うるせー知らねーと意気込んで家を飛び出たものの、早速一歩目で躓いた。そもそもアリス、どこにいるんだろう。心当たりも手がかりもまったくない。『聖女』なんだし、どこかの教会とか? 教会の場所とか全然知らない。
今もアリスが身に纏っているだろう僕のローブには、先生がたくさんの魔法を込めてくれた。その内の一つ、隠蔽の魔法によって探ってみても全然感知に引っかからない。こんな街中じゃ他の感覚も使えないし、一瞬でぱっと探すのは無理そうだ。
とりあえず、片っ端から聖王国の施設を襲撃していこうかな。それで見つかればよし。見つからなくても手がかりはあるかも。空振りして結局全部行くことになっても、晩御飯には余裕で間に合うだろう。
そうやって最寄りの施設に向かう途中、アリスの場所を知っていそうな人を先に発見した。ダメもとでまずはあの人に聞いてみよう。物憂げに歩くその人に忍び寄り、タイミングを見計らって路地裏に連れ込んだ。
「なっりゅ、『竜骸』殿!?」
「質問がある」
知っていそうな人、聖王騎士団のリンドウさん。ちょうどあの日あの場所にもいたから、最悪ヒントぐらいはもっているだろう。大きな期待を込めて、リンドウさんの肩に置いた手に力を込めて問いかけた。
「三日前聖王騎士団が回収した、あの少女はどこにいる」
「『聖女』様の、リリアン様のことでしょうか?」
「そう呼ばれていた」
「どうして、リリアン様を」
「話がある」
「……すみません、それは難しいと思います」
「分かった。次は体に聞こう」
リンドウさんは勇気があって優しい、心の強いとてもいい人。ボコボコにしなきゃいけないのは残念だけどしょうがない。せめて後遺症は残さないようにしよう。バチバチと手に電撃を走らせ始めると、それを見たリンドウさんは慌てて声を張り上げた。
「ちょ、ちょっとま、待ってください!」
「殺しはしない」
「い、今のは、居場所を知られても、『竜骸』殿が会うのは難しい、という意味です!」
「理由は」
「隊長より、『竜骸』殿と『聖女』様を接触させるな、という厳命が下っているためです」
「何故だ」
「それは、分かりません。『竜骸』殿はリリアン様を救い、先日まで守り続けた大恩ある方。それこそ国を挙げて感謝すべき英雄なのに、どうしてこんな命令をされたのか」
別に感謝はいらないというか、むしろされたら困るというか。『聖女』を救った英雄、なんて聖王国に称えられてしまったら、今まで積み重ねて来た『竜骸』のイメージが台無しになってしまう。僕の微妙な気持ちには気づかず、リンドウさんは目を伏せていた。
「この厳命はデルファにいる全ての聖王騎士へ下されています。『竜骸』殿の接近が確認され次第、街中から護衛が集まるでしょう」
「全て倒せばいい」
「『竜骸』殿であれば、あるいは可能かもしれませんが」
「他に問題があるか」
「目の前で騎士がなぎ倒されては、さしものリリアン様でもまともにお話は出来ないのでは?」
「……道理だ」
言われてみればそれはそう。死屍累々の騎士と瓦礫に囲まれてゆっくり話をするのは難しいだろう。不覚にも納得してしまったから、肩に置いていた手は外した。リンドウさんの肩が少し緩む。
「私も『竜骸』殿には返しきれない恩があります。お力になりたい気持ちに嘘はありません。しかし現状では、リリアン様の御前に『竜骸』殿をご案内することは」
申し訳なさそうに頭を下げるリンドウさんの、とある言葉に引っかりを覚えた。それをそのまま問い返してみる。
「『竜骸』でなければ案内出来るのか」
「え、えぇ、そう、ですね。私の友人ということにすれば、恐らく敷地内には」
「場所が分かればいい。代わりを用意しよう」
「え?」
数分後さっきの路地裏を覗くと、居心地悪そうに佇むリンドウさんの姿があった。よかった、ちゃんと待っててくれたんだ。探しに行かなくて済んで一安心。足取り軽く中に踏み入れて声をかけた瞬間、リンドウさんが目を見開いて固まった。
「……は?」
「こ、こんにちは。『竜骸』に言われて来ました」
「君は確か、あの時の。迷宮協会で俺を助けてくれた」
「あっはい。イリアスって言います。お久しぶりです、台本の騎士さん」
「それはやめてくれ」
苦虫だらけの顔だった。あの時はむしろ誇らしげだったのに不思議だ。
「ともかく君が『竜骸』殿の用意された、代わりの使いで間違いないな?」
