【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第四話「かわいそうなお店の人」

 無事迷宮協会で目的を達成した僕は、紹介状のお店を目指して路地裏を歩いていた。中央街路を通った方がきっと早くて簡単だろうけど、あそこはいつもいつでも人が多い。もうその時点で無しだ。しかも鎧を展開している今ならともかく、素顔だと何故だか色んな人に声をかけられてしまう。老若男女問わず僕は話しかけられるとびっくりして、どうしていいか分からなくなる。だから絶対行かない。

 

 エリーさんの先輩から受け取った紹介状の住所を確認する。手持ちの地図と照らし合わせると歓楽街の奥の方、だいたい街の北端部分になる。まったく行ったことない場所だ。僕が出不精なのもあるけれど、ここについては先生とオウルが二人揃って同じようなことを言っていたからだ。

 

『イリアスにはまだ早い。いえ、一生必要ありません』

『お前にはまだ早ぇ。あー興味があんなら、十五になったら連れてってやるよ』

 

 先生はうっすらと、オウルははっきりと、大人が何かを誤魔化す時の表情を浮かべていた。それにはなんとなく反発を覚えたものの、行動に出るほどじゃなかった。というより、二人の話を無視してまで街に、人のいるところに出かけようという気持ちにはならなかった。

 

 それにその後少し調べてみたら、なんと歓楽街はお金を払って女の人と遊ぶところだということを知った。具体的には一緒にお酒を飲んだり、色んなゲームをしたり、同じベッドで寝たり、らしい。なにそれ。なんでお金を払ってまで、わざわざそんな拷問みたいなことを受けに行くんだろう。僕はよく知らない人とご飯食べたり遊んだり、まして一緒に寝るなんて絶対に出来ない、したくない。やっぱり人って分からない。

 

 そんなことを考えているうちに歓楽街の入口付近に到着した。身を潜めながら辺りを観察する。歓楽街大通りの人影はまばら、ちらほらと見えるけれど数は少ない。ただ、気配から察するにその路地裏は別だ。寝てる人、ふらふら歩いている人、興奮している人、疲れ切っているのに満足している人、不思議とバリエーション豊かな様子が窺える。何してるんだろ。

 

 どうしようかな。そんなに人もいないし、このまま大通りを突っ切ってもいいかも。いやでも、なんでも歓楽街にはキャッチという道行く人をお店に連れ去るのが仕事の、世にも恐ろしい職業があるそうだ。仕事ならこの状態の僕にも近づいてくる可能性もある。それは困る、凄く困っちゃう。最悪の場合、僕は勢い余って歓楽街を更地にしてしまうかもしれない。

 

 恐るべき未来を幻視する僕の脳裏に、その時ひらめきが走った。

 

「そうだ、上から行けばいいんだ」

 

 

 

 聖王国メイシスに伝わる神話の中に、『勇者の降誕』という一説がある。

 

 簡潔にまとめると、世界を破壊しようとする邪神が現れた時、天より舞い降りた勇者が世界中を駆け巡り、やがて絆を結んだ聖女とともにそれを打ち破った、という話だ。古くから伝えられてきたのは確かだが現存する資料は乏しく、今も勇者達の名前すら判明していない。そのためこの神話はフィクション、娯楽話の類である、というのが現代神学では主流だ。

 

 そんな偉い人達の事情をよそに、この話は聖王国の子供達には大人気だった。聖王国では教育のため、幼い頃より数多くの神話を読み聞かせしている。しかしほとんどの話が難解で複雑、さらには解釈の違いにより話の内容が担当ごとで異なることも多々あり、どの世代の子供達も口を揃えてつまらない、と零すのが常だった。

 

 その点『勇者の降誕』は非常にシンプルな話であり、その立ち位置から解釈による争いが起こることも少ない。そして何よりも、勧善懲悪の刺激的な英雄譚というのが魅力的だった。そのため聖王国で育つ多くの少年少女達が、この話に夢中になっていた。

 

 ここデルファのはずれで奴隷商を営むヤードも、かつてはその一人だった。祖母の語るお話に胸を躍らせ、邪神の恐ろしさに身を震わし、勇者の戦いぶりに感動と憧れを抱いていた。賎職に身をやつした今もその時の気持ちは忘れていない。時折空を見上げ、何かが天から舞い降りてくることを、物語の始まりをどこかで望む日もあった。

