【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第二十九話「決闘 中」

 無限の平行世界に存在する数多の宗教同様、聖教『トラゴエディア』にもいわゆる死後の世界、天国と地獄の概念はある。その内容もオーソドックスなものだ。良き行いを、徳を積んだ者は天国へと導かれ、悪行を重ねた者は来世まで地獄で罰を受ける。その描写も典型的で、地割れ火を吹くような光景が宗教画でもよく描かれている。

 

 現在夢幻迷宮一層に広がるものは、有体に言えば地獄のそれだった。

 

「はあああああああっ!!」

 

 そんな絶望的状況でも勇猛な叫びをあげて『竜骸』へ突撃するのは女騎士、人呼んで『疾風』のカトレア。昨年聖王国で開催された剣術大会の優勝者であり、二つの名が示す通り風のように疾い剣を振るう。見目の麗しさも相まって、その戦う姿は優美かつ可憐。彼女に憧れて騎士団の門戸を叩く少女も数多いほどだ。

 

「がっ」

 

 だがどれも『竜骸』には関係ないことだった。すれ違いざまに叩き込まれた拳は、容赦なく彼女の顔面に直撃する。無残に人体が破壊される音を放ち、彼女は何度も跳ねながら地面を転がって行った。

 

「か、カトレ、きっ、貴様ァァァッ!?」

 

 それを目の当たりにし、叫び激高する男は『巨塔』トリテレイア。身の丈を超えるほど巨大なタワーシールドを軽々と扱う、力と防御に長けた優秀な騎士だ。ちなみに彼がカトレアに特別な好意を抱いているのは、聖王騎士団内では公然の秘密である。

 

「あ」

 

 けれどたかが怒りで勝てるのであれば、既に『竜骸』はこの世にいない。彼は誇りと盾を易々と引き裂かれ、カトレア同様彼方へ殴り飛ばされた。砕かれた鎧がキラキラと、他の騎士の物と混ざって迷宮内に輝く。

 

 さて、『竜骸』の拳は人智を超えるほどに速く、重く、鋭い。馬上槍の一撃ですら傷つかないとされる聖王騎士団の鎧を、まるで飴細工のように容易く粉砕する。それを人体に受ければどうなるか。容易に想像はつく。貫通か、破裂か、切断か。共通するのは、間違いなく即死するということ。

 

「が、がぁ、あぁ、あ」

「おああ、あ、おおっ」

 

 しかし、現実にはどれも違う。たった今打ち抜かれた二人のように元気よく痙攣し、死ぬどころか傷一つない。むしろ決闘前にしていた怪我まで治っている。この奇妙な現象は『竜骸』ことイリアスが生み出したオリジナル不殺殺法『絶死拳』、その元となる『絶対死なせない魔法(デス リジェクト)』によるものだ。

 

 大仰な命名とは裏腹に、中身は非常に単純なもの。攻撃が当たる瞬間、対象へ身体強化と回復の強力な魔法を使用する、これだけだ。この効力により無力な人間でも『竜骸』の一撃に耐えられ、万が一負傷をしても一瞬で治療出来る。生存という一点だけを見れば、それは非常に有効的だった。

 

 ただし、人体の限界に挑む強化魔法は対象者の身を蝕み、一瞬にして全身の筋肉を断裂、疲労骨折させる。確かにそれ自体は、過剰かつ雑極まりない回復魔法によって一瞬で治療されるものの、当然のごとく代償も発生する。筆舌しがたいほどの苦痛だ。大雑把な強化魔法により数倍になった痛覚を、適当な回復魔法は余計過敏にさせてしまう。

 

 通常こうした事態を避けるため、回復魔法やスキルには相応の麻酔効果が付属している。この麻酔は薬効のものと同様、症状により適切な加減が求められるが、もちろん戦闘中のイリアスにそんな器用な真似が出来るはずもない。また、迂闊に過剰な麻酔を使用すれば、それ自体で死にかねない。本人もその事実に悩み、一晩対策を考えた。

 

「うーん、麻酔の調整って難しいなぁ。……しょうがない。痛くても、絶対生き残る方がいいよね!」

 

