【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第十七話「『竜骸』といっしょ」

 目まぐるしく動いた状況に目を回しながらも、リンドウは何とか現状を飲み込む。今目の前にはいるのは、そしてレベッカの窮地を救ったのは、自分が探して続けていたあの男、あの怪物。それを確かめるため、彼は慎重に声を掛けた。

 

「……貴殿があの、かの『竜骸』殿でしょうか?」

「そう呼ばれている」

 

 やはり、これがあの。確認が取れたリンドウがまずしたのは、感謝の礼だった。

 

「まずは心よりの感謝を。貴殿のおかげで、尊い未来ある命が一つ救われました」

「そうか」

 

 片膝を着き胸に手を置く騎士の礼。リンドウの知る中で、最も敬意を示す姿勢だ。彼は頷き一つでそれを受ける『竜骸』を見上げ、傍らで呆然と座り込むレベッカにも礼を促した。

 

「レベッカ、君も礼を言え」

「う、うぇぇえっ!? な、なんで!?」

「彼は君の命の恩人だ。情けない話だが、彼がいなければ間に合わなかった」

「えっあっあ、ありがとう、ございました……?」

「通りすがっただけだ」

 

 通りすがりで爆散させられたらたまったものではないが、それを言える者は文字通り木端微塵だ。爆音と降り注ぐ血肉を思い出したのか、レベッカの顔が青く染まる。それを隠すよう前に出たリンドウは、懐から一枚の手紙を取り出した。

 

「『竜骸』殿、聖王騎士団デルファ駐屯部隊長ライラックより、貴方宛の手紙を預かっております。お受け取りいただけますか?」

「……分かった」

「ではどうか、こちらを」

 

 恭しく差し出された手紙を片手で受け取り、『竜骸』は流し読みし始める。その様子から目を逸らしたレベッカは、気分転換にリンドウへ絡んだ。

 

「お兄さん、騎士っぽいね」

「れっきとした騎士だ」

「それはまあ、うん。あたしにもよく分かったけど」

 

 少しだけ恥ずかしそうにしながら、彼女はぽつぽつと呟く。内心不思議に感じながらもそれを流したリンドウは、『竜骸』へ手紙について補足しようと顔を上げた。

 

「……」

「先日貴殿が打ち倒したバジリスクについて、聖王国は調査を進めております。つきましては御協力を」

「行儀が悪いな」

「なっ!?」

 

 『竜骸』がそう言うと手中の手紙が燃え上がる。何故、『竜骸』が燃やした、それも何故。リンドウに過ぎる疑問へ『竜骸』が端的に答えた。

 

「手紙に追跡の細工がされていた」

「……は?」

「やはり、狙いは」

 

 確かめるよう呟く『竜骸』の言葉はリンドウに届かない。その心中は、聖王騎士団がそのような手段を取ったことへの動揺に満ちている。追跡、そんな騎士にあるまじきことを、誉れある聖王騎士団が、何故。

 

 『竜骸』が嘘吐いた、そんなことをする意味が。勘違いをしただけ、あの『竜骸』がそんなはず。

 

 揺れる思考の中、『竜骸』がリンドウへ一歩踏み出す。その視線に情は無く、冷徹な殺意のみがあるように感じられた。その冷たい感覚に意識を取り戻したリンドウは、騎士の礼も忘れて必死に頭を下げた。

 

「た、大変申し訳ございません。まさか、聖王騎士団がそんな真似するなんて」

「……」

 

 それでもまた一歩、無言の『竜骸』がリンドウに向けて踏み込む。彼は人生の終わりを悟った。

 

 悟ったが、その彼の前に小さな影が躍り出た。

 

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと、待って、くだっ、くださいっ!!」

「レベッカ……?」

「……」

 

 手足を震わせて、言葉を乱して、それでも両手を広げたレベッカが、リンドウを守るように立っていた。『竜骸』の視線がずれ、レベッカのそれとぶつかる。青を超えて白くなった面持ちでもなお、彼女は『竜骸』を見上げていた。

 

「あの、は、話、よく分かんない、けど、この、この人、あたしもまだ会ったばっかしだけど、絶対、絶対そんなだまし討ちとか、罠とか、出来る人じゃないと、知らなかったんだと、思いますっ!」

「……」

「だ、だから、殺すのだけは、どうか、どうか」

「殺すつもりは無い」

 

 感情の読み取れない言葉に、それでも二人は胸を撫で下ろしかける。

 

「返信の代わりにするつもりだった」

「え」

 

