分かんねぇことがあんならすぐに聞け。うだうだ悩むのもいいが、どうしようもなくなる前にさっさと相談しろ。
一緒に暮らし始めた最初の頃、オウルが口を酸っぱくして僕に言っていたことだ。
どれだけの力を持とうとも一人では必ず限界があります。何か事を成すのであれば、絶対に信頼出来る仲間を作りなさい。
こっちは先生がよく僕に言い含めていたことだ。あの頃の僕は、いくら先生の言葉でもあんまり納得していなかった記憶がある。
けれどもデルファで、人の住む街で生活するようになって、二人が教えてくれた意味を僕はようやく理解し始めていた。
向き不向き、出来る出来ない、やりたいやりたくない。僕にも分かる、分からないたくさんの事情が積み重なって絡み合って、色んな人の間に様々な問題を生み出している。
そんな複雑なもの、たった一人で解決出来る訳がない。ちゃんと紐解きたいなら誰かと協力して頑張りなさい。二人はそういうことを教えたかったんだと思う。もちろん解決じゃなくて壊すだけなら、僕一人でも簡単に済むけれど。
とにかくそんな学びを得た僕は、問題解決のため今日もまた人に頼ろうとしていた。
「という訳でエリーさん、友達ってどうやれば増やせるんですか?」
オウルとアリスと話し合ってから数日経って、エリーさんとの約束の日。アリスと一緒にエリーさんのお家の喫茶店、『白紙の地図』へ足を運んだ僕は、雑談中思い切って例の件について相談してみた。
もちろん『竜骸』がどうとか、迷宮がどうとかはまったく出していない。あくまでも、オウルが僕とアリスに友達が少ないことを心配している、という体だ。実際ずっと心配はされているから嘘は言っていない。
僕のちぐはぐな説明と、足りない部分を補ってくれるアリスの話。両方をうんうんと耳にしたエリーさんは、納得した様子で深々と何度も頷いていた。
「なるほど、その気持ちはよく分かります」
「分かっちゃうんですか?」
「ええ。幼い頃は私も父から同じような心配をされたものです」
「そっち側の気持ちなんですね……」
アリスの何とも言えない指摘を受けたエリーさんは、自分の話を補足するように続ける。
「もちろん今は違います。お二人やマリー先輩、専門学校の同級生など多くはありませんが、友人には恵まれていますから」
「専門学校?」
「私が通っていたのは、迷宮協会への就職を目指すためのところです。なんと私、特待生でした」
「わぁ、流石エリーさんです!」
「……おおー」
特待生、なんだかよく分からないけれど多分凄いんだろう。アリスがわあわあ言ってるし。全然理解していないのに、釣られて一緒に拍手してしまった。
得意げに胸を張るエリーさんは、気分の良さをうっすらと表情にも出していた。これならいい感じに口を動かしてくれそう。エリーさんならいい助言をくれそう。大きな期待を二つ込めて、僕は続きを催促した。
「それでそれで、どうやって友達になったんですか?」
「……これといったきっかけは無いように思います。やはり、同じ時間を過ごしたことが大きいのではないでしょうか」
私たちが今こうしているように。そう大人っぽく締めたエリーさんは湿らせる程度にコーヒーを口に含んだ。ちなみに、エリーさんは今日もブラックだった。格好いい。
同じ時間、同じ時間。口の中で転がしてみる。ついでにちらりと横を見てみれば、アリスと目が合った。ニコニコが返ってくる。好意とか友情とか、とにかく友好的って感じの気持ちが視線に山ほど乗っていた。
確かに僕がアリスと仲良くなったきっかけも一緒に住むことになったから。言い換えれば同じ時間を過ごすことになったからだ。仮にもっと前にアリスと街ですれ違うとか、どこかでばったり出くわしたとしても、友達になんて絶対なれなかっただろう。
「とはいえ親しくない方と長く触れ合う機会は、意識しなければ早々ありません。自然と訪れるのは職場か、お二人の年代だと学校くらいでしょうね」
「学校かぁ」
