【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第二十二話「夢の終わり」

 忙しそうに立ち去るエリーさんを見送った僕は、その流れでぐるりと『門』を見回した。

 

「……」

 

 はっきり言って酷い。『門』に影響は無さそうだけど、地面は戦闘の余波であちこちデコボコだし、卵と中身の破片が数えきれないほど転がっている。隅の方には石になってしまった人物が乱雑に寄せられていて、すぐ近くの壁にはゴルゴンの卵がいくつも突き刺さっている。あ、これは僕だった。槍消しとこ。

 

 壁に縫い留めていた槍が消えたことで、卵は落下し砕け散る。当然滴っていただけの血と粘液が派手にぶちまけられる。あれ、もしかしてこれも体液じゃ。エリーさんのお願いが頭に浮かんで一瞬悩んで、そもそも他の人達がもっともっと散らかしていたことも思い出した。誤差だよね、うん。

 

 それでも浮かぶ罪悪感からせめて自分の分くらいは片付けしようと、ゴルゴンの首と死体を掴んで持ち上げた。どこに置いとこうかな。『門』の端っこ、それとも協会の中の方がいいかな。決め切れなくて、両手にゴルゴンで右往左往してしまう。

 

「……あの『竜骸』の動きは一体?」

「分からん。分からんが、礼を言うのはまた今度にするか」

「え、えぇ、そうします」

 

 腰を下ろして休憩していた傭兵と警備隊の人達も、その間にそそくさと移動を始めていた。当てにならないなんて思ってたけど、これだけの卵の残骸を見れば、あの人達もたくさん頑張ってたんだなっていうのがよく分かる。前のことでちょっと偏見があったかも。

 

 そうしてしみじみと反省をしている間に、気付けば『門』には僕以外誰もいなくなっていた。僕もそれに倣おうとして、何歩か歩いてすぐに足が止まる。これ、このままにして帰ってもいいのかな。もう一度辺りを見回し、ここにあるものを確認する。

 

 ゴルゴンの卵とその中身。とてもいい薬や毒の材料になるらしい。石になった人。大切な命で、ついでに凄いゴーレムの材料にもなるってオウルが言ってた。ゴルゴンの死体。卵と中身と同じ使い道に加えて、死霊術の類ならそのまま大暴れさせることも出来る。ここには宝の山が一杯だ。

 

 それなのにここで僕が帰って見ている人がいなくなると、もしかして悪い人が盗みに来るんじゃ。世の中には火事場泥棒という、困っている人達をもっと悩ませる最低な人がいるそうだ。ゴルゴン云々は別にどうでもいいとして、石になった人が誘拐されてしまったら取り返しがつかない。それはとても可哀想だ。

 

 しょうがない、誰か戻って来るまでここで待っておこう。溜息を吐いて足を戻した。ぬちゃりばきりと足元から音がする。ゴルゴンの卵と残骸の感触。鎧は洗う必要無いけれど、それでも少し気分が悪くなる。本当に、あの人達頑張ったんだなぁ。今度は微妙な気持ちが混じった。

 

 ただ、待つにしても正直凄く暇、手持無沙汰だ。『竜骸』としてここにいる以上遊ぶなんて出来ないし、練習とかしたら余波で石の人は砕け散るし、『竜骸』が治療する訳にもいかないし。やることないなぁと呟きたいのだけれど、実は今出来ることを思いついてしまった。

 

「……掃除か」

 

 

 

 ばっさばっさっと掃除、卵や死体の仕分けや処理を続けて三十分くらい、たくさんの人を引き連れたエリーさんが戻って来た。するとすぐに僕を見つけて、その内の一人へ声をかけてから近づいてくる。

 

「『竜骸』様、こちらで何を?」

「見張りをしていた」

「……大変申し訳ございません。治療班の確保に気を取られておりました」

「構わない」

 

 やっぱりエリーさんは頭も察しも凄くいい。一言で言いたいことを分かってくれた。ただ、そんなエリーさんでもまだ引っかかっていることがあるみたい。辺りを見回しながら顎に手を当てている。今度は僕が察する番だった。

 