 結果、いっそ麻酔は完全に無しにしよう、という結論に至る。悪夢のような魔法が誕生した瞬間だった。全身を砕かれる痛みを数倍数十倍にされ、その上ショック死を防ぐため残留する回復魔法によって失神すら許されない。まさに地獄めいた体験であり、現在では『竜骸』への恐怖の源泉の一つになっていた。

 

 なお余談だが、彼の師はこの魔法を『絶対死なせない魔法(デス リジェクト)』ではなく、『絶対死にたくなる魔法(デス リクエスト)』と呼んでいる。

 

 

 

 そんな拷問魔法を携えた『竜骸』の絶え間ない攻撃により陣形は崩れ、名のある騎士は次々と倒れ、残る騎士達の心は折れていく。そして時間の経過と共に、『竜骸』が騎士をなぎ倒す速度は上昇していった。最終的には一秒につき一人。逃げ込む伏兵を含め、ほぼ全員がわずか二十分で地に伏せ意識、あるいは戦意を消失させることになった。

 

「そろそろ終わったか」

 

 ただ一人、今もなお立ち続けるライラックへ『竜骸』は問いかける。またしても彼だけが生き残ったのは偶然ではない。戦いが始まると同時に後方へ下がり特殊な動きを、儀式のような何かを始めた彼を発見し、故意に放置していたからだ。

 

「……気付いていたのか」

「当然だ」

「ならば何故、私を止めなかった?」

「既に何度も伝えている。全てを以って戦えと。言い訳の種を残すつもりはない」

「フッ、いっそ感心するほど高慢な油断だな。流石は、かの魔帝国における最終兵器だ」

 

 ライラックが零した言葉に、一瞬にして空気が凍った。

 

「……何のことだ」

「そちらこそ、気付かれていないと思っていたのか。貴様の所属、正体など既に割れている」

 

 実際のところはまるで割れていないが、ライラックの確信が揺れ動く気配は無い。反応に困り、沈黙を守る『竜骸』の様子に何かを勘違いしたのか、彼はそのまま自説の論拠を語り始めた。

 

「古来より迷宮の所有権を巡り、数多くの国や組織が水面下で争いを続けている。何故なら、迷宮を制す者は世界を手にするからだ。国とは人の集合。その本質、際限なき欲望と卑しさを鑑みれば当然の戦いだろう」

「……」

「だがそれ故に法の下、同意の下で迷宮を独占することは不可能と言える。唯一残された手段は、武力による実効支配。それを理解しているからこそ数百年もの間、どの国も兵器の開発を進めていた。魔帝国が用意した結論が貴様、『竜骸』だろう」

「何故、魔帝国になる」

「連合は所詮獣交じりの烏合の衆。かの国の成り立ちでは貴様のような物は作れまい。可能性があるとすれば、穢れより生まれ、今も魔に傾倒する帝国のみだ」

 

 ライラックは吐き捨てるようにそう言い捨て、未だに黙りこくる『竜骸』へ視線を移した。

 

「人間を遥かに凌駕する膂力。クラスの垣根を超えた幅広いスキル。欠片も窺えない生活と人間性。どれも貴様が人では、生物ですらないことを示唆している。まさか竜を用いた自立稼働兵器とはな、敵ながら恐れ入る」

 

 その言葉とは裏腹に、彼の振る舞いには恐怖など微塵も宿っていない。それどころかこんな状況化にもかかわらず、どこか高揚した様子すら感じられる。それを証明するかのように、彼は『竜骸』に向けて口角を吊り上げた。

 

「だが、あえて感謝しよう『竜骸』。貴様のおかげで、とうとう私も持ち出すことが出来た」

「何の話だ」

「この迷宮を、我々の手中に収めるための力だ」

 

 そう告げた瞬間、ライラックの足元が幾何学模様に白く輝きだす。それを確認した彼は打って変わって、祈るような、ささやかな口ぶりでスキルを唱えた。

 

「『コール』」

 