「は、はい。今日は、よろしくお願いします」
「……君と、『竜骸』殿の関係は?」
「ごめんなさい、それは言えません」
「では君と、リリアン様の関係は?」
「あっそっちは言えます。しばらく一緒に住んでました」
「何?」
「えぇと、ほら、リンドウさんと会った時一緒にいた子。あれがアリス、リリアンさんです」
「……………………あれを、見て聞かれていたのか」
さっき僕を見つけた時とは比べものにならないほど、リンドウさんは石よりもカチカチに固まった。顔も真っ青で額からは脂汗が次から次へと流れ出ていく。気持ちは分かる。あの時のアリス、絶対零度よりも冷たい声を出してたから。僕も思い出すと結構怖い。共感している間にリンドウさんは立ち直っていた。早い、流石騎士。
「……よし分かった! 何も気付かなかったことにする。案内するからついてきてくれ」
あっ違う。僕でも分かる。現実逃避だ、これ。
それから道中リンドウさんが質問を、とりわけ僕とアリスの関係について聞かれた。どこまで何を話していいのか判断がつかないから、とりあえず問題なさそうなところ、一緒にご飯を食べたり遊んだりしたことを話す。そのたびにリンドウさんの顔が徐々に歪んでいった。
「……イリアス、俺の友人という名目で君を連れて行く訳だが」
「ゆ、友人。どういう風にすればいいんでしょうか?」
「そこはまあ、どうとでもなる。不安なのは君の聖教に関する知識だ」
その結果、いきなりそんな不安を告げられた。実際僕は聖王国にも聖教にも全然詳しくない。でもそれがどういう不安に繋がるんだろう。疑問はすぐに伝わったようで、僕が言葉にする前にリンドウさんは続けた。
「どうも口ぶりからして、君は聖教への理解が薄そうだ。これから俺の、聖王騎士の友人として向かうのにそれは不味い。例えば『聖女』様について、君はどれくらい知っている?」
「えっと、聖教の一番偉い人です」
「それ以外は?」
「……頭が凄く良くて、ご飯をよく食べる?」
「なんだそれは。とにかく予想通りだったな。念のため聞くが、聖教については?」
「そっちは、えっと、あっ先生が、腕のいい劇団ですって褒めてました」
「劇団?」
今度はリンドウさんが首を傾げる番だった。けれどもそれも数歩分、リンドウさんはぽんと手を打ってからあっさりと納得する。ついでにその理由まで教えてくれた。
「確かに『トラゴエディア』は布教や慰問、道徳教育のため、大昔から大陸各地で神話や童話を元にした演劇活動をしている。君の先生もそれが印象深かったのかもしれないな」
僕と先生が暮らしていたところは魂喰み森林と世間では呼ばれていて、普通の人は足を踏み入れたら最後、魔物に魂ごと食われるか発狂して地縛霊になるかの二択。劇団が来れる訳が、そっか、引きこもりの先生だってお引越しくらいするよね。前住んでたところで見たのかも。
「分かりやすく教えるために説法の一つでも出来ればいいんだが、生憎聖王騎士は教えを説くことが禁じられているんだ」
「どうしてですか?」
「武器を持つ者の話は教えではなく脅迫になるから、だそうだ」
「でも拳も足も立派な武器になりますよね。じゃあ聖教の人達って、手足切り落としてるんですか?」
「……意外と恐ろしいことを言うな。そんな訳無いだろう。仕方ない、軽く歴史だけでも教えておこう」
それからリンドウさんは聖教について、簡単に教えてくれた。
聖教の始まりはおおよそ千年前、邪神と竜によって崩壊しかけた世界に絶望する民を救うため初代教皇、聖者テスピスが立ち上がったことらしい。そのテスピスが残した教えはたった二つ、『神はあまねく全てを愛している』『汝、愛と平和を尊ぶべし』。
その教えに感銘を受けた初代聖女リリアンと共に、テスピスは生き残った魔法使い達を導いたとかなんとか。そうして集まった人達で『トラゴエディア』を創立したとかなんとか。それから時を重ねる毎に、必要に応じて歴代の教皇が教えを増やしたとかなんとか。他にも色々話してくれたけれど、難しくてよく分からなかった。
それにしてもなんか、僕が先生に教えてもらった歴史とは全然違う気がする。世界を滅ぼそうとしたのは創造神だけだし、それに立ち向かったのが勇者と魔法使いの仲間達。竜は創造神が暴れる前の世界戦争で絶滅しかけてた。それに、テスピスさんは勇者の仲間で旅芸人さんだったような。歴史の勉強は苦手だから記憶が曖昧だ。何も言わないでおこう。