「掃除をした」

「重ね重ね、ありがとうござい」

「移動ではない」

「……はい?」

 

 大事なことだから強調したけれど、これは伝わらなかったようだ。残念。

 

「いえ、ありがとうございました。おかげさまで各種作業を速やかに進められます」

「治療は」

「あちらの方々にお任せします」

 

 そう言ってエリーさんが手を向けた先には、黒白茶色など色とりどりの人達がいた。呪術や回復のスキルを使うクラスの人だろう。そこに一人、いるはずの無い人影を見つけてしまった。青の差し色が入った白いローブを纏う小さな姿。絶対に見間違えるはずも無い、アリスがいる。

 

「……え」

 

 漏らした声を咄嗟に飲み込む。幸いエリーさんには聞こえなかったようで、そのまま説明を続けていた。

 

「『癒し手』や『呪術師』など、石化の解呪が見込める方を街中からかき集めました」

 

 そう話すエリーさんは、アリスにはまったく気がついていなさそうだ。あれからもちょくちょく会ってるのにどうして。いや、そっか、僕が貸しているローブの力、先生が仕込んだ認識阻害の魔法の影響だ。僕が今まで気付かなかったのもそれか。

 

 じゃなくて、こういうことは後で考えよう。今はアリスのことだ。確認するためエリーさんを置いてアリスのところへ、治療班の集まりに向かって歩いていく。

 

「な、ど、どうした。まさか、あんたまで負傷したとか」

「違う」

 

 かけられた声を素通りして、開けられた道を勢いよく進む。ざわめきを背負いながらも、すぐにアリスの元へたどり着いた。きょろきょろと落ち着きなく首を動かし、何かを探している背中へ声をかける。

 

「何をしに来た」

 

 僕が話しかけたことでざわめきが大きくなった。アリスはそれには動じず、ゆっくりと振り向いた。

 

「御覧の通り、石化された方の治療です」

「何故だ」

「出来ることから、責任から目を逸らさないためです」

 

 空色の瞳がフードの奥底から僕を貫く。思えば、アリスにこういう視線を向けられるのも久しぶりだ。出会ったばかりの頃を思い出して少し懐かしくなる。呑気な感想を抱く僕とは違い、アリスはどこか固い声のまま問い返して来た。

 

「失礼ですが、『竜骸』ダアト様でしょうか?」

「ああ」

 

 たとえ見たことが無くても、『竜骸』は一目で分かるらしい。これまでの活動の成果にちょっと満足する。ということはアリスも怖がるかな、逃げるかな。だけどもアリスの次の行動は、僕の予想を裏切った。アリスは視線を外し、僕へ深く頭を下げる。

 

「心より感謝を申し上げます」

「何の話だ」

「バジリスクの呪詛から、私を解放していただいたことです」

 

 あっさりバレてる。けど記憶喪失じゃないなら、ちょっと調べれば分かることか。だって石化していたアリスが拾われたのと、『竜骸』がバジリスクを討伐した日は同じ。石化の珍しさを考えれば、偶然の一致とするには苦しいものがある。

 

 否定出来ずに黙る、暗に認めていると、アリスは堪えきれないとでも言うように顔を上げ、それでも抑えた声量で問いをいくつも重ねてくる。

 

「……何故、私を助けたのですか」

「成り行きだ」

「何故私を、あの方たちに預けたのですか」

「何のことだ」

「ダアト様は、私に何を望むのですか」

「何も無い」

「それは、ありえません。私を、『私』を助けるのに、理由が無いなど」

「ただの子供に、望むものなど何も無い」

 

 『竜骸』が恐怖の象徴になるよう振る舞ってはいるけれど、子供相手に強請るのはちょっと。それは怖いというより格好悪い。恐怖というより侮蔑の対象になる。気分が悪くなるだけだから、わざわざそんなことしない。

 

「『私』がただの、子供?」

「違うのか」

「…………」

 

 お前が何だろうとガキはガキだと、初めて会った頃オウルに言われた。僕でさえそうなんだから、アリスはもっとそうだろう。今は普通の女の子って、この間自分でも言ってたし。それなのにアリスは、どこか呆然とした様子で僕を見上げていた。