 彼が口にした力ある言葉、それはとあるクラスの系統における、最も基本的なスキル。そこそこありふれていて、けれどこの場で聞くはずも無かったその名前に、エリーから思わず疑問がこぼれ出た。

 

「……召喚? しかし、彼は『騎士』のはずでは」

 

 ライラックの足元から生じた光は、火に包まれる中でも一層輝き迷宮を眩しく照らす。そしてその光はライラックの前に並ぶように分裂し、一つ一つが召喚の魔法陣を形成していく。白銀のそれは総勢百。歴史上でも珍しい、個人としては最高クラスの一斉召喚だ。その特異性を理解するアリスとエリーは驚きに目を見張った。

 

 そう、かつて聖王騎士団長が惜しんだ彼の才能は、決して『騎士』としてのものではない。類まれな『人形遣い』としての資質であった。

 

「『サモン』」

 

 呟きと共に魔法陣から現れたのは一様に同じ姿勢を取る、祈りを捧げる女性の石像達。俯いているため顔は窺い知れないが、手指や髪、服も含めた全てが恐ろしいほどきめ細かい。生々しい存在感を放つそれは、大半が十代半ばの少女を元に作られているようだった。

 

「石像。いや、ゴーレムの類だな」

『御使いの献身』(エンジェリックライン)。これが聖王国メイシスに捧げられた、最終兵器の結論だ」

「美しいつくりではあるが、戦い向きではない」

「それは、その身で確かめるがいい」

 

 ライラックの出した号令を合図に、石像達は一斉に立ち上がる。彼が片手を挙げると、石像もそっくり同じ動きを、虚空に手を伸ばす。その先から生じた光が収まった時、石像達は武器を、魔力で形成された白銀の魔槍を構えていた。

 

「神の光を、今ここに!」

 

 そして再びライラックが手をかざすと、石像達は音もなく姿を消す。

 

一瞬で見えなくなった。つまりあのゴーレムには、透明化のような能力があるのかもしれない。少し離れた場所で決闘を見守るアリスとエリーは、そのような予測を立てていた。

 

 しかしそれは的外れの推測。実際はもっと簡潔で単純な理由だ。

 

「……なるほど」

 

 二人が瞬きを終えた時『竜骸』は石像を一体、頭を片手で掴んでいた。その周囲には砕けた手足や頭の一部、石片がいつの間にか転がっている。正確に言えば、現在進行形でそれは生まれ続けていた。一見何もない、見えない空間から石が弾け飛び、遅れて破砕音が響く。

 

 『竜骸』の手足がブレるごとに発生する、その奇妙な現象は十秒ほど続く。一度音が止み静寂が訪れた合間を縫うように、『竜骸』が答えを口にする。

 

「時流操作か」

 

 時の流れに干渉することで、対象の相対速度を変化させる技。これを用いることで石像達は自身の動きを数百倍にまで加速させている。その速度は、音はおろか雷を超え、瞬間的には光にすら届こうとしている。これが二人の目に石像達が映らなくなった理由。つまるところ、文字通り目に止まらぬ速さというものだった。

 

 しかし亜光速、自身を上回る速度を前にしても、『竜骸』は冷や汗一つ流していなかった。確かに騎士を相手にしていた時のように、攻撃全てを躱せてはいない。ただし、直撃もしていない。手慣れた様子で一つ一つの攻撃を弾き受け止め、お返しとばかりにカウンターを決めて次々と石像を破壊していく。

 

 ライラックは知らなくて当然のことではあるが、『竜骸』にとって光速、超光速は慣れ親しんだ速度だ。ものごころついた時より傍にいた、遊びと修行を共にしたものに竜が適応出来ない筈もない。

 

「馬鹿な、この加速に対応するだと!?」

「速度と比べ威力が格段に低い。時流加速特有の現象だ」

「……本当に、どこまでも恐ろしい兵器だな!」

 

 そんな光景を、エリーはじっと眺めていた。燃え尽きることのない火と満身創痍の騎士達という地獄絵図を目の当たりにしながらも、その面持ちは常日頃と変わらない無味無臭のもの。決闘が始まってから彼女はずっと、表面上は何一つ動揺も恐怖もしていなかった。