 

「ここか」

 

 それはそれとして、こんなものは望んでいなかった。

 

「ひ、ほ、本日は、どのような御用で」

 

 空から降って来たそれに口を利けたのはある種の奇跡だったと、のちにヤードは振り返る。膝が躍り全身が震え、動揺と恐怖を抱えながら発した声に、それはぐるりと顔を向けた。身の毛もよだつ邪悪な佇まいの大男。

 

 『竜骸』ダアト。力と破戒を司るとされる神話の生物、竜の鎧を纏う怪物。事実鎧の作用か本人の素養か、わずか半年間で『竜骸』に関わった者の多くが破滅している。故にその鎧と積み重ねた亡骸、絶大なる力へ向けた畏敬の念から彼は『竜骸』と呼ばれている。

 

 その噂と悪名は高く広く、迷宮との関わりが少ないヤードにもこうして届いている。デルファで敵対してはいけないランキング(公式)、堂々の初登場一位。まだその危険性が知られていない当初、数多の探索者やごろつきが心と体を真っ二つにへし折られた。

 

 そんな化物がいったいこんな、しがない奴隷商に何の用だろうか。混乱と恐怖で目を回すヤードの眼前に、『竜骸』は真新しい封筒を突き付けた。

 

「紹介状だ」

「……へっ?」

「迷宮協会で受け取った」

 

 差し出された紹介状をヤードは恐る恐る受け取り中身を確かめ、驚愕のあまり目をひん剥いた。そこには彼の幼馴染の名前と、『竜骸』が魔力の高い奴隷欲しいんだって、あとはよろしく、という極めて無責任な文章が並んでいたからだ。

 

 あとはよろしく、あとはよろしく!? そのたった一言がヤードの脳をかき乱す。あの馬鹿こんなあっさり俺を売り渡しやがって、簡単に投げていい爆弾じゃねぇぞこれ。眼前に立つ黒い恐怖から意識を逸らすため、ヤードの中で怒りの炎が燃え上がっていく。

 

 やがてその熱量が恐怖を凌駕した瞬間、ふとヤードは気がついた。これは太客を掴むチャンスではないかと。

 

 人格はさておき、『竜骸』が最上級の探索者であることに間違いは無い。しかもどのギルドにも所属しておらず、パーティも組んでいないらしい。その膨大な稼ぎを独占しているのは明らか。何か散財したという話も聞かない。懐の温かさはかなり期待出来る。つまり、目の前にいるのは相当な金持ちと思われる。

 

 さらにさらに、迷宮協会からわざわざ紹介状を持って来た。察するに、それだけ『竜骸』が切羽詰まって奴隷を求めている可能性もある。条件を満たす奴隷さえ用意出来れば、どれだけ吹っ掛けても言い値で買うかもしれない。腹の底で蠢く欲望とともに、ヤードは紹介状から顔を上げた。

 

「……」

 

 吹っ掛けるのは無しだ、恐らく死ぬ。ヤードは一瞬で金銭欲を捨て、代わりに命を求めた。 

 

「ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」

 

 逃げたい。逃げられない。立ち向かうしか、接客するしかない。途切れ途切れの思考とともにヤードは戦場に、自身の店に化物を招き入れた。

 

 

 

 店内に場所を移して一時間が過ぎ、ヤードは焦りに焦っていた。

 

「こちらの男は元『魔剣士』です。奴隷堕ちする以前は聖王国の騎士団で小隊長を務めておりました。奴隷に堕ちた理由は主に借金、賭博によるものです。まったく騎士の鏡ではありますが、奴隷となった今は問題ないでしょう。性根はともかく、魔力は折り紙付きです」

「足りない」

「し、失礼しました。次をお持ちしますので、少々お待ちください」

 

 魔力の高い奴隷、かつて『魔導士』や『魔剣士』などのクラスだった者達。どこにでもいる訳ではないが、さりとて貴重というほどでもない。だから幸いなことに、ヤードのような零細奴隷商にも一応ある程度の在庫はあった。