 

「おい誰か、誰か腕のいいやつ来てくれ! 俺じゃ手に負えない!」

 

 男の人の焦る声を耳にして、アリスの肩が一度跳ねる。それから大きな溜息と一緒に何かを吐き出しながら、自分に刻み付けるように囁いた。

 

「……違います。そのように生きる権利を、『私』は持つことが出来ません」

 

 そのまま失礼しますと僕へ頭を下げ、声の方へ静かに、それでいて速足で歩んで行く。その先では慌てる黒づくめのおじさんに、茶色いローブの男の人がちょうど話しかけているところだった。

 

「そんなに慌ててどうした?」

「こいつを見てくれ、足が砕けちまってる」

「……確かに酷いな。これじゃ石化を解いても、すぐ出血で死んじまう」

「『呪術師』の俺だと解呪は出来ても治療は出来ない。あんたはどうだ?」

「無理だ。俺は『癒し手』だが、そこまで大した腕じゃない」

「それでは、『私』にお任せください」

「なっ待て! 下手に触ると」

 

 深刻な様子で話し合う男の人達の間に割って入り、アリスは足の砕けた石像の横へ膝をつく。そして止める間もなく手を組み、天へ届けるような厳かな声で何かを、スキルを唱えた。

 

「『リバース』」

 

 瞬間、石像が光り輝く。同時に粉々になっていた足の破片がひとりでに動き出し、次々と足へ、元あった場所へ戻っていく。しかも欠片が完全に足の形を取り戻すと、今度は石と化していた体がゆっくりと生身を取り戻していく。

 

 たった一言で、アリスは絶望的な状態だった石像を完璧に治療していた。見る限り時間操作の類。僕には逆立ちしても使えない力。先生以外に出来る人初めて見た、アリスあんなこと出来たんだ。

 

 アリスを止めようと手を伸ばしかけた中途半端な体勢のまま、『呪術師』の人は驚きを零した。

 

「……こいつは凄ぇ。あんた、一体」

「他にも同じような症状の方、特に子供がいたらすぐに連れて来てください」

「あ、ああ、ちょっと待っててくれ。確認してみる」

 

 詮索を切り捨て出された指示に『呪術士』の人は狼狽えながらも頷いた。それからあちこちで診察中の治療班に向け、またしても大きな、今度は明るい声を張り上げる。

 

「壊れちまった石像いるか!? いたら教えてくれ、治せる凄腕がいた!」

「足が取れてしまっているのが一人いるわ!」

「こっちは肘から先がありません! 探すところからです!」

「よしお前ら、ならまずは状態で仕分けるぞ! 『竜骸』の言ったタイムリミットまで後二時間程度しかない。効率考えて動け!!」

 

 リーダーらしき人がそう指示を出してからは速かった。誰もかれもがテキパキと手足を動かし、それぞれが出来ることを全速力で行っていく。患者の確認、選別、手配、治療。なんだかプロって感じがして皆格好いい。

 

 アリスもその内の一人で、特に重傷な石の人を次々と助けている。その手際の良さはとても際立っていて、十数分もすればアリスの治療が必要な人はほとんどいなくなっていた。

 

「『リバース』」

「あんた、大丈夫か? さっきからスキル使用しっぱなしだろ」

「問題ありません。それよりも、子供の被害者は?」

「全員に聞いて、あちこち見て回ったがいなかった。警備隊が優先して避難させたらしい」

「……そうですか。では、残りは数人です。一刻も早く終わらせましょう」

「そりゃあ、助かるが」

 

 そう言いながらも、『呪術師』のおじさんは心配そうに腕を組んだままだ。けれども実際、僕の見る限りアリスにはまだまだ余力がある。このままのペースでもあと数十人は余裕、無理をすれば百人、命を絞れば千もいけるだろう。

 

 だから僕は特に何もせず、離れた場所からアリスの治療風景を見学していた。帰るタイミングを見失ったとも言う。そんな僕の振る舞いを不審に思ったのか、治療班の間を走り回っていたエリーさんが再び駆け寄って来る。

 

