【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第十六話「一層『森』」

「『竜骸』、今日も現れる気配は無いか」

 

 リンドウはあれから今日に至るまで『竜骸』を探し彷徨っていた。二週間以上かけて未だ成果は無し。聞き込みをしても出てくるのは噂話とトラウマ話のみ。しいて言えば『竜骸』は迷宮協会へ比較的朝訪れ、必ず南側の窓口を利用する、という情報だけだった。

 

 その唯一の手掛かりを元に、今日も今日とてリンドウは朝から迷宮協会窓口前で『竜骸』を待ち構えていた。当初は協会内に聖王騎士が居座ることで緊張が走っていたが、これだけ毎日続けばほとんど日常となり、今では誰も気にしていない。

 

 むしろ『竜骸』に会えるか、会えても無事に話が出来るか、そもそも生きて帰れるか。一部の協会職員と探索者達の間では、そんな賭けが行われるくらいには受け入れられていた。

 

 そんなことは露知らず、真剣な顔で佇むリンドウは突然声をかけられる。声の方、下を向くと、生意気そうな茶髪の少女がそこにいた。

 

「おじさんずっとそこに立ってるけど、暇なの?」

「お、おじ!? 俺は、私はまだ二十歳だ!」

「ふーん。じゃあおじさんじゃなくてお兄さん、暇なの?」

「暇でもない。見ての通り仕事中だ」

「見た感じ暇そうなんだけど」

「ぐっ」

 

 日がな一日暇を持て余しながら待機し、時々道行く人へ聞き込みをするだけ。冷静に、あくまで客観的に振り返ると、リンドウは少女の言葉を否定出来なかった。彼は漏らしかけた敗北の息を呑み込み、残りは咳払いでどこかへ捨てる。そして何でもないような顔を作ってから仕事を始めた。

 

「一応聞いておこう。君は今日、どこかで『竜骸』を見なかったか?」

「げっ。お兄さん、あんな化物探してどうすんの?」

「それは言えない。どうなんだ?」

「うぇぇ、そんなの……あっ」

 

 常軌を逸した化物でも見たかのように、少女はうめき声を垂れ流す。年頃の女の子としてどうかというそれは、彼女が何かを思い出したことで止まった。

 

「今思い出したんだけどお兄さんってさ、『竜骸』を探してる噂の騎士さん?」

「噂は知らないが、さっきも聞いた通り探しているのは確かだ」

「それで、ずっとここにいるんだよね?」

「その通りだ」

「成果ある?」

「………………無い!」

 

 断腸の思いで吐き出した答えに、少女はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「実はあたし、『竜骸』を探すいい考えがあるんだけど」

「……本当か?」

「うわー何その疑いの目。幼気な女の子に向けるもんじゃないよ?」

「幼気な子供はそんなことを口にしないと思うが」

「まあまあ。とりあえず、聞くだけ聞いてみなって」

 

 しゃがむよう促す少女の手招きに、リンドウは素直に屈む。そして耳打ちされた言葉を聞いて、彼の渋面は増々深くなっていた。

 

 

 

 森の中、少女の元気な声が響く。

 

「お兄さんこっちこっちー!」

「待てレベッカ、あまり離れるな!」

「お兄さんこそ遅いよー! そんなペースだと置いてっちゃうよー!」

「だから待て、何のための随行だと思っている!」

 

 少女、レベッカの提案は簡潔だった。迷宮外で見つけられないのなら、いっそ迷宮内で探してみればいい。はっきり言って『竜骸』を探す作戦としては愚策もいいところではあったが、リンドウはものの見事に丸め込まれていた。

 

「しかし話には聞いていたが、本当に森そのものだな」

 

 警戒と一かけらの好奇心を胸に、リンドウは周囲を観察する。見渡す限りの、天を覆うほどの木々の群れ。隙間から降る偽りの日差しにより一定の光度はあるものの、空気はどこか寒々しい。レベッカの声を除けば神聖さすら感じるような静寂の中、ひりつくような違和感を彼は覚えていた。

 

 ここは夢幻迷宮一層、通称『森』。木々は資材に、草は薬に、果実や魔物は食料に。多種多様、という意味では最も人類社会に貢献している、そして最も探索者の死亡率が高い場所である。

 

「あれ、もしかしてお兄さん、迷宮潜ったことないの?」

「私は聖王国出身だからな。『鍵』の申請こそしていたが、こうして中に入るのは初めてだ」

「あっちゃぁ、あてが外れたかな」

 

