イルくんはアリスさんとお話出来るでしょうか。私の渾身のアドバイス、うるせー知らねーが少しでも役に立てばいいけれど。エリーは目の前の現実から目を逸らすため、ぼんやりと日々の癒しに意識を飛ばした。その状態でも完璧に口が動いてしまうのは、彼女がこの約半年で受け続けて来た被害、または築き上げてしまった経験の賜物だった。
「それではここまでに決まりました決闘の諸条件につきまして、確認のため復唱いたします」
ここは迷宮協会の片隅にある部屋、今ではほぼ物置と化している決闘準備室と呼ばれる場所だ。その中で淡々とした彼女の言葉を聞くのは『竜骸』とアリス、ライラックの三名。先ほどまで聖王騎士団本部にいたはずの、加えて敵対している彼らが揃って移動した理由。それは『竜骸』が提案した決闘のためだ。ちなみに騎士達も病院に移動している。
決闘を巡り過去に起きた多くの事件から、決闘の可否判断や各種条件の設定は迷宮協会職員が行うよう決闘法にて定められている。そして『竜骸』が絡んでいる以上、エリーに白羽の矢が立つのは最早必然だった。頼りになるお姉さんをやれた、とホクホク顔で実家から戻って来た彼女が一瞬で仏頂面になったのも、また必然だった。
「聖王国メイシスは『竜骸』様の挑戦に対し、選抜した騎士千人隊で決闘を受ける。日時は一週間後の夜明けから二時間。場所は迷宮一層全域。利用料に関しては敗者が全額負担する。ここまではよろしいでしょうか」
無言で頷く三者の醸し出す重い雰囲気にプレッシャーを感じつつ、彼女はそのまま確認を続ける。
「続いて勝敗条件ですが、決闘開催時間終了時点で戦闘可能人数が多い方の勝利とする。端的に言えば決闘開始から二時間後、聖王国が全滅していれば『竜骸』様の勝利、生き残りがいれば聖王国の勝利となります。そして、今回の決闘に賭けるものは」
そこで一度口を止め、エリーは『竜骸』の傍に佇むローブの少女、アリスに目を向ける。様々な疑問を呑み込みながら、エリーはおずおずと『竜骸』とライラックに問いかけた。
「……こちらの少女で、お間違いないのでしょうか?」
「ああ」
「申し訳ございません。我々の無力で、このようなことに……!」
アリスへ向けて片膝を着き、低く低く頭を下げるライラックの姿に、エリーは内心思い切りため息を吐いた。この感じ『竜骸』様、確実にまたヤバいことしてる。隊長さんが跪くって、絶対この子面倒な立場の人、権力の気配がする。というか『聖女』様が見つかった直後にこれって、いやまさか、でも『竜骸』様のやることだから。
知らなくていいこともある、むしろ知らない方がいいこともある。分別を覚えた、大人になったことを実感しながら、エリーは脳裏を過ぎる予感や思考をそのまま片隅に埋めた。それに、どうせ私が知っても知らなくても、最終的に『竜骸』様が粉々にするだけだろう。身についたのは分別というよりも諦めだった。
そんな心情を露も零さず、彼女は常と同じ面持ちで決闘の手続きを進める。
「決闘の条件確認が終わりましたので、これより契約に移ります。お二人ともこちらの天秤の皿へに手を乗せてください」
そう言ってエリーが指し示すのは、目の前の机に鎮座する黄金の天秤。アストラエアの天秤と呼ばれる決闘用の魔道具である。ライラックが先に乗せても、『竜骸』が反対側に手を伸ばしても、その秤は揺らがない。この天秤が傾くのは、決闘の勝者が決まったその時だけだ。
「こちらの円の中心に手を置いていただけますか?」
「……」
「ありがとうございます。契約の間、少し手の甲が熱くなるそうです。申し訳ございませんが、それでも手を離さないようお願いします」
返事の代わりに深く頷き、アリスは天秤横にある魔法陣に手を重ねる。ローブから伸びた白く小さな手に思わず瞬きを繰り返し、それでもエリーは誰にも気づかれない内に抑え込んだ。そしてしまい込んだ動揺の代わりとして、契約の口上を読み上げだす。
