【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第三十話「決闘 後」

 百体もの少女像、その全てが『聖女』の成れの果て。アリスの言葉にエリーは言葉を失った。当然の反応だ。石化した人間を、『聖女』の遺体をゴーレムに加工するという非人道的行為。その禁忌を、『聖女』を崇める聖王国メイシスが犯している。どちらも、あまりにも信じがたいことであった。

 

 そして『竜骸』もまた、その言葉を聞いてからエリー同様黙り込んでいた。二人の沈黙を受け取ったアリスは、苦し気に呼吸を繰り返しながらも理由を語り始める。

 

「先ほどこちらに届いた石像の顔、『私』が見間違えるはずもありません。あちらは先代の『聖女』です。また、そちらへ落ちている腕輪、あれは七十二代目が祝賀祭のため自ら作成した物、この世に一つしかない装飾品です。他にも」

「根拠は不要だ」

 

 息も絶え絶えな説明を打ち切られ、揺れる瞳を前に『竜骸』は抑揚なく続けた。

 

「その思考も必要ない。あれは、既に潰えた未来だ」

「……申し訳ございません。皆様がとうに手遅れなのは、私にも」

「正しいが、違う」

 

 顔を上げたアリスの前に、『竜骸』の兜が映り込む。今、彼女に彼の感情が読めるはずも無い。それでも彼女は竜鱗の向こうに、冷たい言葉の裏側に、確かな思いやりを、いつもと同じ温かな気持ちを感じていた。

 

「あの未来はもう、訪れない」

「…………はいっ」

 

 その光景を、エリーは思わずぽかんと眺めていた。あの『竜骸』様が、こんなにも分かりやすく気を遣っている。それは彼女にとって今日一番の衝撃であり、その大きさは決闘中一度も集中を切らさなかった彼女から、意識を一瞬だけ奪うほどだった。

 

「防壁はまだもつか」

「……」

「どうした」

「あっは、はい! 余裕をもって、二時間半に設定しております」

「分かった」

 

 話は終わりだ、とでも言うように『竜骸』は踵を返す。それと同時に氷壁も崩れ落ちて行った。広がった景色には、先ほどと変わらない倒れ伏す無数の騎士。そして傷一つ無い『聖女』像が、ライラックの前に並んでいる。驚き周囲を見回すアリスの傍に、石像の破片はもう存在していなかった。

 

「逆行による再生。『聖女』の力の一端だな」

「何をしに行ったかと思えば、『聖女』様より聞き出していた、という訳か」

 

 得心したように呟いた後、ライラックは頷いた。

 

「そうだ。こちらは歴代『聖女』様の献身により生まれた奇跡の結晶、祝福の化身とお呼びすべき力だ」

「死体に奇跡も祝福もない」

「相も変わらず不敬だな。『聖女』とは、世界のため本心からその身を捧げられる方のみが得られる最も高貴なクラス。お隠れになった後でも、その尊さは何も変わらない」

「身を捧げられる。それだけでか」

「………フッ、それだけ、か。所詮は兵器、人の心など何も分かっていないようだな」

 

 兵器では無いが、あまり人の心が分かっていないのは事実である。反論出来ない、する必要も無いと考え、『竜骸』はそれを聞き流した。

 

「多くの、普通の人間は皆、己の欲を叶えるために生きている。その命を、人生を他者のために擲つことがどれほど困難なことか。現に捜索網を大陸中に広げた今でも、『聖女候補』の皆様はたった十数人しか見つからない。それを思えば、あの方達の気高さには誰であっても首を垂れる、尊敬の念を感じざるを得まい」

「ならば何故、その命を奪う」

「奪ってなどいない。言っただろう、献身だ」

 

 その言葉の意味を『竜骸』は、後ろで聞く二人もまったく理解出来ていない。相槌さえ返せずに、ライラックの説明を全員が待っていた。

 

「迷宮という神の恵みを受けながらも、人は数百年もの間愚かな争いを続け、未だその祝福を分かち合えていない。その過ちを正すのが我ら聖教『トラゴエディア』であり、そのための力を残してくださっているのが『聖女』の皆様だ」

「全員、自ら死を望んでいたとでも言うのか」

「でなければ、数百年もかけてこのような力は実現しないだろう」

 

