「イルくん、イルくん。えっイルくん……?」
何故かアリスが僕のあだ名を何度も呟くのを聞いていると、一分もしない内にエリーさんが戻って来た。
「お待たせしました。では早速こちら、窓口についての説明をさせていただきます」
「……エリーさん、その、その前に、そちらの看板は?」
たどたどしいアリスの視線の先には、『迷宮協会案内中☆ 御配慮お願いします!』と書かれた看板を胸に掲げるエリーさん。その堂々とした立ち姿に恥じない口ぶりで、エリーさんは悠々と答えた。
「迷子等のトラブルを避けるため、施設案内中は持つよう指示されています。面白いデザインですよね」
「はい!」
「えっ?」
「せっかくですから、イルくんも持ってみますか?」
「いいんですか!? じゃあちょっとだけ」
「えぇ……?」
受け取った看板を手の中でくるくる回す。軽いし丈夫そう、多分アリスでも振り回せるくらいだ。迷宮の素材を使っているのかな。そうして遊んでいると、裏に何か書かれているのを見つけた。
「なんだろこれ、地図?」
「協会施設内の見取り図、いわゆるカンペです」
「これがあの」
前に聞いたことのある最強の試験対策。僕の隠蔽工作が先生に通じる訳無いから、一回も作ったことないやつ。しみじみとそれを眺めている内に、少し不思議なことに気づいた。上と下、北と南で鏡写しのように同じ施設が並んでいる。
「向こうとこっち、同じ施設があるんですか?」
「はい。御覧の通り迷宮協会は広いので、どちらの区域の方にも御利用いただけるよう、同様の施設を北側南側にそれぞれ用意しております
「へー。あっでも、このドクロマークだけ一個しか無い」
「それは協会の研究室です」
「研究室……! そこも見学出来ますか!?」
「申し訳ございませんが、あちらは重要区画の上大変危険ですので、関係者以外立入禁止です」
「そうですか、残念です……」
「……これは研究室の見学を希望された方、全員にお知らせするよう言われていることですが」
ちょっとしょんぼりしたアリスに目を向け、エリーさんは前置きを並べてから続けた。
「迷宮協会の研究室は、自爆します」
「自爆」
「侵入者捕縛に失敗したと判断した瞬間、機密保持のため自動的に、盛大に自爆します」
「盛大に」
「イルくんのお友達であるアリスさんであれば、そのようなことはされないと思います。ただし、説明は規則ですので」
「分かりました。絶対行きません」
盛大にってどのくらいなんだろう。迷宮協会が消し飛ぶくらいかな、気になるな。僕が好奇心に囚われつつある中、案内が始まろうとしていた。エリーさんが懐からカードのような物、迷宮に入るための『鍵』を取り出す。
「改めまして窓口の説明を。窓口の仕事は主に依頼など各種申請の処理、特に多いのはこちらの『鍵』についての対応です」
「確か、迷宮に入るために使う物だと聞いたことがあります」
「使用方法については後ほど、『門』の案内の際に説明させていただきます。またこちらの『鍵』は、探索者の身分証明にも使われております」
『竜骸』はいつでもどこでも顔パスだから、そんな風に使ったことなかった。それにそもそも僕は『鍵』を持ち歩いていない。あれには居場所が分かる細工がしてあるからだ。無効化出来なくもないかもだけど、多分力加減を間違えて壊すからやらない。
触ってみますか、というエリーさんの提案を受けたアリスは恐る恐る手に取って、興味深そうに『鍵』を眺めていた。
「小さくて薄い。なんだか、すぐ失くしてしまいそうです」
「理屈は不明ですが『鍵』は迷宮に入る際消失し、出る際再び手元に戻ります。迷宮内で紛失することはありません」
「なるほど」
「ですがアリスさんのおっしゃる通り、迷宮外で失くす方は多くいらっしゃいます。再発行には相応の料金がかかるため、ギルドに所属される方はギルド長へ、ソロの方は迷宮協会の窓口へ預ける方が多いです」
「だからあんなにいつも人が多いんですね」
「本人確認等の手続きがあるため、どうしても時間がかかってしまいますので」
苦労を滲ませるエリーさんの言葉に引っ掛かりを覚える。せっかくだからそのまま聞いてみた。
「『竜骸』にもそういうことしてましたっけ?」
「……あの方を騙れる人がいるのであれば、是非私も見てみたいものです」
僕は迷宮協会も顔パスだった。
窓口を後にした僕達はそのまま案内を続け、今度は協会内の待合所に到着した。机や椅子が数多く並び、すみっこの掲示板にはたくさんの紙、パーティの募集表が貼られている。
「ここは探索者達の待合所です。各種待ち合わせや、ギルドへ所属していない方々が一時的なパーティを組む際にも使用されます」
当然のことだけど僕は一度も利用していない。それに昔用事があって通り過ぎた時、僕を見た瞬間全員逃げ出したからそもそも出来ないと思う。
