個性の枠を超えた長耳はエルフの特徴の一つ。目の前のお姉さんがエルフだという証拠だ。今日はなんかやけに気配が多いな、しかもお店の中なのに森や草木に似た感覚がするな、とは思っていたけれど、まさか本当にこんな街中にいるなんて。新種の植木鉢だと思ってた。
急に出て来たエルフ兼まったく知らない人。二重の衝撃で固まる僕に一瞬だけ視線を向けて、アリスはすぐさまユズリハさんと向かい合うよう立ち上がる。それから優雅な素振りで手の平を差し伸べた。
その手のひらを上に向けた姿勢は、まるで犬にお手をするかのよう。滅茶苦茶喧嘩売ってるようにしか見えない。
「はじめましてユズリハさん。私は大地の子、名をアリスと言います」
「……ほう」
目を細めたユズリハさんは、アリスが差し出した手をじっと観察していた。しんとした空気が緊張感を煽る。どうしようこの空気、ぴりりとしたものを感じる。
慌てふためく僕を尻目にアリスの手のひらを一通り眺めてから、ユズリハさんはふっと笑みを零した。あれ?
「まさかこんなところで私たちの文化を知る者に出会うとはな。エルフに会ったことがあるのか?」
「いいえ、初めてです。以前エルフとの交流について書かれた本を読む機会に恵まれたので、そちらで」
「なるほど。歴史とは残るものだな」
予想と違ってなんだか穏やかな雰囲気だ。もし怒って手が出てしまったら大変だと、なるべく穏便に止められるよう準備していたのだけれど。
全体的にどういうことだったのかな。首を傾げる僕にエリーさんがそっと耳打ちする。
「まず親の名を告げてから名乗るのが、エルフの自己紹介における習わしらしいです」
「ふんふん。大地の子っていうのは?」
「……両親について語れない方の仮称ですね。エルフの場合は森の子、それ以外は大地の子とするそうです」
そんな風習あったんだ、全然知らなかった。じゃあ僕もこの後大地の子って言えばいいのかな。お父さんとお母さんのことは絶対教えられないし、というかそもそも名前知らないし。
一つ目の疑問は解けた。次は二つ目、もっと大きい方を、と僕が聞く前にエリーさんは先回りする。いつも皆先に教えてくれるけれど、僕はそんなに分かりやすいのかな。
「あの握手もエルフ式ですね」
「……お手じゃなかったんだ」
「はい。攻撃の意思がないことを示すため、相手に手のひらを見せるようになったと聞いています」
「付け加えるなら、エルフには手を重んじる文化がある。手にはそれまでの歩み、人生が深く刻まれているからな」
暗い影が出来たのは、ユズリハさんが近くに来ていたからだった。こうして見るとやっぱり背が高い。横や厚みは全然だけど、大人の男の人と同じくらいかもしれない。でも三年ぐらい後には勝ちたいな、なんて現実逃避気味に思った。
だけどこうして固まっていてもしょうがない。何故かユズリハさんはじっと僕を見下ろしているだけで身動ぎ一つ、瞬きもしないでずっと僕の顔やら体やら観察している。僕から動かないとこのままにらめっこが続いてしまいそうだ。
観念してさっきのアリスを見習い、僕も手のひらを上に向けて出してみる。
「あっぼ、僕は、えっと、僕も、大地の子? イリアス、です。よろしくお願いします」
「……うむ。こちらこそよろしく頼む」
「あっはい」
重々しく握手をするユズリハさんには、アリスの時と比べても緊張しているような雰囲気があった。僕もしてるからなんとなく伝わる、あとなんか手汗感じるし。
なんでだろ、不思議だな。僕も見かけはアリスと同じ人間の子供だ。大人のお姉さん、それもエルフが緊張する理由なんてあるのかな。正体がバレてる、『竜骸』だって気づかれているってことは多分無い。あったら酷いことになってるはず。
そんな疑問が残る自己紹介と挨拶を交わしてから、ユズリハさんは僕達の席に移動した。僕の相談、友達の作り方会議に加わってくれるらしい。
「それで友人を作る方法だったか。改めて、どうしてエルフの私に聞くんだ。まさか妙案でも持っていると思ったか?」
「いいえまったく。ですがこうして考えることは、ユズリハ様にも有用だと思いまして」
「……あのなお前、私じゃなければハチの巣にされても文句は言えないぞ」