「着いたぞ。デルファにおける聖王騎士団の本部だ」
歴史の授業を聞いて歩いている間に目的地、アリスのいる場所に到達した。リンドウさんが指し示す先には、大きな門と高い壁に囲われた立派な白磁の建物。あれが聖王騎士団の本部らしい。適当に眺めてもあちらこちらに防護の仕込みがしてあるのが分かる。まさしく砦って感じ。
「ここにいるんですか?」
「ああ、客間にいらっしゃる。元々は別の教会にもっと立派なところを用意してたんだが、護衛する騎士の負担をリリアン様が気にされてな。こちらに移動された」
「警備の人、たくさんいますね」
「当然だ。リリアン様の護衛のこともあり、通常時の二倍は動員されている」
ひのふのみの。敷地内に感じる気配は五、六十人。死屍累々瓦礫コースを避けるなら工夫を考えなきゃいけない人数だ。昔絡んできた騎士の耐久力を思い出して、どこまでなら大丈夫か考える。むむむと悩む僕の姿を勘違いしたのか、リンドウさんは僕を安心させようと軽い調子で肩を叩いてきた。
「まあ、仮に今日会えなくても大丈夫だ。来週には本国で『聖人の儀』がある。その後ならリリアン様も俗世に還る。そうすれば、いつでも会えるようになるはずだ」
「『聖人の儀』?」
「『聖女』様が交代される儀式、就任式のことだ。俺も見たことはないが、それはもう盛大で、めでたいお祭り騒ぎになるらしい」
「だとしても、僕は今会いたいです」
「そんな気はしていた。裏口がこっちにある、来てくれ」
この大きな門、正門から入るのは難しいらしい。先導するリンドウさんの後を追って数分、すぐにひっそりとした小さな門が見えてきた。ようやく中に入れそうでほっとする僕とは逆に、リンドウさんは渋い表情を裏口に、正確にはその前に立つ人へ向けている。
「しまった。よりにもよって今日はあの人が門番か」
「苦手な人なんですか?」
「なんというか、あまり素行が良くない先輩でな。しかも俺は嫌われている」
「それでも、行かなきゃです」
「……そうだな。さりげなく行ってみれば、意外とすんなり通れるかもしれない」
なんて言って近づいたものの、当然そうはならなかった。
「おい待てリンドウ。その子供はなんだ?」
「あ、えぇと、わ、私の友人です」
「友人だと? いくら非番とはいえ、今がどういう状況か分かって」
今にも掴みかかりそうな、手すら出そうな険悪な雰囲気を門番のおじさんは醸し出す。いっそ僕から出した方が早いかな、なんて二人の様子を見ている内に、ふとおじさんと目が合った。その瞬間何故か、おじさんはすっとその空気をしまい込む。代わりにまた何故か、今度はそわそわし始めた。
「……その子は、どういう友人だ? いわゆるアレか?」
「アレ? どういうのかと言われても、その、個人的なとしか」
「ははぁ、個人的。個人的かぁ、なるほどなぁ。いやいいなぁその言い方! 気に入った!」
突然上機嫌に笑いだすおじさんに戸惑いを隠せない。肩をぱんぱんと叩かれているリンドウさんと、僕もきっと似たような表情になっているだろう。けれどもおじさんのご機嫌は更に僕達を置いて先に行く。とうとうリンドウさんと肩まで組んじゃった。嫌そう。
「お前のこともだ! 付き合いの悪いクソつまらん堅物小僧だと思ってたら、なるほどそういう趣味だったか!!」
「はあ」
「確かにデルファはその辺り厳しいからな。無策で宿に連れ込めば捕まるし、どの店にもこれくらいの女の子は」
「あの、僕、男です」
譲れない大事なところだったから口を挟むと、おじさんが笑顔のまま凍り付いた。そして組んでいた肩を外したかと思えば、今度は両手を重々しく両肩に乗せる。意味の分からない行動をしたおじさんは、これまた意味の分からない言葉を口にした。
「リンドウ。いや、勇者リンドウよ。俺の胸は今、かつてないほどの畏れで荒れ狂っている」
「はあ」
「まさか『聖女』様がいらっしゃる中、こんな末恐ろしい暴挙に出るとは。だが同じ漢として、その蛮勇には大いなる敬意を感じざるを得ない」
幸運を祈る、上手くやれよ。その言葉とサムズアップを贈り、結局門番の人は快く僕達を通してくれた。騒ぎも起こさず、死人怪我人も出ず、速やかに穏やかに通れた。結果を見れば最上。だけど僕達の間には凄く、ものすごく釈然としない空気が漂っていた。