「迷宮協会の名において、ここに探索者ダアトと聖王国メイシスの決闘契約を結びます。両者はこの契約に基づき、正々堂々と決闘に臨むことを誓いますか?」
「誓おう」
「誓います」
誓約と同時に天秤が光り出す。その輝きはすぐに収束し、天秤を通じて秤と魔法陣目掛けて走り出す。辿り着いた光はそれぞれの手の甲に宿ると印を、契約の証を刻んていく。やがて光が治まった時、そこには剣とそれを囲う幾何学的模様が残されていた。
「こちらが決闘契約紋です。契約の証として代表者の手の甲に付与されます」
「見る限り、籠手に浮かんでいるようですが」
「特殊な印のため、手袋や籠手を着けた状態でも分かるようになっております。お確かめください」
「……なるほど、これは失礼いたしました」
素肌にも印が刻まれているのを確認したライラックは、恭しくエリーに一礼する。アリスはそれに冷めきった視線を送った後、一転して手に付いた契約紋をしげしげと、興味深げに眺めていた。そして『竜骸』も隠れてこっそり同じことをしていた。
「無事決闘の契約は結ばれました。では最後に、決闘までの間どちらがこの子を…………」
エリーは言葉を選ぶために呼吸一回分言い淀み、すぐさま説明を続けた。
「保護、そう、保護するか決めます。通常物であれば持ち主の管理下に置かれますが、人の場合は賭けられた方の意思が尊重されます。無論物同様、その間に逃亡や損壊を試みますと重大な罰が発生しますのでお気を付けください」
「罰とは」
「契約を破った者へ天より裁きの雷が落ちます」
「それだけか」
「え」
「強制敗北のようなペナルティは無いのか」
「…………記録上、それは確認されておりません。多人数間の決闘では破った者にのみ降り注ぎ、その方は入院されたそうです。その後決闘は通常通り進行しました」
「分かった」
きっとろくでもないことが分かったんだろうな。エリーはもう一度思考を投げ捨てた。想像しても仕方ないし、どれだけ気にしてもどうせ斜め上に行く。やはりどう考えてもそれは諦めだった。
天井を見上げかけた視線を戻し、彼女は現実を直視する。今目の前に広がるそれはとても珍しいことに、彼女に優しい光景だった。
「迷宮協会が保護するという選択肢もありましたが、どうやら必要無いようですね」
どこか安堵した口調を零すエリーの視線の先には、『竜骸』に向けて歩み寄るアリスの姿があった。その足取りは非常に軽く、かつ自然。それは幾度となく繰り返してきた、両者に強固な信頼関係がある証拠と言える。個人的な懸念が消え、エリーは人知れず胸を撫で下ろした。
一方、信じられぬものを目の当たりにしたライラックは凍り付く。彼からすればアリスは、『聖女』リリアンは擬人化した聖教の理念そのもの。自身同様、当然『聖女』様も聖教のため、信徒のためなら喜んで身を捧げると考えていた彼にとって、彼女の反応はあまりにも予想外だった。
「覚悟をしろ『竜骸』。『聖女』様をかどわかす大罪、聖王国メイシスの総力により必ず償ってもらう」
そしてその動揺は全て『竜骸』への怒りに転換される。けれどもそれをぶつけられた『竜骸』の反応は、いっそ気の毒になるほど冷淡だった。
「そうか。それは朗報だ」
「……何?」
「言ったはずだ。何度も草を刈るのは面倒だと」
またしても放たれた草の一言に、ライラックの眉が一度跳ねる。そして『竜骸』が続けた言葉は、彼を激高させるのには十分すぎた。
「聖王国の全てを以って戦え。一度で済むなら楽でいい」
「貴様……ッ!!」
絵面だけ見れば、大の男たちが小さい女の子を奪い合う地獄絵図みたいだな。殺意と敵意に満ちたライラックを眺めながら、そんなどうでもいいことをエリーは思った。彼女が真の地獄絵図を見るのは、これから一週間後のことだというのに。
アリスを連れ帰ってから、皆と一緒にあれこれ考えたり対策したり、のんびり過ごしたり雷を弾いたり。それだけ色んな事をしていれば、一週間なんてあっという間に過ぎる。気がつけばいつの間にか決闘の日になっていた。
「とうとう、この日が来ました」
