【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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忘れられていそうな聖女の設定。以下エリーの説明。
「『聖女』とは聖王国メイシスが掲げる聖教、『トラゴエディア』の頂点に立つクラスです。その瞳には偽りを暴く神の光が、その手にはあらゆる傷病を癒す神の奇跡が、そしてその言葉には世界を導く神の祝福が宿る。聖教の経典にはそう書かれております」


第二十五話「実は名前を呼ばれた時点で半分くらい落ちてる」

「久しぶり、アリス」

「…………………………既に、全て御存じでしょう。『私』は『聖女』リリアンです」

「知ってる。でもこっちのが、僕にはしっくりくるから」

「……そう、ですか。構いません、どうぞ好きにお呼びください」

 

 僕に許可を与えながら音もなく立ち上がり、緩やかに優雅にアリスは振り向いた。そのままフードの中からじろじろ、僕の全身をくまなく観察する。視線を追おうとしたらすぐに逃げられ、その上断ち切るように質問を投げられた。

 

「それよりも、どうして、どうやってここに。見張りの者はどうしましたか?」

「アリスと話したかったから来た。見張りの人は、えっと、簀巻きにしました」

「簀巻き?」

「うん。こう、バキッとしてから、ぐるぐるーと回して」

「……まあ、いいでしょう。話とはなんでしょうか」

 

 素直に話を聞いてくれるらしい。意外だ。このすんとした話し方からして、ひと悶着ありそうだと踏んでいたのに。疑問が態度に出ていたのか、アリスは僕よりも早く口を開いた。

 

「あの二人を簀巻きに出来る方への抵抗など無意味です。『私』では、声をあげることすら出来ないでしょう」

「アリスにそんなことしないよ?」

「可能性の話をしています。イリ、貴方の人格は関係ありません。『私』の意思を気にする時間があるのなら、早く話を進めてください」

「そっか、じゃあ遠慮なく。まずは怒るね」

「っ」

 

 催促までされたから、まずは一つ目。どうしても最初に言いたかったことを、思い切り叩きつけた。

 

「挨拶も無しにいきなり出ていくの、ちょっとどうかと思う!」

「それは」

「まだ僕が怒ってる途中! 言いたいことは僕の後にして!」

「……」

 

 アリスに口を挟まれるとせっかく頑張って怒っているのに、ついつい萎んでしまいそうになる。だからぴしゃりと相槌を叩き落として、ついでとばかりに腰に手を当て思い切り指をさす。まさに怒ってるって感じの姿勢を保ちながら文句を続ける。

 

「一か月も一緒に生活してたんだよ? 自分のお家に帰るにしても、どこかにお引越しするにしても、お世話になりましたー、ありがとうーとか、そういうのちゃんと言いに来ないの、よくないと思う!」

「ですが」

「まだ僕の話終わってない! 普通お別れするにしても、パーティとかそういうのやるんでしょ!? それにお家の場所も聞いてないから、これじゃ手紙だって送れない!」

「ですが『私』は『聖女』、百七人目のリリアンです。別れの言葉は、あの日ダアト様へ伝言を頼みました」

「『聖女』がどうとかなんて話してない、関係ない! 人としての礼儀の話! というか、『竜骸』が伝言なんてする訳ないでしょ!」

「関係は、あります」

「どういう?」

「……」

「話せないなら、それはそれでいいよ。一言僕が言いたかっただけだから」

 

 説明もごめんなさいも今はいらない。言いたいことをただ受けてもらいたいだけ。一つ目をとりあえず言い切れたことに満足し、そのまま畳みかけるように二つ目も突き付けた。

 

「次、そのローブのこと! しれっと持ってちゃってたよね!?」

「大変申し訳ございません。ゴルゴンのこともあり、あの日は着たまま」

「というか、なんか途中から当然のように着てたけど、それ僕の、先生からの誕生日プレゼントなんだからね!」

「……本当にごめんなさい。それは、それにはまったく、気がついていませんでした」

 

 僅かに揺れる平坦な声で謝りつつ、アリスは丁寧にフードを下ろした。金色の髪がはらりと乱れる。それも気にせず、アリスは震える手でボタンを外そうと四苦八苦していた。

 

「お返し、いたします」

「今はいい。それより、もっと怒ることが出来たから」

「ぇ」

「アリス、ちゃんと寝てる? ご飯も多分食べてないよね」

 

 俯いて顔を合わせてくれないからはっきりとは見えない。それでも分かるくらい、アリスの顔色はよくなかった。まるで石から戻った時のような、ううん、その時よりもずっと酷く青白い。もしかしたら下手な病人の方が、まだ血色がいいかもしれない。

 

「貴方には関係の、心配する必要の無いことです」

「それは僕が決めること。教えてくれたのはアリスでしょ」

「……」

「まだ着てて。このローブ、体力回復の効果あるから」

 