 

 ライラックが聖王国の最終兵器、国家機密の塊を取り出したことも。『竜骸』がそれを平然と砕き続けていることも。ちょうど今『竜骸』が破壊したゴーレムの欠片、少女像の頭が目の前に転がって来たことも。どれも死んだ目で、よくあるよくある、と受け流し続けていた。悲しい経験の賜物である。

 

 その瞳に光が戻ったのは隣に立っていた少女、アリスがふらりと崩れ落ちかけた瞬間だった。慌ててアリスを抱き止めたエリーは、彼女が大きく震えながら浅い呼吸を繰り返し、ローブから覗く手が痛々しいほど強く握られていることに気がついた。

 

「……申し訳ございません。配慮が足りておりませんでした」

 

 燃え盛る火に囲まれることも、呻き声を上げ続ける死屍累々の騎士たちも、生首じみた石像の欠片も。常識的に考えて、全てが年若い少女には刺激が強すぎる。『竜骸』のもたらす惨状に慣れ過ぎたエリーにはもう無い感性だ。失ったものを思い、彼女は少し落ち込んだ。

 

 それを見事に隠しながら、彼女は優しくアリスの背を摩る。何度も何度もそれを繰り返しつつ、アリスを安心させるために柔らかく、温かい口調で語りかけた。

 

「決闘法により、この場から離れることは出来ません。しかし、こんな光景を見る必要は」

「……だい、じょうぶです。それより、も」

 

 か細い、鈴のような声が返って来たことに、エリーは内心驚いた。なにせ今の今まで一言も口にしなかった少女からの返答だ。そのおかげか、あるいはあまりにも普段と比べ弱弱しいせいか、彼女はその声に聞き覚えを、アリスの面影は感じなかった。

 

「ダアト様に、お伝えしないと」

「どうした」

「!?」

 

 防壁の向こうから無機質な声が届く。ぎょっとしてエリーが振り向いた先には『竜骸』が立っていた。戦いの最中だというのに、何故ここに。彼女が混乱と共に周囲をよくよく見れば、『竜骸』と二人を囲うよう、厚い氷の壁が新たに作られている。そしてそれを壊すため、何かを叩きつけるような音も聞こえる。『竜骸』による石像の隔離だ。

 

「倒れかけたのを見た。何があった」

「……周囲の環境のせいかと」

「あの火は空気を燃やさない。酸欠ではない筈だ」

 

 『紅き空』は事象変換、無機有機問わず対象を火に置き換える魔法だ。この炎は概念的なものであり、術者が干渉しなければ他者を燃やすことは無い、そのため『竜骸』の見解は一応正しい。ただし、それはそれとして見当違いだった。エリーの言いたいことはそういうことでは無い。

 

 もの言いたげな彼女の視線にはまったく気が付かず、『竜骸』はアリスの様子を確認していた。今もエリーの胸によりかかるアリスの呼吸は浅く速い。過呼吸のような症状に『竜骸』が内心眉を顰めていると、彼女は青い顔を上げ、そのまますぐに頭を下げた。

 

「申し訳、ございません。声は出さないと、決めていたのに」

「構わない。まずは落ち着け。深く呼吸をしろ」

「それよりも、伝えなければ、ならないことが」

「……それはなんだ」

「あのゴーレムの、正体です」

 

 そこで言葉を止め、アリスは窺うように『竜骸』を見上げる。彼は一瞬だけ悩み、続きを促した。弱弱しい笑みでそれを受け止めた彼女は、自身の推測をひっそりと囁く。

 

「………………アンです」

「え?」

 

 アリスの小さな呟きに、エリーは反射的に聞き返す。よく聞こえなかった、というのもある。だがそれ以上に、部分的に聞き取れた箇所があまりにも現実離れしており、耳を疑ったということも大きかった。口にしたアリスもそれを理解しているからか、もう一度、今度ははっきりと断言する。

 

「あれは、あのゴーレムは恐らく、歴代の『聖女』リリアンです」




長くなったので分割しました。また、今週は立て込んでいるので次回更新は来週です。
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