 どんな状態でどうやってか。それを聞く勇気は二人に無く、抱きかけた安堵は儚く消えた。硬直する二人の様子を見もせず、『竜骸』は無機質な言葉をリンドウへ叩きつける

 

「……隊長へ伝言だ」

「えっは、はい!」

「行くつもりも、協力するつもりも無い」

「わ、分かりました、お伝えしておきます」

 

 伝言を任せる。つまり生きて返す、殺すつもりは無いという言葉は真実だということ。今度こそやっと、二人は揃って安心する。そして恐怖の根源から離れるため、レベッカはリンドウの肩を何度も叩いた。

 

「そ、そろそろ行こう、お兄さん。もしかしたら、アカザリンゴ全部取られちゃってるかも」

「そう、だな。『竜骸』殿、我々はここで」

「……アカザリンゴ」

 

 『竜骸』がぼそりと呟く。それがこれまでの色の無い声とは違ったからか、リンドウはつい返事をしてしまった。

 

「興味がおありですか? 私も口にしたことはありませんが美味しく、それでいて滋養強壮効果のある果物らしいです」

「それはどこにある」

「一層の一角に群生しているそうです。私達はそこに向かう途中でした」

「……」

 

 リンドウの話を聞いて、何かを探るように『竜骸』が森の奥を眺める。その様子を観察したリンドウは一瞬考え、大いに悩んだうえでとある提案をした。

 

「そうだ。よろしければ『竜骸』殿も一緒に来られますか?」

「は!? えちょ、お兄さん!?」

 

 暴挙とも言える提案に、たまらずレベッカはリンドウの腕を引く。それからちらちら様子を窺いながら、耳元に顔を寄せた。

 

「何考えてんの、『竜骸』を誘うなんて!?」

「仕事のためだ。我々の不誠実で『竜骸』をお招きすることは出来なくなった。しかし、今ここで質問することは出来る」

「で、でも、あの『竜骸』だよ!?」

「それにこれは、君の安全のためでもある」

「えっ?」

 

 決して口にはしないが、こちらが本命の理由だった。

 

「恥ずかしい話、あの魔物から君を守れたのは彼が来てくれたおかげだ。私一人では間に合わなかった」

「で、でもあの魔物、見たことも聞いたことも無いし、多分レアだからもう」

「どんな相手であっても、守り切ってこそ真の騎士と言える。私にはまだ、そこまでの力は無かった」

 

 先程感じた絶望、失望、無力感を再び噛み締める。その上で彼はこの選択をした。

 

「君を無事家に帰す。それが今最も優先すべき仕事だ。そのためなら私は、誰にでも頼ろう」

「……う~! わかったよ、お兄さんがそこまで言うなら」

「よろしく頼む」

 

 渋々ながらレベッカの了承を得たリンドウは、離れて待っていた『竜骸』に声をかける。

 

「では『竜骸』殿、お待たせしました。早速向かいましょう」

 

 『竜骸』は無言で頷いた。

 

 

 

 ひょんなことから始まった三人組での道中、結論を言えば特に何事も無かった。時折リンドウが『竜骸』に質問するも、ろくな返事は無く沈黙が流れるだけ。アプローチを変えてリンドウが世間話をしても同じ反応。レベッカがその重さに耐えながら進んでいると、とうとう目的地にたどり着いた。

 

「おぉー! やっと見つけたー!!」

 

 レベッカが興奮して指差す先、森の開けた場所に果実を蓄えた木がいくつも並んでいる。彼女が喜び勇んで駆け寄ろうとした瞬間、『竜骸』が冷ややかな声を刺しこんだ。

 

「待て」

「『竜骸』殿……? レベッカ、一旦止まれ」

「え、うん」

 

 レベッカが踏み出しかけた足を戻す。それを確認した『竜骸』が木々に視線を向けると、その内数本を囲うように巨大な氷壁が生じ、次の瞬間その内側に天を貫く火柱が立った。

 

「うぇぇえっ!? な、何事っ!?」

「これほど、とは……」

 

 レベッカは突然の出来事に、リンドウは『竜骸』の力に思わず声を漏らす。スキルは通常、世界に向けて使用を宣言することで初めて発動する。経験と訓練を重ねればその限りではないが、それでも威力や規模は必ず小さくなる。

 

 その上でこの氷と炎。リンドウの知る『魔導士』の全力を遥かに上回る力と速さ。『竜骸』の底知れぬ力の一端に触れ、彼は思わず唾を飲み込んだ。

 

「魔物だ」

「……そうだ、聞いたことがあります。一層には木に擬態する魔物がいると」

「ミストツリーという」

 