普通の恰好をしている今はそんなこともなく、暇そうな探索者の人達がだらだらしている。その中には僕達を見てひそひそ話す人もいた。
「あのクソダサい看板持ってる子、結構いいな。よっしゃ、ちょっくら悪戯でも」
「おまっ馬鹿っ、やめとけ!! あの子はあの、『竜骸』専属の子だ!」
「うわマジか、あれが噂の英雄ちゃんかよ。あんな若くて可愛いのに、可哀想だな……」
エリーさんが同情されているのはいつものこと、ごめんなさい。それはそれとして、初めて聞く単語があった。英雄ちゃん。その響きにワクワクしてエリーさんの顔を見上げてしまう。
「エリーさんって英雄なんですか?」
「若気の至りです。触れないでください」
「はーい」
「若気の至りで英雄……?」
顎に手をあてるアリスと同じく、僕もまだ疑問のまま。でもエリーさんが触れないでって言ってるからやめる。ごほんごほんというエリーさんのわざとらしい咳払いを黙って聞いた。
「失礼いたしました。案内を再開しますと、こちらには探索者の方々がより安全にパーティを組めるよう、クラスの確認が出来る『鑑定士』が常に在席しております」
「安全、ですか」
「稀にではありますが、クラスやスキルを詐称する探索者もおります。その防止策の一環です」
命の危険がある場所へ行くのに、どうして嘘なんて吐くんだろう。まさか死にたいのかな、不思議だな。誰も僕と同じ疑問は浮かべないのか、エリーさんはその説明はせず、さりげなくアリスへ視線を移した。
「そういえばアリスさんは、ご自身のクラスについても覚えていないとお聞きしました」
「……はい」
「よろしければ鑑定されていきますか? アリスさんくらいの年齢であれば、既にクラスを得ていても不思議ではありません」
「それは」
そこで言葉を区切り、アリスはちらりと僕を見る。急に視線を向けられて困っていると、エリーさんがそっと言葉を挟んだ。
「あくまで提案です。無理にとは申しません。クラスは何を成したかで変わるもの、神による人生の裁定だという説もあるほどです」
僕には実感出来ないことだけれど、クラスというのは変化もするらしい。例えば剣を使い続ければ『剣士』に、盗みを続ければ『盗賊』に、人を殺め続ければ『殺戮者』に。だからクラスが分かれば、アリスが記憶を失くすまで何をしていたかが推測出来るそうだ。
「ですが、覚えの無い過去へ不安を感じることは、決して恥ずかしいことではありません」
柔らかく告げた後、エリーさんはそれにと続ける。
「仮にアリスさんが特殊なクラスであった場合、大騒ぎになってしまいますから」
「クラスに特殊も何もあるんですか?」
「はい。例えば、そうですね、先ほどの聖王騎士団繋がりにしましょう。もしアリスさんが『聖女候補』であれば、すぐに教会より迎えが来るはずです」
「せいじょこうほ」
そもそも『聖女』って何だっけ。物語に出てくるのなら分かるけど、クラスとしてはまったく、候補なんて着くと更に知らない。疑問に頭を傾ける僕を見て、エリーさんは詳しい解説を始めてくれた。
「『聖女』とは聖王国メイシスが掲げる聖教、『トラゴエディア』の頂点に立つクラスです。その瞳には偽りを暴く神の光が、その手にはあらゆる傷病を癒す神の奇跡が、そしてその言葉には世界を導く神の祝福が宿る。聖教の経典にはそう書かれております」
「そんな人もいるんですね。じゃあ、候補の人ってなんですか?」
「研究によると、『聖女』は世界に一人しか存在出来ないそうです。そのため『聖女』が現存する限り、資格を持つ方のクラスは『聖女候補』になるとか」
「……聖王国は有事に備え、常に『聖女候補』の子を各地で捜索しています」
アリスがぼそりと付け加えた。そっか、だからもしアリスが『聖女候補』だったら、教会から迎えが来ちゃうのか。まだまだ記憶が戻ってないのに、そんなことになったら大変だ。
「他の特殊なクラスも同様です。各国がそれぞれの思惑で各地に網を巡らせています」
「複雑な話……でもそんなの出ても、秘密にしてくださいってお願いすれば大丈夫なんじゃ」
「迷宮協会には各国各地より人員が集められています。それは難しいでしょう」
「……やっぱり難しい」
「とはいえ、そのようなクラスの方はほんの一握りです。記憶を取り戻すきっかけになるかもしれませんから、いずれは鑑定されることをお勧めします」
「……ありがとうございます。少し、考えてみます」
「いえ。では、見学を再開しましょう」
エリーさんは手に持った看板を高々と掲げ、再び自信満々に歩み始める。探索者達の視線を集めるその頼もしい後ろ姿は、まるで英雄のようだった。
アリスが暗い雰囲気になっていたのも、少し落ち込んでいたのもほんの束の間だった。
「わぁ、本当に大きいです!」