 

「まだだ」

 

 ありはしたが、『竜骸』のお眼鏡にはかなわない。ほのかに自信を持って紹介する奴隷は、どれも『竜骸』の求める基準には届かないようだった。おかげでヤードは冷や汗と脂汗で全身濡れ鼠である。

 

「惜しい」

 

 だがヤードからすれば意外なことに、期待外れの接客にも『竜骸』は横暴な態度を見せなかった。ヤードが時折接する他の探索者のような暴言も暴力も振るわず、ただただ奴隷の解説を聞き、一言品評を述べて次を待つ。その静けさがかえって不気味だった。

 

「……大変申し訳ございません。私どもに出せるのは、今ので最後になります」

「……」

 

 結局在庫の全てを出しても、『竜骸』が首を縦に振ることは無かった。硬く沈黙を守る『竜骸』を前に、ヤードは自分の命運が尽きたことを悟る。早くこの世を去った両親への悔い、無責任な幼馴染への呪い、色とりどりの未練。ヤードの中でそれらが暴れているのを気づいていないのか、気にしていないのか。とにかく『竜骸』は、震えるヤードへぽつりと告げた。

 

「まだ、一人いるだろう」

 

 予想外の言葉にヤードの思考が止まる。一人、全員出したはず、一体誰のことを。危機感から急加速するヤードの頭脳は、『竜骸』が説明を続けたことで答えに辿りついた。

 

「奥に魔力を感じる」

「……あっあぁ、なるほど。ですが『竜骸』様、あれはとてもお出し出来るようなものでは」

「……」

「す、すぐに運ばせます!」

 

 無言の催促、圧力とも言う、に負けたヤードは、最後の賭けに出た。急ぎ足で店の奥へ向かい、呼びつけた部下とともに倉庫へ駆けこむ。そしてその答えを引きずり出すため、力を合わせてそれを持ち上げた。

 

 『竜骸』の元へ運ぶため台車に載せたそれを見て、部下が顔を歪めながらヤードへ確認する。

 

「ボス、本当にこいつ出すんですか?」

「仕方ないだろ、お客様のご希望だ。相手はあの『竜骸』、誤魔化しは効かない」

「ですがこんなもの見せたら、あっしらぶっ殺されるんじゃ」

 

 話している内にますます心配になったようで、顔の歪みは更に酷くなりほとんど泣きかけている。それを鼻で笑ったヤードは、自分にも言い聞かせるようにして答えた。

 

「恐らく大丈夫だ。どうもあのお方、噂程の見境なしの化物って訳じゃなさそうだ」

「そうなんですかい?」

「ああ。今の今までお目にかなうものを出せてないのに、俺もお前も生きている。それが何よりの証拠だ」

「ひぇ~」

 

 生きているどころか怪我一つ、罵声一つ無い。その事実を指折り数えるように確かめる。胃の痛みを堪えながらヤードは再び鼻を鳴らし、祈るように続ける。

 

「だからまあ、もしこれが気に入らなくても、今日も安酒は飲めるだろうよ」

 

 

 

「お待たせいたしました。こちらが『竜骸』様の気付かれたものです」

 

 目の前に運ばれて来たそれを見ても、『竜骸』は身動ぎもしなかった。一瞬だけ視線を向けたかと思えば、誰に聞かせるのでもなく一言呟く。

 

「石化した人間か」

「流石は『竜骸』様、一目で見抜くとは!」

 

 こびへつらうような口ぶりの裏で、ヤードは本当に感心していた。一流の『癒し手』や『鑑定士』であっても、石像と石化した生物の見分けには時間がかかる。それをただ見ただけで。『竜骸』相手に誤魔化しも吹っ掛けもしなかった自分の判断を褒めつつ、ヤードはそれの説明を始めた。

 

「こちらは聖王国の知人より送られた石化した少女です」

 

 正確には、よく知らない男に押し付けられた、が正しい。およそ十日前酒の席でカードに勝ち、金貨代わりに差し出されたのがこれだ。何かを悔いるよう、天に祈りを捧げる美しい少女の像。神々しさすら感じるこの像は、何も知らなければ相当な値打ち物に見えるだろう。事実、当時のヤードはそう思っていた。実際は騙されていた訳だが。