「……今の、なんだったんですか?」
「……分からん」
意味は分からなかったけれど、一度敷地内に入ってしまえばほとんど問題は無い。リンドウさんの案内で堂々と敷地内を突き進み、やがて建物に侵入、そのまま何の障害も無く目的地、客間のすぐ近くまで到達した。曲がり角から覗くと見える気持ち豪華な扉の両脇には、白銀の鎧を纏う大男が二人並んでいる。
「あの部屋、騎士が二人立っているところが見えるか。あそこが客間だ」
「あそこに、アリスが」
「あのお二人は騎士団の中でも古参の実力者だ。それに隊長への忠誠心も高い。俺では説得も難しいだろう。さて、あのお二人をどうするかだが」
「……今更なんですけど」
身を潜めて客間の見張りを観察し始めたリンドウさんに、今更ながら疑問が浮かんだ。こんなに協力してくれて、リンドウさんは平気なんだろうか。最初は中に入るまでだったはずなのに、結局こうしてアリスのいる部屋まで、しかも見張りの対処法まで一緒に考えて、多分この後は手伝いまでしてくれる。どう考えても大問題になるんじゃ。
「こうして僕に、じゃなくて『竜骸』の力になって大丈夫なんですか? その、バレたら大変なことに」
「本当に今更だな。……誤魔化してもしょうがないからはっきり言うが、まったく大丈夫じゃない。バレたらよくて謹慎、おそらくクビ、最悪牢獄行きだろうな」
「えっ」
「命令違反どころか、ある意味敵への協力とも言える。当然のことだ」
何を当たり前のことを。そんな顔で答えるリンドウさんに、こっちは咄嗟に反応出来ない。ただただどうしてという言葉だけが頭に流れ続ける。それは顔にも漏れ出ていたようで、リンドウさんは静かに理由を語り始める。
「君も聞いているかもしれないが、俺は『竜骸』殿に命を助けられたことがある。その恩返しだ」
「でもそれってあの女の子の、リンドウさんの命じゃないです」
「いいやイリアス、むしろ、だからこそだ」
「?」
「騎士にとって守るべき人々の命は、自分のそれよりも遥かに重い」
「……」
「受けた恩は必ずそれ以上で返せ。亡くなった祖母が最期に残した言葉でな。だから困ったことに、この案内だけじゃまだ返しきれないんだ」
うるせー知らねーの精神は大切なこと。だけどそれは、何もかもを考えない理由にはならない。超えちゃいけない一線はいつでもある。穏やかな苦笑いを浮かべるリンドウさんのおかげで、開放感に浮かれていた頭がようやく冷えた。おかげで何もかも、リンドウさんも無事に済む部屋への突入方法も思いついた。
「ありがとうリンドウさん。それと、ごめんなさい」
「気にしなくていい。俺は俺の信念に」
「ていっ」
リンドウさんは僕の想像を超えるほど強く、立派な騎士だった。敬意を持って顎を打ち抜く。骨が粉々に砕ける音がした。ぐらりと傾いた体を受け止めて、顎を治してから客間の前に転がす。ごろんごろんと気絶したリンドウさんが、見張り二人の前を勢いよく通過していった。
「なっどうし」
「気をつけ」
身構えかけた見張りの二人も同じ。転がって来たリンドウさんに気を取られた瞬間で意識を刈り取った。これでもう護衛はいない。リンドウさんも侵入者の被害者になった。アリスも倒したところは見てないから普通に話せる。問題全解決だ。達成感に満ちながら失神中の三人を縛り上げ、誰もいない近くの部屋に投げ込んだ。
そんなこんなで客間の前に戻る。周囲に人が来る気配はない。リンドウさんを殴る前から探っていたけれど、どうもこの辺りは巡回が緩いみたいだ。ならしっかり話す時間はあるはず。一度深呼吸してドアを握り、強引に捻って鍵を壊してから部屋に入った。
中は何の変哲もない部屋だった。ベッドがあって、机があって椅子がある。あとは本棚とか小さな祭壇とか。明かりは小さな窓から日光が差し込むだけで、なんだか客間って名前の割にもの寂しい。だけど、どれもどうでもいいことだ。大事なのは、大切なのは一人だけ。
その見慣れたローブの、三日ぶりの懐かしい後ろ姿の子は、聞き慣れない声で侵入者に注意する。
「…………誰も通さないでくださいと、お願いしたはずですが」
「そんなの、聞いてないから知らない!」
僕の毅然としたうるせー知らねー宣言に、アリスの両肩がびくりと震えた。
十五万字は無理でした。二十万字に切り替えます。
次回「実は名前を呼ばれた時点で半分落ちてる」です。