言葉で聞いて文字で読んで、遠目に見たことがあるだけの存在だ。要するに全然知らない。僕にとっては色んな意味で、地獄とかその辺と同じ認識になる。
「絶対無理です」
「強い意志を感じます。ボツにしましょう」
お互いに頷き合う僕達へアリスは苦笑いを向けていた。
それからエリーさんも含めてあれこれ話し合って、たくさんアイデア自体は出た。
地域の活動に参加する、鍛冶屋のお客さんと積極的に話してみる、友達に友達を紹介してもらうなどなど。
ただ、どれも友達作りに活かすのは厳しそう。地域の活動は今もオウルに押し付けられて参加しているし、お店のお客さんともなんだかんだ話すことは多い。そして友達の友達、唯一の当てであるエリーさんの友達は出張中で、最近デルファにはいないらしい。
「いざ考えてみると中々厳しいですね。アリスさんはいかがでしょうか?」
「申し訳ありませんが、私もあまり友人には縁が無くて」
「それは失礼しました」
「こうして深い仲に、友達になれたのも、イリアスくんとエリーさんが初めてなんです」
膨らみかけた蕾のような微笑みを向けられて、エリーさんは一瞬体を固め、ぱちくりと瞬きを繰り返した。それからおもむろに右手を挙げ、高らかに指を鳴らす。いつか見たのと同じ指パッチンでマスターさんを呼んでいた。
「………………マスター」
「はいはい、その呼び方はやめてね。注文?」
「この方にケーキを。一番高いのを。さあ早く。なる早で」
「エリーさん!?」
「安心してください。当然マスターのおごりです」
「エリーちゃん?」
いやいいけどさ、とぼやくマスターさん、エリーさんのお父さんは呆れた顔をしながらも小粒なイチゴがたくさん乗った豪華なショートケーキを二つ、僕の分までウィンクと一緒に持って来てくれた。
ちなみにその後プレッシャーを送り続けるエリーさんに負けて、三つ目もすぐに運んでいた。
せっかくもらった厚意を放置して、頭を抱えているのは凄くもったいないし失礼だ。一度話を区切って、皆でケーキを食べることにした。瞳をキラキラさせているアリスに倣って僕もフォークを手に取る。
どこから食べよう。ケーキのイチゴは最後に食べるものです、なんて先生は言ってたけど、こんなにたくさんあるんだから一個くらい最初に食べてもいいよね。
ちょっといけないことをする気持ちになりながら、早速一番手前のものを食べた。あれ、思っていたよりも全然甘くない、むしろ酸味の方が強いかも。
なんとなく拍子抜けしながら、今度はケーキ本体に手を出す。白いふわふわとしたクリームは軽く、口溶け爽やか。同じくふわふわなスポンジも、しっとりかつきめ細やか。とても丁寧な仕事をしている。
ただ、どちらも強烈なほど甘い。クリームとスポンジ、両方の甘さが喧嘩しているようだ。確かにケーキは甘くて美味しいものだけど、それにしてもこれは。
二口目を躊躇しかけたその時、僕の脳裏に電流が走った。これはきっと、おそらく。直感に従って動いたフォークはイチゴ、クリーム、スポンジを同時に貫き、まとめて僕の下へ運んだ。口に溢れるハーモニーに、僕の中の巨匠が腕を組んで何度も頷く。
どうやらこのケーキは、この食べ方が正解らしい。クリームとスポンジの甘さをイチゴの酸味が仲介し、一つ上の領域へと押し上げている。まさにこれが、前どこかで聞いた三位一体の力。
さらにここで一口、ちょっと冷めてしまったコーヒーを飲んでみる。今日はちゃんとミルクと砂糖を入れてもらった。
それでもまだまだ苦かったはずのコーヒーが、今新たな進化を遂げていた。苦いコーヒーとクリームが混ざり合い、柔和でありながら濃厚なコクを生み出す。それだけじゃない。ごくりと喉を動かせばもう口の中にケーキの残照はなく、コーヒーの香りだけが僅かに残っている。
どれだけ美味しいものでも、続けて食べると舌が慣れてしまう。だけどこのコーヒーは美味しくなるついでにケーキを全て洗い流していく。つまり、またケーキを新鮮な感覚で食べられるということ。凄い。三位一体じゃなかった。これは、三どころか四位一体だ!