 

「ご存知かと思われますが、完成されてしまった石化の呪詛を払う手段は未だ見つかっておりません。かのエリクシールや『聖女』リリアン様のお力でも、解呪には届かないそうです。聞きかじりではありますが、何でも呪詛が完成した時点で人ではなく石像に、物になってしまうため、神々の祝福が届かなくなるとか」

 

 ヤードにその手のスキルは無く、また学も興味も無い。全て幼馴染の受け売りだ。

 

「石化した者の遺族の多くは、残された石像の取り扱いに困るそうです。なにせ、見た目こそ美しいですが、ある意味これは遺体です。そして逆に言えば、こちらは遺体ですがあまりにも美しい。この今にも動き出しそうなほどの生々しさ! もしかしたら生き返るかもしれない。大切な存在であれば、そんなあり得ない空想に浸ってしまうのも無理はありません」

 

 受け売りだが、ここまで色々ありすぎて逆に気持ち良くなってきたヤードは、『竜骸』そっちのけで長々と語り続ける。その様子に部下は泡吹き始めた。

 

「ならばどうしてそんな石像を手放しているのか、こうして売りに出しているのか。もちろん金に困ったという方もいらっしゃるでしょう。しかし、多くは幻想に縋っているそうです。世界には知られていないだけで、石化を治す方法があるはずだと。石像として世間を渡るうち、いつか奇跡と巡り合うかもしれない。そんな儚い祈りと共に、こちらの石像はここに流れ着きました」

「……」

「おっと『竜骸』様の疑問も当然です。そもそも何故ここに、私のような奴隷商の元に石像があるのか? 実を言えば、聖王国が石化した人間の販売を禁止しているためです。無論ここデルファにそのような法はありませんが、聖王国の威光自体は届いております。そのため表立って扱うのは憚られており、私共のような者が裏で取引しているのです」

 

 あることないこと含めたヤードの語りを、しばらく黙って聞いていた『竜骸』が突然声を上げた。

 

「これでいい」

「へ?」

「いくらだ」

 

 またしても予想外の言葉に、ヤードは間抜けな息を漏らす。それを無視するかのように、『竜骸』は重ねて問いかけていた。

 

「ま、魔力の高い奴隷をお求めだったのでは?」

「これで間に合わせる。いくらだ」

「りゅ、『竜骸』様がよろしければ、私らは喜んで売らせていただきますが……」

「構わない」

「で、ではそちらは」

 

 断言する『竜骸』に対し、ヤードは反射的に値段を告げる。それはかつて少女の石像を手に入れたギャンブル、当時の勝ち金に二割ほど上乗せした額だった。石像としては適正よりほんの少し高い価格。それを聞いた『竜骸』は、この店に入って初めて首を縦に振った。

 

「払おう」

 

 こうして長い長い商談は、一言返事であっけなく幕が下りた。

 

 

 

「あ、ありがとうございましたー!!」

 

 石像を軽々持ち上げ立ち去る背中を見送りながら、ヤードは安堵のため息を吐く。無事帰ってもらえた。店には死人どころか何の被害も出なかった。想定よりはるかに儲けは少なかったものの、代わりに厄介払いが出来た。何度も死を覚悟したが結果だけ見れば上々だ。

 

 そして何より、あの『竜骸』相手に商売を出来た、という箔がついた。これは金では賄えない大きな儲けだ。裏社会と隣り合わせの歓楽街では、デルファに根差した組織が大きな力を持っている。そのため聖王国出身の、いわゆる外様であるヤードは長い間肩身狭く過ごしていた。

 

 しかし今日、ヤードは『竜骸』により一つの大きな看板を手に入れた。面子と度胸を重んじる裏社会において、これは非常に強力な武器となる。そのためヤードはなんと、『竜骸』に感謝の念すら抱き始めていた。もちろん、もう二度と会いたくないとは思っていたが。

 

(お話長かったなぁ……たくさん説明してくれたけど、緊張してよく分かんなかった)

 

 ただ、その相手がこんなことを思っていたのは、一生知らなくていいだろう。




次回第五話「トカゲは品が無いから嫌い」です。
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