 頭の上で両手を組み呑気に不満を漏らすレベッカへ、リンドウはすかさず言葉を挟む。

 

「悪かったな。だが利用されたとはいえ、子供を見捨てる気は無いから安心しろ」

「げっ気づいてた?」

「当たり前だ。君が私の『鍵』目当てだということは分かっている。逆に何だと思っていたんだ」

「あたしの色香にやられたのかなーって」

「子供にそんなものを感じるほど、聖王騎士は落ちぶれてはいない!」

「いやお兄さん、そんな必死だと逆に怪しいよ」

 

 ついこの間あらぬ疑いをかけられていたからか、リンドウの口調が鋭くなる。本気の抗議を聞いてレベッカはますます身を引いていた。

 

「まあ、いい。聞き込みばかりで体も鈍っていたところだ」

「ってことはー?」

「君の探索に付き合おう。実際の探索者について知ることも、恐らく『竜骸』の捜索に役立つはずだ」

「やったー!」

 

 両手を挙げて喜ぶとレベッカはリンドウの近くに、守れる位置、彼の手が届く位置に戻る。それを横目で見た彼は、迷宮外で聞くべきことを今更問いかけた。

 

「そもそもの話になるが、どうしてそこまでして迷宮に入りたがる?」

「お兄さんはさ、一層に生えてるアカザリンゴって知ってる?」

「聞いたことは無いな」

「甘くて美味しくて、しかも体にいい果物でね、風邪の時にすりおろして食べるとすっごくよく効くんだ。うちのお婆ちゃん、最近具合悪くて」

 

 心配そうに祖母のことを告げる様子に、先ほどまで見せていた生意気な活発さは無い。レベッカの理由に深く納得しながらも、リンドウには別の疑問が浮かんでいた。

 

「だが、それなら買えばよくないか? 一層の物であれば市場にも多く並んでいるだろう」

「それがね、近頃買い占めてる人がいるらしくて全然売ってないの!」

「それでか。なるほど、孝行娘だな」

「へっへっへ、でしょ~?」

「だが同時にお転婆すぎる。地上に戻ったら、私からこのことは親御さんに話そう」

「うげぇ、やめてよ。パパとママもお説教長いんだから」

 

 苦々しいレベッカの言葉と渋面に、リンドウは微笑ましさから苦笑いを浮かべる。そんなむず痒い視線を察知した彼女は不利を悟り、話題を不自然に切り替えた。

 

「そういえば今更だけど、お兄さん戦えるの?」

「本当に今更だな。それも分からずに声をかけたのか?」

「うん。最悪コスプレの人でも、迷宮に入る鍵になってくれればそれでいいかなって」

 

 どうやらレベッカは相当甘やかされて育って来たらしい。迷宮に探索者に大人、諸々を舐め切った発言にリンドウは頭を抱えた。そして利用されていると悟りつつ、随行を決めた自分の判断を褒め、安堵のため息を吐く。もし自分が断った後、悪質な探索者へこの調子で声を掛けていたら、二度と少女を見ることはなかっただろう。

 

 だがその安心もすぐに消え去る。草木を動かす気配に気づいたリンドウは、傍らのレベッカを止めた。

 

「止まれ」

「えっお兄さん怒っちゃった? 冗談だから」

「違う、お出ましだ」

「えっ!?」

 

 彼の言葉に合わせるように、二人の目の前に三匹の白いウサギが躍り出た。

 

「おそらく首狩りウサギだ。下がっていろ」

 

 首狩りウサギ。見た目は普通のウサギに近いが、口にくわえた身体と同じ大きさの鎌が特徴的な魔物で、一体一体の強さはさほどでもない。しかし三匹一組で跳ね回って首を狙う習性があり、不用意な探索者が首を刎ね飛ばされることも多い。言うまでも無いが、首が飛べば人は死ぬ。そのため一層に存在する魔物の中でも、それなりに危険度が高いとされている。

 

 なお、その鍛えられた肉体は脂肪分が少なく、あっさりとした味わいで女性や『信奉者:筋肉』を中心に人気がある。先日とある少女が美味しい美味しいと食べていた串焼きも、実はこのウサギの肉だったりする。ちなみに、普通のウサギと同じく耳は不味い。

 

 そんな豆知識が二人の頭で流れている訳もなく、レベッカには恐怖が、リンドウには加えて緊張も満ちていた。感情のまま、無意識に後ずさりする彼女へリンドウは釘を刺す。

 