「どうかされましたか?」

「見学をしている」

「治療風景のでしょうか。あまり珍しいものではありませんが」

「あの光もそうか」

「…………まさか、あれは」

 

 視線でアリスの治療を指し示すと、エリーさんが驚きに目を見張る。とても珍しい反応で今度は僕がびっくりした。それを鎧の中に隠しつつ、何がそんなに不思議なのか問いかける。

 

「知っているのか」

「実際に見るのは初めてです。ですが文献によると、あのスキルは」

 

 エリーさんが口開くのと同時に、『門』の出入口も開かれる。変に揃った大きい足音がたくさん近づいて来てると思ったら、ここが目的地だったらしい。開いた扉の奥を見ればそこには銀の鎧を纏う騎士、聖王騎士団が大勢揃っていた。

 

「驚いた。どうやら、救援は必要なかったようだ」

 

 先頭に立つ騎士のおじさん、多分隊長の人が大袈裟に驚嘆の息を漏らす。なんだか芝居かかった印象だ。先生が言うには聖王騎士団も優秀な劇団員らしいから、当たり前と言えば当たり前かな。前会ったリンドウさんもそんな感じだったし。

 

 突然現れた聖王騎士団に、僕も含めて困惑が広がる。今更何しに来たんだろう。多分皆が疑問に思う中、出入口近くで作業をしていた傭兵の人が隊長の人に絡み始めた。

 

「なんだ騎士様方、随分のんびりしたご到着だな。今日も綺麗なおべべだが、そんなにおめかしは大事だったか?」

「やめてやれって。神様相手のお洒落だ、ヘビと遊ぶよりよほど重労働だろうよ」

「な、貴様ら!?」

「……全員控えろ。我々が間に合わなかったのは事実だ」

 

 いきり立つ騎士の人達を片手で静止させ、隊長の人は静かに告げる。それから傭兵のおじさんへ微笑みを向けながら提案をした。

 

「救援は不要でも、救助は今も必要でしょう。救護班に治療を手伝わせてもよろしいですか?」

「お、おぉ、そいつは助かる。向こうに責任者がいるから指示に従ってくれ」

「分かりました。聞いていたな第三隊、すぐに向かえ!」

「はっ! 了解しました!!」

 

 騎士団の一部が離れていくのを見送りながら、隊長の人は興味深げにゴルゴンの死体を見つめていた。

 

「それにしても、あのゴルゴンの討伐をこんなにも早く。はたしてどのように」

「んなもんあれ見りゃ分かるだろ」

「……そうか、『竜骸』殿が」

 

 傭兵のおじさんがさりげなく視線をずらし、騎士団の人達もそれを追う。その先には僕、つまり『竜骸』がいる。自分で言うのもなんだけど説得力の塊だろう。その証拠に聞き覚えのある、深く納得したような声も耳に届いた。 

 

 けれど、そんな反応をしたのはリンドウさんだけ。他の騎士は皆僕を通り越してアリスに、正確に言えばアリスの放つ光に目を向け見開いていた。

 

「あ、あの神々しい輝きは!?」

「そうだ、間違いない、見間違える訳ない!!」

「隊長のおっしゃっていた通りだ、まさかこんなところに! あぁよかった、神よ!!」

 

 そして驚き、喜び、すすり泣く。大の大人達がいきなり、しかも一斉にそんなことをするから、誰もが戸惑わざるを得ない。していないのはアリスと、優雅に歩み始めた隊長の人のみ。さっきの僕みたいに注目を集めながら進んだ隊長の人はアリスの傍まで近づくと、まるで呼吸するみたいに跪いた。

 

「御無事でなによりです、『聖女』様」

 

 続いて恭しく放たれた言葉によって、騎士団以外にもざわめきが広がる。

 

「……は?」

「『聖女』って、あの『聖女』か?」

 

 『聖女』。この間エリーさんが教えてくれた、聖教『トラゴエディア』で一番偉い人。アリスは上流階級の人って予想はしてたけれど、まさかそこまで偉かったなんて。流石にちょっとびっくりした。だから家事とか色々全部下手だったんだね。かなり納得した。

 

 今まで以上に驚きと注目が集まる中でも、そのアリスはいつもの先生のような、平静極まった返事をする。

 