感動して食べ進める僕の勢いが凄かったのか、アリスは手を止めてまでこっちを見ていた。
「イリアスくん、ケーキお好きなんですか?」
「うん! マスターさん、これ美味しいです!」
「ありがとう。よければ今後ともご贔屓にね」
ニコニコと穏やかに、誇らしげに微笑むマスターさん。エリーさんのお父さんなだけあって、僕でも接しやすいとてもいい人だ。まさに絵に描いたような大人って感じがする。
そしてお店の空気もマスターさんみたいな雰囲気、優しさと落ち着きに満ちている。ケーキは凄く美味しくて、まだ僕には神髄が掴めていないけれど、きっとコーヒーもいいものなんだろう。
人もお店も料理も凄く凄い。だからこその疑問が思わず零れ出てしまった。
「……こんなに美味しいのに、どうしてお客さん少ないんだろ」
「イリアスくん、失礼ですよ」
「あっご、ごめんなさい」
「いいえ、事実ですから。立地が悪いんです、立地が」
確かにこのお店は住宅街のはずれの、しかもやたらぐねぐねと何回も曲がった上で凄く奥まった袋小路のところにある。買い物しに行こうとか遊びに行こうとか、そういうもののついでに寄れる場所じゃない。
だから人気が無いというよりも、まずここに喫茶店があるって知ってる人が少なそう。僕もエリーさんが連れて来てくれなかったら、一生知ることはなかったと思う。
「ここって見つけるのもだし、知ってても来るの大変ですよね」
「一応は対策として、会員証があるのですが」
「えっと、これのことですか?」
今日お店に到着して早々貰ったもの、小さなケーキとコーヒーが描かれている黄色いカードを取り出す。
アリスと一緒に机の上に並べたそれを見て、エリーさんは軽く頷いた。
「こちらの会員証には誘導のスキルが付与されています」
確かによく見れば、エリーさんの言うとおりのものが刻まれている。内容を見た感じだと、あの迷路状の通路へ立った時にこの会員証が正しい道を教えてくれるらしい。だからこれさえ持っていれば、誰でも迷うことなくこのお店に辿り着けるはず。
そんな納得と同時に別の疑問が浮かぶ。でもじゃあ、なんでもう解決方法があるのにお客さん全然来ないんだろう。
その謎は一瞬で明らかになった。
「ただ、根本的な話になりますが、一度来店していただけなければ渡すことも出来ません」
本末転倒だった。
しかも結構作るのにお金がかかるから、宣伝としてあちこち配ることも出来ないらしい。どうしようもなかった。
というかそもそも、どうしてわざわざこんな場所に。僕とアリスがマスターさんに問う前に、茶目っ気たっぷりの答えが飛び出した。
「隠れ家的喫茶店って響き、いいと思わない?」
「え、えっと、はい。なんだか、ロマンがありますよね」
「……うん、ロマン。いいね、いい、素晴らしい言葉だ。流石はイリアス君、あのエリーちゃんと友達やれてる子だ! よく分かってるね!」
「やめてお父さん。あと『あの』って何?」
そんなこんなで話しながら食べていたら、あっという間にケーキは無くなってしまった。もっと食べたいな、なんて気持ちは当然あるけれど、ぐっと我慢する。食べたいだけ食べたら晩御飯食べられなくなっちゃう。
この街に来てまたとても大切なことを学べた。コーヒーはケーキと一緒だと、両方を何倍も美味しくしてくれる。今日はこのことを知れただけでよしとしよう。
勝手に今日のまとめを始めた僕とは違い、エリーさんはもっとちゃんと真剣に考えてくれている。一足早くケーキを食べ終えてからは机の上から目を逸らし、しばらく思考にふけっているようだった。
やがてエリーさんは僕達も食べ切ったのを確認してから、ケーキのお皿を下げるマスターさんの背中に向けて声をかける。マスターさんにも聞いてみるのかな
「ユズリハ様は何かアイデアがございますか?」
違った。目当てはマスターさんじゃなくて、その向こうの席にいる人だったみたい。しかも単なるお客さんではなくて、聞いた感じエリーさんの知り合いだ。
大げさな溜息の後、かちゃりと音が鳴る。そしてすぐに呆れた調子の声が響いた。
「……何故私に聞く」
「ちょうどそこにいらっしゃいましたので、お力になっていただければなと」
「今更だが本当に図太いな、お前は!」
もう一度大きな溜息をして、その人は立ち上がってこっちに歩いてきた。隣のアリスが息を吞む音が聞こえる。まん丸に開いた空色の瞳は、大きな驚きと好奇心で満ちていた。
「エリーさん、そちらの方は」
「ご紹介が遅れました。こちらは」
「待て。自己紹介くらい自分で出来る」
紹介しようとしたエリーさんを手で制し、お姉さんは調子を整えるよう咳払いを重ねる。その隙にアリスを見習って、僕もこっそり観察することにした。
きりりと吊り上がった鳶色の瞳に後ろで一本に結んだ緑髪、声色も含めて凄く気の強そうな人だ。この間ぶっ飛ばした騎士の中にもこういう雰囲気の人いたなぁ。
それで服装は、なんというか割と普通。街でもよく見る、最近流行っているらしい春っぽい涼やかなワンピースと薄手のケープ。引っかかるところがあるとすれば、やたらしっかりとしたブーツを履いていることくらい。
「私は戦士ユーフォとルビアの子、名をユズリハという」
ただ、立ち居振る舞いを一目見れば疑問は消える。一本芯が通ったような立ち姿には、積み重ねた鍛錬の成果が表れている。例え街中であっても、足回りを重視するのは戦う者としては基本中の基本。服装に不釣り合いなブーツもそれを思えば納得だった。
そして顔よりも服装よりも何よりも、目の前のお姉さんの最大の特徴は。
「見ての通り、エルフだ」
その耳はとても長かった。
次回「エルフ」です。