「いいか。怖いのは分かるが、絶対に私の傍から離れるな」

「で、でも、逃げた方が」

「短距離であれば奴らの方が機動力は上だ。一瞬で追いつかれる」

「ひっ」

 

 その後はどうなるか、リンドウは口にしなかった。それでも想像がついたのか、レベッカの震えが大きくなる。彼女の引き攣った声を聞き、彼は緊張を力に変えた。そして力ある言葉を、首狩りウサギに向けて全力で解き放つ。

 

「『来いッ』!!」

 

 それは『騎士』が保有するスキル、周囲の注目を自身に集める技、『挑発』。魔物のような知恵無き生物であれば確実に、人のような知的生命であっても一瞬だけ注意を引くことが出来る。

 

 仲間を守る『騎士』にとって基本かつ最も重要なスキルだと、かつてリンドウは教官に教わった。愚直な彼は当然それを素直に受け入れ、今日に至るまで磨き続けている。ゆえに、その効力は絶大だった。

 

「……そうだ、俺に来いッ!!」

 

 『挑発』前までレベッカに向けられていた殺気が全て自分に向かっている。それを敏感に察知したリンドウは恐怖を飲み込み、代わりに戦意をむき出しにした。今度は何のスキルも無い、ただ彼の意思が乗っただけの言葉。それを受けて、ついに首狩りウサギ達が動き出す。

 

 群れから飛び出した一匹がリンドウへ向けて飛び跳ねる。全身のばねを利用したその勢いは凄まじく、レベッカのような素人では目で追うことすら難しい。だがリンドウは、修行に明け暮れた一介の『騎士』であった。

 

 彼は跳躍の軌道を見極め、正面へ飛び込んで来るタイミングに合わせて盾を振るう。首狩りウサギの鎌が弾かれ、勢いのまま盾が頭に直撃し、首が折れる。まず一匹。

 

 一匹目が潰されるのも気にせず、二匹目はその脚力を駆使してリンドウの足元へ駆けこみ、首元めがけて跳ね上がろうとする。冷静にそれを観察していた彼は眉一つ動かさず、首狩りウサギの跳躍に合わせ蹴りを浴びせた。二匹目の首もまた、無残にへし折れた。

 

「う、上っ!」

 

 レベッカの懸命な声に彼が顔を上げると、三匹目の首狩りウサギがちょうど上から飛び込んで来るところだった。木を登り、上方より奇襲をするつもりだったらしい。反応の遅れた自身を恥じつつ、リンドウはそれを一切剣に反映させず振り切る。三匹目は皮肉にも、首を刈られて死んだ。

 

「すまない、助かった」

「う、ううん、平気! にしても、お兄さん強かったんだね!」

「いいや、まだまだ未熟の身だ」

 

 そう謙遜するが、彼の腕前は確かなものだった。結果を見れば自身も同行者も無傷。仮にレベッカの一声が無くとも、角度からして精々頬に切り傷を一つ作った程度。一層で活動する探索者と比較しても上等な戦果だ。

 

 それでもリンドウが気を緩めないのは、彼が向上心の塊であるから。そして何より、強烈な違和感が頭から離れないから。

 

(何かがおかしい……こういう時は冷静に、周囲を全て確認しろ)

 

 はしゃぐレベッカを尻目に、リンドウは戦闘中と同等の集中力で観察を始める。森、ざわめきがする。地面、踏み固められた雑草が茂っている。首狩りウサギ、無残な死体が三つ転がっている。それを見た時、彼の脳裏にかつて学んだ首狩りウサギの生態が浮かんだ。

 

 曰く、三匹一組で行動し、木々や草むらに隠れて獲物の背後から奇襲する。

 

 そう、奇襲。通常首狩りウサギは獲物の視界外から襲い掛かる。では何故先ほどは正面から。正面からでも容易いと思われた。だが魔物にそんな油断が出来るのか。ならばあえてそうしたのではなく、そうせざるを得なかったのか。違和感が連鎖的に疑問へ転換していく中、答えはすぐに飛んできた。

 

「ぐぁっ!?」

「きゃぁ!?」

 

  轟音。リンドウが反射的に振り向くよりも早く、それは彼の体を突き飛ばす。同時に起きた風圧でレベッカも吹き飛ばされた。

 

「い、いたたっ、えっ、な、なに!?」

「何かに襲われている!」

「何かって何!?」

「分からない! 分からないが、私が対処する! 君はそこで伏せていろ!!」

 