「では問題ありませんね」
涼しい顔で返すエリーさんに、ユズリハさんは呆れかえった苦々しい視線を送る。けれどもそこに棘はなかった。あるのはもっと、じゃれ合いみたいな柔らかなものだった。
それにしてもエリーさんの言い方的に、ユズリハさんもあんまり友達いないのかな。僕みたいに人見知りとか、アリスみたいに何か事情があるとか。
内容が同じかはともかく、アリスにも質問があるらしい。横目に見える瞳には、砂粒よりも小さく隠した好奇心と疑念がちらほら姿を現していた。
それを察したのか、それとも最初から教えてくれるつもりだったのか。どちらにしても、エリーさんは僕達の疑問に答えるために、ユズリハさんへと問いかける。
「ユズリハ様、お話してもよろしいでしょうか?」
「いいぞ、どうせ近いうち噂になるだろうからな。変に誤解されるよりよっぽどマシだ」
「ありがとうございます。では説明を始める前に、お二人はエルフについてご存じでしょうか?」
ご存じと言えばご存じではある。ある意味お隣さんだったから、人間社会よりも付き合いは長い。
だからといって、というよりもだからこそ、何をどこまで話していいのか判断がつかない。先生がシロガネ様、なんて呼ばれてエルフに崇められていることは、多分駄目だよね。
窺うようにアリスへ視線を送ると、任せてくださいと言わんばかりに頷いてくれた。
「私もイリアスくんもあまり詳しくはありません。エルフの皆様が私たちよりも長く生きること。多くの方がデルファより遥か北方の禁則地、あの魂喰み森林に隣接するエルフの里で暮らしていること」
魂喰み森林は僕の実家がある、先生が今も住んでいる森のこと。そのすぐ近くにエルフの里があるから、お隣さんっていうのはそういう意味だ。
今よりもっと小さい頃、散歩中に森を駆け回る人を見たり、迷って行き倒れた人を助けたりしたことがある。あのお兄さん、ちゃんと元気にしてるかな。
「大陸最後の純血種と言われており、エルフの里と人間の国家の交流は途絶えて久しい、というくらいでしょうか」
「その年にしては詳しいな。先ほどの手と言い、やはり貴種の出か?」
アリスは曖昧に微笑んだ。柔らかでしなやかで、その中に城壁みたいな厚みも感じる笑顔。この前までちょくちょくしていた、最近は全然見なかった神秘的な微笑みに近い雰囲気がある。それを向けられたユズリハさんは、一言すまないと告げて質問を取り消した。
「さて、人間が知るエルフについては概ねアリスの語った通りだろう。ならば何故、森に引きこもっていたはずのエルフがこんなところにいるかというと」
「簡潔に言えば、人間との交流を回復するためです」
「あっおい、私の台詞を取るな」
ユズリハさんの非難をスルーしたエリーさんは、それから事情を説明してくれた。
今からおよそ千年前、未曾有の天変地異(先生が言うには、本当は創造神が生命体のリセットを図って起きた争い)により人類の総数が千人程度になった時のこと。獣人や魔族のような他種族と違い、エルフは人間と混じり合うことを拒んだそうだ。
生き残った十数人の仲間と共にエルフは森の一部を切り開き、そこをエルフの里とした。それから結界を張って外部からの干渉を断ち、森の中に引きこもり始めたらしい。
そんな感じで何百年もの間よく言えば平和、悪く言えば停滞した日々を送っていたエルフの里。これからも同じような日常が続くと考えられていた未来予想図は、とある人の誕生によって大きく変わったらしい。
それが現在の里長、ユズリハさんのお兄さん。横から口を出したユズリハさん曰く、お兄さんはとても頭がよくて柔軟な考えをするが同時に強く固い意志を持つでも最近ちょっと軽い気がして心配になるがそれでも誰にも偏見を向けない素晴らしい人格者、とのこと。
何が言いたいのかよく分からなかったけれど、とりあえずユズリハさんがお兄さんのことが大好きなのは分かった。アリスも苦笑いするだけで深堀しないから、ここはそんな気にしなくてもいいところなんだろう。
気を取り直して、そのお兄さんは幼い頃から、何度もエルフの里の現状について物申したそうだ。この里は腐りかけている。このままではエルフはいずれ滅びる定めにある。新しい風を取り入れなければ未来は無い、と。