 『竜骸』は少なくとも一人、そうではない子を知っている。けれどもそれ以外は知る由も無かった。もしかすればライラックの言う通り、歴代の『聖女』は皆、自分の意思でその身を捧げた可能性すらあり得る。残念ながら死人に口が無いのは、どこの世界でも共通のことだ。

 

「…………いずれにせよ、やることは変わらない」

 

 しかし結局のところ、『竜骸』にとってはどうでもいいことだ。過去の誰が望んでいた、いなかったなど関係ない。ただ一人、彼の友人がそれを拒んでいる。戦う理由はそれだけで十分だった。

 

 会話を打ち切った『竜骸』が一歩踏み込むのを見た瞬間、ライラックは反射的にスキル、『同調』を起動させようとする。ゴーレムや使い魔と意識、感覚を共有するこのスキルにより、只人でありながら彼は亜光速での戦闘を実現させていた。ただし、この戦い方には一つ弱点がある。人体の神経だ。

 

 人間の感覚、思考、動作。全ての神経は電子信号によって働いている。これはクラスの恩恵を受けた者も同じであり、また通常の人間と神経の伝達速度は変わらない。いたずらな神経系の強化は廃人を量産する可能性が高いため、クラスシステムには搭載されていないからだ。

 

 つまり、スキルの発動にはおよそ0.1秒の隙がある。使役系はまず術者を狙え。師の教えを素直に受けた『竜骸』の一撃はそれを貫いた。

 

「ぐぁっ!?」

 

 吹き飛ぶライラックには目もくれず、続けて周囲の聖女像を粉々に砕いていく。そのままその石片を周囲の炎へ、『紅き空』の効果範囲へ放り投げる。瞬く間に石は火へと変換されていった。

 

 半分、五十体程度を投げ捨てたところで、呻き声とともにライラックが立ち上がる。木っ端微塵になったはずの鎧が、火を受け白銀の輝きを放っていた。

 

「なるほど、これを受けては確かに部下達も、立ち上がれはしないはずだ」

「逆行に加速。自分も対象に出来るようだな」

「それこそが、私がこのお力の担い手に選ばれた理由だ」

 

 再びライラックを囲う、守るように集まる聖女像の数は百体。火に変換された石像も元に戻っていた。時空操作による逆行は因果の逆転。理屈を考えればかつて石像であった火を、今度は石に再変換出来るのも当然のことだった。

 

 理解はしているものの、実際目にした『竜骸』が呟く。その口ぶりは聞く人が聞けば、若干うんざり、退屈しているように感じただろう。

 

「また時間稼ぎか」

「……それが許される猶予は私には、我々には無い。この力は聖王国の秘匿すべき切り札。表舞台にお出しした以上、それ相応の結果が求められている」

「それはなんだ」

「言わずとも分かるだろう。本懐を果たす必要がある」

 

 即ち、武力による迷宮の実効支配。

 

「仮に時間を稼ぎこの決闘に勝利したとして、その後はどうにもなるまい。我々は決闘の枷から解放された、全力の貴様を打ち倒さなければならない」

「不可能だ」

「……業腹だが、その通りだ。今のままでは、負けずとも倒すことも出来ない。そして敵は貴様だけでない以上、我々の作戦は必ず失敗するだろう」

 

 確定した敗北の未来を語っているとは思えないほど、ライラックの口調は明るい。それどころか、憧れを前にした少年のような興奮が滲み出ている。それは何故か。疑問はすぐさま明らかになった。

 

「創造神デミウルゴス様、その似姿をここに示すこと、どうかお許しください」

 

 懺悔をするように膝を着き、ライラックは天へ向けて唱える。

 

「『合祀合神』」

 

 その言葉が世界に届いた瞬間全ての聖女像が崩れ、例外なく溶け落ちた。灰色の粘液と化したそれは不気味に蠢き、祈りを捧げるライラックの前へ集まり、一つを成していく。そのどこまでも冒涜的な光景を前に、再びアリスの顔が蒼白に染まる。彼女の震える肩を、エリーはローブの上から優しく抱いた。

 

 しかし、より近くでそれを眺める『竜骸』は何の反応も見せない。恐怖や動揺は当然として、妨害すらもしようとしない。聖王国の全戦力を叩き潰す。そう決めている彼は、ただただじっと、石像が集まり泡立ち、巨大な何かに変質していく様子を見つめていた。