 返答代わりにアリスはボタンから手を離した。このローブを着てるのにあれって、どれだけ体調悪いんだろう。もしかして重い病気だったりするのかな。まだ色々言うことがあったはずなのに、どれも心配に塗り潰されて消えていく。それで言葉を止めた僕を見て、アリスは抑揚なく囁いた。

 

「話は、これで終わりですか?」

「怒るのは終わりでいいや。次は質問」

「……巡回が来る前に、早く終わらせてください」

「じゃあ単刀直入に聞くね。なんで家から急に出て行ったの?」

「『聖女』としての役割を果たすためです」

 

 はっきりと言い切られたものの、全然ぴんと来ない。そもそも『聖女』のことなんて知らないし、リンドウさんの授業も聖教の歴史だけで終わった。それが理由になるかどうかもまったく分からない。またしても当然のように、アリスは僕の疑問を読み取った。

 

「御存じないと思いますが、『聖女』の仕事は多岐に渡ります。聖都を守る古代結界の補修、各種儀式に関する指示や承認。他にも例を挙げれば切りがありません」

「ならそういうの、凄く溜まっちゃってるの?」

「いいえ。今は『聖女候補』の子たちが力を合わせ、手分けして処理してくれているでしょう」

「だったら、そんなに急いで帰る必要ないんじゃ」

「……ではもう一つ、理由があります」

 

 そこで言葉を切って、アリスは二度三度、深く深く深呼吸をする。何故かその様子はいつか見た、自殺代わりに『竜骸』へ挑む探索者の姿を思い浮かばせた。今感じるはずのない不思議な雰囲気に首を捻りつつ、アリスが言うもう一つの理由をじっと待つ。

 

「一刻も早く、『聖女』としての生活を取り戻したかったからです」

「……? でも、アリスは今の暮らしを続けたいって」

「そんなことも言っていましたね。ですが」

 

 またしてもそこで言葉を切る。さっき違うのは、そこに何か小ばかにするような、ふぅというため息がついていたことだった。

 

「飽きました」

「え?」

「言葉通りの意味です。確かに最初は、暮らし始めた当時は何もかもが新鮮で、全てを楽しめていました。けれど、それも一瞬のこと。何も変わらない毎日に、私は飽き飽きし始めていました。何しろ『私』は『聖女』、特別な存在です。このような街で一人の少女として生きるなど、とても相応しいとは言えません」

「ずっとここで暮らしたいって、あれは嘘だったの?」

「そうなりますね。恥ずかしながら、物珍しさに目が眩んでいました。言ってしまえば、ただの気の迷いでした。まさか信じていたのですか?」

 

 僕を嘲るように問いかけてから、アリスは数歩後ろに下がった。そして僕に見せつけるように緩く両手を広げ、質問を重ねてくる。

 

「どうでしょう。今の私が嘘を吐いているように見えますか?」

「……ちょっと待って」

「ええ、いくらでも。好きなだけ観察してください」

 

 その体勢のまま神秘的な微笑みを浮かべ、瞳を閉じながら鷹揚に答えるアリスの姿は、まるで一種の宗教画のよう。いつものように綺麗ではある、けれど。何も言わずにそれを見つめていると、ヒントでも出すかのようにアリスは口を開いた。

 

「私たちは一か月もの間、寝食を共にしました。鈍感な貴方でも、癖の一つや二つくらいとうに知っているはずです」

 

 癖。嘘を吐く時の動作。僕が気づいた訳じゃないけれど、確かに一つ知っている。

 

「っ!?」

「痛かったら言ってね」

「……これでは、顔以外見えませんよ?」

「いいよ。見る必要なんて無い」

 

 でもあんなの、もうどうでもいい。広げていた両手をなるべく柔らかく掴み取り、僕の胸元まで引き寄せる。自然とアリスも近づいて、文字通り目と鼻の先にお互いの顔がある。これではアリスの言う通り顔しか見えない。癖なんて探しようもない。だけどこれでいい。これで十分だ。

 

「さっき言ってた通り、アリスが嘘を吐く時の癖、僕知ってるよ」

「……へぇ、どのようなものでしょう」

「知ってるというより、教えてもらったんだけどね。そういう時、アリスは手首握るんだって」

「初めて知りました。しかしこれでは、その気づきも意味がありませんが」

「無くていいから」

「それは、どういう意味ですか?」

「これ教えてもらった時にね、個である限り想定外は起こり得る、誰でも間違いはするってことも聞いたんだ」

「だからその癖も、勘違いだと?」

「分からない。ううん、分からなくていい。分からなくても、僕はもう答えを決めてる」

 

 先生がアリスの癖を教えてくれたのは、きっと僕を思っての優しさ。でも正直な話、最初からそんなことは聞かなくてよかった。知らなくてよかった。僕が僕の答えを決めるのに、アリスの癖がどうこうなんて何一つ関係ない、必要なかった。