「やはり、来ましたね」

「はっ。聖王騎士団デルファ駐屯部隊長ライラック、御身をお迎えにあがりました」

 

 丁重な自己紹介をする隊長の人、ライラックさんにアリスは一瞥もしない。代わりに今まで聞いたことのない、冷めきった声を返していた。

 

「『赤剣』ですか。噂は耳にしたことがあります」

「まさかデルファ駐在の一騎士でしかない私を御存知とは。身に余る光栄です」

「ここ十年は大人しくしていたと聞いていました。ですがまさか、これは貴方の考えですか?」

「清貧を尊ぶ、当代『聖女』様の意に沿わない作法だとは存じております。しかし、身を潜められた『聖女』様のお目にお入れいただくには、盛大な目印が必要だと判断しました」

「予想通りですね。本国に戻り次第、沙汰が降りるよう手配します」

「失礼ですが、それは難しいかと思われます。『聖女』様には帰国されてすぐ、『聖人の儀』が待っておりますゆえ。僭越ながら、次代の『聖女』様に受け継がれるのがよいでしょう」

「……えぇ、そのようにします」

「お待ちしております。では『聖女』様、御身を休ませる場所を御用意いたしました。どうぞ帰国までごゆるりとお過ごしください」

「分かりました。案内してください」

 

 差し伸ばされた手を無視し、アリスは自分の足で立ち上がる。親切を無為にされてもライラックさんは微笑みを保ったまま、出口へ向かうアリスの後を追う。それでようやくはっとした。初めて聞く声と難しい話にぼーっとしている場合じゃなかった。

 

 いや、えっどういうこと? 休む場所を用意したって、帰国までそこで過ごしてって。しかもそれで分かって、案内してくださいって。つまりどこかへ行く、このまま家から出ていくってこと? アリスの言ったことが、行動が分からなくて混乱する。だから咄嗟に、今の自分の姿も忘れて声をかけてしまった。

 

「待て」

 

 その瞬間ほぼ全ての騎士が剣を抜き、槍を構え、盾を握り締めた。アリスを守る、囲うため迅速に陣形を作り、僕達の間に立ちはだかる。兜から覗く目は使命感と敵意にギラギラと輝いていて、あと一歩でも踏み込めば実際に襲い掛かって来るだろう。

 

 今日は何人で諦めてくれるかな。内心指折り数えていると、騎士の囲いの中から温度の無い声がした。

 

「武器を下ろしてください」

「『聖女』様、しかし」

「あの方に害意はありません。『私』が保証します」

 

 アリスがそう言うと、先ほどまでの殺意が嘘だったかのように、全員が全員武器を収めて引き下がる。そうして作られた道を通り、アリスの目の前で立ち止まる。

 

 何を言おう。何を言えばいいんだろう。さっきのはどういう。いったいなんで。言いたいことはたくさんあったはずなのに、出せたのはだけ疑問一つだった。

 

「終わりでいいのか」

 

 けれど、それだけで十分伝わったようだ。僕のかけた言葉に一瞬体を震わせて、顔を俯かせて。それから僕と同じように、アリスも一言返す。

 

「はい」

 

 短く言い切って、迷うように呼吸を漏らして続ける。

 

「…………ダアト様、お二人に伝言をお願いします」

「……」

「このような形になり申し訳ございません。今までお世話になりました。本当に、本当にありがとうございました。私は一生、これより先何があってもこの恩を、この気持ちを、絶対に忘れません」

「夢では、なかったのか」

「確かに夢のようでした。しかし」

 

 数回呼吸を重ねてから顔を上げたアリスは、僕の苦手な神秘的な微笑を携えていた。

 

「夢は必ず、いつかは終わるものですから」

 

 そしてずっと手首は握っても、触れてすらもいなくて。先生の教えてくれた嘘の証拠は何も無くて。つまり今、アリスは嘘なんて何も吐いていないということで。

 

 だから治療が終わり立ち去るアリスを、黙って見送ることしか出来なかった。




リバース
『聖女』の固有スキル。対象の時を巻き戻す。

次回「うるせー知らねーの精神」です。
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