迷宮協会に向かう道中、アリスが緊張を滲ませながら呟く。
「打てるだけの手は打ったつもりです。それでも、やはり不安は残ってしまいますね」
「必要ない」
「……ふふふ。それは、俺に安心して任せろー、という意味ですか?」
「似たようなものだ」
「そうでしたね。私はもう、全てを貴方に託しています」
フードの下で柔らかく微笑み、アリスは僕にもたれかかろうとする。お家の中ならいいんだけど、今はちょっとよくない。軽く押し返すと、不思議そうにアリスが僕を見上げる。気づいていないようだから、こっそり理由を囁いた。
「やめておけ。監視がいる」
「……聖王騎士団の手の者でしょうか?」
「可能性はある。だが、見ているだけのつもりらしい」
「では恐らく、私たちにプレッシャーを与えるためだと思います」
「無駄な努力だ」
遠くから見ているだけで、いったい何を与えられるんだろう。そんな疑問と一緒に別の物も生じる。それはついさっき駄目だよって言ったのに、もう一度くっついてこようとするアリスへ向けてのものだった。
「何をしている」
「逆にこちらから挑発すれば、何か動きが分かるかもしれないと思いまして」
「……『竜骸』のイメージが崩れる。離れろ」
「残念です……」
アリスは心底に無念そうに肩を落とし、次の瞬間には首を捻っていた。
「イメージが崩れるということは、やっぱりその口調は」
「作っている」
『竜骸』を恐怖の象徴にしたい。でも僕の話し方じゃその望みはきっと無理。だから先生とオウルの口調を混ぜた後、あえて本能に引っ張られることで威厳溢れていそうな感じを目指している。そんなことを周りに聞こえないよう説明した結果、何故かアリスの目が輝きだした。
「理由を聞いてしまうと、その話し方もなんだか可愛く聞こえてきました」
「それは困る」
「しかも不思議と、今の恰好でも可愛く見えてきました」
「凄く困る」
「……ちょっとだけ、ほんの少しだけでも駄目ですか?」
「だめ」
迷宮協会で僕に『鍵』を渡すため待っていたエリーさんと合流し、一緒に一層まで転移する。事前に指定された場所、一層の草原地帯まで到着した時にはもう、聖王騎士団は準備万端で待っていた。見渡す限りの白銀がそこには広がっていた。
「待ちかねたぞ、『竜骸』」
そう語る隊長の人に従う騎士団は、この間本部にいた人達とは打って変わって静かなものだ。あの日のようなざわざわ感はまったくない。代わりに抑え付けられた、煮えたぎるような戦意が伝わってくる。ちゃんとお願い通り聖王国の精鋭、総力を率いてやって来たみたいだ。
手間が省けそうでほっとしている間に、エリーさんはアリスを連れて僕から離れていた。僕と聖王騎士団の両方を見渡す位置まで移動し、拡声器のようなものを取り出す。そしてそれを使い、多くの人に伝わるよう声を張り上げた。
「見届け人を務めます、迷宮協会所属のエリーと申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします。そしてこちらが……えー、お二方が、『竜骸』様と聖王国が望まれている少女です」
「……」
紹介されたアリスが静かに頭を下げる。それを見た騎士団に今度はざわめきが走った。
「あの方は」
「間違いない。ライラック殿のおっしゃっていた通りだ」
「必ず、我らの手で」
けれどもやっぱりそれも落ち着きのあるもので、大騒ぎはせず静かにひたすら気持ちを高めていく。まさにベテラン、熟練の騎士って雰囲気。きっと個人として接すれば、とても尊敬出来る人も多いんだろう。こういう機会に会ってしまって、ボコボコにすることになってちょっと残念。
「それではまず、決闘紋の確認をいたします。お三方は印の刻まれた手を掲げてください」
言われた通りに手を掲げた瞬間、それぞれの印が輝き、上空目掛けて光の線を放った。その光はやがて収束し、一つの形となってエリーさんの下へ舞い降りる。黄金の天秤、決闘を見届けるアストラエアの天秤だ。あれこうやって来るんだ。