「……随分と、過激ですね」
「父や祖父、里の大人たちもそう言って兄を叱っていた。当時の私も正直、怒りはしないが大げさだと思っていた。だが成長した兄が頭角を現し始めると、次第に風向きが変わっていってな」
とりわけ天候不順への対策や魂喰み森林で遭難した人の捜索、里に侵入するエルフ狩りへの対処等が大きかったそうだ。まるで未来を知っているかのような対応は次々と里の人達、主に若いエルフの支持を集めた。それこそ、若くして里長の地位を得るほどに。
こうして里長となったお兄さんが最初に唱えたこと。それが人間との交流を始めることだった。
森の中で数百年閉じこもっていたせいで、エルフは血も頭も濁り始めている。希望と未来を取り戻すために外へ新たな一歩を踏み出そう、みたいなことを言っていたとか。
ただし、いきなり外交を始めるのは無理がある。まずは相互理解の第一陣として、人類の中心地であるデルファに代表者を送り込もう、ということになったそうだ。
説明が終わったのか、二人とも一息つくようにコーヒーを飲む。むむっと眉間に皺を寄せるユズリハさんに向けて、アリスがまとめの質問を口にした。
「つまりユズリハさん、ユズリハ様はエルフの里の大使、ということでしょうか?」
「様はやめてくれ、それほど大層なものじゃない。精々が、そうだな、お前たちが留学生と呼ぶものが一番近いだろう」
留学生。特待生と違って、こっちは僕も聞いたことがある。遠く離れた町や国に旅立って、現地のことを学ぶ学生さんのこと。だからユズリハさんは人間のことを学ぶためにデルファに訪れた、ということなんだろう。
僕の予想を裏付けるようにユズリハさんは続けた。
「長年エルフは外の世界、人間から断絶して生きてきた。外交などと気取るのはまだ早い。お互いを知るところから始めるべき、というのが兄の出した結論だ」
「その代表が、ユズリハさん」
「まあな。私が代表、エルフの里の代表だ。兄に任命されたぞ、直接な。いいだろう」
「あっ、は、はい。そう、ですね?」
「ふふん」
なんか超自慢げだ。そんなに代表って嬉しいことなのかな。なったこと無いから全然分からない。隣のアリスは聖王国の代表中の代表だったけれど、『聖女』やり続けるのあんなに嫌がってたしなぁ。もちろん、あのままだと死ぬからってのもあったと思うけど。
というかそっか、こっちじゃなくてお兄さんにお任せされたって方かも。ユズリハさんお兄さん大好きっぽいし、それなら僕にもよく分かる。先生やオウルに頼られたら僕も嬉しい。
「こうして私は留学生としてデルファに来たのだが、ちょっとした問題が起きてな」
「問題ですか。それはどのような?」
「住むところが無かった」
「……えっ?」
「魔帝国や聖王国の要人であれば、通常は大使館や教会等に滞在します。ですがエルフの里にはまだ、そのような施設はありませんから」
「あ、あぁ、なるほど。そういうことだったんですね」
アリスが納得したように頷いていた。実際『聖女』、超偉い人として連れて行かれたアリスは、街で一番大きくて綺麗な教会で過ごす予定だったらしい。
結局アリスの気遣いで聖王騎士団の本部になったそうだけど、本当にそっちでよかった。危うくあんな立派な建物を地図から消してしまうところだった。
「ならば旅人のように宿屋を利用する、というのも金がかかってしまう。エルフの里とデルファでは通貨も物価も大きく違うから、まだそんな大金を作るのは負担が大きい。兄もそう語っていた」
「そこで迷宮協会がユズリハ様の寄宿先を用意することになりまして」
そこでピンと来た。ユズリハさん、エルフの里からのお客さんがこのお店にいる理由。とても失礼だけど、こんな辺鄙な場所にこんな珍しい人がいる訳。そしてエリーさんとエリーさんのお父さんが優しくて真面目で、凄く信用出来る人だということ。
きっとこれだと確信しながら、一応エリーさんに聞いてみた。
「エリーさん、立候補したんですか?」
「いえ、クジ引きで当たりました」
「えぇ……」
全然違った。
次回「無茶ぶりエリー」です。