聖王騎士団デルファ駐屯部隊長室にて。レベッカとの同行についてしこたま叱責されたリンドウは、その流れで『竜骸』についての報告もライラックにしていた。
「『竜骸』に手紙は渡せたか?」
「はい。ですがこちらへ来るつもりも、協力するつもりも無いそうです」
「予想通りか。ご苦労だった」
労いの言葉、報告を終わらせる言葉を受けてもリンドウは下がらず、それどころかもの言いたげな様子を隠していない。ここで済ませた方が早いか。そう判断したライラックは、速やかにリンドウへ水を向ける。
「何か聞きたいことがあるようだな」
「……隊長、あの手紙に追跡を仕込んだというのは」
「事実だ。やはり『竜骸』は気づくか」
聖王国の抱える一流の『付与士』が、全力で隠蔽に隠蔽を重ねた細工。仕込んだ本人すら見失いかけるそれを、どうやら『竜骸』は一瞬で見抜いたようだ。戦慄を隠しつつ、ライラックはこともなげに答える。当然リンドウはそれに嚙みついた。
「お言葉ですが、それは騎士にあるまじき行為ではないかと!」
「その通りだ。しかしより優先すべきことがあれば話は別だ。お前にも分かるだろう」
「それは」
迷宮での行動、『竜骸』に頼ったことを思い出し、リンドウは押し黙る。その様子を確認したライラックは、重いため息とともに決断を下した。
「やはり、お前にも話しておくべきか」
それから告げられた言葉に、リンドウはまず自分の耳を疑った。
「約一月前のことだ、教皇ビラカンサが自殺した」
「えっ!?」
「派閥による工作の成果か、公には未だ明かされていない。お前が知らないのも無理はないだろう」
「ど、動機は、何故、教皇様は?」
「不明だ。暗殺ならばともかく、ここ十数年権勢をほしいままにした奴が唐突に自死を選ぶ理由など、私も含め誰も推し量れていない。いずれにせよ、どうでもいいことだ。所詮教皇など、いくらでも替えが利く」
教皇とは聖教「トラゴエディア」における次席。頂点に立つ『聖女』が象徴であることを加味すれば、その立場は政治的指導者である聖王にも匹敵する。それを替えが利くとは。教皇の自殺と隊長の大胆すぎる発言。両方に混乱しながらも、リンドウは必死に耳を傾けた。
「問題は『聖女』様だ」
「リリアン様が、どうかされたのですか?」
「お前も知っているとは思うが、当代の『聖女』様はビラカンサが生誕時に見つけ、自ら引き取り擁立した方だ。その彼女が消えた以上次代の教皇が回収し、庇護下に置くはずだった」
誕生と同時に『聖女』のクラスを得た奇跡の子。歴史上最長の在任期間を誇る穢れなき乙女。宗派を問わず、ほぼ全ての教徒に称えられている偉大な『聖女』、百七代目リリアン。聖教における最大の御旗を手中に収めたことで、ビラカンサは一教徒から教皇にまで上り詰めた。
「ここから先は、私も数日前に知ったことだ。ビラカンサの死亡が確認された直後、『聖女』様の行方が分からなくなった」
「なっ!?」
「同時に聖王国で保管されていた儀礼用バジリスクも一匹持ち出されていた。何を思ったのかは知らないが、あの女は『聖女』様と心中しようとしたのだろう」
「ま、待ってください。儀礼用バジリスク、ですか?」
「これも知らないか。聖遺物を石化させて行う特殊な儀礼のため、厳重に保管しているものだ」
「そんなものがあるなんて……」
バジリスクは野卑なる魔女が、邪法である魔法により作りあげたもの。それを聖王国が利用している。ふつふつと湧き立つ不快感と疑念を抑え、リンドウは話の続きを待つ。ライラックの言う通り今は優先すべき問題、『聖女』の失踪について考えるために。
「それでは今聖都では、次代のリリアン様が即位されているのでしょうか」
「問題はそこだ。先ほど本国より連絡があったが、どれも未だ未覚醒らしい」
「……ということは、つまり!」
「お前の考えた通りだ。おそらく当代の『聖女』様は、まだ現存している」
一転歓喜の表情を浮かべる部下へ、ライラックはそれを打ち壊すような予測を続ける。
「そして今は『竜骸』が保有している可能性が高い」
「どうしてそこで『竜骸』殿が、いえ、もしや」
「迷宮内に突如出現したあのバジリスク、あれは聖王国より持ち出されたものだろう。そしてあれを打ち倒したのは間違いなく『竜骸』だ」
「失礼ですが隊長、それでも『竜骸』殿がリリアン様を保護しているとは限らないのでは?」
「儀礼用バジリスクは人体に埋め込むことで石化作用を起こし、それを解除した際召喚されるようになっている。あれが迷宮内に現れた以上、あの場に『聖女』様がいたのは間違いない」
迷宮でバジリスクが生成されたという報告が今まで無い以上、あれは外部から持ち込まれたものと考えるのが自然だ。事実、少女の石像を担いだ『竜骸』が迷宮に入ったという目撃情報は、既に数多く上がっている。
初見の、それも衝撃的な情報を次々と打ち込まれ、リンドウの混乱はますます大きくなっていく。そんな状態でも、ライラックが続けた言葉には迷わず反応していた。
「もっともあの『竜骸』の下となれば、『聖女』様の状態は不明だが」
「無事だと思います」
「何?」
「私見ですが、『竜骸』殿は噂のような方ではありません。強大であっても、凶悪ではないかと」
「……ふむ」
随分と信頼したものだ。リンドウの言葉に宿る感情を、ライラックは冷ややかに観察する。窮地を救われたからか、力を目の当たりにしたからか。教導の内容を調整すべきか思案しつつ、彼はどれもおくびにも出さなかった。
「いずれにせよ明日以降、我々は捜索対象を『竜骸』から『聖女』様へ変更する予定だ。しかし、見つからない可能性の方が高いだろう」
「『竜骸』殿を探す途中、リリアン様のお姿も見えなかったから、でしょうか?」
「その通りだ」
二週間以上もの間聖王騎士団は総力を挙げ、デルファ全域で『竜骸』の調査を行っていたが、その間『聖女』に関する情報は、『竜骸』同様何一つ浮かび上がっていない。両者に結び付きがある可能性が高い以上、このまま悪戯に捜索しても成果が上がらないのは明白だった。
「さて、手がかりすら無いこの状況、お前ならどう動く?」
「やはりしらみつぶしに探すしかないのでないでしょうか」
「それも一つの手ではある。だが『聖人の儀』が目前に迫った今、あまり時間はかけられない」
「……申し訳ございません。私には、これ以上の考えは」
項垂れるリンドウへ向け、ライラックは薄く微笑む。尊敬する隊長の笑み、安心させるよう浮かべたそれに、リンドウは何故か背筋が震えるのを感じた。
「簡単な話だ。こちらから見つけられないのであれば、あちらからお出でいただけばいい」
次回「母でもないのに嫁でもない子に姑的視線を送る」です。