。

 

 御届け物を渡してお金を受け取って、おまけとばかりにお菓子まで貰ってしまった。これもどこ行っても同じ。何故だか皆、帰り際におやつだよって渡してくれる。大事に持って帰って、お家で皆と食べよう。

 

 そんな感じであちこちにお届けして行って、残るはあと一か所だけになった。

 

「今の方で居住区は終わりですか?」

「えっと、うん。あとは迷宮協会にいくつかだけ」

「迷宮協会。確か、街の中心にあるんですよね?」

「そうだよ。ここから、北の方」

「分かりました、こっちですね!」

 

 ずんずんとアリスが自信満々に歩んでいく。それを急いで呼び止めた。

 

「あっアリス、そっちじゃないよ。そっちだと、家に帰れちゃう」

「じゃあこっちですか?」

「そっちは、さっきのおばあちゃんのところ」

「……なるほど」

 

 深々と頷いたアリスが僕に触れるくらい近づいて、そのまま僕の裾を強く摘まむ。それからきょろきょろと、辺りを警戒するように見回し始めた。

 

「あの、アリス?」

「イリアスくん、私から目を離さないでください。逸れたら私、多分失踪します」

「う、うん」

 

 デルファの中くらいなら探し出せるけど、それ以上となると難しい。そしてアリスの方向感覚だと、気付けば別の国に向かって旅立っていそうだ。嫌な想像を振り払うため、僕達はそのまま迷宮協会まで歩くことにした。

 

「先ほどから思ってましたけど、この辺りはまだ居住区なんですよね?」

「うん」

「その割には武器屋とか、探索者の方向けに見えるお店が結構あって不思議な気がして。私に残っている知識だと、確かそういうのは商業区に固まってるはずだったような」

 

 そう話している間にも、剣と盾の書かれた看板、武器屋さんの横を通り過ぎていた。ちらりと一瞬見えた店内には人が、探索者が数人いて、真剣に武具を物色しているようだった。

 

 アリスの感じた疑問に答えるため、懐から地図を取り出す。

 

「これ、オウルが書いてくれたデルファの地図」

「イリアスくん、さっきのを見て、私に地図が読めると思いますか?」

「全然。でもこれ見た方が、説明しやすいから」

 

 言葉と文字だけだと、酷く説明が難しい。話や説明が苦手な僕なら難易度は更に上がる。取り出した地図を広げて、その中心を指差した。

 

「あのね、この中心の大きな円のところが全部、迷宮協会なんだ」

「広いですね、教会が何棟か建てられそうです。どうしてこんなに大きいんですか?」

「それは、その。これから行くから、その時話すね」

「ふふっ。はい、楽しみにしてます」

 

 時間稼ぎがバレているのか、アリスは悪戯っぽく微笑んだ。頑張れ、未来の僕。

 

 少し先の自分に負債を押し付けつつ、今の僕はとりあえず言えそうな答えを口にする。

 

「それでね、さっき言ってたアリスの話、居住区とか商業区とかの」

「確か北側が商業区で、南側が居住区だと聞いたことがあります」

「それって、最近出来た分け方なんだって。元々は外様と地元とかなんとかだったってオウルが言ってた」

「なるほど。デルファで生まれ育った探索者の方はこちらに住んでいるから、その方たち向けで居住区にもお店がある、ということですね」

「ということだと、思います」

「イリアスくん、敬語はだめ、です」

「思う、よ?」

 

 そんなに敬語嫌いなのかな。判定の厳しさを感じていると、アリスが何気なく質問を続けた。

 

「オウルさんもここにお住まいということは、デルファ出身なのでしょうか?」

「ご、ごめん。僕も、よく知らない」

「イリアスくんも知らないんですか?」

「昔のことは、全然。先生とは古い知り合いだってこと、くらい」

 

 ぴたりと、突然アリスが足を止めた。袖を掴んでいた手が離れ、だらりと垂れ下がる。目を離さないよう振り返ると、アリスは俯いていて表情が見えない。様子がおかしい。

 

 アリスは病み上がり。急にあちこち歩いて体調を崩したのかもしれない。顔色を確かめようと一歩踏み込んだ瞬間、それを止めるようにアリスが問いかけを続けた。

 

「…………気にならないんですか? 以前何をしてたとか、どういう人だったのかとか」

「えっと、あんまり? だって、僕にとってオウルはオウルだし」

「……なら私も、昔何をしていたとしても、昔どんな人間だったとしても、私は私ですか?」

「何があっても、アリスはアリスだと、思うけど」

 

 アリスの言いたいことが、聞きたいことがよく分からない。だってそれは当たり前のことだ。過去も今も未来も、全部ひっくるめて自分は自分。何が削れても増えても、それは決して変わらない不変の事実。何がどうあっても、その人はその人のままだ。

 

 困惑のまま返した答えに、アリスは数秒口を閉ざす。そして次の瞬間には、また別の不思議な質問を重ねて来た。

 

「では例えば、例えばの話、私がとある国の姫だったとします」

「う、うん」

「もし私が記憶を取り戻して姫だと分かったら、イリアスくんならなんて言いますか?」

「……びっくりした?」

「それだけですか?」

 

 それだけかと聞かれても、それ以上に何かあったかな。アリスは何か、もっと他の言葉を求めているみたいだけど、何が欲しいのか分からない。考えている内にきっと欲しいものじゃないけれど、忠告というか、ちゃんと言っておかなきゃいけないことを思い出した。

 

「料理は、勉強した方がいいよ」

「えっ」

 

 ぽかんと、アリスが間の抜けた顔になる。

 

「ごめんなさい、多分またこれ、酷い感想だと思う」

「ど、どうぞ?」

「もしアリスがお姫様だったとしても、凄く凄く偉い人だったとしても、おもてなしで焼いただけのお肉を出すのは、ちょっと。出す人も、出される人も、凄く困っちゃうと、思う」

「……」

「あっで、でもね、僕も、僕も昔は全然だったから。最初の頃なんてもう、食材切ろうとして家ごと」

「ふ」

「……あの、アリス?」

「ふ、ふふ、ふふふっ、ご、ごめんなさいイリアスくん、せっかく、せっかく励ましてもらってるのに、ふふっ」

「アリスがいいなら、僕は別に」

 

 励ますために言ったから、明るくなってもらえたら成功のはず。それはそれとして、どうして急に暗くなったアリスが突然明るく笑い始めたのか、そっちの疑問の方が大きい。僕の疑問を察知したアリスは、笑いながら答えを教えてくれた。

 

「いいえ、ただ、何を聞いてもイリアスくんはイリアスくんだと思うと、嬉しくなって」

「よく、分かんない」

 

 立て続けに不思議なことを、当たり前のことを言われてますます混乱していく。アリスがアリスであるように、僕が僕であることは何があっても変わらないし、誰であっても変えられない。本当に、アリスは何が言いたいんだろう。真剣に悩む僕を前にして、アリスは何故かますます上機嫌になっていく。

 

 にこにことお散歩中の子供のように微笑みながら、アリスは僕の後ろに回り込む。それから両肩に手を乗せ、催促するように押し始めた。

 

「ごめんなさい、いきなり変な質問をしてしまって。さあ、迷宮協会に向かいましょう!」

「そっちだと、街の外に行っちゃうよ?」

「……さあ、迷宮協会へ連れて行ってください!」




次回「迷宮協会へ」です。
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