天秤を掴み取ったエリーさんは何かを窺うよう、天秤を上下左右に回転させて全体を眺める。やがて見なきゃいけないものは見られたのか、納得したように頷き、咳払いをしてから僕達を見回した
「確認が終わりました。間もなく決闘の時刻となります。その前に、何か質問事項等ございますか?」
「ありません」
「……三つある」
三本立てた指を見て、エリーさんは一度目を深く閉じてから僕の方を向いた。
「なんでしょうか?」
「一つ、一層に関係者以外は入っていないか」
「確認済みです。昨夜より一層は立入禁止となっております」
「二つ、一層の採取物は可能な限り確保したか」
「指示通り、次回迷宮再編日まで持つ量は採取出来ました」
「三つ、見届け人達はどこで待つ」
「この場で決闘を見届けます」
それだと確実に死んでしまうのだけれど。同じような疑問を抱いたのか、隊長の人も訝し気に眉を顰めた。敏感にそれを察知したのか、それとも予想していたのか。エリーさんはどこからか本を取り出し、両手で持って顔の横に掲げながら無言の問いに答えた。
「私のクラスは『司書』です。『司書』はスキルの書かれた本、いわゆる魔導書を最も効率よく扱うことが出来ます」
「防御の魔導書を用意したということか」
「はい。こちらの魔導書、『セイントフィールド』を今日は使用します」
そう言うや否や、エリーさんは手に持っていた緋色に金の刺繍がされた本、魔導書を起動させた。ぼそりと呟かれた言葉に反応し、魔導書は独りでに浮かび上がり、開き、輝きだす。その光が治まった後には、アリスとエリーさんを囲う半透明の壁が作りあげられていた。
「この防壁はどれほどの効果がある」
「もとより移動や攻撃を放棄した防御専用スキルです。古代結界と同等だとは聞いております」
古代結界、確か今も国の首都を守る大規模な防壁のことだ。あれと同じくらいなら直撃さえさせなければ大丈夫だろう。実際試しに触ってみた感じ、そう言うだけの硬さはある。最後の心配が晴れて、僕は納得とともに引き下がった。
「分かった。質問は終わりだ」
そうして僕の質問が終わってすぐ、鈴のような音が響いた。なんだろうと思って見れば、エリーさんが丸い何かを、多分時計を取り出すところだった。その針を確かめ、エリーさんは顔を上げた。
「ちょうどお時間となりました。これより探索者『竜骸』ダアトと聖王国メイシスの決闘を始めます。決闘の時間はもう一度こちらの時計が鳴ってから二時間。準備はよろしいでしょうか?」
「はい」
「ああ」
「では、針を動かします」
エリーさんが時計を操作し、短い沈黙が流れる。すぐに一分経ち、もう一度音が鳴る、決闘の時間となってもそれは変わらない。決闘が始まってなお、聖王騎士団は一歩も動かず、じっと僕を睨んで構えるだけだった。予想されていたことだったけれど、それでも内心ため息を吐いてしまう。
「やはり、時間稼ぎか」
アリスとオウル、二人揃って言っていた。勝敗条件からして、聖王国は時間切れを狙う可能性が高い。『竜骸』相手に一度壊滅させられているのに、正面から総力をぶつけてくるはずがない。残念ながらその通りだったようだ。事実、目の前で隊列を組む騎士は八百人前後。残り二百人はかくれんぼでもしているんだろう。それを一人一人見つけるのは時間がかかってしまう。
「『火とは、世界である』」
だから文字通り、燻り出すことにした。
「『其は天を照らす原初の輝き、生命を育む導きの光。其は地を満たす終焉の泥、世界が至る終極の闇』」
魔力を隆起させ詠唱を始めても、聖王騎士団は一歩も動かない。突然『竜骸』が口を回したことに驚き、ただただ警戒を強め武器を、盾を構えるのみ。何の意味も持たないそれであっても確認は怠らない。今制御を失敗すれば、確実に騎士団は全員死ぬ。
「『其は生命の始まりにして終わり、世界の終わりにして始まり。即ち火は命、命は世界、世界は火』」
これはかつて神を滅ぼすために作られた魔法。世界の魂である神を殺すため、古の魔王が編み出した憎しみの焔。普く全てを犯し、冒涜する魔法の権化。