 

 やがてその変化も終わる。気味の悪い灰色の物体は、気付けば神秘すら覚えるほど美しい女性の像となっていた。石像百体から創造されたそれは相応の大きさであり、自然と見上げる形になる。地獄絵図の中でも揺るがない姿はまるで神のような力強さを、気高さを感じさせる。

 

 決闘中にもかかわらず沈黙が訪れる。その無音に笑みを浮かべ、ライラックは口を開いた。

 

「創造神のお姿を借りた真なる力、擬神デミウルゴス像。貴様のような者でも、この神々しさには言葉も出まい」

「大層な大道具だ」

「……本当に忌々しい、不信心にもほどがあるな! 必ず神罰をくれてやる!!」

 

 声を荒げながらも、彼は冷たい思考で『竜骸』の振る舞いを観察していた。未だ動く気配はない。まだ様子見をしている、こちらの準備が終わっていないと考えているようだ。『竜骸』の油断を読み取った彼は先手を、王手を打とうとする。

 

「だがまずは、神にこの地獄を鎮めていただこう!」

 

 ライラックの体から、デミウルゴス像より白銀の魔力が生じる。それは先ほどと同じ色、そして比べ物にならないほど強大な輝きだった。

 

『神の調べ』(ゴッドソング)

 

 デミウルゴス像よりオルガンのような声が、白光が放たれる。それは一瞬にして一層全体を通り過ぎ、火の海と化していた迷宮を修復していく。風、草木、湖が元の姿を取り戻す。一見聖女像の再生と同様の事象に思えるが、実態はそれだけでは無い。

 

 これは世界を改変する業、魔法とスキルを拒絶する声。それを証明するかのように、火への変換にとどまらず、『紅き空』そのものが神の光に否定され消えていく。そして迷宮が生み出す魔物は存在すら許されず、ひとかけらも残さず全て消滅していった。

 

 そしてそれは、アリスとエリーを守る防壁も例外ではない。

 

「防壁が……!?」

 

 光を失い落下した魔導書を拾い上げ、エリーは再びスキルを発動させようとする。眼前の決闘に巻き込まれてしまえば必ず命は無い。咄嗟の判断は本来賞賛すべき行動だったが、今回に限っては大きなミスだった。経験したこともない頭痛が彼女を襲う。

 

「っぁ!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

「へ、い、あ、あた、ま、いっ、これ、はっ」

 

 膝を着き両手で頭を抱えるエリーに、今のアリスでは何も出来ない。ただ気遣うように背中を摩るだけだ。そんな彼女を守るため、もう一度魔導書に手を伸ばしたエリーをライラックは鋭く止めた。

 

「魔導書は使わない方がいいでしょう。今の貴方に、「司書」の力は宿っていないのですから」

「それは、どういう」

「クラスとは、神が人に齎した祝福です。であれば神の御前で無効化されること、何一つ不思議ではありません」

 

 理由はともかく現象の解説は正しい。『神の調べ』によって一層内のスキル、クラスはライラックのものを除き全て停止している。自身の力は保ちつつ、相手の異能は全て否定する。クラスとスキルを中心に回るこの世界において、確かにその力は最強であり、もはや反則と言ってもいいだろう。

 

 しかし、本当の意味での反則はここにいる。何も気にせずアリスとエリーの周りに結界を張る『竜骸』を目にし、ライラックはため息を吐いた。

 

「だがどうやら、貴様には効果がないらしい」

「……」

「つまり貴様は元より祝福を受けていない存在。予想通り、人でなしだったか」

 

 その嘲るような言葉に、フードの奥底でアリスが盛大に眉を顰める。しかし実際のところ、今回の推測は当たらずとも遠からずだった。

 

 クラスとは世界の荒廃を止めるため、無力な人々へ力を与えるためにかつて設計されたもの。この場合、人とはこの世界で生まれ育つ人間のことを指す。その血が一滴も流れていない『竜骸』、イリアスは祝福の対象外であり、その恩恵と呪縛は絶対に与えられない。そして本人の自認も半分以上竜である。四捨五入すれば確かに人でなしだった。

 