 

「アリスは、嘘を吐いてる」

「……その根拠は?」

「僕がそう思いたいから」

「なにを、言って」

「楽しかったから」

 

 理由なんて、これだけでいい。

 

「アリスが毎日とても楽しいって、ずっと楽しいって言ってたの、僕も同じだったから」

「……そんなこと、私だって知っています。ですが、『私』を信じる理由になんて」

「なる。僕はする。それくらい楽しかった。一緒に暮らすのも、一緒に何かをするのも、一緒にどこかへ遊びに行くのも、全部全部楽しかった。初めて友達が出来て、凄く凄く嬉しかった」

「友、達?」

「家族じゃなくても、一緒にいて楽しい嬉しい人。そういう人を、友達って言うらしいよ」

 

 家族と呼ぶにはまだ遠いけれど、他人なんて言われてしまうと、とてもとても寂しくなってしまう。だから僕とアリスの関係を言葉にするなら、きっとこれが一番正解に近い。そして大切な友達を信じたいと思うのは、信じるのは当たり前のことだ。

 

「この一か月を嘘にしたくない。嘘になって欲しくない。だから、さっきの言葉は嘘だよ」

「駄目です。それは、いけません。全て、全て貴方の感情でしかありません。感情だけで判断して騙される方を、破滅する方を、『私』は幾人も見てきました。人は、人を騙す生き物です」

「かもしれないね。でも、今日は大丈夫」

「どうして」

「だってアリス相手だから。アリスのこと、僕は信じてるから」

 

 その言葉に反応したのか、反射的にアリスが僕の方を向いた。

 

「やっと目が合った」

「ぁ」

「やっぱり、ちゃんと見えた方が安心するね」

 

 クマが出来ていても、ちょっと頬がやつれていても、瞳の色は変わっていない。今日もアリスの目は青空みたいに澄み切った色のまま。雲一つない晴れ渡る空のように、それ以上に美しいままだった。これを見られただけで、今日会えてよかったな、という満足感と安心感が湧いて来る。

 

 真面目な話の途中なのに、ついつい頬が緩んでしまった。そんな僕とは対照的に、アリスはどこまでも真剣な瞳で、縋るような必死な視線で、僕の目をじっと見つめている。

 

「……もう一度」

「?」

「もう一度だけ、このまま、私を信じると言ってくれますか?」

「何回だって言うよ。僕はアリスのことを信じる」

 

 アリスが望むなら何回だって、何十回だって。そんな気概の元で言葉にした途端、アリスの目が潤んでいく。えっ、まさか、これは、この街に来てから何度も見た、させてきた光景。なんで、どうして。困惑と混乱が生じる中、やがてアリスの目元からそれが、涙がはらはらと零れ始めた。

 

「あっ、ご、ごめん、痛かった? 強く握り過ぎてた?」

「いいえ、いいえ、違いますっ。私がもう、耐え切れなかっただけです……っ」

「た、耐え? えっ何が?」

「イリアスくんは、イリアスくんなんだとっ、私を、『私』のことを知っても、イリアスくんにとっては何も変わらないのだと、本当に思っているのが分かって……!」

「それ前も言ったよ。何があっても僕は僕だし、アリスはずっとアリスのままでしょ?」

 

 初めて一緒に配達した時にも言ったこと、当然のことを当然のように伝えただけ。それなのに、アリスの涙は止まるどころか増えていく。どうしよう、今まで泣いてる人は放置か追撃してきた。だから泣き止ませる方法なんて、まして女の子相手にどうすればいいかなんて全然知らない。とりあえず涙は拭ってあげた方がいいのかな。

 

 慌ててハンカチか何かを取り出そうと手を離した瞬間、それを拒むように今度はアリスが手を伸ばす。そしてバランスを崩して、僕の方に倒れ込んで来た。ハンカチ片手に抱き止めると、そのまま両腕を背中に回された。右肩が温かく濡れていく。

 

「あ、アリス、大丈夫?」

「……ぁ……っ、ご、めんな、さい、少し、もう少し、だけ」

「……うん、好きなだけどうぞ」

 

 アリスの細腕に力が入る。それでなんとなく思い出した。ずっと昔小さい頃、何かで僕が泣いた時、先生は僕を抱き締めてくれた。その時は確か、こう。おぼろげな記憶を頼りに手を動かす。片手を背中に、もう片方は頭に。どっちも優しく優しく。労わるように摩る。

 

「えっと、大丈夫、大丈夫だから。僕はここにいるから、ね?」

 

 慰めるためにやっているはずなのに、アリスの震えは、涙は止まる気配はこれでも無い。やっちゃ駄目なことだったかな、と手を止めると、催促するみたいに嫌々と首を横に振られる。だから僕はアリスが泣き止むまで、頭と背中を恐々と撫で続けた。




次回「秘密の交換」です。
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