 口早に言い切り、レベッカの返事を待たずリンドウは立ち上がる。そして剣と盾を握りしめ、大きく息を吸い込んだ。

 

「『来いッ』!!」

 

 再びリンドウは『挑発』をする。だがそれは、大きな判断ミスだった。

 

 二人は視認出来ていないが、彼らに襲い掛かる魔物の名はシャドウファルコ。人間の大人と同等の体格を誇る鳥型の魔物。生態は獰猛にして執拗。魔物、探索者問わず、狙った獲物を食らいつくすまで決して諦めはしない。故にあのウサギ達を追い求め、この魔物はここまでやって来た。

 

 リンドウのミス、それは射程距離の問題だ。シャドウファルコの最高速度は音に匹敵する。闇雲に使用した『挑発』はシャドウファルコに届かず、虚しく森の中へ消えていくだけ。そして彼は重ねてもう一つ、取り返しのつかない失敗をしてしまう。『挑発』が効いたと思い込んだ彼は、魔物を迎え撃つためその場に深く構えた。

 

 シャドウファルコからすれば、そんな彼に付き合う道理などない。思考も魂も持たない生命もどきであっても本能はある。より簡単に、より美味そうな肉を目指すのは当然のことだった。

 

「なっ!?」

 

 よって狙われるのはレベッカ。リンドウの戦意も決意も無視し、シャドウファルコは一直線に彼女を目指す。迎撃に意識を集中し、彼女への注意が薄れていたリンドウは虚を突かれ反応が遅れた。遅れなかったとして、間に合ったとは限らないが。

 

 剣盾腕足。リンドウの持つ全てを用いても何一つ届かない。どうしようとどう足掻こうと、彼にはレベッカを守ることが、手を伸ばすことも、一歩踏み出すことすらかなわない。彼に出来ることと言えば、自分を信じて伏せる幼い少女が無残に引き裂かれ、肉片になるのをただ眺めることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに、化け物が来なければ。

 

「っ!?」

 

 絶望に染まりかけたリンドウの後方で爆音が轟き、次の瞬間視界に稲妻が走る。反射的に目を見開いた彼のことなど気にもせず、その光は一瞬でシャドウファルコとレベッカの間に回り込んだ。そして、人の姿を取り戻す。

 

「え」

 

 リンドウかレベッカか、それともシャドウファルコか。その間抜けな声は誰が零した音だったのか、それは誰にも分からない。分かるのは姿を変えた稲妻が、黒い鎧の大男がその音ごと叩き潰すかのように、シャドウファルコへ強烈な飛び膝蹴りを決めたことだけだった。

 

 音を遥か彼方へ置き去りにしたその一撃は、シャドウファルコを文字通り粉々にして空へと吹き飛ばす。加えて何故か、そのバラバラの肉塊は遥か上空で盛大に爆散した。明らかなオーバーキルだ。許容範囲を上回るその光景にリンドウは意識が遠くなるのを感じた。なお、レベッカはその男を認識出来ていないため、未だ呑気な顔をしている。

 

 だがそれも、彼女が顔を上げるまでだった。目の前に立つ者が誰か理解した途端、彼女の足は震え、その役目を放棄する。脳も声も、ただ恐怖を垂れ流すだけ。

 

「あ、あぁ」

「その姿、その鎧、その力、まさか」

「……」

 

 レベッカの怯えもリンドウの戦慄も気に留めず、それは無言で佇んでいる。

 

「『竜骸』、ダアト……!?」

 

 リンドウが探し続けた怪物が、そこに立っていた。




首狩りウサギ:一層『森』に出現する魔物。三匹一組で首を執拗に狙う。常に急所を狙う危険な魔物ではあるが、逆説的に首さえ守っていれば対処はしやすい。そのため一層の中での危険度はそこそこ程度に納まっている。口に咥える刃物の出所は不明。魔物とはそういうものである。

シャドウファルコ:同じく一層『森』に出現する魔物。影を見ることすら難しいその早さから名付けられた。最高速度は音速に並び、一層で活動する探索者に太刀打ち出来るものは少ない。ただし非常にエネルギー効率と頭が悪いため、大抵の場合餓死か木にぶつかって自滅している。そういう意味でも生きている姿を見るのは難しい。そのためその素材は相応の価格で取引されているが、『竜骸』はその場の勢いでつい爆散させた。

次回「『竜骸』といっしょ」です。
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