 ミストツリーは一層に生息する、あらゆる木に擬態する魔物だ。周囲にある木のふりをして探索者を騙し、疑似餌に釣られて手を伸ばした者を捕らえて体表から吸収する。仮に見抜けたとしても通常の木以上に固く、何度も斧で叩かなければ伐採することは難しい。幸い植生上移動しないため、討伐ではなく避けることが推奨されている。

 

 なお、ミストツリーの疑似餌であるが甘みと酸味の強い独特な味がするため、一部の美食家の間では珍味として好まれている。ただし強力な麻痺毒も含んでいるため、デルファを含む各国では法律で取り扱いが禁じられている。

 

「ほえー。そんなのもいるなんて、迷宮ってヤバいね」

「そんな危険地帯を舐めていたのが君と私だ。お互い反省しよう」

「はーい。てかあれ、お兄さんも?」

「恥ずかしいことにな」

 

 同時に、そこで活動する探索者達のことも。自身の無知と無力、驕りを恥じつつ、リンドウはそれを胸にしまい込んだ。それは騎士として相応しくない感情。こんなもの、守るべき少女の前で出す訳にはいかないと。

 

 彼がそんなことを考えているとも露知らず、『竜骸』もレベッカも木が燃え尽きるのを眺めていた。

 

「全て燃え尽きた」

「流石は『竜骸』殿、鮮やかなお手並みです」

「周辺に魔物はいない」

「ありがとうございます。レベッカ、もう行っても大丈夫だ」

「はーい!」

 

 それからアカザリンゴの収穫が始まった。『竜骸』の言う通り魔物に襲われることも、魔物が近づいて来ることすら無く、収穫は順調に進んで行く。途中『竜骸』が木ごと持ち帰ろうとしたトラブルこそ起きたが、迷宮外での生育は難しいという説得によりすぐ解決した。

 

 そして三十分後には、籠一杯詰め込まれたアカザリンゴを前にレベッカが零れるような笑みを浮かべていた。

 

「これだけあれば、ジャムとかも作り置き出来るかも! ありがとうお兄さん!」

「うむ。『竜骸』殿にもちゃんと礼をするように」

「あ、ありがとう、ご、ございます」

「構わない」

 

 恐る恐る差し出された礼を無造作に受け取ると、『竜骸』は踵を返した。向かう先は迷宮の出入口。何も言わずとも帰り道も同行するつもりなのを悟った二人は、複雑な気持ちを抱えながら後を追う。それを誤魔化すため、リンドウはレベッカに声をかけた。

 

「さてレベッカ、迷宮から出たら家まで送ろう」

「えぇー大丈夫だよお兄さん、ちゃんと一人で帰れるって。あっもしかして、送りオオカミになっちゃうとか?」

「違う、そして駄目だ。私には君の今日の行いを、御両親に全て説明する義務がある。君の口の上手さだと、迷宮に潜ったことを誤魔化せる可能性があるからな」

「ちぇー。そんな終わった後に言ってもさぁ、無駄にママとパパに心配させるだけじゃん」

「そのために説明するんだ。君は御両親の心配を無下に出来る子じゃないだろう」

「……心配するのか」

 

 前方を歩いていた『竜骸』が突然口を挟み、二人は文字通り飛び上がった。返す言葉が思い浮かぶより前に、『竜骸』は重ねて問いかける。

 

「子供が迷宮に潜ると親は、家族は心配になるのか」

「それは、当然でしょう」

「子供を使うギルドもある。それでもか」

「あれも多くは、金銭等の事情でやむなく働いている子が多いそうです。一部には幼い頃から訓練と教育を重ねていて、駆け出しの探索者よりも腕の立つ子もいるらしいですが」

「ならばその子供は親も、周囲も心配する必要は無いだろう」

「いえ、あります」

 

 『竜骸』の意見に真っ向から反対出来る自分に、リンドウは自分でも驚いていた。それでも自然と口は動き、彼の考えを、信条を滑らかに連ねていく。

 

「どれだけの力を持っていたとしても、愛する人であれば心配するのが人間というものです。それが子供であれば、尚更でしょう」

「………………そうか」

 

 その言葉に『竜骸』は何かを深く考え込んでいた。




ミストツリー:迷宮一層に生えている木型の魔物。周囲の木に擬態する食人植物。体表からの吸収することから、表面には犠牲者の最後の顔が残るという怪談がある。実際は全て消化するため何も残らない。枝や幹は頑丈でしなやかなため主に建材に使われている。果実は本編の通り。
某探索者の感想「酸っぱくて苦手。残ったの、オウル食べる?」「殺す気か」

次回「指きり」です。
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