 そうした事情もあって、当の『竜骸』はライラックの発言など毛ほども気にしていない。

 

「当てが外れたか」

「いいや、想定はしていたとも。その上で断言しよう! この力であれば、貴様を消すことが出来る!」

「ほう」

 

 それどころか自信、デミウルゴス像への信頼に満ち溢れるライラックへ感心すら覚えている。その様子を敏感に察知した彼は、声を張り上げて宣言する。

 

「持ちうる全てを出せ、貴様は確かにそう言った! ならば遠慮なく受け取ってもらおう!」

 

 彼が片手を掲げると、デミウルゴス像が手を組み祈りの姿勢を取る。その途端、白銀の魔力がその前に収束していく。あまりにも分かりやすいチャージ、大きすぎる隙。けれど今回も『竜骸』はそこを突かない。ライラックの読みは正しかった。

 

「これが聖王国メイシスの力! 神の祝福の具現!!」

 

 聖王国の全てを出させ、その上で勝利する。『竜骸』の傲慢な狙いであり、ライラックの数少ない勝機だ。第一手、『神の調べ』では機能停止には及ばなかったものの、その可能性は想定済み。より直接的手段、圧倒的な力による破壊を彼は試みる。

 

 集う魔力は既に人体の、スキルの想定限界を優に超えている。その負荷に脂汗を滴らせながら、ライラックは世界にその名を告げた。

 

『神の祝福』(ゴッドブレス)!」

 

 束ねられた白き魔力、時空を操る『聖女』の力が光線となり放たれる。因果を引き裂くその一撃は、直撃すればたとえ『竜骸』であっても只では済まない。生家を出て初めて見る自身を脅かしかねない力に、彼は内心ときめきを感じ、鎧の下で口角を吊り上げた。

 

 それはそれとして、このまま無為に受ければ騎士団から死人が出る。意識を防御から迎撃に切り替え、練り上げた魔力を前方に集中、三重の魔法陣を形成させていく。『神の息吹』がそれに到達する寸前、彼もまた火炎を解き放った。

 

「『ブレイズバースト』」

 

 純粋な熱量から生まれた光線が『神の息吹』と衝突する。業火は白銀を押し返すが、その勢いは両者の中間地点で止まる。どちらかが力を込め押し込んでも、すぐさま返すように戻され、光線は拮抗し続ける。その余波は周囲を、世界を傷つけ続ける。キリキリという甲高い音を立て空がひび割れる。迷宮の悲鳴が響く。

 

 やがて何かが割れる音と共に、世界が光に包まれた。

 

 

 

 光からお互いを庇うように抱き合っていたアリスとエリーは、人の気配を感じて目を開ける。

 

「なんだこの死体の数! 決闘はもう終わったのか!?」

「死んでねぇ、多分、多分ありゃ生きてる! 『竜骸』のいつものあれだ!」

「何人いんだよって、つーかなんだあの石像!」

 

 やんややんやと騒ぐのは、主に一層で活動する探索者と迷宮協会の職員達。彼らは『竜骸』と聖王国の決闘という一大イベントの噂を耳にして、暇を持て余し野次馬しに来ていた。なんなら酒や食事を売り歩く者すらいる。半分お祭り騒ぎだった。

 

 決闘の最中から突然そんな状況に陥り、二人は混乱に目を回した。

 

「ここは、『門』?」

「いったい何が、どうなって」

 

 一方、決闘中の両者は冷静だった。

 

「迷宮の再編が始まった」

「我々の戦いに耐えらなかった、ということか」

 

 『紅き空』による火への変換。『神の調べ』による逆行修復と魔法、スキルの存在否定。『神の息吹』と『ブレイズバースト』の衝突。度重なる世界改変は迷宮に多大な負荷を掛け、周期外の再編を引き起こさせた。『竜骸』が内心立てたこの推測はおおよそ当たっていた。

 

 もちろんライラックにそのような知識は無い。それでも彼が落ち着いているのはただひたすらに、目の前の決闘に全神経を注いでいるからだ。そのため彼が気にするのは、現象の理由ではなく現在の状況。決闘が今もなお継続されているかどうか、であった。

 

「天秤はどうなっていますか?」

「……変化はありません。場所は変わりましたが、決闘は続いております」

「ありがとうございます。では『竜骸』、続きを」

「その前に、確認することがある」

 