建物から一度出た場所、迷宮協会の内側にある『門』を目の当たりにして、アリスはきゃっきゃっとはしゃいだ声を上げる。それを眺めるエリーさんもほっこりしているように見えた。あんまり表情変わってないけど。
やがてアリスの興奮の隙間を縫って、エリーさんが『門』について説明を始める。
「『門』の通過には先ほど触れました、こちらの『鍵』を使用します」
『門』、入口の魔法陣を起動させるこの魔法道具は、僕にはまったく理解出来ないほど複雑な代物だ。素材からして意味不明、これは魔力そのものを物質化して世界に固定している。僕が真似して作ろうとしたら、なんやかんやで爆発してデルファが消し飛ぶはず。
どうやって作ってるんだろうなーという質問は『竜骸』をしている時、お答え出来ませんと言われてしまった。今はそれ以外に聞きたいことも無いから、黙ってエリーさんの解説に耳を傾ける。
「『鍵』に念じながら各々が決めた合言葉、キーワードを口にすることで迷宮へ入ることが出来ます。初期状態では一層のみですが、奥に進むことで直接二層三層へ行くことも可能になります」
「その『鍵』だと、どこまで行けるんですか?」
「これは私の『鍵』ですから一層のみです」
「エリーさんの? えっじゃあ、エリーさんも迷宮潜ったりするんですか?」
「いいえ、迷宮協会の職員は作成が義務付けられているからです。使用したのは研修での一度きりです。二度と行くことはないでしょう」
どこか遠くを一瞬見上げた後、エリーさんは視線を僕達に戻す。
「では試しに、と言いたいところではありますが、本日は手の空いている傭兵がおりません。申し訳ございませんが、迷宮内部の見学はまた別の機会にお願いします」
「ということは、やはり迷宮は危険なのでしょうか?」
「アリスさんの底力にもよりますが、このまま入れば少なくとも私は死にます」
「一生入らないようにします。イリアスくんは」
「僕も、今日は別に」
実際は僕がいるから平気ではあるけれど、そんなこと二人は知らないし言うつもりも無い。それにもし傭兵がいたとしても、迷宮に向かうのは止めるつもりだった。二人の安全を任せるのにはちょっと、あの人達は心も体も頼りない。
その後も協会施設内にある武具屋や道具屋、医務室に資料室などなど次々案内してもらう。その度にアリスは街中の時と同じようにわぁわぁ言っていた。当然のごとくまたまた周囲の視線を集めたけれど、エリーさんを見た瞬間全て散っていった。何故かエリーさんは自慢げだった。
そんな案内の時間もやがて終わる。とうとう迷宮協会の窓口まで戻って来た。結構な時間歩いていたのにも関わらず、意外とアリスは元気なまま。病み上がり、石化上がりの割にとても健康だ。やっぱりたくさん食べるのが、何よりも元気になる一番の方法なんだろう。
「以上で迷宮協会案内を終了します。いかがでしたか?」
「楽しかったです!」
「勉強になりました!」
迷宮協会自体はここ半年で数え切れないほど来ている。でもいつも直接エリーさんのところ行って、そのまますぐ『門』使って、みたいな感じだったから、今日は色々見られて新鮮だった。満面にこにこのアリスほどではないけれど、予想外に僕も楽しかった。
「お楽しみいただけたのであれば幸いですが、記憶の方は」
「あっ。………………えっと、え、えへへ?」
「記憶のことを忘れるくらい楽しんでいただけたのであれば、私としても自信が持てます」
そう言って、心なしか胸を張るエリーさん。それに引っかかったのか、アリスはなんだか難しい顔をしていた。僕もそう。自信を持てるって、エリーさんはいつも自信満々に見えるけど。
僕達の疑問が伝わったのか、エリーさんが補足をする。それは衝撃の事実だった。
「実は私、これが初めての案内業務でした」
「あんなに堂々としてたのにですか?」
「はい。ついでに白状しますと、急いで準備をしたため資料を忘れ看板だけ持って来ました。つまり、今日の説明は全てアドリブです」
「えっ」
「間違いがございましたら申し訳ございません。次回は気を付けますので、いつでも来てください。お待ちしております」
そんな事情を案内中微塵も感じさせなかった、今も見せないエリーさんの立ち居振る舞いに、思わずアリスと顔を見合わせる。同じものかは分からない、それでもアリスも疑問を抱えたらしい。とりあえず、代表して僕が聞いてみた。
「……エリーさん、やっぱり英雄?」
「それはやめてください」
断固拒否だった。
おまけ
「リンドウ、その本は何だ?」
「騎士としての台本です。騎士としての振る舞いを学び、これ以上聖王騎士団の恥とならないよう考えました」
「……先ほど、迷宮協会よりクレームが入った。協会施設内で怪しげな動きをする騎士がいると」
「え」
「速やかにその台本は捨てろ」
「えっで、ですが」
「お前が今振り撒いているのは、騎士ではなく人としての恥だ。今すぐにやめろ」
「!?」
次回「初めての喧嘩」です。