「『故に世界は燃え尽きる』」
「……!? 全員、防御態勢を」
もちろんそこまでするつもりは無い。ただ少し、見晴らしをよくするだけ。制御しきれず漏れ出した魔法が周囲の木を、風を、大地を火に換えていく。人は火になっていないこと、アリスとエリーさんを守る結界が機能していることを見届けてから、最後の一説を口にする。
「
瞬間、世界に紅い波動が走る。
「なんだ、これ、は」
空に浮かぶ白い雲が、疑似太陽に照らされる空が。瑞々しい草原が、青々とした木々の群れが。潤いに満ちた泉が、湖が。逃げ惑う兎、鳥、熊等魔物達が。波動が走った先にある全てが、火に置き換えられていく。これが事象変換魔法、
迷宮内、遠いどこかから誰かの悲鳴が聞こえる。草木に紛れていた人、湖に潜っていた人、土の下に潜んでいた人。今の今まで彼らの身を隠していたものは、これから全て身を焦がす炎となっていく。
加減が上手くいったおかげか、人が火に変換される気配は見えない。けれども、人の身では二時間火に耐えることは不可能だ。いずれ火の無い場所、効果範囲外に設定したこの一帯まで必ず駆け込んでくる。探すより見つけてもらう方が楽だ。
潜伏していた気配が次々と乱れるのを確認していると、名も知れない騎士の、驚愕と恐怖の声が届いた。
「馬鹿な、迷宮全域への攻撃だと……!?」
それこそ、何を馬鹿なことを。僕を、『竜骸』を相手にする以上、これくらいは予想しておくべきだった。聖王国の甘い想定に、今度は口からため息が漏れる。金属が擦れる音を耳にしながら、目の前の騎士団に言葉をぶつけた。
「伏兵は後で片づける。まずはこの場にいる者からだ」
一歩踏み込むと、騎士団も同じく一歩下がった。二歩三歩四歩。同じだけ騎士団が下がる。誰一人転びも遅れもしていない。前に一度見た行進のよう。あれはよく訓練していないと出来ないと聞く。精鋭の証をまた一つ見つけた。ただ、体は対応できても、心の方は別だったらしい。
「あ、あぁ、あああああああああ!!」
「待て、隊列を崩すな!!」
若い騎士のお兄さん、エリーさんより少し年上くらいの人が、剣を乱暴に振り回しながら飛び出して来た。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、ちゃんと前が見えているかも分からない。それでもその太刀筋は見事なもの。積み重ねた修行が無意識に反映されていた。
けれどそれは当たる理由にはならない。軽く避けてから防御の姿勢待ち、盾ごと騎士を蹴り砕く。
「ぎぁっ」
吹き飛ばされた騎士は、その先にいた者達を幾人もなぎ倒してからようやく止まる。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「待て、動かすな。この吐血量、恐らく内臓もやられている。早く治療班を呼ぶんだ」
感触からして腕と肩が粉砕、肋骨は数本折れ、恐らく内臓もいくつか破裂しているはず。治療をすれば助かりはするものの、控えめに見ても致命傷だ。これではやはり、今日も忠告が、対策が必要なようだ。紅に染まる世界の中、騎士団へ向けて呟く。
「……決闘法において、故意の殺人には罰則が課される」
拡声の魔法を使用したおかげか、この大きさでも全員に届いたらしい。ざわめいていた人々が一斉に口を、動きを止める。聞いてもらえるのは助かるけれど、きちんと治療をしなければ、僕が蹴ったあの人は直に死ぬ。手早く済ませよう。
「だが得てして、事故とは否応なく起きるものだ」
死ぬ。そう、僕が少し蹴り飛ばして放置する。たったそれだけであの騎士は、人は簡単に死んでしまう。改めて覚えた実感に、常日頃から抱えている恐怖がまた首をもたげた。僕が人と関わるのを恐れる理由。人の複雑怪奇さに並ぶ、もう一つの訳。
「故に今一度、聖王国メイシスに告げる」
あぁ、本当に。
「抗え、持ち得る全てを以って」
恐ろしいほど、人は脆い。
次回「決闘 中」です。