 瞬間的に訪れた沈黙の中、『竜骸』はアリスへ確認の合図、ハンドサインを送る。小さく静かな頷き、彼女の許可を得た彼は、事前に決めていた問いをライラックへ投げかけた。

 

「何故、あの少女をそこまでして求める」

「何を今更。あの方は我が国の最も尊きお方。貴様のような悪魔からお助けするのは」

「おかしな話だ」

 

 不躾に差し込まれたにもかかわらずライラックが覚えたのは、怒りや不快ではなく困惑だった。何故なら『竜骸』の口ぶりに初めて感情を、疑問やおかしみを感じ取ってしまったから。そして続く言葉は、ライラックをますます当惑させていく。

 

「ここに、『聖女』などいない」

 

 『聖女』という名に、『門』に集まる野次馬の間でざわめきが広がる。聖王国は醜聞を嫌い、『聖女』の行方について未だ公表していない。そのため聖王騎士団も今の今までその名は伏せ続けていた。その努力は『竜骸』の無遠慮な一言で半ば台無しになった訳だが、ライラックからそれを気にする余裕は無くなりつつあった。

 

「それは、どういう意味だ」

「言葉通りだ。ここに、この街に『聖女』は存在しない」

「何を言って、貴様がお連れしたあの方は」

「『聖女』ではない」

「馬鹿な、決闘紋は、決闘は確かに成立した。あの方は先日まで本部にいらっしゃった方、あの日、神の奇跡を体現させた方だ! 私が見間違えるはずが、『聖女』様でない筈がない!!」

「ならば、確かめてみればいい」

 

 熱くなるライラックへ冷ややかに返す『竜骸』は、振り返りエリーへ静かな視線を送る。これまでいくつもの無言の催促、無茶ぶりを捌いて来た彼女は一瞬で意図を理解した。ぐるりと決闘の野次馬を見回し、そのわずかな時間で解決の糸口を掴み取る。

 

「協会の『鑑定士』をすぐ呼びに、いえ、見つけました。ここに連れて参ります」

 

 ずんずんと歩み出した彼女が『鑑定士』、彼女の先輩であるローズマリーを連れて戻るまで一分もかからなかった。死体より酷い状態の騎士を目の当たりにし、時に跨ぎ、時に躓いた彼女の顔は、気の毒になるほど真っ青になっている。そんな彼女へエリーは、心から丁寧な一礼をした。

 

「それではマリー先輩、『鑑定』をよろしくお願いします」

「いやあたし今日オフなんだけど!? てか何これ!? なんであたし地獄にいるの!?」

「ちょうどそこにいたので。ここまで来たらやってもやらなくても地獄ですよ」

「引きずり込んだの英雄ちゃんじゃん!! ほんと恨むからね!?」

「頑張ってください」

「ちくしょー! もう絶対忘れ物なんてしないー!! 野次馬もしなーい!!」

 

 半泣きになりながらも、彼女は滑らかにスキルを発動させた。紫の魔法陣がアリスの頭上と足元に出現し、交差するように動き出す。二つの魔法陣がそれぞれ反対側に到達した時、ローズマリーが手に持つ紙へ文章が浮かび始める。『鑑定』のスキル。対象のクラス等を解読する力だ。

 

 怖々とその文面を、目を瞑りながらちらちら眺めていた彼女は、ふと息を漏らした。

 

「……え?」

 

 それから目を見開き、今度は何度も何度も、信じられないものを見るかのように、自身の出した鑑定結果を確認する。明らかに尋常な反応ではない。そして、高貴なものに出くわした時のような、緊張や興奮を感じるものでも無い。焦れたライラックは、言葉短く問いかけた。

 

「結果は、あの方のクラスは?」

「えっと、えーっと、その、隊長さん、落ち着いて、落ち着いて聞いてください」

 

 落ち着いて、落ち着いて。自分にもそう言い聞かせたローズマリーは、質問へ端的に答える。

 

「『聖女』じゃ、ないです」

「は?」

「この子、『奴隷』です」

「………………………………………………………………は?」

 

 ライラックの声が、虚しく『門』に響いた。

 




次回『決闘前にしていたこと』です。また来週かもしれません。
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